拝啓妻へ   作:朝人

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九話

 珠雫が無事仁の弟子として教えを乞うことになって数日。彼女の兄である一輝がスキャンダルとしてマスコミにとり上げられた。

 内容はヴァーミリオン皇国の王女であるステラとの交際についてだった。

 それだけで良くも悪くも話題になるだろう、ただ今回は作為的に『悪い』方になってしまった。

 一輝の素性や経歴が詐欺師ですら呆れる程の嘘八百で塗り硬められていたのだ。

 無論直接会ったこと、接触したことがある者ならすぐに真っ赤な嘘だと理解できるだろう。しかし、完全な赤の他人からすればそれが真実にもなる。

 『人』ではなく『世間』を騙すのであればこれ程巧妙な手段はないだろう。

 斯くして今まで以上に厄介なレッテルを張られた一輝は、騎士として問題があるとして、査問会に掛けられることになった。

 その事に対し、憤慨する者は少なくない。事実、ステラや珠雫といった近しい者だけでなく、黒乃を始めとした教師陣や一部の生徒は憤りを感じていた。

 

「飽きもせずによくやる」

 

 そんな中、仁は興味もなさそうにここ数日似たような見出しの新聞をゴミ箱に捨てた。

 今回の騒動、間違いなく裏には『黒鉄家』が関わっている。掟やら秩序やらを注視する一族だ、このくらいの事をしてきても不思議ではない。ましてや『身内の不始末』となれば尚更だ。彼らにとって身内であろうとも一個人より大多数を取る選択が第一なのだ。

 一輝もその事を理解しているから下手な抵抗はせず連行されたのだろう。逆らったところで意味などないのだから。

 査問についても弁護などはまずないだろう。実質孤立無援の状況だ。

 仁自身、何とかしてやりたいという思いがない訳ではない。

 しかし。

 

(『黒鉄』が関わっている以上、手は出せないか)

 

 忘れてはならないのは彼は国外追放された身であるということ。

 では、そんな処分を下したのは誰なのか?

 それは言わずとしれた『魔導騎士連盟』であり、『黒鉄家』だ。

 幸い今の彼は『一ノ瀬仁』という仮面(プロフィール)がある為易々と身元がバレることはない。

 だがもし、下手な行動を起こし『黒鉄家』に正体が暴かれようものなら、一輝の立場はますます危うくなるだろう。

 ――彼の『追放処分』とは連盟が下したからそうなったのではない。

 連盟そのものがもはや手に負えなくなった彼が、自らの意思で国を出ていったから“そういう処置”にしなくてはいけなかったからだ。

 それほどまでに彼は危険な爆弾なのだ。

 一輝のことは心配ではあるが、だからこそ自分は動いてはいけないのだと、言い聞かせ、彼は怪しまれることなく『いつも通りの日常』を過ごしていく。

 

 

 

 それから更に時は過ぎ、破軍学園生徒会会長であり学園序列一位でもある東堂刀華と一輝の試合がある日。

 選抜戦の最終試合ということ、『黒鉄家』――正確にはその分家である赤座守の手配によりマスコミもきている。

 いつも以上に騒がしい訓練所の屋内に仁はいた。

 本当は観客席から見守っていたかったのだが、仕方ない。

 自分の存在を露見させるのはやはり危険だ。

 相手が赤座だけならまだしも、先ほど通路で彼とすれ違った時、もう一人老人がいたのを確認した。

 南郷寅次郎。《闘神》という二つ名を持ち、黒鉄龍馬のライバルと称される程の実力を持つ男だ。

 遠目から見ていたこちらの視線に気付いた彼が仁を視界に入れた瞬間、僅かに驚いた表情を浮かべた。だが、一秒後には直り、笑みを浮かべながら去っていった。

 あの様子、間違いなく仁の正体に気付いている。

 過去何度か顔を合わせたのが原因だろうが、しかしそれでも《偽装》を見破る辺り流石というべきか。

 

(やはりまだ改善点はあるな)

 

 大半の者には通用するが、それでも見破れる者が少数はいるのが現状だ。

 姿を偽る“程度”では限界がある。だがそれは現段階での事、改善する所はまだまだあり、将来的には誰が見ても彼だと分からないようにするのが目標だ。

 改めて自分の伐刀絶技の欠点を確認し、頭の中で改善策を巡らすと自然と口元が綻ぶ。

 自らが強くなることや、技の研鑽は彼にとってルーチンワークであり数少ない趣味の一つだ。面倒な事でも嬉々として取り組むのが性分なのだろう。

 

