拝啓妻へ   作:朝人

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三十四話

「え……?」

 

 ――ピキリ、と。

 

 疑問の声をあげると同時に、嫌な亀裂音が耳に入った。

 出所は彼等が握っている物からだ。

 まさか!

 慌てて自らの霊装を確認すると、いつの間にか“罅”が入っていた。

 息を呑んだ。

 

「いつの間にって顔してるな? そんなの、さっきお前らの霊装に触れた時に決まっているだろ」

 

 それはつまり、一輝の《犀撃》を受け止めた時であり、ステラの一撃を逸した時だ。

 両方共ほんの一瞬の接触だったはず。その刹那で叩き込んだという。

 

「《魂現破壊》。説明は不要だな」

 

 名を《魂現破壊》。

 相手の固有霊装を破壊する仁オリジナルの伐刀絶技。

 二人……特にステラにとって忘れる事は出来ないはず。何故ならこの伐刀絶技は彼が赴任してきた際に、喧嘩していたステラと珠雫を仲裁する時に使用した技なのだから。

 当時は力を制限していた為に常に触れていなければ壊すまでに至れなかったが、それがなくなった今、僅かな接触ですら傷を与えることが出来るようになった。

 しかも――

 

(罅が……拡がっていく……!)

 

 一輝は亀裂が入った自らの霊装を観察する。

 すると、ゆっくりではあるが罅は確かに、拡がりを見せていたのだ。

 この現象は覚えがある。ステラと珠雫の霊装を破壊した時も、罅が全体に拡がり切った後だった。

 詰まる所これは霊装が壊れるまでの制限時間を表しているのだ。

 なるほど、確かにこれは悠長な事は出来ない。

 如何に《魔人》に覚醒した身とはいえ、魂の具現化でもある固有霊装が破壊されて無事なはずがない。

 間違いなく、気を失う程のダメージを精神に負うはずだ。

 そのタイムリミットが正にこの罅なのだろう。

 

(固有霊装への干渉……)

 

 仁の扱う異能の中でも飛び抜けて異質な力。

 そんな芸当すら出来るという事は、霊装にすら干渉出来る概念なのだろうが、果たしてそれが出来る物となれば、一体どんな概念が当て嵌まるのか?

 空間、具現化、霊装、魂……。

 繋がっていないようで、それらが内包している概念が必ずあるはずだ。それこそが仁の異能の正体。

 その汎用性、効果範囲から見て、かなり原初……それも普遍的に存在しているものに違いない。

 あまりに埒外な性能の異能に驚愕しながらも、何とか謎を紐解こうと、今この瞬間も脳をフル回転させている。

 対して、ステラは一度破壊された経験がある為か、苦虫を噛み潰したような顔をしている。

 

「だったら――!!」

 

 だが、それはあくまで過去の話。

 

「《竜神憑依(ドラゴンスピリット)》ォォォォォ!!」

 

 瞬間、ステラは《ドラゴン》の体現者となる。

 正に咆哮と呼べる程の大地を揺るがすような爆音が吐き出される。

 明滅した身体と共にそれが終わるとステラの纏う空気も変わる。

 爆発的に跳ね上がった身体能力、並外れた回復力、常に高温を宿す肉体。

 見た目こそ可憐な少女の姿そのままだが、性能(スペック)は今までとは比にならない程格段に向上している。

 無類の力とも言えるそれにも無論弱点はあり、それが魔力の他に膨大なカロリーを消費するという点だ。

 故に、一輝程ではないにしろ長期戦には向かないが、その懸念も仁の《魂現破壊》のお陰で消え失せた。

 どの道制限時間をつけられたのならば、今更出し惜しみをする意味はない。

 そう判断し、ステラは《竜神憑依》を発動させたのだ。

 

「フン!!」

 

