拝啓妻へ   作:朝人

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三十一話

 ――ある意味において予定通りというべきか、予想通りというべきか、なって欲しくない想像は往々にして実現される定めなのだろう。

 

「……結局、こうなるのか」

 

 七星剣舞祭は無事、幕を下ろした。

 決勝戦は一輝とステラの対決となり、一輝が勝利を納めることとなる。

 《ドラゴン》という規格外の力を前に、剣一本で戦い抜いたのは称賛に値しよう。

 地表をマグマに変える程の純粋な火力、竜の膂力と再生力、そして戦いの中で著しく伸びる成長性。

 正に才能の塊。一輝とは真逆に位置するそれに、よくぞ勝ったものだ。 

 尤も、その対戦の最中、一輝は《覚醒》を経て《魔人》と化してしまった。驚く者は多くいた、仁も『予想よりも早い』という意味では驚いたが、一輝が《魔人》になったこと自体は不思議ではなかった。

 元々、本来の限界値以上の力を出そうとする男だ。才能に関しても恵まれていなかったこともあり、その壁は他の《魔人》に比べれば低かったのだろう。

 だからこそ、その事象自体は想定が出来た。

 勝てるかどうかという意味では正直分が悪いが、そこは『いつも通り』と言える。

 だからこそ(・・・・・)、勝てたのだろう。

 教え子の一人が優勝をし、《魔人》にもなった。後者はともかく、前者に関しては両手を挙げて喜んでもいい状況なのだが……仁の表情は芳しくなかった。

 

「ジン」

 

 隣にいたエーデルワイスが、その変化に気付き声を掛ける。

 試合が終わり、満身創痍となった両者が運ばれた後だというのにまだ観客達の熱気は冷めていない。

 晴れない気持ちの仁とは対照的だ。

 

「……“呼ばれていた”のですね」

 

「ああ」

 

 先の独り言と、一変した表情に彼女は察した。

 今まで隣で歩いていた仁の気配が一瞬で変わった。ほんの一瞬の事だが、仁の態度から何があったのかが理解出来る。

 恐らくは意識だけ(・・・・)を呼び寄せられたのだろう。

 どんなに離れていようとも彼等は意識だけで会合ができる。

 それを実現させる桁外れの因果干渉系の《魔人》がいる為だ。

 ――《隔絶僧》。

 『縁』というこの世に生まれた以上切っても切れない繋がりを手繰り、操ることが出来るとされる《魔人》。

 彼の力を以ってすれば距離や時間も関係なく、『縁』を以ってあらゆる事象を確立させることが可能だ。

 それこそ、互いの意識のみを肉体から解脱させ話し合うを行うことも、それを現実の時間でほんの一瞬で済ませることも出来る。

 エーデルワイスが知る因果干渉系の《魔人》の中で最強と称していいだろう。

 それだけの力を有する者からの招集ともなれば、恐らくは仁が危惧していた通りの事が起こったと見るべきか。

 

「他の《魔人》はともかく、やはり『彼等』は――」

 

「……ああ」

 

 想定通りというべきか。

 本来どんな者が《魔人》になろうが、世界で何が起きようが関与しないはずなのだが……数は少ないがやはり例外は存在するようで、ステラはその『例外』とされたらしい。

 彼等の判定を覆すのは難しい。

 多数決によって決まった辺り、平和的ではあるが、問題なのはそれを行った者達だ。

 全員が全員、我が強いというか、個性的というか。おかげで一度決まった判決が覆るのはまずないと見ていい。

 ともすれば、やはり決定には従うしかない訳だが……。

 

「どうするつもりですか?」

 

「ま、やるだけはやってみるさ。あっちもこっちも言うこと聞かない連中だらけで想像するだけで疲れるがな」

 

 げんなりしている仁を眺めつつ、「貴方がそれを言いますか?」とつい首を傾げそうになった。

 判決が決まったにも拘わらずどうにかしようと画策する辺り仁もまた『言うことを聞かない一人』である自覚がないのだろうと苦笑してしまった。

 ともかくやる事は決まった。後は、当事者であるステラがどう対応するか……それにより仁の動きもまた変わる。

 すぐには動けない。ステラも一輝も重傷で意識を失っている。

 それに表彰式等もある。ステラが『最悪な選択』を行った場合の展開を想定するのであれば、その時に騒ぎになるのは間違いない。

 あとは気は進まないが、協力を仰がなければいけない者もいる。

 ……やはり、時間が欲しい。

 

