こちらエルトリア復興委員会です。   作:観測者と語り部

3 / 3
2オルタ イリスは立派に成長しました。

 オルタ(挨拶)!

 

 娘の幼年期はあっという間に終わった。幼い娘は、小学生くらいの子供になり、幼女から少女に成長し、今では立派な女の子になっている。具体的には誰にでも気遣いができる優しい娘として育ってくれた。立派な淑女(レディ)とでも言うべきだろうか。

 

 しかし、子供の成長は大人にとっては喜ばしいが、同時に寂しいものである。

 

 もっと娘を甘やかせてあげたかった。イリスは可愛いなって溺愛してあげたかった。最近は恥ずかしそうにするので、昔のようなスキンシップは控えめにしている。あまり露骨に構い過ぎると、パパ嫌いって言われるかもしれない。そんなこと言われたら私はきっと死んでしまうだろう。オルタ………

 

 パパ呼びからお父さん呼びに変わったのも感慨深い。娘の成長を思わせる一端だ。

 

 それに、褒められると嬉しそうにしてくれるのは相変わらずだ。娘は誰かの、エルトリアの役に立てることに、とても喜びを感じてくれている。そんな娘の喜ぶ姿を見て、私も彼女の笑顔に癒される。他のスタッフに言わせればほっこりした顔をしているらしい。ゆるゆるに緩んでいるとも言われた。

 

 娘が頑張っているのを見て、顔が緩み。手元のマグカップからコーヒーを飲んで、あまりの苦さにシャキっとする。そんな表情の変化を笑われたこともあった。他のスタッフから、その様子を聞いたイリスが、こっそり私の顔を見て笑ったこともあった。うん、イリスが笑ってくれて私も嬉しいよ。

 

 まあ、他のスタッフの息抜きになったのなら、それはそれで良かっただろう。イリスも腹がよじれるくらい笑ってくれた。というよりもイリスが一番笑っていた。あまりにも普段の表情とのギャップが激しすぎて、おなかが痛くなるくらい笑ったらしい。しまいには床バンを披露してくれて、そのままおなかを抱えながら床で転げまわっていた。そんな娘も可愛いと思ってしまうくらいだから。私の娘に対する溺愛っぷりは、スタッフでも周知の事実である。

 

 そんな日々で幸いだったのが、早すぎる幼年期の中で、少しでもイリスに思い出を作ってあげられたことだ。

 

 海や川に行くことはできなかったが、貴重な水を使用して小さなビニールプールで水遊びが経験させられた。一緒に植物を育てて、小さな芽をだし花を咲かせたこともあった。時には弱って施設に迷い込んだ動物を助けようとして、それでも助けられずに、その死を看取ったこともあった。珍しく綺麗だった夜空を眺めて、一緒に天体観測もした。一緒に寝て、寝物語を聞かせて、娘が寂しくないようにできる限り接する時間を作ることもできた。

 

 それもこれも、私の周りで尽力してくれたスタッフたちのおかげでもある。大きな役目を背負うイリスに、少しでも楽しい時間を過ごしてほしい。エルトリアを本格的に復興する前に行った娘の為の思い出づくり。幼い娘のための小さな幸せの時間。だけど、とても大きな幸せで、とても大切な思い出の時間だったと私は思っている。

 

 悲しいことだが私も、スタッフたちも、いつまでも娘の傍にいてあげられない。娘の、イリスの稼働時間は膨大だ。単独でも長い時間をかけて惑星再生を行える彼女は、人間よりも遥かに永い時を生き続けることができる。それこそ何百年、何千年、何万年もの時間を。

 

 イリスにとって人間である私たちの寿命は、下手すれば瞬きの間に儚く消えていく命となるのかもしれない。今でこそ初めての事がいっぱいで、毎日を楽しい日々として過ごしている。けれど、数えきれないほどの経験が蓄積されれば、時の流れは加速していく。大人になってから過ごす時間が早く感じるのと同じように。

 

 人間となって生きることも可能だが、今はエルトリアの厳しい環境がそれを許さない。つまり惑星の再生と復興が果たされるまで、彼女は使命のために生き続けることになる。そしてエルトリアの復興は下手すれば世代を超えていく大掛かりなプロジェクトになるだろう。

