拝啓妻へ   作:朝人

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二十一話

「どういうつもりだ?」

 

「……何が?」

 

 立腹。そう言わんばかりに珍しく表情を険しくしている仁。

 そんな彼の眼前には義理の息子、紫乃宮天音がいた。

 彼等は今、街から離れた公園に来ている。時刻は既に二十時を回っており、気晴らしに出てきたという訳でもなさそうだ。

 なにより、二人の間を漂う雰囲気は和気あいあいとしたものではなく、爆弾の如き一触即発な不穏な空気だ。

 

「黒鉄から聞いた。お前、『アレ』に手を出したらしいな」

 

 原因ははっきりしている。

 天音が仁に無断で彼が秘中にしていた剣を覚えたことだ。

 彼が天音にそれを教えなかったのは修得の難易度の他に危険性があったからだ。それも肉体的なものではなく精神に異常をきたし、最悪廃人になる可能性すらあった。

 だからこそ教えなかったというのに……。

 

「戦犯は分かっている。俺以外に使える奴なんて限られているからな」

 

 目星は既に着いていた。自分以外であの《魔剣》を使えるものは一人、教えること“だけ”ならあと一人該当者がおり、こんな『余計なお世話』をするのは後者しかいないからだ。

 おおかた、そいつに(そそのか)されたのだろう。アレは人間の扱いに長けている、たかが十数年生きただけの子どもなぞ簡単に誘導出来たことだろう。

 問題はその後だ。

 恐らくはあの性格からして巧みな誘導こそはしただろうが、最後の一押し――選択その物は天音に委ねたはずだ。

 だからこそ、その『選択』を行った天音に対し、怒りを抱いている。

 

「教えなかった理由は分かるはずだ。『アレ』はお前には不要な物だ、仮に教えるにしてもまだ先の話だ」

 

「でも僕は使える様になったよ?」

 

「異能ありきでだろう」

 

 迂闊にも危険な行為を行ったことに対し怒られていると実感している天音だが、せめてもの反抗を試みるがあっさりと看破されてしまう。

 そう、確かに天音は件の《魔剣》を使えるようになったが、それは異能あってのこと。仁は異能なし、己が技量と膨大な経験と鍛錬によりその域に至ったのであってこの時点で土俵そのものが違う。とはいえ、天音の異能の特性上可能性が一%でもなければ実現は不可能であり、その一%を生み出すのが如何に厳しかったかは身を以て思い知った。そして生みの親である仁もそれは容易に想像が着く。

 

「別にお前の努力を否定する気はない。ただ、もう少し待てなかったのか、という話だ」

 

 本当に教えたかどうかは分からない。何分使い勝手が悪過ぎる故に、覚えた所で無用の長物になるのが目に見えているからだ。だがそれでもと、言うのであれば教えただろう。

 しかし、それでも『まだ』だ。

 時期尚早。十二分に腕を磨いてからなら喜んで教えただろう。だが実際には未熟といえる段階での修得。しかも異能ありきときた。流石に怒りを通り越して呆れてしまう。

 何が天音をそこまで駆り立てるのか。その答えを仁が知ることは難しい。

 ――仁とエーデルワイスという両親は天音にとって強大過ぎた。《魔人》という埒外の存在故に仕方ないが、それでもその背中は大きく遠い。

 憧れは毒の様に蝕み、そこに至る道程はただただ険しく、されど到底諦めることは出来なかった。

 その諦めの悪さはきっと父親譲りであろうことを本人()は分からないだろう。

 総じて、人とは本人が思っている以上に『自分』を理解するのが難しいものだ。

 だが、かつて同じように我武者羅に強くなろうとした仁を見たことがあるエーデルワイスだけは天音の心情を理解していた。

 つまる話としては、『そういう所』まで似てしまったのだろうと苦笑を浮かべる程にそっくりなのだ。

 故に彼女はその事に対して『黙認していた』。かつての仁と同じなら言った所で無駄なのは分かっているから。

 しかし仁にとってはその限りではない。あの《魔剣》の危険性を誰より理解している彼からすれば気が気ではなかった。

 

「……一応確認するが異常はないんだな?」

 

 偏にそれは心配から来るものなのだが、何かと不器用な彼は先に怒りの方が出てしまっていた。

 

「あったらこんな所にいないよ」

 

 勿論、そんなことを知るよしのない天音の機嫌は悪い。

 しかしそれを聞いた仁は一先ずは胸を撫でおろした。自分に向ける不躾な態度は今更なせいかそこは気にしておらず、ただ天音の安否に内心安堵する。

 なんだかんだ言いつつも気に掛けているのだが、それを表に出さないのが仲の悪さの最大の要因だろう。

 無論それは天音も同じ。

 

「それにしても、珠雫ちゃんはともかく、一輝くんも鍛えてたんだ。少し意外だったよ」

 

 話題を変えたのは空気を変えたかったからか、はたまた単純に気になったからか。

 かつての弟子である珠雫ならまだしも、一介の学生騎士でしかない一輝を鍛えたのは天音からすれば驚くべきことだった。

 一輝のフィジカル面やストイックさは驚嘆するものだが、それでも仁が目を掛けるとは思えなかった。

 

「……アイツは遅かれ早かれ“こっち”側に来るだろう。だったら今の内に目を着けるのはおかしなことじゃない」

 

 その理由を、しかし仁は淡々と述べた。

 誰しも才能の限界を感じることはあるだろう、それは伐刀者とて例外ではない。大半の者はそれを感じたと同時に諦める。

 だが、《魔人》という領域に至るような者達はそんなものでは止まらない。『破綻』『異常』『逸脱』様々な言葉があるが、用はそういった『常識の範疇を超えた者達』が行き着く到達点の一つだ。

