拝啓妻へ   作:朝人

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彼女の余剰魔力で編まれた、霊装に匹敵する甲冑
原作より一部抜粋


二十六話

「あ゛?」

 

 不機嫌な言葉がつい口から漏れたのは仕方がなかった。

 わざわざ早朝に新幹線に乗ってようやく会場にたどり着いたと思ったら、まさか迎えがいるとは。

 

「一ノ瀬先生、お久しぶりです」

 

 同乗してきた東堂刀華と貴徳原カナタ。その内刀華の方が仁に挨拶している。

 それに対し、仁は「元気にしてたか」とか「身体は大丈夫か」などと当たり障りのない話題を振っている。

 一見すると生徒の事を心配しているの教師の図であり、事実その通りだ。

 そこだけ見ればそうなのだが……。

 

「あら? 先生、隣の方は?」

 

 カナタが仁の横で佇んでいた白髪の美女について訊いてきた。

 

「はじめまして、私はジンの妻です」

 

 それに対して答えたのは、仁本人ではなく件の女性――エーデルワイスその人であった。

 

 そうなのだ。何故か迎えに来たはずの仁と共に彼女……エーデルワイスがいたのだ。

 にこやかな笑みを浮かべ自己紹介した彼女に対し、認識阻害の魔術が働いている二人は「いつも旦那さんにはお世話になってます」とか「噂通りお綺麗ですね」とか能天気に返している。

 ――いや待てお前ら。認識阻害受けてるとはいえ『それ』エーデルワイスだぞ? 『世界最悪の犯罪者』だぞ? なに楽しく話してるんだよ。つか、なんでいるんだよ?

 そんな事を思いながらも仁を睨むと、彼もまた困ったように頬を掻いていた。

 何考えるんだと思ったが、どうやらエーデルワイスが此処にいるのは仁にとっても想定外のことらしい。

 ちなみに認識阻害の魔術は確信が持てるものに対しては効果が薄い為、仁の妻の正体を知っている寧音は最初から見破っていた。

 じとーとエーデルワイスを眺めていると、その視線に気付いた彼女は寧音の元に近付いてくる。

 ――不敵な笑みを浮かべながら。

 

「これはこれは、《夜叉姫》。今は臨時講師をなさっているみたいで、同 僚 として 私 の 夫 をよろしくおねがいします」 

 

 ――ビキッ

 

 まるで空間というガラスに罅が入ったような音がした。

 判明。この女、牽制にきやがった。

 仁にちょっかいを掛けそうな人物として寧音をマークしていたのだ。

 仁から身の上話を聞くような機会など幾らでもある。そんな中エーデルワイスは寧音が如何に彼に影響を与えたのか、また寧音自身も影響されていたのかを察したのだろう。

 そして女の勘か、寧音の秘めたる想いを解ってしまった。

 ありえないが万が一ということもある、故に釘を刺しに来たのだ。

 

「……へぇ、それはどうも。でも意外だなー、思ってたより普通じゃねぇか? 風の噂じゃ 恥 女 みたいな格好してるってはなしだったんだがなぁ」

 

 ――ピキッ

 

 今度は何かが折れたような音がした。

 まったくの余談だが、切れ味が鋭いことで有名な日本刀の耐久性は思いの外低いらしい。

 

「面白い冗談ですね。見た目だけでなく頭も幼いのでしょうか?」

 

 笑みこそ浮かべているが、纏っている雰囲気が一瞬で変わった。

 それこそ触れようとしたらその瞬間真っ二つにされそうな鋭い刃の如く。

 ほんの数十秒前まで優しげな雰囲気だった女性が、表情を崩さず桁外れの殺気を放ったことに刀華とカナタは驚愕し、縮こまってしまった。

 

「口の悪い女だなー、こんなんが相手じゃ流石に同情しちまうぜ」

 

 寧音も寧音でケラケラ笑っているがいつ《霊装》を抜いてもおかしくはない状態だ。

 

「いつまでも昔の事を引き摺るような人よりはマシかと。なんなら私がスッパリと縁を切ってあげますか? ええ、私『斬る』のは得意なので」

 

