パラサイト・インクマシン   作:アンラッキー・OZ

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D.C.クレジット

 

 

 

 Chapter 36

 

 

 

 見えない。

 

ぐじゅ、ぐじゅ

 

 見えない、何も見えない。

 

ぐぢゅ、ぶちぶちぶち

 

 ありもしない臓腑が掻き回される。

 はらわたは切り裂かれ、温もりのない…温感がないからわからないけど、決して人の手ではない硬い金属でできたものが、私をばらばらにしていく。

 

じょき、じょき、ぐちゅり

 

 インクに呑まれた時ほどじゃないけど、一時的とはいえ光が失われた以上、私が()()()()()()()()()()確認することはできない。従って、想像に思いを巡らせるしか───

 

嫌だ、想像なんかしたくない

 

 叫びたい。泣いて、大声を上げて助けを呼びたい。しかし、口に突っ込まれた銃が息すらも許さない。

 

たすけて、たすけて、たすけて

 

 足掻きたい。でも、足掻くための手も足も捥がれて、動くことすらままならない。鋭利な刃物で切断された手足はインクを撒き散らして何処かで蠢いてる。私の元に帰ってこない。

 

たとえ、心臓がいきのねをとめようとも──ぁ

 

「みぃ〜〜つけた♥」

 

 鍋をかき混ぜる音が、とまる。

 

がち、ぎちぎち、がちん

 

 まるで鍋の底を突いたような、金属と金属が擦れない合ったようなおと。やがて、わたしのなかの硬いナニカ(ワタシノシンゾウ)をつかみ、木偶人ギョウの私は無てい抗にそれをひきぬかれるしかなくな、

 

ぶちり、ぶちり、ずぼぼbbbbbo───

 

 ひきぬかれていく。なくなっていく。

 

 いまのわたしをこうせいするものが、はらわたからでていく。

 

 さいごのクダがちぎれて、ねむくなる。

 

 なんで、どうして、こんなことになったんだっけ──……

 

 

 

 

 

Chapter 36 → 33

 

 

 

 三機のヘリキャリアを便宜上α、β、γと名付け、サーバープレートはレイニー、サム、スティーブの三人が一人一人持つことになった。

 

「各個で持つ根拠は?」

 

「僕たち三人ならヘリキャリア一機くらい、敵を退かせて侵入してプレートを交換することくらい訳ないだろう?」

 

「ワォ、俺たちあのキャプテン・アメリカに超期待されてるぜ」

 

「なら、その期待に応えなきゃね」

 

 レイニーとサムは拳を合わせた。

 ベンディの力は推して知るべし、ヘリキャリア一機を掌握することくらい雑作もないだろう。しかしサムのように長時間安定して飛行する(すべ)を持たない以上、掌握したヘリキャリアから別のヘリキャリアに飛び乗ることは難しい。

 対し、サムは対空戦においては随一の実力があるが、敵の集中攻撃を掻い潜り二機のヘリキャリアに侵入することは難しい。少なくとも最低一人はヘリキャリアの弾幕を請け負うことで、各人の負担を分散する作戦だ。

 加えて、敵が作戦開始時間を早める可能性がある以上、各個で三機のヘリキャリアを攻略することが最短であり最善である。

 

「…正直、リスキーな気がするんだが。キャプテンに二機任せられないか」

 

「そのサーバープレート、三つとも変えなきゃ使えないんでしょ? もし敵が私だったら、多分どれか一機にやばいヒト(バッキー)乗せて迎撃させる」

 

 暗に自分に任せることが不安要素だと言うフューリーに対し、レイニーは呆れ気味に、青汁を飲み干したような顔で苦言を呈する。レイニーは、あくまでも仮想敵に自身の母を据えたとき、敵が自分以上の策略を巡らせていると考えていた。

 フューリーもレイニーの母に思うことがあるのか、自然とその言葉には納得していつも以上に渋面を歪めた。そろそろ眉間の皺が消えなくなりそうなほどに。

 

「バッキーは僕がやる」

 

「流石にヘリキャリアにハッキングして内部映像を確認することはできないわ。どのヘリキャリアに乗ってるかわからない。そちらの方がリスキー過ぎるのでは?」

 

「どうするのキャプテン」

 

「……出たこと勝負だ」

 

 結局は行き当たりばったり。

 どうせそう言うだろうと思っていたナターシャは、今更ながらスティーブに問いかけた過去の己を恥じた。恐らく()()()()()()()()()()()()のだろう。皆の気持ちを代弁したのだ、恥じることはないと生温かい眼差しがぐさぐさと突き刺さる。

 

「どうぞ? まぁ確率は1/3だけどね」

 

