拝啓妻へ   作:朝人

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サブタイ、もし付けるとするなら『一刀』VS『千刃』とかそんな感じ。


十三話

 第四訓練所。『七星剣舞祭』本選を前に、更に強くなろうと一輝は研鑽をしていた。

 本選を前にして、尚且つ『暁学園』という強敵を目の当たりにした一輝は仁に頼み指導をより厳しいものにして貰うよう進言したのだ。

 それに対し仁は二つ返事で返した。彼自身思う所があったのだろう、むしろ『指導』ではなく『特訓』を彼に与えることにした。

 その内容は至極単純なものであり、且つ最も難しいものでもあった。

 ――“俺”に勝て。

 そう宣告された時、一輝は大きく息を呑んだ。

 

 

 仁からの難題を与えられた一輝はそれから二日間、朝から晩まで仁と戦い続けていた。

 息を切らし、服は至るところが裂け、破けているが奇跡的に傷はない。だが、対面している人物は無傷どころか息一つ乱してはいなかった。

 一輝が今対峙している相手は仁だ。しかしその姿は異なっている。

 一見、本来の姿である刄なのだが、見た目や纏う雰囲気すら違って見える。

 年齢は丁度一輝と同じくらい、触れるものは全て問答無用で切り捨てると言わんばかりに鋭く冷たかった。何よりも能面でも張り付けたかのような無表情が不気味さをより際立たせていた。

 まるで若返ったかのような姿は正にその通りだ。

 一輝は今、十六歳頃の刄と戦っていた。《胡蝶の夢》の空間にて、彼は昔の刄と剣を交えている。

 戦っているのも当の本人ではなく、当時を再現した『偽物』だ。しかしその実力は間違いなく本物でもある。

 当然のことだが、昔の方が現在よりも弱い。しかし、それでも物心ついた頃から裏の世界で生きていた強者だ。如何に今より弱かったとしても、それは本人だけの基準であり、第三者からはまた違って見える。実際、一輝にとって当時の刄は強敵だ。

 既に《欠落具現》を使いこなす程の高い魔力制御は備わっており、戦い方も一輝が知るものに近い。

 しかし今までは『指導』という枠組み故にあった『遠慮』というものが一切ない。正真正銘の問答無用で命を奪いに来ている。

 一輝も今までに多くの修羅場を潜り抜けてきたが、あくまでそれは表の世界の話だ。『最低限のルール』がある。その中で『不慮の事故』が起きてしまうかもしれないが、表の世界ではそれによってある程度は守られているのだ。

 だが、無法とも言える裏の世界においてそんなものは存在しない。ただ単純に強い者が勝つ、隙を見せたものは殺される。そんな無情で弱肉強食の世界だ。

 その中を生き抜き、勝ち続けてきた刄が弱い訳がなく、容赦をする訳もなかった。

 現に一輝はこの二日間で一度も彼に勝てなかった。それどころ数えるのが億劫になる程殺されている。

 《胡蝶の夢》の空間内である為、死んだとしても生き返ることが出来る。しかしそれだけの命を費やしても未だ刄に一当てすら出来ないのが現状だ。

 原因は分かっている。対峙している当時の刄の伐刀者ランクはB。ただ強いだけなら、突破口を見いだし勝てる力量だ。少なくとも一輝なら出来る……今までなら。

 

「っ――!」

 

 満身創痍の一輝に容赦なく刃が振るわれる。

 迫るのは一刀の一撃だ。本来の一輝であれば、受けるにしろ避けるにしろ即座に反撃をすることが出来る。

 だがしかし、一輝は大きく飛び退きそれを回避した。

 距離を取る。本来、クロスレンジを得意とする一輝がその様なことをするのはあり得ない。しかし、そうしなければいけない理由があった。

 伐刀絶技《自在刃》。一輝はこの技の恐ろしさ、脅威性を知っている。……いや正しくは、知っていると『思っていた』。

 刀身を自在に変化させる。それが一輝が知る《自在刃》だ。しかしそれはあくまでも本来の能力の応用でしかない。

 《自在刃》はその名の通り、『自在』に姿を変じることが出来る伐刀絶技だ。短刀型の霊装《孤狐丸》を刀や剣だけでなく、槍や斧、果ては蛇腹剣や大鎌といった変則的な物にすら一瞬で変じることが可能なのだ。

 しかもただ武器が変わるだけでなく、使い手自身もその武器に合った型に即座に切り替えられるという万能っぷり。

 その特性を十二分に発揮することにより、クロスレンジ・ロングレンジ共に対応可能、変幻自在な戦闘スタイルが出来るのだ。

 そして何よりも、一輝が脅威と感じたのは――。

 

