こちらエルトリア復興委員会です。   作:観測者と語り部

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イリスにとってのパパたち。始まりの一歩。

 わたしが目覚めたとき、最初に目にしたのは実の父親であり開発者でもあるフィル・マクスウェル所長の優しげな顔でした。

 

 雛が親鳥に懐くように、わたしもプログラムされた感情に従っておとーさんに懐きます。小さな手のひらでおとーさんの手を握ると、彼は嬉しそうに笑ってくれて。わたしの小さな身体を抱き上げてくれました。

 

「生まれてきてくれてありがとう。今日からキミの名前はイリスだ。私の大切な娘だよ。そして、私はイリスのお父さんだ」

「パパ?」

 

 本当はおとーさんと呼んでいるのですが、幼いころはパパと呼ぶようにお願いされています。

 

 だから、パパって呼んであげました。そしたら嬉しそうな顔が、さらに嬉しそうな顔になって。眩しいくらいの笑顔を見せてくれて。おとーさんが浮かべていた疲れも吹き飛んでしまったかのようでした。

 

「ああ、そうだ――私はイリスのパパ。パパだよ。ほ~ら、パパだ!!」

「えへへ~~パパ♪」

 

 高い高いされて、抱っこされて。もう娘との触れ合いが堪らないんじゃないかってくらい、おとーさんは喜びます。わたしも、おとーさんが喜んでくれて嬉しいです。これからエルトリアの復興のために頑張りたいと思います。

 

 それから着替えさせられて、エルトリア復興委員会のみんなに優しく見守られながら。わたしはおとーさんに抱っこされて施設を移動します。最初に見た景色は白と白銀の無機質な通路。それから窓の外に映る荒廃したエルトリアの景色でした。吹き荒れる風が、荒野の大地をさらに削っていきます。緑なんて一つもなさそうな景色です。これが、いまのエルトリアの姿でした。

 

 施設の床に下ろされながら、おとーさんと一緒に、そんな景色を眺めます。それから、おとーさんはわたしの両手を、わたしよりも大きな手で握って、わたしに視線の高さを合わせて言いました。これからのこと。わたしの大切な役目のこと。

 

「イリス。キミはエルトリア復興の第一歩だ。これから辛いことや苦しいことがあるかも知れない。大変なことだってたくさんあるだろう」

 

 それから、おとーさんは部下の人に指示して、空間モニターにエルトリアのかつての景色をわたしに見せてくれました。そこに映るのは緑いっぱいの自然に囲まれたエルトリアの美しい大地です。今とは比べ物にならないほどの自然にあふれた姿があります。

 

 知識としては知っていましたが、実際に見るのは初めてだったのでびっくりしました。とても、とても綺麗です。プログラムなんかで知るよりもずっと、ずっと。

 

 実際に見て、触れることができたらどんなに素晴らしいことでしょう。知識にある森の香りや、風の涼しさを実際に感じることができたら、どんな感触がするのでしょう。

 

 あれが、おとーさんたちがかつて過ごしていたエルトリア。おとーさんが取り戻しい緑豊かな星の姿。それを取り戻すのがわたしの使命であり、役割なんだって教えられました。そして、それを叶えることがおとーさんの夢なんです。

 

「それでもパパ達にイリスの力を貸してくれるかい?」

 

 おとーさんは少しだけ苦しそうに、不甲斐ない自分を責めるようにわたしに力を貸して欲しいといいます。でも、そんなの平気です。イリスはおとーさんたちの役に立つために生まれた存在です。おとーさんの夢がわたしの夢です。だから、頑張ります。

 

「パパ、だいじょうぶ。わたし、がんばるね?」

 

 まだ、生まれたばかりなので躯体を上手に動かすのが難しいです。幼い身体は成長途中なので、舌っ足らずでした。でも、頑張ります。おとーさんの為にも、みんなの為にもイリスは頑張りたいです。

 

