「俺は厩舎に馬を停めてくる。少し待ってろ」
私に続き、馬から降りたリヴァイさんはそう言って、馬を連れていってしまいました。
私は待っている間、目の前にある大きな建物を眺めることにします。
ここは調査兵団となった兵士達が体を鍛え、傷を癒し、食事を取り、寝泊まりする場所であり。
今日から私が住む場所でもある、調査兵団本部です。
ーーーーー
「こ、この子を知ってるんですか!?」
珍しく医者の人が取り乱しています。大きな声を出したせいで、人の注目を集めてしまいました。
「いや…そいつの外見が似た奴と一回話したことがあるだけだが…」
それを聞いた医者の人は、唖然として私に問いかけます。
「君は…君の名前はレイラ…なのかい?」
「」コクッ
「本当だったのか…。レイラさん、君はこの人に見覚えはあるかい?」
私は男の人をもう一度じっくりと見ながら、過去に会ってきた人の顔を照らし合わせます。覚えているかぎりの全ての人を思い出しました。
しかし…やはりというべきでしょうか。それらしい顔が見当たりません。あったとしても恐らくは数年前の記憶、ぼやけているものがほとんどです。
それに男の人が言うには会っているのは一回だけ。逆に覚えている方が変ですね。
「」フリフリ
「見覚えはない…か」
「おい、あんた」
私と医者の人のお話が終わったのを見計らったように、男の人が会話に入ってきました。
「レイラとはどういう関係なんだ?」
「私は近くにある孤児院に勤めている者で、レイラさんを引き取る方が見つかるまで保護者代わりをしています」
「……」
その説明を受けた男の人は、真剣に考えている素振りをみせています。何を考えているのでしょうか。
「リヴァイ、どうしたんだ?」
そこへ馬に乗っている、金髪の背の高い男の人が来ました。小柄な男の人をリヴァイと呼んでいます。この人はリヴァイさんというのですか。
「エルヴィンか、好都合だな。頼みたいことがある」
そして大柄な方がエルヴィンさんですね。
頼みたいことというのは、先ほどまで考えていたことと何か関係があるのでしょうか。
「お前が頼みたいことだと?」
「こいつは孤児らしくてな、引き取る相手を探しているらしい。そこで調査兵団の兵舎で住まわせたい」
「「……は?」」
……へ?
「リ、リヴァイ…? さすがにそれは」
「誤解すんなよ。あくまで暮らさせてやるだけだ。入団はさせねぇ」
「その事ではないのだが…いや、何も言わないでおくか…」
エルヴィンさんから若干のためらいを感じます。何か言いにくそうです。
「で、どうなんだ?」
「私は構わないが…その子の意思はどうなんだ?」
私はどちらでもいいです。リヴァイさんが暮らしてほしいのならそうしましょう。
「」コクッ
行きたいという意味での肯定。そのつもりでコクッとしましたが、伝わっているでしょうか。顔色を伺ってみます。
これはダメみたいですね。リヴァイさんとエルヴィンさん、二人とも首をかしげてはてなマークを頭の上に浮かせています。
「まだ言っていませんでしたが、レイラさんは声が出ないんです」
医者の人のフォローにより、二人のはてなマークは崩れ去りました。納得したようです。
「レイラさん、行きたいと思っての頷きで合ってるかい?」
「」コクッ
医者の人のおかげでちゃんと伝わったようです。その証拠に、エルヴィンさんとリヴァイさんは私を調査兵団に連れていく方針で話を進めています。
「分かった。キース団長には私が交渉しよう」
「じゃあ決まりだな。俺はリヴァイだ。レイラ、馬に乗せてやる。こっちに来い」
それは馬という名前だったんですか。そもそもその茶色い動物に関心があって最前列に来たんでしたね。すっかり忘れてました。
私は医者の人の手を離し、リヴァイさんが引いている馬に駆け寄ります。
するとリヴァイさんが私の脇に手を入れて持ち上げ、言っていた通り私を馬の上に乗せました。その後リヴァイさんも私の後ろに乗ります。
「進むぞ。落ちねぇように気を付けろよ」
「」コクッ
馬の上から見た景色は、いつもより視線が高いせいか全然違いました。貴重な体験なので、私は前後左右コロコロと視点を変えます。
そんなことをしていると、一瞬エルヴィンさんと医者の人が話しているところを見かけました。
ーーーーー