「とりあえずは静観だな」

 

 そう思い、時を置いたのだった。

 

 

 

 タイミングが悪いと感じる時は生きていれば往々にしてある事だ。

 空気を読める方だと自負するつもりはないが、いやはやどうしたものか。

 そう、頭を抱えたくなる程にしんみりとした空気が漂う場面に仁は遭遇していた。

 

 表彰式も終わり、シンと静まり返った湾岸ドームのリングにて一輝とステラは月影漠牙と黒乃、寧音と邂逅していた。

 彼等が一堂に会している理由は一輝が《魔人》として覚醒した為にその説明と、月影が異能で視たという来るべき災害、その事だった。

 その直前にKOK現世界ランキング四位の《黒騎士》、アイリス・アスカリッドが一輝とステラの実力を試すというちょっとしたサプライズがあったのだが、そこは割愛。

 説明を全て終えたと思った仁は彼等の前に姿を現した。

 

「話は終わったか?」

 

『――先生!?』

 

 音も気配もなく、唐突な出現。まるで《狩人》桐原静矢の伐刀絶技《狩人の森(エリア・インビジブル)》を彷彿とさせる登場に一輝とステラは驚いた。

 汎用性の高い能力なのは知っていたが、こんな事まで出来るとは……ますますもって仁の異能の正体が気になる所だ。

 

「何故、キミが此処に……」

 

 二人とは別に、月影は妙な胸騒ぎを覚えたのか、感極まって流れていた涙は引っ込み、声は上擦っている。

 月影の発言に黒乃と寧音も同じようで、視線を強める。

 今回此処に呼んだのは彼等を除けばアスカリッドのみ。連盟に属していない仁には報せていない。

 この場においては部外者である仁に対する各々が抱く感情は様々だ。疑問、怖れ、疑心……少なくとも良い感情を抱くものはいない。

 

「ま、水を差しに来たようなもんだな」

 

 そんな中、頬を搔き、申し訳なさそうに仁は答えた。

 

「なに……!? どういう事だ!」

 

 その発言に驚いたのは月影だった。

 ようやく肩の荷が一つは降りたと思った矢先にこんな事態に遭遇すれば慌てふためくのも無理はない事だろうが。

 

「なに、俺……あ、いや俺達(・・)の要件はお前だ、ヴァーミリオン」

 

 狼狽える月影を他所に仁は静かにステラを指差す。

 

「え? アタシ?」

 

(……俺“達”?)

 

「ま、まさか……!?」

 

 指を差されたステラは素っ頓狂な声を挙げ、一輝は仁の発言に違和感を覚え、月影は何かを察したのか肩が震えている。

 三者三様の反応。それを気にした素振りも見せず、仁は続けて言葉を繋げた。

 

「ああ、単刀直入に言おう、ヴァーミリオン。

 

 ――今此処で死ぬか、力を失うか、選べ」

 

 そして発せられたのはあまりに理不尽な二択だった。

 

「何を言ってるのよ先生! そんな馬鹿げた要求呑める訳ないでしょ!」

 

 唐突な理不尽な選択。

 それを突き付けられたステラは声を荒げる。

 当たり前だ。急に姿を現したかと思ったら、とんでもない要求をしてきたのだから。

 死か力の消失。

 前者はそのままの意味。ステラの命をこの場で絶つということだろう。

 後者に関しては何らかの手段によりステラから魔力や異能を失わせるということだろうか? 実際命を奪われるのに比べればマシのように思えるかもしれないが、それは魔導騎士として事実上の死を意味している。

 

「だろうな。俺としても『もったいない』とは思ってはいるんだが……何分《隔絶僧》曰く、お前が原因で禄でもない未来が待ってるって話だからな。こちらとしても見過ごせないのさ」

 

 仁個人としてはまだまだ伸びしろがある貴重な人材たるステラの命を断つのは大変惜しいと考えはいる。

 しかし、あの常に悟っているような済ました表情の男が、苦い顔をしていたのだ。

 まず面倒な事この上ない事態が発生すると見ていい。

 

「《隔絶僧》! 『縁』の因果干渉系の異能を持つとされるあの!? ……まさか、未来視! いや予見か!」

 