「余計なお世話だコスプレ野郎。運良く掠め盗れただけの泥棒猫が何言ってやがる」

 

「ずっと二の足を踏んでいた人が言った所で説得力ないですよ」

 

 バチバチとそんな擬音が聴こえそうな雰囲気。

 重い、ひたすらに重い空気が徐々に広がっていく。更に殺気による影響か、三十五℃を超える猛暑にも拘わらず身体はガタガタと震えている。

 駅の近くということもあり、最初こそ野次馬がいたが、皆彼女達の殺気に当てられ蜘蛛の子を散らすように去っていった。

 遠目から見ても解る、関わってはいけないと本能が告げる。

 

「せ、先生……!」

 

 どうにかしろと言わんばかりに縋るように仁を見る教え子。

 それに倣うかのように周辺の第三者達も仁を見る。

 ――お前が原因か! だったら早く何とかしろ!

 そんな怨みが籠もった視線を一身に受け、仁から大きなため息が漏れた。

 いや確かに連れてきてしまったのは悪いと思っている。実際仁も本当は連れてくるつもりなど毛頭なかったのだ。恐らく……いや間違いなく問題が起こる。人の好意には疎い故に寧音の内心は知らないが、無駄に鍛え抜かれた第六感がそう囁いていたのだ。

 だからこそ来ないよう忠告したのだが、何故かやたらしつこく、時間だけが無為に過ぎようとしていた為、問題を起こさないように言いつけて、渋々承諾した結果が……これである。

 やはり《無欠なる宣誓(ルールオブグレイス)》による契約の方がよかったかもしれないと後悔するも既に後の祭りだ。

 

「あん? 日本人なんざみんなロリコンなんだよ! ガキの身体に欲情する変態なんだぞ!」

 

「東洋人は銀髪や白髪に惹かれるんですよ! それは色んなサブカルチャーが証明しています! もちろんエッチなの含めてです!」

 

「公共の場で何言ってんだ!!」

 

 話がおかしな方向に流れ始めた為慌てて止めに入る。

 「ババアみたいな髪の色しやがって」、「凹凸のない子ども体型ですね」と、どちらも自身の外見的特徴を馬鹿にされた故に反論したのだろうがとんでもない返しをしてくれた。

 互いに相手だけでなく何人もの通行人に流れ弾が当たっている。

 ある者は「ち、違うし、ただかわいいと思ってるだけでそんな感情抱いてねぇから!」と狼狽し、またある者は「何故わかったし!?」と慌ててケータイを隠した。

 それらの行動を見た女性陣からの視線が絶対零度並みに冷たかった事は知らぬが仏だろう。

 兎にも角にもこれ以上の放置はさらなる被害を及ぼしかねない。

 そう判断した仁はエーデルワイスの手を引き物理的に二人を離す。

 

「もうお前は先に行け」

 

「ですが!」

 

「騒ぎ起こしてアイツの試合無くなってもいいのか?」

 

「う……それ、は……」

 

 それでもまだ食い下がろうとする妻に向け、息子の件を出す。

 本日の準決勝第二試合。それが一輝と天音の試合だ。

 そして今日の解説に呼ばれているのは寧音。多少の遅れとかならまだしも、流石に暴れたりしようものなら解説という立場上、試合に影響がないとは言えない。

 その言葉に頭が冷えたエーデルワイスは、身なりを整えた後咳払いを一つ。

 

「……わかりました。では先に行っています。……皆さん、失礼しました」

 

 そう仁に向けて言った後、刀華やカナタ、周辺の人に向け、先程までの非礼を込め頭を下げてからその場を後にした。

 その際寧音に関しても『形だけ』は行うものの、明らかに目は敵と捉えたままだった。

 やはりその心にまだ『未練』があることを見抜いたが故だ。

 曲がりなりにも母親としての自覚はある為最低限の線引きはしたが、同時に女として譲れないものもあるのだろう。

 寧音も寧音で、相当頭にきていたのか、唾を吐き捨てるわ、舌を出して中指を突き立てるわとかなりの悪態をついていた。

 その姿を見て、何処までも相容れないなと軽く現実逃避をしたくなった仁。

 頭を痛めながらも何とか事態を収拾させると、未だ膨れている寧音に向き直る。

 