「――でさー。あの子可愛かったなー! 捕獲したかったなー!」
「……」
ぼーっとしながら兵舎を眺めていると、騒がしい声が聞こえてきました。そちらの方向を向くと、リヴァイさんとその横にメガネをかけて髪を結んでいる女の人がいます。リヴァイさんは女の人の話を無視していました。
「ねぇーちょっと聞いてる? ってあれ、あんな所に何で女の子が…。リヴァイはなんか知って――! リヴァイがいなく――いたー!」
「待たせたな」
「なになに? リヴァイとどんな関係なの?」
女の人は私とリヴァイさんの顔を交互に見ながら、リヴァイさんに説明を要求してます。ついでに私もその女の人について説明を要求したいです。
「こいつはレイラ。孤児らしいから引き取ることにした。声が出ないそうだ。レイラ、こっちはハンジ。巨人好きの変わった奴だ」
ハンジさんですか。好きなものが巨人とは、確かに少し変わってます。
「え…リヴァイあんた…」
ハンジさんの表情が一転して、リヴァイさんをドン引きするような目で見ています。
「私のこと奇行種だの何だの言ってたくせに…。そんな趣味があっただなんて…」
「あ? 何言ってんだ?」
ハンジさんが言っていることはどういう意味ですか? という質問をしようにも、リヴァイさんにも答えられないようです。
「えーと、うん。レイラの容姿は可愛いからね。気持ちは分からなくはないけど…。いや、好みは人それぞれって言うしね」
「チッ…問い詰めてぇところだが、飯の時間だ。後で部屋に出向くから、それまでに言葉を考えてろ。行くぞレイラ」
リヴァイさんが兵舎に向かって歩き始めました。私はリヴァイさんの斜め後ろからついて行きます。
途中途中で怪我をしている人がチラホラと目に付きました。大事な人を失ったのか、涙を流している人もいます。
そういえばリヴァイさんやエルヴィンさんは怪我を負った箇所がありませんね。巨人からただひたすら逃げていたのか、それとも並の兵士以上に強いということでしょうか。
「ここが食堂だ」
中は不思議なことに、机が多い割に人数が少なめでした。ここにいない人は、今日の壁外調査で受けた傷を治しているのでしょう。
「飯を取ってくるから適当に座っててくれ」
リヴァイさんは奥の方へと歩いて行きました。
私は人がいない机で、且つすぐ近くにあった席に座ります。身長が低いからか、机が少し高く足が床につきません。食事を食べる時に不便になりそうです。
そんなことを思いつつ待っていると、リヴァイさんがお盆を持って私の隣の席に腰掛けます。
「俺の分を分ける。これくらいでどうだ?」
リヴァイさんの手には半分より小さめにちぎられたパンが握られていました。
はい、これくらいがちょうどいいです。という意味合いを込め、私は頷いてパンを受け取り口の中に入れます。
病院での食事と同じく、味はなくて少し固めでした。少しずつ食べていると、
「リヴァイ、その子が今日からここに暮らすことになったという子供か?」
いつの間にか前の席に男の人が居ました。エルヴィンさんより背が高く、あごにひげを生やしています。
「ああ、名前は――」
「レイラだろう? ハンジから聞いた」
「そうか」
「それと、これもハンジから聞いた話なんだが…」
『ミケ…実はとんでもない秘密を知ってしまったんだ…。私はこれからどうすればいいものか…。リヴァイは…ロリコンだったんだ!』
途端に、リヴァイさんから静かな殺気が放たれます。
ろりこんというのは、そんなに言われたくない単語なのでしょうか。
「……あの野郎、そういうことか」
「念のため聞いておくが、決してそういう気持ちで引き取ったわけじゃないんだよな」
「当たり前だ。レイラ、食い終わったらミケにハンジの部屋まで案内してもらえ」
怒りを抑えているような声を発し、リヴァイさんは食堂から出ました。
それから私はパンをちまちまと食べていました。男の人――ミケさんは無言で私を見てきます。
沈黙の中、ミケさんは私にこんな質問をしました。
「レイラはリヴァイと知り合いなのか?」
知り合いではないですね。リヴァイさんが一方的に知っているだけですし、記憶違いの可能性も捨てきれませんから。
「」フリフリ
「そうだったのか? あのリヴァイが赤の他人を助けるとは…意外だな」
……助ける? ミケさんは助けると言ったのですか?
