パラサイト・インクマシン   作:アンラッキー・OZ

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ニンナナンナ

 

 

 Chapter 22

 

 

 

 ワシントン(WA)D.Cの一角。

 ベルビュー()シアトル(西)カークランド()レントン()に別つワシントン湖の湖畔にほどなく近い廃工場。

 東の空に光の兆しも見えない、深い深い暗闇の夜を塗り潰すような昏い闇が廃工場に立ち込めていた。光も差し込まない、生物の気配すら漂わない、凡そ生気というものが奪われた、一種の異界と化した廃工場の中央で、草臥れた様子のインクの化け物(ベンディ)が壊れかけのトラクターに腰掛けていた。

 

 でっぷりと。

 ふくよかに。

 ぱんぱんに膨らませたお腹を、さも身重な妊婦の如く抱え込んで。

 

「ああ、冷えたボルシチはうまい…ごめんちょっと虚勢張った。正直に言うととても微妙」

 

 顔の一部、口と左顔面部分だけ肌を露出させたレイニーがボルシチを啜る。じゅるじゅると音を立てる姿は見方によっては血を啜る化け物に見えるが、実際はお行儀の悪い小娘のそれでしかなかった。それも仕方ない、つい先ほどまでS.H.I.E.L.D.から派遣された敏腕のエージェントをダース単位であしらい、逃げてはあしらい続けてきたのだから。

 

「う、なにこれ……うごけな…」

 

 でっぷりと太ったインクのお腹には、マスクを外されたゴーストことエイヴァが、ぐったりとした様子でいた。まるで倒立するように体が逆さまに突き出て、体の半分以上を取り込まれた形で息を荒らげている。

 エイヴァの身長を考えれば、取り込まれた部分の足の長さと取り込んでいるベンディの肉体は釣り合うはずもなくどこかで貫通するはずだが、まるで体積を無視したような不自然な形で取り込まれている。

 

「な…なんで体を透過できないのよ…」

 

「あなたの透過能力は、あくまでもこの世界の物理法則に則った現象だからね。私のナカはお生憎だけど、既存の物理法則とは違うみたいよ。インクの悪魔(ベンディ)世界(ナカ)で勝手な狼藉はできないと思った方がいい」

 

「あ、アア…見た、見えた! 見て、しまった…! 何なのよアレ! 有り得ない、どうかしてる! 貴女の身体どうなってるのよ…!?」

 

「そりゃ、見たまんまよ。でもよかったわね少しチラ見したくらいで。もう少し長くそっちに居続けていたら狂気に充てられて発狂して永遠に私の世界(ナカ)の住人になってたわよ、名前も記憶も亡くしてインクの亡霊になってね」

 

 平坦な口調なだけに、エイヴァはその声音にこそ恐怖を覚えた。少なくとも、S.H.I.E.L.D.の訓練施設にいた頃はここまで冷たくは無かったはずだ。もしくは、この姿こそがレイニーの本質なのだろうか。

 あの垣間見た狂気の世界に永遠に閉じ込められるかと思うと、気が狂うだけでは済まないと予期した。そして、レイニーこそがS.H.I.E.L.D.の中でもとびきりの化け物であると理解した。

 

「ボルシチ食べる?」

 

「…いら、ないわ…」

 

「そう」

 

 そのまま何も言わず、ズビズビ啜り、真っ赤に燃えたような色のボルシチの最後の一滴を飲み干す。

 

「うーん、キャロライナリーパー入れたはずなのに辛くない…マジモードだとヒトらしい感覚も忘れてきちゃうからイヤだな。でも痛いのもイヤだ」

 

 そんな辛い物飲ませようとするんじゃないわよ! と内心憤りつつ、飲まされずに済んだことにほっとしている人物がいることをレイニーは知らない。エイヴァは身動きも取れず、頭上から漂う辛味の臭いから逃げることもできず鼻がひん曲がりそうだった、口呼吸にしても辛味が味蕾を刺激してしまいどのみち辛味の余波を受ける。

 

 しかし。

 

 しかし、エイヴァに感覚があるということは、生きているということと同義だった。

 ならば、辛味も感じずヒトとしての感覚が欠落しているレイニーは生きていると言えるのだろうか。エイヴァはそう思わずにはいられなかった。

 

「……なんで、私を助けたの」

 

