パラサイト・インクマシン 作:アンラッキー・OZ
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Chapter 39
ところで、たまに「オレ、クイーンズ出身」と言うと「あぁブルックリンね」と皮肉言われてフランクにどつき合うシーンを見かけたりするのだが、アレはなんなんだろうか。
「ほい、ペッパービーフマシマシサンドイッチおまち。6ドルね」
「ありがと」
『サムヘヴン』という店から出てサンドイッチに齧り付く。おほっ、パン結構おっきぃ。すごく…一撃必殺ですレベル。
どっちも人口はアメリカじゃ1位2位。ユダヤ系やイタリア系など、比較的移民が多いから下町扱いされ易い。よくいえば懐は広く、悪くいえば蓋を開けたらごっちゃ煮闇鍋。ウゥーン表現に困る。
まぁ言うてブルックリンはマンハッタン行きのデカい橋あるし、ウィリアムズパーク、
クイーンズ? うーん…USA的なデカい地球儀ある美術館あったよね、
お前はクイーンズ出身で俺はブルックリン出身!そこになんの違いもありゃしねぇだろうが!
違うのだ!!
でも覇権はマンハッタンなんだなぁ。今復興中だけど。
あそこはすごい、ザ・ニューヨークって感じ。ウォール街、タイムズスクエア、キングコングは登るしエージェントJはダイナミック落下するし『アルマゲドン』で隕石は落ちる、何かと名物な
復興進んでるみたいだけど、スタークさんそのへん大丈夫? 息吸うように知らない人に唾吐くからそのへんキチンとダメージコントロールしてもらわないと。
もしかしなくても、一番ダメコン積まなきゃいけないのはスタークさんでは。
え? 手遅れ? そっかー……皺寄せが来ないといいな。
【 Rainy 】
(レイニー)
「何?」
【 I'm here 】
(着イテルヨ)
「……あぁ」
見覚えある玄関。少し雑草の背が伸びた庭。外から見える窓の桟には埃が積もってる。
いつの間にかサンドイッチは食べ切ってて。
足はゆっくり歩んだはずなのに。
目の前にはもう実家。
…正直、あまり気は進まない。
「…どっちがいいかな」
さあ、ここで選択肢がある。極東のハイクオリティゲームで例えるとこうだ。
→マイスイートホーム実家
→ゴゥトゥヘルスタジオ
…いや、どっちも地獄だよ。そもそもスタジオって事故で盛大にぶっ壊れたはずだけど。そっちから確認しよ。
そう言って、そそくさと実家から離れる。正直ここに行くのは最後がいい気がしてきた。
今日は平日だし学生は学校、バイトは稼ぎ時、職員はデスクワークで手一杯。敢えて人のいない時間帯を狙ったのも目撃者が少なく済むからだ。最近は防犯カメラとか設置が増えてきたけど、別にやましいことをしてる訳でもないし。
今回のコーディネートはクリントさんプロデュース、鹿角付きアニマルパーカー! 以前のフリースタイルパーカーはピアースボムで吹っ飛んじゃったからね。仕方ないね。でもこの鹿角パーカー気に入ってる。トナカイじゃないところに製作者のこだわりを感じちゃう。
あの事故現場となったバス停が見えた。少し新しい気がしないでもないけど、エキセントリックなボーイたちの手で落書きされてたりステッカーを貼っては剥がした跡が残っていて残念。
事故当時はトラックがスリップして横転した後、ガソリンが引火して辺り一面が焼け野原状態だったらしい。当然バス停も吹っ飛んで周囲にいた人は巻き込まれたらしいけど、犠牲者は奇跡的に私だけで済んだのは幸運だった。
幸運…幸運?
うん、犠牲者が少なかったことは幸運だ。たとえ『私』という人間の人生がインクに塗り潰されて悪魔に呪われてしまったとしても、
「……は?」
【 Hum ? What is … 】
(ンン?コレハ…)
目を疑った。
先にも言ったが、トラックは横転したのち私を挽いて、ガソリンが引火して吹き飛んだのだ。つまりアニメスタジオに突っ込んでハデに爆発したのだから、当然アニメスタジオが無事であるはずがない。
なのに、どういうこと?
其処には、老舗を漂わせる木造建築のアニメスタジオが、不気味なほど小綺麗に存在していた。
「……とりあえず、ドリュー氏訪ねるか」
未だ混乱状態から抜け出せないけど、アニメスタジオの玄関は見えない。つまりナターシャさんの情報通り、併設されたジョーイ・ドリュー氏の家から侵入するほか無さそうだ。
ドリュー氏の家は、クイーンズのごった煮集合住宅の中ではえらくこじんまりとした感じで、庭もなければ門もない。ポストは辛うじてあるけど古い新聞が乱暴に突っ込まれてる所からして家主は取ってないんだろう。
若干古びた家のドアをノックする。誰かが対応する様子はない。
「………」
そ、と。手の形をインクに崩してドアノブに触れる。
特に裏で焼き鏝が吊るされてるとか、そういう『ホームアローン』的なトラップは無さそう。あったら困る。鍵は…掛けられてない?