「オイオイ、既に侵入前提の話かよ」

 

「何、自信ないのサムさん?」

 

「いいや?」

 

「「俺たち/私たちならできる」」

 

「決まりだな」

 

 三人は突き出した拳を合わせた。

 

 

 

 

 

 Chapter 34

 

 

 

「とは言ったけど…」

 

 自信満々に肩を組んで言う彼等が羨ましかった。でも、その自信の輪に僕も入っているのだと思うと嬉しかった。

 構えていた盾を背負い、侵入したヘリキャリア内を走る(敵を殴り)走る(銃弾を避け)走る(辿り着く)

 

「まさか、本当に当たるなんてな」

 

「…お前を殺す。それが任務だ」

 

 コントロールルームの前には、忘れもしないバッキーの姿。ワシントンの街で見た、歪に改造された銀色の左腕がギチギチと音を鳴らしている。多分、まだバッキーは僕のことを思い出していない。

 どうやれば思い出させられるかわからない。不安はある。時間はない。なにもかも崖っぷち。

 いつも通りだな。

 

「キミを殺すつもりはない。でも」

 

 拳を突き合わせ、僕は彼女(レイニー)と約束した。その約束が、昔の記憶を思い出してくれた。

 

 

 最後までとことん付き合うよ

 

 

 僕は、バッキーとも約束をしていた。バッキーは、両親と死別して、あの列車から落ちるその時まで、その約束をずっと守ってくれていた。

 

 今度は、僕が約束を果たす番だ。

 

「約束したんだ。彼女とも、そしてキミとも。だから絶対に止める」

 

 決意を胸に。

 力を拳に。

 僕は駆け出した。

 

 

 

 

 

 Chapter 35

 

 

 

「言うほど難しくなかった…」

 

「待てェー! 覚悟しろォ──!」

 

 銃弾飛び交う艦内、レイニーは大きく(第二形態)なったり小さく(第一形態)なったり、インクの肉体を伸び縮みさせては隔壁に浸透して銃弾から逃れる。

 

 ───レイニーは、スティーブやナターシャとは別口でS.H.I.E.L.D.本部、トリスケリオンへの侵入を果たしていた。

 

 レイニーは一度、インクベンディとしての力をフルに使ってワシントンの地下からアパートに戻り、出勤する自称:看護師を名乗っていた隣の住民であるシャロンと合流していた。天井から逆様に挨拶した時は銃口を向けられたが。

 シャロンに頼み、持ち込みのハンドバッグに入れたベーコンスープの缶に偽装して難無くトリスケリオンへの侵入を果たした。ヘリキャリアの離陸を早めようとナイフでシャロンに斬りかかるラムロウにインクパンチを喰らわせて、インクの悪魔はその様相と恐ろしさを今一度HYDRAに知らしめた。

 

Hey , Flammables ! Ready Fight !

 (ハイ、火気厳禁。ヤルナラゲンコツデ!)

 

 全身からインクの触手を伸ばし、コントロールルームにいる全員が構える銃を無差別に分解して嗤うベンディ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()この状況では、難しく考えるレイニーよりも短絡的思考を持つのがベンディだった。

 銃は兵力を均一化する道具だ。多少は個人の技量に左右されることもあるが、この場では誰もが『撃てば』『致命傷を負わせる』という危険物であることに変わりはなかった。

 

 銃を分解された全員がポカン、と口を開けていたが、ベロを出してバカにするベンディにキレたHYDRAの連中は怒り心頭でヘリキャリアへ走っていくベンディを追いかけた。

 しかし、一目でHYDRAの連中だと判断し、足を引っ掛けては容赦無く袋叩きにするS.H.I.E.L.D.のエージェント達。銃を分解されたことは痛手ではあるが、敵味方の区別がついたことで目的は単純化された。

 早く行けと急かすエージェントの激励を受け、レイニーは離陸寸前のヘリキャリアに侵入してまんまと任務を果たすことができたのだ。

 

 データサーバーのプレートを交換したため、既に用はなく、撹乱目的で走り回るレイニーは、インクの身体の中から咽頭マイクを取り出しては首に嵌めようとして──諦める。どうせインクに溶けたら外れてしまうからだ。

 

「こちらレイニー、任務完了」

 

『OKレイニー、まだ最後の一機が終わってないけど…敵に作戦を悟らせないように』

 

「撹乱なら今やってるよ」

 

『あと6分でヘリキャリアの一斉攻撃が始まる、その前に離脱して』

 

「りょーかい」

 

 通信を切り、目の前で銃を構えるHYDRAの構成員をインクパンチで殴り飛ばし、背後のドアを押し上げた。

 

「出れた」

 

 ドアの先はヘリキャリア上の滑走路だった。

 本来、移動空母としての機能があるヘリキャリアには複数のクインジェットも収納されている。そして、今目の前でクインジェットに乗り込もうとしている連中は全員HYDRAの構成員である。思わずレイニーは敵の未来の航空戦力と鉢合わせた。

 

 その未来は、永遠に閉ざされるのだが。

 

「ベンディ! 覚悟しろ!」

 

「覚悟はしてる!」

 

 ───銃を撃たれて致命傷を負わされるよりも先に、相手を倒してしまっていいのだろう?