 ただ、疑問を口にした。

 廃工場は依然として暗闇に覆われた世界に塗り潰されているが、その先ではちらほらと気絶しつつも呼吸が確認できるエージェントたちが伏していた。

 いずれもエイヴァと共に、または別の上司の指示か、レイニーの暗殺を請け負った敏腕のエージェントである。レイニーは彼等を、それはもう容赦なく顎を殴り、脳天を蹴飛ばし、内臓(がぐちゃぐちゃにされるくらい強烈な)攻撃を繰り出して、逃げつつ、気絶した彼等の足を引っ張って廃工場まで連れてきた。道中頭や額がゴリゴリと削られていく様は見ていて(毛髪的に)痛々しかった。

 いくら不意打ちで撃退されたとしても、訓練を積み重ねて実際経験を積んだ精鋭であればほんの数分で起きるはずだが、余程ダメージが大きいのかピクリとも動く気配を見せない。だからこそ、わざわざ拘束することもないのかもしれない。

 だがエイヴァは違った。たしかにベンディ相手に棒立ちは()()()()()()()、先手必勝で透過能力を最大限に使い、一思いに心臓と脳を握り潰そうとしたが、インクを纏ったベンディに触れた瞬間透過は実現せず、そのままずぶずぶとベンディの中に取り込まれた。そこで───なにか、言語化が困難な事象を垣間見てしまい気絶…つまりは自滅してしまったわけだが、それ以外はなにもされていない。

 

 殺すつもりで、しかも本気だった。

 

 しかし、レイニーは何でもないように、さも当然なように言う。

 

「ん? エイヴァと私は友達でしょ。友達は殺し合いとかは流石にしなくても、多少ケンカの一つや二つはするし」

 

「……ああ、そう…かもね…」

 

「でも、これ以上ケンカはしたくないから寝ててね」

 

 そう言うと、レイニーはエイヴァの手足をインクで生成したロープで縛り、ベンディのお腹の中から解放する。インクに拘束される圧が消えたことで、エイヴァの表情は若干和らいだ。

 

 が、次の瞬間それは劇的に凍りつく。

 

 目の前に、インクの汚れはあれど、可愛げのあるベンディのお面をつけたインク人間が品定めするようにエイヴァを覗き込んでいたからだ。

 

Rest your head . It's time for bed

 (頭を休めましょう。おねむの時間です)

 

「な、何よ、コイツ」

 

「サミー・ロレンス。多分この世界で一番のベンディ狂信者。サミー、しばらく()()()を聞かせてあげて」

 

OK . Sheep , sheep , sheep . It's time for sleep . Rest your head . It's time for bed .

 In the morning , you may wake. Or in the morning , you'll be dead .

 Can't sleep ? Those old song , yes , I still sing them . For I know you are coming to save you .

 Congratulations ! You will be swept into my savior final loving embrace !

 The figure of ink that shines in the darkness . I see you , my savior . I pray you hear me !

 (いいですとも。さぁ、羊よ羊、羊ちゃん。おねむの時間です。頭を休めましょう。

 おねむの時間です。朝には眩い目覚めか、もしくは惨たる死が待っているでしょう。

 眠れない? そう、ならば私は古き歌を歌いましょう。貴女が自分の救済のために訪れたことはことは分かっています。

 祝え! 貴女は我が救世主の究極の愛の抱擁によって浄化される!

 暗闇の中で輝くインクの姿。貴方が見えます、我が救世主よ。我が望みを聞き入れたまえ!)

 

「じゃあ、またね」

 

「ちょ…! ま、またねじゃないわよ! 何よコイツ! やめて、本当にやめて! こんな奴と二人きりにしないで! やっぱり貴女今回のこと根に持ってるでしょ! 私のこと嫌いでしょ!?」

 

「それはどうかな。と言えるあなたとの友情理論」

 

 Arrivederci(さよならだ)

 

 ベンディ/レイニーは廃工場の外へ足を向け、子守唄に魘されるエイヴァに振り返ることなくインクの手を振って別れを告げる。狂気の音色に合わせて、慄きの声がやがて恐怖を彩る鮮烈な叫び声に変わっていく様を背中で感じつつ、ご愁傷様と言って携帯端末を起動した。

 

「教授にお迎えさせるから安心して。それにサミーは自然消滅するタイプだから」

 

 親を失った彼女の保護者であるビル・フォスターへ、おそらくまだ自宅で寝ているであろう彼の端末に座標と迎えに来るように文言を入れて送信。そして、すぐに携帯端末を叩き割って投げ捨てる。

 

