拝啓妻へ   作:朝人

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三十八話

「さて、確認だが、ババア。《ブラックカーテン》を解いたってことは考えが変わった奴がいると見ていいな?」

 

 エーデルワイスを伴い月影と《最古の魔女》の前まで来ると、早速仁は彼女に問いた。

 ババア等と口悪く呼んでいるが、これは彼女たっての頼みだ。彼女は自らの二つ名があまり好きではないらしく、「それで呼ばれるくらいならいっそババアでいい」と宣った経緯がある。故にこその呼称だ。

 

「もちろんだとも、坊や」

 

 仁の問いかけに魔女は不敵な笑みで返した。

 此処で嘘を吐くような者でないことを知ってる仁は改めて安堵の息を漏らす。

 

「一ノ瀬君、一体君は何を?」

 

 未だに事態を呑み込めない月影は疑問を投げ掛ける。

 寧音にも伝えたが、問題が解決したこともあり、今回の一件……そして仁の企みについて話すこととした。

 

「先も言ったはず、ヴァーミリオンは害と成り得る存在だ、と。だから《互眸鏡》はアイツを排除するべきだと決めたと」

 

 それは一輝とステラと戦う前に言っていた内容。

 ステラの膨大な魔力と《ドラゴン》という概念干渉系の異能からくる危険性とその脅威。

 その結果、未来という不確定とはいえ、自分達にとって邪魔だと感じた《互眸鏡》――その尖兵として仁が出向く事態となった。

 

「ただ、俺個人としてそれは“勿体ない”と思ったんですよ」

 

 しかし、仁本人の気持ちとしては大変不服だった。

 確かに危険性は多いにある。それ程の力であるし、予見が出来る《隔絶僧》が断言したのだから事実なのだろう。

 それでも、やはりあれほどの才と可能性の塊を消すのは忍びなかった。

 何れは自分達に匹敵するかもしれない極上の原石。自らに近付ける者が増えるのは強さを追求する仁にとって稀有で有り難い存在だ。

 それにあくまでもまだ可能性の話だ。確率こそは高いかもしれないが、『絶対』ではない。

 なればこその考えだ。

 

「――だから“賭け”に出た」

 

「賭け……?」

 

 その言葉に首を傾げそうになったが、ふと横にいる魔女の事を思い出した。

 恐らく彼女が此処にいる理由に仁は噛んでいる。そう悟ると、徐々に彼の真意が見えてきた。

 

「そう、《互眸鏡》は力が全て。だが、如何に強大な能力を持っていようとも扱い切れないようならそれは俺らが求める強さではない。だから口でいくら擁護しようともヴァーミリオン(アイツ)に対する見方なんて変わる訳がない」

 

 ただ暴走するだけ、暴れるしか能がない者は《互眸鏡》にいない。況してや扱い切れぬ者、定められた運命に屈する者なぞ論外だ。

 彼等は修羅である、しかし同時に力の探求者でもあるのだ。

 強さに対して貪欲ではあるが、無差別ではない。

 己が求め、理想とすべきそれ(・・)を手にしようと、より高めようとする確固たる『信念』がある。

 だからこそ鎬を削り、より昇華すべく研鑽の限りを尽くすのだ。

 そんな彼等を納得させるには言葉だけでは足りない。

 

「だから――見せたんですよ」

 

「まさか……!」

 

 力、そして『信念』。その姿を見せる必要があった。

 そこで月影はようやく合点がいった。魔女がこの場にいる本当の意味(・・・・・)を。

 それはステラの最期を見届ける為でも、その断罪の妨害させない為でもなく――。

 

「そのまさかですよ、俺との戦闘を全て奴等に見せて考えを変えさせたんです」

 

 ――《互眸鏡》に属する他の《魔人》にステラの価値()を認識させる為だったのだ。

 《最古の魔女》は記憶の概念干渉系の能力者だ。

 記憶を記録し再現する事は勿論、他者の記憶に干渉する事も出来る。

 記憶とは生命が、いや大地や海……広く定義すれば星すらも持つものだ。その概念に干渉出来る魔女からすれば、『誰かが見聞きした記憶を他の者に共有させる』ことなど片手間で行なえるだろう。

 その対象は例え《魔人》ですら例外ではない。

 つまり、仁は自らが経験した『ステラとの戦いの記憶』を、《最古の魔女》の力により、他の《魔人》達に共有させたのだ。

 それにより彼等は識ることとなる、ステラ・ヴァーミリオンという少女が如何に才能と力、そして可能性を内包しているのかを。

 無論、その為に手を抜くような真似をしては意味がない。故にこそ仁は現在自分に課していた能力の制限――『一ノ瀬仁』という仮面を一時的にでも外さねばいけなかった。

 そして解放された本来の仁の(プレッシャー)と能力を相手にステラは抗った。

 いや、それどころかあわや仁を倒し掛けた。

 結局失敗に終わってしまったが、全力を出していなかったとはいえあの仁を一度は追い込んだのだ。

 

 ――そう、《互眸鏡》序列五位。その男に迫った事実は非常に大きかった。

 