 そして、その言葉により説得力を持たせるのが彼の異能。

 月影の言う通り彼は《予見》の力がある。

 あらゆる事象、現象には何らかの繋がりが存在する。それこそが因果――原因と結果だ。

 彼の力は、その糸を辿ることにより、未来を知り、その元凶すらも探り当てることが出来てしまう。

 未来を断片的に視るのではなく、予め起こる事態を見れるからこその《予見》。

 原因まで判明してしまうとなれば、如何に言葉を並べようと、たとえ今が無害であると弁明しようとも聞き入れては貰えないだろう。

 

「《縁》……? 《隔絶僧》……? どういう事……先生は一体何者なの?」

 

 流石に当事者であるにも拘わらず、置いけぼりを喰らったステラは声をあげる。

 今までの話の流れから分かったのは仁の思惑とは別に大きな力が働いていること。

 それに関係しているのが《隔絶僧》とその異能に関係していること。

 そして、そのせいでステラが危うい立場に立っているということだろう。

 仁が連盟に組みしていないのは現在の状況から一目瞭然だ。

 ということはやはり、仁は何らかの組織と繋がっているのだろう。

 

「彼は《互眸鏡(ゲイザー)》の一人だ」

 

 その問いに答えたのは月影だった。

 

「《互眸鏡》?」

 

「……先生、それは一体?」

 

 聞いた事がない言葉に首を傾げたのは一輝とステラ、それから黒乃だった。

 学生騎士である二人はともかく連盟に属し、相応の力も保有している黒乃が知らないのは意外だった。

 対照に、寧音は「やっぱりか」と小さく呟いており、こちらは何か知っているらしい。

 黒乃と寧音との最たる違い、それはやはり――

 

「《互眸鏡》とは、《魔人》で構成された組織の名だ」

 

 《魔人》をおいて他にない。

 

「な……!? 《魔人》で構成された、だと……!?」

 

 その言葉からの脅威をより感じ取ったの黒乃だった。

 一輝もステラもまだ《魔人》の明確な恐ろしさを知っていない。確かに《比翼》と《黒騎士》という《魔人》を相手にした経験はあるが、二人共本気ではなかった。

 本気で、全力で暴れる《魔人》を二人は知らないのだ。

 たった一人の《魔人》ですら災害クラスに危険な存在だというのに、それが組織として形を持っているだと……?

 しかも全員が《魔人》。

 事情と脅威性を知る身としてはそれだけで頭痛と目眩に襲われてしまう。

 

「早とちりはしないでくれ、新宮寺君」

 

 表情にでも出ていたのか、月影は黒乃に声を掛けた。

 いや、実際月影自身初めて聞いた時は黒乃と同じ心境だった。

 複数の《魔人》が徒党を組み襲ってきたら……そんな恐怖を確かに感じたのだから。

 ――尤も、その実体を知ったからといって安心出来た訳でもないのだが……。

 

「彼等の目的はあくまで監視だ。それも外側ではなく内側の」

 

「内側?」

 

 相互監視。それが《互眸鏡》……ひいては属する《魔人》に課せられた絶対原則だ。

 

 《魔人》の中でも特に別格や上位とされる者達を御するのはまず難しい。

 素直に何処かしらの組織に従ってくれるのならいざ知らず、《魔人》になるような者でそんなのは稀有といえる。

 だからこそ、毒には毒を、力には力を、《魔人》には《魔人》をぶつけるのだ。

 近しい実力を持つ者達が複数人。互いが互いを監視し合い、下手な動きが出来ないようにする。

 その目的の為に作られたのが《互眸鏡》だ。

 それだけを聞くのであればまるで監獄や収容所か何かと思う者はいるだろう、強制的に連れて来られ、その役割を押し付けられた、と。

 だが、実際は違う。誘われる《魔人》にも拒否権はあるし、メリットもちゃんとある。

 そのメリットとはつまり、属する《魔人》との闘争だ。

 そんなもので、と思うかもしれないが、先も述べた通り《互眸鏡》は上位の《魔人》で構成されているのだ。個人の強さ、組織としての総合戦力、平均的な強さを見てもどの組織よりも優れている。