 そうして竜の膂力を手にしたステラは先程と比べものにならない速度で仁に接近すると、左手でボディブローを喰らわした。

 それは見事に仁の腹部を捉えた。

 だがしかし、直撃の寸前に仁は右手に易々と受け止める。

 瞬間、空気すら震わす衝撃が周囲に伝わった。仁自身はともかく、彼が立っているコンクリートブロック、その半径十mは粉々に砕け散った。

 それだけの重い一撃を受けて尚、眉一つすら動かさない。

 竜の膂力を、灼熱の拳を真っ向から受け止めているはずなのに、骨は砕けるどころか罅も入っていない。皮膚も焼かれても、爛れてもいない。

 本気の竜の一撃ですら、仁の前では無力なのか。

 そう思い、落胆は――しなかった。

 

「《妃竜の大顎(ドラゴンファング)》!!」

 

 効いていないと分かった瞬間、ステラの判断は早かった。

 その体勢、拳を受け止められた状態にも拘わらずステラは《妃竜の大顎》を放つ。

 密着状態、零距離から放たれた炎竜は仁を喰らいそのまま天へと昇っていく。

 一見するならこれで終わりと思うだろうが、ステラは確信している。

 こんなのでやられてくれる程、仁は柔くはない。

 だからこそ追撃すべく、炎の翼を展開すると後を追うように空を翔けた。

 竜を彷彿とさせる大きな紅蓮の翼を纏ったステラの速度は速く、先に放った《妃竜の大顎》をすぐに追い越した。

 そして、上を取ると同時に炎竜の身体は火の粉に変じる。

 

「《爪刃》」

 

 まるで巨大な爪で引き裂かれたかのように八つ裂きにされたが、真実その通りだ。

 仁が何かを爪で裂くような動作をし終えている所から見るに、伐刀絶技によって破壊されたのだ。

 炎竜に呑まれてからほんの少ししか時間は経っていない上に、やはり(・・・)一つとして焼け跡はない。

 僅かな時間稼ぎにしかならなかったが、それでいい。

 

「《妃竜の大顎》!!」

 

 本命はこちらだと言わんばかりに上空から二発目の《妃竜の大顎》を放つ。

 その大きさは先程よりも大きく、優に倍はある。容易く再び仁を呑み込む事だろう。

 しかし、不意打ちとはいえ先程と比べ距離がある。

 如何に速く迫り来ようとも、僅かな時間があれば仁にとっては十分だ。

 巨大な顎を開き、喰い殺さんとする炎竜を視界に捉えると、それに向け右手を向け、握り潰すような動作をする。

 すると、最初に見せたのと同じ現象が起こる。

 炎竜は断末魔の悲鳴を挙げながら、その身体が崩れていき四散。

 ――すると思いきや、炎の残骸の中、未だに燃え続ける塊があった。

 それは小さな隕石の様に仁目掛けて落下する。

 炎により赤々と染まっていたそれは、纏っていた炎が剥がれていき、ついに実体を露わにする。

 

「なに……!?」

 

 ここにきて仁は初めて驚愕に目を見開いた。

 その隕石の正体は――一輝だった。

 凄まじい速さで《陰鉄》を構え接近してくる。

 何故一輝が……!

 咄嗟の事とはいえ、即座に思考を切り替え、彼の後ろにいるステラの姿を観察し、合点がいった。

 

(なるほど、翼で隠していたのか)

 

 そう、ステラが展開した炎の翼は異様に大きかったのだ。それこそ人独りを隠すには十分な大きさだ。

 二度も放った《妃竜の大顎》は囮。いや、悟らせないようの目眩ましだ。

 真の本命は一輝。

 《妃竜の大顎》も炎の翼も……いや《竜神憑依》すらも全てはこの為の布石か。

 即席とはいえ見事なコンビネーションだ。

 事実、仁は度肝を抜かれた。虚を突くことには成功したのだ。

 ――だからこそ惜しい。

 

「《閃刃》」

 

 無数の斬撃が一輝を襲う。

 仁が得意とする《閃刃》は挙動を必要としない。

 故にどのような体勢であろうとも放つことが出来るのだ。

 突如生み出された斬撃の群れに、重力に逆らえない一輝は飛び込む。

 逃れることは不可能だ。

 確定された未来は真実その通りとなり、一輝は幾つもの《閃刃》の餌食となり、その姿は陽炎の様に(・・・・・)消え失せてしまう。

 そして、その後ろから新たにもう一人の一輝が現れた。

 

「っ!?」

 

