拝啓妻へ   作:朝人

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三十五話

「《存在》の概念干渉系……それが彼の真の異能だと……?」

 

 遮断された空間の外。

 手をこまねくことしか出来ない三人の話題は、《ブラックカーテン》の向こうへと行った二人の生徒と仁に関することだった。

 一輝とステラの実力は知っているが、仁に対してだけは知らない月影がかつて互いに研鑽しあった黒乃と寧音に対して訊ねた。

 その際に、仁の異能について語られたのだ。

 

「だが、彼の異能は確か……」

 

 《欠落具現》という歪な形で発現した具現化能力のはず。

 少なくとも、月影は情報としてそれを識ったはずだ。

 異能が二つある? そういう訳でもないのだろう。

 ――いや。

 

「そもそもの話、前提からおかしいのさ」

 

 月影の疑問に答えたのは寧音だ。

 つまらなそうに鉄扇で肩をトントンと叩きながらも《ブラックカーテン》の方を見続けている。

 

「前提とは?」

 

 何を以っての前提なのか、そこが気になった月影は疑問をそのままに口にする。

 

「んなの決まってんだろ? ――なんで異能に固有名称が付けられてんだよ?」

 

「っ――!?」

 

 その言葉にハッとする。

 そうだ、どんな異能であれ固有名称を付けるというのは本来あり得ない。

 基本的に何を司り、どの力の系統かが判明すればいいだけなのだからわざわざ名を付ける意味はない。

 なのに何故そんな異能があるなどと思い込んでいたのか、それはそうなるように仕込まれていたからだろう。

 

「名称が付いているということは識別しなければいけなかった理由があるはず」

 

 そして黒乃の言う通り、わざわざ特定の異能に名前を付けるということは、明らかに他の異能と分けなければいけない理由があるはずだ。

 

「……なるほど、《存在》の異能はそれ程に危険という事か……」

 

 なまじ人生経験が豊富で、相応の立場にいるからか月影はその理由をすぐに理解した。

 別段難しく考える必要はない。もし仮に《存在》に干渉出来る異能を持つ者が出た場合、その力で何が出来るか、出来てしまえるかを考えればいいだけの話だ。

 

 ある一説では宇宙が生まれる前は『存在』という概念すら存在しなかったという。

 つまり逆説的に言えば宇宙が生まれた瞬間初めて誕生したのは存在という概念であるともいえる。

 それだけ原初にして普遍の概念なのだ。

 そして、存在という概念は与える影響も大きい。時間や空間ですら観測者が存在しなければ、明確に在るという証明が出来ない。

 無論、因果――原因と結果にも関わりはある。

 いや、もっと広くいうのなら、この宇宙に在るもの全てが等しく存在という概念を内包しているのだ。それは実際にないもの、例えば架空や伝説のものですら例外ではない。どんな形であれ『在る』以上は存在しているのだから……。

 そう考えれば、如何に凶悪でデタラメな力なのか分かるだろう。

 ――とはいえ、本当に万能の力ならわざわざ偽って隠す意味はないはずだ。

 

「つっても、アイツが言うには《存在》って言うのはかなりデリケートなものらしいぜ」

 

