「来たねイッキ君」
準決勝第二試合。
雨が降り出しそうな天候の下、一輝は本日の対戦相手である天音と対峙する。
「天音くん」
紫乃宮天音。
暁学園の生徒にして、仁の義理の息子。
強力な因果干渉系の能力は勿論、なにより仁とエーデルワイスにより鍛えられたのが顕著な少年だ。
異能ばかりに目がいきがちになるが、身体能力も侮れない。少なくとも投擲に関しては一輝よりは上なのは確実だ。
もし異能と掛け合わせて来られたら、一輝が本領とするクロスレンジでも苦戦する事だろう。
非常に厄介な相手だ。
故に、一輝が取る手は一つしかない。
「待ってたよ! この時を! キミと戦えるこの瞬間を僕は待っていたんだ!」
その思惑を察してか、天音は歓喜の声を挙げる。
一輝が天音に勝つには《一刀羅刹》による最速の一撃。これしかない。
それを天音は理解しているのだ。
何故なら『その為』に敢えて自分の手の内を見せたのだから。
珠雫との戦いにおいても本来なら《
しかしそれでは、今と同じ状況にすることは出来ない。
《
だが、あくまで
『そんなもの』一輝は何度も潜り抜けてきた。ならば今更そんなことで窮地に立つなどありえない。
だからあと一押しが欲しかった。
《
それすらをも以って天音は自ら望んだ状況にした。
この状況は異能で願って手にしたものではない。己が絶えず研鑚し、鍛え上げ、身につけたそれを誇示してどう対応するかまで見据えた上での
望むものに対し、異能を使うか使わないかの違いだが、天音にとってその選択は大きな意味があるものだった。
「約束通り見せてあげるよ……アイツの、そして僕の《魔剣》を」
故に今の天音のコンディションは過去最高だ。
《アズール》を一本顕現させると、胸の前で横倒しにするように構えた。
耳障りな観客からの
「うん、楽しみだよ。だからこそ僕は、僕の
同じく一輝も《陰鉄》を顕現させ正面に構える。
コンディションというのであれば一輝もまた同様。
《比翼》を破ったという魔剣。剣士であれば興味がない訳がなく、しかも実際に対峙出来るとなればその興奮は一際だ。
互いに自然と口の端が釣り上がる。
歓喜する両者だが、一つだけ懸念があった。
それは――
『それではこれより、七星剣武祭準決勝第ニ試合を開始します!
Let's GO AHEAD――ッ!!』
待ち焦がれたにも拘わらず勝敗は一瞬で終わってしまうという所だ。
――《一刀羅刹》
開始の宣言と同時に一輝は刹那の一閃を打ち込み。
――《無動砕》
天音は
そして、試合開始から一秒もせずに光も音も置き去りにした衝撃波がリング上に発生し、それが
何が起きたのか。
多くの観客達は呆然としていた。
審判の開始宣言と同時に、身体に伝わった衝撃。それを自覚する前に、爆音と極光が耳と目を奪った。
数秒の遮断。それが終わり、再び彼等が目にする事になった光景。
「なんだよ……これ……」
誰かの口から漏れたその言葉は、正に観客全員の総意とも言えた。
理解が出来ない。何でこんなことになっているのか分からない。どうしたらたった一合斬り合っただけでこんな惨状になるのか……。
そんな疑問しか浮かばない理由は彼等の眼前にあるリングに……いや
ほんの数秒まで、歪みも凹凸もない真っ平らなリングだった。それがどういう訳か、爆弾でも落とされたかのようにクレーターになっていた。
リングと場外の境すら越え、半円状に抉られた破壊の痕跡。
あるのは瓦礫と化したコンクリートの山と、それに紛れ混んでいる土石。
砂塵が舞う為、全容は見えないが、断片的にでもそれが確認出来てしまう惨状。
強力な魔力同士のぶつかり合いでも起きたのかと言わんばかりのそれに観客は皆唖然としている。
破壊力を物語っているのは地上だけではない。何人かは気づいているが、先程まで空を覆っていた厚い雲が、破壊痕と同じ範囲だけなくなっていた。
『……っ!? あ、あまりの事態に少し呆然としていました! 申し訳ございません! い、いや……しかし、一体何が起こったというのでしょうか? 解説の西京先生』
我に返った飯田は、事態の確認をするべく隣に座っていた寧音に問い掛ける。
自分に分からずともランクAの騎士である寧音ならばと思っての事だ。
――しかし。
「…………あの野郎……!」