 二度に渡る驚愕。

 先の《閃刃》に切り裂かれた一輝は幻だったのだ。

 一輝の使う秘剣《蜃気狼》ではない。空中にいる以上足捌きで残像を作りだすのは物理的に無理だ。

 そうなれば考えられるのはステラの《陽炎の暗幕(フレイムベール)》を措いて他にない。

 幻を先行させることで一輝への被害を少なくしたのだ。

 とはいえ、如何に幻を囮にしようとも離れ過ぎれば気付かれてしまう。故に《閃刃》を完全に回避することは出来ず、一輝は至る所に裂傷がある。そして、《妃竜の大顎》を隠れ蓑にしていたのも事実な為に火傷も負っている。

 それほどの覚悟、肉を切らせて骨を断つ精神で特攻してきたのだ。

 その甲斐あって一輝の間合いに入った。

 リーチはこちらの方が有利であり、一撃で仕留めるべく首目掛けて振り切り、空を切った(・・・・・)

 

「なっ!?」

 

 今度は一輝が息を呑んだ。

 流石の仁とて回避出来ないであろう空中を狙って斬り込んだというのに、どういう訳か標的を見失ってしまった。

 唯一、避けられたと分かった瞬間。

 

「ステラ! 上だ!」

 

 次に狙われるであろうステラに視線を移し、叫んだ。

 ハッとし上を向いたと同時にステラは顔面を鷲掴みにされ、そのまま落下する。

 

(重い!!)

 

 幾度も炎の翼を広げ、羽ばたかせても逃れることが出来ず、重力に従い落ちていく。

 如何に相手が成人男性で体重がステラよりも重いとしても、能力で飛翔しているその身が逃れられないのはおかしい。これもまた仁の異能による産物なのか。

 思考が過ぎり、抵抗を試みようとするが――。

 

「がは……!!」

 

 想定よりも速い速度で落下していたらしく、気付けば地面に叩きつけられていた。

 その衝撃は何トンもある大岩が落ちてきた様で、地響きと振動が周囲に響き渡る。

 

「やはり、頑丈だな」

 

 高度から勢いよく落ちたというのに、両者共に怪我一つない。

 ステラはともかく、仁はやはり何かしらの異能を使っているのだろうか。

 しかし、頭を固定され地面に叩きつけられたステラは軽い脳震盪が起きていた。

 視界がボヤけ、上手く仁を捉えられない。

 だが痛覚により、鷲掴みにしている仁の握力が増していくのが分かる。

 このまま行けば、頭が握り潰されてしまう――!

 正にその直前。数瞬遅れて落ちてきた一輝が、受け身を取ってすぐ仁に向け、刃を振るう。

 ステラを抑え、硬直した状態。その隙を突いての一撃だ。

 先と同様、一撃で仕留めれるよう首を狙う。

 今回は、逃げられないように朧気ながらステラも離さないよう仁の腕を掴んでいる。

 そして、先程見失った距離まで来たが、仁は未だにいる。

 今度こそ斬る。

 その想いを刃に乗せ、渾身の一撃を放つ。

 

 ――だが、しかし《陰鉄》はそこに何もなかったかの様にすり抜けてしまった。

 

 勢いそのままに通り過ぎた一輝は、驚きよりも先に再度斬り込もうとし、身体を向き直る。

 同時に、ステラが一輝に向け投げ飛ばされる。

 咄嗟に受け止めようとするが、《竜神憑依》で灼熱の肉体と化している為に身を焦がすような熱量が一輝を襲う。

 だが、そこは何かと頑丈な一輝。落とすことなく受け止めると、ステラを地面に降ろす。

 

「大丈夫!? イッキ!!」

 

「うん……僕は平気だよ」

 

 火傷を負ったこともそうだが、先の件を含めての謝罪なのだろう。

 《妃竜の大顎》を隠れ蓑にするという案は確かに奇抜で虚を突くには申し分なかった。普通ならアレで一撃入れれたはずだったのだが、今回は相手が悪かった。

 一輝達は知らないが、仁には《縮帯迫狭》という実質転移の様なことが出来る伐刀絶技がある。それを使えば、たとえ空中であろうとも関係なく移動が出来てしまう。

 

