好きな子程イジメたくなる、そんな私はきっとS。
綺麗な三日月が夜空に鎮座する。
その中を黒い蝶が無数に舞う。一見雅に見えるそれは、しかし生ある物ではない。
寧音の力によって産み出された超常の物だ。
名を《黒死蝶》。見た目に反し、その実態は超重力エネルギー機雷。掠りでもしようものなら、最大質量十トンにもなる質量の爆弾に襲われることになる。
それが今、ジンの周囲に展開している。数は優に二百はくだらない。
爆発を必要とせずとも押し潰せそうな数を相手に、しかしジンは霊装の刃を鈍く光らせた。
瞬間、黒死蝶の数に匹敵する刃が出現し、悉くを切り裂き、貫いていく。
「っ! 随分と面白い芸を身につけたじゃねーか」
一頭も逃さずに殲滅した手腕に寧音は驚愕した。
それは寧音が未だ見たことのない芸当だ。
「《大六感応》。
神速に至るであろう速度、尚且つ一撃一撃が卓逸した剣技であるエーデルワイスを相手取るには同等の速度か、攻められても対処出来る『何か』がなければいけなかった。
しかし、仮に同等の速度を手に入れたとしても超高速の戦闘となれば向こうに一日の長がある。それは埋めようとしてもそうそう出来るものではない。
結果、ジンは後者を取ることにした。
第六感を鍛え上げることによって得た技能の前では、単純な物量攻撃など無意味。
何よりそれはジンが最も得意とする物だ。
異能の性質上、膨大な物質構成などは日常茶飯事に使っている。そんな彼の前で、数で挑んだところで勝てるはずもない。
ジンが寧音を天敵と感じるものの一つは異能の相性だ。大量展開を得意とするジンにとって重力という純粋な力による制圧力は厄介極まるからだ。
ちなみに余談ではあるが、異能だけの関係性を見るだけなら黒乃を含めた彼ら三人はある種の三竦みの様な関係になっている。
圧倒的物量による大量展開が出来るジンは黒乃に対し有利だが、寧音は苦手。
純粋な
時間に干渉でき静と動を自在に操れる黒乃は寧音に対しては有利だが、ジンは苦手。
むろん、本人達の努力や研鑽によりそれらは覆すことが出来るものであり、事実能力的には勝っているはずの寧音はジンに遅れをとっている。
元々経験値の差はあったが、エーデルワイスとの邂逅でジンのそれは更に拍車を掛け増していった。
「――っ」
その一端を垣間見たことで寧音は噛み締めた。
《魔人》という同じステージに立っていたと思っていたのに気付けばジンはその先へと進んでいる。
元より感じていた差は明確な形として、寧音に突き付けられた。
「《黒刀・八咫烏》」
伐刀絶技の名を唱える。
すると寧音の霊装である《紅色鳳》に黒い
重力を刃という形へ変じさせた伐刀絶技。その威力は想像以上のものだ。まともに受けようものなら単純且つ純粋な力に押し負けてしまう。
それに加え、彼女は《夜叉神楽》という伐刀絶技も持つ。
師である《闘神》の《剣曲・剣の舞》を寧音が発展、進化させたものだ。
完全な守りの剣であるそれを、寧音は自らの異能とセンスを組み合わせることで攻防一体の技に仕立て上げた。
この二つを同時に使用することで、如何な達人とて寧音に傷を負わすことは出来ず、むしろ『返り討ち』にあってしまう。
故にこそ寧音は世界ランク三位の実力を有しているのだ。
強大な能力だけでなく、類い稀な『才』と磨き挙げる努力。そこに至るまでの過程を含め、現在の功績を成し得たのだから。
しかし、それも相手がジンであれば話は別になる。
「――!」
長い付き合い故に手の内を知っているジンは臆することなく寧音に迫ってくる。
それに対し寧音は得意の《夜叉神楽》を、舞うことはしなかった。
重力刀のリーチを活かし、近接戦を許さないよう、二刀を巧みに操り連撃を放つ。
