パラサイト・インクマシン 作:アンラッキー・OZ
わたしの親はWエージェント
Chapter 0
訳ありの両親だということは、なんとなく察していた。
パパンとママンが揃って家にいるということはまずないし、なによりも家にある写真は幼い頃の純真無垢な私の姿だけだ。
お互い示し合わせたように入れ違いで家にいるし、かといって片方が必ず家にいるわけではない。これぞリアル
育児放棄もとい、ネグレクトで逮捕されるんじゃないだろうか。
という些細な問題を無視できるのが我らが両親クオリティ、なんとそれなりの権力をお持ちだとか。まぁ、キュートでプリティーな3歳児の頃の私が6ヶ国語の絵本(施設や機械、怪しそうな人物が写った写真のようなもの)を読んでる辺り、四六時中一緒にいる必要もないと判断してのことだろう。
というのも、両親の言葉の端々を考えるにいわゆる〝望まぬ子〟だったらしい。二人とも仕事で忙しいのに、なんの因果かママンがパパンを強姦してできちゃった子だとか。堕ろさずに産んでくれたのは
この年齢で強姦の意味を知る私も、それを異常と思わない私も十分鈍感だ。
「いってきます」
そんなだから、私は今日も「いってらっしゃい」が聞こえない、人気も生活感もない一軒家を出る。この家は私だけの箱庭だ。シルバニア家族的には製品版として家と私がいて、別売りオプションでパパンとママンが個別箱売りされてる扱いだと思う。
閂に輪ゴムを引っ掛けたまま扉を閉め、鍵を差し込んでぐるりと半回転、足癖悪そうに足首を動かしてドアの下に小さな人形のフィギュアを立てて置いておく。誰か入ったか必ずわかるように。
もはや習慣の1つになっているのは両親の悪い影響だ。そりゃいない間に知らない人の匂いや監視カメラっぽいのが増えたり減ったりしてれば嫌でも気になる。
だから両親は極力指紋を残さないように薄手の透明な手袋をつけて食器に触れるし家具にも極力触らない。服は持ち帰って職場のクリーニングに任せるから体毛も残らない。必然的に生活感のない一軒家になるわけだ。
だというのに私の体毛やら唾液やら指紋やら採取してるようだから、もはやロリコンを通り越して変質者に付け狙われてるのは慣れっこだ。今も向かいの家の物置部屋になってる三階にある埃だらけの窓から覗いてる人や、反対車線のバス停で新聞を読んでるベレー帽のおじさんがこの家を監視してるのは知っている。たまにビスケットくれるからビスケットおじさんと呼んでる。ドーナツだったらドーナツおじさんだ。
何もないのに暇な人だと思うが、監視して報告するだけでお金が入るなら楽な仕事だと思う。え? ブラック企業だからサービス残業扱い? ハハッまさかぁ。私なら定時退勤上等ですよ。残業するならやりがいとかいいから残業代欲しいですね。
こういう仕事はきっと幼女が好きなロリペドフィリアな趣味のヤツを組織から引っこ抜いて雇ってるに違いない。やばい、アブノーマルなプレイされて惨殺される未来しか見えない。昔いたな、幼子の子宮だけ取り出して吊るす犯罪者とか。
あけっぴろにきょろきょろと周りを見渡したりせず、今日も朝日がまぶしいなーと目を細めて空を見上げながら監視者どもを確認してため息。庭のプレートを踏んで玄関の戸を閉め、扉の裏側に手を伸ばして鍵を閉める。
スクールバッグを持ってバス停へ歩くと、後ろから元気な男の子の声が聞こえた。タッタッと走る足音がして振り向く。日系アメリカ人としての、母の髪色を引き継いだ黒髪が首の動きで視界の端に流れる。くるりーん。
「レニー! おはよ!」
「今日もおはようレニー、ちゃんとご飯食べてきたかしら?」
「おはようP.P.、メイさん。クルミとデーツ入りのパンおいしかったです」
「あらそれはよかった〜! レニーはいい子ね」
彼は同級生のP.P.。本名は…なんだったっけ。
彼をP.P.と呼んでるのは、私が彼から自己紹介を聞いた時に「略してP.P.だね」と言ったのがいたく気に入ったらしい。なんでもそんな呼び方をしたのは私が初めてだとか。
しかし、P.P.の名前を聞いた時にやけに聞き覚えのあるような名前の気がしたのは……うん、多分気のせいだ。
