拝啓妻へ   作:朝人

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仁「間合いは大事。古事記にもそう書いてある」


五話

「げ」

 

 ある日の昼下がり、所用により少し遅い昼食を取ろうと仁は食堂に来た。

 適当なランチセットを選び、トレイに乗せ、その辺りの席にでも座ろうとしていた時だ。

 何の因果か、同様に遅い昼食を取ろうとしていた寧音がいた。

 正確に言えば、仁よりも僅かに早く来て、先に席に座っていた寧音とばったりと目が合ってしまった。

 仁にとって寧音は昔から天敵の様な存在だ。それは向こうも同じようで会えば高確率で反発する。

 故に此処は見て見ぬふりを――

 

「うちをシカトするとはいい度胸してんなー」

 

 しようと思ったら寧音の方から接触してきた。

 

「別にそういう訳じゃねぇよ」

 

 声を掛けられた以上、知らんぷりも出来なくなった仁はやむを得ず寧音の対面の席に座ることになった。

 彼女は相も変わらず着物姿だ。着崩れして着るくらいならいっそ辞めれはいいのにと昔から思っていることだが、あれでも彼女のアイデンティティー的な物らしいので口にはしない。

 さて、対面に座ったからといって別段話のネタがある訳ではない。だから黙々と食事を済ませ、さっさとおさらばしようと思い、箸を進めた。

 

「そういや、黒坊のことかなり気にかけているみたいじゃねーか」

 

 そんな仁とは対照に寧音の方は気になるネタがあるらしく、突如そんなことを訊いてきた。

 最初は『黒坊』と言われ、誰のことかと思ったが、『黒』という単語に『気にかける』ときて、最近毎日自分の所にくる人物が一人だけ該当した。

 

「別に、向こうが勝手に来てるだけだ」

 

 黒鉄一輝。彼はあの合同授業の後もしきりに仁の下を訪ねてくる様になった。理由を聞けば「指導してほしい」との事だ。

 最初は渋ったものの、向こうもかなり粘り強く、結局は根負けしてしまった。何かと仁は多忙であり、一輝も自主トレや選抜戦もある為付きっきりというのは難しく、一日五分から十分程度しか面倒は見れない。それも、時間の都合上実戦形式の打ち合いのみ。

 それでも日を追うごとにメキメキと一輝は力をつけている。

 嬉しくある反面、その成長速度にはある種の脅威すら覚える。

 何せ、仁が得意とし剣士にとっては鬼門といえるはずの伐刀絶技《自在刃》への対応ができ始めているのだから――。

 

「わざわざ引き受けるようなタマかよ、テメェは」

 

 仁の性格を知っている寧音は鼻で笑った。

 彼が人に物を……特に剣や戦い方を教えるというのは稀なことだ。

 珠雫の一件に関しても、あれは仕事として受けたからであり、個人としては間違いなく受けることはなかった。

 

「違いない。だが今は教師という立場だからな、熱心な生徒にはなるべく応えてやらないといけないだろ」

 

 仁自身も否定する気はなく、苦笑する。

 しかしなんだかんだ言っても性分なのだろう、今の立場で出来ることはするつもりのようだ。

 その言葉を聞いた寧音は面白くなさそうに目を細めた。

 

「……何で今更戻ってきやがった」

 

「それこそ今更だろ」

 

 声のトーンが一気に落ち、鋭い視線が仁を貫く。

 だが、仁は何処吹く風で肩を竦めた。

 経緯(いきさつ)は違えど寧音と同じく、黒乃が職員の人手不足として召集した内の一人。それが回答だ。

 

「うちが『日本(ここ)』にいるのは知ってんだろ」

 

 顔も見たくない、逢いたくないと口にしたことが何度かあったがそれは嘘だ。

 数年間全く会っていなかったのだ、僅かにではあるが気にする。別れ方が『アレ』だった訳だし。

 しかしそれは寧音の事情でおり、仁が……『彼』がどう思っているかまでは知らない。

 だからこそ、思っているよりもきつくあたってしまうのだろう。

 そんな寧音の心中を知ってか知らずか。

 

「別に今回の件にお前は関係ないだろ。居ようが居まいが新宮寺には借りがある、それは返さなきゃいけなかった訳だしな」

 

 あっけらかんとそう言い放った。

 

「――――」

 

 ブチっと何かが切れた音がした。

 人が似合わずナイーブになっているというのに、その元凶たる男はこれである。

 本当にどれだけデリカシーがないのか。それでよく結婚出来たな、そしてよく生活が続けられるな。あいつはよく愛想を尽かさないものだ。

 そんな罵声がつい口から出そうになったが、何とか抑えた。

 いや、言いたいことは確かにたくさんある。

 だが、それよりも何よりも――

 

