拝啓妻へ   作:朝人

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二十四話

 ――昔、強くなるのに動機(理由)はいるか? そう問いかけたことがある。

 

 それに対し「ただ強くなる為ならいらん」と父は切り捨てた。

 出自が特殊な彼……いやその一族からすれば一々理由を持って鍛えるということはなかった。強いていうなら『そう育てられた』というのが理由だろうか。

 だがしかし第一の問題として、『強さ』なぞ生まれ持った時に差は生じる。

 特に努力せずとも始めから優れた者や、天才と呼ばれる者、努力を怠らずにすれば力がつく者はおり、そしてどんなに頑張っても実らない者もいる。

 分かり易く顕著なのは魔力だろう。その総量は産まれ出でた瞬間に決まる、これだけで大きなアドバンテージがある。こと伐刀者においてその存在はやはり無視出来るものではなく、魔人となる以外でこれを覆すのは不可能だ。

 だから『ただ強いだけ』ならこの時点で決定する。この世界ではスタートラインは平等ではないのだ。

 それでも何らかの形で向上心というものを持ち、研鑽を怠らず、ただただ果てを目指す。

 そう『より強くあろう』とするのであれば『動機(理由)』は欲しくなる。

 別に大層な物である必要性はない。漠然とただ「強くなりたい」というものですらいい。

 魔力は伐刀者にとっての動力だが、動機(理由)は人間にとっての燃料だ。

 あるのとないのでは大きく違う。

 ジンですら己に対する容赦のない現実を目の当たりにしてから無意識下に刻まれた『強くなりたい』という想いを胸に、絶えず研鑽し、常に命掛けの死線を潜り抜け、強者達の強さに憧れ、それらを超越する為に修羅の道を歩み続けてきたのだ。

 寧音や黒乃という壁が傍にいたこと、エーデルワイスという劇薬との邂逅もまた飛躍する為の大きな要因ではあったが、しかし彼の想いは昔から変わらない。

 気付けば『それ』が当たり前だった。

 

 ――だから(ジン)は言う。ただ強くなるだけならさしたる理由はいらん。だがより(・・)強くなりたいのならそれは必須となるだろう、と。

 

 

 

『ご来場の皆様。時間になりましたのでこれより三回戦第三試合を開始します!』

 

 リングが整い終えたことを伝えるように飯田はマイクに向けて言い放つ。

 

『第三試合、Dブロックの頂点を争うのは破軍学園一年・黒鉄珠雫選手と、暁学園一年・紫乃宮天音選手です! それでは両選手入場していただきましょう!』

 

 会場に備え付けられていたスポットライトが動き、両側の入場ゲートを照らす。

 

『赤ゲートより姿を見せたのは暁学園一年! 紫乃宮天音選手! 一回戦、二回戦ともに開始宣言とほぼ同時に相手選手の頭を貫き瞬殺した手腕! ブラッドリリー選手同様暁学園が誇るダークホース!』 

 

 飯田の紹介を受けながら入ってきた天音は人懐っこそうな笑顔を浮かべながらリングに上がる。

 最速撃破記録は一輝に塗り替えられたが一、二回戦を一撃の下沈めた実力は確かなものだ。

 

『青ゲートより姿を見せたのは破軍学園一年! 黒鉄珠雫選手! 正に水のように柔軟且つ臨機応変に戦い、強者達を退けてきたその力で紫乃宮選手の快進撃を見事止めることが出来るのか!』

 

 対する珠雫は持ち前の魔力制御と能力への理解度により、変幻自在な戦い方により、経験不足を補いながらも勝利をもぎ取ってきた。

 一、二回戦では余裕すら感じとれていたが、今はそんな影は露一つ見えない。

 眼前にいる少年に対し、珠雫は警戒をしている。

 それは彼があの師匠の息子であり、鍛えられた伐刀者だからに他ならないのだが、それだけではない。

 彼からは何か末恐ろしいものを感じた。

 

「ねぇシズクちゃん、キミの強くなりたい理由はなにかな?」

 

「……なんですか、いきなり」

 