彼女はいつの間にか手に握っていた紙を眺めながら、小さく悪態をついていた。
『あ、あの、西京先生……?』
眼前にある光景が見えていないのかと再度訊ねる飯田に、寧音はギロリと睨み返す。
怒気を孕んだそれに一瞬怯んだ飯田を見て、寧音は目を閉じた後ため息を吐いた。
『しつけぇな、聴こえてるっつの。ウチも遭遇したことのねぇもんだったからちっとばかし驚いただけだ』
頬杖をしながら吐き捨てるように言うと、読んでいた紙を背面に投げ捨てた。紙は舞うこともなく、強力な力で圧縮されていき、瞬く間に豆粒以下にまでなってしまった。
『西京先生ですら見たことがない……? で、では!? 何が起きたのかわからないのでしょうか!』
『んなことは言ってねぇだろ』
実際の所、寧音の目でも二人の姿を捉えることは出来なかった。一瞬の事だが、姿を見失ったというより忽然と消えたようなもの。
《一刀羅刹》を使った一輝だけならばまだしも、問題は全く動いていない天音も消えたのが腑に落ちない。
その疑問点もつい先程まで読んでいた仁からの手紙で絡繰は理解出来たが。
……もっとも、だからといってそれで納得がいくかと問われれば首を横に振るだろう。
それだけ書いてあった内容はあまりにもバカげたものだったのだから。
『人間が見ている世界ってのは全く同じだと思うかい?』
未だ舞う砂塵により、安否の分からない二人。彼等が姿を現すまで、その『バカげた』説明をする羽目になった。
「……貴様こうなるのが分かっていたな」
観客席。ステラや珠雫、アリスと共にいた黒乃が振り向きざまにそう言った。
その言葉を向けられた相手である仁は一人、彼女達の下に来ていた。
「師匠、どうして……」
「ああ、俺等のいた位置だと見え辛いと思ってな」
黒乃より先に珠雫の疑問に答えた仁は、次いでその黒乃に視線を向ける。
ちなみにエーデルワイスは、天音の姿を確認出来る所を探しに行ってる。エーデルワイスは天音の安否、仁は両者共の安否確認の為別行動中である。
「私や係員よりも早く障壁を張ったのはお前だろう」
「まあ、そうだな」
先の強力な衝撃波。
本来なら黒乃を筆頭とした大会の係員が対処しなければいけなかったのだが、あまりの突飛な状態だった為に反応が遅れてしまった。
いや、そもそもの話。一輝しかり天音しかり、ステラや王馬の様な物理的に周囲を巻き込むタイプではない為、先の衝撃波は不意打ちもいいところだ。
予備動作もほとんどなく、光や音すらも超えて襲ってくる衝撃波に対応出来るような者など、黒乃が知る限りいない。
それが出来るとすれば『次に何が起こるか知っている』者だけだ。
リングを破壊尽くす程の衝撃から観客を守ったのは銀の
黒乃が把握している中でその魔力光を持っているのは、現時点では仁のみ。
ならば、そう考えるのは当然の事。
「とはいえ、俺も驚いているがな。まさか本当に成功させるとは……」
手すりに肘を乗せ、砂塵が舞い続けているリングを眺める。
言葉とは裏腹に口の端が釣り上がっている。機嫌が良いと取るべきか、楽しんでいると見るべきか。
その姿に黒乃はため息を漏らした。こういった所はやはり変わっていないな、と。
「それで、なんだアレは?」
「その辺りについては『解説役』が答えてくれるだろう。ま、詳細まで語れるかは分からないがな」
呆れつつもした質問に対し、仁は実況席を見ながら答えた。
それと同時に、寧音の声が聴こえてきた。
『見てる世界、とは……?』
『そのままの意味さ。ウチやアンタが認識しているものは全く同じかってことさ』
唐突な話に飯田は困惑するものの、逡巡し答える。
『それは、同じではないでしょうか? 少なくとも同じ対象を見ているのであれば間違いないのでは?』
象やキリンを見て間違える人はいないだろう。
現在の状況に関しても、眼前にある巨大なクレーターを見間違える訳がない。
だから『同じ』だと飯田は答えた。
『ああ。それは間違っちゃいないが、ウチは『全く同じ』かって訊いたんだぜ?』
『え……?』
例えば、雨上がりの虹を見たとしよう。多くの人はそれを七色で綺麗だと答えるだろう。
では、もしその各色を正確な色で表して欲しいと聞かれた際全く同じものを選ぶことがあるだろうか?
