「ありがとう、お姉ちゃん」
妹は笑顔でそう言った。
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久しぶりに…夢を見ました。どんな内容だったのかは忘れてしまいましたが、懐かしい夢だった気がします。
もう少し寝たいところですが、疲れが取れきれたおかげか、完全に目が覚めてしまいました。眠れそうにありませんね。起きましょう。
私は隣で寝ているハンジさんを起こさないようにベッドから出て、窓から外の風景を見ます。
日の出はまだ出ておらず、まだほんのり暗めでした。起床時間にしては早すぎましたね。
何もやることがありませんし、空でも観察しましょう。
数分で飽きました。他のことをしたいです。
しかしそうは思うものの、何をしましょうか。何かないものかと探そうにも、それは触っていい物なのかが区別できませんし、何より無断で漁るわけにはいきません。
うーん…試しに食堂にでも行ってみましょうか、歩くだけでも時間は潰れますし。
そうです。歩くだけでいいならせっかくの機会、この兵舎の間取りを調べましょう。ここに住む以上、最低限度ハンジさんの部屋、食堂、玄関には迷わず行けるようにしなければ。
私は早速廊下に出て、ほつき歩きます。
ふむふむ、だいたいの部屋を把握することができましました。さすがに室内まではチェックしていないので誰の個室かまでかは分かりませんが、構造は確認できたので迷うことはないでしょう。
さて、そろそろハンジさんの部屋に戻るとしま――
「レイラーー!! おーーい!」
背後から聞き覚えのある女の人の声が聞こえてきました。
振り向いて目を凝らしてみると、ハンジさんが手を口に当てて叫んでいます。
ハンジさんも私に気付いたようで、私のところに駆け足で近づきます。
「あー! ここに居たんだ、良かった…。びっくりしたよ、レイラがいなくなってたんだから。もー不安で不安で…」
そう…だったんですか。すみません…昨日と今日とで、心配を掛けてばかりですね。
ハンジさんは人差し指を立てながら私に注意します。
「いい? 今度からは一人で勝手に行動しないこと。分かった?」
「」コクッ
はい、次からは気を付けます。
「よし、反省しているみたいだし、朝ご飯を食べに行こうか」
「」コクッ
そしてハンジさんと食堂に行き、ばったり会ったリヴァイさんと朝食を取ることになりました。
室内は以前より人が増えているせいか、多くの視線を浴びます。
ですが私含めて三人、気にせず食事しながら外出について話し合っていました。
「行き先としてはシガンシナ区か近場だけど、せっかくだしシガンシナ区でいいよね?」
「ああ」
「あそこ徒歩で一時間くらいだっだと思うし、これ食べ終わったらすぐ行こっか」
「そうだな」
「具体的な所は着いたら決める?」
「ああ」
「私金持ってく予定だけど、リヴァイは持ってく?」
「ああ」
「あとは――」
これは話し合いというより、ハンジさんの提案をリヴァイさんが承諾しているだけですね。最後までリヴァイさんは「ああ」とか「そうだな」しか言ってませんし。
そんなこんなで三十分後。私服姿に着替えた私達は、シガンシナ区を目指して出発しました。
シガンシナ区。ここはもっとも外側の壁であるウォールマリアの南側に突き出した街。
家が建ち並び、人通りはとても賑わっています。
行きがけで薄々気付いてはいましたが、ここは前まで住んでいた病院があり、またリヴァイさんと初めて会った場所みたいですね。
私ははぐれないようにするためハンジさんと手を繋ぐことになりました。リヴァイさんは後ろから付いてきています。
服屋さんを探し回ること十五分、未だに見つけられずにいました。
「見つかんないねー。ちょっと誰かに聞いてくるから、リヴァイとレイラはここで休んでて」
そう言うとハンジさんは片っ端から聞き込みを始めます。一人ずつ声を掛けては別の人にと切り替えていて、なかなか見つけられてない様子でした。
この街は食べ物に関するお店は多いようですが、生活用品の方はあまりないようですね。私の目的としている物は見つかるでしょうか。
「おい、そこのベンチで休むぞ」
リヴァイさんが私に目配せでベンチの位置を伝え、そちらの方向へと歩き出します。私も少し遅れて歩きました。
リヴァイさんの隣に座り、無言になること数十秒後。リヴァイさんが私にある問いをかけます。
「楽しいか?」
楽しいか…ですか。愚問ですね。そんなの、決まってるじゃないですか。
楽しくありませんよ。
そんな感情、一ミリも湧きません。
だってそれらを感じないように、昔捨てたのですから。
私はその問いに対し、楽しくないと首を振ろうとしました。しかし――
「リヴァイー! レイラー! 見つけたよー! こっちだってー!」
タイミング悪くハンジさんの声が割り込んできました。
私はとっさにハンジさんの方を見ます。ハンジさんは私とリヴァイさんが元いた場所から大声で手を振っていました。
リヴァイさんもそれを見たのか、ベンチから立ち上がります。
「さっきの質問は無かったことにしてくれ」
? 理由はよく分かりませんが、リヴァイさんがそう言うのなら無かったことにしましょう。