「ぐっ……!?」

 

 瞬間、仁に掛かる重力が何倍にもなった。

 完全な不意打ちだった為直にその重さを痛感し、骨が何本か折れた気さえした。

 すぐに身体強化の魔術を使うことでなんとか持ちこたえた。

 

「おいこら……!」

 

「フン!」

 

どういうつもりだと睨み付けるが、寧音は応えずそのまま食堂から出ていってしまった。

 ――昔の自分はよくこんな男を好きになれたな。

 一時の『気の迷い』だったとはいえ、そんな感情を抱いた過去の自分を恨めしく思った。

 

 

 

「そんなわけで女の扱いには気をつけろよ、黒鉄」

 

「いきなりなんですか、先生……」

 

 翌日の早朝。

 一輝は日頃の自主トレである、二十kmの全力ハーフマラソンをした後、ここ数日の日課にもなった仁の稽古を終わらせた所だった。

 まだ一週間にも満たず、時間もあまり取れないが、それでも一輝にとっては有意義だった。

 今日はついに仁の伐刀絶技《自在刃》の攻略に成功し、仁から一本取るという功績を上げることが出来た。

 仁の伐刀絶技の一つである《自在刃》とは、端的に言うならば『自由に間合いを変えることができる』というものだ。正確にはあくまでも本来の使い方の応用ではあるのだが、とにかく今回一輝が特訓で使われたのはそれだった。

 『間合いを変える』と言ってもピンとくる人はいないだろう。

 要は自らの霊装(得物)の刃渡りや厚さ、重さすらも自在に変えることが出来るといえば理解し易いのかもしれない。それも一目で解る程の変化ではなく、ミリ単位での調整すら可能なのだ、しかもコンマで変える為変化に気付くことは極めて困難だ。

 恐らく剣士や武術家以外にこの伐刀絶技の説明をした所で「地味」とか「だから?」としか反応が貰えないだろうし、その脅威は実際に戦ってみなければ体感出来ないだろう。

 ――『紙一重』という言葉がある。紙一枚分の厚さというそのままの意味であり、主に格闘技などでよく聞く言葉だ。

 相応の腕を持つ者はこの『紙一重』というギリギリでの回避を意図的に行える。一歩でも間違えれば当たってしまうが、彼らは優れた動体視力と肉体制御、そして数多の経験によりそれを可能とする。近接戦闘における紙一重の状態とは客観的に見てもかなり肉薄しており、した側はカウンターを当て易く、された側は回避が極めて難しい。

 だからこそ、近接戦闘における『紙一重』とは言葉以上に大きな意味を持っている。

 しかし、仁の伐刀絶技《自在刃》はその『紙一重』を許さない。

 目測や感覚で掴んだ間合いは回避する直前に変えられ、確実に当たる。対近接戦闘用に編み出したそれは恐ろしいまでに効果を発揮するのだ。

 一輝も一度目は目測を『誤らされた』事により、直撃を受けてしまった。幻想形態でなかったら、確実に首が飛んでいただろう。

 

「いや、女関係で苦労するかもしれないからな、人生の先輩として忠告を」

 

「不吉なこと言わないでください」

 

 数日前には苦戦していた技を短期間で突破した優秀過ぎる生徒に、嫌味半分老婆心半分で告げると一輝は微妙な表情を浮かべる。少し気が晴れた。

 対近接用として編み出した伐刀絶技。絶対とは言わないがそれでもそうそう破られることはないと自負していたのだが、それをたった五回の打ち合いで突破されるとは思っていなかった。

 しかもその攻略法は仁にとって最悪と呼べるものだった。

 一度は目測を誤り敗れ、二度ではある『疑問』を抱き、三度でそれは確信に至る。四度にて打ち合いの中で目処をつけ、五度にて実践、見事に看破し攻略に成功する。

 正直、学生の時分でここまで完膚なきまでに暴かれるとは思っていなかった仁は一輝に対する見方を少し……いや、かなり変えた。

 

 《自在刃》。一輝はこの伐刀絶技に対する疑問をすぐに持った。

 固有霊装は一度顕現すると以後その姿で固定される。剣なら剣、槍なら槍、銃なら銃といった具合に。更に付け足すのなら、蛇腹剣とかのような変形ギミックがない場合、大きさ等が変化することはまずあり得ない。

 むろん、絶対とは言えない。そういった事ができる異能もある。

 では仁の霊装、《孤狐丸》はどうだろうか?