 気を張り詰めながらも開始線に立った珠雫に向け、天音は問いかける。

 これから戦うというのにあちらは随分と余裕のようだ。そう思った珠雫は目を細めた。

 

「いや、少し気になってね。だってキミ、わざわざ『アレ』の元で鍛え直す決心したんだろ? 僕が言うのもなんだけど、生半可な気持ちで受けるような物じゃないはずだよ」

 

 珠雫のことは風の噂で聞いていたし、ジンの苛烈な鍛錬方法に関しては言わずもがな。

 命が幾つあっても足りないどころか、実際に何度も死ぬような鍛え方を行うジンに対し、一度ならず二度も教えを乞うなど相当な覚悟がなければ不可能だ。

 天音に関しては異能に振り回された過去と育ての親への強い憧憬があり、最終的には彼等(特にジン)にいつか追いついてやるという気概がある。だからこそどんな辛い修行も鍛え抜ける胆力がある訳だが……。

 それに比べ珠雫は一体どうなのだろう?

 彼女の兄である一輝は常に望まれぬ環境にいた。それでも彼はただ我武者羅に剣の道を突き進むことを選んだ。

 だから理解も共感も出来る。

 しかし、対し珠雫は恵まれた環境、資質を持っていた。確かにジンに師事することで飛躍的な成長は出来るが、それでも『そこまで追い込まれている』とは天音には思えない。

 アレは今出来る限界に直面した際に現れる悪魔のようなものだ。一見誘蛾灯の如き存在感だが、そこに至る道は茨であり、針の山でもある。そこを通過することで強さは確かに得れるが、代償は死の苦痛だ。それも一度だけでなく、何度も。

 彼女には将来性がある。ジンに頼らずともその内にでもAランク伐刀者に届くだろう。

 それが天音から見た珠雫の評価だった。

 故に、何故あんな修羅の化身の如き男を頼る? 何故師事するのか?

 ジンの事を理解しているからこその単純な疑問だった。 

 

「そんなの決まってます」

 

 心底不思議な顔をしている天音に対し、珠雫は憮然とした態度で言い放った。

 

「お兄様を守れる程強くなりたいからです」

 

「……え?」

 

 いっそ誇らしくも語るその姿に、天音は一瞬呆ける。

 

「はっ……あははは!! そっか! うん、なるほど、なら納得だ!」

 

 しかしそれも一瞬で、次の瞬間には腹を抱えて笑っていた。

 それは別に馬鹿にしている訳でなく、ただただ得心がいっただけのこと。声色からも分かる為か、珠雫も眉を顰めるだけ。

 ああ、なるほど。確かにそれなら(・・・・)師事してもおかしくないな、と。

 その根幹にあるのはきっと自分と同種のものだと理解できたのだから。

 

「いやー、ありがとう。おかげでスッキリしたよ」

 

 目の端に涙が浮かべ笑い終えた天音は清々しい顔をして固有霊装(アズール)を顕現させる。

 

「僕達案外似た者同士かもね? シズクちゃん」

 

「気持ち悪いこと言わないで下さい」

 

 切り捨てるように言うと珠雫も宵時雨を顕現化する。

 とはいえ天音が言わんとしていることは珠雫にも理解出来る。

 彼の心の奥底にあるのは特定の人物(ジン)に対する『憧憬』だ。しかし、その憧憬も根底となっているのは『愛情』からだろう。一概にそれだけだと言えないのは、他にも様々な感情、想いが渦巻いているからだ。だがやはり大半を占めるのは『それ』だ。

 珠雫は一輝を、天音はジンを見て育ち、無意識でも彼等に傾倒している。

 認めよう。珠雫と天音はある種の同類だ。

 力を得る為の動機はどうあれ、根底にある想いはよく似ている。

 だからこそ。

 尚更珠雫は天音に勝たねばならない。同類なんぞに負けてたまるかと。

 そう意気込み、宵時雨を握り直した。

 そして、両者戦闘態勢に入ると同時に――

 

『それではこれより、七星剣武祭三回戦第三試合を開始します!

