パラサイト・インクマシン 作:アンラッキー・OZ
毎度誤字報告、感想、評価感謝です
四半期ランキングにも掲載されていて本当に感謝、ありがとうございます
Chapter 26
「エニシ・アマツの研究データを開示して」
【不可能だ。
「……そう」
ハァ、とレイニーは深く溜息をつく。
つまりこの場ではプログラム化されたゾラですら研究データの内容を確認することが出来ず、従ってエニシ・アマツ以外の人物に研究データを知る術は無いことと同義でもあった。
「……じゃ、このUSBに入ってるデータの中身は」
「待て。レイニー…その、いいのか?」
「いいって何が?」
「別のアプローチをすれば、お母さんのことがわかる唯一のチャンスかもしれないってことよ」
スティーブとナターシャが表情を強張らせつつ、それでも冷静にモニタの前に立つレイニーに提案する。だが、レイニーは彼らの言葉を背中で聞いたまま振り向くことなく言う。
「確かに残念ではあるけど、私たちが来た目的はお母さんの手掛かりを見つける為ではないでしょう? 別に…そこまで
「しかし、」
「ぶっちゃけお母さん一人で世界をむちゃくちゃにできるなら
「……フューリー長官が託した、データの正体だ」
「花丸」
というわけで、データの中身教えてよ。とさも友人と話すような口調で呼び掛けると、部屋中に所狭しと敷き詰められた機材の数々の駆動音が大きくなり、レイニーの言葉に反応して徐々に稼働率を高めていく。
【残念だ、もしキミが母君について聞いていたならそのUSBのデータの内容を知ることなく、これから発射されるミサイルによって跡形もなく消えていただろうに】
「ほぉらぁ、絶ッッッ対こういうのってしょーもない裏があったりするのよ。『007』だってそんな雑な誘導と証拠隠滅したりしないわ。ホラさっさと教えなさい、こちとらあなたの言う通り長居できないんだから」
【妥協を許さないところも母親譲りだな】
ゾラから語られたのは、インサイト計画というもの。
S.H.I.E.L.D.に潜んでいたHYDRAが70年間世の中の戦争・飢饉・暴動をコントロールしたとも。そうやって世界を混沌の渦中に突き落とし、やがて70年前は達成し得なかった人々の自由の剥奪を、人々自ら差し出すように調整してきたということだった。
粛清。
その後の世界秩序。
そしてゾラはこう続ける。キャプテン・ロジャースの価値はゼロだと。
その仕返しはスティーブの鉄拳だったが、数あるモニタの一つを潰したに過ぎない。もはやヒトとしての痛みもいまのゾラには無かった。
ただ、そこにいるだけの組織の虜囚でもあった。
「勝手にヒトの価値を決めつけないでよね、自分の価値くらい自分で決める。そしてあなたも」
【その高潔なる精神には敬意を表するよ。キミが
やけに肩入れするのは曲がりなりにも組織の根幹であったらしい人物の血族だからだろうか。プログラミング化されたゾラの思考回路を読み取れる人物は、残念なことに此処にはいなかった。
代わりに。
ピ、と切り替わったモニタに時限爆弾のカウンターのようなものが表示されて、満場一致でミサイルの到達時間だと理解した。
「……冷蔵庫は!?」
「『インディ・ジョーンズ』の観過ぎよ! それにS.H.I.E.L.D.が核爆弾なんて簡単に撃てる訳ないでしょ!」
「二人とも! こっちへ!」
スティーブが部屋の床をぶち抜き、人が四人程度入れるくらいのギリギリの隙間を作った。しかし、それでもレイニーは焦燥感を拭えない。
「…これじゃ、無事とまではいかないわね」
狙ってくるであろうミサイルの規模を推測するに、レイニーたちがいる基地をまるごと吹き飛ばすレベルのものであることは明らか。おまけに地下数十メートルに居ることもバレていることから、地中貫通型爆弾を第一選択として起用する可能性は高い。
地表のコンクリートさえ貫通し、地中もしくは地下に作られた強固な要塞でさえも破壊・粉砕することを目的として作られた爆弾バンカーバスター。それも、GPS入力による精密な爆発を可能とする爆弾とくれば
本来は投下型の爆弾だが、スティーブがトリスケリオンの地下で見たヘリキャリアのように、スターク・インダストリーズのリパルサーを搭載していれば、発射型に変えることくらい難しくない。
