着任早々一悶着があってから数日。
あれからも寧音には会う度に怒りをぶつけられ続けている。しかし異能を使うことは一度もなく、それ故に命の危機とまでは感じない。
何よりも向けられるのが『殺意』ではなく『怒り』な辺り彼女も本気ではないのだろう。
あれは何というか、久しぶりに会ったは良いもののどう接していいか分からず、結果最も強い感情に頼ったという、一種の困惑の表れなのだろう。
時間が経てば解決……出来るかは当人による所が強いが、落ち着いてはくるはずだ。
だがしかし、それにしても――
「何故『俺』と分かったんだ?」
鏡に映る自分の姿を見て仁は首を傾げた。
ここの所毎朝かかってくる妻からのモーニングコールにより目覚め、今丁度顔を洗ったばかりだ。
そこに映っているのは紛れもなく『一ノ瀬 仁』。本来の『自分』とは容姿が違うのだ。なのにも関わらずどうして寧音は自分の正体を看破出来たのだろうか。
自分の異能は欠陥を抱えている。しかしだからといって決して劣っているわけではないし、あの時も内心は動揺していたものの能力そのものは異常なく機能していたはず。
ならばこそ、理由はますます分からない。分からないが……。
「ま、昔から勘が鋭かったからな、あいつは」
戦い方に能力、性格に至るまで在り方が真逆な二人。
昔から思っていたことだが、両者共に火と水レベルの真逆の存在だった。気が合う事もほとんどなく、犬猿の仲とも言える間柄。
そんな彼女の事について考えた所で今更だろう。
考えるだけ無駄。
そう思考放棄し、仁は身支度を始める。
今日から新学期。本当の意味で教師としての仕事が始まる事になる。
黒乃曰く、一年の問題児ともいえる者達は皆一組に集め、教師として先輩である折木有里が担任になった。故に仁が受け持つ
その心遣いは大変有り難いのだが、だからといって問題が全く発生しない訳ではない。機械と違い、人間はイレギュラーの塊みたいなものなのだから。
――そんな事を思って挑んだのがつい数時間前のことである。
「はあ……」
馬鹿みたいに大きなため息を吐いた仁を心配そうに見る顔が複数。
彼らはこれから彼が受け持つ生徒であり、此処は彼が担当する四組の教室。時間は生徒に色々と説明が終わった直後の事だった。
いきなり校内に爆音が響いた。
距離と位置的に瞬時に例の『一組』である事を理解した仁は頭を抱えつつも思考する。
一組の担当となった折木有里はかなりの虚弱体質と聞いている。故に肝心な時にいないというケースは元々考えられていた。その場合の対処として、他の教師が対応するのが当然だろう。
しかし――
(二組と三組は動く気なしか)
位置的に仁のいる教室より近いであろうクラスの担任教師が動いていないのは二度目の爆音が起きたことで分かった。二人共関わりたくないのか、動く気配がない。
使えない奴らめ。心の中で毒づいた。
結局の所、厄介な事は鉢が回ってくるのだ。つまり、位置的に近い二人が動かなければ、自分が動くしかない。
動かず次の者へ。という選択も無論あるが、どうせ誰かが動かなければいけないのだ。ならば、無駄に時間を使うのは得策とはいえない。
結果仁が動かなくてはならなくなったが、仕方ない。理事長の黒乃や寧音辺りが動くのに比べればマシだろう。
「様子を見てくる」
自分の中で結論が出ると、そう言い残し仁は教室を後にした。
少年、黒鉄一輝は目の前で起きた事に唖然とした。
事の発端は彼の
ともかくどちらか片方が倒れないと気がすまないと言わんばかりに彼女達の喧嘩が始まってしまった。
両者共に高ランクの為か止めようと思う者はいない。当事者である一輝自身止めようと思ったが、まるで聞く耳を持っていない為匙を投げる他ない状況。
互いの異能(特にステラ)が高い威力を誇る故に教室はたった数秒で爆心地と化してしまった。
間が良いのか悪いのか、彼らの担任である有里は今保健室のベッドの上だ。
もし彼女が今此処にいたら彼女達の仲裁に入ってくれたか、或いは目の前の惨状にショックを受けベッド行きか……恐らく後者ではないかと失礼ながらも一輝は思ってしまった。
しかしどうすべきかと考える。
正直な所、彼が本気を出せば二人の仲裁は可能だ。しかし荒れた内容が内容な為に、その一因である彼が止めに入るのは些か気後れしてしまう。
ベストなのは第三者によるものが好ましい。
だがしかし、相手が高ランクであることや家柄の問題もあってか、止めに入ってくれる教師がなかなか来ない。
確かに面倒な事この上なく、事後処理やら何やらとあることは容易に難くない故に関わりたくないと思うのは当たり前だろう。