「ありがとう、イリス―――」

 

 そしたら感極まった声でおとーさんにぎゅうって抱きしめられました。ほっぺに当たるお髭がちょっと痛いです。おとーさんは研究に没頭すると、身だしなみに無頓着になるそうなので、頑張ってお世話したいと思います。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 最初に行ったのは躯体の動作チェックです。おとーさんと一緒に手をつないで施設を移動して、わたしの躯体を担当・整備するスタッフ達に見守られながら、軽い運動とか握力検査とか、いろいろなことをしました。

 

 重いものを持ったり、走ったり、人の頭上を軽々と飛び越えられるようなジャンプをしたり。わたしの中にある躯体動作のプログラムにミスがないか、ひとつ、ひとつ、確認してもらいました。でも、誤差が出たとしても自分で修正とかできるので、とっても便利です。

 

 身体動作のチェックはデータ確認の意味合いが大きいそうです。イリスの妹や弟が生まれる場合に参考にしたいんだとか。

 

 なにぶん初めての存在なので、どんなデータでも貴重なんだとおとーさんやスタッフの人たちが教えてくれました。身体能力。演算能力。思考能力。味覚から嗅覚などの五感に至るまで、あらゆるデータが可能性に変わるんだそうです。

 

「イリス、パパとキャッチボールしてみないかい?」

 

 ふと、おとーさんが何処からか大き目のボールを持ってきて、そう提案しました。小さな子供が両手に持って遊ぶような感じのおもちゃです。何でも施設の見学に来た親子連れに、幼い子供がいた場合。託児所の遊び道具として置いてあるものだそうです。それを、おとーさんが空いているスタッフに頼んで持ち込んだみたいです。周りのスタッフが苦笑しています。

 

「パパ、イリスもやってみたい」

 

 もちろん、わたしはお父さんの提案を受け入れます。拒否する理由なんてひとつもありません。この頃のわたしは何をしても嬉しい気持ちでいっぱいで何にでも興味を示す年頃の女の子でした。知識にある事と、実際に経験したことを照らし合わせて、自分の中に記憶と経験として蓄積していく。そんな好奇心を満たす行為が何よりも楽しかったのです。えへへへ。

 

 もちろん、ゴムみたいなボールとはいえ全力で投げたら大変なことになります。だから、ちゃんと手加減して投げました。リミッターを幼い子供くらいの力に設定して投げます。おとーさんがキャッチしたそれを、両手で優しく投げ返してくれて。わたしがもう一度おとーさんに向けて投げ返します。

 

「あはははっ、イリス。楽しいなぁ!!」

「うん、パパ。イリスも楽しーよ? あはははっ!!」

 

 単純な遊びなのに、楽しくて、おとーさんが笑ってくれる顔が嬉しくてついつい夢中になってしまいました。気が付けば時間が過ぎていて、身体測定のデータ収集に支障が出たかとおとーさんが困った顔をしていましたが。スタッフたちは、これはこれでいいデータが取れましたと親指を立てていました。写真を撮っていたスタッフも満足そうな顔をしています。いつの間に撮っていたのでしょう?

 

「イリス。イリス。あはははっ!!」

「パパ。パパ。だ~いすきっ!!」

 

 それからはおとーさんとの触れ合いの時間になってしまいました。

 

 おとーさんに抱き着いて振り回してもらったり、肩車してもらって施設を歩き回ったり、眠そうなときにお姫様抱っこしてもらって、添い寝されながら一緒にお昼寝したり。とにかくおとーさんといつも一緒にいる時間が楽しくて、おとーさんと何かするたびに嬉しくて、胸がどきどきします。好きで好きで堪らない気持ちが溢れてきます。

 

「ほら、イリス。食事の時間だよ。このパンにはジャムを塗るといい。他にいろんな食べ方もあるし、ひとつひとつ学んでいこう」

「ん、あま~い。これが、おいしい?」

「美味しいは人それぞれだね。う~ん、食べたくなる味が美味しいというのかな。説明が難しいね。ほら、あ~ん、してごらん?」

 