 Let's GO AHEAD――ッ!!』

 

 戦いの火蓋は切られた。

 

 

 

 開幕早々、ジャスト一秒。

 それが珠雫の額をアズールが貫いた瞬間だった。

 一回戦、二回戦共に見せた唯一の手段。如何に速く正確な攻撃であろうとも異能を駆使する伐刀者同士の戦いにおいて、有効となるのは稀だ。

 だが天音もまた異能を有してそれを行う。因果干渉という上位の異能により彼の理想は現実となり、願った通り試合開始一秒で相手の眉間を貫くことが出来るのだ。

 

「うわ!」

 

 そんな彼の攻撃が直撃した。そのはずなのにアズールは何事もなかったかの様に珠雫の頭を通り抜けた。

 それに対し意に介さないよう迫り来る珠雫から距離を取るべく飛退く。

 数瞬遅れで天音が立っていた位置を宵時雨が通り過ぎる。

 「ちっ!」と躱されたことに苛立ちを覚えた珠雫だったが、まあいい。

 ――時間は十分稼いだ。

 次いで、彼女のその身は実体を無くす。

 《青色輪廻》。自らの肉体を気体に変える伐刀絶技。気体化することで物理的な攻撃の大半を無効化出来る。水使いであり、尚且つ高い魔力制御が無ければ到底出来ない代物。

 珠雫はそれを発動させた――いや発動させ終えた。

 

「びっくりしたー、まさか頭部だけ既に変えてたんだね」

 

「貴方の能力を鑑みれば下手に避けるより受け流す方が簡単でしょう。況してや何処を狙っているのかが分かるなら尚更です」

 

 天音の異能は因果干渉系。望んだ結果に行き着く強制力がある。故に攻撃が来ることが分かっていながらも避けるのは難しい。何せ彼が攻撃するということは当たるという結果に帰結するのだから。

 だが逆に返せばその確定事項さえ対策すれば対抗できるということだ。

 珠雫はジンの指示で能力による変換を瞬時に出来るよう鍛えられた。故に本来なら一秒すら用いずに《青色輪廻》を発動できるのだが、ここに至っては天音の異能の妨害が入る。それは薬師キリコ戦が物語っている。

 だから珠雫は全身ではなく頭部だけ変えることにした。それによりコンマ単位とはいえ短縮することができ、僅かばかりとはいえ勝機が見えた。

 そしてそれは正にその通りとなった。

 

「《白夜結界》」

 

 だからと言って油断も慢心もしない。

 次いで珠雫は濃霧を発生させ天音の視界を奪った。

 一瞬でリング内を覆うそれに対し、天音は慌てることなくアズールを一本顕現化させる。

 そして切っ先を下にすると、躊躇いなく地面に向け投げ、突き刺した。

 瞬間。アズールを中心に強い風が起き、霧が搔き消えてしまう。

 

『なんとぉ! 紫乃宮選手、剣一本で霧を晴らした!? どういうことだ!』

 

『おそらく加我選手とは真逆の事をしたのでしょう。力の流動をコントロールすることで力を集約した彼とは逆に、紫乃宮選手は敢えて分散させることで突風を起こしたのです』

 

 《鋼鉄の荒熊(パンツァーグリズリー)》の二つ名を持つ加我恋司。黒鉄王馬によって破れ去った彼が、試合の前に行ったパフォーマンスと原理自体は同じだ。それの応用に過ぎない。

 

『可能なんですか!?』

 

『魔力放出、魔力制御、肉体制御。この三つを寸分の狂いなく、全く同時に行えるのであれば可能でしょう。尤も、異常なまでの繊細な加減が必要なので、出来る人はそう多くはいないでしょうが』

 

「ッ! 《凍土平原》!」

 

 視界を奪うことに失敗した珠雫は、ならばと動きを封じるべくフィールドを氷原に変貌させた。

 瞬く間に凍てつき、自身にすら迫ってくる脅威を前にしても天音は慌てることなく、アズールを上に投げる。するとアズールは十数本に増え、天音の前に落ちる。それは迫りくる凍土を阻むように綺麗に刺さった。