見た目や威力に反し、《八咫烏》は軽快に閃を描く。
それをジンは触れぬよう、防御しないように回避する。
おかげで距離は一向に縮まらない。
本来の寧音であればこんな戦い方はまずしない。
そうしなければならない理由は相手がジンだからだ。
ジンが寧音の手の内を知るように、寧音もまた彼のことを知っている。
ジンの異能、《欠落具現》は具現化と幻想を操る能力だ。彼の思考一つで具現化した物を
寧音にとってその『幻想にする』というものが厄介なのだ。
彼女の異能は物理的なものに対しては圧倒的なまでに有効な力だ。しかし実体のない物に関してはその限りではない。
重力……いや最悪空間に干渉さえ出来れば問題はないのだが、ジンの扱う『幻想』は実体を持たず、空間干渉すら出来ない。
故に刃の実体、不実体を自在に変えれるジンの前では《夜叉神楽》の守りなど有って無いようなもの。
これは何度も戦って学んだこと。
時に負け、時に勝ち。切磋琢磨して得た経験だ。
だからこそ、対処法もある。
「ぐっ!」
重力刀から逃げていたジンの動きが急に止まった。見ると、足が地面に埋まりつつある。
寧音の伐刀絶技《地縛陣》だ。射程範囲内に入ったジンに通常の数十倍の重力が襲う。
それだけで骨も内臓も潰れてもおかしくはないというのに彼は耐え凌いだ。
だがしかし、そこに容赦なく重力刀が振り下ろされる。
宣言通り、寧音は殺す気なのだ。
躊躇いも迷いもなく、迫った漆黒の刃を前に、身動き出来ないジンは――
「《
数十倍の重力が支配する中、いつの間にか寧音のすぐ横に立っており、その小柄な体に刃を振るう。
「ちっ!」
驚愕と共に反射的に回避を選んだ寧音は重力操作を使いジンとは真逆の方向に自らを飛ばした。
咄嗟のこともあり、《地縛陣》を解いてしまったがそんなことを気にする暇はなかった。
既に回避し、何だあれはと……考える時間はなかった。
「っ――!?」
移動を終えた
――馬鹿な!
移動する素振りすら見せなかった彼が、異能を使い弾の如く弾き出された寧音に追いつけるはずがない。
一瞬の混乱。それを見逃す程ジンは甘くない。
瞬く間に数十にも及ぶ斬撃が寧音を襲う。
ジンは《孤狐丸》だけでなく、もう片方の手には小太刀を顕現化し、更に《閃刃》を交じえることで刹那の時間で数え切れない手数を放った。
それに対し、防衛本能が働いたのか彼女は無意識に自分の周りの空間を歪めることで防御した。
しかしそれでも全てを避け切ることは出来ずいくつか受ける羽目になる。
四肢は吹き飛び、胴は両断され、首は切り落ちる。
そのはずだった。
「ラァッ!!」
現実は、寧音の身体には傷一つ付いていなかった。
だからこそ寧音は反撃することが出来たのだ。だが、お返しと見舞った一撃がジンに当たることはなかった。
直撃の寸前、彼の姿が忽然と消える。
振り切った後改めて見ると、彼は数m後ろに佇んでいた。
全く不可解な移動。《比翼》のエーデルワイスが得意とするそれとは似て非なる正体は、彼の伐刀絶技《縮帯迫狭》の為せる技だ。
ジンの《欠落具現》はどんな異能よりも『
その特性故に具体性、精密性を必要とし、それを下地に無色の魔力を具現化させるのだから。
だがそれは、裏を返せば具体的、精密的な物をイメージ出来るのであれば『実現可能』であることを意味している。
真実、早い段階で自らの異能の本質を理解したジンは、自身の身体を実験台として様々なことを試した。
その結果、彼は自分の肉体であれば《胡蝶の夢》の外であったとしても復元可能なまでになっている。
人としての段階で既にその域に達していた彼が、果たして《魔人》となった今もそのままでいるだろうか?