 それが終わったらごはんの時間を過ごしました。味覚はデータとして知っていますが、やっぱり知識として知っているのと、経験として理解するのとでは刺激が違います。リンゴのジャムはとっても甘くて、よく噛んで食べるパンは美味しいと思います。また、食べたいと思ったことが、美味しい事なのだと教えてもらいました。

 

 えへへ、あま~い。おいし~。

 

「パパ、それはな~に?」

「パパはコーヒーを飲んでいるんだ。とっても苦いし、イリスにはまだ早いんじゃないかい?」

「にがい? ん~でも、イリスはとってもきょーみがある? ちょっと、飲んでみたいかも」

 

 仕方がないなぁって顔をして、それからおとーさんは大丈夫かなって心配そうな顔をしながら、飲みかけのコーヒーの入ったカップを渡してくれます。

 

 苦い。知識としては知っています。子供の味覚だと苦手とされる味なんだそうです。でも、興味があります。わたしはいろんなことが知りたいです。

 

 ちょっと熱いのでふー、ふー、て息を吹きかけて冷まします。それからちょっと口を付けて飲んでみました。でも……

 

「ふぇ……にがい。にがいよ~~……」

「あはは、やっぱり早かったか。ほら、こっちを飲みなさい。」

 

 うぅ~~舌に苦味が広がって、ジャムの甘さが打ち消されてしまいました。コーヒーの代わりに、おとーさんから暖かいミルクを渡されて。それを飲んでみると苦さが薄れていきました。ちょっと甘い感じがします。ジャムを塗ったパンを一緒に食べても、とってもおいしーです。

 

 実は甘味というのは貴重品で、このパンに使われているジャムなどもご馳走なんだそうです。でも、おとーさんたちはわたしの為に料理に使ってくれました。人や動物にとっておいしい食事は欠かせないものです。明日を生きるための糧は大切なのだと、わたしに食事を通して教えてくれました。

 

 エルトリアがもっと豊かだった時代には、保存食ではない肉や魚なども普通に食べられました。今ではそれも難しくなっています。全ては生き物を育むためのエルトリアの大地が、死蝕によって枯れ果ててしまっているから。

 

 だから、わたしは頑張りたいと思いました。またひとつ、エルトリアを復興させるための理由ができたから。来年の誕生日にはもっと甘くておいしい"ケーキ"という物を食べさせてくれるそうです。えへへへ、とっても楽しみ。

 

 お昼ごはんを食べ終えたら、今度は外で遊ぶことになりました。

 

 施設で保護された動植物が存在する、自然に囲まれた区画。その場所に用意されたビニールプールです。水だってとても貴重な資源なのに、おとーさんたちはイリスの為に用意してくれました。なんでも海や川に行けないから。その代わりなんだそうです。

 

 わたしは水着というものを着て、ビニールプールの中で水浴びしています。冷たい水の感触が心地よいです。室内の温度も人工的に調整されていて、初夏のような暑さを感じます。少し熱い環境の中で、水などの冷たさが、どんなふうに心地よく感じるのか経験を積ませるためのシミュレーション。

 

「パパっ! パパっ! 水鉄砲!!」

「こらこら、イリス。冷たいじゃないか。あははっ!!」

「えへへ、パパも涼んでほしいもん。えいっ、えいっ!!」

 

 だけど、それは建前で。すぐに成長してしまうわたしに、少しでも楽しい思い出を作ってほしいから。

 

 そんなおとーさんたちの思いやりが嬉しくて、わたしは何をするにも全力で遊んでいました。まだまだ幼い躯体は疲れやすくて、すぐに眠ってしまうけれど。その疲労感も心地よくて、何よりも一緒に眠ってくれる。見守ってくれるおとーさんの温もりが嬉しくて。