 そうこうしている内に会場の方から歓声が聴こえてきた。

 決着が着いたのだろう。

 僅かに聴こえる実況の声や、観客達の声で分かる。

 

「勝ったか」

 

 自らが得意とするクロスレンジ。その格上である存在に一輝は勝ったようだ。

 査問会でどういう扱いを受けたのかは大体聞いている。そんな状態であの《雷切》から一勝をもぎ取るなどそう出来ることではない。

 大方、また無茶でもやらかしたのだろうと容易に想像が着く。

 もっとも向こうには黒乃もいる、万が一が起きようと問題はないだろう。

 そう思い、仁は足を出口に向けた――

 

「ん?」

 

 同時に、こちらに凄い速度で走ってくる影を見つけ、踵を返した。

 

「ヴァーミリオンか」

 

 それはステラだった。

 ぐったりとしている血だらけの一輝を抱えて猛スピードで走って来る。

 恐らく行き先は医務室だろうが、状態を診るに観客席にいた黒乃に託した方が早いのではないか?

 そう思ったが、恐らく焦りやパニックになっているせいで思考が短絡化しており、『怪我をしている=医務室』という図式が頭の中で成立しているのだろう。

 大切に想うのはいいが、もう少し冷静になるべきだ。

 ――《空縫(からぬ)い》。

 目の前を通り過ぎようとしていたステラを止める。

 それは文字通り時間を止めたかの様に、ビデオの一時停止でも押したかのように走っている姿のままステラの動きが止まった。

 

「な、に……これ!?」

 

「医務室までは距離あるだろ。さっさと治してやるからちょっと見せてみろ」

 

「え? センセイ! これ、センセイの仕業なの!?」

 

 急に動けなくなったことと、(ステラからすると)いきなり現れた仁に驚くステラ。

 狼狽する彼女には目もくれず仁は、ステラの腕の中で項垂れている一輝の容態を診た。

 外患は見た目通り酷いありさまだが、今の医療技術、魔術などを使えば何の問題もなく完治するだろう。

 問題は内部の方だ。微粒子レベルの身体に無害な物質を形成し傷口から体内に侵入させ調べた結果、幾つかの内臓が弱っているのが分かった。

 査問会で薬物混入でもされたのだろう。

 肉体的な疲労や損傷と相成り、予想していたより重症だ。

 

(ま、この程度であれば問題ないな)

 

 とはいえ、仁の前ではそんなものは些細な事。

 一番厄介な『死んでいる状態』でさえなければ大抵のことは何とかなる。ましてや今回は何度も顔を合わせ、指導とはいえ剣も交えた相手。把握も容易だし、対処も余裕だ。

 ――《胡蝶の夢》。

 ステラから距離を取ると仁は指を鳴らす。

 するとステラはいつの間にか“立って”おり、腕の中の一輝は傷どころか汚れ一つ着いておらず、静かに寝息を立てていた。恐らく体内も綺麗さっぱり『元通り』になっていることだろう。

 

(え? ……何が起きたの?)

 

 そんな中、ステラは何が起こったのか理解出来ずにいた。

 一輝の容態が完治したのはいい、理由も方法も分からずとも想い人が無事に治ったのなら文句などあるわけがない。

 だが唯一つだけ納得いかないのは、何故ステラは『立っているのか』ということだ。

 彼女は先程仁の伐刀絶技により動きを封じられたはずだ。丁度走っている最中に止められたのだ。

 それを解除されたのなら必然走るという動作、もしくは余ったエネルギーが残っているはず。しかし、彼女はいつの間にか『立っていた』。エネルギーなど余っていなかったのだ。

 仁の配慮なのか、それともその伐刀絶技を使用した弊害かは分からない。

 だがステラは確かに『不気味な違和感』を覚えた。

 

「後は安静にしていればすぐ良くなるだろ」

 

「! ……あ、ありがとうございます、センセイ」

 

 仁の言葉で我に返ったステラは頭を下げ、また駆け出して行った。行き先はゆっくりと休める場所。それが自室であれ、医務室であれ、一番の不安要素がなくなったステラの足取りは軽かった。

 その姿を見送りながら仁は複雑な表情を浮かべ頭を掻いた。

 

「今回の一件、俺ら大人は役に立たなかったからな。せめてそれくらいはな」

 

 特に仁はその最たるものだ。

 誰が何と言おうと、どんな事情があろうとも教え子が困っているのに手を差し伸べることをしなかったのは事実。

 糾弾されたとしても反論はしないし抵抗もするつもりはないが、生憎彼は性格上そんなことはしないのだろう。

 今は無事に目が覚めるのを待つばかりだ。

 


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