「くっ!」

 

 眼前にまで迫った刃を一輝は首を反らすことで咄嗟に避けた。

 見ると刄自身が接近したのではなく、『刀身そのもの』を伸ばして突きを放ったらしい。

 その長さは安全圏と思われた位置にすら届く程だった。

 だが一輝もそのままで終わらせる気はなく、その刀身に《陰鉄》の刃を走らせ逆に接近を試みる。

 刄はそれに対し防御や回避の為に刀身を戻すことはせず、そのまま(・・・・)の刀身で《陰鉄》に力を加える。

 その瞬間、《陰鉄》を『通り抜け』凶刃が一輝に差し迫った。

 一輝はそれを直前で、横に転がることで難を逃れる。

 だが攻撃の手は休まることなく、追い討ちをかけるように今度は無数のナイフが絨毯爆撃の如く降り注ぐ。

 広範囲による無差別な刃の雨を『絶対』に当たらないよう避け、弾きながら、再度前進。

 そうして距離を縮める中、一輝の瞳に刀身を下に構えた刄の姿が見えた。

 まずい!

 そう思うと同時に切っ先は地面に突き立てられ――

 

「《乱華》」

 

 ある伐刀絶技の名が紡がれた。

 瞬間。地面から無数の刃が現れ、瞬く間に訓練所のフィールドを埋め尽くした。

 スピードを活かす戦闘スタイルの一輝にとって、この所狭しとひしめく刃物の森は厄介極まるものだ。瞬間的なものならまだしも、この森は永続的に残る。切れ味は名刀にも引けを取らず、僅かに触れるだけでも命取りだ。

 上からだけでなく下から数え切れない凶器が襲ってくる。

 それら全てを避けきるのは肉体制御が優れた一輝ですら至難の業。ただ回避するのではなく、己が武器を駆使して、ようやくかすり傷程度で済むものだ……本来であれば。

 

「――っ!」

 

 しかしナイフは刃物の森に当たることで軌道がズレ、予期せぬ動きを行う。

 如何に観察眼に優れた一輝といえど、すぐに対応できる訳もなく、ほんの少しだけだがラグが生まれてしまう。

 その隙を突くようにナイフは一輝目掛けて飛んできた。

 咄嗟のことで防衛本能が考えるよりも先に動き、一輝はナイフを弾こうと《陰鉄》を振ってしまう。

 

(しまっ――)

 

 時既に遅く、動作は行われ、彼の刃は迫り来る脅威を払おうとして――出来なかった。

 ナイフは《陰鉄》を『通り抜け』、一輝の首筋を掠め、僅かな傷を残していった。

 その瞬間。

 

「《刻傷切開》」

 

 一輝の(敗北)は確定した。

 

 

 

「大丈夫ですか、お兄様?」

 

 心配そうに顔色を伺う(珠雫)の姿が視界に入る。

 

「ああ、大丈夫だよ、珠雫」

 

 それに対し一輝は微笑を浮かべて返した。

 

「どのくらい寝ていたんだろう?」

 

「一時間くらいですよ」

 

 ふとした疑問に妹が直ぐ様答えた。

 一輝は過去の刄との戦闘に敗れた後、《胡蝶の夢》の空間内で蘇生させられ、追い出されたようだ。

 彼と妹は今フィールドの外にいる。そこからフィールドのある所を見ると歪んだ景色があった。

 それそこが一輝の特訓用に仕立て上げた彼専用の空間だ。そこに一歩でも踏み入れば、刄を倒すか一輝が倒れるまで出ることが叶わない、サドンデスエリア。

 ちなみに一輝が死んでも自動で蘇生し、空間が一時的に縮小することで彼を安全圏にまで出す親切設計である。

 

「そっか。……また届かなかったな」

 

 一輝は寝そべったまま天井を仰ぎ見て、先の一戦を反芻する。

 二日前に比べれば間違いなく一輝は強くなっている。

 当初は刄の本気の殺気に当てられ本能が動くのを拒み、何も出来ぬまま一刀の下切り捨てられた。

 それが今ではちゃんと抵抗し、戦えている。それだけでも大きな進歩だが、彼の目標はそこじゃない。

 あの刄に勝つ。それこそが一輝に課せられ難題にして、彼自身の目標でもある。

 しかし。

 

(《千刃》……まさかここにきて、その二つ名の恐ろしさを知ることになるなんてね)

 

