「久しぶりだねイッキ君、一回戦突破おめでとう」
七星剣武祭当日。
一輝の初戦の相手は現七星剣王である諸星雄大。
魔力を喰らうという正に伐刀者殺しとも言える脅威的な伐刀絶技を持つ騎士だ。おまけに卓越した槍術も扱い、魔、武共に隙がない。
頭のキレや回転も早く、駆け引きも上手い。
そんな厄介極まる相手を、しかし一輝は何とか倒すことが出来た。
《比翼》――エーデルワイスの剣を盗み、自覚出来ず忘れていたのを仁との特訓で思い出し、その力を得た一輝の実力は予選の時より格段に上がっていた。
その後行われたBブロック第四試合。遅刻したステラに鶴屋美琴はペナルティを与えようとし、ステラ自身それを了承。
それどころかその後に控えていた暁学園の多々良幽衣、風祭凛奈、平賀玲泉の三人をも相手にするという無茶な提案までした。
四対一という圧倒的な不利な条件を前に、しかしステラは勝利する。
そんな圧倒的な強烈な力を目の当たりにした一輝達の下に天音は姿を現した。
「すごいねイッキ君、試合見てたよ。まさかあの比翼の剣が使えるなんてね、ますますファンになっちゃいそうだよ」
「そ、そうかな?」
いきなりの出現から先の一輝の試合の結果を嬉々として語る天音に一輝は若干引いた。
そういえば、『
一輝の試合は全て欠かさず見ていたであろう彼は、当然のように今回の試合も見ていた。
出場する選手だから当たり前なのだろうが、彼の場合は別の意味で当たり前なのかもしれない。
そうして「すごいなぁ」と感嘆の声を漏らす天音に珠雫は食って掛かる。
「まったく、何がファンですか。だったら何故貴方は暁にいて、私達の学園を襲撃なんてしたんですか?」
天音が暁学園、ましてや日本にいることなど仁は完全に知らなかった。そのことは既に本人から聞いている。
本人の性格的に厳しくもどこか自由な教育方針なのだろうが、それでも世間一般でテロリストと呼ばれる仲間の一人になることを許すはずがない。
どういうつもりなのか?
そんな珠雫の問いかけに天音は返した。
「いやいや、ファンなのは本当だよ。イッキ君の不屈さとストイックさはある種の憧れすら覚える程だよ。あと、僕は暁学園の生徒だけど《解放軍》じゃないよ、理事長から声が掛かったからきただけ。襲撃に関しても上からの命令で仕方なくだよ、僕自身は気乗りしなかったんだけどねー……」
両手をヒラヒラとして弁明を述べる。
(弱い者イジメなんてカッコ悪いしね)
つい口から出そうになった言葉は何とか心の内にしまい込む。
実際問題、天音からすればあの程度の実力者は何人も倒して来ている。
自惚れの様にも思えるかもしれないが、それは紛うことなき事実だ。
それほどの力は既に
だからこそ気乗りしなかった。何せあの時は主力メンバーが全員合宿に出向いてもぬけの殻。そのメンバーも戻ってきたと思ったら自分の相手は、同質の因果干渉系の御祓泡沫。天音からすれば明らかな『格下』だ。彼としてはやる気はしなかっただろう。
「まあ、実際起こしてしまったから弁明のしようがない訳なんだけどね。……だからその『お詫び』をイッキ君にしようと思って」
「え?」
疑問の声を上げるイッキに向け、「条件付きだけどね」と悪戯でもするかのように微笑んだ。
「ねぇイッキ君…………『最強を破った魔剣』に興味はない?」
『っ!?』
瞬間。まるで息すら出来ないような重苦しい威圧感が場を支配した。
発しているのは天音だ。これまで見せていた愛らしい笑顔から一変し、有無を言わさないようなプレッシャーを放っている。
それを向けられたのは一輝だけでなく、周囲にいた全員だ。
数秒すらない正に一瞬。
しかしその場にいた誰もが感じたはず、相当な修羅場……いやそんな言葉では済ませられないであろう場数をこの少年は既に歩んでいる、と。
「最強を、破った……?」
そして一輝にとって聞き逃すことの出来ない言葉。
最強と一言で言っても色々なものがある。しかし彼らは伐刀者にして騎士。
そんな彼らにとっての『最強』とはつまり……。
「まさか……!?」
『世界最悪の犯罪者』にして『世界最強の剣士』、《比翼》のエーデルワイス。
一輝が挑み、圧倒的な差を見せつけられ、実感させられた最強の剣士。
彼女の《比翼の剣》を一輝は何とか使えるようにはなったが、それはあくまで『使える』程度。物に出来ていない、寧ろ使えば使うだけ彼女の凄さが分かり、正に『最強』なのだという実感が沸く。
そんな彼女を『破った』……?
にわかには信じ難いし、何よりそんな話は噂にすら聞いたことがない。
「正直使う機会なんてないと思ってたんだけど、まさかイッキ君が比翼の剣を覚えるなんて想定外だったからさ、だったら僕も『とっておき』を見せないとね」
そんな訝しむ一輝とは対照に天音は嬉しそうに語る。
嘘をついているようには見えないが、信憑性は正直怪しいところだ。
しかし。
――これでようやく“あの人”の剣が使える……!