 一見、変形するようなギミックは見当たらない、一般的にイメージされる日本刀そのものであり、変な所は何もない。

 なにより、この霊装は変形とかするのではなく純粋に『長さが変わる』のだ。伸びるだけでなく、縮むことだってあった。

 この時点で一輝はある仮説が浮かんだ。

 単純に伸びるだけならやろうと思えば出来る者はいるだろう。現に珠雫の伐刀絶技に《緋水刃》というものがある。彼女の霊装は小太刀なのだが、この伐刀絶技は水の刃を生成し、刀身を伸ばす事ができるのだ。

 しかし仁の霊装は『伸縮』する。伸ばすだけでなく縮めることも可能なのだ。

 なら単純に長さを付加しているわけではない。原則として霊装の姿は変わらない、そして変形ギミックがあるわけでもない。

 となれば考えられるのは一つ。

 

「……顕現と同時に霊装の姿を変えるのは、やっぱり卑怯じゃないかしら、センセイ」

 

 不満気に文句を垂れる声が足下から聴こえた。

 視線を落とすとステラが地に伏しながらも睨んでいた。

 実は一輝が指導を受けることを聞いたステラは「ならアタシも」と志願してきた。そこにどんな思惑があるのかはわからない、もしかしたら「一輝に構われる時間が少なくなる」とかいう子供染みた理由かもしれない。

 ともかく一輝同様仁に稽古をつけて貰う羽目になったのだが……生憎ステラの方はまだ《自在刃》の攻略が出来ないらしい。

 

「『実戦形式』と前もって言っただろう。戦場で最初から手の内を見せてくれる相手がいると思うか」

 

「う……それはそうだけど……センセイは霊装の姿すら見せてないじゃない」

 

 正論で返され苦虫を潰したように顔をしかめたが、すぐに今回の稽古の問題を指摘した。

 ――そう、つまる所《自在刃》の正体とは、霊装の顕現と同時に発動させることで『最初から』相手に得物自体を間違わせるというもの。

 仁の固有霊装《孤狐丸》の本来の姿は、刃渡り三十cmすらない短刀だ。それを異能で刀に変えていたのだ。これにより変えた姿は本来のものより大きくなる為伸縮が可能になるのだ。

 公式の試合であれば禁じ手になるかもしれないが、仁はちゃんと前もって二人に言っている。

 ――『実戦形式だ』と。

 一輝はその与えられた情報と、打ち合った際の違和感、そして持ち前の観察眼によって《自在刃》の正体にいち早く気付く事が出来た。その対応の早さに仁は舌を巻いた程だ。

 しかし一輝としては稽古とはいえ『実戦形式』で攻略までに四度も切り伏せられたのは痛かった。稽古でなかったら四回は死んでいたのだから。

 《自在刃》の攻略が出来たことは素直に嬉しいが、それでも自分はまだまだだとも思い知った。

 ちなみに一輝がとった攻略法とは「避けられないのなら正面から突破する」という極めてシンプルなものだった。ただしその為には《孤狐丸》本来の刃渡りを知る必要性があり、それを見極めるのに二回も敗れてしまった辺り地味ながらも厄介な伐刀絶技であることは嫌という程思い知らされることになった。

 刃渡りを知った後は『絶対に変化しない』その刀身に刃をたて、そこから更に刃を奔らせ鍔へ、そしてその鍔を利用して《孤狐丸(得物)》を弾き飛ばすという離れ業を以て破った。

 正直、一輝以外に出来る者はそういないであろう光景を眺め、唖然としていたのは言うまでもなくステラだった。

 仁の霊装の本来の刃渡り以外に参考になりそうな情報がなかったのだから。

 結果、彼女は今日“も”地に伏すことになった。

 ちなみにステラに関しては初日に「大技禁止」と釘を打たれたせいで得意の膨大な魔力によるゴリ押しが出来ないのが大きなネックとなっている。

 

「異能は千差万別だ、もっと厄介な物も世の中にはある。この程度で音を上げるな」

 

「うぐ……確かにこれはスパルタね……」

 

 とはいえ、ステラもステラなりに《自在刃》への対応も対策もでき始めてきている。こちらも数日中――恐らくは三日以内に攻略してくるだろう。

 教える時間は少ないはずなのに、異常な速度で成長する教え子二名が、頼もしいやら末恐ろしいやら。

 

「ともかく、今日は此処までだ。お前らも程々に切り上げていけよ」

 

「はい。ありがとうございました、先生」

 

「ありがとうございました、センセイ」

 

 受け持つクラスが違う為、軽く注意してから仁は切り上げ、その場を跡にした。

 残された二人は挨拶をした後、今日の反省会のようなものを五分くらいするのだろう。

 それもまた、ここ最近では見慣れた光景だ。

 

「黒鉄に対しては少し難易度を上げてもいいかもな」

 

 彼らを背に去っていく仁は今後の予定を脳内スケジュールに記していく。無意識に口角が上がっていることを知るのは本人も含め誰もいなかった。


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