拝啓妻へ   作:朝人

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※十四巻読んでからじゃないとわからない所あると思うので注意。


番外編
《寧音》前


 ――それは少し古い記憶。

 仲は正直言ってそんなに良くない。

 顔を合わせれば常に喧嘩腰になる。

 好敵手(ライバル)とは違う、友人でも恩師でもない。かといって、どうでもいい存在などでは決してない。

 とても不思議でおかしな関係で、彼女自身嫌な感情は……いや、抱いていたか。当時から『ムカついて』いたはずだ。

 しかし、そこに変化が起きたのは何時の頃だったろうか。

 偶に笑うようになったからか、はたまた徐々に男らしく《強く》なっていった為か――いや、そんな真っ当な理由ではないだろう。

 しかし、気が付けば寧音は『彼』に好意を抱くようになっていた。

 勿論一人の人間としてではなく、一人の異性として。

 それに気づくも今までの関係が変わることや、価値観が一転した為困惑し、結果気持ちの整理も先送りにしていた。

 そんな中、彼は『青﨑』の当主の座を継ぎ、そして当主として初の仕事を行うべく、一旦国を離れることになった。

 その仕事の内容を聴いたのは彼が発った後であった。

 嫌な予感はしていた。

 しかし、もし聴いていたとしても止めることが出来ただろうか?

 答えは否。

 きっと寧音には出来ない。彼と同じ強くあろうとする彼女に引き止める権利はない。

 それでも、と。

 思わずにはいられないのはきっと未練故だ。

 ――エーデルワイスの討伐。

 この命令が寧音と『ジン』の在り方を変えてしまった。

 

 

 『ジン』という名前を彼につけたのは寧音だ。

 最初の邂逅から暫く、何の因果か顔を合わせる回数もそこそこに、出逢えば腕試しに付き合わされ、愚痴を聴かされ、適当に会話などもした。

 ちなみに『腕試し』と称したが、その実態は幻想形態を使用してはいるものの、実戦紛いの殺し合いに等しかった。

 それというのも、二度目の邂逅の折に寧音が彼の力を確かめようと挑んだのが原因だ。

 元々勝ち気勝り、強いのが当たり前と思っていた寧音だったが、武曲学園に入る前に行ったある『模擬戦』にてその常識は叩き壊された。

 以来強くなることに精進していた彼女にとって一目見ただけで『強い』と確信出来た彼は正に打ってつけの相手だった。

 最初は彼も渋っていたが、殺気立った寧音とその時傍にいた彼女の師である南郷寅次郎の許しが出た為『一度だけ』と条件を付け試合をすることにした。

 結果からいえば、彼が勝った。

 才能溢れ、地下闘技場での戦闘経験、更には《闘神》直々の教えを備え、その実力は既にプロに到達するレベルだ。

 しかし、寧音は負けた。

 同年代の寧音や黒乃に比べ彼の異能は強力と断言出来るものではなく、持って生まれた才はきっと二人の方が優れている。

 だが彼は勝った。

 理由など考えるまでもなかった。

 二人になく彼だけに備わっているもの。

 それは経験だ。学生の時分では決して味わうことのない生と死の駆け引きを、彼は『日常』として過ごしている。

 黒乃に効いた卑怯な手など勿論通じず、圧倒的経験値から来る物の対処は隙がない。

 地下闘技場に出ていたことがある寧音は裏の世界について知っているつもりだった。しかし彼女が見聞き体験したものなぞまだまだ浅瀬にすぎず、彼はそれよりも遥か深淵に身を浸し、命懸けの研鑽を行ってきた。

 それで得た技量たるや、恐らくは当時の七星剣王すら軽く凌駕する程であっただろう。

 生涯二度目の敗北。

 一度目に比べればショックはそんなになかった。自分より強い存在に彼女は既に出逢っており、師を含めそんな存在はまだまだいることは分かっていた。

 だがしかし、理解と感情は別物であり、頭では納得しても心はそうでないことなどままある。

 寧音も同様である。しかも彼女の場合『大』の負けず嫌いだ。負けたままで終わらすなど彼女の性格的にあり得ない。

 結果、以降も寧音は彼に逢う度に『腕試し』をするようになっていた。

 

 

 

 そんなこんなで付き合いが長くなれば必然相手の名前を呼ぶようになる。

 

『はぁ? なんだそのだっせー名前』

 