 決して、感情的に何か物を壊したくなった訳ではない。

 S().H().I().E().L.()D().()()()()()()()()()()()()()()の行動である。

 

(……さて、どうしたものか)

 

 一瞬バナーやトニー、クリントらに連絡を取ろうとしていたレイニーだったが、逆探知されてそこからなし崩し的に巻き込んでしまう形になるのは避けたかった。まさかS.H.I.E.L.D.に敵がいるとは思わず、となると本当に誰が、そして何処に敵が潜んでいるのか特定できないからだ。

 

 よもやS.H.I.E.L.D.全体が敵に回ってしまったのだろうか。状況からしても、そう疑う他ない。

 連絡したら助っ人の代わりに大量の武器とエージェントを差し向けられるに違いない。下手したら、レムリア・スター号から打ち上げられた衛星に監視され続けているか、トニーお手製の衛星兵器を乗っ取られて一瞬で殺されるかもしれない。

 いや、実際その程度で死ぬかどうかはレイニーにもわからないのだが。

 

(…ま、それなりに長い夜だったかも。映画を3つほどハシゴしてオールした時よりは辛くなかったし)

 

 主に、体力面の話である。

 流石に同じ組織内の友人が殺しに来れば、いくらレイニーでも多少ではあるが精神的に来ることはあった。それも徐々に、慣れつつはあるのだが。

 

 廃工場の出口に、白んできた東の空の切れ間から太陽の光が差し込んでくる。レイニーはそこに、黒点を見つけた。

 

「ハァイ、レイニー。昨晩は眠れた?」

 

 口角を釣り上げたナターシャ/ブラック・ウィドウが、不敵な笑みを浮かべて姿を現した。特に慌てる風もなく、ゆっくりと歩み寄る。

 レイニーは露出した左眼で姿を捉えて()()()足からインクを引き延ばし、地を這うインクの波がナターシャの足を捉えると動けなくなるように固定した。

 

「動かないで」

 

「待って、私は敵じゃないわ」

 

「証拠は」

 

「声をかけるよりも先に銃弾が飛んでたと思うけど?」

 

「……それも、そうだね」

 

 手に武器がないことを証明するようにホールドアップするナターシャへごめん、と一言告げて引き延ばしたインクを戻す。

 どうやら、今のところは危害を与える意思はないと、レイニーはそう判断した。

 

「…少し窶れてる?」

 

「深夜に友達と顔見知りのエージェントでフルマラソンしてたから。ナイフ銃弾武器暴力なんでもあり、ゴール地点は告知されてないクソ仕様。逃げて、倒して、また逃げての繰り返し」

 

「だいぶ、派手にやったわね。なんで追われてるか知ってるの?」

 

「知らない。買い物帰りに何故かS.H.I.E.L.D.に呼ばれてるって話だけど確保もしくは暗殺が目的っぽい。なんか悪いことしたかな、司令室でプラモ作ったり勉強したり、帰り道に強盗吊るしたくらいしか心当たりないんだけど」

 

「割と色々あるのね…でも、ふーん…アナタ、その様子だと知らないみたいね」

 

「何を?」

 

「フューリー長官が何者かに暗殺されたってこと。昨夜の話よ。状況から察するに、どうもアナタが主犯の候補者に祭り上げられてるらしいわね」

 

「……ん? え? は?」

 

 レイニーは思わず困惑した様相を百面相で表した。その姿は年相応の子どものように見えて、緊迫した状況であるにも関わらずナターシャはバレないように影で微笑んだ。

 

 

 

 

 

 Chapter 23

 

 

 

「この街は腐ってる…だから人も腐るんだ。俺はこの街が大っ嫌いだ」

 

 黒いパーカーを目深に被りつつ、S.H.I.E.L.D.の職員玄関を潜りながら、海外ドラマで聞いたような台詞を思わず口走る。

 近くを歩く職員さんには怪訝な顔された。メンタルショック。

 まぁ、確かに誰でもない人へ向ける説明口調なんて不気味な人の独り言だから気持ち悪いわよね。私だってそんな輩が横行していたら生理的嫌悪感を覚えて痰吐き捨てて中指突き立てて目玉を潰すわ。

 

「おいキミ、ここは関係者以外立ち入り禁止で」

 

「はいこれ」

 

 ナターシャさんから貰ったVIP用の職員パスを見せると、片眉を釣り上げられつつも通してくれた。優しい。それとも虎穴へ招き入れているつもりだろうか。全然優しくないわ。

 一応、バレてないと思うんだけど。

 

 さて、確か登場人物は最後は街を好きになったという話だったけど、私はどうなんだろうか。街を組織と置き換えてみよう。

 S.H.I.E.L.D.という組織は腐敗してしまった。でも多分、人が腐っていたから組織も腐ってしまったんだと思う。私はそんな組織嫌いだ。アポもなしに友達寄越して楽しいパーリィするかと思ったら敏腕エージェントも寄越して殺そうとしてくるから嫌いだ。むしろ好きになってたまるか。

 

 じゃあ、どうすればS.H.I.E.L.D.を好きになれるんだろう?