「……ごめんなさい、イッキ。ヒントになりそうな物、引き出せなかった」

 

 いくら一輝が耐えれる程に《妃竜の大顎》の火力を落としていたとはいえ、それでも仁に欺く為にもギリギリの調整で放った為火傷を負うのは必至だったのだ。

 そうまでして身を切る一撃すらも通用しなかった。危ない目に遭わせてしまったのに成果が出せなかったことにステラは下唇を噛んだ。 

 

「……いや、そんな事はないよ」

 

 だが、一輝はその言葉を否定した。

 「え?」とステラが疑問の声を挙げ、一輝に顔を向ける。

 

「分かったんだ、先生の異能の正体が」

 

 そして彼の衝撃的な発言に息を呑む。

 

「候補としては浮かんでいたんだ。でも、それはあまりに常軌を逸するものだったから一度は除外した」

 

 既に一輝は一度は目星を付けていたらしい。

 ステラも同じく戦っている中でどういう能力か思考していたが、結局解明は出来なかった。

 やはり観察眼において一輝はずば抜けているのだろう。

 流石だと思いつつも耳を傾ける。

 

「でも、今までの先生の使った力、それを全て扱えるのはやはりこれしかない。何よりもステラが証明してくれた、見た事も聞いた事がないものでも未知の異能がまだあるという事を」

 

 ステラと同じ《ドラゴン》の異能を持つ者を一輝は知らない。

 異能と一言で言っても千差万別だ。大体は過去に発現、発見されたものと比較して、どのようなものか見定める場合が多い。自身で気付ける事もあるが、汎用性の高かったり、一側面の力が強力だと本人ですら誤認したままの場合すらある。

 その為、中には一度として見つかっていない、もしくは正しく理解されなかったものもあるはずで、ステラの《ドラゴン》もまたその内の一つだったのだろう。

 そういった例を間近で見たからこそ、一輝は一度は除外したその選択肢をまた掬い上げたのだ。

 

「その事を加味して考えた結果、僕はこれ以外に思い付かなかった」

 

 今回の戦闘以外でも体験した事象、それらの事まで思い返し考察した。

 《胡蝶の夢》を含め、まるで空間に干渉するかのような力。しかし、もしそれならば先の一輝の特攻の際に隠れ蓑にした《妃竜の大顎》が破壊される時、一輝も諸共に消し飛んでなければおかしいのだ。

 最も得意とする具現化能力もまた物質だけに干渉するのであれば固有霊装への干渉は説明出来ず、また《閃刃》や自らの肉体を変質させていた《擬装》の説明には説得力が足りない。

 その上、先に見せた空間転移を思わせる力と、自らの肉体すらも透過する異質さ。

 純粋でいて、普遍的、そしてもし干渉出来るのならば凶悪極まりない概念であろう。

 恐らくは万物万象が内包しているであろうその名は――。

 

「――《存在》」

 

「……え? 今、なんて言ったの、イッキ……?」

 

 耳を傾け、一言一句漏らさず聞いていたはずだったが、もしや聞き間違えたのだろうか?

 そう思い、恐る恐る再度訊ねた。

 頭では理解している聞き間違いなはずがないと、ちゃんと聞き取ったのだ。

 しかし、感情は受け入れることが出来なかった。

 だってそうだろう? もし、本当にその概念に干渉出来るというのなら……。

 それはつまり、事実上この世界にある全てのもの(・・・・・・・・・・・・)に干渉出来るということなのだから。

 だからこそ、否定して欲しくて訊ねたのだ。

 だが――。

 

「先生の異能は、《存在》の概念干渉系だ」

 

 無情にも、今度こそ一輝ははっきりと言い切った。

 その言葉にステラは絶句する。

 言った本人である一輝すら沈痛な面持ちだ。

 認めたくないのは一輝とて同じだろう。

 だがそれでも、きちんと受け止めて立ち向かわなければいけない。

 それだけ眼前に佇む《魔人》は驚異的な力を宿しているのだから……。

 

「はっ!」

 

 真相に気付き、尚も諦めない眼をする一輝に、魔人()は愉快に笑みを浮かべた。


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