拝啓妻へ   作:朝人

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前回のあらすじ(嘘)
仁「ドーモ。生徒ブレイザー=サン。教師デス」
珠雫「アイエエエエ! センセイ!? センセイナンデ!?」


二話

 それはちょっとした好奇心からだった。

 

「珠雫は、一ノ瀬先生の事、前から知っていたの?」

 

 ある日の昼休み。食事中に愛しの一輝()から問いかけられたそれに一瞬何のことかと首を傾げてしまったが、すぐにかつての自分の師である人の事だと思い出し、身体が震えだした。

 仁と呼ばれる教師はかつて珠雫の伐刀者としての師に当たる存在であった。本人から聞いた訳ではないし、姿も彼女の知る当時のものとは異なっている。しかし、彼女の弟子時代の恐怖心(本能)が叫んでいるのだ。

 アレは間違いなく師匠(せんせい)である、と。

 

「そんなに怯える程!?」

 

 話題に出しただけで小鹿のように震える。それだけで如何に珠雫が彼を恐れているのかが分かった。

 予想以上の過剰な反応に訊いた本人(一輝)ではなく隣にいたステラが驚いてしまう。

 確かに固有霊装を破壊するなど異常とも思える力を持っていたが、それ程の者なのか。

 

「黙りなさい、豚足。あの程度まだ優しい方よ、本気だったら私達二人共首はねられていてもおかしくないのよ」

 

 あの人は平然とそれをする。その事を物語るように言葉とは裏腹に声は震えていた。

 そんな事したら退職じゃ済まないんじゃ……。そんな言葉がふと口から出たが、珠雫は即座に返した。

 

「戯れ言は寝てる時にでも言ってなさい、デブ。実行しても『何事もなかった』ように出来る、規格外のとんでも存在だと何度言えば分かるんですか? 師匠(せんせい)舐めると本当に殺されますからね(実体験)」

 

 目から光は消え失せ、此処ではない彼方を見て珠雫は語る。

 今は仁と名乗っているあの人物の恐ろしさは自分がよく知っている。

 一ヶ月という短い期間だったが、それでも師であったのは事実。

 幼く、調子に乗っていた自分の鼻っ柱を折り、世界にはどうしようもない理不尽な存在がいる事を魂に刻みこませた張本人だ。

 

 今でも時折思い出す過去の自分の愚かな行為を。

 伐刀者としての力に目覚め、その力を研鑽すべく彼女に師を与えようと父が考えていた時だ。

 

「弱い人から教わっても強くなんてなれません、どうせなら一番強い人を呼んできて下さい」

 

 そんな子供の息巻いた戯言を聞いて本気にしてしまった父もどうかと思うが、よりによって「一番強い」などと言わなければ……そう後悔しなかった日はない。

 後日、一人の青年が連れてこられた。

 曰く、父の知る中では間違いなく一番強いとの事。

 

「この人が? 《千刃(サウザンド)》なんて二つ名聞いたこともないのですが? え、裏社会の人間ですか……裏?」

 

 聞く所によると彼は、黒鉄に属する一族の一人らしい。彼ら一族は生まれた時から黒鉄の敵となりうる存在を密かに抹殺する使命を帯びている。

 その使命は過酷なものであり、見返りなんてものはまずない。

 汚い裏方の仕事として仕えるべき者達からも嫌悪されるおぞましい一族、その内の一人が彼であるという。

 生を与えられた時から茨の道を進むことを定められ、その道も『力』がなければ途中で息絶えてしまう修羅の道。

 その中を、「欠陥品」と呼ばれた異能を持ちながら並々ならぬ力への探求心を以て歴代最強と呼ばれるまでになった男こそ彼なのである。

 幼かった珠雫にとってその道程が如何に険しいのか、聞かされても理解は出来なかった。

 唯一、彼は父をも認める伐刀者である事が分かったくらいだ。

 ならば問題はないのだろうと珠雫は彼に弟子入りすることになった。

 

 結果からいえば、著しい程に成果は出た。僅か一ヶ月という短い期間ながら彼女はその歳では到達が難しいであろうCランクの力を得る事となった。魔力制御においてはBランクに匹敵するものであり、誰もが彼女の才覚を再認識した程だ。

 そこに至るまでにどれほどの地獄を彼女が経験したかも知らずに……。

 