 だから寧音も彼の名前を聞いたのだが、予想の斜め上をいくネーミングセンスに思わず声が出てしまった。

 『青﨑』の家はその代の当主が決まるまで皆仮名だ。その中には信じられないような古くさかったり適当な名前すらあり、彼は生憎その名を付けられてしまったのだ。

 とはいえ当の本人としてはあまり気にしていない。名前なぞ自分か相手か、それさえ分かればいいと思っていたのだから。

 しかし寧音は違った。その名自体は愉快で笑えるが、それを彼女自身の口からとなれば話は変わってくる。ただ話をするだけでも一苦労だ。

 だからそう、寧音は彼に別の呼び名を与えることにした。

 『ジン』。その名の意味はつまるところ、彼が無数の刃を自在に扱う所から来ている。安直ではあったが、彼を表すのに最も適した言葉である。

彼自身もその名をすんなり受け入れ、以来寧音や黒乃といった近しい者達からはそう呼ばれるようになった。

 

 『青春』とは無縁である彼が唯一歳相応に振る舞っていたのは僅かな期間。

 それは本当に少なく、二人が学生を卒業するより前に彼は『青﨑』の当主となった。

 そして件の命令が下され、ジンは一時国から離れることになる。

 その間に、寧音と黒乃は卒業しプロの世界へと入って行った。元々学生の頃からその実力を遺憾なく発揮していた彼女達はすぐに頭角を現し、更に注目を集めることとなった。

 暫くして、ジンは帰国した。

 当主として初の仕事は失敗に終わった。彼は国内では屈指の強さになってはいたが、『世界最強』の前には逃げ帰るだけで精一杯だったらしい。

 元よりジンがエーデルワイスに勝てると確信を持って命令が下った訳ではなかった。あくまで僅かでも可能性があるのなら……その程度の認識だったのだろう。

 そういった込み入った事情は気にせず、単純にジンが帰ってきたことを聞いた寧音は、エーデルワイスに完膚なきにやられたことをネタに弄ろうと思い、彼との再会を希望し、連絡を取ってみた。

 意外な程願いは早く叶い、数日の内に逢うことが出来た。

 そうして彼女がそのネタで彼を弄ることは、なかった。

 久しぶりに見たジンの姿は陰りなど一つもなく、寧ろ『喜び』すら感じているようだったのだから……。

 『強さ』を追い求めるジンにとってエーデルワイスは正に劇薬であった。

 今まで積み上げてきたものなど無駄であるが如く、彼女の前では無意味であった。

 それ程の力量差、格の違いを見せつけられた。

 しかし、だからこそジンは嬉しい。その『理不尽な存在』も元は人間。であれば、同じ『人間』である自分もいつかはそこに到達できるという可能性を示唆してくれたのだから。

 挫折を味わっても尚絶えぬ向上心、『力』への渇望。

 『そうあるべし』と育てられ、『青﨑』の中の誰よりもそれを体現した男は、今までより更に困難な道へと進むことを決意した。

 その行き着く先がどんなものになるか、分かっていようとも寧音には止めることは出来ない。

 

 

 そうして、寧音とジンにとっての運命の日が訪れてしまう。

 幾度か行っていたエーデルワイスへの挑戦。その何度目の帰国後。

 突如ジンは連盟から『凶悪犯罪者』という烙印を押され、追われる身となった。

 エーデルワイスの件以外では従順に仕事をこなしてきた彼がどうしてそんな扱いを唐突に受けたのか?

 その理由は、彼が《覚醒》してしまったことが起因していた。

 《覚醒(ブルートソウル)》とは、運命によって定められた才能の限界に達しても、尚研鑽を重ね『突破』してしまった者達が至る境地だ。この者達は生まれ持ち定められた総量しかないはずの魔力すら増やすことができる。

 その者達のことは総じて《魔人(デスペラード)》と呼ばれた。

 そしてジンもその一人に成ってしまった。

 

 

「容赦ねーなー」

 

 ジンのことを聞き、駆けつけた寧音が現場について放った一声。

 場所は郊外、森の中。

 連盟の命ということもあり、腕に覚えのある実力者が何人も先行、派遣されているという話だ。

 しかし、寧音が現場に到着する頃にはその悉くが無様な姿を晒していた。

 恐らくは幻想形態による殺傷のせいだろう。皆、生きてはいるものの、例外なく地面に投げ出されている。

 中にはAランクの者もいたが、有象無象の一つになっている。

 

(っ……やっぱ、異常なまでに進化してやがる)

 

