調査兵団の人達は先日、治療を専念してほとんどの人がお休みでしたが、今日からは次の壁外調査に向けて訓練、仕事に励んでいました。
リヴァイさんは立体機動の技術を磨きに、ハンジさんは巨人、ミケさんとエルヴィンさんは戦術について研究をしているらしいです。
私はというと、ハンジさんの部屋で一人、昨日買ってもらった本を読んでいました。
大きいサイズの本とは裏腹に文字が大きかった、なんていうこともなく、小さい字でぎっしり書かれていて、絵もなく図もなく一ページ読むのに時間がかなりかかるという、私の期待を上回ってくれた本です。
ただし、一つだけ問題点がありました。
昨日あれから寄り道をすることなく兵舎に帰り、リヴァイさんから文字を教えてもらったのですが、覚えきれておらずまだ読めないところが多々あるのです。
読み飛ばしてもいいのですが、文脈が分からなくなると早く読み終わってしまったり、飽きがきてしまうんですよね。
誰かに聞こうにも皆さん仕事が大変そうなので、そうするわけにはいきません。かと言って、私のことを全く知らない見知らぬ人では教えてもらえないでしょう。
私のことを知っていて、なおかつ調査兵以外の人…そういえば『あの人』がいましたね。あそこまでの道のりは何となく覚えているので、多分一人で行けるでしょう。あとはこれを、どうやってリヴァイさん達に伝えるかですね。
ふむ…。
思考を巡らしていると、机の上に置いてある鉛筆が視界に入りました――。
「レイラー、様子見にしたよー」
入ってきたのはハンジさんです。なぜ私の様子を見に来たのかは分かりませんが、何はともあれ早めに伝えることができて良かったです。
私は本のとあるページを開き、ハンジさんに見せました。
「うん? 何か分かんない単語でも――あ、なるほど」
どうやら分かってもらえたみたいですね。
見せているこのページには、丸で囲まれた文字があるのです。ついさっき私が鉛筆を使って書きました。そしてそれを繋げると――
「シ、ガ、ン、シ、ナ……もしかしてシガンシナ区に行きたいの?」
「」コクッ
「でも私達忙しいからなぁ…」
そう言うと思って、私は返事ができるように他のページにも書いておきました。そのページを見せます。
「…………一人で?」
「」コクッ
「……うーん…」
ハンジさんは目を瞑り、腕を組んで考え込んでいます。
どうしてでしょうか? 外出するのに許可ができない理由が分かりません。てっきりあらかじめ説明しておけば、出掛けられると思っていたものですから。
もしかして、外に一人で行かせれば、そのままどこかへ行ってしまうと――逃げられると思っているのでしょうか。
でもそれなら、ここに来た初日にこんなことを言うはずです。「この家から出るな」と。
それにハンジさんはこう言っていました。「一人で勝手に行動しないこと」――私は勝手に行動してはいけないだけで、事前に伝えてくれれば何をしてもいい、そう解釈していたのですが…違ったのでしょうか?
「……レイラ、後でリヴァイ達と相談するから、それまで我慢できる?」
ハンジさんは悩んだ末にこの結論に至ったようです。
まさか相談事にまでなるとは思いませんでした。別に絶対に行きたいというわけではないので、行くなと言われれば行きませんよ? いえまぁ、どちらかというと行きたいので、素直に頷きましたが。
「」コクッ
「じゃ、次は昼ご飯の時間になったら呼びに来るから」
ハンジさんは扉を閉じて、再び仕事に戻りました。
数時間が経ちました。
現在。調査兵団の人達が昼食を食べている食堂で、リヴァイさん、ハンジさん、ミケさん、エルヴィンさんが議論を開始しようとしています。
まずは議論内容について、ハンジさんが静かな声で説明しました。
「……レイラが一人でシガンシナ区に行きたがっている」
その一声に、リヴァイさんとミケさんは眉間にシワを寄せます。エルヴィンさんは飲み物を飲んでいました。
「……なるほどな」
「……一人で…か」
「そう。ミケの言う通り、この話し合いにおいてもっとも難題であるといえるのが――レイラのみで行くということ」
私は参加できないので、分けてもらったスープとパンを食べていました。
スープには少々味がついていますね。パンは相変わらず固くて味がありません。
「目的地は約三キロ、シガンシナ区。壁に向かって進むだけだから迷うことはないとは思う。ここまではね」
「そっから先、つまりはシガンシナ区の中で迷う可能性が高いと…」
「いやリヴァイ、それだけじゃないんだ。帰る時にシガンシナ区を出れたとしても、この調査兵団本部まで無事に帰れるのか――私はそこが一番の肝だと思っている。レイラは道順を覚えていると言っていたけど、たった数回で覚えきれるとは思えない」
そういえば食堂に来る途中でそんなことを聞かれましたね。私は正直に答えただけですよ。昔そういうのを暗記することが多かったので、記憶慣れしてるんです。
「そうだな。仮に本当だとしても、うろ覚えに近いだろう」
いえミケさん、シガンシナ区までならそこそこ覚えてますよ。と言っても信用してもらえないようですね。
「うん。だから私は、私としては、まだレイラを一人で行かせるべきじゃないと考えている」
「違うなハンジ。行かせるべきだ」
「……理由を聞こうか、リヴァイ」
パンとスープを交互に食べながら思います。このパンの固さを、どうにかして緩和できないものですかね。支障はないはないんですけど…改善できるならしたいです。
ん? あれは――
「レイラがやりたいと思うことは滅多にない事だろう。この機会を逃すべきじゃない」