答えは否。
正確には《魔人》だけでなく、エーデルワイスとの戦闘経験からも彼は多くのことを吸収している。
その一つがこの伐刀絶技だ。
エーデルワイスの動きは最早常人の理解の範疇を超えている。何も知らない人が見たら『距離が縮んだ』かのように錯覚する程だろう。それほどまでに規格外なのだ。
そしてジンはその『誤った認識を現実の物』にした。
エーデルワイスというサンプルを元に、対象と自分の距離を縮める術を身につけた。
それは視界に対象が入り、そこに至るまでの計算を即座に脳内で叩き出し、確かなイメージを以て異能を使い現実に反映させる。
超高速移動によって距離が縮まるのではなく、
そして、三度見ただけで寧音はそのことを看破した。
偏にそれは、良い意味でも悪い意味でもジンのことを理解しているからだ。
アイツならきっとそれくらいやってのける。そんな不思議な信頼があるから確信出来たのだ。
だから、その件については問題ない。
それよりも――。
「どういうつもりだテメェ! なんで幻想形態にしやがった!」
寧音が傷を負わなかった原因だ。
そう。ジンは寸前で実像形態から幻想形態へと変えていた。だからこそ、寧音は五体満足でいられたのだ。
しかし、如何に直接的な傷を負わなかったとしても、痛みは本物と変わらない。
殺すこと、敵を屠ることを生業にしてきたジンの苛烈且つ必死の斬撃を数閃も受けて立っていられる者などまずいない。ましてや首や胴体を切断された痛みがあるのだ、昏倒しないだけでも賞賛にあたるのに、寧音はその状態でもまだ戦闘を続行しようとしている。
そしてまた寧音の怒りも尤もだ。
寧音は完全に殺す気だった。ジンもそうだと思っていた。
しかし彼は直前で変えた。
殺さないよう手心を加えてしまった。
「テメェのそういうところがホントにムカつくんだよぉ!!」
ジンにとって寧音は数少ない大切な存在だ。
名を貰い、本来過ごすことの出来なかった時間をくれた存在。
如何に気に食わない、反りが合わないと言っても、そこだけは変わることのない事実。
だからこそ、無意識の内にそういうことを行ってしまったのかもしれない。
寧音という存在を失うことを恐れてしまったのかもしれない。
悪い意味で彼らの距離は近くなり過ぎたのだ。
寧音もそれを理解している。だからこその怒りだ。
何せ彼女は心の底からジンになら殺されてもいいと思っていたのだから――。
爆発する怒り。
それを表すかのように寧音は重力操作を使い、宙へと躍り出た。
点々ときらめく夜空をバックに、寧音は《八咫烏》を解除した《紅色鳳》を天に向け掲げた。
「《覇道天星》ェェェッッ!!」
寧音が持つ最大級の伐刀絶技の名が放たれた。
大気圏外のスペースデブリを異能の力で引き寄せそれを敵に直撃させる。
おおよそ個人に向けるような技ではないそれは、正にその通りだ。
何せこの伐刀絶技は国一つ滅ぼしかねない災害級の威力を誇っており、それによって連盟から禁呪指定を受けている。
しかし寧音はその禁を破り発動した。
そして大気圏との摩擦によって赤々と燃える隕石と化した『それ』が寧音の背後から姿を見せた。
数は一つ、直径十数m。それでも隕石としてみるなら十分過ぎるほどの大きさだ。
もしそれが地表に落ちようものなら被害は計りしれない。
そんな物がジンというたった一人を目掛けて降ってくるのだ。
寧音がこの伐刀絶技を使うのは二度目。
一度目は学生の頃、七星剣舞祭にて黒乃に対してだ。
その時は黒乃自身も《
今回標的にされたジンは確かに彼女に匹敵、いや凌駕する程の実力を有してはいるが、大規模且つ絶対的な破壊力は持ってはいない。
あくまで『人間』に対して必死を与えることが出来る。そういう家系であり、環境であり、育ち方をしたのだ。
だからこそ、超小型とはいえ星を砕くような力は持ち合わせてはいないのだ。
――そう、今までは。
彼は既に《魔人》という規格外の存在となった。
才能という枠組みを取り払い、自由度の高い異能を研鑽し続けた彼に今まで通りのことが通用するのか?