 そう考えながら──目の前にマズルフラッシュが瞬き、銃弾が届くよりも先にインクの身体になったレイニーは滑走路を這い、問答無用でHYDRAの構成員をインクの肉体に飲み込む。

 老若男女容赦なし、ニューヨークでの戦いよりも迅速に、より確実に敵を吸収し、その命を喰らってインクに還元していく。再びレイニーの姿を取り戻す時には、滑走路でレイニーに銃を向ける構成員も、クインジェットも無くなっていた──否。

 

「………」

 

 一人だけ。

 一人だけ、ヘリキャリアの滑走路の端に座り、身の丈以上の銃を構えて黙々と射撃を繰り返す姿があった。

 

 その狙撃手は、恐らくスティーブの声明に触発されたS.H.I.E.L.D.のエージェント達が乗り込もうとして地上に待機していたクインジェットを、引き金を引くごとに一機一機、虱潰しのように潰していく。

 

 その姿には見覚えがあった。

 

 同時に、ベンディのインクで吸収できなかった相手の脅威を推し量った。

 

 地上に待機していたクインジェットの全てを、まるで鴨撃ち(ダックハント)と言わんばかりに撃ち抜いたその女は大きく伸びをすると、今気付いたと言わんばかりの様子でレイニーを見て()()()()

 

「…あらぁ、レインちゃん? 久し振り。元気にしてたー?」

 

「お陰様で。あんたに腕撃ち落とされたけど全然元気よ残念だったわね」

 

「残念? そんなことないわよォ〜? 嬉しいわ。五体満足で殺されに来てくれて♠︎」

 

 

 ・ ・ ・ 。

 

 

 銃撃と爆発音と悲鳴が飛び交う戦場に、誰でもわかるような明確な三点リードの沈黙が降りる。

 流石に狙撃手───エニシ・アマツも、何故か自分の台詞が滑ったと思い、包帯の奥で笑顔が引き攣る。

 

「…何それ、キャラ付け? あまりにもキャラ数が多過ぎて区別がつかないからって雑なキャラ付け? それなら〝side〇〇〟とかクソダサ文言付けてよ「あーはいはいこの人視点なのねわかったわかった」って笑いながら読んであげるから。自分だけ目立とうと語尾に変な記号付けたりするのやめてくれる? 仮にも腹を痛めて産んでくれた親がそんなイタイキャラになるの恥ずかしいから。他人のフリしたくてしたくて堪らないのよ」

 

 返ってきたのはレイニーからの息継ぎ無しの猛烈なダメ出しだった。それいじょうはいけない。

 

「や〜っ……だぁ〜ウチの娘いつからこんなメタメタで口の悪いメスガキになっちゃったの? 反抗期? 思春期? エストロゲンテストステロン大丈夫? そろそろ経血とか出ちゃった? 生理って重いよねぇ、あらまだ? それとも膣も子宮も無くなっちゃった? オンナとして産まれた悦びを味わうことなく生きてて平気? ああでもお口はあるからフェラで悦ばせることはできるわよね、よかったわねまだオンナとして産まれた存在意義があって。最近おてても足も器用になったみたいだから、手コキ足コキで大乱交できちゃうじゃない男泣かせに育ったものね〜」

 

「…黙れクソババア」

 

「やだ、汚いお言葉。誰の影響かしら、スティーブ・ロジャース? トニー・スターク? ナターシャ・ロマノフ? それとも殺しても死なない(デッドでプールな)あの人かしら? ねぇねぇ一体誰のせいなの? 教えて? あとでヌッ殺しておくから」

 

「…誰のせいでもないわよ。強いて言うなら自分かしらね? それに今から殺されるのはその人たちでもないわ、あなたよ」

 

「へぇ〜、殺す? 殺すって…誰を? 誰を殺しちゃうって言ったの? やだわぁ〜()()()()()()()()を口にするのはダメよー? 信頼失ってオオカミになっちゃうから。知ってる? 「殺す」って心の中で思ったなら、」

 

 弾倉へ弾薬を装填(ジャッ)

 遊底が前進し(ジャコッ)薬室に実包を装填(ガッコン)

 

「その時スデに行動は終わってるものなのよ」

 

 引き金に掛けられた指が動く。

 激しい轟音。だが銃弾は音より速い。レイニーは銃口を向けられたその時から姿勢を低くし、インクの肉体を最大限に使って右に左に走り出していた。

 射線から避けたはずの左肩を吐き出された銃弾が掠めて()()()とインクの組成に亀裂が走る。

 

(やっぱりッヴィブラニウム製の武器!)

