「はああぁあああァァぁぁあああ!!!」
手応えを確かに感じたステラは直撃させた後も尚も緩めることなく、炎剣を叩き付けた。
骨どころか髪一本すら残さない勢いで燃え続けるそれは、ついには螺旋の状態を保つことが出来ずに爆発を起こし、周囲一帯が炎へと変える。
ステラは自分と一輝を守るべく《妃竜の羽衣》で防御する。
放った術者ですら守らなければならない程の余波。本来では起こり得ない事象だ。
しかし、ステラは確かに感じた。膨大な熱量を持つ《天壌焼き焦がす竜王の焔》は確実に直撃した……にも拘わらず、暴発する最後の瞬間までその手応えは消えなかった。
それはつまり、鉄すらも跡形もなく溶かす熱量の中でも仁はその姿を保ち続けたということだ。
存在という絶対的な概念に干渉出来る故か、純粋に仁が規格外すぎる為か。恐らくは両者であろうが、爆発によりその生死は不確かなものとなった。
現状のステラが発揮出来る最大出力の《天壌焼き焦がす竜王の焔》。直撃したことは確実、だからこそ倒れていて欲しい。
跡形もなくは……無理かもしれないが、せめて再起不能、戦意喪失する位にはダメージを負って貰わなければステラと一輝に打つ手はもうない。
祈るように火の海を睨みつけていたステラだったが――それは叶うことはなかった。
「ハハハハハハハハハハッッ!!!」
突如として狂ったような高笑いが響く。
空気そのものを震わせるような、聴いていると胃に石でも落とされているかのような、酷く重く、潜在的な恐怖を感じる声だ。
それはステラだけでなく、燃え広がったはずの炎すらもその笑い声に
たった数秒。その間響いた笑い声だけで、周囲を覆っていたはずの炎は残らず消え去っていた。
そしてそんな中残されたのは、やはり仁だった。
天を仰ぐかのように恍惚ともいうべき不気味な笑みを浮かべていた彼は、静かにその視線をステラに向けた。
「っ!?」
「ひっ」と小さな悲鳴が出るかと思いきや、それすらも出来なかった。
ただ視線を合わせただけで身体が石にでもなったかのようにピクリとも動かない。
それ程までに今眼前にいる仁は純粋に恐ろしかった。
にやりと三日月のように歪む口、宝石や玩具でも見るかのような爛々とした瞳。
それらが自分に向けられていると思うと、心の底から恐怖が湧き上がる。
今まで見たことのない姿は得体が知れず、本当に自分達が知っている仁なのかと疑う程だ。
「なんで……どうして無事なのよ!?」
そして、無傷な姿を見てステラは狼狽した。
確かに完全に倒せるとは思っていなかったが、それでも五体満足な上に火傷一つないとはどういう事だ?
かつてない困惑に声を荒らげてしまっていた。
その姿を見て仁はニタリと嗤った。
「いや、実際危なかったぞ? あと一瞬でも遅ければ俺の肉体は塵も残さず消えていただろう」
仁の言った事は正しい。
如何に強力な防御の力があろうとも僅かな綻びがあれば瓦解するには十分。
《位相皮》と魔力障壁による二段構えも一輝の残した一撃により、その綻びとなっていた。如何に強固な鎧とて内側からの攻撃には弱いのだ。
あのまま受けていれば、そこから膨大な熱量が体内に入り込み一瞬の内に灰と化したことだろう。
「ならッ――!?」
「どうして、か。まあ、あのタイミングだと避けれなかったからなぁ……その疑問は尤もだ」
それが分かっているからこそステラは激しく動揺をした。その心情を汲み取るかのように頷いた。
事実として、先に仁本人が述べたように直撃すればひとたまりもなく、回避も出来なかった以上こうして五体満足であることは本来あり得ないことだ。
しかしとして、それを可能とする『力』を仁は持っていた。
「簡単な話だ。避けようがなければ避けなければいい。ただ正面から受け止めたんだよ、『俺』という“存在を固定”させることでな」
「ッ――!?」
その正体を知りステラは言葉を失う。
《存在の固定》。それはそのままの意味。存在をその状態のまま固定させることで如何な事象や干渉を受けようともその姿が変化することはない。無論それには傷や火傷のような外傷も含まれる。
《存在》という絶対的な概念に干渉出来るからこその荒業ともいえるそれを、この男は苦もないように語ったのだ。
「ま、本来はそんな使い勝手がいいものじゃないから滅多な事では使わんのだがな」
存在を固定させる。それはあらゆる外的要因を遮断すると同時に、対象の存在の意識もまた固定されてしまう。
詰まるところ『その存在の時を止めて互いに不干渉の状態』にしているようなものだ。その為固定された存在はその間に起こったことを把握出来ない。視界から相手が消えると追うことも出来ないのだ。
故に絶対的な防御を誇っていようとも使い勝手はすこぶる悪い。
今回は炎が燃え広がり一時的にでもステラが仁の姿を見失ったから良かったものの、そうでもなければ使う機会はなかっただろう。『固定』も本人の意思というよりは予め制限時間を設けることで解除される仕組みでもある為、やはり使い辛い。
とはいえ、そんな技すら使わなければいけない程危険な状況であった。いやはや、命の危機を感じたのは一体いつ以来だろうか?