 まず、彼女を待ち受けていたのは標高百mもない小山だった。

 珠雫はそこに連行された後一ヶ月間サバイバル生活を送ることとなった。

 しかも普通のサバイバルならまだ心に余裕も出来ただろうが、実際は彼の伐刀絶技(ノウブルアーツ)『胡蝶の夢』によって異界と化してしまった世界での命懸けの生存競争に投げ込まれてしまい、食料を手にするのですら大変だったという。

 

『鹿ですら狂暴化して下手したら殺されますし、油断すると兎にすら頭を吹き飛ばされる始末。熊に出会ったら死を覚悟しつつも逃亡一択、でも逃げ切れたのは一割にも満たないんですよね』

 

 本来であれば、異能の力を使える彼女がたかが野生動物に負ける事はあり得ない。しかし、『あの世界』においてはそんな法則は通じなかった。

 適当に異能使えばどうにかなるという考えは初日で潰えることとなり、それから約三十日間は正に死に物狂いであった。

 しかも忘れてはならないのは、これはサバイバルではなく師付きの修行であるという事。

 毎日徹底した厳しい試練を受けることになった。

 体捌きに魔力制御、型の姿勢などを徹底、正にスパルタであった。

 ――そう、『スパルタ』であったのだ。

 

『厳しいという言葉ですら生温いですよ、物覚え悪ければ問答無用で殺されましたからね。……ええ、殺されたんです。何言ってるか分からない? じゃあ何故生きているのか、ですか。それは、あの『世界』……正確に言えば、師匠(せんせい)の伐刀絶技が成せる技ですね』

 

 彼の伐刀絶技『胡蝶の夢』は端的に言えば、現実と空想を混ぜた空間を作るという物だ。

 その空間においては彼は絶対的な権限を持っている。それは例えば『死』すらも覆すことが出来る程だ。

 そういった特殊空間での修行故に、文字通り命を費やすことによって珠雫は短期間での急激な成長が出来たのである。

 尚、痛みや死んだことへの矛盾による強力な嫌悪感に襲われることもあったらしいが、泣き言言ったら間違いなく殺される事は分かっていたので必死に我慢したらしい。

 

 正に命を賭した一ヶ月が終わり、修行から解放されると同時に彼は行方を眩ますこととなった。

 その後会う機会は一度もなく、ただ風の噂で聞いた「国外追放された」というのを耳にしただけ。

 一度だけの師弟関係。その期間はあまりに短くしかし濃厚で決して珠雫の心から消えることはないのだろう……。

 

「う……すみません、思い出したら気分が……」

 

 凄惨な過去を思い出したせいか、気分が悪くなった。

 立ち上がり、すぐにその場を去ろうとするが、ふらついてしまう。

 そんな彼女の体を優しく抱きとめたのはルームメイトの有栖院 凪だった。

 男の体に生まれた乙女を自称する彼(彼女?)は日頃から珠雫の面倒を見ており、信頼もされている人物だ。凪自身も珠雫の事を妹の様に可愛がっている。

 

「まったくもう、そんなに辛いなら無理に言わなくてもいいのよ」

 

「う……でも、別にお兄さまやアリスに隠すような事じゃないし」

 

「あら、嬉しいわ」

 

 さりげなくステラを省いたことには触れず、凪は笑顔で返す。

 

「じゃああたし、珠雫を部屋に送ってくるわね」

 

 珠雫の安否を気にした凪は一輝達にそう告げると自室に戻って行った。

 一輝達の方も特に止める理由はなく、彼女達を見送った。

 

千刃(サウザンド)……」

 

 その姿を見ながら、一輝の口から自然とその二つ名が漏れる。

 黒鉄の家の中でも『いないもの』として扱われてきた彼がその名を知る事はなく、恐らく会ったことすらないのだろう。

 話を聞く限り、かなり中核に位置する存在であり、自分たちの父からもそれなりに信頼されていたようだが、一体どういう風の吹き回しで『国外追放』なんて処遇を受けてしまったのか。

 そして、なんでそんな処遇を受けたのに、名前と身元を隠してまで舞い戻ってきたのか。

 疑問は尽きないが、今はそれよりも……。

 

「『死』すらも覆すか」

 

 限定的とはいえ、世の理すらねじ曲げるような力……そしてその力を振るうであろう仁の存在に、胸の内の「ナニカ」が震えていた。


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