拝啓妻へ   作:朝人

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十話

 『七星剣舞祭』の実戦選抜が終わり、代表者達による強化合宿が行われた今日。

 七月ということもありうだる様な暑さの中、合宿先である巨門学園の敷地内にあるベンチにステラと一輝は座っていた。

 ステラは同じく合宿に参加していた刀華との模擬戦で一勝取れなかったことを悔しがっていた。彼女の場合、ただ悔しがるのではなくちゃんと次再戦する時の事を考えている辺りちゃんと経験として蓄積しているようだ。

 その様子を横から「まあまあ」と宥める一輝は合宿先の教官を全て倒してしまい、他の学園からも注目の的だった。

 そんな周囲の反応とは真逆に一輝はある種の欲求不満だった。

 

(先生の指導が受けれないのは残念だったな)

 

 原因は仁――正確には合宿に参加した事で、彼の指導を受ける機会が減ったからだ。

 仁は仁でやることがあるらしくこの場にはいない。

 幸い、仁からの指導は一段落つき内容をステップアップしようかと思案している所だ。だからある意味ではタイミングはいいのだが、此処にきて一輝は自分が如何に教師に恵まれていたのかを知った。

 無論巨門の教師が劣っている訳ではない。しかしいざ比較してしまうとどうしても否めない点は多い。

 元世界ランキング三位であり『時間』に干渉する因果系統の異能を持つ、理事長の新宮寺黒乃。

 現世界ランキング三位にして『重力』の異能を持つ臨時講師の一人の西京寧音。

 そして臨時講師のもう一人の片割れは知名度こそないが明らかに上記の二人に引けを取らない実力の仁。

 正直な所、一般的な教師になる者達とは比べものにならない実力を有している。教鞭を振るう振るわないは別とし、彼らがただ近くにいるというだけでいい刺激になる。

 

「ねぇイッキ、ちょっといい?」

 

 少し物思いに耽っていると、ステラが急に訊ねてきた。

 

「どうしたの?」

 

「あのね……センセイの異能についてなんだけど」

 

 彼らの教師は多くいれどステラが「センセイ」と呼ぶのは一人。

 

「あの人の異能って本当に具現化能力なのかしら?」

 

 それは前々から抱いていた疑問。一輝同様、仁の指導を受けているステラは度々気になる点があった。それが前回の一輝を治した時に更に大きくなった。

 外傷だけならともかく、薬の影響で弱った内臓も元通りにするのは、具現化能力では限界があるのではないか?

 確かに異能は千差万別ある故に、一概に『出来ない』と決めつける事は出来ない。だがそれでも、ステラは納得出来ずにいた。

 少なくともステラが知る具現化系統の異能で、同様の事を、しかも一瞬で行えるものなどないのだから。

 

「うん、そうだね。たぶんステラの考えは当たっていると思う」

 

 それを一輝は肯定した。

 「え?」と意外そうな顔を浮かべるステラに一輝は続けた。

 

「だって、先生は自分の異能については何も言っていないからね」

 

 そう、実は仁は自らの異能については何も語っていない。ただ何度も手合わせし、能力的に一番近いのが具現化能力であることから一輝は暫定的にそう思っていただけだ。ステラはいつの間にかそう断定していた。本人は気付いていないだろうが、そう思わせるように指導の際さりげなく誘導されていたのだ。

 実際、彼らが受けてきた指導の内容と、それに伴い使う伐刀絶技は全て具現化能力であれば出来るであろうというものばかりだった。

 故に必然そう思うのは当然だ。

 しかし一輝は違った。

 実際に刃を交えた感覚や珠雫から事前に聞いていた情報。そして持ち前の観察眼を以て、仁の異能は具現化能力とは似て非なるものだと見抜いた。流石に異能の正体までは分からないが、それだけは確信ができた。

 

「……シズクなら知ってるかしら」

 

 最近、もう一度弟子入りを果たした彼女なら自分達以上に何か知っている可能性はある。ただでさえ、付き合いは向こうの方が長いのだ、仁についてなら彼女の方が分かっているだろう。

