拝啓妻へ   作:朝人

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三話

 明くる日の空き時間。

 姿勢を正し、行儀良く席に座っていた有栖院凪は真剣な表情で今女生徒に囲まれている人物を見つめた。

 女生徒の中心にいるのは仁である。彼の下に女生徒が集まるのはイケメンだとか話すと面白い人とかそういう事ではなく――

 

「ねぇねぇ先生! 今日も奥さんからラブコールあったの?」

 

「ん? そりゃまあな、向こうも毎日の日課になってるみたいだしな」

 

 女子の一人が訊いてきた質問に臆面もなく答えると周りから黄色い声が上がる。

 そう、彼女達が求めているのは仁自身というよりは、彼を取り巻く環境……詰まる話、結婚生活だ。

 仁の左手薬指にはまった指輪を、思春期真っ盛りの彼女達が見逃すはずがなかった。

 おまけに「先生って結婚してるんですか?」という食い気味な質問にも「そうだが」と簡素に返したのが運の尽き。以降は毎日のように「妻」について根掘り葉掘り訊いてくることとなった。

 単身赴任で離れている生活のせいか、謎の多い「妻」は生徒達にとってかっこうの話題となる。

 同じく既婚者で子供持ちの黒乃がいるが、彼女の場合理事長という立場やAランクという目に見えた壁が邪魔をして中々そういった話を訊く勇気が湧かない。しかし担任であり、作られたとはいえCランクというプロフィールのおかげか仁には気兼ねなく訊くことができるようだ。

 

 「先生って結婚して何年目なの?」「離れてて寂しくない?」「先生、浮気しちゃ駄目だよ」「奥さん美人? 今度写真見せて!」

 

 思ってることを次々と口にする。その勢いに気圧されるのと、一々答えるのが面倒だからか全部の質問には返さず、適当な物だけに返事をする。

 ちなみに、妻は美人の部類であるのは胸を張って言えるが、生憎写真などは持ってきていないらしい。

 

「なぁんだ~」

 

「じゃあね、じゃあね!」

 

 返答が終わると次の質問がくる。

 

 本当によく飽きない物だ。そう凪――アリスは苦笑を浮かべた。

 いや、本来であれば自分もあの中に入って仁の事を色々と聞きたいところではあるのだが……。

 

(『千刃(サウザンド)』……まさか此処でその名を聞くことになるなんてね)

 

 先日、思いがけない所から出たその言葉を聞いてから、彼の内心は穏やかではなかった。

 『千刃(サウザンド)』。この二つ名を表の世界で知る者はあまりいない。しかし裏の世界の住人にとっては話は別だ。

 アリスはある事情により裏の世界とも繋がりがあり、その時に『千刃()』の噂は聞いている。

 接触すれば必ず殺される、もし生き残っても精神を破壊されどのみち再起不能、『十二使徒(ナンバーズ)』ですら匙を投げる相手などと色々な謂われがあった事は覚えている。

 中には変に誇張された物もあったが、要はある種の『触れてはならない存在』らしい。

 アリスも、彼の師からその事をきつく言われていたらしく、その名だけは今も頭の片隅に残っていた。

 特にアリスの師の場合、実際に剣を交えた経験があり、その彼が「一騎打ちではまず勝てない」と評した程だ。

 そんな裏の人間が恐れる化物がまさか自分のクラスの担任になるとは、世の中何があるのか分からない。

 そう思いつつ、ふと意識を逸らすと教室に備え付けられていた時計の針がそろそろ予鈴の時間に迫っていた。

 

「はいはい、貴女達、先生の熱々な結婚生活への質問タイムは終わり。予鈴鳴るわよぉ」

 

 その事を知らせる為にパンパンと手を叩きながら集まっている女子達に告げる。

 色々と顔が広いアリスからの言葉だからか、「えぇ~」と口では言いつつもすぐに解散という流れになった。

 

「悪いな、有栖院」

 

「いえいえ、どういたしまして。先生もあたしのことは『アリス』って呼んでくれると嬉しいわ」

 

「……考えておく」

 

 上手い具合に散らしてくれたアリスに礼を言うと、彼はにこりと笑顔を浮かべ、そう返した。それに対し、仁は複雑な表情をしつつ一考することを告げる。

 

「それはそうと、お前も用意をだな……ん?」

 

 アリスに言い終わる前に、仁の通信端末に着信があった。

 何事かと思い、ディスプレイを見た瞬間……嫌な予感が過り頭を抱えそうになった。

 そこに写し出された名前は『折木有里』――問題児が揃う一組の担任からだった。

 

 

 

「あー……聞いてる奴はいると思うが、折木先生が例によって倒れた。ただ今回は感染する可能性が極めて高い病の為出勤は不可能となり、急遽ではあるが合同授業する事とした。何か質問がある奴は手を挙げろ」

 

 酷くやる気のないトーンで仁はそう言い、周りを見渡した。

 場所は屋外、グラウンド。

 集まっているのは彼が受け持つ四組の他に一組の生徒もいる。

 

「はい先生」

 

「何だ、日下部」

 

 そんな中、一組の眼鏡をかけた少女――日下部加々美が元気よく手を挙げた。

 

「折木先生の事情はわかりましたけど、合同相手のクラスが四組の理由とは?」

 