――答えは否だ。
「《夢現境界》」
迫り来る赤々とした星を見据え、ジンもまた伐刀絶技を発動させる。
瞬間。突如として大気が発光し
いや、それはオーロラというにはあまりに異様だった。
発生した場所はジンと寧音の間という、あまりにも低過ぎる位置。
輝き方、色合いは正にそう呼んでもおかしくはない。しかしそこに神秘性などなく、むしろ潜在的な恐怖を煽るかのような冒涜的なものにすら感じられた。
猛々しく、荒れ狂う星に対し、用意されたカーテンは不可解で不気味で底知れない。
衝突まで数秒もいらない。
もしここに第三者が居れば、流星と化したデブリがカーテンを突き破る光景がありありと目に浮かぶことだろう。
それほどまでに両者が人に与える印象は対極であり、それは正にジンと寧音の様でもあった。
怒り狂った
第二宇宙速度で落ち、通過するだけでも凄まじい衝撃波が起こる、天よりの災害。それはオーロラを破り、ジン諸とも地表に……衝突することはなかった。
「っ――!」
寧音は目を丸くし、息を呑んだ。
オーロラを突き破り、落下するはずの星が、そのオーロラを通過した途端色が剥がれるかのようにどんどん薄く、透明になっていき最後には消えてしまった。
地球外からの脅威などなかったかのように後にはただオーロラだけが不気味な輝きを放っている。
何が起きたのか? そんなもの考えるだけ無駄だろう。
あのオーロラ……ジンの伐刀絶技《夢現境界》による仕業だ。
「あんだけの質量を消すたぁな……なにしやがった?」
直径十数m。それだけでもかなりの大きさだ。加えて、第二宇宙速度で迫っていた物を跡形もなく消滅させるには些か疑問が残る。
黒乃の《時空崩壊》の様な明確な破壊力が感じられないのだから当たり前と言える。
「別にそんな小難しいものじゃない。ただ『現実と幻想の境界をいじって、幻想への一方通行な入り口を作ってやった』だけのことだ」
寧音の疑問をジンは簡潔に答える。
それはジンの異能の特性だからこそ出来た芸当。
具現化と幻想の二面性、更にはその境界を操る術を持つが故に可能とした伐刀絶技。
幻想の物を現実に具現化するのとは真逆に、現実の物を幻想へと変える。
あのオーロラは幻想へと導くための入り口。あれを通ることは現実の物が幻想の彼方へと消え去ることを意味している。
単純な物理作用ではない為、どんな質量であろうと、如何な速度を持とうと入り口を通過してしまえば末路は同じ。
(連盟基準なら禁呪指定だろうが、クソが……!)