 その道はまだ遠い。

 本来、一輝が一人の騎士相手に何度も戦い負け続けるということはない。もしあるのだとすれば、今の彼ではどうしたって敵わない相手くらいなものだ。

 しかし、現在ならまだしも過去の刄の実力はBランク程度。その中でも上位に位置するだろうが、それでも一輝に勝算がないわけではない。

 それなのに負け続ける理由。一重にそれは相性の問題だ。

 一輝の戦闘スタイルは類い稀な観察眼と超人的な肉体制御による所が大きい。

 それらを下地に培ってきた技量と伐刀絶技《一刀修羅》を使い、格上であるはずの者達を下してきた。

 対し刄の戦闘スタイルは、異能の汎用性からくる圧倒的と言える手数の多さ、豊富な実戦経験からくる戦闘技術の高さだ。

 まず、多くの剣術を会得した一輝ですら圧倒される手数。

 当たり前のことなのだが、伐刀者は皆自分の霊装にあった戦い方をする。それはあらゆる者に対し例外はなく、『世界最強』とされるエーデルワイスですらそうだ。それ以外に覚えるものなど強いて挙げるのであれば体術くらいであり、おおよそこの理から逸脱する者はいない。

 しかし得物を自在に変化させることが出来る刄はその唯一の例外と言える。

 本来の霊装の型である短刀の他に剣、槍、斧、鎌……果ては糸や投擲といった変則的なものまで修得している。

 これはあらゆる状況下でも能力を十全に使いこなそうと考え身につけた結果であり、『力』を求めた彼だから至った境地でもある。

 そうして得た技能と技量と業。それらは組み合わせることにより、更に可能性を広げる。文字通りの『変幻自在』、故に彼は《千刃》と恐れられた。

 幾千、幾万もの戦術を持たれては流石の一輝の観察眼を以てしても掌握するのは難しい。

 今まで戦ってきたのは手の内が分かっている、もしくは戦いの中でそれを見出だすことが出来た相手だった。しかし今回ばかりはそうもいかない。多少手の内を見せても、相手はまだまだ多くのカードを握っている。しかも出し方一つ変えるだけでコンボにすら出来るという鬼畜っぷり。

 これだけでも相性が悪いのは分かるのだが、更にもう一つ一輝にとって厄介なものがある。

 それは先の一戦でも敗因になった、武器が『通り抜けてくる』というものだ。

 刄の異能《欠落具現》は具現と幻想の両方の特性を歪に持っている。それは少しでも制御を誤ると具現化したものは幻想になり、幻想にしたいものは多少の変化で終わるだけだったりする。

 ほんの僅かでも制御が狂えば予期せぬ事態になる。だからこそ、この異能は高い魔力制御が要求されるのだ。

 この頃の刄は既にその辺りは完全にマスターしており、むしろ逆に意図的にそういった現象を起こせるようにもなっていた。

 それがあの『通り抜けてくる』攻撃だ。

 高い魔力制御、そして積み重ね培われた戦闘技術と経験を以てすれば、瞬間的に具現化した物を透過させることすら出来る。

 唯一、本来の霊装の型である短刀だけは出来ない。そこは現在でも変わらないことだ。

 しかしこれが一輝にとってはかなりの鬼門。何せ一輝の攻撃手段は全て物理だ。

 剣を交えるなり近付いて斬るなりしなければ相手にダメージを与えられない。一応遠距離攻撃がないわけではないのだが、それは既に試したが通じなかった。

 ましてや相手は『一刀修羅状態の一輝』にすら普通に対応してくる程の手練れだ。

 そういった意味でも一輝にとって間違いなく天敵といえるだろう。

 エーデルワイスという例外を除けば、過去最強の強敵。

 その強敵を前に、しかし一輝は嬉々とした笑みを浮かべた。

 彼は何度も自分よりも強い者と戦い続けてきた。逆境は慣れている。何よりも負けず嫌いだ。

 そして初めから無理だと分かっているのであれば、『先生()』は一輝にこんな難題を押し付けたりはしないだろう。

 ――強くなれる。

 そう確信し、一輝は拳を握った。

 休息をとった後一輝は再び《胡蝶の夢》に向け歩き出した。

 

 負けん気の強い修羅は挑み続ける。いつか勝てるその時まで、何度でも。

 

 




やったね、一輝君! 強くなれるよ!

自在に攻撃範囲変えて、広範囲攻撃持ってて、偶に判定ランダムの遠距離飛ばしてきて、防御したら攻撃がすり抜けてきて、奥義発動しても普通に対応され、僅かでもダメージを受けたら即死(もしくは致命傷)技発動とかいうクソゲーに挑む一輝君マジ鋼メンタル。

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