MOPは一般的建造物に使用される鉄筋コンクリートであれば地下約60メートル、立派な軍事施設で使われているであろう強固な鉄筋コンクリートであれば地下約8メートル程度であれば余裕で貫通する。
ただし。
レイニーたちがいるような軍事施設はお世辞にもヴィンテージ過ぎて、下手したら現代の建造物レベルの耐久性より劣ってるとも考えられる。
つまり、地震時にトイレに隠れる程度の対応では生存が絶望的ということだった。それを理解したレイニーは小さく息を吸って呼吸を整える。
「二人とも! たくさん息吸ってしばらく止めて! あと目も開けないで!」
「レイニー!?」
「何を…!」
「二人まとめてツツミコム ! 】
ベンディのインクを身に纏ったレイニーは、その身をインクの液体に変質させて床材の隙間に入り込んだ二人に降り注ぐ。大爆発と共に天井が爆炎で覆われ、あちこちの機材が瓦礫に潰される中、ゆっくりとスティーブが持っていた盾を球体状に形成されたインクの膜の頂上に移動させて、少しでも瓦礫の落下によるダメージを防ぎ生存率を上げる。
息が詰まるほどの黒煙と鉄を焼く熱量が四方八方から迫る中、インクの膜になったレイニーはただひたすら爆撃から二人を守り続けた。
【 Good night and sweet dreams , Zola 】
(おやすみゾラ、良い夢を)
焼け落ち、呆気なく崩れていく機材を黒煙の隙間から見ながら、レイニーの意識はぶつりと途絶える。
Chapter 27
「………」
「…お、目を覚ましたか」
知らない声がする。
天じょjizPsy0H98hewTjBQdyTw92O5PWnVStGLiKX6QrlvdsCJCthZvKCb3vh5cIQirBj4a7SuAwNfm6RIYJ5NOE1VKU2QemS6Ey2ATcおっと待って、待て、待て。大事なことは複数回言う。つまり本当に待てということだわかりますいいね? まだ混乱しているらしい、なんとか言語はヒトレベルまで回復してる。
ここで───『知らないホニャララ』とかいうセリフ、ものっすごくありきたり過ぎて吐き気を催すほどチープな様式美に聞こえてくるから禁句だ。
聞くにも言うにも、その言葉自体から伝わる寒気と怖気が脳の裏側をカリカリと掻き毟ってきそう。耳の中に入り込んだムカデが鼓膜を喰い破って、内耳辺りに居座って音と激痛がリンクしてる気分だ。
つまり何を言いたいのかって? 不快で文字に起こすことすら憚られると言うことだ。よし、私の頭がイイカンジに回ってきてる。
そもそもこの定型文を使ってる人とか現実にいるのだろうか。ネットワーク内で時折見かけるような気がしないでもないけど、少なくとも現実では見たことも聞いたこともない。ネットワーク特有のスラングか何かなのか、都市伝説ってやつに近いかもだね。
使ってて飽きない? 私だったら飽きてる。飽きて死んでる、退屈は『
さて、視力と聴力が正常に機能するレベルまで回復したようだから、声の主を見てみよう。
ちょいヒゲがカッコいいナイスガイな黒人さんだ。
少なくとも私は見覚えがない。都市伝説って(以下略、思考ループ禁止)
「驚いたよ、女連れたキャプテンがキミを背負ってウチに来たんだからな。もしかしてキャプテンの子どもか?」
「…そう、見える?」
「ごめんいまの冗談。でも意識はハッキリしてるみたいでよかったよ、二人に伝えてくる」
「…ア、あぁ…匿ってくれたの。えと、名前」
「サム・ウィルソン。サムでいい、おっととまだ本調子じゃないんだ、そのまま横になっててくれ」
「…ありがとう」
お礼は大事。挨拶も大事。
一見無敵に見えるベンディな私だけど、それは大いなる誤りで、今回のアホみたいな爆撃とか、爆音とか、爆炎とか、何かと〝爆〟が付く規模のものには弱いらしい。どこぞの眼帯付けた魔女には要注意だね、ベンディ無事?
【 Good morning , You slept well 】
(オハヨウ、ヨク眠ッテタヨ)
「本当? それはとても珍しいわね」
【 Are you worried about Mom ? 】
(オ母サンノコト気ニナル?)