 普遍的に内包しているということはそれだけ因果にも拘わり易いという事だ。

 その為、迂闊な行為はそのまま自分の首を絞める。

 特に起きやすいのはやはり『存在の消滅』だろう。

 もしも、《存在》という大きな要素に干渉出来る場合、真っ先に思い付き尚且つ実用性が高そうなものを思い浮かべるとしたら大多数はそう考えるだろう。

 目障りな者を消そうと考える者はいるだろう。それは異能の保持者本人であったり、利用しようとする者であったりと様々だ。しかし、その思考を抱く人物は必ずいる。

 そうしてその欲望のまま力を行使して平気なのか? と問われれば勿論そんなはずはない。

 瞬間的な物、例えばマッチの火とかのように持続性が少ないものならともかく、人間の寿命は他の生物と比べても長い。おまけに関わりや繋がりというものに大きく影響される。

 その分、一人が人生で起こす因果は思いの外多い。

 しかもそれが一般人とかではなく、多大な影響力を持つ有力者や実力者の場合計り知れないだろう。

 その存在を丸ごと消して影響が出ないはずがない。必ず矛盾が生じ、代償を払うことになる。それは時として災害にすら発展する。

 ならば今生きている人を神隠しの様に消すだけなら影響が出ないのかと問われれば、それもまた違う。

 《存在》は概念だが、因果と切っても切れない関係だ。そして因果には少なからず時間が関与する。原因と結果。この二つは全く同時に起きる訳ではないからだ。

 因果と密接な関わりがある以上、概念干渉系の力として扱うには緻密で繊細な、それこそ常に針の穴に糸を通すような正確性が求められる。失敗した時の反動は非常に大きい。

 『存在を消す』。口では簡単に言えるが、因果律を狂わせないように出来た者は長い歴史の中でもいなかった。

 少なくとも、扱える者など今後出ないだろうと見限り、『欠陥品』の烙印を押した《最古の魔女》、彼女が生きた数百年に及ぶ歴史の中にはいなかったのだ。

 

 だからこそ、それを実現出来た仁は稀有な存在だ。

 皮肉な事に、誤った認識をそのまま鵜呑みにすることで具現化という方向性に持っていき、更には高い魔力制御までも身に付けることに成功したのだから、正に奇跡の産物に等しかっただろう。

 己の真の異能に気付いた後ですら、出来る限り存在を消滅させるという手段を取ることはなく、もし使うとしてもそれは瞬間的に生み出された技や魔術に対してのみ。

 自らの保持した異能の危険性を見抜いているからこそ、慎重に扱う。

 仁が人を蘇生させる場合も決まって《胡蝶の夢》の範囲内でだ。その理由もまた現実での因果に絡ませない為。あの空間は一種の夢だ、夢の中でなら死んでも現実に影響はない

 仁の異能では現実に起こったことを反故にしようとすると、余計なものにまで触れてしまう可能性がある。だからこそ、その時々で使い方を変える必要性がある。

 万能のようでいて、実は色々と制約を定めないと真っ当には使えないのだ。

 ハイリスクハイリターン。見合った性能を引き出すことは出来るが、誤った時のリスクは尋常ではなく高い。

 そんなものを駆使し、《魔人》の域にまで昇華した仁を相手に一輝達は果たして大丈夫なのか?

 恐らく彼等の答えは同じだ。普通に考えれば無事でいられる訳がない。

 如何に《魔人》と化した一輝、《ドラゴン》の概念干渉系を持ち且つ世界最高の魔力を保持しているステラの二人とてまず倒すことは出来ない。それだけ仁との間にある差は大きい。

 だからこそ、そう思うのは当然なのだが……それにしては時間が掛かり過ぎている気がする。

 月影はともかく、寧音と黒乃は仁の実力を知っている。確かに昨今の程は刃を交えていない為不明ではある。しかし、仁は二人とは違い、立ち止まらず強さを求め今尚研鑽し続けているのだ。

 その事を踏まえて考慮すれば、どう足掻いたとて一輝とステラに勝ち目はない。

 それこそ、本気で殺しにいくのであればとっくに決着が着いているはずなのだ。

 だがどうした事か、未だ遮断の幕は上がらない。つまり決着は着いていないのだ。

 《最古の魔女》も動く気配はなく静観しているだけ。

 何か意図があると考えるべきか。

 

「新宮寺君」

 

「今は待ちましょう、それ以外に私達が出来る事はありません」

 

 不気味な程に動かない《最古の魔女》。

 彼女がいる理由も不明だ。ただ今回の一件の妨害を阻止したいのなら手段は幾らでもあるはずだ。仁の異能ならそれをするのは可能なはずなのだから。

 わざわざこのタイミングで、《最古の魔女》の手を借りてまで行うということは、やはり裏があるのだろう。

 そこを信じる以外に彼女達には選択肢はないのだ。

 寧音は既にそれを察しているのだろう。遮断の幕を注視こそしているが、無駄な警戒は解いたらしい。

 そんな好敵手の姿に黒乃もまた倣うのだった――。

 

 


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