拝啓妻へ   作:朝人

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盛りに盛ったオリ主がいるのにオリ主最強タグを付けない理由の一つ。


二十二話

 とある百貨店。一輝は女性陣に連れられ、そこに来ていた。

 ある事情により、大会のスケジュールが大幅にズレ、急遽一日に二回試合をすることになった彼は晴れて一戦目の相手である白夜を破った。

 その代償は大きく、長期戦では勝てないと思った一輝は一日一度しか使えない《一刀羅刹》を使わざるを得なかった。

 通常の試合であれば問題はない。しかし今回に限ってはそうもいかない。

 勝者に待ち構えているのは一時の安らぎではなく、次なる強者との対戦なのだから――。

 それは一輝も例外ではなく、切札を切ってしまったからといって待ってくれる訳もない。

 彼の次なる対戦者は暁学園のサラ・ブラッドリリー。『色』という概念を自在に操る手練だ。色そのものに何らかの効果を持たせるだけでなく、描いたものを実体化させることすら出来る驚異的な能力。

 そんな彼女が相手なのだ。苦戦することは想像するに難くない。

 しかし彼……いや、『彼等』には他に向き合わなければならない問題があった。

 偏にそれはサラの服装だ。

 彼女はステラすら圧倒するスタイルの持ち主だ。だが絵を描く以外に興味がない為、化粧っ気などは欠片もない。

 そしてファッションにすら無頓着だ。

 具体的には公衆の場にすら下着を付けずトップスとエプロンだけで出向く程には。

 後日天音は仁から「曲がりなりにも学園名乗る割には校風どうなってるんだ?」という質問を投げ掛けられた際、「教師役があの人の時点で察して」と遠い目をしたという。それに対し仁は納得してしまったらしい。

 そんな天音が嘆く程のメンツで一番の問題児であろう彼女をどうにかしようと挑んだのが彼等だ。

 ……いや、正確にはサラについてはファッションに精通しているアリスが行なう。その際にアリスが変にサラを焚き付けたのを見たステラは対抗心を燃やし、自身に合う服を探しに向かう。珠雫は意地の悪そうな笑みを浮かべながら彼女に同行した。

 そうして各々の買い出しに向かったのだが。

 一輝は早々に読みたかった文庫本を手にし、待ち合わせ場所にいたのだ。

 ――そんな彼に声を掛ける者がいた。

 

「ちょっといいかい、坊や」

 

「え?」

 

 声の感じは女性のそれであり、実際顔を上げた一輝の眼前には一人の女が立っていた。

 一見するとローブのような真っ赤なドレス。相応な年月が経過した西洋人形の様な褪せた長い金髪。手に高そうな漆塗りの杖が握られている。

 歳の頃は二十代後半程。しかし、明らかに『その程度』の人間では出せない妖艶さを纏っていた。

 一輝を見据えるその双眸は、遺跡から発掘された金貨の如き妖しさだ。

 

「――っ」

 

 『異色』、『異質』。

 視界におさめただけで彼女は『違う』のだと本能が告げた。

 実際、派手な衣装を身に纏っているにも拘わらず通行人は誰も彼女を見ようとしない。ただの一人も。

 

「ほぉほぉ、なるほどねぇ。たしかに、似てる(・・・)かもねぇ」

 

 女の異常さに一瞬我を忘れていた一輝を尻目に、当の女はまじまじと一輝を観察する。

 頭の上から足の先まで。一通り目を通し、最後に『眼』を凝視。そこから内臓でも覗かれているのではないかという得体の知れない『気持ち悪さ』に襲われた。

 同時に、ついぞ女の眼を視てしまった一輝はその妖しい金色の瞳に吸い込まれそうな感覚に陥る。

 

(ダメだッ!)

 

 瞬間、我を取り戻した彼は本能の警告に従い拒絶しようとする。

 しかし、それは出来なかった。

 まるで蔦のように、蛇のように、一輝の身体は見えない何かに絡めとられたかの如く動けない。視線を逸らすこともままならない状態だ。これでは恐怖による震えすら許されない。

 何故そんな状態になったかなど考える余裕はなく、そして必要もない。

 目の前にいる『ヒトの形をしたナニか』はそうさせてしまう程に規格外の存在なのだ。

 一輝はそれが解る。解ってしまえる。

 仁やエーデルワイスという《魔人》の域に達した二人と対峙したことがある彼だからこそ、瞬時そう判断出来た。

 そして、それが『災い』した。

 

(なん、だ……この、ヒト……!)