「…別に、今はいいわ。これが終わったらにしましょう」
【 Let's get it over with 】
(サッサト終ワラセタイネ)
「ホントよ…」
「レイニー、調子はどうだ」
「ゼッコウチョウ! …ごめん、冗談だけどだいぶ楽になったよ」
「そう、それは良かったわ。ちょうどこれから朝食なのよ、一緒に食べましょ」
「さんせー」
いいタイミングで目が覚めたことにカン・カン・感謝だ。若干まだ怠いような感覚を残す身体に鞭打って起き上がると、お気に入りのパーカーではなく男物のワイシャツを着せられてた。
ナイトテーブルにはぼろぼろになったパーカー。さらばパーカー、それなりの付き合いだったけどワシントンで過ごした2年の思い出は引き出しの奥まったところにしまっておくよパーカー、模様替えの時に気付く程度に。
インクで作られた服じゃないから、こういう時はすごく不便だな…でもそういう不便さこそヒトらしさ…だと思う、多分。サムさんの優しさにカンシャ・カンゲキ・アメアラレしてしばらく借りたままでいよう。
部屋から出てダイニングに向かうと、香ばしいトーストとアイスコーヒーの香りを探知した。いいね、好きな組み合わせだ。
「おお、もう歩けるのか。えっと、キミはもちろん
「あれ? まだ話してなかったの?」
「こういうのは本人の口から伝えたい方がいいと思ってな」
「もう儀式みたいなものと思って慣れたら? ま、最近は顔合わせメンバーがS.H.I.E.L.D.の連中くらいだったものね。2年ぶりかしら?」
先に頂いてるわよ、とナターシャさんたちはベーコンエッグをトーストに乗せて齧り付いていた。うーん美人の食べるご飯はすっごく美味しそうだ、早くご相伴に預かりたい。
「えっと、ベンディ知ってる?」
「知ってるも何も有名人だろ。あ、いや人…なのか? 悪魔とかなんとか、アベンジャーズのメンバーだよな」
「うんそれ私」
「は?」
手っ取り早くインクを被ってベンディの姿になると、目の前にはサムさんのポカンと口を開けた顔が。そういう反応は久しぶりだ、最後に紹介したピアースさんさえナチュラルに笑って握手してきたからね。
【 Do you understand ? 】
(これでわかった?)
「あ、あぁ…いや驚いた。キャプテンと一緒だったから一般人じゃないとは思ったけど…まさかベンディだったなんて。マジか、ホンモノかよ」
「改めて、レイニー・コールソンよ。よろしくサムさん」
「あぁよろしく、アベンジャーズのデビルヒーロー」
ちょままま、その名前始めて聞くんだけど!?
え? ベンディは知ってる? エゴサに抜かりなさ過ぎィ!
「じゃ、コーヒーじゃなくてインク要るか? ウチにはプリンタ一台分くらいしかないけど」
「コーヒーで大丈夫です! んがっ、あ、あ、待て待て待ってーベンディがインクご所望みたいです! ちょっと身体勝手に動かさないでよ! あァーだめですベンディさまそれはだめです困ります! 悪魔のくせにがっつくなんてはしたないでしょ! 他所の家にたかるんじゃあない!」
騒がしい朝にしてしまってホントごめんなさい。
謝るから見ないで、めっちゃ笑い堪えてるの見えてるから見ないで!