 

 だから、わたしはとっても幸せなんだと思う。

 

 優しく見守ってくれるおとーさんが、傍にいて支えてくれるスタッフたちが。

 

 わたしにとっての何よりも大事な"家族"なんだ。

 

 おとーさん。大好きだよ。

 

「よし。こうなったらパパも水着に着替えて――」

「残念ながら……ないです」

ort(オルタ)

 

 おとーさんは自分の水着がないことが分かって沈んでいたけど、撮影記録のデータを見せられたらすごく喜んでました。娘の成長記録を作るんだって張り切ってるの。だから、その日の最後に写真を撮ることになりました。

 

 水着姿の幼いわたしを、白衣姿のおとーさんがやさしくお姫様抱っこしてくれて。スタッフさんの人たちと一緒に記念撮影です。

 

 幸せそうにおとーさんに抱き着いているわたしと。そんなわたしを嬉しくて嬉しくて堪らない笑顔を浮かべながら抱きしめるおとーさん。そして、それを周囲で微笑ましそうに見守って笑っているスタッフさんたち。

 

 おとーさんとわたしたちの楽しい思い出のひとつです。

 

「イリス。星を見に行こうか」

「うん、パパ」

 

 そして、ある日は施設の中から星空を見ることになりました。いわゆる天体観測です。

 

「きれい――」

 

 最初にリラクゼーション施設の装置を利用して、エルトリアが綺麗だったころの夜空をおとーさんと一緒に見ました。満点の星空が浮かんでいる綺麗な夜空です。だけど……

 

「あっ……」

 

 おとーさんと一緒に施設の中から見た星空は、何の光も見えなさそうな暗い夜空でした。窓の景色には見果てぬ荒野が広がっていて、施設の中にいても聞こえてくるような強い風の音が聞こえてきます。

 

「ごめんよイリス。パパが見せてあげられる本当の星空は、これが限界なんだ」

 

 そう言っておとーさんは寂しそうに笑いました。それがなんだか寂しくて、とても胸が痛くなります。わたしは、おとーさんには笑っていて欲しいのに。

 

 荒廃した風は砂塵を巻き上げて大気を汚染してしまうような恐ろしいもの。土も水も死蝕によって汚染され、それが風によって別の土地運ばれているという悪循環なんだそうです。スタッフのみんながわたしに教えてくれました。

 

 こんな環境の中では植物も動物もうまく育たなくて、生きていけないんだそうです。だから、イリスとおとーさん達の力でエルトリアの自然を取り戻すことが、エルトリア復興委員会の使命なんだそうです。

 

 わたしの中で頑張りたいという想いが強くなりました。いつか、おとーさん達と一緒に綺麗な星空を見てみたいから。

 

 そんな想いが、さらに強くなったのは、ある事件が起きたからでした。

 

「イリス!?」

 

 ある日、施設の外で何かが倒れる音がしました。探ってみると微弱な呼吸音や生体反応があって。それは徐々に弱っているようでした。だから、思わず一緒に歩いていたおとーさんの手を振りほどいて。勝手に出てはいけない施設の外まで飛び出してしまいました。

 

 そこにいたのは大きな四足歩行の獣でした。虎に似たような生き物で、データを照合すると人を襲うこともある危険な肉食獣でした。

 

 でも、その子は酷く衰弱していて歩くのも困難な様子で、見ていられないくらいにやせ細っています。本当はがっしりした体格で、力強く大地を駆け回れるような種族なのに。今にも死んでしまいそうな位に息も絶え絶えでした。

 

 咄嗟に健康状態を診察して、どうすればいいのか考えます。でも、データはあっても経験が圧倒的に足りていなくて、何をすればいいのか判断を迷ってしまいます。

 

