拝啓妻へ   作:朝人

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実況とかって難しい……。

※独自解釈あり


十九話

 魔術において大事なものは何か。

 そう聞かれた場合は多くの人は魔力と答えるだろう。

 確かにそれは間違いではない。魔力こそ魔術における源泉にして原動力なのだ。

 しかし、それだけで果たして魔術というものは成立するのか?

 答えは否。

 魔力とは無色の力に過ぎない。それに具体性や方向性を持たせなければ魔術とは成り立たない。

 一部の例外を除き、それは絶対といえる条件だ。魔導騎士の使う魔術においてそれだけ『イメージ』というのは大切なのだ。

 ではその一部の例外とは何か?

 それは、膨大な魔力を単純な『暴力』として振るったり、具体性なぞ欠片もなくとも『曖昧』なものですら実現させる力などを指す。

 前者は世界クラスの魔力総量の持ち主であれば不可能ではない。既にステラが実践している。

 では後者について。魔術に大事なものは強いイメージだ。それがなければ魔術なぞ発動しない、仮に出来ても『不発』に終わることだろう。

 しかし、そんな曖昧なものですら実現させてしまったのが天音の異能だ。

 『願い』などという曖昧なものを因果干渉によって実現してしまう彼の力は、通常の異能とは一線を画していた。

 しかしそれは良いことだけではない。本来なら不発に終わるものですら、無理矢理実現しようとするからだ。その結果何が起こるか、天音は嫌という程に身に染みている。

 地図もなく、ただ目的地のおおよその位置を知っているからと車を走らせ、安全且つ快適な旅が果たして出来るだろうか?

 ただ大金が欲しいと願っただけで目の前に忽然と札束が現れるのか?

 ――勿論、そんなことはありえない。

 その結果に行き着く為の『道程』、『過程』は必ず存在する。

 だが天音の伐刀絶技はその結果だけを先に定め、そこに至る過程を無理矢理後付けした。だからこそ、彼の願ったことは歪な形となり成就していた。

 しかしジンはその問題点をすぐに見抜いた。それは偏にジンの異能が何よりも『イメージ』を重要視しているからだ。

 生半可な想いで具現化したものなぞ、瞬く間に塵芥に変わってしまうようなデリケートな能力を持つ彼からすれば、そんな曖昧なもので能力が成り立つのか甚だ疑問だった。

 『願い』とは形あるものではない。しかしそこに籠められる想いは確かにあるはずだ。何よりもそれを司るというのであれば、より明確に繊細に確かな『軌跡』が必要なのではないか?

 それは最早確信に近かった。

 だからこそジンは天音に能力の使い方を教えた。

 単純で面白みはない。しかしだからこそ最も効率のいいやり方を――。

 

 

 

『し、瞬殺!? 試合開始から僅か一秒! 紫乃宮選手の刃が薬師選手の眉間を貫いたァ!?』

 

 七星剣武祭の実況を務める飯田が驚愕の声を上げ、それに呼応するかのように会場がざわめいた。

 当然だろう。一般人の視力では天音が霊装を投げた姿は見えず、主審の開始宣言のすぐ後にキリコの頭をアズールが貫いた光景だけしか確認出来なかったのだから。

 そして問題なのはその速さ。七星剣武祭にて過去最速で決まった記録は二十秒。だがしかし、天音はその記録を大幅に削って勝利を収めたのだ。誰の目から見ても分かる形で。

 その異常なまでの速さは主審が一瞬呆然としてしまい、実況の声で我に返ってから試合終了の宣言をする程。

 

『いやーそれにしても、あの《白衣の騎士》がこうもあっさりと……紫乃宮選手の異能はそれほどまでに強力だったのでしょうか?』

 

 薬師キリコは名の通った医者にして学生騎士だ。医者としての腕は勿論のこと、騎士としても卓越した技量を持っている。生粋の騎士というわけではなく、魔術の方を重視した魔導騎士であり、彼女は特にその魔力制御の高さで知られている。

 水使いとしての性質を利用し、自らの肉体を気体に変えることすら可能な高い魔力制御の術を持っている。

 そんな彼女が今、担架に乗せられ運ばれていく。幸いにして天音は幻想形態でアズールを投擲したらしく、頭を貫かれた痛みはあるものの、命に別状はないだろう。

 

