「《ドラゴン》か」
準決勝第一試合が終わり、終始の過程を観ていた仁はふと呟いた。
第一試合はステラ・ヴァーミリオンと黒鉄王馬の対決だ。
王馬は一輝と珠雫の兄であり、学生騎士という時分でありながら既にAランクの認定を受けている。
幼少より『黒鉄』の英才教育を受けた彼は、周囲の期待以上に強く成長した。それこそ小学最高学年の時に連盟主催で行ったU−12世界大会を制す程に。
だが、それでも王馬は現状に満足することなく、寧ろそれらすら『鍛錬の延長』でしかないと悲観して、日本から飛び出し世界を渡り歩いていた。
その心意気、強さへの執着はわからなくはない。……だが同時に、彼のそれは『驕り』でもあると考える。
なにぶん彼の近くにはその求める環境の一つがあった。仁の古巣『青﨑』だ。
少なくとも彼が『刃抜き』などど蔑称したような温い環境ではない。常に生死の駆け引きがあり、力がものをいい、『敗北=死』であるそこは正に強者以外は許されない世界だ。
まあ元々『青﨑』自体が日陰者であり、知っている者からも忌み嫌われるような一族であった為、まだ小さかった王馬が認知していたかは定かではない。
しかし、仮に知っていたとしてもあの様子では見下していた可能性はある。
『暗殺者』など闇夜に紛れ隙を突いて殺す臆病者という印象かもしれないし、その考えは間違いではない。だがその為の技術は無論欲しく、一朝一夕で身につくものでもない。更に一撃一撃を必殺とする彼等のそれは下手な剣戟よりも恐ろしい。
あと『青﨑』に関しては、集団や軍団のような複数人を相手に一人で制圧するような状況など日常茶飯事だ。少なくとも仁はもう数えるのを止めている。それだけ多いのだ。
『青﨑』に限った話ではないが、日本には似たような組織はまだあるだろう。
それに見向きをせずに外に飛び出したのを浅慮だと思わなくはない。
とはいえ、結果論として彼は《風の剣帝》という二つ名を持つような実力者にはなったのだが……払った授業料は高かったようだ。
結局の所《暴君》という大海の前に彼は為す術もなく大敗した。裏社会の頂点に君臨していると『されている』者により、如何に自分が矮小な存在なのかを思い知らされることとなった。
その恐怖が彼をより高みへと登らせる原動力と化したのは皮肉でしかないが……。
それを契機に彼は強靭な強さに焦がれるようになり、自らの風の異能を使い、肉体に負荷を掛けて戦い続けるという暴挙すら得て己の肉体を進化させた。
見た目とは裏腹にその体重は五百kgに及び、筋密度と骨密度が常人の数十倍に達する程の劇的な『進化』を果たした。
そうまでして得た肉体はパワーに自信のあるステラの一撃すら耐えうるものであり、その彼女を会場ドームの壁を打ち抜いて叩き出す程の膂力だった。
純粋な人体の力だけでそれを成し遂げるものは、《魔人》の中にもそうはいない。
《魔人》とはまた違うベクトルで人智を超えた力を得た王馬だったが……今回ばかりは相手が悪すぎた。
相対するステラは確かに王馬の常軌を逸した肉体に驚愕こそすれ、怖れを抱くことはなかった。
西京寧音という破壊の申し子の如き伐刀者。その元で修行し彼女の
『炎』なぞただの一側面に過ぎない。ステラの真の異能は《ドラゴン》の概念干渉系であった。
つまり、今までは知らず知らずの内に炎のみを制限していて使っていた、ある種の縛りプレイの様なもの。
その枷から解き放たれた彼女の力は正に暴竜そのもの。
いかに獅子が如き強さを得た王馬とはいえ、相手は神話の幻想種、それもその最上位に位置するもの。百獣の王ですら小猫扱いだ。
事実、ステラが伐刀絶技《
鋼の如き肉体は一変しズタボロにされ、骨は砕かれ、罅が入り、肋骨などは無事な所はない。どう見ても即搬送される重態だ。
それでも倒れることなく、最後の最後まで対峙したのは単純に『意地』だ。
無様に負けるなど認めない。他者が良しとしても自分自身がそれを許せない。
彼の根底にあるのは遥か昔に抱いた幼稚ともいえる
たとえ窮地になろうと、本能が勝てないと判断しても、黒鉄王馬は最後まで
その結果は、途中から大多数の者が思った通りステラの勝利に終わったが、しかし王馬にとっては悔いのない戦いだった。
会場も想像を超えた一戦に、試合が終わった後だというのにも拘わらず、熱気は冷めない。
そんな周囲と対象に、静かに見守っていた仁は、試合が終わり去っていくステラの背中を見ながら冒頭の言葉を呟いたのだった。
「意外でしたか?」
「……まあな」
隣に座っているエーデルワイスの言葉に仁は頷く。
元々ステラが純然たる炎の使い手でないことは分かっていた。ステラ程の魔力の保持者が使うにはいくら何でも