 それによりステラを見る目が変わったのは言うまでもないことだろう。

 仁は《互眸鏡》の若輩の中で最も優れている。入って僅か数年で現在の位に座した、これは《互眸鏡》の歴史から見ても早い方であり、それだけ仁が異質であることを表している。

 《互眸鏡》においてですら別次元扱いされる上位四人、彼等に追い付くことすら時間の問題と思われていた鬼才。それをあと一歩まで追い込んだのだ。

 確かに一輝の助勢や仁が全力を出していないという条件はあった。しかしそれでも、同条件で同じことが出来る者が一体如何ほどにいるだろうか? 恐らくは《魔人》でもそうはいないであろう。

 それほどにステラが行なった意義は大きく、だからこそ一度は決まった判決が覆る事態となった。

 

「にしちゃあ幾らなんでも早くねぇか?」

 

 ふと、今まで静観していた寧音が呟くように異を唱えた。

 彼女の言い分は尤もだ。確かにリアルタイムで記憶を共有したとしてもだ。一度決めたことをそう簡単に覆すような輩ではないはず。

 彼等は力もそうだが、持ち得る価値観や考え方、意思の強さからも一筋縄でいくような相手ではない。だからこそあらゆる国々と組織が頭を悩ませているというのに、今回の一件、身内からの進言があれども考えを変えるのがやけに早い。

 彼等の総意はそう簡単に揺らぐような脆いものではないはずだが……?

 

「……なるほど。浮遊票か、君が目を付けたのは」

 

 果たして、その疑問に答えたのは月影だった。

 

「浮遊票?」

 

 何故そんな言葉が出てきたのかと首を傾げる寧音に対して月影は仁の代弁と言わんばかりに説明をした。

 

「ああ、人間は多数で考えが違えてしまい、どうしても決断しなければいけない場合、多くは多数決を取る。その際にどの考えにも賛同出来ない者という者は一定数いる。俗的な言い方をするのなら日本の選挙と同じだ。投票権を持っているといってもその全員が必ずしも投票する訳ではない」

 

 集団や組織において考えの相違が出た場合多数決を取ることが多い。それは単純且つ明確、余計な時間を掛けずに済む、最も合理的な方法とも言える。浮遊票で例えたのは彼が政治家故だろう。

 しかし、それでも決めれない者はいる。そういった者達を抜きにして決着をつけることは可能だが、かといって彼等の存在は軽視できるものではない。

 もし、そういった者達が何かに触発され考えを変えた場合、結果が覆ることは勿論あり得る。

 そして今回の一件にもまたいたのだ、どっちつかずの浮遊票を持っていた者達が……。

 ステラの処遇。その賛成と反対は5:4で分かれていた。つまり二つの浮遊票があった。

 仁は既に意思決定した賛成者には目もくれず、その二人に狙いを定めた。

 結果として仁の思惑は上手くいった。その二人は見事に反対に票を入れたのだ。

 

「ただ、これはあくまで“延命”でしかないのでそこは間違いように」

 

 そこまでの説明で感心と共に安堵をしていた月影に、仁は念押しとばかりに釘を刺した。

 ステラの抱える危険性は未だに消えていない。ただ、仁はステラが自らの運命に打ち勝てる可能性があるという証明の手助けをしただけだ。

 それにより、《互眸鏡》はステラに関して『保留』という扱いにこそすれ無害と認めた訳ではない。

 もし今後そんな予兆を見せたり、そのものに成ろうものなら予断もなく排除されることとなるだろう。

 それだけは肝に銘じなければいけない。

 

「はん! 安心しな、ウチがしこたま鍛えんだ。んなアホな事態になる訳ねぇだろ」

 

 不安を煽るような仁からの警告を、しかし一笑に付したのは寧音だった。

 その様子から一度受けた師としての役割はまだ続けるらしい。

 仁としてもそれは願ったり叶ったりだ。

 だから「そうか」とだけ淡泊に返事をするもの、口の端は僅かに上がっていた。

 

「話は終わったかい? なら(ババア)達は引き上げようじゃないか」

 

 一連の流れを眺めていた魔女であったが、一区切り着いたと見ると仁とエーデルワイスに語りかけるように言う。

 それに対し仁は「ああ」と短く、エーデルワイスは「わかりました」と丁寧に返すと彼女の傍に寄る。

 どういうことだ? そんな疑問を抱く周囲を他所に仁は――

 

「悪いな、少し野暮用が出来たから俺は一足先に引き上げる」

 

 と簡素に応えた。

 『待て』という言葉が出る頃には既に三人の姿は搔き消えていた。

 一頻(ひとしき)りに派手に暴れたかと思えば、勝手気ままに居なくなる。その光景はかつて何処かで見た覚えがあるようで……だがその時に違うことは去り際に向けられた視線。

 そこには当時とは別の意味で申し訳なさげに「黒鉄達への説明は頼んだ」という思いが籠もっていたことに寧音は察し――

 

「もう二度と戻ってくんなバカ野郎ッ!!!」

 

 また勝手にいなくなった天敵に向けた怒声が波乱を終えた静かな夜空に響き渡るのだった。


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