拝啓妻へ   作:朝人

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三十ニ話

「ま、そういう事だな」

 

「何でよ!? 理由を教えてよ先生!」

 

 淡白に返した仁に対し、ステラは苛立つ。

 唐突に死ぬか力を失うかの二択を迫られ、「お前は厄災だ」と断言されたのだから当然といえば当然だ。

 

「それは、お前が《竜》だからだ」

 

「え?」

 

 だが、尚も仁は淡々と語る。

 

「お前は言ったな、ドラゴンは『神話の世界に住まう頂点捕食者』だと。それは正しい。だが、故に争いの原因や発端にもなるんだよ」

 

「……っ!?」

 

 そう、多くの神話において《ドラゴン()》とは悪しきモノとして描かれる。

 圧倒的な生物故に、それを英雄が倒すのはある種のカタルシスだ。

 そこに夢とロマンがあり、読む者見る者を夢中にさせる。だからこそのその『役割』と『性能』が与えられているのだ。

 

「いいか、ヴァーミリオン。概念干渉系とは則ち、その概念を正しく理解し、それをどの様な形で顕現させるかだ。お前が今思い描いているドラゴンは何だ? どういう存在と認識している?」

 

「それ、は……」

 

「同じ概念干渉系の観点から言ってやろう。お前の思い描いているのはただの『暴竜』だ、違うか?」

 

 言葉を詰まらせたステラの代わりに仁はピシャリと言い切った。

 そうだ、ステラの思い描く《ドラゴン》とは絶対無比、何人にも負けない、神話を含めた上での食物連鎖の頂点に位置する存在。

 誰もが思い描くであろう正に理想とする《ドラゴン》の姿そのものだ。

 

「守護竜とかならともかく『暴竜』としてのイメージそのままに力をつけて行くのなら、お前は必ず『その通り』となる」

 

 だが、その姿勢は危険だ。

 そんな誰しもが思い描ける《ドラゴン》の概念を体現させ、力を増していくという事は『役割』もまた体現してしまう。

 つまりは神話と同じ、悪竜と化してしまう。

 たとえそこに本人の意思が介在せずともその様な『性質』となってしまうのだ。

 事実、ステラが七星剣舞祭で自らの異能の正体を高らかに宣言した試合からだ、《隔絶僧》が例の未来を予見し始めたのは。故にこそ既に本人の預かり知らぬ所でその事態になる、そういった思惑が蠢いているのだろう。

 

「だからこそ、お前は『害』と見なされた」

 

 たとえ、今その思惑を持つ者を処断した所で第二、第三の者が現れるだろう。

 それ程までに《ドラゴン》という神秘の怪物は人を魅了してしまうのだ。

 

「………………」

 

 言葉を失ったのははっきりと断言されたからか。

 いや、そうではない。

 単純に自身が思っていた以上の価値がステラにあった為だ。

 『価値』などと言えば良く言ってるように聞こえるかもしれないが、実際は迷惑を被っているだけ。

 何故自分の預かり知らぬ所で厄災や害やらと断定されなければいけないのか?

 意思など関係ないと言わんばかりに利用しようとする者が原因なのだろうが、それでも良い気分ではない。

 自然と強く拳を握っていた。

 

「……確かに、アタシがイメージしているのは大人しくて聞き分けの良いドラゴンじゃないわ。でもね……だからって、誰かに指図されたり、いいように使われたりするような軟弱なものでもないのよ!!」

 

 爆発した怒りの如く紅蓮の炎が巻き上がる。

 感情を表したかの様な荒れ狂っていたそれだったが、ステラが手を差し出すと収まるようにそこに集束する。

 

「倒すわよ! アタシを利用する奴も、そう強いるように仕向ける奴も全部! それで文句はないでしょ!!」

 