 

 つまり、娘が幸せに生きる事が出来るかどうかは、私たちの頑張り次第という事だ。よし、娘の為にもエルトリアの復興をがんばろう。オルタ。

 

 

 

 扉が機械音と共にスライドする音で目が覚める。それと同時に小さな足音がゆっくりと近づいてくる。最初の頃と違う。子供のように駆け寄ってくるのではなく、大人のように落ち着いた足取り。もちろん誰なのか分かっている。娘のイリスだ。毎朝の日課で、こうして起こしに来てくれる。

 

 お父さん起きて、という言葉に寝たふりを続行する。一年前の小さなころと同じように。

 

 昔のように馬乗りになってきて、小さな身体で一生懸命、父親(パパ)を起こそうとした娘は立派に成長してくれた。今ではしっかり者のお姉さんだ。こうしてダメな振りをするお父さんを優しく起こそうとしてくれるのだから。寝たふりは父親(パパ)の特技になってしまった。

 

 もう、寝たふりしないの。スキャンすれば起きている事なんて、お見通しなんだから。そんな事を言われれば、起き上がるしかない。あははは、イリスにはやっぱり隠し事はできないね。そんな風に苦笑して、困ったなみたいな仕草をすれば。娘は頬を膨らませて、腰に手を当て、少しだけ前のめりになった。ちょっと怒ってますよという仕草だ。

 

 そんな表情をする娘も可愛かったので、優しく頭を撫でてあげる。すると今度は照れて顔を背けてしまった。思春期のようなものか、それとも大人になろうとしているから子供っぽい事をされるのは恥ずかしいのか。まあ、嫌がるそぶりは見せないので、なでなで継続だ。というよりも、こうしてあげないと寂しそうな顔をする。嫌いになった?って泣きそうになる。そんな顔をされたら、パパは、パパは、オルターーーーーっ!!

 

 はっ!? いけない。いけない。つい取り乱してしまった。とりあえず、娘に元気よく挨拶しなければ。

 

 おはよう、イリス。いつも起こしてくれてありがとう。

 

 おはよう、お父さん。今日もみんなで頑張りましょう。

 

 そんな挨拶を交わしながら、身支度を整える。これがいつもの日課。

 

 娘は私が帰ってきて寝る前に、洗濯した白衣を用意して置いてくれる。皺だらけのそれを毎日きれいに整えてくれて、私が所長として恥ずかしくないように細かな気配りもしてくれる。優しい娘だ。イリスの気持ちを思うと、嬉しくて涙が出てくるのは内緒だ。頑張って我慢しよう。オルタ。

 

 服を着替えて、顔を洗い、イリスに髪を整えてもらう。そして新品同様の白衣を服の上から羽織る。それからいつものように娘の髪を櫛で梳かす。鏡の前で椅子に座って、後ろを向いている娘の髪にゆっくりと櫛を通す。そうしている間、娘は心地よさそうに目をつむっていた。その表情に安らぎが浮かんでいて、娘が安心して日々を送れているようで何よりだ。

 

 それから一緒に食堂に移動する。この時は幼いころと同じように手を繋いで歩く。

 

 手を繋いで歩くのは娘が無事に成長してくれていると感じるから。そして娘の温もりを感じると私が安心できるから。そんな理由を付けて一緒に歩いているが、実は一年あまりで親離れされるのは寂しいという私の我儘だ。昔のように抱っこや肩車は気軽に出来ない。まあ、それはエルトリアの一部が緑でいっぱいになったら叶えるとしよう。

 

 娘の手を引いて子供みたいに草原を駆け回ったら、なんと楽しいのだろうか。

 

 そんな事を考えていたら、お父さん、顔が笑ってるよ。と、娘に言われてしまった。だから、私の夢のような思い付きを素直に伝えたら、それは楽しそうだねと、娘も笑ってくれた。満面の笑みだ。太陽みたいに明るい安心できる笑顔。やっぱり、イリスの笑顔はみんなを元気にしてくれる。私も嬉しいよ。オルタ。

 

