拝啓妻へ   作:朝人

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十二話

 ――どうして貴方はそうまでして『強さ』を求めるのですか?

 

 いつの頃だったかそんな事を訊いたことがある。

 それに対し、男は顎に手を当て、首を傾げ、暫しの思考。そして数秒した後「考えたことなかったな」とあっけらかんに返した。

 男にとって『強くなる』ことは生き物が呼吸をするくらいに当たり前のことで疑問すら抱くことはなかったのだ。

 その在り方に呆れ半分、彼『らしさ』からくる安堵半分で微笑を浮かべる。

 彼との付き合いは数ヶ月に及ぶ。元々は自分に仕向けられた刺客だったが、当の本人はそんなことは忘れ純粋に、かつ脅威的な挑戦者(チャレンジャー)となっていた。

 今日も今日とて経緯はともかく勝つことが出来なかった彼はそうそうに退散しようとしたのだが、ふとした疑問を抱いた彼女が男に問い掛けたのだった。

 既に勝敗は決し、臨戦態勢を解いたその姿に男は素直に答える。別に隠すようなことでもないのだから。

 その日はそれだけの応酬で終わったが、以降も逢う度会話を続け、話す長さも密度も増していった。最終的にはどうでもいい話題でも話せるようになった。

 命を賭けた戦いをする一方でそんな安穏とした時間を共に過ごす関係は、少し特殊で、不思議だったがいつしか楽しみの一つになっていた。

 ――二人にとっての本当の馴れ初めはそこだったのかもしれない。

 

 

 

「夫がお世話になっております、妻の『エディ』です。以後お見知りおきを」

 

 そう言って頭を下げたのは白のブラウスとロングスカートに身を包み、長い白髪を一つに纏めたエーデルワイスだった。

 暁の襲撃から数日。校舎を直し、色々と元に戻りかけた時に彼女は再び現れた。

 第一に接触したのは言わずもがな刄――仁だった。

 『襲撃』以降ピリピリとした空気が学園内に広がっており、教師が警備に駆り出されることがある。それは仁も例外ではなく、偶々その時に彼女と遭遇してしまった。

 何の連絡も取らずいきなり現れた彼女に驚くより先に呆れてしまった。

 ――曲がりなりにも暁の顧問なのだから問題しかないだろう。寧ろ『エーデルワイス』自身が悪い意味で有名過ぎるのだからどんな事情を抱えていようと来たら問題になる。

 そんな仁の心中なぞ知らない妻は『貴方()がお世話になっているみたいなので、挨拶に来ました』と何の気なしに言った。常々思っていたがわりと自由である。

 むろんそのまま学園に入れることなど出来ないのだが、帰る気がない。仕方なく自分の異能により彼女を『エーデルワイスとして認識できなくなる』よう施してから彼女を学園に入れた。

 

 表向きは『夫が勤めている学園が襲撃にあったと聞き心配になって出向いてきた妻』という具合で教師や生徒には説明をした。

 彼女本人としてはシンプルに『逢いたかった』のだろうが、そこは偽りも交えた方が融通も聞くというもの。

 ちなみに『エディ』とは勿論偽名だが、彼女『エーデルワイス』という名前の愛称の一つでもあるらしい。

 

「あ、こちらこそ、仁さんにはいつもお世話になってます」

 

 頭を下げられた有里は、『一同僚』として返した。

 その後、微笑む彼女を見ながら思った。

 

(噂には聞いていたけど、本当に綺麗な人)

 

 彼女が『エーデルワイスではない』という認識阻害が働いているものの、見た目に変化があるわけではない。

 そんな件の妻を見た率直な感想がそれだ。

 元々生徒達の間で『一ノ瀬先生の奥さんは美人』という噂が流れており、当人も『容姿は良い』といっていた為気になってはいた。

 それが急ではあるが、夫に逢いに訪問し、機会が出来た。

 彼女を見て抱いたイメージは『白』だ。雪のような肌と髪、それを良く映えさせるバランスの取れた頭身。正に理想的な大人の女性と言える。そんな彼女が仁とのやり取りで時たま見せるあどけない幼い笑みが更に魅力を掻き立てた。

 肌の白さという意味なら有里もそうだが、彼女のそれは病的、病人的なものだ。対してエーデルワイスのは健康的であり純粋な色白だ。

 そういった所を含めても、同性でも見惚れてしまう。

 

「……どうされました?」

 

 有里からの視線が気になったのか、エーデルワイスが訊く。

 

「あ、いえ、ただその……綺麗な人でびっくりしてしまって……」

 

「……ありがとうございます」

 

 素直な感想に一瞬面食らったもののすぐに頭を下げた。

 有里から見えない位置で、彼女は小さくほくそ笑んだ。

 

 

 

「先程の『オレキ・ユウリ』という方、良い人ですね」

 

 一通り挨拶を済ませ、敷地内にあるベンチに腰掛けていると不意に先の一件を思い出し、呟くように言った。

 

「そうだな。唯一の欠点は虚弱体質という所くらいだな」

 

 それに仁も同意する。

 教師という職種においては彼女は先輩であり、未だそこに関しては経験不足な仁はよく彼女にアドバイスを貰うこともある。

 彼女も自身の虚弱体質故に緊急の時は頼れる相手として仁に相談することがある。

 両者共に同僚として理想的な関係と言える。そこに男女としての不純な思いなどはなく、純粋な信頼関係が築かれていた。

 だからそう――。

 

「……そろそろ手を放してくれないか?」

 

「お断りします」

 