 

 レイニーの危惧は現実となった。

 数年前、スティーブとの模擬戦で明らかになったことだが、ベンディのインクは何故かヴィブラニウムで作られたものとの相性が悪い。形の無かったはずのインクはその実像を取り戻し、レイニーとベンディに等しく相応のダメージが与えられる。

 先の狙撃でレイニーが取り込むことができず、腕を引き千切られたのはヴィブラニウム製の銃弾による狙撃だからだった。

 

(じゃなきゃ、インクの取り込みを無視して腕を引き千切るなんてできない! 銃弾だけじゃない、十中八九他の武装も!)

 

 二発目(鉄が破裂する音)

 目の前に展開したインクの膜を突き破り右側頭部を削る。

 

(でも、あんなサイズを手動で動かせる()なんて見たことがない! アームストロング砲よりは…小さい、型は…フィンランド製のラハティL-39に近いか…!? でも、単発銃なのに発砲から次弾装填までのインターバルが短い!)

 

 三発目(鉄が破裂する音)

 横転するレイニーの頬を掠める。

 

 だが、レイニーにはエニシが操る銃に見覚えがなかった。どの文献にも、どの国にも、どの歴史を遡っても、エニシの銃は古そうに見えるのに見覚えがない。宇宙人が作り出しそうな未来的な銃でもないのに、だ。

 

(銃身からして対戦車ライフル(3M)相当! でも…弾丸を受けた体感だと少なくとも50口径以上(フィフティオーバー)!! 装填してる銃弾から恐らく口径漸減(ゲルリッヒ)砲の類、記録通りなら()()()()()()()銃身は異常加熱で焼き焦げ、狙撃手(エニシ)の肩は反動で死──)

 

 四発目(鉄が破裂する音)

 接近から回避に専念していて尚、エニシの一撃がレイニーの右脇腹を抉る。インクの身体にぽっかりと拳大の穴が空いた。

 

「ッッッッ!!」

 

 インクの身体になってから久しく感じる痛み、痛み、痛み。

 ある筈のない脳が感じる激痛。それがレイニーのある仮説に繋がった。

 

(違うッ! 銃床、銃身、引き金、遊底、薬室! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()ならッノーリスクで撃てる!)

 

 あの(悪魔にされた)日に置いてきた筈の痛覚が、脳が、レイニーに激痛という刺激を与えて思わず膝から身体が落ち、せめて射線から逃れようと滑走路上に鎮座するコンテナの一つに隠れる。

 

「それにしても、こんな鉄火場にノコノコ現れといて、それってワタシに殺されたいから来てるワケ? やっだぁ〜この親不孝者♪ ママより先に死んぢゃうなんてぇ〜♠︎」

 

 狙撃を止めたエニシの声が、レイニーの耳を滑っていく。親とは思えないほど冷たく、魂そのものがゾワリと震えるほど恐ろしい声音だった。

 

「ッッ、その、本人が殺しに来てるくせに…あなた、って馬鹿?」

 

「やだ、親に…いいえ? 所有者に向かって馬鹿だなんて…躾のなってない子ね。親の顔を見てみたいわ♥」

 

「鏡を見てみなよ! でもその時はっ」

 

 既にレイニーはコンテナの裏からエニシの背後に跳躍していた。だが腕を鎌状に変化させたレイニーがエニシの首を狩るよりも先に、

 

「八つ裂きになってるだろうけどな、とか言っちゃう〜? 違うわよ、ここで八つ裂きになっちゃうのはア・ナ・タ♪」

 

 エニシが足元のギターケースを蹴り、開封と同時に二丁の拳銃が飛び上がり、

 

被造物()が、創造主()に勝てるワケないじゃない♠︎」

 

 掌に吸い付いた拳銃が、レイニーの眉間で火を吹いた。

 首ががくりと仰け反り、命中の反動でレイニーはインクを撒き散らしながら吹っ飛ぶ。

 どくどくとインクが流れ出し、そのままピクリとも動かなくなった。

 

「………」

 

「……あれ? ワタシ、何かしちゃいましたぁ? じゃなかった、もう死んぢゃったぁ?♠」

 

