拝啓妻へ   作:朝人

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二十五話

 夜。

 自身が泊まるホテル周辺の公園で一輝はトレーニングに勤しんでいた。

 手には霊装ではなく一般的なコピー用紙。それを使って角材を切り捨て、次は鉄パイプを切ろうとした最中ステラと邂逅。

 お互いに翌日に対する意気込みなどを話した後、器物損壊を起こし少し格好がつかない形でステラが帰った後の事。

 

「精が出るな」

 

 入れ替わるように仁が現れた。

 

「先生」

 

「様子を見に来たんだが……」

 

 一輝を一瞥した後、公園の壁にめり込んでいる紙のボールを見て額に手を当てた。

 

「これだから火力馬鹿共は……」

 

「あ、あはは……」

 

 ため息交じりに吐かれた言葉にはえらく実感が籠もっていた。

 きっと過去に似たような境遇に遭遇したか、被害にでもあったのだろう。

 掛ける言葉が見つからず、一輝はただ苦笑する他なかった。

 

「まあいい。それより明日のことだ。単刀直入に訊こう、お前は天音(アイツ)に勝てる自信があるか?」

 

「…………」

 

 仁のその言葉に一輝は沈黙で返した。

 天音と珠雫の試合は一輝も観ており、その結果も知っている。勝負は、そう天音の勝利で終わった。

 

 ――脳裏に蘇るのはその時の光景。

 

 天音が剣を引き抜くと、赤い飛沫を撒きながら重力に従い、珠雫の身体は地に伏した。

 その身体は確かに肉を持っており、重さを宿していた。倒れた際に音も聴こえたことから実体であるのが分かる。

 つい先程まで気体の身体であったはずの珠雫が何故そのような状態になったのか、困惑の色を隠せないそれを見ていた者達。

 その中でいち早く、正気を取り戻したのは審判だ。

 

『しょ、勝者! 紫乃宮天音!』

 

 そして、勝利の宣言を受けた彼が、明日一輝と戦うことが決定した瞬間だった。

 

 

「《栄光に届きし手(ハンズ・オブ・グローリー)》」

 

「え……?」

 

「それがアイツが最後に使った伐刀絶技だ」

 

「……なるほど」

 

 伐刀絶技――《栄光に届きし手(ハンズ・オブ・グローリー)》。

 《過剰なる女神の寵愛(ネームレス・グローリー)》に、より具体的な方向性を与えることにより、さらに高い強制力を持った伐刀絶技。

 魔力によって構成された腕に触れた物を望んだ状態に出来る。

 例えば、枯れた花を瑞々しく開花させることも、湖を一瞬で氷にすることも出来る。更に凶悪な使い方としては、触れただけで相手を殺すことさえ出来てしまう。

 今回は腕に纏うような形でそれを顕現化させた為、傍目からは珠雫が『何故か気体の状態を解いてしまった』風に見えただろう。

 実際はこの伐刀絶技により、強制的にその状態に変えられただけのこと。

 種を知ってる身としては驚くようなものではなく、寧ろアレがあるから珠雫が天音に勝てる可能性は低かったことは始める前から分かっていた。

 それでも、珠雫は善戦はした。正直能力の相性的にかなり分が悪かった。

 これは珠雫だけに限らず大半の伐刀者に言えることであり、それだけ天音の異能は強力なのだ。

 あれに勝つには因果干渉すら捻じ曲げてしまう程の圧倒的な力か、天音ではどう足掻いても勝てないような存在か、はたまた因果の外にいる存在か。

 いずれにせよ、学生の時分で勝てる者は多くない。

 それは次の対戦相手である一輝とて例外ではない。

 確かに一輝は強くなっている。しかしこういった試合形式の戦いにおいて、天音の能力は強力だ。

 実戦よりも勝つ為の手段があまりにも多過ぎる。

 もし仮に天音が勝つことに執着しようものなら彼の優勝は揺るぎなかっただろう。

 しかし、天音はそれをしない。寧ろ一輝との決闘においては望んだシチュエーションすら用意しようとしている。

 自ら勝ち筋を捨てるという暴挙を行ってまで天音はそれに固執している。

 そこに勝機はある――だが。

 

「……正直、絶対に勝てると断言はできません」

 