隣で人懐っこく私の頭を撫で続ける彼女はメイさん。P.P.の父方の家系らしい。どうやら、私にも負けないくらい複雑な家庭事情を抱えてると察したので、あえて触れることはない。触らぬ神になんとやら。
おしゃべりしながらバス停に着けば、まだ誰も並んでいなかった。するとメイさんがあら、と何かに気付いたように声を上げて、
「ごめんなさい、おやつの時間のクッキーまだオーブンに入れたままだったわ。ちょっと取ってくる…レニーもいるわよね?」
「いいんですか?」
「もう、遠慮しないの」
ぱちっとウインクする姿は、叔母さんと呼ぶには色気があるような気がした。ちょっと取ってくると言い、メイさんは上機嫌に家に戻っていく。待ちぼうけも暇だな、と思っていると、P.P.が先にバス停行っていようと提案してきたので乗ることにした。
「ねぇレニー、今度あの家探検しない?」
「あの家?」
そう言って指差すは、バス停の後ろに見える曲がり角、古びたスタジオのような家だった。
そういえば初めてエレメンタリースクールに通う日にも気にはなっていた。両親に聞いたがそもそもこの辺りの地理には詳しくなく、已む無く近所の人や監視してるおじさんたちに素知らぬ顔で聞いたら、昔々細々とやっていたアニメスタジオの成れの果てだとか。できれば撤去して更地にでも、新しいバーガーショップにでもしたいらしいのだが、如何せん管理者が莫大な費用をもって買い取った土地なため、業者が好き勝手できないのだとか。
詳しいことはわからないが、要は今も残る廃墟で、P.P.のような年代の子どもであれば旺盛な知的好奇心を擽ぐらせるらしい。はたまた、退屈な日常に刺激を欲してるからか。
「夜な夜なバケモノのうめき声とか聞こえるらしいよ!」
「へぇ…」
それは浮浪者のいびきとかそういうオチじゃないだろうか。まさか
廃墟から話しかけるP.P.に視線を戻し、す、と彼の背後を見て、まだバスも来ないな、いつも並ぶ人もいないな、と思い───
勢いよくスリップしながら横転するトラックを見て、目を見張った。
「レニー、今日の放課後にでも一緒に──」
そこで、会話は途切れる。
聞かなかった? 違う、聞けなかった。
何故なら───
「どいて!」
どん、と。
私と同じくらいの背丈の彼を突き飛ばす。それは私が前に進むためではなくて、私の近くにいた唯一の被害者を引き離すためで──
ああ、ついにこの時が来たかと思う。
そりゃ、世界を代表する組織のエージェントの子どもならば、狙われて当然だよな、と思う。
突き飛ばした衝撃で体勢が崩れる。
足のバランスが利かなくて、よろける。
唯一自由なのは、突き飛ばした手と反対の右手だけだ。目の前に迫る死を目の当たりにして、不安が胸元を掻き抱く。硬いものが触れた。
運転手のいない巨大なトラックが横転して、一直線に私の元へ迫る刹那、私は右手に触れた、胸元のロケットペンダントを開く。
そこにはあの家で唯一パパンと私のツーショットが映る写真が嵌められていた。
私の名前はレイニー・コールソン。
パパンの名前は、フィル・コールソン。
戦略国土調停補強配備局の捜査官。
S.H.I.E.L.D.のエージェントだ。
全身を打つ衝撃と共に、私の意識がブラックアウトした。
さよならパパン、ママン。
短い一生だけどそれなりに愛情注いでここまで育ててくれてありがとうクソッタレ。
このとき、私は気がつかなかった。
トラックが私を巻き込んで引き起こした大事故が、あの古びたスタジオを巻き込んでいたことに。
このとき、私は知らなかった。
あの廃墟のようなスタジオに、夢のような巨大な地下空間があったことに。
このとき、私は想像もしなかった。
全身骨折で死にかけの私が、真っ逆さまで地下空間へ堕ちて。
そこで、悪魔と出会うことに。
打撲、骨折、擦過傷。
まだまだ成長期の小さいカラダに細い鉄パイプやら折れた木材やらがずぶずぶと突き刺さる。赤く滲む視界の中で、最後まで握っていたロケットが、沈む。
沈む?
何処に?
【 Hi , Henry . I was waiting 】
(ハーイ、ヘンリー。待ってたよ)
地獄の底から響くような、子どもの声がした。
違う、ヘンリーじゃない。私はレイニー。
…あれ、ほんとうは、レイニー、なんかじゃ、なくて…?