「あん? なんだよ」

 

 相も変わらずの喧嘩腰。ただいつもより五割増しで不機嫌だ。

 

「あー……悪い、別に喧嘩させたかったわけじゃないんだ。ただ、まあ御しきれなかったというか……」

 

「はん! テメェの女房なら手綱くらいしっかり握りやがれ」

 

「……ホント、すまん」

 

 返す言葉もなく素直に謝る。

 今までは運良く会わずに済んでいた為少しだが楽観視していた。実際に会って問題は起こるだろうが、多少手を焼くくらいだと思っていた。

 だが現実は予想の斜め上を行くレベルで互いにヒートアップした。

 いや、騎士だ伐刀者だとかではなく単純に女としての争いというか、罵り合いというか……。もはや引くレベルに凄まじい応酬にはただただ唖然とする他なかったわけで……。

 少なくともエーデルワイスがあそこまで積極的に仕掛けにいくことはそう多くない。

 まあ、それだけ彼女からみたら寧音が持つアドバンテージや想いは油断ならないと判断したのだろうが。

 

「……ああ、そうだった」

 

 一連の出来事のせいでつい忘れそうになってしまった。

 元々の目的を思い出し、『それ』を寧音に渡す。

 

「? なんだぁ」

 

 渡されたのは折り畳まれた一枚の紙。折り目正しくされており、渡してきた人物のマメさが伺える。

 

「うちに鞍替えか?」

 

「んなわけあるか」

 

 暗に恋文かと問うと、刹那の早さで返された。

 そんなもの渡そうものならその時点で《無欠なる宣誓(ルールオブグレイス)》の誓約に引っ掛かりめでたくあの世行きだ。

 無論、そんな事態にはなっていない以上は『それ系』の物ではない。

 

「今日の試合の解説はお前だろ」

 

 本日行われる準決勝、二試合共に解説は寧音だ。

 

「解説が『わかりません』じゃ色々と問題あるだろうからな、念の為にな」

 

「ふーん、そうかい」

 

 興味無さげに、しかし渡された紙はきちんと懐にしまった。

 仁の事だからまたおかしな技能でも身につけて、それを誰かしらに教えたという所だろう。

 付き合いの長い寧音からすると仁が突飛な芸やら技能やらを手にするのは別段珍しいことではない。何かしらからインスピレーションを受けるのは過去何度もあったことだ。教師にもなった以上それらを誰かに教えるのは十分考えられる。

 だから言及する気はない。

 まあ、その相手が天音で、エーデルワイスとの義理の息子だと知ったらまた面倒な問題が発生していただろうから、仁としては大いに助かったわけだが。

 それから更に言葉を交わすこともなく寧音もその場を後にする。

 

「さて、俺達も向かうとするか」

 

「あ……はい」

 

 その姿を見届けると、仁は残った刀華とカナタに向け言葉を投げる。

 エーデルワイスと寧音の剣幕に気圧されていた二人は仁の呼びかけで我に返る。

 解説として呼ばれている寧音とは別に、こちらは観客席からの観戦だ。

 仁はこれまで通り妻と共に観ることになる為途中から分かれることになるが、それまでは同じ道順だ。

 何事もなかったかのような変わり身の早さに肝が据わっているのか鈍感なのか……。

 ともかく、試合が始まる前になんとも凄まじい台風に巻き込まれた二人……いやその付近にいた者達は皆予想外の無駄な気疲れに見舞われる事になってしまった。




エーデルワイスのあの甲冑がな○はのようなバリアジャケット的な感じの『変身系』なのか、それとも本当に文面通りの意味でただ『そのまま着ている』だけなのか、それによって見方が変わりそう……。
とりあえず、この作品においてはバリアジャケット的な感じにしておこう。一応人妻だから、義理とはいえ子持ちだから。体裁は気にしないと……。

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