『ええ、確かに紫乃宮選手の異能は強力だと思います。控え室にいた時から薬師選手は紫乃宮選手を警戒していたと情報にあります。そんな彼女が何の対策もしないわけがない。それはつまり、裏を返せば『対策をしていたが破られた』と考えるのが妥当でしょう。僕が思うに、紫乃宮選手の異能は因果干渉系、それも相手の魔術の妨害や発動の遅延すら可能なものだと考えます』

 

 キリコの見送りをしつつ飯田の疑問に解説の牟呂都(むろと)が返す。

 プロである彼の目から見た天音の異様な強さに、実況含め会場の観客は息を呑んだ。

 しかし――。

 

『ですが、僕が彼に驚かされたのはそこ(・・)ではありません。投擲の方です』

 

『え……? 投擲、ですか?』

 

『はい』

 

 投擲とは則ち物を投げるという行為である。

 実はこの投擲は有史以前からヒトが使っている最古の技術の一つとも言える。

 今でこそ、やり投げや円盤投げといったスポーツとしての面が強いが、元々は狩猟や戦闘にすら使われていた技術なのだ。

 それというのも人間は肉体構造的にも『投げる』という行為が得意であり、物は勢いよく飛んでから落ちると威力が増すという物理法則故にそれらを掛け合わせた結果強力な武器になったからだ。

 古代の人々がそこまでのことを考えてこの技法を思い着いたのかは分からないが、その技術は確かに現代に脈々と受け継がれているのだ。

 

『多くの武術、体術が生まれた今態々物を投げて攻撃するというのは手間です。求められる技術などもそれらとは別のものですからね、牽制程度で修める人は何人かいますが……。ですが紫乃宮選手は純粋な驚くべき技術のみであの速度と精密精に至ったのだと思います』

 

『それはつまり『投擲そのものには異能は使っていない』ということですか……?』

 

『はい。少なくとも異能頼りではあんな洗練された動きは出来ません。……一体今までどれほどの数を投げてきたのか。異能に関してもあくまで薬師選手の魔術への妨害のみに使われたのでしょう』

 

 牟呂都が目を細め、退場する天音を注視して向けた言葉に戦慄する。

 そう、天音は伐刀絶技《過剰なる女神の寵愛(ネームレス・グローリー)》を発動した。しかしそれはあくまでキリコの魔術が発動する時間を僅かばかり遅らせただけのもの。ほんの一秒程度遅らせるよう因果に干渉しただけ、それだけだ。

 しかし、それだけで天音には十分だった。

 キリコまでの距離、投げるのにかかる時間、速度。それら全てを経験則から瞬時に理解、把握した上での伐刀絶技の使用。

 結果彼が思い描いた通りになった。

 それも当然だろう。何せ天音は『確実に敵に当てれるよう』鍛えられたのだから。

 しかもそれは能力の有無を問わず、『当たることが当たり前』それが常識だと思えと言わんばかりに鍛え抜かれたのだ。

 

 ジンに教わり始めた当初こそは能力ありきの百発百中だった。ジンもそれを良しとし、数日間は朝から晩までずっとそうだ。

 そしてそれが身に付き始めたと思われた頃に《胡蝶の夢》の空間に閉じ込められ、同じようなことをさせられた。

 ただ違うのは、その空間では能力が使用不可になるということ。

 純粋な技量、実力のみで文字通り『百発百中』させないと出れないという悪夢の様な所だ。

 勿論能力補正つきでの百発百中だった天音は悪戦苦闘。出るまでに実に七日は掛かった。食事や水などは差し入れられるので命の危険こそはなかったが、「賽の河原で石積み上げてた方がマシかもしれない」と語る程に辛く厳しいものだったらしい。

 一応能力ありきの際に細剣の『理想的な飛び方』は何度も見ており、それを自力で飛ばせるレベルになったのは大きな進歩なのだが、彼の受難はまだまだ続く。

 その後はエーデルワイスによる理想的な投げ方を手取り足取り何日も叩き込まれ、それが終われば実践。野生動物を相手にも必中且つ一撃で仕留めれるよう山籠もりさせられたり(勿論能力使用禁止)、人間相手として賞金稼ぎの相手をさせられたりとジンの同伴があったとはいえ、こうした経緯により同年代の伐刀者とは明らかに実力の差が生まれる要因となった。

