拝啓妻へ   作:朝人

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四話

「来てくれ、《陰鉄》」

 

 自らの霊装を展開し、構える。無意識に口は弧に歪む。

 

「お願いします、先生」

 

 喜びを隠せぬよう嬉々として言うと同時に一輝は躊躇いなく仁に切り掛かる。

 それを仁は鞘に納めた状態で受け止め、その一瞬後に一輝を弾き飛ばした。

 ――まずは鞘から抜かせる所から。

 仁の霊装は恐らく鞘まで込みでの一体型だろう。そういったものの真髄は刀身を見せた時に初めて発揮されるのが大半だ。そうでなくても鞘に入れたまま戦うのは中々に難しく、同時に加減しているという分かりやすい証拠でもある。

 だからこそ、まずは鞘から抜かせるのが一輝にとっての第一歩となる。

 その事を再認識すると一輝は再度接近し、数度に渡り陰鉄を奔らせる。

 数回に及ぶ剣戟。一年の並みの伐刀者では間違いなく耐えきれないであろう速度と威力。それを正面から受けた仁は、しかし全て鞘に納めた状態でいなしてしまう。

 もっと強く、もっと速く。

 いとも簡単に対処されたことに一輝の闘争心は燃え上がる。

 肉体をフル稼働し、剣戟を速めると流石に厳しくなったのか、仁の反応が遅れ始めた。

 そしてその中で見えた『隙』目掛け一輝は一閃を切った。

 

「がッ――!」

 

 その直前、顎に鈍い衝撃が走り、思わず仰け反ってしまう。だがそれも一瞬で立ち直し、バックステップで距離を取った。

 何が起きたのか?

 その疑問はすぐに解決した。

 鞘から僅かに刀身が抜き出ていた。それが示す意味、今自分が味わった『衝撃』から察するに……。

 

(まさか鍔を弾いた勢いで――)

 

 信じられないかもしれないが仁は刀身が納まった状態から鍔を指で弾き、鞘から抜いたのだ。しかもそれを一輝の顎に寸分狂わず当てるという神業染みたおまけつきで。

 確かに伐刀者なら、強化の魔術を使えば鞘に納まっている刀身を指だけの力で弾丸のように射ち出すこと自体不可能ではないのかもしれない。

 しかし問題は、それを動いている相手……しかも顎というピンポイントに当てるなどそうそう出来るものではない。十中八九狙って行ったのだろうが、それが出来る技量の者などそうはいない。

 だが、一輝の目の前にいる人物はそれをやってのけた。恐らくはあえて「隙」を見せることで逆に一輝の「隙」を作り、そこを突いたのだ。

 一輝は類い稀な観察眼を持っているが、それが真の意味で発揮するのは『相手の情報を知っている』時に限る。今回のような完全な初見殺しな上に相手の性格や力量も把握していない状態では働かない。

 だからこそ、その一撃は『重かった』。

 自分の至らなさを突いたようなそれを、一輝は痛感し……心が震えた。

 仁の底が知れないことに、そしてそんな彼が『自分を指導してくれている』ことが堪らなく嬉しかった。

 一輝は幼少の頃より誰かに教えを乞う事が出来なかった。理由は単純、伐刀者としての素質がないから。

 Fランクという烙印は彼に望んだものを決して与えなかった。

 それは魔導騎士の育成期間である破軍学園に入ってからも変わらない。彼の実家、黒鉄家の圧力により一輝は授業を受けることが出来ず、結果留年する形となった。

 今年度になり、理事長が黒乃に代わったことをより一輝の待遇は格段に良くなった。

 しかし、それでも彼は誰かに『剣』を教わることが難しかった。

 一輝の剣の腕は既に達人にすら通用するレベルであり、大半の魔導騎士にとって武術とはあくまで固有霊装を扱う術や護身程度の物であり、魔術の方を重要視している。

 それはプロと呼ばれる者達とて例外ではなく、一輝に教えれる程に『剣』に精通した者……教師はいなかった。

 武術という点だけを見れば寧音などは間違いなく達人だろう。しかし純粋に剣技に関しては話は変わってくる。

 それほどまでに一輝の剣は卓越しているのだ。

 だが今彼の前にいる男は、『そんな一輝ですら』軽くあしらわれるであろう化物だ。

 まだ本気ではない。たった数回打ち合っただけで、顎に一撃食らった程度。

 それだけだ。

 しかし、“たった”それだけで一輝は確信する。

 