 彼女は私たちスタッフの、エルトリアに対する想いを十分に知っている。一緒に日々を過ごし、一緒に勉強して、一緒に夢を語り合った。そんな中でエルトリア復興に掛ける想いや情熱を交わすうちに、娘も幼いながらに、わたしもいっぱい、いっぱいお手伝いする。がんばるねって、言ってくれた。そんな日々を過ごしたものだから、いつしか星を復興するという使命は、皆で緑いっぱいの星にしたいという夢に変わったようだ。

 

 イリスのおかげで施設の外にも少しずつ草花が生え、木々が活力を取り戻し、大気は少しずつ浄化されている。昔よりも汚染がちょっとだけ少なくなり、施設で保護されている衰弱していた動物たちも、少しずつ元気になってきている。

 

 もっともエルトリアを汚染する死蝕の速度も徐々に激しさを増しているので、いたちごっこだ。今は汚染に対する防護を固めながら、徐々に浄化範囲を広げていっている最中。惑星の再生には、宇宙に浮かぶ各コロニーの大規模な支援を必要とするだろう。汚染を跳ね返すには、今のままでは力が足りない。

 

 時間をかければイリスひとりでも再生は可能だという目算は出ている。しかし、再生活動が盤石であることに越したことはない。特に汚染物質を含んだ雨が、激しい嵐となって吹き付けるのは、せっかく再生した植生に大ダメージを与えてしまう。浄化した水源も再び汚染されるだろう。それをどうにかするには、大気をコントロールして嵐の勢いを弱めるしかないのだが、そのシステムを構築するための資源やら人員やら何もかも足りない。

 

 コロニー側だって生活のための資源は限られている。外宇宙を旅して、居住可能な星を見つけるのもそれなりのコストがかかるし。場合によってはテラフォーミングも必要になるのだ。エルトリアの復興は、そのテラフォーミングが短期間で可能になるかどうか。あらゆる環境を覆せるかどうかのテストでもある。だが、コストに見合わないとなればエルトリアの復興計画は凍結されるだろう。惑星再生委員会という名の復興メンバーも解散してしまう。

 

 それでも施設周辺の荒れ果てた大地は、少しずつだが緑を取り戻しつつある。それを起点としてエルトリアには、まだ希望が残っているのだと大きくアピールすれば予算も少しは増えるだろう。

 

 何も進展がなく死蝕の進行を抑えるくらいしかできなかった私たちにとって、少しでも枯れた植生と朽ちた大地を再生できたという点は小さくても大きな一歩だから。

 

 娘のためにも、エルトリアの為にも、頑張ろう。あとスタッフの皆は無理しないように。特に遠征スタッフは汚染された地域に行くこともあるのだから、健康診断はしっかりしなければ。もっともそんなこと言う私が一番、働きすぎだと叱られている。いや、娘の為ならいくらでも頑張れるのだが。そんなことを言えば、娘の為にも休めって言われるのだから、こちらもいたちごっこか。オルタ。

 

 最終手段、お父さん、わたし怒ってます。が飛んできたら、私はもう何も出来なくなってしまう。私が倒れたら本末転倒だからあたりまえか。まったく苦笑しか出ないというのはこのことか。みんな頑張りすぎている。でも、それでも笑って、明日に希望があると頑張っていけるのも、イリスのおかげだ。ありがとうイリス。生まれてきてくれて、ありがとう。

 

 

 

 さて、食堂についた私たちだが、私のメニューを選ぶのはもっぱら娘の仕事だ。食事なんて只のエネルギー補給。仕事が出来ればそれで良し。仕事のためにも早く食べてしまおうという姿勢。そんな食生活は成長した娘のお叱りによって終了した。

 

 惑星再生のためにあらゆる知識を持つイリスは、動植物にとって必要な栄養素の知識まで豊富だ。健康で美味しい食生活が生き物に活力を与え、植物にとって最適な土と水が、豊かな植生を生み出す事を知っている。

 

 という事でイリスの指導で、少しでも長生きするために、私たちの食生活は改善された。特に偏った食事をしたり、好物ばかり食べていたスタッフは仁王立ちしたイリスの説教の対象となった。もちろん、私も代表として叱られた。委員会の責任者は、スタッフの安全にまで気を使わなければならないもので。責任者って辛いね。オルタ。私も偏った食事をしていた一人でもある。でも、娘とエルトリアの為ならば頑張って好き嫌いをなくそう。オルタっ!!