 次の瞬間には《妃竜の罪剣(レーヴァテイン)》を顕現させ、仁に向け宣言した。

 絶対強者の自負として、自分の力が目的で近付くような悪しき輩は悉くを塵芥に変えそう。

 そうすれば『暴竜』ではあるが『悪竜』となる事はない。

 彼等の言う所の『厄災』とはならないはずだ。

 

「アタシは強くなるって約束したの! イッキと一緒に! だから死ぬのも力を失うのもどっちもゴメンだわ!」

 

「……ステラ」

 

 ステラの啖呵につい顔が綻びそうになったが、気を引き締めて一輝も仁を睨み付ける。

 

「先生、貴方の……いえ、貴方達の事情はわかりました。でも、すみません。僕もステラとの約束を破りたくはないんです。だからもし、ステラに危害を加える気なら僕も黙ってはいません」

 

 そうして、自らの固有霊装を顕現させ、その切っ先を仁に向けた。

 仁の口ぶりからしてやむを得ない事情があるのは明白だ。しかし、だからといって見過ごす訳にはいかない。

 

「たとえ先生――貴方であろうと、斬り捨てます」

 

 人生で初めて出会えた恩師ともいうべき存在。誰かに教わることが出来なかった一輝が唯一教えを説いて貰った貴重な人物だ。

 その為、恩義を感じており、いつかは恩返しのようなものが出来ればいいとも思っていた程には一輝にとってその存在は大きい。

 だが流石に恋人に危害を加えるとなれば話は変わってくる。

 どんな人物であろうとも……それこそ恩師ですら例外ではない。

 

「イッキ……。そういう訳よ、悪いけど帰って貰えるかしら、先生? 今なら冗談で済ませてあげるわ」

 

 一輝の想いを感じ取ったのか、ステラもまた口が弧を描く。

 学生騎士とはいえ、七星剣舞祭の優勝と準優勝のツートップだ。実力は既にプロの騎士と同等かそれ以上だ。

 流石にそんな二人を同時に相手するには荷が重い――

 

「はぁ……まあ、お前らの性格から予想出来ていたが、やっぱりかぁ」

 

 そんな考えよりも、呆れからため息が漏れた。

 彼等の決定はステラの死だ。しかし、多少なりとも情を持った仁はそれ以外の選択も用意した。それが力の喪失だ。

 確かに失うものは多いが残るものもある。少なくとも一輝はステラが力を失おうとも傍に居てくれるはずと……そう思っていたのだが。

 これが出来る最大限の譲歩だったが……この様子では幾ら言っても首を縦には振らないだろう。

 とはいえ、だからといって「はい、わかりました」と簡単に引き下がれる案件でもない。

 いや、正確には引き下がってもいい。だが、結局仁の代わりに他の誰かがやってくるだけの話だ。

 そうなれば、手心も加減も容赦もなく、ステラは葬られてしまう。

 唯一仁だけが慈悲として選択肢を与えただけで、他の《魔人》にそんなものは存在しない。

 ただ、『邪魔な存在』として消されるだけだ。

 

「――仕方がない」

 

 引く気がないのは重々承知だ。

 だからこそ、此処からはこちらも本来の姿と力で対応しよう。

 それが最後の手向けとなるだろうから。

 

「《擬装》――解除」

 

 顔を覆うように右手を当て、そう呟いた瞬間――仁の姿が歪んで見えた。

 それはほんの一瞬の出来事であり、まるで蜃気楼のような、目の錯覚のようにも感じられる。

 しかし、無論そんなことはない。

 歪みがなくなると、仁の姿は変わっていた。

 黒髪は濃い青に変わり、目付きはより鋭く、深海を思わせる深い青の瞳。顔からは感情の色が薄くなったようだ。纏う空気は鋭利な刃物を彷彿とさせ、近付いただけで真っ二つにされそうだ。

 これが本来の姿なのだろう。

 そう一輝達が思うと同時に彼は顔から手を離し、二人を見据えた。

 瞬間――視界が下がった(・・・・・・・)

 

「っ――!!」

 

「え……!?」

 

 何故そうなったのかはすぐに理解出来た。

 一輝もステラも、あの仁と目を合うと同時に膝を着いていたのだ。

 ……何故?