 その惨状を見て、寧音は内心舌打ちした。

 彼が《覚醒》し、《魔人》となったのは知っている。彼女が最後に会った時には既にその域に達していたのだから。

 しかし、だ。

 それを加味してもジンの『伸び』は異常だ。

 BランクどころかAランク伐刀者ですら太刀打ち出来なくなっている。

 やはり、エーデルワイスとの死闘が彼を更なる高みへと登らせてしまったのだろう。

 寧音も同じ『領域』に立ってはいる。しかしその中でも差というものは生まれてしまう。

 今の寧音とジンとの間にどれほどの差はあるかは分からない。だが、以前出会った時よりも離されていることは直感で分かった。

 どこまで立ち回れる、食い下がれるか、そんな不安をしかし寧音は抱くことなく足を運ぶ。

 どんな状況であろうと、どれだけ力量差があろうと彼女がすることに変わりはない。

 

 

 意外なことに、それから数百m行った所にジンはいた。木に背中を預けていた彼は、まるで待ち合わせでもしていたかの様に、寧音の姿を視認すると数m近くにまで寄る。

 

「やはり来たか」

 

「久しぶりだってのにずいぶんな言いぐさだなー、おい」

 

 落胆とも取れる物言いに、寧音はいつも通りの喧嘩腰で返す。

 

「逢いたくはなかったが、お前のことだ。どうせ来るだろうと思ってた」

 

 『意外』ではなかった。ジンにとって寧音の来訪は想定内のことであった。

 ジンが願うことと真逆のことを一々仕出かす。本当に厄介極まるその姿勢が、今は少しだけ愛おしい。

 

「……テメェどういうつもりだ。ただ《魔人》になったくらいで連盟から追われるかよ。それならとっくにうちやジジィなんて処罰もんよ」

 

 《魔人》へと至った者は数こそ少ないが存在する。その中には秘密裏ではあるものの、表舞台で活躍している者すらいる。

 寧音やその師、南郷寅次郎もその内の一人だ。

 故に、ただ《魔人》に至っただけで連盟から追われることはない。その者が余程手に負えない犯罪者とかではない限りは。

 しかしジンは忠実、従順に命令をこなしていた。反旗を翻す要素などなかった。

 

「何やらかしやがった?」

 

 唯一可能性があるのはやはりエーデルワイスだろう。

 『世界最強』が彼に与えた影響は、きっと予想を超えるよりも遥かに大きいはずだ。

 現にジンの異常な成長速度の一因にもなっている。

 しかしそれでもまだ連盟が怖れる程の『脅威』ではない。

 

「――エーデルワイスを殺し損ねた」

 

「………………は?」

 

 あまりに突飛な言葉に寧音は耳を疑った。

 殺し損ねた?

 寧音の聞き間違いでなければジンは確かにそう言った。

 それが意味することはつまり……。

 

「テメェ……まさか《比翼》に……!?」

 

「勝った。一回だけのギリギリの所だったがな」

 

 絶句した。

 相手はあの『世界最強の剣士』だぞ?

 確かに何十回という戦績のトータルとして見るのならたかが一勝(・・・・・)と言えなくはない。

 しかし、そのたかが一勝(・・・・・)にたどり着けた者は果たしていただろうか?

 寧音が知る限り未だかつて存在しない。

 そんなものにこの男はなってしまったという。

 そしてその域に達しても殺すことが出来なかったエーデルワイスの化物っぷりに改めて戦慄する。

 

「おい待て。ならなんでテメェ追われてんだよ?」

 

 ふと新たな疑問が沸いた。

 一度だけとはいえエーデルワイスを倒した騎士をみすみす失うような真似を連盟が行うとは到底思えない。それを帳消しにするような『何か』がない限り、そんなことは起こり得ない。

 だがそれも瞬きもしない内に解消された。

 

「あーそれは、俺はもうアイツを殺す気はないし、アイツと共に生きるって決めちまったからだろうな」

 

「…………………………は?」

 

 何の気なしに放たれた特大クラスの爆弾発言に寧音の思考は一時フリーズしてしまう。

 エーデルワイスを殺さない。

 確かに彼に与えられたエーデルワイス討伐の命は既に取り消されている。一度目の敗北の時に下げられたのだ。だからそれ以降は彼が『自分の意思、自己責任』で行っているものだ。