 

 それからは簡易増殖したイリスの群体が、料理専門スタッフとして働き始めた。送られてくる食材や保存食などを使い、栄養が豊富で美味しい料理を作ってくれている。調味料や食材が足りなかったら、ヴァリアントシステムで栽培プラントを作り出して、自己生産と運営まで行っている。今ではスタッフや動植物の食糧供給源にもなる大規模プラントに拡大し、コロニーに貴重な食材などを送ったりすることもあった。政府の役員の心象が少しでも良くなるようにという賄賂みたいなものだ。

 

 というわけで、私はニコニコと笑いながら娘が作ってくれる料理を楽しみに座って待つのが日課。イリスと一緒に食事をして、ゆっくりと食事の時間を楽しむ。あ~んすることは無くなったが、穏やかな時間であることに変わりはない。スタッフと談笑しつつ、食後の休憩を挟んだら、仕事に取り掛かるのが日課となりつつある。

 

 さて、今日もエルトリアの未来のために仕事を頑張ろう。オルタ!

 

 

 

 イリスの教育が終わり、娘は復興委員会の一員として動き始めた。仕事の内容も大幅に増え、人員の配置変更も少なからず行われた。

 

 かつての教育スタッフはイリスの支援要員として、娘とともに復興活動の中心を担う。彼らはイリスの指示に従って動くのが役割だ。遠征スタッフはイリス群体による護衛を受けながら汚染の少ない地域での調査が任務だ。希少となっている原生植物や、弱っている動物がいれば、できるかぎり保護も行う。技術開発要員は、簡易増殖したイリス群体の指示のもとで、惑星の復興に必要な装備を整える。

 

 その他にも施設や装備の保守点検。保護した動植物の世話と観察記録の蓄積。汚染の除去や、それに由来する病気やウイルスに対する対策。環境保全。水の汚染濃度の検査し、必要があれば浄化。天気を予測し、嵐に備える準備などなど。やることは山のようにある。

 

 滅びをもたらす死蝕が勝つか、生きようとするエルトリアの自然と私たちが勝つか。復興委員会とは、すなわち汚染との戦いとも言ってもいい。健康を少しずつ蝕まれながら生きる私たちにとって、ここでの生活は苦労の連続で。復興委員会のメンバーも、かつてのエルトリアの大地を、故郷を愛している命知らずばかり。

 

 当然だが、厳しい生活環境に見合わないと思った人々は、エルトリアを捨てて他の生きる道を探っていく。より良い暮らしをと。それは仕方のないことだ。

 

 だから、やめていったスタッフも何人かいる。当初よりもメンバーが少ないのは事実だろう。

 

 それでもエルトリアを見捨てることは出来ない。心に美しいエルトリアの情景が浮かぶ限り、私たちは負けない。エルトリアを愛しているから。

 

 そんな中での私の仕事は、委員会の仕事を纏めることだ。各メンバーの報告を聞いて、それを統合し、復興計画全体の進捗を確認していく。問題があれば逐一指示を出し、人員が足りなければ応援を向かわせる。特に緊急事態が発生した時は迅速に動かなければならない。

 

 そういう時にイリスの、娘の存在は非常にありがたいものだ。簡易的な自己増殖で必要なサポート要員を増やし、スタッフの安全第一で行動してくれる。

 

 イリス群体はイリスの元で意識を統合され、様々な目的を達成するための手足となる。意識もイリスのモノが宿っていて、本人としては複数の自分を操作している感じになるらしい。指示を委託することで、簡単な作業なら勝手にやってくれたりもする。もっともやっていることは複雑で膨大だ。それでもイリスは片手間にこなせるのだから、すごいポテンシャルを秘めている。これらを人間が手足を動かすのと同じように、当たり前のように出来るのだ。

 

 さらに自意識を持たせることで、自立稼働させることも可能だが。使い捨てにするなら、それこそ簡易的な分体を自分で操作したほうが早いらしい。本人も自我の目覚めた分体を使い捨てることはあまりやりたがらないようだ。

 