しかしながら曲がりなりにも教師の端くれならば生徒の仲裁くらいはしてほしい所だ。実力云々はさて置いて。
二度目の爆発が起きた際、これは「いよいよを持って理事長に連絡か」という考えが過った時に
「いい加減にしろ、ガキ共」
彼が待ち望んだ仲裁者が現れた。
声がする方を見るとそこには一人の青年がいた。
いつからいたのか、不動という言葉が似合うように微動だにしない彼の手には大剣と小太刀の二振りが握られている。
それは先程まで争っていた少女達の
(いつの間に……)
気配もせず、音もたてず、それどころか相手に「取られたことすら気付かれず」に固有霊装のみを手中に納めた手腕に一輝は舌を巻いた。
当事者達はいつの間にか失くなってる自身の一部とも呼べる物を手にした乱入者に警戒心を抱き、睨みつける。
「ちょっと! 何なの貴方!」
「早く霊装を返しなさい」
既に頭に血が上っている二人は得物を取られただけでは止まる気はないらしい。
それは相手が誰であろうとも同じらしく、敵意丸出しだ。
「仕方ないか」
その事を確認すると青年――仁は静かに大剣、ステラの固有霊装に視線を送る。
一体何をしているのか、傍目からはただ大剣を眺めてるだけにしか見えない。
しかし、変化はすぐに起きた。
――ピキピキと何かに亀裂が入る音が聞こえた。
「ウソ、でしょ……」
その『現象』を前にして一番動揺を隠せないのは大剣の本来の持ち主であるステラだった。
彼女の目には、仁の手にある自らの魂の一部である
それは彼が持つ柄から始まり、徐々に全体に広がっていく。
そして――
「あ……」
切っ先にまで到達すると
固有霊装とは則ち伐刀者の魂を具現化したものであり、それが破損するということは精神に大きなダメージを受けるという事である。
とどのつまり、霊装が粉砕されて無事な者はいない。それは例えAランク伐刀者が相手でも例外ではないのだ。
「…………」
眼前で起きた現象に一輝は……いや目撃した者達は皆唖然とする他なかった。ちょっとやそっとの事では絶対に壊れないはずの霊装を意図も容易く砕かれた現実。
そしてそれを行った仁に対する畏怖の念が強まった頃。
もう一人、霊装を奪われた少女は狼狽していた。
「素手で霊装を破壊……! こんな芸当『あの人』くらいしか出来ないはず! でも『あの人』は確か国外追放されたって……え? そんな、まさか、そんなはずは……!?」
目の前で起きた不可解な現象は他人からすれば未知のものだが、どうやら珠雫は違ったらしい。
それを可能とする人物を脳内の「トラウマ」というフォルダからピックアップしてくる。
「あ、ああ、あああ……!!」
そして同時再生される忌まわしき過去。
――この程度の魔力制御も出来ないのか? なら死ね。
――あ? 太刀筋が覚えられない? ならその身体に刻んでやるから覚えろ。『死ぬ気』じゃなくて『死んで』覚えろ。
――は? 厳しい? ふざけるな、戦場に送りつけていないだけまだぬるいだろ。甘っ垂れんなガキ。
――幻想形態? 傷を負わずに強くなる訳ないだろ? だから気なんて抜くなよ、容赦なんてしないからな。
――霊装が破壊されるとどうなるかだと? ならお前の霊装で試してやる。心配するな疑似的な魂が壊れるだけだからな。
「せ、
顔面蒼白。ただでさえ白い顔が、思い出されたフラッシュバックにより更に白くなっていく。
ああ、そうだ。あんな事が可能な人など自分が知る限り一人しかいない。
鬼のようで悪魔のような、一切の容赦がない恐ろしい人生初の師。
「厳しさ」や「優しさ」というものを
その「恐ろしい師匠」は周りの目など気にせず、今度は珠雫の霊装に視線を送る。
「い、いや! 止めて、師匠! ごめんなさい! もう暴れないから、だから許し――」
心ではもう分かっている。この人はある意味で真の平等主義者だ。相手が誰であろうとなんであろうと関係ない。
だからどんな懇願したところで――
「喧嘩両成敗って知ってるよな?」
大剣に続き、小太刀も同様に砕け散った。
そして、その持ち主の珠雫も膝から崩れ落ちた。
つい先程まで台風のようだった教室は一気に静かになった。
元凶の二人は再起不能となり、後に残ったのは、ただただ呆然となるだけの一組の生徒と。
「おい、そこの留年生」
「え? 僕、ですか?」
「とりあえずそいつらは自室に連れていけ、謹慎処分だ」
「は、はい」
「さて、あとは――」
そんな中、きびきびと後始末をする仁と、彼に体よく使われる一輝の姿だけだった。