もうだめだぁ(あきらめ)
「随分と落ち込んでるようだが、どうしたんだ?」
「さぁ? でも病み上がりにしては絶好調みたいね。ってレイ…ベンディ? 何して、」
【 I'm starving. Let's eat 】
(イッタダッキマース)
嗚呼、インクベンディになった私がプリンター飲み込んでるよ。こう、バリバリムシャムシャゴックーンて。プリンターまるごと一呑み。普通にインクカートリッジだけ取り出してジュースみたいに啜ればよかったのでは。
「オォ…マジか…我が家唯一のプリンターが…よっぽど腹減ってたんだなベンディさんよ」
「…そういえば、その足は大丈夫なのか? 右足と比べて少し萎びてるようだけど」
ん? あ、あぁこれね。一昨日の時点では歩くの大変だったけどエージェントたちとの鬼ごっこで慣れたから特に問題はないかなぁ。
「もう慣れてるから支障はないよ。それで、これからどうするの?」
「そうだな、敵はハッキリした。ミサイルの発射権限を持っているのはピアース。つまりS.H.I.E.L.D.のトップだ」
「私たちの上層部諸共敵ってことね。いいじゃん派手なストライキになりそう」
「簡単に言わないで。トリスケリオンは世界一セキュリティの高い、物理的にも頑丈なビルよ。侵入は容易じゃないわ」
「ピアースさん本人じゃなくても、部下捕まえてからでいいんじゃない? えっと誰だっけ…レムリア・スターの船にいた…ハゲ! メガネ!」
「シットウェル、ジャスパー・シットウェルね。確か今はレベル7のエージェント、あなたのお父さんとも仲良かったはず」
「お父さんと仲良い人って大抵ロクでもない人だけどね…ハゲとか、ハゲとか、ハゲとか」
「それ言っちゃう?」
「…問題は、今やお尋ね者の僕達でどうやってS.H.I.E.L.D.職員の彼を誘拐するかだな。職員のスケジュール表でもあればいいんだが」
「あんたら以外なら問題ないはずだ」
コーヒーを飲んでるとサムさんがテーブルに資料を置いてくれた。キャップがこれはなんなのか聞いてみると、サムさんの履歴書らしい。
「就活してたの?」
「違う、軍歴証明書だよ」
キャップとナターシャさんが履歴書や写真を眺める中、その少なくない資料の山にある軍備品の資料を手に取る。
えーとなになに…『EXO-7 FALCON』? ヤダ、なにこれ名前カッコ良過ぎ…? 溜めBで拳に炎が宿ってそう! もちろんマスクあるよね! え、防風ゴーグル? あぁ…うーん…まぁセーフかな。
「お嬢さんお目が高いな、それが俺の武器だ」
「…これはどこで手に入る?」
「メリーランドの基地に一つ。警備員付きのゲート三つに分厚い壁の向こう側」
「楽勝だな」「問題ないわね」「警備体制ガバり過ぎ」
「そう言えるのはあんたらだけだよ…」
めちゃくちゃカッコよさそう…動くところ見てみたいなぁ! さぁさぁちゃちゃっとご飯食べて早く盗りに行こう行こう! え? 泥棒になる? お尋ね者なんだからもう1、2個悪いことしたってバチ当たらないでしょ。
Chapter 28
道中、S.H.I.E.L.D.の士官シットウェルの足にベンディの魔手が巻き付き、シットウェルが白目向いて卒倒する珍事が発生したが、知り合いを装い無事身柄を拘束して車に乗せることができた。
尋問も、無慈悲な突き落としによるスカイダイビングを体験したお陰でペラペラとインサイト計画の概要を喋り、レイニーたちは計画阻止のために動き出す。なお、サム操るバックパック『ファルコン』を見てレイニーとベンディは終始テンション上がりっぱなしだったことを明記しておく。
ただし、レイニーたちが敵の計画を探っていたように。
HYDRAは、レイニーたちの動向を探っていた。
「…むっ」
「だから! 計画を漏らしてしまった私はピアースに殺される! 人質としての価値もないんだ私たちまとめて吹き飛ばされる! なぁ、レイニー…キミなら私を助けてくれるだろう? キミのパパとは学生時代からの仲なんだ、頼む。それにHYDRAならキミを大歓迎するだろう、聡明なキミならキャプテンたちに付くよりも私たちと共に来るべきだ!」
「おだまりツルリン。……来る」
「は…ェ?」
ガシャンと、金属とガラスを擦り合わせたような音。レイニーと拘束されていシットウェルに近い席の窓が割れ、銀腕が車内に侵入しシットウェルの首の根を掴む音だった。
そしてそのまま、腕の主によってぶぉんと窓の外、時速80kmで走る車が行き交う反対車線に投げ捨てられる。
「ちっ!」