 その固執している秘中の技がパンドラの箱である以上確実ではない。

 それを避けて戦おうにも天音の有する二つの伐刀絶技があまりにも厄介だ。

 範囲が広く汎用性に富んだ《過剰なる女神の寵愛(ネームレス・グローリー)》。

 範囲こそ狭まったが、より強力な強制力を持った《栄光に届きし手(ハンズ・オブ・グローリー)》。

 この二つをその時々によって対処しなければならない。

 しかも忘れてはならないのは、天音自身が繰り出す攻撃も速く鋭い。百発百中の投擲技術に、増殖する霊装。

 更に仁に鍛えられたことと、今回の珠雫との戦闘を鑑みるに近接戦闘にも対応出来る。

 それら全てを加味して考えると……長期戦は悪手となるだろう。

 勿論一輝もただではやられない。因果干渉を受けようとも対応して見せる気概ではある。

 しかし、そうなるとやはり問題なのは天音の地力にある。いっそ彼が鍛えてもいないズブの素人なら幾らでも対策のしようがあるが、よりによって仁とエーデルワイスという《魔人》に鍛えられたことにより地力そのものが高くなっている。珠雫の時に最後に見せた素早い動きも、一輝に劣るものの確かに《比翼》の動きだった。

 何にでも言えることだが、地力があるとそれだけ出来ることは多くなる。特訓せずに強くなるなど有りえないことだし、そんなに現実は甘くない。

 天音はそれを痛い程理解し、強くなった。

 一輝もまた同じである。だからこそ、天音が強敵だと解るのだ。

 そんな彼に対し、守りの姿勢でいって勝てるとは思えない。何より一輝自身がそれを強く痛感している。

 だからこそ、やはり彼の用意した舞台(シチュエーション)に敢えて挑まねばならない。

 勝率の問題も確かにある。だがしかし、やはり一番の理由としては『一輝自身が挑みたい』からだ。

 前述した通り、天音は勝てる手段を自ら放棄してまでその状況にしようとしている。

 端から見れば愚かにも見えるだろう。だが、そこには天音という男の矜持がある。

 そこまでの覚悟を見せられて、尚逃げの一手を選ぶことが一輝に果たして出来るのか?

 ――答えは否。

 他の騎士ならともかく、常に格上に挑み続けてきた生粋の挑戦者(チャレンジャー)たる『黒鉄一輝』がそんなことするわけが――いや、出来るわけがない。

 

「でも、負けるつもりもありません」

 

 不敵に笑い、そう告げる一輝に「そうか」と仁も口の端を釣り上げた。

 

「なら、一つ助言をしてやろう」

 

 その勝負への姿勢に気を良くしたのか仁は思わぬ発言をする。

 ……だが。

 

「『何が起きても足を止めるな』」

 

 次に出た言葉に一輝は疑問を抱いた。

 言葉の意味をそのまま捉えるのなら、天音との試合中に『何かが』起こるというのだろう。

 そしてそれは一輝ですら驚くようなものらしく、だからこその発言とも取れる。

 それ故に、前もって言ってくれたことは有り難く、素直に嬉しいが……。

 

「いいんですか?」

 

「何がだ」

 

「一応、天音くんは貴方の息子ですよね?」

 

「……ああ」

 

 逡巡し、彼が何を気にしているのか理解した。

 つまり、息子の敵である自分に天音が不利になるような事を言って良かったのか? ということなのだろう。

 確かに、明確なアドバンテージを取れるような助言ではなかったとはいえ、人間関係だけを見れば『息子の敵に塩を送った』行為そのものだ。

 一般的な親であればまずしないだろうが、生憎と仁はその『一般的な親』とは価値観が違う。

 天音に対する情は確かにある。そうでなければ、長年鍛えるようなことはしない。

 最初こそ卑屈な態度が気に食わなかったが、それも最初だけ。態度も意欲も相応のものになり、比例して力も着いてきた。

 あまり表情に出すことはないが、仁はそんな天音を高く『買っている』。

 それこそ一輝や珠雫以上に、だ。

 

「今の俺の立場は破軍(お前ら)の教師だ。であれば私情で他校に肩入れする訳にはいかないだろう。……それに少しでもハードルが上がるのはアイツにとっても良い糧になる」

 

 ――まあ、だからこそ『厳しい』わけだが。

 仁の力に対する渇望は強い。困難や強敵に立ち向かえば強くなれると思っているし、事実それで強くなってきてる。

 故に、『買っている』からこそ天音にも困難を与えようとする。況してや設備に充実した場所で行う試合だ。スタッフも精鋭揃い、死ぬ可能性はまずない。

 ならば、ハードルを多少上げた所で問題はないだろう?