赤や青といった大きなカテゴリーだけでなく、より詳細な薄紅や群青といった鮮度の違った細かい色彩を幾つも用意されて選ばせたら全く同じ物になるのだろうか?
恐らくそれは不可能だろう。何故ならそれは視力の違い……だけではない。
感じ取れる光量は人によって違う。育った環境や目の負担、生まれ持った物によっても変わってくる。
何もこれは色だけに限った話ではない。
例えば、何かしらの事件の犯人の目撃情報を集める時も、全く同じ情報が出る訳ではない。それは各々が常日頃から注視する所が違うからだ。
騙し絵等にも同じことが言える。同じ物を見ているはずなのに、正解が分かるまで各々違った見え方をする。
同じ対象物を見ようとも感じ方は人それぞれであり、事実違って見える場合もある。
ならば『全く同じ』とは言えないのではないか?
『確かに、そうですが……それとこれとは』
『関わってくるのさ、厄介な事にな』
納得しかけるも、関係があるのか? と疑問を抱いた飯田。
その言葉に寧音は首を横に振る。
それら――『認識』とは厄介なものであり、それがズレたり、誤ってしまうとそのまま間違って処理されてしまう。
武術の世界でも同じだ。最たる例として挙げるのなら《抜き足》だろう。
あれもまた高等な技術によって他者を誤認させる術の一つなのだから。
『で、ではこれはそれらと同じ……』
《抜き足》は確かに高等な武術だ。それ故に扱えるものはそう多くはない。しかし、その技術の応用でこんな事が出来るのかと問われれば否だろう。
《抜き足》はあくまで歩法の一つ。誤認をされる事は出来るが、その技術そのものは他者を傷つける為のものではないのだ。
『ああ、『共通認識』、『世界との差異』、『矛盾』……過程は色々とあるが、
だがしかし、寧音の出した答えは是だ。
いや正確には『意図した認識の誤認』のみと答えるのが正しいか。
何せ天音が……いや仁が編み出した《無動砕》は本質は同じだが、やっている事は真逆なのだから。
《抜き足》が『動』によって他者を誤認させるのならば、《無動砕》は『静』によって世界を誤認させる術だ。
とはいえ、それを言った所で理解できるものはいない。
その領域に踏み込めるのは当事者達だけであり、第三者は観測が出来ないのだから。
『細かいのや難しく考える必要性はねぇよ。実際やった事は単純。要は
そう。複雑で高等な技術を用いようとも、行ったことはシンプルなのだ、ただ相手に合わせてカウンターをしただけ。
天音が何をしたかは寧音が口頭で説明したが、それでも完全に納得は出来ないのだろう、「は、はぁ……」と曖昧な返事しか返って来なかった。
(ま、仕方ねぇか)
仁からの説明文を読んだ寧音でさえ、頭を抱えたくなった内容だ。
大雑把に説明するならこの辺りが限界。深堀りをしようものなら余計混乱するだけであり、研究者とかならともかく一解説者としての仕事ではないだろう。
(ったく、こんなメンドーなもん押し付けやがってクソが)
説明を丸投げした当人に対し、心の中で悪態を吐く。
そんな荒れるような心境とは真逆に、リングを覆っていた砂塵が晴れていった。
たぶんあの世界なら出来ると思うけど、ひたすら説明が面倒な技。