「…おじゃましま〜す……」
ギィ、と立て付けの悪いドアが軋んで開く。日中に照りつける太陽が玄関に差し込んで、舞う埃がチリチリと輝いてた。うわ、掃除してないの?
人の生活感はまるで感じられない。
足の一部をインクにして探索範囲を広げつつ、廊下を歩いていくと小洒落た椅子やらテーブルやらライトスタンドが見える。そして、部屋の趣味には少々合わない古い作業机のようなものがあった。
其処にはベンディとボリスとアリスが本来の姿で仲良く歩いてる絵、ベンディがインクの悪魔と化した絵、広大なテーマパークの図面、インクマシンの設計図等が無造作に置かれてた。
コマ割りされた原画は第二形態のベンディが暴れる姿。ニューヨークでの活躍を描いたもの? それにしては筆跡が最近のものじゃない、少なくとも数十年は昔のもの。
私はそれを一目で覚え、記録に残す。
何故か、これらは見逃してはいけない気がしたから。
階段はなく平屋、クイーンズでは珍しい。特に隠し部屋がある訳でも無さそうだけど、一箇所おかしい場所がある。
入って左の部屋には鍵が掛けられていて、あげられない。それだけじゃない、インクを侵入させようとしても何故か入り込めない。これはおかしい。どういうこと? 魔術的結界が施されてる訳でもないしのに。
……仕方ない。ここは後にしよう。それよりもおそらく料理してるであろう奥の居間に行ってみよう。
「あの〜こんにちは、ドアはノックしたのですが、玄関の鍵開いてたみたいなの、で……?」
その後ろ姿を、見た瞬間。
私の中のベンディが、インクが、魂が、それら全てが騒めいた。
「ヘンリー? もう来たのかい?」
ゆれる。
ゆれる。
視界が、ぐらぐらする。
「早かったな、あと数時間はキミの姿が見えないものだと思っていた。このオレを驚かせようとしたんだな? サプライズ好きめ」
どす黒い復讐心が、足先から、頭の上まで到達して全身が、言うことを聞かない。
やめ、やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ。
ベンディ、落ち着け、落ち着いて! ああくそ!
まずい、今私は
「でも知ってる、オレは知ってるぞ……聞きたいことがあるんだろ」
とま、る。
その言葉に、ベンディの殺意が固まって、止まった。
敢えてベンディを抑え込むような真似はしない。ただ、感情的にならないように荒れ狂う復讐心を宥めて、ベンディの黒い感情をう、まく、逸らす。こっれきっつい…! ていうかこのおじさんドリュー氏!?
「あぁ、お前はいつもそうだ。唯一大事な質問はこれだろう?」
復讐心と殺意に差し込む興味の感情。流れ込んでくる僅かな猜疑心と渇望を頼りに、なんとかその首を刈り取ろうとする死神の鎌のような形の手を引っ込める。おま、ホントいい加減にしてよ!
「我々は何者なんだ、ヘンリー? オレは何者なのか、知ってると思ってたよ……でも、
───それは、韜晦だったかもしれない。
後悔だったかもしれない。
懺悔、のようにも聞こえた。
私たちを背に話す彼の姿は、どこか寂しそうで、後ろめたそうで、まるで親に叱られた子どものような、しょぼくれた背だった。
「そして、オレの道は途絶えてしまった。オレは、オレは
作品が、人生に、なった?
それは───それは、あなたでは、なくて、
「我が古き盟友、お前はいつもオレの背中を押してくれていた。正しい道へと押してくれた…もう少し、強く押してくれていればな」
ちがう、それはちがう。
きっと彼の押した道は正しかったかも、しれない。でもその彼の言葉よりも自分の選んだ道を。
後悔しない道を選んでいたなら、あなたの選択は間違ってなんか、いないはず。
たとえそれが、悪夢を生み、世界を壊してしまったとしても。
「ヘンリー、キミの昔の仕事場へ行きたまえ。お前に見せたいものがある」
おじさんが皺だらけの手で指す扉。
そこは、きっとベンディが生まれた場所。
彼の、生誕地。
私の意思か、ベンディの意思か、その双方どちらかもわからぬまま。身体が勝手に扉の前に立つ。
そして、ドアノブをくるりと回して、扉の向こうへ───
ぎゅるりと、開いた扉からナニカが押し寄せる。
インクの波にも、ガラクタにも、瓦礫にも似たそれは、私が事故に遭ったときに触れたものと、相違ない。
レコードが、レンチが、本が、人形が。
スタジオが、エレベーターが、遊園地が。
そして、インクマシンが、私の身体に流れ込んできて。
視界が、緑色の閃光に埋め尽くされた。
「ああ、これで、オレは安心して逝ける」
「ここに来てくれて、ありがとう」
古めかしいメロディと、声が、聞こえた気がする。
Chapter 40
「…何。ホントどういうことなの…」
数十分後。
レイニーの姿は、クイーンズの街角のカフェで頭を抱えていた。その姿はまるで打ち切りアニメの理不尽な省略を憂いたキャラクターのようだった。
原因は、窓の向こうに見えた空き地だった。
そこはアニメスタジオもなければ、ジョーイ・ドリュー氏の居宅もなく。
レイニーの事故の痕跡が、強引に整地されただけの空き地になっていた。レイニーは扉を開けて目を眩ませたと思ったら、目を開ければ空き地のど真ん中に立っているというもしもしポリスメン状態だったのだ。
買い手募集の立て札があるが、誰も事故現場と知る場所を買い取ろうなどと酔狂なことを抜かす輩はいないだろう。
「……ベンディ」
【 ……… 】
「ベンディ?」
【 …… Sorry , I’m really out of it . Of course I remember meeting him at that house 】
(……ゴメン、少シボーットシテタ。勿論アノ家デアノ人ニ会ッタコトハ覚エテルヨ)
「だよね」
レイニーはテーブルに置かれたコーヒーを口に含み、緊張と混乱で乾いた喉を潤す。
そう、レイニーにもベンディにもジョーイ・ドリュー氏の家に行ったという記憶は残っているのだ。
「アーカイブは?」
【 Kept them . But That is not all 】
(取ッテアル。デモソレダケジャナイ)
「…なんか、すごいアレ流れ込んできたよね。心なしか身体が重くなったような…太った? 身体の奥がガシャガシャ鳴ってる気がするけど」
【 … Putting together it ! 】
(…ソレヲ今ミンナデ整理シテルンダヨ!)