 ……仁の愛の鞭は重い。

 それを理解した一輝は渇いた笑いが口から漏れていた。

 

「そ、その先生……失礼ですけど、天音くんを褒めたこととかは……?」

 

 少し気になった為問いかけてみることにした。

 元々感じていたことだがジンはかなりのスパルタ精神だ。

 それは教師や師として教える立場故かとも思ったが……。

 

「そんな暇があれば鍛えさせる」

 

「……そうですか」

 

 私生活からしてそうらしい。

 いや、曲がりなりにも一輝や珠雫は少ないながらも褒められたことはある。

 しかし、それは恐らく『教師』という立場故に行ったのだろう。

 逆に言えば、その枠組みが無くなれば、より厳しくなるということ。

 事実、先の仁の発言が物語っている。

 『褒める暇があれば鍛える』と。

 これはジン自身が、力を着けることが当たり前の環境で育ち、褒められたことがなかった背景がある為だ。

 その経験を当て嵌めているだけのこと。

 なのだが……。

 

(ああ、そうか)

 

 一輝は天音がどうしてここまで躍起になっているのかが解ってしまった。その想いには『覚えがある』からだ。

 つまるところ天音は少し前の一輝と同じなのだ。この人()に認められたいという承認欲求が彼にはあるのだろう。

 かつては自分もそうだった。

 家ではいない者として扱われ、それでも諦められない想いを胸に影ながら精進してきた。その努力は生半可なものではない。

 最底辺の総魔力量で魔導騎士に目指すなど他者から見れば正に自殺行為だろう。

 それでも、そんな自分でもやれるのだと、弛まぬ努力によりそこに至れることを証明したかった。

 ――自らを認めて欲しかったのだ。

 だが、父――黒鉄厳はそんな一輝を認めることは出来なかった。

 誤解がないように言うのであれば『息子としての一輝』は彼は認めていたのだ、しかし『騎士としての一輝』を認められなかった。

 偏に、それは彼が黒鉄家現当主であり、国際魔導騎士連盟日本支部長だからだ。

 公人として徹底していた彼は、たとえ実の息子であろうとも容赦がなかった。

 《伐刀者》としての才がないと分かっていたから他の者達と同じような鍛錬をさせなかった。才能がものをいう世界であるからこそ、余計な希望など持たせないよう徹底した。

 それこそ嫌悪しているのではないかと疑う程に。

 実際の所は、魔導騎士全体を鑑みての判断だ。

 一輝の様に与えられた伐刀者ランクに見合わない活躍をし、同等の低ランクの者が「自分にも出来るかもしれない」という希望を抱かせない為。

 誰しもが一輝みたいになれる訳ではない。結果、ただ混乱が起こるだけで済めばいいが、もし過激な思考や行動を取られると厄介だ。

 故に、厳は己の職務の責務を全うすべく、不安の種は刈り採らねばいけなかった。過去には色々と手回しをして妨害をした程だ。

 そこまで……と思うかもしれないが、それが『黒鉄厳』という人物だった。

 『私』よりも『公』を重んじ、厳格に秩序を護る。徹底した公人。

 それ故に冷徹とも見えていたが、一輝に対する情は確かにあった。

 厳が認められないのはあくまで『騎士としての一輝』だ。それ以外の道を進むのであれば厳は妨害どころか止めはしないだろう。もしかしたら、応援すらしたかもしれない。

 ただ己にすら厳しく律していた職に関することだったからこそ、厳も退かなかった。

 そして、そこに関しては一輝も同じだ。これだけは譲れないとして進み続け今此処にいる。

 ……長々と記述したが、結局の所はただ単に不器用な似た者親子なのだ。

 それに気付いたのはサラとの試合の直前と、つい最近の事だが。 

 

「先生。もし、次の試合天音くんが勝っても負けても、彼のことを褒めてあげてください」

 

「どういう風の吹き回しだ?」

 

「僕も長年父さんに……父に認められたいって想いがあったんです。だからか、なんとなく彼の気持ちが分かるんです」

 