 

 そういえば、私はS.H.I.E.L.D.のことが好きだったのか?

 

 帰る家? パワハラ上司とばいんばいんな美女同僚と生意気な友達がいるアットホームな職場? パパンが命掛ける価値がある仕事?

 

 そもそも敵って誰? 私を陥れたのはどこの勢力? 動機は? 目的は? ナターシャさんと情報交換して少しずつ全貌が見えつつあるが、それでもまだ分からないことが沢山ある。

 分からないなら、調べるしかない。目に見える味方は全員敵。でも多分、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()は、敵じゃないと信じたい。

 

 さて。

 

「モデルは…これでいいかな?」

 

 自分の胸に手を突っ込み、インクの身体からあるものを引っ張り出す。

 特徴的な歪曲のあるハンドルバーとグリップ。モデルはSTREET750にカスタマイズしたハーレーダビッドソン(めちゃくちゃかっこいい)、キャプテンが最近愛用してるバイク。乗ってきた時感動してすごいベタベタ触ったから再現はお手の物。でも乗らせて貰えなかった、残念。

 ならば! 今なら合法的に乗れる絶好のチャーンス! ただし現物を持ってきていればだけど!

 流石にS.H.I.E.L.D.の職員用玄関にバイクを引っ張ってくることはできなかった。当たり前だわ、普通に不審者だわ。

 え? 身体の中に入れればいいって? そこはちょっと()()()()()()()()()()()()()…って、ホラホラ頭上からガラスが割れる音が。親方、空からキャプテン・アメリカが。オーライオーライ、インクの手で受け止めよう。

 パパンだったら感涙の極みで昇天してそうなシチュエーションだ。

 

「っうお!?」

 

「ハロー、愉快な空の旅はどうだった?」

 

「あぁ…最悪だったよ…ありがとう」

 

 上方へ向けて放ったインクの手のひらはガラスだけ透過し、キャップだけは落下した衝撃ごと受け止めて激突を防げた。んんっでも結構重い。高さあったからかなぁ…ヴィブラニウムの盾のせいってのもありそう。

 

「ヘイヘーイ、キャプテン。乗ってくかい?」

 

「乗ってくって、何に」

 

「私にさ」

 

 ハンドルバーを胸の前に持つと、ヒトの形を維持していた私という像が崩れる。想像力を全身に働かせて組成を変化させる。

 肉体はバイクのボディに。両手両足はタイヤに、背中は座席に、目はライトに。

 そう…念願の変形機構(トランスフォーム)システム、ついに搭載! 子どもの夢を叶えてくれるベンディに感謝しかない、今後の彼の力に期待だ。

 

「これ、普通に乗っていいのか!?」

 

「大丈夫! キャップ愛用のバイクを忠実にコピーしたやつだから! 動力だけインクエンジンだけど!」

 

 私は今の自分しかわからないから未来の自分をイメージすることができない。だからボンキュッボンでナイスバディなレディになることができないのである。

 しかし、反対に言えば明確なイメージさえあれば実現可能ということでもあるのだ。私ってば天才かー? いや天才はトニーさんか。発想の天才過ぎた。

 おかげでプラモ造りで作ったものの、大半は自分の身体で再現することができるようになった。ただし、戦車とか戦闘機に付属するミサイルなどの重火器は、弾薬を再現したところでインクでしかないから、もし再現するならば私の世界(ナカ)に蓄えた武器を使うことぐらいしかできない。別にペイント弾ならぬインク弾でも十分な威力と殺傷能力があるから、問題はないのだけれど。

 

「そうそう、進行方向を向いてハンドル捻るだけ。さあ、振り切るっぜっぅうああああああああああああ!?!?」

 

 は、はやいはやいはやい! バイクってこんな速いの!? 酔う! これ絶対酔う!

