多くの既婚者はよく他人から『馴れ初め』というのを訊かれる。
『夫婦』というものを特別視し、『出会い』という『運命』に憧れるからこそ、興味があるのだろう。
それはいい、ただの憧れであれば問題はない。
実態さえ知らなければ、どんな状況のものでも聞き手は勝手に都合よく解釈してくれるのだから……。
時に、仁と妻の出会いは戦場であった。二人は幾度も死線を潜り抜け、その果てに結婚するに至った。
簡素且つ簡潔に二人の『馴れ初め』を書くとこうなる。
さて、それを聞いた第三者はどんなイメージを浮かべるだろう。
――共に戦場を駆け抜ける戦友から恋が芽生えた?
――戦場に置き去られた一般女性との劇的な恋物語?
どちらもあり得なくはない可能性だ。しかし、『彼ら』のそれはそんなドラマチックなものではなかった。
戦場というのは間違っていない。だが、その中心にいたのは『彼女』であり、『彼』はその存在を殺す為に差し向けられた刃であった。
つまる話、彼らのファーストコンタクトは殺し合いであり、最悪な出会い方であったのは間違いない。
それが『結婚』なんて明後日な方向に突き進んだのは、二人が少々……いや、かなり変わった人種だったからだろう。
「え!? センセイの奥様ってそんなに強いの!」
今日も今日とて『結婚』というものに興味を持つ生徒が一人、仁から話を訊いていた。
彼女の名はステラ・ヴァーミリオン。学生の時分にして伐刀者ランクAの力を持つ少女だ。
彼女は才女ではあるが、同時に努力もする勤勉な生徒だ。暴走しがちなのが珠に傷だが、優秀な教え子の一人だ。
しかし、如何に伐刀者として優秀でも彼女はまだうら若き乙女であり、絶賛恋愛真っ只中である。
運良く、学園内で遭遇出来たステラはそのまま相談する流れとなった。
「いや、教師に相談するか
ちなみにステラはこれでもヴァーミリオン皇国の王女であり、場合によっては国際問題にもなりかねないデリケートな内容なのだが、仁は「結局は当人達の問題になるだろうし」と良い意味でも悪い意味でも二人の気持ちを尊重するようだ。
そんなこんなで二人の馴れ初めを訊かれることとなり、他の生徒と同様にボカしながら応えたのだが、勘がいいのか「もしかして、敵同士だったの?」と的を射てきた。
「ああ、強いぞ。初めて会った時なんて手も足も出ずボコボコにされたからな」
我ながらよく生きていたものだ。
一番肝心な所は伏せるとして、妻の事を語る。
妻は伐刀者だ。しかも相当の実力者であり、少なくとも出会った当初の『彼』ではどう足掻いても勝つことは出来なかった。恐らく彼が今まで歩んだ人生で最強と称していい相手だった。
対して、そんなに強い妻の方からすると、最初の内は彼のことなど眼中になかったらしい。
彼女に挑む者は日頃から多く、その内の一人に過ぎなかった。だからこそ、彼は逃げ延びることが出来たのだろう。
その認識はある意味間違いであったのだが、流石に初見でしかも眼中にない相手の心境を知るなどどだい無理な話だ。
――彼の力に対する見方と、人生の価値観は『
つまり、「生きるとは
これは物心つく前から実力社会である裏の世界で生き続けてきた影響なのだろう。
強くなるのは当たり前。弱ければ死ぬ、死ぬことは負けである。
そんな教えを叩き込まれて育った彼の人生観は正にその通りになっていた。
おまけに当の本人が負けず嫌いなのも加わり、『強者』に出会った時の彼はとにかく『危険』だ。
自分よりも強い存在に出会い、負かされ、彼の心に芽生えた感情は悔しいとか勝ちたいとかではなく、『歓喜』だったのだから。
今の自分より強い存在と対峙するとまだ果てがあると嬉しくなる。まだまだ強くなれると心が躍る。限界なぞやはり自分で決め付けた枷なのだと再認識出来る。
こうなるともう手がつけられない。文字通り勝つまで挑み続ける。
実際彼女はその後何度も執拗につけ狙われることになり、その度に異常な速度で彼が強くなっていくのを実感した。
最初は歯牙にも掛けなかった相手が徐々に、食い下がり、立ちはだかり、当てにきて、切迫し、敵と成り、脅威になる。
会う度に強くなるクセに、逃げるのも上手い、そして時を置いて現れた頃にはまた強くなっている。正直、彼女が相手をしてきた中でも一番厄介だったであろう。
そうして、命懸けの邂逅を何度も果たしている内に相手の手の内や、心境まで理解出来るようになり、最後には――。
「そんなわけで夫婦という関係になってしまったんだが……」
「ごめんなさいセンセイ、一つ言わせて……どうしてそうなったの?」
傍で聴いていても理解出来なかった。
ファーストコンタクトが最悪だとか、最初は全く相手にされなかったとかならまだ分かる。
敵同士であったことも、彼女に追いつこうと強くなろうとしたのも理解出来る。
ただ一つ解せないのは……どうしてこの二人はそこから『結婚』なんておかしな方向に着地したのかって所だ。
「だから言ったろ? 『参考になるかわからない』って。実際俺もあの流れで何で夫婦になったのか不思議なんだよな」
「えぇ……」
当の本人ですら理解出来ていないことに呆れ返ってしまった。
本当に愛し合っているのだろうか? という疑問がステラの脳裏を過った。
その疑問を口にしても当人は答えられないだろう。
本人は自覚していないが、裏の世界で生き続けていたのと『力』への探求心が強い反動なのか、恋愛……色恋沙汰には関しては滅法弱く関心もあまりないのだ。
その為、もし仮に『告白をされてしまうと無条件に呑んでしまう』のだ、この男は。
しかも相手がどんな女性でも関係なく、受け入れる可能性がある。性格が悪かろうが、幼かろうが、年齢が上だろうが一切関係ない。
不幸中の幸いとも言えるのは妻と出会うまでそういったものとは縁がなかったことか。……いや、約一名いたが、『彼女』は色々と遅すぎた。
とどのつまり、告白自体は妻の方からであり、彼自身は二つ返事で返しただけなのだ。
……その『告白』がわりと物騒だったのは言わぬが花だろう。
そんなこんなで夫婦という関係になってしまった二人なのだが、意外な事にちゃんとお互い愛し合っている。
仁に関しては古臭い教育が恋愛観に関与しており、『妻一筋』という考えが根底にある。元より彼女の事を嫌っているわけではなく、むしろ『強い』のは彼にとってプラスでしかない為愛せるのだろう。
妻の方は、何度も刃を交えている内に彼の存在がどんどん大きくなっていったらしく、気付いたら惹かれていたらしい。
ちなみにこんなふわっとした理由だが、彼女の愛は相当重い。具体的に言うと彼女の異能、伐刀絶技により互いにある誓約を掛けられている。
それは『浮気したら死ぬ』という稀によくあるもの。だがしかし、この『死ぬ相手』というのは本人だけでなく
正に、死せる時も伴にあるのだ。
そんな、命よりも重い愛を一身に受けている男はされど特に気にした様子もなく、単身赴任生活を送っている。
恐らくこの先何があろうと、彼が愛せる女性は『妻』だけと確信出来るからだろう。
色々と話を聞いた後仁と別れ、一人になったステラは不意に呟いた。
「流石に、参考に出来ないわよ、アレは……」
色んな意味で真似出来ない『例外』として頭の奥に仕舞い込んだステラは、気を取り直し自室に帰る為踵を返す。
妻「愛は命より重い」
仁「お、そうだな」
ステラ「なにこの人たち怖い」