 左手の銃は左胸に。

 右手の銃は喉元に。

 滑走路に仰向けに倒れたインクの身体。

 命中したならば確実に致命傷であるにも関わらず、エニシは油断することなく狙いを付ける。包帯の隙間に覗く瞳は鷹のように鋭い。

 

「…あなたの前に、ノコノコと現れた理由についてだけど」

 

「遺言なら聞いてあげるわよ?」

 

「……わざわざ、私がどれくらいあなたの予想を上回って成長したか披露しようと思ってね、その自慢話をしに来てあげたのよ。子どもらしい健気な気遣いを察してくれる? 」

 

 ゆっくりと、インクの肉体が関節可動域を無視した動きで地面を這い、レイニーが起き上がる。

 

 至近距離に銃を構えられても尚、失わない闘志。

 左右非対称の笑みを浮かべたレイニーの額は、銃弾の大きさよりも僅かに大きな虚がぽっかり空いていた。やがてその虚はインクに満たされて跡形もなく消えていく。

 

(なるほど、()()()()穴を開けて直撃を防いだのね。やるゥ)

 

 言葉は簡単でもその実現は困難極まる。

 インクの肉体を持っていてもその反射速度は常人の域を出ない。つまり撃たれてから自発的に穴を開けるのでは間に合わないのだ。

 あらかじめ、撃たれる部位を予測でもしない限り。

 

「いくらあなたでも〝母親〟になることは難しかったわけだ」

 

「…へぇ。わかったの」

 

「ええ。ゾラから聞いたわ。あなたの研究テーマは『代替』であること」

 

 

『エニシ・アマツは我々HYDRAにとって専属のスパイでありアドバイザーでもあったが、あくまでも中立という立場を貫いた。時にスパイであり、時に研究者であり、時に医者であり、時に兵士であり、また時にはありふれた無辜の民であった』

 

 

 レイニーの脳裏で、スティーブたちと侵入したニュージャージーの軍事施設の地下で聞いたゾラの声が蘇る。

 震えるインクの身体を奮い立たせ、レイニーは立ち上がりながら言う。

 

()()()()()()()()()()──そんなスパイになること。それがあなたの研究だった。つまり、あなたは〝母親〟という代替になろうとした。違う?」

 

 鷹のような目がやや大きく見開かれる。

 それはレイニーの予想が少なからずエニシの琴線に触れたことと同義でもあった。

 興が乗った、というようにエニシは拳銃を下ろし、くつくつと笑う。

 

「…クスクスクス、半分正解半分不正解。いいえ? 3割程度ってところかしら? それでも凄いわぁ〜あんなヒントにもならない雑談からそこまでくっだらない妄想を膨らませて、偶然にも真実の切れ端に漕ぎ着けたなんて。赤ペン先生で花丸付けてあげる♦」

 

「…たった3割?」

 

「〝たった3割〟と取るか〝3割も〟と取るかはアナタのプラス思考マイナス思考の匙加減かしらね。ええ、確かに研究テーマの一環として母親となり、チンコ咥え込んでハラワタを引き裂いてアナタを産み堕としたわ。そして、何度も何度も何度も何度も手塩にかけて大事に育てたわよ? そしてアナタはワタシの思い描く理想図の〝完成形〟になりつつあるの。つまりまだ途中なのよ♦︎」

 

「……まだ、途中?」

 

「可愛い子は千尋の谷に突き落とすという極東の諺があるのを、当然知って」

「『可愛い子には旅をさせよ』『獅子は我が子を千尋の谷に落とす』でしょ」

 

「……フフフ、流石我が娘。ワタシじゃなきゃ見逃しちゃうね。このリハクの目を持ってしても」

「リハクって誰よ」

 

 

 ・ ・ ・ 。

 

 

 本日二度目の気まずい沈黙。

 思わずエニシが呆れ気味に重い溜息を吐く。

 

「………これだから、世間の荒波に揉まれてスレた子どもは手に負えないのよねぇ〜♣︎ 人の会話に一々茶々突っ込むのやめてくれる? 話が進まないのよ」

 

「あんたがっ一々間違えた言い回しするのが悪いんでしょッ!」

 

 レイニーの肩からインクの腕が一本、二本、三本──合計六本にも枝分かれしてエニシに強襲する。

 早く動いているから複数あるように見えて──その実、実際にレイニーは腕を複数増やしていた。中には腕どころか拳すら形になってない。それもそのはず、敵を突き刺すのに拳を模るのは人間がやることだからだ。

 

 レイニーは人ならざるもの。その範疇に囚われることはない。

 