 故に再度命令を与えない限り、そこについては完全にジンの一存になる為寧音にとってエーデルワイスの生死はどうでもいい。問題は次だ。

 『共に生きる』だと……あのエーデルワイスと? どういう風の吹き回しだ。

 いや、正直に言うと寧音としてはこの際相手なぞどうでもいい。

 問題なのは『共に生きる』と宣言したことだ。

 それが意味するのは、つまり――。

 

「テメェ……連盟を、この国から出て行くってことか!」

 

「――ああ」

 

 狼狽する寧音とは対照に、ジンは静かにそれを肯定した。

 

『すまない』

 

 その瞬間、寧音の脳裏を過ったのは『あの梅雨の夜』の事だった。

 ずっと一緒だと思っていた宿敵との決別。望まぬ形で叶ってしまった『見下げた頭』。

 行き場のない怒り、『自分』という器にひびが入ったかのような見えない痛み。

 暗かったはずなのに一粒一粒すら鮮明に思い出せるように心に焼き付いた雨模様。

 ――同じだ。

 大切な人が出来たからと。自分は『そちら』には行けないのだと言って懺悔した彼女の時と。

 

「ザっけんな!! テメェもか!? テメェまでもがそんな理由でうちの前からきえんのか!!」

 

 当時の情景も重なり、寧音は堰を切ったように怒りが爆発した。

 どうしてだ、どうしてだ、どうしてだ。どうして(どいつ)黒乃(こいつ)もいなくなる。

 どうして、この男はそうなのだ。

 与えるだけ与え、掻き乱すだけ掻き乱し、思わせるだけ思わせて、それでいて勝手にいなくなる。

 いつもそうだ。

 ジンが寧音を苦手とするのと同じくらい、寧音もジンが苦手だ。

 だがそれでも、こんなひねくれた関係でも良いと思える程、その存在は大きくなっていた。

 ――それなのに。

 黒乃と違い、同じ魔人の域にまで至った存在。

 同じ『強さ』を求め、同じ高みを目指してる者だと……どれだけ反発し合っても根っこは同じなのだと、そう思っていたのに……。

 ――それなのに……!

 

「ザっけんなぁぁぁ!!」

 

 怒りは魔力へ、魔力は重力へと変貌を遂げる。

 それは強力な衝撃波となりジンを弾き飛ばした。

 石ころのように十数mも飛ばされたジンは、即座に霊装を顕現させ、地面に突き立て凌ぐ。

 瞬間的なそれが収まるとジンは寧音を見据えた。

 彼女の手には既に一対の鉄扇、固有霊装《紅色鳳》が握られていた。

 

「行かせるかよ……ぶっ殺してでもテメェを止める!」

 

 そして、未だかつて見たことのない怒りの形相を浮かべ、殺意と憤怒を孕んだ睥睨がジンを貫く。

 

「やっぱり、そうなるよな」

 

 諦めにも似た口調でジンは呟く。

 予感はしていた、彼女はきっと許さない。絶対に止めに来る。

 たとえ殺してでもジンの行く道を阻むだろう。

 長年の付き合い、腐れ縁からそのことは理解していた。

 あの気迫を見るに、仮に逃げても地の果てまで追ってくるだろう。

 やはり、戦う以外の選択肢は存在しない。

 出来ることなら別れの言葉だけ残して行きたかったのだが、そうもいかないらしい。

 つくづく自分達は反りが合わないな。

 その苦笑は表に出さず、心の内に仕舞い込んだ。

 

「上等だ。なら俺も、殺してでも押し通る」

 

 代わりに刃を構えることで応えた。

 向けられる殺意と気迫から、正真正銘二人にとっての過去最高の『全力の殺し合い』になる。

 

 ――それは二人にとって決して忘れることの出来ない決別の記憶。

 




Q.なんでジン国外追放されたの?

A.《魔人》になって一度だけとはいえ《比翼》に勝ってしまったくせに、そいつと一緒に生きると馬鹿正直に宣言してしまった為です。

Q.どうやってエーデルワイスに勝ったの?

A.人間どころか生物が至ってはいけない領域にまで踏み込んでようやくギリギリ勝てました。

Q.エーデルワイスの下に帰る必要性は?

A.後の妻「絶対帰ってきてくださいね」《無欠なる宣誓(ルールオブグレイス)
帰らないと死ぬし、死ななかったとしてもエーデルワイスが迎えに来るという最悪な展開が待ってるので帰るという選択肢しかないです。

Q.サブタイに『前』とか書いてあるんだけど?

A.余裕で一万文字超えたから分割することにしました、ごめんなさい。『後』の方は後日投稿します。
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