 しかし障害物があろうとも構わず、それ諸共氷漬けにしようとする絶対零度の侵略は止まらない。

 アズールは凍らされ、脅威は天音にも届く――

 

「よっと」

 

 前に、新たに顕現させたアズールを放つ。凍らされているのと同数に増えると、それらは同じタイミングで当たった。

 すると、それらを介して伝わる魔力が、互いに相乗し氷原を割って氷の侵略を防いだ。

 その光景に珠雫は苦虫を噛み潰したが、そんな余裕を与えてくれる程天音は甘くない。

 今度はこちらの番。そう言わんばかりに彼は動いた。

 両手に顕現させたアズール、計四対を高く上空に投げる。その行動に何をするのかと思う間もなく、彼は即座に駆け出した。

 肉体強化と魔力放出の二つを駆使して接近するその速度は思ったよりも速い。

 しかし、対処出来ない程ではない。

 そう即座に判断した珠雫は、無数の水弾を放った。

 見た目はビー玉程度の大きさのそれだが、実際にはバケツ一杯分の水量を圧縮して出来たものだ。

 故に見た目に反し、硬く重い。それを一瞬で百以上も作り、天音に向け射出。

 対して天音は避ける素振りすら見せず直進する。

 その行動は愚かな選択でも自棄になった訳でもない。その証拠に無数の水弾が天音に当たることはないのだから。

 水の弾幕が迫ると同時に、空から無数の刃が降り注いだ。

 それは先程天音が上空に放ったアズールだった。天音の固有霊装《アズール》は数を増やすことが出来る。その特性を利用し、宙にあった間も数を増やし続けていた。

 倍々ゲームによって増え続けたその数……ざっと『千』。

 

 「《千刃乱雨》」

 

 それらは容赦なく落ちてくる。剣の絨毯爆撃に見境はない。

 しかし、数多の剣が降る中天音には一つも掠りはしない。

 それはそうだろう。

 《過剰なる女神の寵愛(ネームレス・グローリー)》を以ってすればガラスのシャワーだろうが剣の雨だろうが銃弾の嵐だろうが、傷一つ負うことなどありはしないのだから。

 それどころか、迫っていた水弾は悉くが無数の刃により壊されたり、阻害されたりし全滅してしまった。

 珠雫は慌てることなく、再び距離を取りさらなる追撃をしようとした瞬間――。

 

「ッ!?」

 

 顔面目掛けニ本の銀剣が飛んできた。

 乱雑に降り続ける刃の中、それらに当たりもせず真っ直ぐに飛ばす精度に内心舌打ちをする。

 受け流すか、それとも回避するかを逡巡する暇もなく無意識に後者を選択し、首を反らした。

 気体と化した肉体に意味はないと分かっている。しかし問題なのはそれにより一瞬とはいえ視界を妨げられることだ。

 強者との戦闘において一瞬でも隙が生まれればそれは致命傷と化す。だからこその選択だ。

 その判断は間違いではない。事実、銀剣は顔……というより目を狙ってきていた。故に間違った行動ではない。

 

 ――その選択こそが天音が望んだもの(・・・・・・・・)でなければの話だが。

 

「捕まえた」

 

「ッ!?」

 

 身を屈め、珠雫の視界にギリギリ入らない位置で天音は珠雫の左手を『掴んでいた』。

 いつの間にと思うよりも先に、「どうして?」という疑問が頭を過る。

 気体と化し、実体を無くしたはずの珠雫の体に彼は触れている。

 生身の感触が、体温が伝わってくる。

 

 ――まさか!

 

 嫌な予感はそのまま現実のものとなる。

 珠雫が動くよりも速く、天音は左手に顕現させたアズールを彼女の心臓目掛けて突き刺した。

 次の瞬間、本来ならすり抜けるはずの刃はそのまま珠雫の胸を貫き、血飛沫が宙を舞った。

 





某ウィルスのせいで人件費削減の被害に遭い、暫くの間無気力になっていました。すみません。
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