 だが相手が相手だった。

 エニシはレイニーの複数の腕にも対応して的確に猛攻を捌く。横薙ぎ、打ち上げ、叩き込み、刺突──それら全てがエニシの二丁の拳銃にいなされる。肘や片足を使い、全てを最小限の力で弾き、決して一歩も動くことはない。

 

 そもそも拳銃とは〝拳〟の銃。

 狙撃銃よりも短いそれは拳大の大きさで、手回しやすく、そして拳で殴るよりも()()()()。加えて、本来の銃としての役割の発砲。いつ撃たれるかわからないという恐怖、牽制。レイニーはそのために、銃の分解を覚えたとも言えた。だがヴィブラニウム製の銃に分解する為のインクが入り込む隙間はない。

 

 それどころか、腕を増やしたレイニーが攻めから守りに転じ始めた。手数がレイニーを超え始めたのだ。

 

(拳銃もダメ! 私の実体を捉えられてるッ)

 

 形状からして米軍採用のベレッタM9に近い。だがデザートイーグルの面影もあることから、先の銃と同様にヴィブラニウムで作られた自作の銃であることは明白。

 銃床による殴打、的確に打ち抜くそれを捌きながら、レイニーは声を張り上げる。

 

「年齢が変わってないの、なんで!?」

 

「『ドリアン・グレイの肖像』をご存知〜?」

 

「質問を質問で返すのやめてよ、知ってるけどッ」

 

 オスカー・ワイルドでしょッ、と答えると、エニシは肘でレイニーの腕をかち上げて引き金を引く。銃弾がレイニーのインクの一部を抉る。レイニーの下顎部分だった。

 

「がッ! っれで、『ドリアン・グレイの肖像』よろしく、自画像だけが年老いて、あなたはずっと衰えないってワケ?」

 

Exactly(その通りでございます)! イヤーここまで頭がキレると我が娘ながら照れちゃうわねー! 目に入れても痛くないくらい、小憎たらしいくらいかわいいわぁー♦」

 

 レイニーがエニシの腹部に拳を叩き込む。

 しかし動じる姿すら見せない。相変わらず顔は笑っても目が笑うことはない。まるで愛玩動物の小さな足掻きを眺める飼い主だ。

 それもそのはず、レイニーはエニシを再起不能に陥れる為の一撃ではなく、距離を取る為の一撃であったからだ。事実、拳銃の射程からは逃れられなかったが、エニシの体術の間合いからは逃れた。口に溜まったインク塊を吐く。

 

「ペッ…、世の中、死んだと思ったら悪魔の力で蘇ることだってあるんだもの。老化を食い止める神秘があったって不思議じゃないわ」

 

「アナタの師匠みたいに〜? そうね、別世界からエネルギー盗んで細々寿命を延ばすことも賢いやり方ではあるかもしれないけど、非効率過ぎるわよね〜。

 ワタシの場合は、絵という無機物に自分の魂の半分を憑依させた上で、劣化のない無機物とワタシの概念をそれぞれ反転することで半永久的な寿命を手に入れたの! 素敵でしょう?」

 

「…それが、もう一つの研究テーマ、『半恒久的な人類の継続』ってヤツ…?」

 

 鷹の瞳孔がキュ、と窄まり、やがて瞼が完全に閉じる。レイニーには、エニシの猛攻に腕一本分が入ってないことに気が付かなかった。

 

 拳銃を離した手が、手榴弾を持っていたことにも。

 

 

 鼓膜を破る破裂音と網膜を潰す閃光(フラッシュバン!)

 

 

「グッ…!?」

 

 閃光手榴弾は密閉した室内でなければ本来の力を発揮できない。だがレイニーとエニシの距離はかなり密接してきた。人間の頃のような視覚と聴覚を擬似的に持っているとは言え、インクという液体を依代としているレイニーに音の波と強烈な閃光は効果があった。

 

「ざんねんざんねんざーんねーん♠︎ ハズレよハズレ。大ハズレ♪」

 

 唯一この場で影響を受けていないエニシが、包帯まみれの腕を振り上げる。手榴弾の衝撃で呻くレイニーの顔面に二丁の銃口を押し付け、そのまま引き金を引いた。

 

「───―!!」

 

 悲鳴すら許さない。

 ヴィブラニウム製の銃弾はレイニーの顔面部分を蹂躙し、人間であれば両目に当たる部分を貫通していた。

 のしかかられたレイニーは身体をインクのように溶かして逃れようとするも、エニシに固定された途端、身体の自由が利かなくなった。

 

「アナタ、不老の身体を手に入れたとして、あたまの悪いおこちゃまが造りそうな『地球はかいばくだん!』とか、『ぜんじんるいぶっ殺しちゃうぞびーむ!』とか喰らったらひとたまりもないじゃない。やっぱりアナタはまだまだ馬鹿ね。娘として社会に出すのが恥ずかしいくらいだわ」