 辛うじて分かるのは、水が飲みたいという事と。この子が生きたいと思っているという事くらいでした。だから、普段は寄り付かない人間の住んでいる場所までやってきたみたいでした。かろうじて分かる水と食べ物の匂い。それから懐かしい緑の香り。もう、何処にも見られないような自然の木々や植物の匂いを頼りに必死に歩いてきたのだと。かすかに残る足跡からそう思わせるような歩みがあって。だけど、叶わずに目前で倒れてしまったみたいでした。

 

 だから、わたしは水を分けてあげようとしました。携帯していた飲料水から、水を飲ませようとするけど。その子は弱々しく水を舐めるだけで、たくさん飲み込む気力もないみたいで。本当なら人間を警戒して施しを受けないのに、そんな気力もなくて。でも、経験不足のわたしじゃ、どうすれば適切に救えるのかも分からなくて。

 

「パパ、助けて……助けて!!」

「イリス……!? っ、分かった。ここはパパたちに任せない」

 

 だから、そんな時に、急いで駆け付けてきたおとーさんとスタッフさん達にわたしが泣きついてしまったのも、当然の帰結でした。

 

 わたしは何もできなかった自分が悔しくて悔しくてたまらなかった。

 

 おとーさんたちは懸命に、その子を治療してくれました。栄養剤を打って、点滴をして脱水症状から回復させて。野生動物用の診察室で、しばらく安静にしていたんです。でも……

 

「パパ、パパぁ……」

「……イリス、ごめんよ。パパ達は最善を尽くしたけれど、この子は……」

「やだやだ……お願い、死なないでぇ! 生きて、生きてよう……」

 

 保護された虎のような子は、静かに弱々しい声で鳴きます。死蝕による汚染された大気に長く晒されていたこの子は、身体の中もボロボロで酷く衰弱していたんです。痛み止めによって苦しみを感じなかったことだけが救いだったかもしれません。

 

 わたしは死に逝こうとしている、その子に縋り付いて泣きじゃくるばかりで、何もできませんでした。もっと能力(チカラ)がうまく使えれば、わたしの中にあるナノマシンで生きる力を支えたりとか、病気から助けてあげたりとかもできたのにって……

 

 いまでもそう、思うの。

 

 そして、その子は眠る最後に、わたしのことを慰めるようにすり寄ってくれて。泣かないでって言ってるみたいに舐めてくれて、助けてくれてありがとうって。精一杯の愛情表現をしてくれて。

 

 それから、別れを告げるように静かに鳴いて、それから息を引き取りました。

 

「あああぁぁぁぁぁぁん!!」

「イリス……」

 

 だから、それが悲しくて悲しくて、わたしはその日、ずっと泣き続けていました。

 

 パパが慰めるようにわたしを抱っこしてくれて。パパの胸の中でずっとずっと泣き続けていました。

 

 その悲しみが心の中から消えて無くなるまでずっと。ずっと。

 

 助けられなかったあの子は、わたしに生命の尊さと大切さ。そして、誰にでも訪れる命の終わりを教えてくれて。わたしは、その日からよりいっそうエルトリアの復興を願うようになりました。星の環境だけじゃなくて、そこに住む生きとし生ける動植物のすべてを護りたい。育む助けになりたいと思うようになりました。

 

 それから、パパもあの子の死を通して。わたしに大切なことを教えてくれたんです。

 

「うぅ、ひっぐ……」

「イリス。あの子の死を忘れてはいけないよ。それはとても大切なことだから……」

「う゛ん、わ゛ずれない……」

「いい子だ。もう少ししたら……パパと一緒に、お別れしてあげよう」

「おわがれ……?」

「うん、あの子が安らかに眠れるように、お墓を作ってあげるんだ」

「うん……」

 

 そうして、わたしが泣き止んだころに、パパはわたしを抱っこして再びあの子のところまで連れて行きました。動かなくて、静かなままの彼はまるで眠っているみたいで、今にも起きだしそうです。でも、呼吸で上下しないお腹やわたしの感覚器官(センサー)が、冷たくなったままの彼の状態を無情にも教えてくれます。