もし本当にステラが炎の使い手なら最大火力は今の倍はなくてはおかしいのだ。
周りに気を使って制限しているかもしれないと思って、一度《胡蝶の夢》の空間で全力を出させたのだが、それでも少し上がる程度。圧倒的な威力や熱量は確かに素晴らしくはあったが、しかしステラの魔力量で扱うにしては摂氏自体は低いのだ。
だから異能が炎でないことは前から知っていた。
故にそこはいい。今更驚く所ではない。
問題はそう、真の能力である《ドラゴン》だ。
ドラゴン。日本語にするなら
東洋において龍は神聖なもの、神や水の化身の様な扱いであることが多い。
逆に西洋においては悪しきもの……
姿に関しても西洋の竜は翼の生えた巨大なトカゲのようなものに対し、東洋では蛇や鹿や虎等の様々な動物の特徴を持った
同じ名前の幻創種でありながらも、その役割や容姿は乖離している。
そしてステラの宿した《ドラゴン》の概念は西洋に伝わる物だ。
山の如き巨体、それを浮かすことが出来る強靭な翼、口からはあらゆるものを焼き尽くす炎。
神話における圧倒的捕食者、その頂点。
その力を宿しているとなればステラの馬鹿げた力も納得がいく。
「――酷な事を」
だが同時に、どうしてステラが世界最高の魔力保有者なのかも理解した。
《ドラゴン》という概念に干渉する能力だから。それは半分は正解だ。
ステラは言った「神話の世界に住まう頂点捕食者の力をその身で体現する能力」と。
しかし、彼女は果たして正しく理解しているのだろうか、『概念』の意味を。
概念とは物事のなんたるかを指す言葉だ。認知した事象に対して、抽象化・ 普遍化し、思考の基礎となるもの。
例えば火の概念は熱いものを連想する為の『熱』、何かを燃やすことから『焼却』する力。そして目に見えずとも関連性からその言葉を表せる『命』や『魂』にも関与できる場合がある。
概念干渉系の多くは自らの能力を正しく理解しなければいけない。それが出来ること、それが持つ性質。
その見極めこそが能力をより強く、昇華させることが出来る。
サラはその最たるものだ。彼女は《色》の概念の使い手であり、色に込められた意味を理解し、『絵』により更なる昇華をさせた。
彼女の場合は元が画家ということもあり、性質をよく理解していた。だからあれほどの事が出来た。もし、彼女と同じ能力を持ったものがいたとして、同様のことができるかと問われればまず無理だろう。
ではステラはどうか?
確かに《ドラゴン》は彼女の言う通り神話においてですら捕食者の頂点だ。強靭な肉体も、強力な
故にこそ、神話においてもその存在は特別なものとされる。
そこは正しい。
しかし、彼女はあくまで《ドラゴン》の
確かに彼女が弟子入りした寧音は自然干渉系である為概念干渉系に対する理解度は足りないかもしれない。ステラ自身も今まで自分は自然干渉系だと思っていたのだから仕方ないのかもしれない。
それでもステラはもっと視野を広くしなくてはいけない。
――概念とは力ではなく性質である。
そして性質とは役割でもあるのだ。
炎の役割は何だ? 水の役割は何だ? 風の役割は何だ? 色の役割は何だ? 音の役割は何だ?
この世界にあるもので役割を持たぬものは存在しない。それは空想上のものですら同じだ。
さて、では問おう。
神話の……『物語』における《ドラゴン》の役割とは何か?
ステラは理解しなければいけない、思考を止めてはいけない。
《ドラゴン》の力を宿したから最強の魔力を持ったのではない。
散々言われ続けていたではないか。魔力とは世界が課した運命だ、その重さなのだ。
では、《ドラゴン》の役割を与えられたステラの運命とは……?
もしだ。もし、このまま彼女が己が宿した概念の性質、役割をちゃんと理解出来ないままだったとしたら……。
それは実に……
「……ジン」
哀れむようにステラの背中を見ていた仁の手を静かに握る。
ステラと関わりがなければただただ「憐れな子だ」と吐き捨てるだけで済んだだろう。
しかし教師と生徒という関係。それによって生まれた情は、なかなかどうして簡単には捨てきれない。
仮に《覚醒》を果たし、それをどうにか出来たとしても、やはり一番の問題はその概念の性質だろう。
「……《最古の魔女》」
仁を除いて、その事を理解しているであろう人物がもう一人。
風祭凛奈とその従者シャルロット・コルデーを伴い試合を見ていた《最古の魔女》は、実に愉快そうに口の端を釣り上げ、そのくすんだ金貨の様な目を反対の席にいた仁に向ける。
概念干渉系の頂点に君臨する者の目を欺くことは出来ない。
間違いなくステラは《選考》の対象となる。
仁が反対した所で結局は多数決で決まること。どうにかして打開策を考えなくてはいけない。
仁の不安を表すように、空は曇り始めてきた。