 何よりも《互眸鏡》は頂点に君臨する者――《最古の魔女》が桁外れの強さを持っている為、少しでも彼女に近付こうと研鑽する者が多い。

 つまり常にインフレを起こし続けている様な組織であり、そこに席を置く以上停滞は許されない。ただただ強くあれと、その為なら属する他の《魔人》すら利用しても構わない。最悪命を奪ってしまっても「仕方がない」で済まされてしまう。

 正に修羅地獄の如き闘争の坩堝(るつぼ)、その権化。

 真っ当な感性なら全力で拒否するような地獄だが、純粋に強さを求める《魔人》はその限りではない。

 果てなく強くあろう、より上を目指そうとする向上心の怪物達にとってそこは一種の理想郷ですらあるのだ。

 どんなに強くなろうとも上がいる。少しでも気を抜けば下にいたと思っていた者が喰らいついてくる。

 悪夢めいた濃縮・凝縮された競争に身を置き研鑽の限りを尽くす。

 その結果、個々の力量差が乖離することはなくなる。

 

 だが、強くなればそれに引き寄せられるように、強者が寄ってくる。

 それを表すかのように、《互眸鏡》に名を連ねる《魔人》は何れもが何処かしかとパイプを持っている。

 仁を例に出せば、エーデルワイスは《互眸鏡》に属してはいないが夫婦という間柄だ。元と現KOK世界ランキング三位の黒乃と寧音とは旧知の仲。

 個人同士の繋がりでさえこの過剰戦力だ。

 仁自身は彼女達の力を借りて何か騒ぎを起こそうという考えはない。

 しかし、事実としてそういった『力』も持っているという事だ。

 無論それは他の《魔人》にも言える。

 もし彼等が一丸となり世界を手に入れようなどと考え、実行すれば一日も経たず世界は掌握出来てしまう。

 するかしないかではなく、実行出来てしまうという事実が大事なのだ。

 故にこそ、『相互監視』という絶対原則が彼等には敷かれてる。

 そこには世界平和や安寧だとかそういう優しい理想ではなく、ただ無用な混乱のせいで自分達の研鑽が鈍るかもしれないという自己中心的な思考から来ているに過ぎないが……。

 

「……その様な者達が何故ヴァーミリオンを?」

 

 聞くだけでも明らかに異質で異端な組織だ。

 おおよそ組織としての動きはなく、どちらかというと『集団』と言った方が正しいのかもしれない。

 事実、そこに席を置く者は非常に少なく、現在は十一人しかいない。その世代や時代により数は変動するが、それでもおよそ十人が平均的な数字だ。

 凄まじい競争故か入れ替わりや脱落者も多いらしい。

 

「……彼等は《魔人》にとっての抑止力だ」

 

 《魔人》の中でも特に優れた力を持つ集団である以上、他の《魔人》にとって彼等は無視出来る存在ではない。

 何より、《覚醒》を果たした後に彼等の内の誰かとは遭遇する定めにある。その理由は、『警告』だ。

 彼等は別に正義の味方というわけではない。その為《魔人》が絡んだ事件や事案が起きようとも基本動くことはない。たとえそれがどんなに残忍残酷なものであろうとも彼等の研鑽に影響がなければ問題はないのだ。

 しかし、もし彼等の研鑽を邪魔するような事態が起こり得る場合はその限りではない。

 意図して起こす者、元凶となる者は排除される。

 一人ですら別格の力を持つ者が十一人。それを相手取るような事態をわざわざ起こそうと考える者はいないだろう。

 故の『警告』だ。

 結果として彼等の存在そのものが《魔人》にとってある種のストッパーとなった。

 如何な凶悪な犯罪者の《魔人》でも彼等との正面衝突だけは回避したいからだ。

 あの第二次世界大戦ですらあと少し長引き、被害が拡がっていたら当時の彼等が腰を上げていた可能性があった程度。本当にギリギリのラインだったのだ。

 ……まあ、だからこそ《暴君》はそのギリギリを突いたのかもしれないが……。

 

「それと同時に、自分達にとって害となる厄災を払いもする」

 

 如何に強く、別格の存在であろうとも彼等もまたこの世界に生きる者だ。

 最低でも自分達が研鑽出来る領域はなくてはいけない。

 それを奪う、害する者はどんな存在であろうとも敵と見なされる。

 つまり――。

 

「……アタシがその『厄災』だって言いたいの?」

 

 ステラは彼等にとってそう認定されたという事だ。


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