その伐刀絶技の本質を知った寧音は内心毒づいた。
それもまた、使い方一つで国一つ崩壊させかねない危険な代物だからだ。
生憎と使い手であるジンの性格上そんなことをしないのは分かっているが、それと伐刀絶技の危険性は別だ。寧音の《覇道天星》を文字通り消滅させる力の持ち主などそうはいない。ましてや衝撃や余波すらなく、跡形も消し去れるものなどいなかった。
ジンはその唯一の例外だ。
おまけに、大規模な『入り口』を作れるのであれば、並外れた魔力制御の使い手であるジンなら小規模も作れるのも道理だ。
そしてそれを人間に向けて使うことも出来るだろう。
ただの無機物ではなく、生物が幻想の向こう側へ行けばどうなるのか。それは恐らくジンすら預かり知らぬこと。
確かなことは、一度通れば二度と戻って来れない……最悪存在そのものが消滅する可能性があるということくらいか。
それ程に危険な代物なのだ、《夢現境界》という伐刀絶技は。
その伐刀絶技の発現を顕すオーロラはいつの間にか消えていた。
恐らくは脅威が消え去ったからだろう。何より今ので寧音の奥の手が通じないことは証明された。
だからこそ、ジンはこれ以上の戦闘は望んでいない。
「ザっけんな……!」
意図を察した寧音の苛立ちは最高潮に達した。
この期に及んでまだ、そんな甘い考えを抱くジンに。
この期に及んでまだ、寧音の身を案ずる場違いな優しさに。
「ホンッットにテメェは、ムカつく野郎だなぁ!」
寧音の技は全て完封された。
ジンは最早寧音の想像を遥かに超える程の怪物になっていた。
『世界最強』を倒したというのも嘘と言い切れない。
全身全霊を尽くしても倒すことは出来ない。
だが、それで諦められる程潔くはない。
最大の重力加速度を使い、ジンへ特攻を仕掛けた。
超高速移動をするエーデルワイスを何度も相手にしてきたジンにとって、その程度の速度は既に見切れる。
その上、《大六感応》の恩恵もあり回避するのも容易なことだ。
しかし――。
(こればかりは避けたらダメだよな……)
見間違いならいいが、今急降下で迫ってくる寧音の目の端に一瞬光るものが見えた気がした。
彼女の想いを全て理解することは出来ない。
それでも確かなことがある。ジンは彼女の想いを蹴飛ばしてでも行かねばならないということを。
その為にも全力を以て彼女に向き合わなければいけないということを。
「――屠れ《童子切り》」
だからこそ、ジンは自らが持ち得る中で最高の一振りを顕現させる。
本来の姿であるはずの小刀型の霊装であるはずの《孤狐丸》にひびが入り、間を置かず砕け散った。
だが次の瞬間には全く異なる刀がジンの右手に握られている。
一般的な日本刀より刃渡りが三寸程長い白銀の刃。
刀身もさることながら柄も、鍔も、見る者の目を――いや、魂すら惹いてしまうような仕上がり。
これこそがジンが自らの異能の本質に気付いてから、毎日欠かさず鍛え続けて出来た最高の一振り、《童子切り》だ。
《欠落具現》の幻想を使うことで霊装を……魂を研鑽し続けた結果。掛けた時間は優に十年以上。
人間の時には才能という枷によって至るまでにはいかなかったが、《魔人》と化したことでついにそれは形を成した。
それは最早魂の一部ではなく、魂そのものだ。
ジンが死なない限り、決して折れず曲がらず傷付かず、因果干渉すらものともしない。
それでいてあらゆる存在を切り伏せる絶対無比の刃。その前ではたとえ『バケモノ』であっても両断されるだろう。
そのようにして鍛え上げた一振りなのだから。
真実、この《童子切り》はエーデルワイスの霊装《テスタメント》すら切り捨てた。
それ程の得物。寧音ならば一目見ただけでその脅威は理解できただろう。
しかし彼女は止まらない。止まることは出来ない。
ぐちゃぐちゃに混ざり合い、身を焦がす程の感情の炎は捌け口を求めている。
ならばその元凶を叩き潰さねば気が済まない。
最高にムカつく野郎を叩き伏せなければ気が済まない。
「《八咫烏》ッッ!!」
白銀の一振りに挑むのは、漆黒の重力刀。
長い年月を掛け魔人の域へ達することで鍛え上げられた刀と、重力という純粋な力を集束させることで出来た刀。