 

 肥えた眼力が、蓄えた知識と経験が、目の前の『ナニか』を解明しようと無意識に働く。

 だがそれは、埋められた不発弾でも掘り起こすかの様に、恐ろしさだけが思考を蝕んでいく。

 もはや一輝には女が『人の形をした黒い塊』にしか思えない。

 理解しようとすればする程、女の正体が解らない。人の根底にあるはずの理が一切見えない。

 ――いや、違う。

 本当は解るのかもしれない、見えるかもしれない。しかし、それを解明することを拒んでいるのだ。

 本能が、知性が、他ならぬ一輝自身が。

 ただ見られているだけなのに一輝は今、全力で自衛している。

 危険だ。対峙どころか関わってすらいけない。

 そんな《災害》あるいは《天変地異》の様な存在であることだけを脳に叩き込まれた一輝は――

 

「っ……!」

 

 首に鈍い衝撃が奔った。

 女に対して必死な抵抗をしている最中故の完全な不意打ち。当然反応も出来ずに一輝の意識は刈り取られ、崩れ落ちてしまう。

 その寸前に、彼を支える影があった。

 

「一応マークしておいて正解だったか」

 

「おや?」

 

 意外と言わんばかりに声を上げた女の前にいたのは仁だった。

 支えている一輝を腰掛けていた所に寝かせ、文庫本も傍に置く。

 その後、怒気が籠もった目で女を睨む。

 

「何故こんな所にいる……《最古の魔女(ラストウィッチ)》」

 

 次いで、女の二つ名を口にした。

 

 

 ――《最古の魔女(ラストウィッチ)》。

 現存する中で最も古い伐刀者にして魔人。

 外見年齢こそ二十代後半といった所だが、実年齢を知るものはいない。嘘か真か、当人すら余りの長い時間生き続けたせいで正確な年齢は覚えていないと言う。

 だがその二つ名が示す通り、彼女は伐刀者がまだ『魔女』だなんだと騒がれていた時代の生き残りだ。それだけでも優に四百年以上も昔の話であるが、彼女の場合『最低でも』という付属語が付く。

 魔人に到達した者ですら寿命に逆らうのは難しい。しかし彼女はその枷すら取り払い今日(こんにち)まで生き続けてきた『正真正銘のバケモノ』だ。世界各国に伝わる『不老不死』の伝説は彼女のような力を持った者を指しているのやもしれない。

 彼女に関してはたとえ仁が全力を以って挑んでも倒すことは出来ない。……いや、仮に倒せたとしても『真の意味で勝つ』ことは現状誰にも出来ないのだ。それ程までに《魔人》の中でも格が違い過ぎる存在。

 

「なんだい、(ババア)がいると問題でもあるのかい?」

 

「……お前は、自分が『世界』からどんな目で見られているのか自覚しろ」

 

 無垢な子供のように首を傾げる魔女に対し、仁は額に手を当て項垂れた。

 彼女が自国に入り込んだと知れば国王然り大統領然り総理然り、生きた心地などしないはずだ。

 彼女の存在そのものはこの世界において『禁忌(タブー)』のようなもの。

 一般市民はともかく、相応の立場にいる者達はこの魔女の存在を認知しており、その脅威も知っている。

 《最古の魔女(ラストウィッチ)》の力は強大であり、凄まじい汎用性を秘めている。

 かつて数多の国が彼女に助力を求めた。

 力を得る為、飢えを凌ぐ為、天災から逃れる為……理由は様々だが、それら全てを可能にしてしまえるのが魔女であった。

 多くの国はその恩寵を受け入れ、滅ぶことなく現代まで生き残っている。

 だがその影には魔女を利用しようとし、逆に彼女の逆鱗に触れ惨たらしい最期を迎えた国もあった。

 一例として、ある昔話をしよう。

 