そう言ったのか、それとも喉が潰れて音にならなかったのか、頭は冷静でも体の機能は満足にはいかないらしい。
ただ、どんどんぼやける視界の中の黒い人影が、不思議そうに首を傾げていた気がして、
そして、私は、黒に染まった。
Chapter 1
海上から高度3万5千フィート上空に浮かぶS.H.I.E.L.D.の本拠地にして大型空母ヘリキャリアは墜落の危機にあった。
四基の大型プロペラの内の一基から炎と黒煙が巻き起こり、徐々にその高度を下げ始めている。下は海だから被害は少ないだろうが、空飛ぶ大型空母に搭乗している組織の構成員の大半は死ぬだろう。
おまけに、ロキに操られたクリント・バートン/ホークアイがS.H.I.E.L.D.の反勢力を率いて襲撃しに来ている。
空母は設計・製造主であり天才発明家ことトニー・スターク/アイアンマンに任せれば、どうにかプロペラを復帰することはできるはず。
流し込まれたウイルスはマリア・ヒルらS.H.I.E.L.D.のオペレーター達に任せるとして。
「残るはバートンが連れてきた連中の撃退か…!」
ある意味切実な問題だと、S.H.I.E.L.D.長官ニック・フューリーは頭を抱えた。
ヘリキャリアは潜水艇としての機能も兼ね備えてるが故に、潜水艦よりもデリケートだ。電気系統1つでもクラックされれば墜落は免れない。コンピューターウイルス程度であれば優秀なオペレーター達が除去できるが、物理的な破壊であれば手の施しようが無い。一応修理するための機材は取り揃えているが、そのための人員も殺されて仕舞えば元も子もない。
白兵戦においては敵なしのスティーブ・ロジャース/キャプテン・アメリカ。
敏腕スパイのナターシャ・ロマノフ/ブラック・ウィドウ。
遠い星アスガルドからきた雷神ソー。
天才物理学者と破壊の化身ブルース・バナー/ハルク(暴走中)。
彼ら一人一人は強いが、敵の兵力がわからない以上は複数からの侵攻の対処に手間取るだろう。どうしても、一個人の処理能力には限りがある。
ある意味、〝アベンジャーズ〟という少数精鋭故の弱みでもあった。
だからこそ、リストに
【
「ッ、なんだ!」
銃のマガジンを取り落としそうになって、急いで敵の射線から逃れるべく物陰に隠れる。
フューリーはコートの裏側から発せられた信号の元を引っ張り出した。
それは黒いインクボトルだった。
ガラスで作られた簡素なものではあるが、手のひらサイズのそれにはなみなみと注がれたインクが生き物のように波打っていた。
否、それはインクであってインクに非ず。
【 Let me out . If you want to protect your important subordinates 】
(私を出せ。大事な部下を守りたいならな)
生き物であって生き物に非ず。
インクボトルに浮かび上がった文字を読んだフューリーの葛藤は一瞬だった。
確かにフューリーはインクの中身を完全に信用してなどいない。
いつまた暴走するかもわからない。
味方を襲うかもしれない。
事態をより深刻化させる〝敵〟になるかもしれない。
しかし、部下一人一人がフューリーにとって大事であることに変わりはない。
あるいは、インクの中身は、彼の子だから───
「ッいけ!」
インクボトルの栓を抜き放つ。
投げ捨てられた栓に追従するように溢れ出たインクは、弧を描くように全ての中身が空を舞い───
【 Finally came out 】
(やっと デラレタ)
女のような甲高い声と、男のような低く唸る声が木霊した。地に堕ちたインクは薄っすらとツノか耳の生えた像を模るとすぐにインクの波に戻り、ボトルが床に落下した音と共に床に浸潤して消えた。
「手榴弾、じゃない!?」
「な、今のはなんだ!?」
それを目の当たりにした襲撃者はギョッと目を見張り、そして次の瞬間。
【 Heーlloー 】
(こーん ニーチハー)
背後から伸びた黒い腕に、首を捩じ切られた。
あらぬ方向に曲がった兵士達の力が抜け、体がどさりと音を立てて倒れた。
それをインクの悪魔が喰らう。
どっぷりと波を立ててうつ伏せの兵士を包み込み、次の瞬間にはまたツノのような耳のようなモノを生やしたマスコットキャラクターが、ぽっこりとお腹を膨らませてインクの沼から現れた。少しよれた蝶ネクタイを直し、コミカルに爪楊枝のようなもので剥き出しの歯茎を弄っているが、口の端からインクとは異なる赤い液体が薄汚れてて可愛さも半減している。
あまりにも一瞬の出来事で、対面していたフューリーにも冷や汗が流れた。
「ふぅ、相変わらずの手並みだな」
【 Still many enemies 】
(たくさん いる)
「どれくらいだ」
【 ……Father 】
(……お父さん)
「…コールソンがどうした!?」
【 Kill them all 】
(ミナゴロシダ)
その愛らしい姿からは想像もできないほどに低い唸り声。
マスコットキャラクターを象るインクの像が崩壊して元のインクに戻り、空母の壁に蠢くインクの影が侵食しては、まるで生き物のごとく通路の奥に消えていく。
「おい、待て!」
フューリーの制止の声はあまりにも遅かった。
それは彼/彼女の暴走を止めるためというよりも、襲撃者の一人は最低でも残しておいてほしいという要望を伝えるためのものだったが、時既に遅し。
墜落する秘密要塞ヘリキャリアの中で、一度に複数もの声にならない断末魔が響く。
その一つに、ロジャースが出くわした。
【 I’m full 】
(おなか イッパイダ)
「…キミは、一体何者だ…?」
【 Me ? My name is─── 】
(わたし? わたしの名前は───)
【 Bendy . Ink demon , Bendy 】
(ベンディ。インクの悪魔、ベンディだよ)
ホラー風味なアベンジャーズ。イメージは黒曜石