 フルスロットルで全速力。職員用玄関を飛び越えて外へ、トリスケリオンから外部へ通じるブリッジの隔壁がひどくゆったり閉じているように見えて───それが、一気に目の前に迫ってるぅ! 挟まれたら私はともかくキャップは死ぬからはい、ワンバン!

 ……そう思っていた時期が私にもありました。スタートダッシュが早すぎて全然余裕でブリッジ越えられそう。そりゃあガレージまで取りに行ったらギリギリ過ぎて笑えないもんね。

 

『今すぐ止まれ、キャプテン・ロジャース! 今すぐ止まれ!』

 

 S.H.I.E.L.D.最新鋭戦闘機のクインジェットが一足先に橋の手前に。

 あの、私は含まれてないんです? あ、認知? なるほど侵入したこともバイクなのもまだ正確に伝わってない訳か。

 

「止まれって言ってマシンガン構えられたら、止まったら死ぬってことだよね!」

 

「レイニー! 上に飛ばしてくれ!」

 

「OK!」

 

 後輪部分を一部足に戻し、代わりにインクの中にしまっていたぐるぐるのバネを取り出して思いっきり叩きつける。

 

 空に、ピョーン!

 

 これぞトニーさんが開発してくれた跳躍(ジャンピング)ユニット! 反発力がシャレにならないレベルのバネ! もし布団に仕込もうものなら高反発過ぎて夜も眠れないよ!

 残念ながら半永久的に空を飛べるインクジェットは開発中! よそ様に迷惑かけないインクの利用法について模索してるのだとか。期待で胸が膨らむ。そのままおっぱいも膨らんでくれるといいな!

 

 道路を抉る銃弾の射線よりも上空、空で滞空しているクインジェットよりも少し高い程度の位置まで飛ぶと、乗っていたキャップがヴィブラニウムの盾をぶん投げてあっという間にエンジンとプロペラを破壊していく。すげぇや、あの盾も物理法則超越してる。

 

「お見事」

 

「キミもな!」

 

 そのまま円を描いて独楽のように回転しながら、ぷわぷわ黒煙を上げるクインジェットを飛び越え、明らかに不自然な軌道でクインジェットを破壊し尽くす盾を回収して、最終関門を潜り抜ける。

 私も置き土産に、擦れ違いざまにインク爆弾を投下。トリモチみたいに粘性の高いインクが操縦席の窓とエンジンルームがあるであろう部分に到達すると、耳に響く金属の擦れる音が止まり、やがて動けないまま派手に胴体着陸していった。敵か味方かわからないから、むやみに事故らせるよりはいいいよね。

 そのままフルスロットルゥで街中を駆けると、キャップがぐいぐいとハンドルを回してどこかに行こうとしていた。どうしたの?

 

「病院に寄ってくれ」

 

「なんで?」

 

「長官から託されたものを、隠してきたんだ」

 

「ん? あー、それなら大丈夫大丈夫」

 

「何?」

 

 マスク越しに、バイク越しにでもわかるキャップの疑問の声。

 とりあえずそれはスルーして、上空にヘリコプターらしき飛行物体が追跡している様子もないので、パトロール活動の経験から把握している市内の監視カメラの死角を選びながら移動しつつ、事前に決められていたとあるビルの地下駐車場に到着すると、キャップを下ろして元のヒトの姿に戻る。

 そこにはなんと、ラフな格好でちょっと変装した感じのナターシャさん。でも男って女性のおっぱいの大きさを一目見ただけで真名看破するヤバい生命体だって聞くからなぁ…もうすこしコルセットとかで輪郭調整しないのかな。

 

「ナターシャ!?」

 

「ちょっと待って、私は味方よ」

 

「今しがたその味方だった連中に襲われたんだが」

 

「でもレイニーは助けたでしょ。ホラ、服買ってきたから着替えて。サイズは合ってるかどうかわからないけど、2Lくらいでしょ。それに、貴方のお探し物はコレ?」

 

 これ見よがしにメモリースティックを掲げるナターシャさんとても様になってる…これがオトナの女性の色気ってやつか…。

 

 

 

 

 

 Chapter 24

 

 

 

 長官に託されたファイルの出所であるニュージャージーへ、スティーブ、ナターシャ、レイニーは盗んだ車を走らせて向かっていた。

 運転していたスティーブはちらりと、後ろの席で俯せに突っ伏したまま爆睡しているレイニーの様子を見た。

 