狂喜とも呼べそうな歪んだ笑みを浮かべ、くつくつと笑う天音の姿はとても不気味だった。
一輝は知らないが、実はその《魔剣》が真価を発揮するには条件があるのだ。しかも自分にではなく相手に。
ただでさえ修得が困難な上に超が付く程の条件下でしか使えない為、基本無用の長物と化す。技を開発した本人ですら「どっかの流派の奥義を覚えた方がまだ使える」と匙を投げる程に。
天音も能力ありきとはいえ、何とか修得出来るに至ったが、未だ実戦で使えた試しがない。それを振るうに相応しい存在がいないからだ。
だからこそ、その『条件』を満たしてくれた一輝には感謝しかない。
「勿論、イッキ君が僕と当たってくれないと見せれないんだけどね」
一輝と天音。順当に二人が勝ち進んだ場合、当たるのは準決勝となる。つまりそこまで勝ち進んで来いということだ。
「一回戦すら終わってないのにもう準決勝の心配? ずいぶんと余裕なのね」
それに対し反応したのは、一輝達と共にいた薬師キリコ。
廉貞学園の学生騎士にして、《白衣の騎士》の二つ名を持つ。普段は騎士ではなく医師として活躍している彼女だが、高い魔力制御を持ち、本格的に騎士として活動すればAランクに認定されるとも言われている実力者だ。
一輝とステラの試合を立て続けに彼らと観戦していたキリコは異を唱えるかのように天音の前に出た。
「あ、えーと……確か貴女は……」
「薬師キリコ。Dブロック第四試合で貴方と戦う相手よ」
そして彼女こそ、天音の対戦相手なのだ。
名前を聞き、直接言われたことで頭の中の情報と合致した天音は「ああ、そうだったそうだった」と勢いよく首を縦に振る。
おちゃらけた反応にキリコは気が抜けそうになったが、彼女もさっきの天音の威圧感を感じている。
見た目とは裏腹に油断がならない相手なのは分かった。
なにより――。
(この子、可愛い顔して身体はきっちり鍛えてるのね)
数多の患者を診てきたキリコは瞬時にそれを理解した。
愛らしい見た目に反し、その身体は騎士として恥ずべきところがない程鍛えられていた。
育ての親が両方共武術に富んでいた影響だろうが、天音の騎士としての修行は過酷の一言に過ぎる。
まず家と麓の村までを往復出来るだけの体力と肉体制御を付けさせられ、その後は自らの霊装に見合った戦い方をみっちりと仕込まれ、他にも徒手空拳なども叩き込まれた。
その為こう見えてバリバリの武闘派なのだ。
「あー……出来れば女性とは当たりたくなかったなぁ」
「あら? 女性には手をあげないフェミニスト精神かしら?」
「いや、父が『女の恨み程面倒臭いものはないから気をつけろ』って」
「……貴方のお父さん、何したの」
頬を掻き苦笑いを浮かべる天音、呆れた様に呟くキリコ。
そして普段の仁と寧音の関係を知ってる破軍学園生徒は全員明後日の方へ視線を泳がせた。
『Dブロックにエントリーされている選手に連絡します。試合開始まで残り十分となりました。急ぎ、控え室に集合してください』
その時、空気を読んだかのように流れたアナウンス。
実はステラが戦った際リングは見事に破壊され、その修繕作業が行われていたのだが、それも終わり用意が出来たらしい。
「それじゃあ行きましょうか紫乃宮君。その余裕、どれほどのものか、ちゃあんとお姉さんに見せてね」
「えー……お手柔らかに……」
「あ、ちなみに仮にキリコさんを倒せてもその後には私がいますので、覚悟してください弟弟子」
「え!? 珠雫ちゃんってことは……また水使い相手なの! うわー……」
そしてDブロックの選手であるキリコ、天音、珠雫の三人は控え室に向け足を運ぶ。
一輝への『お詫び』の為とはいえ、結果的にキリコを軽んじてしまった天音に彼女は静かに怒りを見せ、更に追い打ちとばかりに珠雫も『イイ笑顔』を浮かべて言った。
少しばかり父の言葉の意味を知った天音はげんなりした様子で二人のあとをついていく。
「……最強を破った魔剣」
そんな三人を見送りつつも、先程の天音の言葉が気になった一輝は自然と口が動いていた。
そして行われたDブロック第四試合。
紫乃宮天音対薬師キリコの対決は、主審の開始の合図から一秒も経たない内に天音の固有霊装《アズール》がキリコの眉間を貫くことで早急に幕を下ろすのだった。
気になったいた人がいるかもしれないし、いないかもしれないけど、二十話手前にしてようやく《比翼》を破った技に触れました。
原作における『お詫び』が優勝をプレゼント!だったのに対し、本作だと誰も知らない最強破った技見せるよ!という内容に変更。
本作の天音くんはあの両親のせいでバリバリの武闘派思考になっちゃってるから……『お詫び』の内容が変わるのも多少はね。
あとこの辺りで触れておかないと永遠に触れずに終わりそうだったので……使える相手が限られているから。