 イリスの能力は、それだけに止まらない。

 

 環境保全のためにばら撒いたナノマシンが、微生物の活動の手助けをし、時には微生物の代わりとなっているのだが。近頃ではそれを通して独自のネットワークまで構築している。仮にイリスネットワークとでも呼んでいるそれは、活動範囲内なら何処にいてもスタッフの居場所を探り当てるほど詳細な情報を把握し、蓄積できるものだ。いずれエルトリア全体を覆えば、エルトリア内で娘の知らないことはなくなるだろう。

 

 惑星再生システムとして生まれた娘の本領発揮である。今はオリジナルである本体のもとに、分体の知覚情報が集約されているだけだ。しかし、成長し続ければイリスの意識と知覚範囲は拡大する。そうなればエルトリアの環境システムそのものが、イリスそのものとなるかもしれない。システムが残り続ける限り、イリスの存在は消えない。そんな不滅の存在に成長するかもしれない。

 

 惑星エルトリアを覆ったとき、娘はある意味でエルトリアそのものとなるのだろう。

 

 その為の自己進化システムであり、同時に自ら未来を選べるように選択肢も与えてある。イリスが望むのなら拡大した自意識を縮小できる。人間に近い存在にだってなれる。意識を消して永遠の眠りにつくことだって可能だ。何なら新しい"イリス"に役目を引き継いでもらうことだって可能だ。それが選択できるイリスの進化の可能性だ。

 

 まあ、生まれた時の容姿が非常に気に入っているので、そうそうイリスが姿を変えることもないだろう。惑星を再生させながら、できる限り娘として、父や家族であるスタッフたちの傍にいること。それが今の娘のスタンスになっている。だから、よほど緊急事態がない限り、躯体の分解と再構築を利用した瞬間移動みたいな真似などしないだろう。あくまで人間として生活しているし。人間と同じような活動を続けている。

 

 先の話は数百年くらい後の予測に過ぎない。今は小さな可愛い私の娘で。エルトリア復興委員会のメンバーにして、仲間であり。大事な家族である。自分の力に悩んでしまったときは、一緒に相談して、一緒に悩んで、それから結論を出していこう。オルタ。

 

 娘の力は可能性の塊だが、その力を巡って争いが起きる可能性もあった。あくまで、イリスのことは政府の伏せて置くべきかどうか悩む。そういった判断をするのも所長としての私の仕事だ。情報を公開するとしても惑星再生のためのシステムであることを全面に押し出さなければ。兵器としての運用など絶対にさせない。娘の力は娘自身を、彼女の大切な人を守るための力だ。

 

 それにオリジナルである彼女は、言い方は悪いが製造コストも膨大だ。二人目を生み出す余裕もない。しかし、その汎用性は外宇宙を旅する人間にとっても魅力的に映るだろう。いずれは政府の人間が目を付けるのも時間の問題。誤魔化しても、後々になって引き渡し要求されるのは明白だ。引き渡しの理由を作るために計画が凍結されることも充分在り得る。

 

 何かいい方法は……

 

 そうだ! イリスの力が必要とされるのなら、いっそのこと簡易的な量産型を作ってしまえばいい。性能もコストも大幅に下げて、一定の能力だけを持たせる。人より丈夫で、人より役に立つ。そして、誰かを支えてくれる存在として。人と共に歩んでくれるパートナーとして生み出せばいい。

 

 イリスが少数運用している簡易的な量産型を目安に設計してしまえば問題ない。ヴァリアントシステムとエネルギー運用制御システムであるフォーミュラを組み込めば、大抵のことは何とかなる。外宇宙でも役に立つ。もともとヴァリアントシステム自体が、汎用性の高いシステムだから性能は保障されている。人間でも使えるよう改良したシステムを流用すれば、コストを下げるのも容易なはず。

 

 なんなら有機的な部分をマテリアライズシステムの応用で整えて、外見は人に近い存在として作れば、よりいっそう親しみを持ちやすくなるだろう。

 

 名称はそうだな――ギアーズとでも名付けよう。鋼の身体でも、人の心を宿した暖かい存在として生み出そう。

 