息をつく間もなくとはこのことだとレイニーは痛感し、既に足しか見えなくなったシットウェルへトミーガンに変形させたインクの銃口を向け、そのまま引き金を引く。
「当たってないぞ!」
「狙いは敵じゃないから!」
運が良ければ死なないかもね、と付け加えて、遥か後方に流れていく景色を睨み付ける。
トミーガンは全てベンディのインクで構成されたものだ。肘から取り出したマガジンにインクの弾薬を詰め込み発砲されたそれは、着弾と同時に膨張して少しの間だけ反発力のあるバランスボールのようなインク玉に変化するように設定していた。
放たれた3発の弾丸が運良くシットウェルの落下地点にクッション代わりに作用すれば御の字だが、世の中そこまでうまくいくほど甘くはない。無駄ではあるかもしれないが、父との繋がりがある
それはそうと、まだ未解決の問題がある。
引き金を引く音を察知し、トミーガンから不定形なインクの腕に変え、ルーフに浸透して壁としての役割を果たす。撃ち込まれた銃弾はルーフを貫通するもレイニーたちには届かない。銃弾の衝撃がインクの波紋となって喰い止めるに留まっているからだ。
「ちッ!」
運転していたサムがブレーキペダルとハンドブレーキを同時に操作し車を急停止させることでルーフ上に取り付いていた襲撃者を振り払う。いくら取り付いていたとはいえ銃を構えている以上、片手或いは両手で銃を扱っているということであり、襲撃者をルーフから落とすことは比較的容易であると踏んだからだった。
相当の速度からの急停止で振り落とされたにも関わらず、襲撃者は軽やかに受け身を取り、明らかに人為的改造をされたと思われる左手の銀腕で着地の衝撃を緩和した。
黒い装束にマスクとゴーグル。
レイニーはつい今しがた見たサムの
同時に、背後から猛スピードで迫る車の存在をインクから伝わる振動で察知。インクの指を伸ばしてハンドブレーキを解除しアクセルを踏む。
接触は、ほんの一瞬で済んだ。
「何し、うぉ!」
「後ろの車あっぶな!」
「じゃない前前!」
「ハッハァー轢いてやるぅ!!」
「ちょっレイニー!?」
この数秒で同時に複数の出来事が発生した様を目の当たりにして、レイニーはヤケになっていた。俗にテンパったとも言う。
思考を半分ほど放棄したレイニーはアクセルを猛プッシュして前方に仁王立ちの襲撃者を轢く。
しかし残念なことに、銀腕の襲撃者は車に衝突する際の衝撃を利用して再びルーフに取り付いた。轢けずじまいである。
「おいまた取り付かれたぞ!」
「そんなに騎乗位が好きかこんちくしょー!」
「どこでそんな言葉覚えてっ、ハンドルが!」
シットウェルを掴み上げた銀腕が今度は車のハンドルも持っていった。文字通り千切っては投げを実現する腕である。
「タイヤ動かすからアクセル踏んで!」
「ッできんのかよ!?」
「これからやる!」
アクセルプッシュをサムに任せ、レイニーはインクの片手を車のステアリングシャフトへ伸ばし、四箇所のタイロッドとナックルに接続して強引に操作する。
視界は前方に、意識はインクに。
サムがアクセルを勢い良く踏むと同時にルーフ上にいた襲撃者が振り落とされるが、後方から響く金属音が先程ぶつかってきた車に乗ったことを伝えた。
レイニーも初の試みで上手くできる保証はないのだが、プラモデルで組み立てた車の数パターンを想起してタイヤの操作に全集中する。
タイヤの回転数に合わせて徐々に振動が大きくなる。ゴムの焼ける音。スリップの前兆。
「ごめん、やっぱムリ」
「っ全員固まれ!
最後の抵抗とばかりに、レイニーは腹いせにインクをタイヤから伸ばして車を跳ね上げる。盾を構えたスティーブが強引に車のドアパネルを押し出して外し、全員が全員揉みくちゃになって吹っ飛ぶ車の下に落下する。
着地の瞬間、タイヤから文字通り手を引いたレイニーの四又のインクが滑走する道路を貫き衝撃を緩和、慣性を殺して吹き飛ばされる体をなんとか止める。
スティーブはナターシャを、レイニーはサムを抱えて、なんとか無傷で生還できた。
「ごめん」
「いいって」
「車」
「そっちかよ!」
銃の発砲音に遅れてガン! とヴィブラニウム特有の金属音がして、視界の向こうでスティーブと盾が吹っ飛ばされて落下する様が見えた。
でもまああれじゃあ死なないでしょ、と無責任な信頼を押し付けつつ、追跡していた装甲車からぞろぞろと出てきた銃兵の一斉掃射に対しインクの壁を作ることでサムへの直撃を防ぐ。
既に、レイニーは
「スマン」
【 No worries . Where is your suit ? 】
(イイッテコトヨ。装備ハ?)