私が頷き返した後、私達はハンジさんと教えてもらったという服屋さんに行きました。
屋内はそこそこの棚が積み重なっていて、その中に服が入っていました。全部でざっと三十着といったところでしょうか。
「レイラは何か着たいものとかある?」
「」フリフリ
ないですね。なんでもいいです。
「そう? じゃあ私選んでくるから、適当にうろついてて。外には出ないでね」
「」コクッ
ハンジさんは私に釘を刺した後、熱心に服を選び始めました。
その間私は窓を通して外を眺めます。空よりかは飽きませんね。
理由としてはコロコロと光景が変わるのと、この街の明るさに慣れてないからでしょう。
ずっと前に暮らしていた所と雲泥の差がありますからね。慣れるにはまだまだ時間がかかりそうです。
「……暇か?」
そんなことを考えていると、リヴァイさんから話しかけられました。
あまりに唐突だったので、返事をするのに少し間が空いてしまいます。
「」コクッ
「さっき近くで店を見つけた。お前も来るか?」
何のお店かは不明ですが、そこなら何か見つかるかもしれませんね。行きたいです。
私はリヴァイさんにそのことを伝え、ハンジさんには他のお店に行くと知らせました。私とリヴァイさんだけで移動します。
「ここだ」
内部は服屋さんと似たりよったりですね。ただ置いてあるのはほうきや雑巾などの掃除道具です。ここは掃除用具専門店、といったところでしょうか。
リヴァイさんはすぐそばにあるハタキを手に取り、興味深そうに見ています。しかもほんのりですが表情が緩んでいました。
私もリヴァイさんを真似てハタキを持って見てみます。
木の棒の先端に布が付いてますね。
……。
それ以外の感想が思いつきません。というか、そもそも私は掃除をしたことがないので、使いやすいのかどうかも分かりません。
私はハタキを元の場所に戻し、お店の中を探索することにしました。探索というより、ただ掃除道具を観覧しているだけですけど。
これはほうき。こっちはちりとり。雑巾、ハタキ、ブラシ――えっと…この四角くて白くて固いのは確か…石鹸でしたっけ? よくフェリュさんがこびりついてた血を落とすのに使っていました。
……もういっそのこと掃除を暇潰しにやってもいいんですけど、綺麗にしてから汚れるまで合間ができちゃうんですよね…。
理想としてはいつでも好きな時にやれて、長期的にできて、ある程度一人でできる物なのですが…そう都合のいい物は見つからないものですね。
まぁ、掃除用具専門店にそんな物を求めるのもどうかと思いますが。
ん…あれは…。
ふと目に付いたそれは、文字が記されている紙を束ねてある書物――本でした。
字は少ししか読めませんが、教えてもらえれば一人で読めますね。それに読み返せば永久に読むこともできます。厚ければ厚いほど長続きすることでしょう――決まりですね。これにします。
私は一番分厚いであろう本を取ろうとしますが、高い位置に棚があるせいでギリギリのところで届きませんでした。
あと少しで届くのに…一体どうすれば…。
「どうした?」
そう困っていると、たまたま見かけたのかリヴァイさんが来てくれました。
リヴァイさんは私が取ろうとしている本に視線を移します。
「あれが欲しいのか?」
「」コクッ
「俺がやる」
本当ですか? ありがとうございます。
私はやや後ろに下がり、心なしか嬉しそうにリヴァイさんは本を取ってくれました。
リヴァイさんは私に本を渡しながら言います。
「字は読めるのか?」
読めるといってもほんの一部分だけなので、ここは否定しておきましょう。
「」フリフリ
「なら帰ったら俺が教えてやる。そろそろハンジも終わってるところだろう。それ買って帰るぞ」
「」コクッ
リヴァイさんに本を買ってもらい、掃除用具専門店から出て服屋さんに行く途中、ハンジさんと合流しました。
「おー二人共。ちょうどこっちも買い物が済んだところだよ――ってあれ? リヴァイ、それどしたの?」
ハンジさんは私が抱えている本に指をさして、リヴァイさんに尋ねます。
「レイラが欲しがってたから買ってやった」
「へーそうな――リヴァイ、私の目にはその本のタイトルが『初級から上級までの掃除テクニック』と映っているのだけれど。ついでにすごい分厚いんだけど。いくら潔癖症だからって押し付けはどうかと思う」
「誤解だ、レイラが欲しがってたって言ったろ。何回言わせる気だ」
「本当はリヴァイがそそのかしたんじゃないの?」
「そそのかしてねぇよ。ってかそもそも会ったことある奴ら全員に対して巨人の話題を出すお前に、そんなこと言われる筋合いはねぇな」
「そ、そんなことないし! レイラには言ってないし!! ……まだ」
「おいちょっと待て、今まだって言ったな」
「そ、そんなことはどうでもいいんだよ! 今問題視すべきことは本のことで――」
この本をきっかけに、喧嘩が始まってしまいました。
いえ…喧嘩と表現するのは、何となく違う気がします。少なくとも、私が今まで目にしてきた喧嘩とは。
何故なら、リヴァイさんとハンジさんの『それ』は、どことなく楽しそうにしていましたから。
私はそれが不思議で不思議でたまらなく、終わるまで『それ』を見続けていました。