 分かるから余計なお節介かもしれないが口を挟んでしまう。なにぶんそれで苦労した身だ、同じような思いを抱くものに老婆心くらいは抱いてもおかしくはない。

 なにより一輝達とは違い、こちらに関してはそう難しいことではない。

 天音には才能があり、仁もそれを認め、彼の意思も汲み取って直々に鍛えている。この時点で一輝と厳の関係より幾分難易度は低い。

 唯一の問題点は二人共素直ではないというくらいだ。

 しかし、仁はともかく天音は端から見ても慕っているのがわかる。たとえ口悪くしていても節々からそれを感じるのだ。

 

「……余計なお世話かもしれませんが、認めてあげてください」

 

 立て続けに一輝が放った言葉に仁は訝しむ。

 

「アイツのことは『買っている』つもりだが」

 

「それを本人に対して言ったことは?」

 

 畳み掛けるようなそれに対し、少し思案する。

 しかし答えはつい先程自分で語ったではないか。

 ――褒めるくらいなら鍛えさせる、と。

 認めるような発言もまたそれに類するものと考えていたはずだ。なら本人を前に言うはずがない。

 

「………………」

 

「先生」

 

 その無言こそが答えであると感じた一輝は、念押しとばかりに詰める。

 他人の家庭問題に首を突っ込むような野暮な行為だろう。しかし、万が一にも自分と父のようなすれ違いになどなって欲しくはない。

 特に、それが明日の試合で影響するのであれば尚のこと。

 

「……わかった。考えておく」

 

「ありがとうございます」

 

「ったく、なんでお前が礼を言うんだよ」

 

 一応の快諾を得ると一輝は胸を撫で下ろす。

 その(さま)に仁は呆れる。わざわざ無駄にこちらに気を回さずともいいものを。

 しかし、一輝も一輝で仁に対しては恩義を感じている。『教師』という立場故に指導するのは当然の行動だったのかもしれないが、一輝からすれば直に誰かから教えられるなど初めてのことだ。それも自分よりも格上の者に。

 だからこそ、それを返したかったという思いもある。

 

「ま、頑張ることだな」

 

「はい。ありがとうございます」

 

 とかく、互いに言いたいことも終わったのか、激……というには軽い言葉を残し仁は去っていく。

 その背中に一輝は礼を言い、再びトレーニングに戻るのだった。

 

 

 

 そうして、息子と教え子の決戦が明日に迫っていく中――

 

「それで何かご用で?」

 

 一輝と十分に距離が離れた所で仁は立ち止まると虚空に向かって語り掛ける。

 果たして独り言の様なそれに応える者は、いた。

 

「やはりわかるものか、非戦闘系とはいえこれでも伐刀者の端くれなのだがね」

 

 現れたのは日本の総理大臣にして、暁学園創設者の月影獏牙その人だ。

 

「生まれ育った環境の影響でね、そういったのにはちょっと敏感なんだよ」

 

「なるほど」

 

 立場上、黒鉄家、ひいては『青﨑』について知っている獏牙は得心がいったように頷く。

 

「それで、要件は?」

 

 ただの世間話をしに来たとは思えない。

 仁についての何がしかはエーデルワイス辺りに訊ねれば答えてくれるだろう。

 そんな中わざわざ会いに来たということは、仁に対する情報ではなく仁が持つ情報が目的だろう。

 

「君に……いや『君達』について幾つか訊ねたいことがある。いいかね?」

 

 予想通りの言葉。しかし予想よりも真剣な眼差しに仁は感嘆の声が漏れる。

 使命感すら感じるそれに仁は興味が出た。

 

俺達(・・)、ねぇ……」

 

 更にはその言い回し。

 これは仁個人ではなく、他の者を含めた言い方だ。

 仁個人のことであれば妻であるエーデルワイスに、破軍の教師としてならば黒乃にでも訊けばいいようなものを、それをせずわざわざ本人に聞きに来るとは。

 つまりそれは……。

 

「そう、君達――《互眸鏡(ゲイザー)》についてだ」

 

 そのどちらとも違う面を持つ仁に対してのものだ。

 




今更だが18巻を読んだ時、黒乃のせいで『ドキ☆魔人だらけの同窓会! (身体の部位が)ポロリもあるよ!』みたいな感じの光景が頭の中に……。

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