 そう思い、気にし始めてきたステラは好奇心を抑えることが出来ず、一輝を連れて珠雫の下に向かう。

 そんな様子のステラを温かくも見守りつつも、自身も気になる為か足早に彼女の後を追う一輝だった。

 

 

 

「知りません。例え知ってても貴女には教えません」

 

 出会って事情を話し、返ってきた言葉は非情なものだった。

 いつものこととはいえ辛辣な言葉に「な、なによ……」と口ごもってしまう。

 珠雫とアリスと共に木陰で休んでいた。

 手にはペットボトルに握られている。その中身は水になったかと思えば氷になり、氷になったかと思えば空になり、そしてまた水になる。

 その工程を何十、何百往復としている。

 これは珠雫が仁から離れる為出された宿題の様なもの。彼女の行っているものは液体を固体に、固体を気体に、そして気体を液体に変えるという単純な変換作業だ。

 水使いであり、かつ魔力制御がAランクの珠雫にとってそれは児戯に等しかった。ただそれを行うだけなら問題は何もない。

 しかし仁の出した宿題は『最速で簡略化させる』というものだ。

 変換工程として固体を気体にする為には必ず一度は液体にしないといけず、逆もまた然りとなる。それを一秒未満で行えるようにするのが仁から出された課題であった。

 その為単純作業とはいえ、ペットボトルを使い何度も繰り返し変換を行っている。現在のタイムはまだギリギリ二秒台である為目標には遠いが、効率自体は上がっている後は時間の問題だろう。

 

「師匠が自分のことを語りたがる人だと思いますか?」

 

 そんな作業を片手間で行いながらもジトっとした目でステラに訊いた。

 確かに。指導を受けてから会う機会は多くなり話すことも普通にある。しかし彼が自身のことや、過去について語ったことはあまりない。強いて言うなら妻関連なら話すが、逆にいえばそれくらいであり、後は指導の内容などが主だ。

 

「お兄様に免じて教えますが、私が師匠の事で知っているのは二つだけです。『黒鉄』の分家の人間であることと、本家を含め当代で最高峰の実力を有していたというくらいです」

 

 名門とされる『黒鉄』の中で最強クラスの実力。それが意味するのは『魔導騎士』全体から見ても上位に位置するということだ。

 もし表舞台に出ることがあったのなら世界ランクに入っていた可能性すらある。

 そのことに改めて彼の底知れなさを再認識した。

 

「……ああ、そういえば一つだけ……」

 

 ふと、思い出したように珠雫は呟いた。

 

「理由は不明ですが、師匠の異能は後天的に変異してしまったものだと聴いたことがあります。その為極めて不安定であり、ただ発現させるだけでも高い魔力制御が必要だとか」

 

「……それ、具体的にはどのくらい?」

 

 嫌な予感がしたが訊かずにはいられなかった。

 

「正常に発現させるだけでもCランク、実戦で使えるレベルでBランク、そして伐刀絶技に至るにはAランク。それが“最低でも”必要な技量であると」

 

 絶句した。

 魔力制御がEの一輝だけでなく、B+のステラですら彼と同じ異能を有した場合伐刀絶技には至れないということに。

 そしてそんな使い勝手が悪い異能を持ちながらもあそこまで使いこなすとは、どれ程の鍛練を積み死地を乗り越えたのか。恐らく彼らには想像するのは難しいだろう。

 だが、何よりもステラが気になったのは――

 

「そんなセンセイを圧倒した奥さんって一体何者なのよ……」

 

 そんな彼を出会った当初とはいえ、『手も足も出ずボコボコにした』妻の正体だった。

 

 

 

 薄暗い部屋。

 質素な造りと模様のそこに一人の妙齢の女性がいた。純白の長い髪が目を惹いた

 姿見鏡の前に立ち、写しだされた姿は綺麗だった。白い肌、整った顔立ち。身体の方は今バスタオル一枚で隠されているがそれが余計神秘的に魅せている。

 

「あと少し……もう少しですね」

 

 彼女の左手薬指には銀の指輪が嵌められおり、それを愛おしそうに撫でた。

 そして微笑む。鏡の中の女性も同じ笑みを浮かべる。

 その表情は愛する人を想ってのものだった。


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