(――間違いなくこの人は強い)

 

 伐刀者としても、剣士としても、仁は一輝の遥か高みにいる。

 恐らくは《一刀修羅(奥の手)》を使っても一太刀浴びせることが出来るか怪しいだろう。

 以前珠雫が仁の事を『規格外』と言っていたが、成る程確かに納得だ。

 一輝にとって仁は未知の領域におり、それは彼にとって嬉しい誤算だった。

 

「先生、本気でいっていいですか?」

 

「あ? ったく、曲がりなりにも授業の一環なんだが? ……まあいい、俺もギアを一つ上げるか」

 

 嬉しそうに言いながら構える一輝に、仁は呆れながらも鞘から刀を抜いた。《陰鉄》とは真逆の白銀の刃が煌めいた。

 それはつまり合意の上という事だ。

 その姿に、一輝は己の今出せる全力で応えようと思った。

 

「第一秘剣――《犀撃》」

 

 突きの構え、体勢から一転、瞬きも許さぬ内に《陰鉄》の切っ先は仁を捉えていた。

 ――第一秘剣《犀撃》。百を越える剣技、体術を身につけた一輝が独自に開発した必殺剣の一つ。一輝の超人的な身体能力、その全てを切っ先に集中させ、脅威的な破壊力を得る剣技だ。

 岩ですら容易く貫く、ただでさえ強力な一点突破力に加え、今回のそれは魔力放出による加速も加えた強化版。

 避けることは不可能であり、防御も至難だろう――並みの伐刀者なら。

 瞬間、衝撃による激しい風圧が辺りを駆けた。

 《一刀修羅(奥の手)》を除けば一輝の出せるであろう最強の一撃。

 それを仁は避けようともせず真っ向から受け止めたのだ、刀ではなく鞘で。

 

「な……!?」

 

 しかもその使い方が、相手(一輝)霊装(陰鉄)を、自分()霊装(孤狐丸)の『鞘に納める』という常軌を逸した物だった。

 先の一撃は文字通りの必殺だった。

 当たれば再起不能は確実であり、防御されても崩せると踏んでいた。回避などさせる気はなく、その為になけなしの魔力によるブーストまでした。

 そうして放った最高の一撃を、仁は眉一つ動かさず迫りくる凶刃を鞘に納めたのだ。

 その、予想すら出来なかったあり得ない光景を前に一輝は一瞬でも呆けてしまう。

 だからこそ気付かなかった、見逃してしまった。

 確かに《陰鉄》の刀身は鞘に封じられた。しかし、刀身と鞘の長さが合っていなかった、僅かに隙間が存在したのだ。

 

「《納め折り》」

 

 そして、それの隙間こそがこの技の肝。

 仁が力を込めると、その隙間から《陰鉄》の刀身は折れてしまった、呆気ない程に。

 ――《納め折り》。刀や剣を破壊する為に仁が開発した技。本来なら固有霊装の破壊は困難であるが、仁は異能の副産物の影響により、触れさえすれば容易く破壊することが可能となっている。それをよりよく活用するべく編み出した技の一つがこれである。

 本来の武器であれば、刀身の形状や長さから使う場面は限られるであろうそれは、しかし固有霊装で……何よりも仁だからこそ実用レベルとして使用できる代物。

 

(やはり予備動作があると見切るのは楽だな)

 

 霊装を破壊された衝撃で静かに崩れ落ちる一輝を見て、そんな『当たり前』のことをつい思ってしまった。

 一輝が完全に地面に伏してしまうと同時に、仁は自身の霊装を鞘に納めた。その瞬間、僅かに鞘の長さが変化したように見えたのを、確認できた者は残念ながらいない。

 

「……ん? あ、しまった……」

 

 霊装を消した後、改めて地面に倒れている一輝を見て、仁は額に手を当て、深く息を吐いた。

 あまりにも一輝が本気だった為に、仁も一瞬とはいえ忘れていたのだ。

 これが『授業』であったことを……。

 つい、加減するのを忘れてしまったことを……。

 

「やっぱ俺、教師には向いてないぞ……新宮寺」

 

 自分を教師に任命した此処にはいない人物に向け愚痴を呟きつつも、仁は一輝を保健室に連れていく為持ち上げた。

 

「……こいつもこいつで何で嬉しそうな顔をしてるんだ?」

 

 その表情の意味を理解出来ない仁は、困惑しながらも足を進み始めるのだった。


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