「それにしてはリスクが高過ぎる。道に迷ったらどうするの? レイラは声が出ないから、助けを求めることもできない。行かせない方が賢明だと、私は思うね」
エルヴィンさんがパンをスープに浸けて食べています。見るからに分かります。パンが柔らかくなってます。私もやってみましょう。
「俺もどちらかといえばハンジと同じ意見だな。近くの街ならまだしも、シガンシナ区までとなると…あと二回くらいは俺達の誰かが付いた方がいいんじゃないか?」
「……それでも俺は、行かせてやりたい」
食べやすくなりましたね。今後もこのようにして食べるようにしましょう。スープがない時はそうですね…飲み物にでも浸けましょうか。
「レイラが少しでも望んだことは叶えてやりたい。地図を書いて渡すなり、集合場所を門の近くにして俺達の誰かが迎えに行くなり、何か方法があるはずだ」
「「……」」
「それに一人で外出できるようになった方が、こいつのためにもなるんじゃないか? 本は買ってやれたが、一冊だけだといつかは限界が来るだろう。いや、もう来ているかもしれない。あと二回俺達が付いてからだと、先延ばしは一週間以上にもなる。行かせるべきだ」
リヴァイさんが考えを述べ終えると、ハンジさんは若干申し訳なさそうに、
「リヴァイの気持ちは分かるよ。でも…その方法が分からない」
それに続いてミケさんも、
「方法があったとしても、安全策でなければ俺は反対だ」
そう言ったっきり、全員口を閉ざして沈黙状態になりました。
えっと…これはつまり、今回はシガンシナ区に行ってはいけない、ということ…ですよね? あと数回昨日のようにリヴァイさんやハンジさんと出掛けてから、そうしたら一人で行ってもいいと。
それにしても、依然として外出許可が下りない理由は分かりませんし、なぜリヴァイさんがそうまでして私の望みを叶えようとしたのか、疑問が出てきましたね。
まぁ、そんなことは知ったところで何もありませんけど。
さて、残りのスープを飲んで、本の続きでも読みましょうか。読めないところについては、じっくりハンジさんにでも教えてもらいましょう。
私は自分の考えに則り、スープを飲み干そうとスプーンで口に運んでいました。
するとポツリ、沈黙の中でエルヴィンさんが言います。
「『調査兵団本部への行き方を教えて下さい』と書いた紙を渡しておけばいいんじゃないか?」
聴き逃してしまいそうなその一言に、一瞬だけ無言になり、
「それだ!!」
重く暗かった雰囲気は、ハンジさんの声でかき消されました。
「それだよエルヴィン! それなら道に迷っても助けを呼べる! この策なら安全でしょ? ミケ」
「ああ、俺が反対する理由はない」
「よかったね、レイラ。外に行ってもいいってさ」
え? いいんですか?
私は念のため、リヴァイさんに視線を向けます。反対なんかされていませんし、逆に賛成してくれていましたが、もしかしたらと思い、視線を向けます。
リヴァイさんはほっとしたようにして、私にこんな言葉を掛けました。
「行ってこい」
その後私とハンジさんで部屋に戻り、出掛ける準備をしました。
服は白と緑、どちらかのワンピースのうち、白い方のワンピースに着替えます。
本とハンジさんから渡された紙を持ち、兵舎の玄関まで来ました。
「もし迷子になったら、その紙を駐屯兵に渡してね。いってらっしゃい」
「」コクッ
ハンジさん達に見送られ、シガンシナ区へと足を運びます。
多少迷いそうになりましたが、シガンシナ区に到着しました。来る途中で道順を完璧に頭の中に入れたので、帰りは大丈夫そうですね。
では当初の予定通り、『あの人』に――数日前までお世話になっていた医者の人に、文字を教えてもらいに行きましょう。
まずはこの門からリヴァイさんと初めて会った大通りに、そこから道沿いを遡れば、きっと病院に着くはずです。
一回しか通ってないのと、期間が空いてしまっているので記憶は曖昧になっていますが、歩いている内に思い出せることを祈りましょう。
私は周りの建物を見ながら、曖昧な記憶を頼りに進みます。
なんというか…当たり前のことなんですけど、馬の上から見た高い視点と、いつも通りの低い視点とでは変わりますね。
初めはそのせいで大通りに着かないかもしれない、なんて思いましたけど、あの時珍しい体験だと思って、光景を目に焼き付けるようにして見ていて正解でした。斜め上を見れば過去の光景と合うので、何とか辿り着けそうです。
そうしているうちに、目的地の過程である大通りに来ました。
恐らくここ…ですよね? あの日より混雑してないので、全然違う場所に見えますが、ここ…なのでしょう、そういうことにしましょう。
次に、医者の人とどの通りから来たのか…これは消去法で潰していくしかなさそうですね。一つ一つ見ていきましょう。
私は近いところから順に、通りを見て回ろうと、まずはこの道から見てみようと、体を半回転させた――その時です。
後ろから肩をつつかれ、こんなことを言われました。
「レイラ」
私はびっくりして振り向きました。
声を掛けられて驚いたというのは勿論そうなのですが、私の名前を知っているのも確かに驚きではあるんですが、何よりも驚いたのはそんな事ではなく――誰の声か分かったからなんです。
覚えのあるとかそういうレベルではなく、間違いなく当たっていると自信を持って言えるほど、声の主が分かったんです。
その声の主に驚きを感じたんです。
もしも声を出すことができていれば、思わず「え?」と言っていたことでしょう。
その正体とは――
「やぁ、一週間ぶりだね」
医者の人から死んだと聞かされていた、かつて私を監禁していた人物――フェリュさんでした。