 

 ずっと、眠り続けたままなんだって。もう、起きることはないんだって。

 

 それから、パパはわたしを抱っこしたまま。スタッフさんたちに問いかけました。

 

「準備のほうは?」

「っ……できています」

「すまないな。辛い役目を押し付けて」

「いえ、これも我々の使命ですし、イリスを助ける所長の仕事だって立派な仕事です」

「それに、別れは慣れていますから……」

「そうか……そうだな」

 

 準備っていうのは、たぶんこの子のお墓のことなんでしょう。わたしは担架に乗せられてスタッフさんたちに運ばれていく、あの子を見守りながら。おとーさんと一緒に付いていきました。

 

 そして、お外にはいつの間にかお墓が作られていたんです。施設の外に掘られていた小さなお墓。大人1人分が入れそうな穴が掘られていて。眠り続けているあの子は、静かにそこに埋められました。

 

 わたしもスタッフさん達を手伝って。あの子に土を掛けて大地に返すのを手伝いました。土を掛けて姿が見えなくなるたびに、何だか胸の奥が悲しくなって、辛くなっていきます。でも、たくさん流しすぎたのか涙はもう出ませんでした。潤んだ瞳で視界が霞んでしまいます。

 

 最後にスタッフさんのひとりが、その子のお墓の近くに貴重な植物を。花が咲く前の苗を植えてくれました。今では木材も貴重で、簡易的な木のお墓を建てることも出来ないから、その変わりなんだそうです。石で出来たお墓より、こっちのほうがいいだろうって。

 

 そうしてわたしと、おとーさんとスタッフさんたちの皆で、あの子の為に祈りました。せめて死後は安らかでありますようにって。

 

 生き物が死んだ後、どうなるのか誰にも分からないんだそうです。生まれ変わって別の生命になるのか。お星さまになって皆を見守るのか。それとも大地を巡って、星に還るのか。

 

 けれど、その死を無駄にしないためにも誰かが命を繋いでいくんだそうです。わたしたちの場合は、あの子のことを忘れずに生きていくことでした。いつか、必ずエルトリアを元の緑の星に復興するんだって、あの子の前で誓います。

 

 そうして、祈り終わった最後におとーさんがわたしに教えてくれました。

 

「イリス」

「愛を持って接しなさい。愛すれば人は、動物は、その愛を返してくれる」

「愛さなければ、それが始まることもない」

「時に辛いことがあるかもしれない。好意を無碍にされることもあるかもしれない」

「それでも誰かを愛する心だけは、忘れてはいけないよ」

「誰かを思いやる心を忘れてしまえば、再びエルトリアのような未来が訪れることになるのだから」

 

 それは、とてもとても大事なことなんだと思うから。今でも、わたしはおとーさんのその言葉を忘れないようにしています。そして、おとーさんは悲しむわたしを慰めてくれて、笑顔にしようと優しくしてくれて。

 

 それから、本当に大切な大切な。始まりの一歩をくれました。

 

「イリス」

「よかったらイリスの手で、この花を咲かせてみないかい」

「花が咲いたら、あの子も寂しくないと思うんだ。きっと緑でいっぱいだった頃のエルトリアの夢を見てくれる」

 

 それは、あの子のために、わたしがお花を育てることでした。

 

 わたしは涙を拭って強く頷きます。名前も付けてあげられなかったあの子のために花を咲かせてあげたいと、そう思ったから。

 

「どうだい? イリスにできそうかな?」

「うん、わたし、がんばる!」

「がんばって、お花を咲かせてみる!」

 

 もしも、おとーさんが言うように、あの子の魂が星を巡って生まれ変わるのなら。いつか緑いっぱいになったエルトリアで、元気に過ごしてほしいと思うから。

 

 この日が、わたしのエルトリア復興の第一歩。

 

 おとーさん、わたし、がんばるね。

 

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