 がっちりと握り返し彼女は笑顔で答えた。

 そうなのだ。実は案内中もなのだが、エーデルワイスは仁の手を掴んで放さなかった、一瞬たりとも。

 道中すれ違う生徒や教師からは『仲が良い』という温かな目で見られた、実際仲は良いからそこは否定しない。

 しかし、当のエーデルワイス本人としてはこういった行為は完全に『見せつける』為にしたものだ。歯に衣着せずに言うと『この人は自分のもの』というアピールだ。

 ただでさえ結婚指輪を嵌め、自分から『既婚者』と言っているのだから余計な心配なのだろうが、彼女は知っている、世の中には略奪愛というものがあることを。情報源(ソース)は昼間にやっているドロドロした人間関係を描いたドラマだ。

 

「まったく……確認するが、これだけの為に来たわけじゃないよな?」

 

「いえ、これだけの為に来ましたが」

 

「おい」

 

 寂しかったのは分かる。実際、仁も中々会えず寂しさを覚えることはあったのだから。

 しかし、それだけの為に来るにはリスクが大き過ぎないだろうか?

 幸い、一番出逢わせてはいけない『彼女』は今学園にいない為最悪の事態は免れているが、もし鉢合わせていようものなら胃痛で倒れていたかもしれない……黒乃が。

 ちなみに、その黒乃は『仁の妻が来た』という情報が耳に入った時点で静観を決め込んでいる。もし『何か』あったとしてもエーデルワイスが相手では黒乃では対処が難しく、仁の方が適任だと分かっているからだ。ただし、周囲に対する処置は命を賭けても彼女が行う様子。

 

「冗談ですよ。八割程はそれが目的ですけど、残り二割は別件です」

 

 裏では黒乃がそんな覚悟をしている中、エーデルワイスは微笑を浮かべ、もう一つの用件を仁に伝えた。

 

「もう耳に入っているかもしれませんが、あの子……『アマネ』が『七星剣舞祭』に参戦するそうです」

 

 その言葉に仁は驚いた様子もなく、ただ「やっぱりか」とだけ返す。

 『アマネ』とは、『紫乃宮天音』という少年のことだ。

 彼は自らの異能の特殊性故に『不運』に見舞われ、肉親も生き場所もなくなった所をエーデルワイスに拾われ、以降は仁も交え共に生活していた。

 

「黒鉄からも聞いていたから、まさかと思ったがな。アイツの実力は既に一介の学生騎士など相手にならない程だろうに、何故わざわざ『暁』に参加してまで『七星剣舞祭』に出ようとするのか」

 

 名声といったものに興味がない仁は本当に心底不思議で堪らなかった。

 何せ天音は、仁――刄とエーデルワイスによって育てられ鍛え上げられたのだ。

 自らの運命を弄んだ異能ですら今ではもう彼の意のままだ。

 過程は省くが、そこに至るまでに彼が挑んだ鍛練は並のものではなかった。弱音を吐いたり投げ出しそうになったことは何度もあったが、結局の所彼はやり遂げたのだ。

 そうして得た力は現『七星剣王』ですら打ち負かせるレベルであり、プロと呼ばれる者達すら返り討ちに出来るだろう。

 育ての親が規格外だったのもあるだろうが、紫乃宮天音とはそれほどまでの強さを既に持っているのだ。

 

「本人曰く『箔をつける為』との事です」

 

 あくまで目的の一環だろうが、天音がエーデルワイスに伝えたのはそれだけだった。

 表であれ裏であれ、無名のまま活動するのはメリットがない。だからこそ『七星剣舞祭』を利用して自らの力を知らしめようと考えたのだ。

 ――しかしそれは表面上のもので、本来の目的は別にあり、エーデルワイスは理解していた。

 

「あの子もあれで不器用ですから……誰かに似て」

 

 小さく呟いた言葉を彼が理解することはないだろう。鈍感だから。

 天音はどちらかというと仁――刄の方に懐いている。表面上はつっけんどんしてるが、内心は彼を尊敬しているのだ。実際、絶望していた天音を立ち直らせたのは刄であり、彼を魔導騎士として鍛え上げるのに一番力を注いだのも刄だった。そんな経緯もある為か天音はエーデルワイスよりも彼に懐いている。

 だが、鈍感なこの男がその事を知るよしもなく、鍛練の時以外は余り話しもせず、彼の名前を呼んだことは一度もない。

 刄のことを擁護するのであれば、彼自身常に一人でいることが多かった為人との付き合い方が分からないというのと、いきなり出来た息子みたいな存在とどう接すべきか迷っていたからなのだが……。

 つまる話として、天音が『七星剣舞祭』に出る本当の理由は、そこで力を示すことで彼に認められたいという子供らしい欲求だ。

 

「『七星剣舞祭』見に来ますよね?」

 

 その事を知っているエーデルワイスは釘を刺しに来たのだ。

 流石に一番見て欲しい人がいないのは悲しい。

 

「元々行く気はなかったが、事情が事情だからな。理事長命令で俺も行くことになった」

 

 杞憂は杞憂のままで終わった。

 彼女の進言がなくとも刄は行くことが決まっていたらしい。

 

「そうですか」

 

 そう言うと今まで握りしめられていた手をほどき彼女は立ち上がった。

 そして改めて彼に向き直ると――。

 

「ではまた、お逢いしましょう」

 

 そのまま彼女は音もなく姿を消した。

 目的は果たした。これ以上居座るのは迷惑になると判断して帰ったようだ。

 残された刄は、僅かに彼女の熱の余韻が残った左手を眺めため息を吐いた。

 

「まったく、厄介なことになったな」

 

 そんな呟きは、独り言として快晴の青空へと消えていった。

 





天音君が強化されたよ! やったね、一輝君!


実は今月から転勤になり通勤距離が今までの三倍になり、書く時間が減りました。一応書き続けるつもりですが更新速度落ちます、ごめんなさい。

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