 ある意味でイリスの娘たち。ということは私の孫ということか。オルタ! この年ですでにお爺ちゃん。うむ、お爺ちゃん。お爺ちゃんも悪くないかもしれない。

 

 まあ、エルトリアの復興が最優先なので、暇ができたら設計しようと思う。既にスタッフの誰よりも優秀なイリスにも手伝ってもらい。いろいろな意見を参考にすれば、きっと素晴らしい存在として生まれるだろう。さすがに本来の計画を疎かにするわけにもいかないので、スタッフの手はあまり借りないつもりだ。

 

 さて、作成がスムーズに進むように素体の設計図だけは完成させておくとして。

 

 個性なんかあると面白いだろう。人の形を模しておきながら、無愛想な存在など人々にあまり愛してもらえない。万人が受け入れやすいように、愛嬌のある性格が良い。その方がお互いの為になる。イリスを生み出した時と同じように。人を模すのなら絶対に心と感情は必要になる。

 

 ギアーズ計画。人とともに歩む為に生み出される新たな命。できれば娘とも仲良くしてほしい。この計画は、エルトリア復興計画の裏で地道に進めることにする。

 

 さっそく仕事をしつつ、計画も少しずつ進めてしまおう。ようし、お父さん。イリスのために頑張っちゃうぞ。オルタ!!

 

 なお、このあと勝手なことをしないで欲しいと娘にたっぷり怒られた。オルタ……

 

 

 

 健康に気を付けながら、惑星再生のために忙しく動き回る私たち。そんな中で不思議な出会いがあったことを追記しておく。

 

 エルトリアには多数の遺跡が残されている。エルトリア先史時代の遺産であり、時には現代技術を超えた遺物が見つかることもある。イリスの誕生にも一部の技術が使われているほどの超技術の塊。

 

 例えば遺跡版と呼ばれた物体は、高性能な演算能力を持ったコンピューターだ。外見はただの石板にしか見えないのだが、発見された当時の最先端技術を軽々と越えていた。それらを解析してフィードバックすることで、ヴァリアントシステムやフォーミュラを初めとする術式の処理・制御に成功している。現代でも遺跡版は利用されることもあるほどの、技術的価値の高い遺産だ。

 

 そういったものを遺跡で発見して、エルトリアの復興に役立てないか調査するのも、委員会の仕事である。

 

 だが、遺跡の探索には危険も伴う。遺跡の古い防衛システムが稼働して襲ってくることもあるし、凶暴化した生物が住み着いている場合もある。侵入者を迎撃するためのトラップなんかも恐ろしい。閉じ込められるのならまだしも、毒ガスなどを散布されれば人間など一網打尽である。それらと相対しなければならないので、命がいくつあっても足りない。

 

 さらに発見されたものが危険物だった場合は、封印処置を施すこともある。大抵は爆破して破壊してしまうか、誰も入れないように入口を瓦礫に埋めてしまう。

 

 もっとも危険が予測された時点で、大抵は調査自体を中止していた。復興委員会の人員は少ない。常に安全を重視し、人命が最優先だからだ。その理由もあって復興に役立つような探索計画は遅々として進まなかったが、それを払拭する理由が生まれた。

 

 イリスの存在。惑星再生の為に生まれたイリスは襲ってくる相手を返り討ちにできる。汚染に対してもイリスには殆ど効果がなく、適切な装備があれば影響を受けない。時間さえあればナノマシンを介して、その場所の汚染すら分解できる。

 

 イリスのおかげで重度の汚染が進行している地域の調査も可能になったのだ。娘には感謝してもしきれない。同時に、娘に危険な仕事ばかりさせている自分たちの不甲斐なさに腹が立つ。娘はそれが生まれた理由だからと、笑って許してくれる。だが、一人の父親として娘を心配するのは当たり前だ。せめて万全を期すように娘の支援は惜しまなかった。

 

 そして、調査の過程で娘は天使を発見した。

 

 ユーリと呼ばれた少女との出会い。

 

 彼女がイリスと友達になってくれると、お父さんは嬉しい。オルタ。

 

 二人の出会いにたくさんの祝福があらんことを。




映画の可能性の話がなかったら、この話は決して生まれなかった。
あと、幼少期のイリスが可愛すぎた。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。