拝啓妻へ   作:朝人

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リハビリでなんとなく書いてみた。


本編
プロローグ


 ――愛する妻へ

 

 まず、突然姿を消したことに対して謝罪を……すまない。

 別に「嫌いになった」とか「愛想を尽かした」とかそういったものではないのでそこのところは安心して欲しい。

 実は知人から呼び出しを受け、急ではあるが里帰りすることになった。

 いきなりではあるし、断ることも出来たが、彼女には昔貰った大きな「借り」がある。

 向こうも本当に人手が足りないようだし、この際だから「借り」を返しに行こうと思った次第だ。

 ちなみにキミに相談せず独断で決めた理由は、「言ったら止められる可能性がある」のと「下手したら着いてくる可能性」があったからだ。

 特に後者は問題しかないので、すまないが暫くの間留守を頼む。

 出来る限り早く帰ってきたいと思っているが実際の所どうなるかは分からない。

 とりあえず定期的に連絡はするつもりなので、色々と早まらないでほしい。

 では、行ってきます――。

 

 

 そんな置き手紙をして発ったのが今から数日前だったのを懐かしむように思い出す。

 現在自分は『彼女』が理事長へと就任した学園、そしてその理事長室の前にいる。

 最後に会ったのは数年前。とある事情により生まれ育った国を離れなくてはいけなくなった時だ。

 それからは縁遠くなり、連絡等も互いにしなかったのだが……今回の一件で久しぶりの再会となる。

 一体どうなっているか。期待半分不安半分といった心境で扉を二回ノックする。

 

「入れ」

 

 了承を貰うとドアを開け、中に入る。

 

「失礼しま――」

 

 その瞬間、タバコ特有の臭いが鼻をついた。臭いのキツさ的に一本や二本でないことは明らかだ。

 ――ああ、これはダメな方に成長したのでは?

 そんな失礼な思考が一瞬でも巡ってしまったが、これから世話になるのだ。

 背けたい現実であろうとも立ち向かわねばいけない。

 

「失礼します」

 

 覚悟を決め、言い直し理事長室へ入る。

 

 そこにいたのは黒髪を纏め上げたスーツ姿の女性。

 記憶の中の知人と照らし合わせ、経過した年数も加味すれば彼女――新宮寺黒乃本人である事が確認出来た。

 数年が経ち、結婚し子供も出来、今では立派な大人の女性になったと聞いていたが、現物を見て「あぁ、あの彼女がかぁ」と一種の感慨に耽ってしまった。

 そんな彼女、黒乃は立派な椅子に腰掛け、こちらを視界に入れると顔をしかめた。

 

「誰だ、お前?」

 

「帰っていいか」

 

 予想の斜め上を行く発言につい本気で思ったことが口に出てしまった。

 しかし、よくよく今の『自分』の姿を思い出し、頭を掻く。

 

「お前が用意した戸籍(プロフィール)だろうが」

 

 ため息混じりでそう言うと合点がいったらしく、「あぁ」という言葉が漏れた。

 黒乃の方はともかく、自分は昔と姿が変わっている。ちょっとやそっとの変装ではなく彼自身の異能を用いての物だ。

 諸事情により、実名や本来の姿で帰国するのが出来ない彼の為にわざわざ用意してくれたらしい。

 事、騙すことにおいては右に出る者はいないと自負出来るそれが今回は仇となった。

 

「悪いな、すっかり忘れていた」

 

 おまけに当の本人も忘れていたらしく、完全に誰か分からなかったようだ。

 しかし悪びれもせず言うこの図太い精神は間違いなく黒乃本人だ。

 嫌な事で再確認した後、ため息を一つ。

 

「久しぶりだな。……確か、今は一ノ瀬だったか?」

 

 記憶をほじくり返し何とか出てきた名前を尋ねる。

 

「ああ、『一ノ瀬 仁(いちのせ じん)』。それが、今回お前が用意してくれた俺の名前だろ」

 

 『自分』の――『一ノ瀬 仁』としてのプロフィールを再認識する。

 一ノ瀬 仁。容姿は黒髪黒眼の青年。新宮寺の遠縁の伐刀者(ブレイザー)であり、ランクはC。

 黒乃の夫である新宮寺琢海の伝で急遽臨時講師として来た。

 そういう『設定』である。

 

「そうだったな。ならば仁、再会を祝して一杯どうだ?」

 