「車の中だ」
【 Then , You've got to go . Oh 】
(ジャ、取リニ行カナキャネ。オット)
パ、とサムの脇下にインクの穴が広がって、そこから拳大の爆薬が水平線を描いて後方の車に着弾する。
「え!? 今何した!?」
【 The scale of the explosion is large . I don't have to be shot it】
(爆発の規模が大きいから。わざわざ当たりに行くのもアレだし)
「脇直下! ホントマジでビビった! そういう時はちゃんと言えよ!」
【 Sorry 】
(ごめんネ)
インクの防壁で銃撃を無効化しつつ、隙のある兵士たちには伸びるインクの拳による中距離攻撃でノックアウトさせていく。
レイニーからすれば『叩いて被ってじゃんけんぽん』と似た感覚だった。ただし正確には『
徐々に敵戦力を減らしつつ無効化し、レイニーは横転した車のトランクを力任せに引き千切ると、『ファルコン』のスーツが入ったバックパックを引っ張り出した。
【 Sam . Here you are 】
(サム。はいこれ)
「おう、ありがとな!」
銃片手に応戦していたサムがバックパックを受け取ると、牽制をレイニーにバトンタッチしてすぐに装着する。慣れた動きは熟練の兵士のそれだが、特殊装備となると米国中の兵士と言えどサムほど早く装着出来ないだろう。
唯一、前の作戦で失った
「キャプテンたちを追うぞ。乗ってくか?」
【 Are you sure ? 】
(いいの?)
「アンタは軽そうだからな。ほら、捕まれ!」
ニューヨークでのチタウリ戦やレムリア・スターでの作戦時も空を飛ぶ体験をしたレイニーだったが、いずれも落下を利用した滑空体験が殆どだった。
ツバメのように空を自由に舞う感覚は慣れないものでありながら、レイニー/ベンディには新鮮過ぎて、こんな状況でも感動していた。
【Awesome ! We are flying in the sky ! 】
(スゴイヤ! 空飛ンデル!)
「振り落とされるなよ!」
ワシントンの街は銃撃戦騒ぎで蜂の巣をつついたように市民たちが逃げ惑い、車は横転し黒煙が上がる始末。感動は冷水を被ったように冷めて二人は上空からスティーブたちを探すと、銃弾を食らったらしいナターシャと、銀腕の襲撃者と対峙するスティーブを見つけた。
【 ……! 】
───この時、サムは別にレイニーを抱える手を緩めた訳ではなかった。
しかし、銃を構える襲撃者とはまた
「……え、」
【 Gaa … 】
(がっ…)
肩を貫通した銃弾の痛み、そして空から落ちてきたレイニーに突き飛ばされて倒れた拍子に痛む傷に顔を顰めたナターシャが見たのは、右肩から下が千切れてインクが血のように流れ出すレイニー/ベンディの姿だった。
【 I'm glad you are safe … 】
(よかった…)
「レイニー! あなたどうしてッ……っ!?」
第二形態の姿でフラつくレイニー/ベンディとの間にあった車のドアパネルと座席が、拳大の大きな円を描いて抉られていた。丁度、ナターシャの足元で不気味に痙攣する伸びきったレイニーの手まで。
野球ボールか、もしくはそれ以上の大きさの何か、ピンポイントに狙撃されかけていたと理解したナターシャは、周囲を警戒しつつ崩れ落ちるレイニーに駆け寄り体を受け止めると、頭を低くして二発目の狙撃に警戒する。
「そんな、見えなかった…一体、誰が」
【 I saw … 】
(ワタシには、見エタ…)
「どこに…!?」
手の震えと共にインクが剥がれ落ち、レイニーの小さな指先がやがて車のサイドミラー越しに一つの屋根の上を指す。ナターシャは慎重にサイドミラーから屋上を窺うが、そこに人影は無かった。
「うはは…やっぱ、すごいな母さんは…」
「…エニシ・アマツが、いたの…!?」
「…まるで、
ナターシャが小さくレイニーの肩を揺らす。
眠るように目を細めたレイニーは、ただゆっくりとインクが剥がれて黒い液体が右肩から流れるだけで。
千切れたインクの手が、やがてワシントンの道路のシミになって消えていく。