相反する二刀はその使い手を顕しているようだ。
時間にして数秒もせず、彼らの距離はゼロとなり二つ筋の閃が交わった。
「……ク、ソ……ッ」
その結果、白銀の刃は重力刀を両断した。それもただ切っただけではなく、刃として纏っていた《紅色鳳》すら破壊して。
魂の具現化である霊装が破壊された寧音は、異能の制御もなくなり無様にも地面に……倒れなかった。
「……ぁ……っ」
もはや満足に呼吸すら出来ないはずなのに、身体には力は入らないはずなのに、寧音は倒れることなく、残った《紅色鳳》を手にジンに向け――その手から落としてしまった。
地面に落ちた片割れの《紅色鳳》も限界だったのか、それだけの衝撃で砕け散った。
「……行け、よ……うちの気が、変わらない内に、さ……そんで、もう、顔……見せ、んな……」
喉が、眼球が焼けるように熱い。
限界が近いこともあり、寧音は今自分がどんな表情を浮かべているかなどわからない。
わからないが――
「……悪い」
それを見たジンの顔色からは罪悪感が感じ取れた。
きっと酷い顔をしているのだろう。それこそ同情を誘える程に。
しかし、ジンは踵を返し背を向ける。
――ああ、わかってる。その程度で揺らぐ程弱くねーもんな、テメェは……。
それが決別の表れであることを悟った寧音は静かに目蓋を閉じ、意識が遠退くのを感じ……。
「それから……ありがとう、寧音。こんな俺を少しでも人間扱いしてくれて」
「――っ!」
その言葉で僅かに覚醒してしまった。
俯いていた顔を上げると、そこには既に腐れ縁の天敵はいなくなっていた。
恐らくはあの距離を縮める伐刀絶技を使ったのだろう。
彼がいなくなったことで改めて寧音は現実を再認識し、空虚感に見舞われた。
限界だった身体は耐えきれず膝をつく、そして地面についた手は無意識に土を握り締めていた。
(ちげぇ……そうじゃねぇ……!)
寧音は先程のジンの言葉を否定したかった。
彼女が彼に与えたものなど因縁と気紛れの思いつきだけだ。ただ超えるべき壁の一つだと思っていた……少なくともその期間の方が長かったのだ。
寧音からすれば感謝される謂われなどこれっぽっちもない。
だがジンは違ったのだろう。
物心ついた時から裏の世界で生き、ただ人を殺すだけだった一つの刃にとって、寧音と共に過ごした時間は新鮮で、きっと心の底では楽しかったのだ。
だからこそ、否定したい。否定しなくてはいけないのに……。
「……ちく、しょう……!」
思い返してみると自分自身も『そう』だったことに気付いた。
「ジン……! くーちゃん……!」
ジンだけではない。黒乃も含めた、三人で過ごした時間は、とても楽しくて輝いていて……そして、もう戻らないのだと思うとどうしようもない虚しさと孤独感に包まれた。
それから暫くして、雨が降った。
『あの時』の様な強く激しいものではなく、小さな、小規模程度の小雨が……。
尚、こんな別れ方しておいて数年後再会します。
ちなみにここで寧音が勝てたとしても、既にエーデルワイスルートが確定してるので寧音ルートにはいけません。
実は元々プロット段階時点では14巻がまだ手元になく、寧音との関係も黒乃とは真逆の感じで、と決めた感がある。まあ、歪な関係とか好きだから因縁関係はその時には既に組み込んでいたんだけど。
で、いざ14巻を手に入れ寧音関連の掘り下げ見てみると……あれ? なんか予想以上にジンと相性よくない?お前。てか、なんでフラグへし折る為に天敵やら気に食わない相手として因縁与えたのにそれが逆効果になってるの? これ普通の友人関係からとかの方がまだ諦めいいパターンだよね?
予想を超えるひねくれ者のくせに一途過ぎるよ……。
プロットも大幅の変更は必要ないし、むしろ付け足すくらいで丁度いいとか……。
あれー?おかしいね、私エーデルワイスをヒロインに想定したオリ主作ったはずなのに、なんで寧音の方が相性いいんだろ?
そんなこんなで、長くなってしまったジンと寧音の過去は以上です。
寧音関係の番外編はあと一つだけif的な話を投稿する予定です。……いつになるかはわからないけど。