「後でな。まずは俺が暫く厄介になる所と、仕事の内容をもう少し具体的に教えてくれ」

 

 誘いを一蹴されるも中身が変わっていないことに苦笑する。

 

「相変わらず馬鹿みたいに真面目だな」

 

 数年振りの再会だというのにロマンも何もあったものではない、だがそれが却って自分達らしいと内心ほくそ笑む。

 仁の要望に応えるように机の引き出しから纏められた資料を出す。結構な量があった為かドンという音が出た。

 

「事前に言った通りだ。お前には臨時として講師をしてもらう、ついでと言ってはなんだがクラスも受け持て。今は本当に人手不足でな、悪いが拒否権はない」

 

 一方的な押し付けに反対すら許さないとは流石といえる。

 元より拒否するつもりはないし、黒乃もそこは理解しているのだろう。仁の性格上拒否するのであれば、まず話自体を断ることは目に見えている。その為、多少仕事が増えようとも引き受ける事は明らかだ。

 現に受け取った資料に書かれている事を異常な速さで読み込み、内容を頭に叩き込んでいっている。

 一分も掛からずに辞書程の厚さもあった資料を黙読完了すると質問が一つ。

 

「ちなみに『臨時』との事だが、期間はどれくらいと見積もればいい?」

 

 その辺りは個人の契約に含まれるせいなのか、書かれていなかったらしい。

 とはいえ臨時。そんなに長くはないだろうと――

 

「多少の前後はするだろうが、大体一年だ」

 

 思っていたら予想より多分にオーバーしてしまい、頭を抱えた。左手薬指にはめられた銀の指輪が光る。

 

「……ヘソを曲げられるな、これは」

 

 頭の中の妻が無言で圧を放っている。

 保険としていつ帰れるかは伏せてきたが、流石にその期間ほったらかしはマズイ、絶対に。

 

「……まあ、私の方からも弁護はしておくから腹を決めろ」

 

 何の事で悩んでいるのか察した黒乃はそう言い聞かせた。

 相手が相手だけに、下手をしたら黒乃自身も――いや、むしろ実質元凶とも言える黒乃の方が危険かもしれない。

 

(こいつへの執着は相当なものだからな)

 

 了承を得ても、滞在中に仁の身に何かあれば飛んできて戦争を始めてもおかしくはない。そんな核弾頭並に扱いが難しいのが仁の嫁だ。

 

(もっとも、そんな奴がそうそういる訳がないがな)

 

 仁の実力は知っている。少なくとも何処かの馬の骨にやられる程脆弱ではない。

 それこそこの学園で彼を倒せる可能性があるものは黒乃を除けばあと一人しか思い浮かばない。

 

「お~い、くーちゃん、飯食いに行こうぜ~」

 

 そして不意にその声が聞こえた。

 気付けば理事長室にはもう一人いた。

 大人の女性を体現したかのような黒乃とは真逆に童女のような女性。

 着崩した着物を纏った黒髪の彼女は西京 寧音。現世界ランキング三位という末恐ろしい力の持ち主である。

 彼女も現在この学園の臨時講師として滞在しているのだが。

 

「げ」

 

「ん?」

 

「しまった」

 

 寧音の姿を確認した仁は明らかに動揺し、そんな様子の仁を寧音は小首を傾げて凝視し、その二人の遭遇に思わず声を上げてしまった黒乃。

 それから、時間が止まったかのように十秒、誰も動けずにいた。

 

「あ」

 

 しかし、そこからいち早く立ち直ったのは寧音であり、何かを察したのか俯き体がプルプルと震えている。

 そして――

 

「どの(ツラ)下げて戻って来やがったテメェ!!」

 

「何でいるんだよ!? 聞いてないぞ! 新宮寺!」

 

 突如として怒髪天。

 怒りの化身と化した寧音から逃れるように仁は理事長室から去って行った。そしてそれを追いかけるように寧音も退室。

 寧音の怒りの余波で見るも無残な惨状と化した室内に残されたのは黒乃だけとなった。

 そこに佇む彼女はタバコを一本取り出し吸う。

 

「さて、どうするか……」

 

 数年という月日が経過していたとはいえ、二人に因縁がある事を忘れていた黒乃は先行きが少しばかり不安になってしまった。

 ――とりあえずこれ吸ってから考えよう。

 ある種の現実逃避を思いながら黒乃は紫煙を吐くのだった。


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