 疑問符で頭は一杯になる。

 どうして自分は膝を着いている? どうして身体に力が入らない? どうしてこんなに息苦しい? どうしてこんなに視界が明暗する?

 次々と襲う身体の不調に困惑の色を隠せない。

 頭は混乱するも眼前の敵から目を逸してはいけないと、気概だけでも捉えようとして――出来なかった。

 直視が出来ない。『視る』という行為すら封じられているのか?

 ――否。

 あまりに突発的で、無意識的なものであったから気付くのが遅れたが、これは……恐怖だ。

 自らに巣食う本能が全力で警鐘を鳴らしている。

 アレと対峙してはいけない。アレと刃を交えるなどあってはならない。

 そう訴え続けているのだ。

 

「っ――」

 

 気付いた時には僅かに身体が仰け反った。足が動かない状態でも本能は退く事を選択している。

 数多の強者、好敵手(ライバル)を降し、自らもまた昇華したと思っていた。

 それは紛れもない事実だ。だが、それでもどうしようもない彼我の差を感じてしまった。

 元より、仁が《魔人》である事は月影から聞いていた。《魔人》の説明を聞いた際にもしやと思い確認してみたら正にその通りだった。

 故に普通の《伐刀者》でない事は理解していたはず。

 だが、それでも、あの仁の存在感は異常だ。見た目は一般的な男性よりも高い程度の身長。だというのに、まるでその中身は何十mもの巨人が入っているのではないかと思える程の重圧を感じるのだ。

 

(なんて圧迫感だ! 殺気や闘気ですらない! 純粋な存在感だけでここまで……!?)

 

 一輝もステラもかつては互いの師から殺気を向けられた経験がある。それは今まで過ごしてきた人生の中で特に濃く、凶悪なものだと思っていた。

 だが、今感じているそれは、そんなものすら軽く感じてしまえる程に、ただただ強大で圧倒的な物だ。

 

「ぁ、あ……ぁあアアァァ■■■■■■■――!!!」

 

 そんな圧倒的強者を前にして、ステラは吼えた。

 本来であれば《暴竜の咆吼(バハムートハウル)》を発動させれたのだろう。いや、寧ろそれをやるつもりだったのだ。

 だが、実際に出来たのはただの咆哮のみ。

 不発に終わり、悲鳴染みたそれを嘆く者は、果たしていなかった。

 何故なら、その咆哮に合わせるように彼女は震える身体に鞭を打ち、立ち上がったのだから。

 

「はぁ……! はぁ……!」

 

 息を切らせながらも何とか己の心を奮い立たせる。

 

 確かに、目視しただけで絶対的な彼我の差を感じてしまったが、それでもまだ戦ってすらいない。

 そんな相手を前に臆してなるものか。

 

「う、おおおぉぉオオオォォォ!!」

 

 そう、勇ましく立った姿に一輝は鼓舞された。

 彼もまた吼えた。

 ステラのようなドラゴンの咆哮ではなく、彼のは騎士としての魂の叫びだろう。

 本能が怖れを抱く程の相手。そうそう出会えることなどないそれを前に、尻込みするなど生粋の《挑戦者》が聞いて呆れる。

 ステラとは違い、《陰鉄》を杖代わりとして使ったが、彼もまた立ち上がる。

 

「ほぉ……」

 

 その姿を見ていた仁の口元が喜悦に歪む。

 仁は《魔人》の中でも上位に位置する存在だ。

 故に、相応な実力者以外は彼の気にあてられ戦意を喪失することが間々ある。一般人や未熟な騎士ならば意識を保つことすら出来ない。

 無論加減は出来る為、常という訳ではないが、はっきりと言ってそれは手間でしかない。

 だからこそ、教師をしている時はその姿と力を変えているのだ。そうしなければ、毎日何人の生徒が保健室送りになるか定かではない。

 そんな仁の本来の『気』に耐えるとは、やはり見込みがある。

 