 

「っく、…そぉ……」

 

 エニシに触れてレイニーはようやく──ようやく、気付く。

 遅かった、あまりにも遅過ぎた。エニシの全身に巻かれた包帯もまた、ヴィブラニウム製だったのだ。

 

「さてと、邪魔な部分(パーツ)を取っちゃいましょう♪」

 

 エニシはギターケースから()()()と、重々しいものを取り出す。

 

 一言で言えば、それは(ハサミ)だった。

 

 だがサイズが規格外。

 明らかに片手で動刃を動かすことは不可能。

 まるで二振りの刀を螺子で強引に留めたようにも見えるが、刃面の面積からしてペンチか、あるいはニッパーに類似していた。

 

「一本〜」

左腕が飛ぶ

「にっほ〜ん」

脆かった右腕が千切れる

「さん、ぼん!」

左脚が捩切れる

「四っ、ほん」

右脚が、剪断される

 

「ハイッ、これでダルマレイニーちゃんかんせ〜。余計な部品が減ったおかげでとてもスマートに見えるようになったわよ! 人形愛玩者ならお持ち帰りして即オナホにしたいくらいには今のアナタ魅力的♠︎ でもぉ〜肝心のベンディは引き剥がせないみたいね」

 

 もう、悲鳴はなかった。

 そこにあったのは、顔がぐずくずに潰れ、四肢を失ったインクの塊のようなナニカ。

 

「ベンディちゃーん、聞こえてる〜? 起きてる〜? アナタとお話がしたいの〜♥」

 

 辛うじて原型を残す頭だけ引っ張ると、ぱくぱく動く口。

 

「───、───―」

 

 エニシは口らしき窪みに耳を寄せようとすると、そこから吐かれたのは声ではなくインクだった。純白の包帯にインクの黒いシミがベットリと付着する。エニシはゆっくりと笑みを深めた。

 

「………」

 

「ごォっ!」

 

「イケナイことをするおくちはこれかなー? 今はペニスの代わりにコレ(拳銃)しゃぶっててね〜またなんか言ったら引き金引くから♦

 う〜〜ん、どうすればいいのかしら。首も千切っちゃう? そういえばダルマって一年経ったら両目潰して燃やしちゃうんだっけ。それじゃ本能寺しちゃう? 金閣寺しちゃう? 炎で燃やして蒸発させちゃう? それとも〜……」

 

 エニシは首らしき部分を踏み付けて潰し、鋏の切っ先をレイニーのハラワタに向ける。

 

「このお腹の、引っ掻き回しちゃえばいいかしら?」

 

 

 

 

 

 Chapter 37

 

 

 

「あら、これは……インクマシン?」

 

 エニシの鋏が、インクに塗れながら鳴動する機械を挟み上げた。レイニー()()()()()のインクから引き揚げたのは、心臓の形を模したインクマシン。

 

 インクを吐き出して、悪魔を生み出し、レイニーを模し、そしてこの◼︎◼︎を綴り、或いは塗り潰す───

 

「あれ───?」

 

 エニシの足が滑走路を踏んだ。

 

 ()()()()()()()

 

 エニシはレイニーの身体を解体するために、固定するために、レイニーの実体を掴むために、踏んでいたはず。

 しかし、その感触が無くなった。

 だらんとした身体も。

 バラバラにした四肢も消えている。

 

 鋏を掴んでた手が緩む。

 インクマシンが、心臓のように鳴動し、膨張した。

 

(───、しまった)

 

 急いで鋏を閉じようと両手の力を込め、

 

 

「ッッっ絶ッ死ね糞が!!」

 

 

 インクマシンを中心に集まったインクから飛び出した拳が、エニシの横っ面を歪める一撃を叩き込んだ。

 

 モダンアートもびっくりの歪みを実現したレイニーの一撃は、エニシの細い体を吹っ飛ばし、やがて轟音を立ててコンテナに衝突した。

 

「っハァ! ハァ! っァ、あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛ッ!!」

 

 インクマシンから現界したレイニーが絶叫した。人間の肉体を模したインクはぐずぐずに溶け、決死の覚悟で形成した拳もインク溜まりに消えていく。残るのは頭部と胴体部分のみ。インクの線が辛うじて肉体を支えている。

 

(っがァっ、やばい、マリアさんの予定時間もう近い。立つな、立つな立つな立つな立つな立つな…!)