 ある国の王が国を栄えて貰う代わりに魔女とある約束をした。

 気まぐれかそれとも律儀な性格なのか魔女は約束を守り国を見事な大国に変えて見せた。

 しかし、肝心の王の方はというと、端から約束を守る気などなく、用が済んだ魔女を殺そうとした。

 騙されたことに怒り狂った魔女は王を豚の姿に変えてしまった。それだけでは飽き足らず国を完全に孤立させ外交などの手段を全て絶ってしまった。

 すると日が経つ毎に食料はなくなっていき民を飢え始めてしまう。

 そんな中、彼等の目に映ったのは一匹の豚である。

 ――それは彼等がかつて崇めた王の成れの果て。

 国が豊かな頃は賢王だ聖人だなどともてはやしていたが、今では口すら利くことの出来ない畜生だ。

 飢餓に苦しむ者の前に丸々と肥えた豚がいる。

 飢えで死ぬかもしれない瀬戸際の状態で、果たして崇めるものに対する敬いなど皆無であった。

 こうして、愚かにも魔女を騙そうとした王は哀れ愛しい民達の手によって美味しく戴かれることとなり、国は緩やかに滅んでいったそうな……。

 

 そんな教訓染みた昔話。

 何も知らない人が聞けば「人を騙してはいけない」という教訓として作られたのだろうと捉えるはず。

 しかし事情を知る者からすればコレはそんな生易しいものではない。

 これは魔女……《最古の魔女(ラストウィッチ)》の怒りを買った国の末路を著している。

 王は本当に豚にされ、民達の手によって殺され、食われたのだ。

 この他にも世界には多くの魔女に関する伝承や昔話がある。その全てとは言わないが、ほとんどは彼女が関わっている場合がある。

 伝承や昔話として残るということは世界に傷を残すようなものだ。事実(ノンフィクション)であったとしても、大抵はその人物が死した後に綴られる。

 しかし彼女は今尚生き続けている。過去のものとしてではなく、現実のものとして。

 そんな真実を知っている者に対し、恐れるなという方が無理な話だ。

 

 

「……どんな理由で接触したかったかは知らないが、コイツも災難だな」

 

 改めて、仁は魔女の被害にあった少年(一輝)に視線を向ける。

 彼はまだ学生騎士。実力そのものはプロにも通じるが、それでもまだ魔人と対峙するには足りない。

 そんな中、RPGゲームで言う所のラスボスどころか裏ボスのようなバケモノに出逢ってしまったのだ。その差は明確に感じたことだろう。

 

(眼が良いのも考えものか)

 

 ましてや、一輝の観察眼はズバ抜けている。それによって助けられる場面は多いが、今回は完全に裏目になっていた。

 如何に相当な場数、修羅場を潜り抜けようとも十数年という年月に収めれるのには限りがある。つまるところ、推し量るにも限度がある。

 今回の相手はその限度を余裕で超過した存在だ。

 もし仁が止めず、あのまま解明を続けようものなら良くて失神。悪ければ廃人と化していたかもしれない。

 何分あの魔女には数百年の歴史と経験が蓄えられている。そして同時に彼女の感性は既に人間によるものではなくなっているのだ。一輝が魔女から感じた『得体の知れなさ』はそこから来ている。

 彼が今まで視てきた者達は皆ちゃんとした人間だ。

 仁やエーデルワイスは魔人だが、彼等はまだ『こちら寄り』だろう。

 しかし魔女は違う。アレは既に完全に『人』から外れている。『人の皮を被ったナニカ』でしかない。

 故に理解するのは不可能。解ってしまっていけない禁断の領域。

 

「んー? その子はリョーマの坊やに連なる者なんだろう? なら、一度くらいは会っておきたかったからねぇ」

 

「……お前からすれば、あの『黒鉄龍馬』すら坊や扱いか」

 

 最早驚きすらない。

 寿命で魔女に勝てる者はおらず、彼女は人知れず色んな国を渡り歩いていた。日本の英雄である龍馬と知り合いだったしてもなんら不思議なことはない。

 

「それに、だ。その子、“こっち”に来るんだろ?」

 

 そして一輝が《覚醒》を果たす虞があることも見抜いている。

 三日月のように釣り上がった口を隠そうともせず、喜悦を宿した金色の瞳は仁に向けられていた。

 

「……まだ確定した訳じゃない。仮にそうなったら『役目』は俺がする」

 