 一輝の姿勢には既にその片鱗が見えていた。だからこそ早い段階で、見極めなくてはならなかった。

 その境界を超える者かどうかを……。

 そして仁が判断した結果は、黒。間違いなく“こちら”側に来る。

 先達者の中にはギリギリまで見定めようとするものもいるが、生憎仁は違う。育った環境もあるが彼は不安の種は早急に刈り取る。

 もし一輝が『害』となる存在であったのなら、迷わず殺していただろう。

 無論、行っていないということはそういう風には見なさなかったことを意味している。

 基本《魔人》と呼ばれる者達にとって他者や世間体など知ったことではない。多少良識を持つ者もいるが大多数はそうだ。

 だがそんな者達にとっても自らに敵対するもの、害するものには容赦しない。道を阻むものは慈悲も与えず切り捨てる。

 たとえ、それが同じ《魔人》であろうとも。

 同じ境地に達しようとも彼等は『仲間』ではない。利害の一致から共に行動することはあるが、仲間意識なんてものを持つ者はそう多くない。

 しかし、人の道から外れたとしても損得勘定はある。

 仁の動機も正にそれだ。

 一輝の資質を見抜き、見定め、そして自身に及ぼすであろう影響を考慮する。

 一輝への鍛錬にはそういう意味合いも含まれていた。

 

「まあ、一番の原因はお前なんだがな」

 

「え?」

 

 とはいえ、それはあくまで理由の一つに過ぎず、やはり大きな要因は天音だろう。

 彼が七星剣舞祭に参加すると聞いた瞬間仁は即座に理解した。今のままの一輝や珠雫では勝負にならないだろう、と。

 同時に、天音の成長を促すには一人でも多くの強敵が欲しいということも。

 良い言い方をすれば天音に対抗出来うるよう育てた。

 悪い言い方をすれば天音の鍛錬の一環として二人を利用した。

 今の仁は教師だが、同時に親でもある。どちらを優先するかと問われれば当然息子の方だろう。

 なんだかんだ言いつつも仁は仁で天音のことを大事に思っている。

 

「……ともかく、一回なら『アレ』を使っていいが、流石にそれ以上は看過できん」

 

 一輝との勝負。そこで行われるであろう攻防を予想し、やむを得ないとして《魔剣》の使用を許可した。

 一回のみと条件を付けたが、現状使える相手なぞ一輝だけだ。言われなくても彼以外に使う予定はない。

 仁が求めるベストはそれを使わずに済むことだが、二人の性格を考えるに叶わぬ願いであろう。珠雫も強くなっているが天音相手では分が悪く、勝率は限りなく低い。

 

「それ以外はルールの範囲内なら好きにしろ。『強さ』を求める衝動はよく知っているからな」

 

 とはいえ、どう転んでも自らが鍛えた者同士が戦うのだ。興味がないわけがない。

 なにより競い合うことにより互いがどれほど成長するのかが楽しみだ。

 教師という役職故か、単純に『力』に関することだからか仁本人すら理解出来ないが、しかし悪い気はしない。

 

「頑張れ。とは今の立場上言えないが、ちゃんと見ている。強くなったというのなら示してみろ」

 

 言葉は変わらず淡々としているが、天音に向けられる眼には期待や関心が籠もっていた。

 

「ぁ……もちろん! ちゃんと証明してみせるさ!」

 

 今まで見たことのないそれに一瞬呆けるものの、すぐにいつもの調子で返した。ただその内心はいつもより穏やかではなかったが。

 『期待』されたのはこれまでも何度かあった。しかし、今回のは少し違うことはなんとなくだが分かる。

 これまでのは用意された課題をこなし、それを乗り越えることで力を増していった。想定外のことが全くなかった訳ではないがそれでも目の届く範囲にいた為ある程度憶測は出来た。

 しかし今回は、完全に仁の預かり知らぬ所で強くなった為想像するのは難しい。

 『男子、三日会わざれば刮目(かつもく)して見よ』とは言うが、正にその通りだ。

 単身赴任とはいえ、まだ発ってから半年も経っていないのにその短期間で《魔剣》を修めたのは驚嘆に値する。

 異能ありきとはいえ、そう容易く修得出来るものではない。危険性も覚える為に『あの感覚』を味わったのならとっくに承知してるだろう。しかしそれを顧みず、果には修めるまでに至った。

 厳しい物言いをしていたが、実はこの予想外の成長は嬉しい誤算でもある。

 しかし下手に褒めて調子に乗るのも危ないので、結局仁はちゃんとした言葉にはせず、僅かばかりに目や表情に表す程度。

 だが付き合いの長い天音はそこから察することが出来たようで、口ではまだ小憎たらしいものの、その顔からは先程まで張り付いていた不機嫌な影はなくなっていた。寧ろ嬉しいとさえ思う。

 けれど、天音はそれが表に出るのを抑えた。

 まだ結果を見せていない。ぬか喜びで終わらせたくはない。完全な形では認められていない。喜ぶのは全てが終わってからだ。

 

「ああ、楽しみにしてる」

 

 そんな天音の心情を知ってか知らずか、仁は心底愉快そうに微笑を浮かべるのだった。

 

「あ、そういえば『あの人』今こっちに来てるらしいけど知ってる?」

 

「……誰のことだ?」

 

 しかしそれはすぐに崩れることになる。

 

「――《最古の魔女(ラストウィッチ)》」

 

 天音の口から紡がれたある人物の二つ名によって。

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