 

 ヘリキャリアが大きく傾く。既に咽頭マイクはどこかに消えてしまったが、もし作戦が成功していれば三機のヘリキャリアが同士討ちを始めるはずだった。

 四肢を捥がれ、動くこともできないレイニーは他の人間からすれば格好の的。ましてや、恐らく今生の天敵とも言えるエニシ。もし意識を飛ばしていないならば、今度こそ死ぬ。

 

「…ンン〜ワタシの記憶に拠れば、キャプテン・アメリカはS.H.I.E.L.D.を壊滅させ、ブラック・ウィドウは機密情報の全てをネットに流し、バッキー・バーンズは一人寂しく逃亡生活を送ることになり、舞台はいよいよソコヴィアへと…おっと失礼。ここから先はまだ皆さんにとっては未来の話だったわね」

 

「…何、それ」

 

「あれ? あ、そっかぁ、まだ()()()()()()放送されてない海外ドラマ(特撮)ネタだったわね。失敬失敬ぅおっと」

 

 爆炎が上がる滑走路を踊るエニシ。

 滑走路を抉る痕跡は、上空からのハンドガンから放たれた銃弾が穿った跡。

 

「無事かレイニー!」

 

 『ファルコン』の翼が黒煙を裂いてレイニーの元へ到着する。マスク越しでもわかる、余裕も慢心もない焦りの表情。レイニーがこんな姿になる相手の実力が未知数だからだ。

 肉体がぐずくずになりながら、レイニーは顔の力を精一杯意識的に動かして、いま出来る限りの笑顔を浮かべた。

 

「…たす、か、た…」

 

「っオイ! アンタレイニーの母親なんだろ!? なんでこんなことするんだよ!!」

 

「あーあ、これじゃもうダメね。仕切り直し、残念残念ハイ残念。レイン、ワタシたちの家に行ってみなさい。わからないこともわかるし、会いたい人にも会いたくない人にも会えるわよ」

「無視かよ!」

 

「…誘導、されてる、みたいッだから、お断りよ」

 

「お馬鹿な子ね〜、アナタが如何に拒否しようともアナタは眠れる運命の奴隷であることに変わりはないの♥

 アナタ()ワタシ()の永遠の所有物なの。所有物は所有者にいいように扱われるものなの。そして」

 

「飽きれば、捨てる? もっとッ…お断りだわ!」

 

「それを決めるのもアナタじゃなーい、ワ・タ・シ♪ せいぜい頑張ってね〜」

 

 サムに掴まれながらインクを吐くレイニーににこやかに手を振る。

 エニシはギターケースを背負い、包帯の上から手首に巻かれた時計のようなものを操作すると、爆炎の中で三原色の燐光が輝き、やがて黒い煙が晴れるとその姿は消えていた。

 

「……あ、いよいよやばい。行くぞレイニー」

 

「……」

 

「ったく、しっかり掴んどいてやるから。離すなよ」

 

 

 

 

 

 Chapter 38

 

 

 

 そのあと?

 語るまでもないけど、ヘリキャリアは同士討ち、機密はネットに拡散、S.H.I.E.L.D.は壊滅、HYDRAはまた闇に潜った。Q.E.D.(これにてしゅーりょー)

 

 ママンとの激戦で死にかけた私は長官が用意してくれた施設でマリアさんに手厚く看護されたよ。人間のとは勝手が違うからインク補充するだけだけどさ。

 ただ、今回は今までとは違って思いの外ダメージが響いてるから、インクが元の身体を形成するまでの期間は長かった。マジしんどかった。めんどくさいからもうインクのまんまでいっかなーって思ってたけど、師匠がどこで(<●> <●>)(ビコーン)と目を光らせてるかわからないから頑張った。

 

 私頑張ったよ! 誰か褒めて!(乞食乙)

 

「よっレイニー、調子はどうだ?」

 

「アー…ンー…、あー」

 

「しんどそうね、会談終わったわよ」

 

「おつかり」

 

「ハイハイ……そういえば、前に言ってたやつ調べたわよ。何分、監視カメラも普及してない時代だから苦労したわ」

 

「………なんだっけ」

 

「調べ物なんか頼んでたのか。何々…? レイニー、お前クイーンズ出身だったのか?」

 

「例の人の足取りよ、クイーンズのアニメスタジオの隣家、ジョーイ・ドリュー氏の生家へ行ったという証言だけが残ってるわ。そこから先は行方不明」

 

「……ハァー…結局、一度帰んなきゃいけないわけか…でもその前に家の物の整理しなくちゃね」

 

 朝にアパート戻ったとき思ったけど、もうぐっちゃぐちゃのボッコボコだったからね。せめて地元戻る前の足掻きだ、どうせ戻るなら遅い方がいい。

 それに、

 

「あと、約束のツルの折り方も教えなくちゃ」

 

 

 

 

 






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