 他にも骨身に染みる程の厳しい特訓を幾つも行ったのだがここでは割愛する。

 そうして今では動かない的であれば目を瞑っても当てるようになり、目視出来るのであれば鳥すらも『打ち落とせる』程の名手となった。勿論能力は使わずに。

 そして肝心な能力に関しても、彼にとって『投げれば確実に当たる』、『当たるのは必然』という認識と、投げる際に『明確に軌跡が予想出来る』おかげで誤差修正程度の因果干渉ですら覆すのが難しい強固なものと化した。

 

 この様な過去が天音にある事を牟呂都は知らない。しかし彼もプロだ。体捌きなどから只の学生騎士でないことは分かった。

 だが、そんな天音の後ろにいるのがあの《比翼》とその旦那だというのは流石に見抜けなかったらしい。

 だからこそ純粋に、また一人新たに現れたダークホースに騎士としての彼の高揚感は増すのだった。

 

 

「……まだ、足りないかな」

 

 ふと、退場する間際に溢した天音の呟き。

 それは虚空へと消えるが、歩きながらも見上げる観客席の中にいる人物へと向けたものであった。

 彼の視線の先にいるのは一輝だ。

 未だ未知数の実力である天音の試合に見に来ていたらしい。隣にはアリスもいる。

 諸星との試合で体力を消耗しているだろうに、しかし一輝の目はギラついていた。

 天音が見せたのは力の一端だ。しかしそれだけでも『強い』と確信を持てた。そしてそんな彼なら先に言った『お詫び』の内容も本当なのかもしれない。

 好奇心と闘争心。その二つが今、一輝の中で静かに燻っていた。

 それは天音も同じ……ではなかった。

 寧ろ、まだ『足りない』。

 一輝に誇示する力はこの程度では足りない。こんなものでは天音の望む『展開』に辿り着けない。

 だからこそ、見せつけてやる。彼と戦う前には必ず見せつけ、『それしかない』のだと思わせてやる。

 

「待っててね、イッキ君」

 

 ほくそ笑むように口の端を吊り上げる。

 天音にとって、既にこの七星剣武祭での目的は優勝などではなく、一輝との決着になった。彼ならきっと『最高の瞬間』を体現してくれるはず。

 そして何より、そんな彼に勝つことで証明する。今の自分の強さを――。

 ゲートを潜った後リングの方を振り返ると、丁度真っ正面に位置する観客席の通路にジンが立っており、視線が重なり合った。

 何を思ってるかは分からない、しかし無断で出場したことには呆れているだろう。

 ならばその『呆れ』を驚愕の色に変えてやる。

 自分だって騎士として着々と強くなっているということを見せてやる。

 子供染みた感情なのは天音自身理解している。しかしそれでもあの背中にいつか届くよう研鑽した『力』を見せて認められたい。

 ジンは天音にとって、それほどまでに大きな存在になっていた。

 

「……べ」

 

 しかしそんな態度を表に出す気はない天音は舌を出して悪態をつく。

 遠目だがジンなら目視可能だろう。

 愛情の裏返し? 反抗期? いや、そのどちらともまた違う。単に捻くれているだけだ。

 憧れはある、尊敬もしている、しかしそれを態度に出したくはない。そんな複雑な少年心。

 これもある種の暴走――若気の至りとも言う――それはもう少しだけ続くのだろう。

 一輝と決着をつけるその時まで……。




天音君の能力に対する解釈って色々あると思うけど、自分の中では『イメージ不足』という印象。
一輝戦の様な短絡的、直上的なのだと本当の意味で思った通りになるのを見るとなんかそんな感じがしました。
因果干渉系の個人的な見解とか書こうと思ったけど、長くなりそうなんで止めました。

ところで数ある落第騎士の二次のオリ主達の異能の系統ってどんな比率になっているんだろう。個人的に解釈の仕方とかで応用の幅が効く概念干渉系が多い気がするけど……ちょっと気になってしまった。

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