「……惜しいな」

 

 だからこそ、実に惜しい。

 将来有望な騎士の命が散る事が……。

 

 

 

「ちっ! ビクともしねぇな」

 

「干渉そのものを断つか……厄介だな」

 

 舌打ちをした寧音は重力刀《八咫烏》を解除する。

 彼女の目の前には黒い幕の様な物がある。一見すると薄っぺらく、通れるようにも思えるが、実際はあらゆる物が通ることを許されない不干渉の壁だ。

 事実、今仕方寧音の《八咫烏》で切り裂こうとしたが見事に弾かれた。

 同じく黒乃の弾丸でも風穴一つ空けることが出来ない。

 

「《ブラックカーテン》。噂には聞いていたが、なるほど《遮断》の概念を用いればこのような事が出来るのか」

 

 その様子を眺め、一人頷いている月影。

 彼はこの能力に覚えがある。確か、第二次世界大戦の折にアメリカの兵士の一人が使用していたはず。

 《遮断》という概念干渉系の異能を最大限に用いた鉄壁の護りともいうものであり、実際かなり脅威であり、故に早々に危険視され対策されたらしい。

 その為使用者は既にこの世にはおらず、ただデータだけが残っている。月影はそれを見たことがあったから知っていたのだ。

 さて、では何故既にこの世にいない者の力が眼前に顕現しているのか?

 答えは到って簡単だ。

 それを『再現』出来てしまえる者がいるからだ。

 その人物はドームの観客席の一角にいた。

 ローブを彷彿とさせる真っ赤なドレス。人形の如き褪せた長い金髪。一見すれば二十代後半の淑女だが、実体はそんな生易しいものではない。

 

「《最古の魔女(ラストウィッチ)》。貴女まで来るとは……」

 

 《最古の魔女(ラストウィッチ)》。現状確認されている中で最古の《伐刀者》にして《魔人》。

 『記憶』という概念を司り、己が見聞き体験した事象は全て(・・)記録し、再現できるとされる正真正銘の怪物だ。

 彼女にかかれば半世紀も前に生きた《伐刀者》の力を再現するなど児戯に等しい。

 よってこの件――《遮断》の力により一輝達と分断した犯人は彼女と見ていい。

 

 月影と黒乃、寧音が一輝達から分断されたのは仁が《擬装》を解く直前。

 仁が《魔人》と本来の力を開放すると分かった瞬間、それを阻止しようと動こうとした、まさにその時だ。

 彼等の前に《ブラックカーテン》が顕れ、一切の干渉を封じたのは。

 犯人である《最古の魔女》は驚く程あっさりとその姿を現したが、それ以降目立った動きは見せていない。

 無論、黒乃と寧音も使用者を倒せば、この伐刀絶技を消せるのは理解しているが、流石に今回は相手が悪過ぎる。

 数百年生き、その間『記憶』された数多の《伐刀者》の力を有する魔女だ。

 どう過小評価した所で、万が一にも自分達に勝ち目は無い。

 何より、魔女からすればその数多の《伐刀者》の力すらもあくまで能力の一端でしかないのだ。

 真に恐ろしいのは『記憶』本来の力。

 事実上の不老不死すら体現させたその力の前では重力という純粋なエネルギーも、時間という因果干渉すらも無為と化す。

 だからこそ、彼女達はこうして手をこまねいているしか出来ないのだ。

 

「黒鉄、ヴァーミリオン……」

 

「あの野郎、マジで何考えてやがる……」

 

 教え子の安否と、腐れ縁の思惑が分からず、ただ案ずる事しか出来ない身を呪った。

 





『記憶』の概念干渉系は個人的にやばい思う異能トップ3に入る能力だと思ってます。

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