「あーね、なるほど」
どういう理屈かはレイニーにもわかっていないが、あのアニメスタジオは今レイニーの中にあるらしい。
体感、体重増えた? とレイニーは感じているが、レイニーの身体の中ではベンディたちが奮闘して流れ込んできたゴミのようなアレやコレがミックスされているらしい。仮想マンションにロードローラーが衝突してクラッシュしたような感じかな、とレイニーはアタリをつけた。
実は、レイニーは実家にもう寄っていた。
立場上生家とはいえ、死んだ身としてはあまり長居はできなかった。
アニメスタジオ消失事件で精神状態が乱れてはいたものの冷静さは失ってなかった。むしろこれで一休みしたら逆に実家に寄る意欲を無くすだろうと予感して、レイニーは先に実家に訪れたのである。
結果、内容はともかくとして、得るものはあった。
家の中は妙に小綺麗なようで要所要所埃が積もっており、掃除が下手な人でも侵入したのだろうと適当なアタリをつけていた。何処から入り込んだのか、カサカサとタランチュラくらいのすばしっこい蜘蛛が闊歩して巣を張っていたことには驚いたが、「夜じゃないからいいか」と昔
得るものはあったが、内容は確認していない。
まさか家に二台あったドラム式洗濯機に入ったら地下の隠し部屋に入れるとは予想だにしなかった。もう何があっても驚かないでしょとタカを括っていたレイニーでも驚きと呆れしかなかった。なんでこんな仕掛けにしたの? と。
部屋に入れたはいいが、如何せん資料が多過ぎて読める気がしなかったため、全部身体の中に収納してすっからかんにして引き上げたのである。レイニーは楽をしたが、ゴミ&ゴミと格闘するベンディたちからすればボイコット待った無し案件だった。しかし怒る気力すらも今は湧かないので、重要らしい資料は別の場所に隔離しつつゴミの整理にあたっている。
ベンディもベンディで、レイニーの身体の中の内装の変化に戸惑いを隠せなかった。
自身を生み出した原因でもあるジョーイ・ドリュー氏への復讐を果たしたかったが、それ以前に彼の声を、ベンディはただ聞きたかったのだ。
どんなに言葉を並べようと。
どんなに謝ろうと。
ベンディの復讐心が途絶えることは、ない。それがベンディの存在意義であり証明でもある。
だが、それはそれとして、棲み慣れたマンションが
そんな状況とはつゆ知らず(勿論後で教えられる)、呑気にコーヒーを飲んでるとレイニーの席にウェイターが、客を一人伴って来る。
「すみません、お客様」
「ん?」
「席が埋まってるので、相席よろしいですか?」
「あぁ、いいですよ。私も飲み終わったらすぐ帰りますので」
レイニーが見渡せば、どこもかしこも席はカップルや親子で埋まっている。外では日が傾き夕暮れ、学校帰りや定時退勤した人たちが来る時間帯でもあった。
「どうぞ」
「ありがとう! あ〜席が埋まっちゃっててどーしようかと思ってたわ。あら、そのパーカーかわいいわね、トナカイみたい」
「シカですよ」
「シカなの? へぇ〜違いわからなかったわ……ん、えっと…え? もしかしてレニーちゃん?」
「……はい?」
ふと、懐かしい愛称を呼ばれてレイニーは顔を上げた。
過去、レイニーのことをレニーと呼ぶ人物は二人しかいない。しかし、それをレイニーが誰かに教えた覚えはないし、相席で来た客に伝えた覚えもない。
つまり、
「…メイさん?」
思いがけない人との再会だった。