私は今、リヴァイさんに助けられている…?
ここに住まわせる行為は、私を助けることにある?
なぜ? なんで? どうして? どうやって? 何をして? ワタシをタスける?
嫌だ イヤだ? 怖い コワい? 違う そうじゃない そんなこと思ってない 私は本物 違う 違う チガう チガウ… チガウ…?
ワタシは ニセモノ なの?
……。
ダイジョウブ 誰も私を助けられない
ダいじょウブ 誰も私を助けられない
だいじょうぶ 誰も私を助けられない
誰も私を、助けることなんてできない
大丈夫 大丈夫、大丈夫。
私が本物を見ることは無い。
違った。もう一つの本物だ。
だって私は偽物じゃない。私は偽物じゃないです。
私は偽物なんかじゃないんです。一つの本物です。
だから私以外の本物は、私には知らなくていいことなんです。
私の本物は、間違ってなどいませんから。
間違ってなんか、ないんです。
「おい…大丈夫か? 手が止まってるぞ。もう食べきれないのか?」
ミケさんに心配を掛けてしまったようですね。私は大丈夫です。
ここで頷いてしまえば、パンが食べきれないという解釈をされるのですが、まぁいいでしょう。残りもあまりありませんし。
「」コクッ
「じゃあ行くか」
その後、ミケさんには食器を片付けてもらい、ハンジさんの部屋まで先導してもらいました。ミケさんはノックをして、扉を開けます。
「やれやれ…」
ミケさんは呆れたように言いながら入っていきます。私もミケさんに続いて入りました。
そこでは――
「遅かったじゃねぇか」
「ミケ! 早くリヴァイを説得して、止めさせてくれぇぇ! 痛い! 腕痛い! マジで痛いんだって! ぎゃあああぁぁ!!」
這いつくばっているハンジさんの上に、リヴァイさんがハンジさんの腕の関節を変な方向へ曲げていました。
「それくらいにしておいたらどうだ。ハンジも反省してることだろう」
「してます! 反省してます! ミケ以外には誰にも言わないから、誰にも言ってないから!!」
「……チッ」
リヴァイさんは渋々関節技を解き、ハンジさんの上から体を引きました。
ハンジさんはよろけながらも立ち上がり、腕を抱えて涙声を上げます。
「うぅ…痛い…。あれ? 今更だけど何でミケとレイラが私の部屋に?」
「俺が呼んだ。ここをレイラの寝床にしようと思ってな」
「そゆことね。私は全然いいよー、一緒に寝たいって思ってたし。レイラもそれでいいよね?」
いいですよ。特に反対する理由はありません。
「」コクッ
「やったー!」
やけにハンジさんは喜んでいます。そんなに嬉しいことなのでしょうか。
「あ、ミケ。それとリヴァイも。明日用事とかある?」
「俺は今日の壁外調査の事後処理がある」
「俺は何もねぇが…なんだ? どっか行くのか?」
「うん。レイラの服でも買いに行こうかなーって思ってさ。レイラは来る?」
服のことはどうでもいいのですが、今後暇になることが多くなると思うので、何か退屈しのぎになる物が欲しいです。
服屋さんの周りにそういう物が置いてあるお店があるかもしれませんね。私も行きましょう。
「」コクッ
「よっしゃ! リヴァイは?」
「特にすることもねぇからな、俺も行こう」
「了解! 明日は三人で外出だー! それじゃ、明日のためにもレイラは寝よっか。もう夜遅いし、疲れてると思うから」
言われてみれば、少し疲れているかもしれませんね。ここはハンジさんの言葉に甘え、寝させてもらいましょう。
「私も後で寝るから、先にそこのベッドで寝てていいよ」
「」コクッ
私はベッドに横たわり、薄い毛布にくるまりました。まぶたを閉じて、意識が遠くなるのを待ちます。
「ところでリヴァイ、なぜレイラを引き取ったんだ?」
「あーそれ私も気になる」
「あぁ…そうだな…。正直俺にもよく分からんが…恐らくレイラに――」
そこから先の内容は、眠りに入った私には聞こえませんでした。