「は、ははは! 本当にお前らは……!」
予想を大きく超える展開に仁は浮かべていた笑みを鎮め、左手で顔を覆う。
二人の成長が喜ばしい反面、それらに当てられ自らの内に燻っている闘争本能が活発化してるのが分かる。
戦わせろと血が騒ぎ、急かす様に心臓は脈打っている。
元々仁に堪え性はない。基本即断即決するタイプだ。それでもそんな彼が、何かと今まで我慢出来ていたのは『一ノ瀬仁』という教師の仮面を被っていたからに他ならない。
だが、今その仮面は取り払われている。
そんな中自らに迫ろうかという強者の出現は、甘い誘惑でしかない。
叩けば伸びる。それも分かっているからこそ、身に巣食う本能が騒いでいるのだ。
――もっとだ、もっと強くなれ、と。
自身に迫る、いや追い抜こうかという者なぞ仁にとっては願ったり叶ったりの存在だ。
己に匹敵しようかというそれらを降すことでまた彼は強くなる。その確信と実績がある。故にこそ、そういった者達にはより力を付けて貰わなければならない。
「――マズイなぁ……」
つい零れた呟き。
意識せずとも腕は既に霊装を構えている。
布に燃え移った炎の様に、着実に本能が身体を支配していく。
ステラは既に満身創痍。この状態で更に力が増そうかという仁に、しかし彼女は退くことなく《妃竜の罪剣》を構える。
全身を覆うように、既に罅は広がり切っている。いつ壊れてもおかしくはない。
だがそれでも、気持ちだけでも退かないよう、自らに活を入れ奮起する。
そんな姿もまた仁の瞳には魅力的に映った。
だからこそ、より一層抑えが利かなくなる。
我慢の限界と言わんばかりに《童子切り》は不気味な煌めきを放ち、ステラ諸共空を断とうと――
「そこまでですよ、ジン」
した瞬間。
突如仁を囲むように三人の女が現れた。
こめかみに銃口を押し付ける黒乃、首筋に向け《八咫烏》を構える寧音。
そして、背後で静かに、しかし確かな存在感と共に現れたエーデルワイス。手には二刀一対の霊装《テスタメント》が握られており、無形の構えではあるが即座に斬れる状態だ。
あまりの突発的な介入に呆然とするステラを他所に、仁は思考を巡らす。
周囲には《最古の魔女》が展開した《ブラックカーテン》があったはず。それを力ずくで突破するのは並大抵のことでは出来ないが、もしもに備え事前に仁はエーデルワイスとある『契約』を交わしている。
それは、もし『仁の歯止めが利かなくなった際に止めに入る』というものだ。
《
故に、彼女が此処にいることに違和感はなく、その後に続いて寧音や黒乃が入ってきたとなればおかしな所はない。
しかし、それにしては妙に静か過ぎた。
《ブラックカーテン》を破壊した痕跡が見当たらない。力ずくで突破したにしては引っかかる点は幾つかある。
「……なるほど、お前らが入ってきたってことは――」
そうなれば、考えられる可能性は一つしかない。
「ええ、貴方の目論見は成功しましたよ、ジン」
「……そうか。やっと腰を上げたか、あの石頭共」
エーデルワイスの言葉を聞き、何処か安堵の息を漏らす。
そんな仁の顔に後ろから抱き着くような形で手を触れる。その手に
「はい。ですから抑えて、ジン。そうしなければ全てが台無しになります」
囁くように、言い聞かせるように耳打ちする。
「…………ああ」
エーデルワイスの静かな声により、燃え上がっていた仁の闘争本能が鎮まる。
その証拠とばかりに、容姿が変貌していく。髪と瞳は黒く、纏っていた空気は穏やかに、重苦しく感じていた存在感はなくなる。
霊装も消え、そこにはいつもの教師としての仁の姿があった。
「っ……は、ぁ……ぁ」
それを確認し、仁からの敵意がなくなったと感じたことと、寧音と黒乃が来てくれた安心感からか、ステラの意識は遠退く。
同時に、既に限界に達していた《妃竜の罪剣》は粉々に砕け散った。
「ヴァーミリオン!」
倒れるステラに気付き、すぐに傍によると黒乃は様態を確認する。
ダメージの蓄積と《竜神憑依》による反動、そして霊装が破壊されたが故の意識の昏倒だが、外傷は思いの外少ない。
その様子から黒乃は命の危険はないと判断。一輝も同様、確かに一撃喰らってはいるが、黒乃が手に負えない程の致命傷という訳ではない。すぐに応急処置をした後、彼女は胸を撫で下ろした。
「……で? ちゃんと説明すんだろうな、テメェ」
黒乃とは別に未だに仁に刃を突き付けている寧音が睨む。
当たり前と言えば当たり前だ。
どんな事情があろうとも生徒に手を挙げた……のは寧音的にはどうでもいい。いや、手塩に掛けたステラを殺そうとしたのは確かに腹立たしいのだが、彼女の最初の地雷はそこではない。
自分達に……寧音に何の説明もせずに勝手なことをしたことだ。
無論、仁にも仁の事情がある。だからこそある程度の事は目を瞑るが、流石に今回の一件はその限度を超えている。
確かに寧音は《魔人》でありながら《互眸鏡》に属していない。過去に誘われた経験があるが、当時は興味がなく蹴ったからだ。
故に彼等の問題に首を突っ込むことは出来ないが、仁とは個人的な繋がりがある。下手な同僚や友人よりもよっぽど強くて厄介な縁が……。
その上、今は同じ職に就いているというのにも拘わらず独断で決めただけでなく、無断で実行したのが気に食わない。
更に言うならエーデルワイスには話していたという事実が余計に頭に来る。
それこそ、今すぐにでも《八咫烏》の手元を狂わせて首を切り落としてくれようかと考えが過ぎる程に。
「わかっている」
だが、それは仁の肯定の言葉により無事収まる。いや、なんとか我慢した。
その証拠に「ちっ!」と舌打ちをした後、《八咫烏》を解除すると鉄扇で肩を叩きながら背を向け、そそくさと歩いて行った。
寧音が向かう先には不安を隠し切れていない様子の月影と、その横で静かに佇んでいる《最古の魔女》の姿があった。