 この魔女を相手に隠し事をする気はないし、したとしても無駄だろう。彼女にとって嘘を看破するのは造作もない行為だ。

 

「随分買ってるねぇ?」

 

「俺は今教師やってるからな、そしてコイツは教え子の一人だ。である以上は責任は持つ」

 

 「ほぉ、あの坊やがねぇ」と仁の発言に今度は愉快そうにくつくつと笑う。

 《覚醒》を果たし、《魔人》と化した者はいつか必ず魔女に出逢う。そしてその際、魔女から幾つか言葉を投げ掛けられる。

 《覚醒》と《魔人》。それについて教えられ、また警告と呼べるようなものもする。

 曰く、基本自由だが『線引き』だけはしろ、との事。 

 これが出来なかった者は何らかの形でしっぺ返しに逢う。そういう『定め』らしい。

 尤も、仮にその『定め』を跳ね除けても魔女に……いや彼女達(・・・)に敵対しようものなら末路は同じことになる。そういう意味を含めての『線引き』なのだろう。

 

「ともかく、だ。『役目』なら俺が行なう。だからさっさと帰れババア」

 

「冷たいねぇ、(ババア)と坊やの仲じゃないか」

 

「同盟組んでるだけだろ」

 

 その中の一人にはジンも入っている。

 彼はエーデルワイスと出逢い《魔人》と化した後に魔女と邂逅を果たした。

 最強(エーデルワイス)を倒したいと願っていた彼にとって魔女の存在は渡りに舟だった。

 手段を選ばない時に、悪魔に魂を捧げるなど比喩されることもあるが、ジンは魔女と契約を結んだ。

 一人では限度のある鍛錬をより緻密に過激に効率良くする為に魔女に協力を申し出た。

 結果は言わずもがな。ただでさえ力に対する強い執着心、エーデルワイスという劇薬、《魔人》という限界突破。その上での『契約』は彼に更なる飛躍を与えた。

 ジンの短期間における急成長の一つには実は彼女も一枚噛んでいたのだ。

 その代償としてジンは魔女の『同盟相手』の一人となった。

 

「まあいいさ、人も待たせてるからねぇ」

 

 そんな相手に、しかし魔女は躊躇いなく踵を返す。

 名残惜しさなぞ一切感じない足取りで、カツカツと杖をつきながら、そのまま人の群れの中に消えて行った。

 

「まったく、相変わらずだな」

 

 一言で表すなら自由奔放。

 己がその時の気分、心のままに行動する。

 童心の様にも思えるが、対照に存在そのものが埒外であり、純粋な善意と呼ぶには怪しい行動は時として周りを混沌に誘う。

 今回の件然り、天音の件然りだ。

 ――そうだ。天音に《魔剣》を教えたのは彼女だ。

 どんな思惑があったかは知らない。ただ同盟相手の息子だったからか、ただの暇潰しか。どちらにせよ余計なお節介なことには変わりない。

 しかし今回の様な場合もある。魔女の何気ない行動は時として危険だ。たとえ悪意がなくとも存在そのものが毒として働くこともある。

 逆鱗に触れなければ大丈夫という保証は何処にもない。

 あの魔女は気まぐれだ。気まぐれに救い、助け、そして破滅させる。

 だからこその二つ名。正真正銘の《最古の魔女(ラストウィッチ)》なのだ――。

 

 

 

 

「ククク。ようやく廻り会えたな! 偉大なる魔女よ!」

 

「お嬢様は『おばあちゃん何処行ってたの、探したんだよー!』とおっしゃっています」

 

「悪いねぇ。少しばかり用事があったからねぇ」

 

 旧知の仲である者の娘とその使用人に合流した魔女は小さくほくそ笑んだ。

 そしてそのまま孫の様な、曾孫の様な愛らしい少女に色々なことを聞かれながら談笑した。

 魔女の嘘か本当か解らぬ壮大な話を少女は目をキラキラさせながら聞き入り、使用人は冷や汗を流しながら主の傍に佇み、魔女は愉快に嗤っていたという。

 





覚醒超過に関する説明読んで、鬼や悪魔がいるなら不老不死とかもいるのでは?という疑問から出来たババア。
一応この作品における上限の一人のつもり。

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