 至極真っ当で且つ純粋な質問だった。

 確かにわざわざ四組である必要性はない。仁のやる気のなさから見ても彼が自ら引き受けたとは到底思えない。その理由が知りたいというのは当然の疑問だろう。

 

「知らん。折木先生が何故か四組(ウチ)を指定して、理事長も許可してしまったからな……何でそうなったかまでは知らん」

 

「えぇ……」

 

 だが、ただ任されただけの当人からすれば、それは預かり知らぬことだった。

 

(……たぶん原因はステラと珠雫の喧嘩を先生が止めたからだと思うけど)

 

 ただ一人、一輝だけはその原因がなんとなく分かった。

 つまりあの一件で仁は有里の中で『頼れる同僚』としての高い位置にきたのだろう。だからつい頼ってしまったのだ。

 本当の真相は本人に訊いてみなければ分からないだろうが、あながち間違ってはいないはず。

 

「さて、合同とは言ったがどうするか」

 

 訓練場でするには二クラス分は数が多いこともあり、屋外で行うまで決めたはいいがはてさてどうするべきか。

 自分のクラスだけならともかく、もう一クラス分の面倒を見るのは思っている以上に重労働だ。

 しかもそっちにはステラや珠雫といった恵まれた才能の持ち主もいる。半端な教えをするくらいなら自習させた方がいいような気もするが、それはそれで平等ではないだろう。

 魔術という面だけ見れば一輝も問題ではある。魔力が少ない彼でも出来る魔術を、となると一気にレベルは下がるだろう。

 

「…………」

 

 暫しの思考。

 顎に手を当て、約三十秒経った頃。

 

「よし、お前ら、霊装展開しろ」

 

 唐突にそう言うと、戸惑ったように数秒が経過した後次々と生徒達は自らの霊装を展開していく。

 

「今日は、そうだな……間合い(リーチ)の重要性ってのを改めて学んで貰おうか」

 

 そして全員が霊装を手にしたのを見ると仁はそう告げる。

 曰く、固有霊装は一度顕現すると形を変えることはまずなく、結果戦い方は霊装によって左右される事が大きい。だから自らの間合いを改めて再確認し、利点と欠点を理解するのが今回の合同授業の内容となる。

 組み合わせは三人一組。近距離、中距離、遠距離の三人で組むのが理想ではあるが、武器と間合いが異なっていればその限りではない。

 三人一組の理由は自分と相手、そして第三者から見た時の違いがよりよく分かり易くする為らしい。それ故に実際は一対一の模擬戦で二人、その二人を観察するので一人となる。

 

「お前らはまだまだ場数踏んでないからな、ちゃんと『自分の手の届く範囲』は覚えておけよ」

 

 ――一部の生徒は言わずとも分かっているだろうが。

 

 

 

「で、やっぱりお前が余る、と?」

 

「あ、あはは……」

 

 仁の冷ややかな視線を受け、一輝は頬を掻いた。

 

「いや、奇数で組ませたのは俺だけどよ」

 

 ある意味予想通りというか、なんというか。

 かつては嘲笑のように「Fランク」や「落第騎士(ワースト・ワン)」と呼ばれていた彼だが、今ではその見方は変わっている。

 それもこれも七星剣舞祭の実戦選抜に出た事が原因だ。

 彼は確かに伐刀者ランクは最低ランクであり、魔力量は少ない。ステータスだけを見れば間違いなく弱い部類に入るだろう。

 しかし実際は類い稀な観察眼と、異常なまでの身体能力。そして、一日一回限定とはいえ使える強力な伐刀絶技(奥の手)

 更にはつい先日『狩人』の二つ名を持つ、強力なステルス能力を持つ桐原静矢を破った功績もある。

 その結果、一輝を見下す生徒は少なくなった。

 反面、その強さを理解しているからこそ、こういう時浮いてしまうのかもしれない。

 

(……少なくとも並の一年じゃ歯が立たないしな)

 

 ステラや珠雫、アリスといった仲の良い四人組で組ますという手もあったにはあったが、そもそもにして全員が近接武器だからそれではこの授業の意味がない。

 

「……仕方ないか」

 

 頭を掻き、数秒の思考の後、仁はため息混じりに呟く。

 

「? 先生?」

 

「ほら、俺らも場所移動するぞ」

 

「え……?」

 

 突拍子もない言葉に一瞬呆けてしまったが、仁が先行して歩き始めた為、一輝は慌てて後を追うことになった。

 

「このくらいでいいか」

 

 それから、他の生徒達と十分な距離を置いた所で仁は立ち止まり、一輝に向き直った。

 そしておもむろに左手を前に差し出す。

 

「――牙を研げ、《孤狐丸(こぎつねまる)》」

 

 瞬間、仁の手には一本の日本刀が握られていた。柄も鞘も白い、『極めて普通の刀』が。

 それが仁の固有霊装である事を理解すると同時に

 

「ほら、構えろ黒鉄。今回は特別だ、俺が相手になってやるよ」

 

 放たれた言葉に、一輝の胸は一際強い高鳴りを覚えた。

 




ちなみに『一ノ瀬仁』として設定されたステータスはこんな感じ↓

伐刀者ランク:C
攻撃力:D
防御力:D
魔力量:C
魔力制御:B
身体能力:B
運:E
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