「…レイニーは、敵じゃないのか」

 

「S.H.I.E.L.D.の暗殺者チームにこぞって狙われてたわ。中にはお友達もいたみたい。昨晩はエージェントと楽しい鬼ごっこだったって」

 

「…全員、殺したのか?」

 

「いいえ? みんな気絶したあと縛り上げてたわ。両手の親指と両足首をがっちりね。随分慣れた手つきだったけど」

 

「彼女はなぜ狙われてたんだ?」

 

「長官暗殺の主犯って疑われてるみたいね。まぁたしかにレイニーのベンディとしての力なら誰にもバレずに暗殺できるでしょうけど」

 

「でも動機がない」

 

「その通り。話が拗れたってわけでもなさそうだし。ただ、最後に会ったのが貴方だけどレイニーは最後から3番目らしいの」

 

「3番目?」

 

「2番目はピアース理事官。で、理事官に動機は全くない訳で、今のところレイニーか貴方が有力だそうよ」

 

「…そうか、無事なのは何よりだ。頼もしい仲間が増えたのは心強い」

 

「あら、私だけじゃ心細い?」

 

「そう言ってる訳じゃない、キミも意地が悪いな」

 

「ごめんなさい? 何かと言葉の裏を勘繰るのがクセみたいでね」

 

 車は走る。因縁の大地へ。

 それはスティーブだけではないことを、レイニーは身を以って知ることとなる。

 

 

 

 

 

 Chapter 25

 

 

 

 秘密基地ってワクワクするよね。

 木の上とか、海の底とか、天然の茂みの中とか、隠し扉のある洞窟とか、地下に広がる大空間とか。少なくとも、肉体的にはまだそういうワクワクするものには引かれるお年頃であったし、実際楽しみにしていた私がいたことは間違いない。

 

 さっきまでは。

 

 施設に到着するなり手掛かりなしでスカかと思ってた時に、ベンディが地下に巨大な空洞を察知した時はでかしたと思った。ファインプレーだと。

 そして、隠しエレベータでまた更に地下もあるとなれば鉄面皮の私(???)でも興奮を抑えられなかった。秘密基地の奥へ奥へと進んでいくたびに、秘密が明かされていく感覚はこう……アハ体験的な? 脳内分泌物がドバドバ出るような「あ~こいつは傑作だ、最高だぜ!」的な気分でそそるものがある。

 

 つい、さっきまでは。

 

【レイン・Y(ユカリ)・コールソン。記録では2001年生まれ。キミと会うのは初めてだな、母君にはだいぶ世話になった。こんな体にしてくれたのも、キミの母君のおかげだ。一個人として礼を言わせてほしい】

 

「……は?」

 

【それとも本名の方が馴染み深いかな、ユカリ・アマツ。キミの母君が我がHYDRAにもたらした恩恵は計り知れない。極東の秘密諜報(D)機関から奪ったスパイ技術、医療技術、洗脳技術、情報網は今の我々を形成するに足る道具ばかりだった。私のアルゴリズムの基盤も彼女からもたらされた恩恵だ】

 

「どういう意味だ」

 

「ちょっと待ってこれって…」

 

【死の病に侵され死んでいく私を救ってくれたのは紛れもなく彼女だ。だからこうしてキミと対峙している】

 

「……『魍魎の匣』?」

 

【やはりキミたちは親子だな、彼女もそう言っていた。私の場合は肉体ではなく脳の保蔵だがね】

 

「レイニーの母親が、HYDRAの協力者だった?」

 

「……そこまではまだわからなかった…記録にも、文献にも残らない口伝でしか伝えられてない人だったわ…ただ、聞いてはいけない名の機関の裏切者だという噂もあった…」

 

【知らないのも無理はない。エニシ・アマツは我々HYDRAにとって専属のスパイでありアドバイザーでもあったが、あくまでも中立という立場を貫いた。時にスパイであり、時に研究者であり、時に医者であり、時に兵士であり、また時にはありふれた無辜の民であった。ただ、エニシ・アマツには共通して決して優しさと妥協というものを持ち合わせない。誰よりも欲深く、そして叶えたい野望の為には倫理すら棄てる覚悟もあった】

 

「…野望って何」

 

【アーカイブにアクセス。エニシ・アマツの研究テーマは『代替』。そして、もう一つが『半恒久的な人類の継続』だ。そのカギはキミにある、ユカリ・アマツ】

 

 なに、これ。

 

 

 

 

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