パラサイト・インクマシン   作:アンラッキー・OZ

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 ※ファー・フロム・ホームのネタバレを含みます。ご注意ください

 ※マークは見ましたか? 注意書きに目を通しましたか? クレームは勘弁してください。それではどうぞ





プロジェクト・B

 

 

 

 Chapter 40 → 39 → 38.5

 

 

 

 名前はわからない。

 知っているのは、コードネーム:ウィンター・ソルジャーということだけ。

 命じられたままに『任務』を遂行し、終わればまた新しい『任務』を遂行する。そこに充実感はなく、かといって罪悪感もない。ひたすら虚無しかない。

 そこかしこにいる人間が顔を歪め(笑い)声を出し(騒ぎ)動き回る(興奮する)ような営みが、俺にとっては『任務』しかなかった。

 

 だが、過去の俺を知っている人がいた。

 

 名前は…キャプテン。キャプテン・アメリカ。そう案内板に書いてある。いや違う。

 

 

「最後まで、とことん付き合うよ」

 

 

 違う、ヤツは、彼は、あいつは、俺はあいつを知ってる。スティーブ。スティーブ・ロジャース。昔、紛れもなくこの()が、そう口にしていた…気がする。

 ダメだ、また頭に()()がかかる。気持ち悪い。

 博物館とやらに来てみたが、結局名前がわかっただけだった。

 

 

スティーブ・ロジャース/キャプテン・アメリカ

 

 そして。

 

バッキー・バーンズ 1917-1945

 

 これが、俺の名前。

 …正直、『これ』が自分の名前だという実感がない。だが、

 

 

「バッキー」

 

「ずっと一緒だった。幼馴染だったろう」

 

「友達だから」

 

 

 あの空母の中で何度も呼ばれた名前には身体が、覚えていた気がした。これから、ゆっくり、思い出していけばいいか。

 

 人混みに紛れて博物館の外へ出ると「プップー」…見覚えあるヤツが、黒のオープンカーに乗ってフランクに手を振ってやがる。

 思わずため息が漏れた。

 

 そいつの名前は、ボリス。

 鼻の長い犬みたいな(本人は狼だと…人?)被り物を被った変人だ。目覚めてからこんなヤツに出会ったことは一度もない。いや、今後も出会わないだろうって確信はある。できれば裏切られたくない確信だが。

 別に無視してもよかった。だが、俺と同じように左手が機械的な義手であることが妙な同族意識を持った。

 俺のことをバッキーと呼んだヤツを川から引き揚げてやったが、そのあと力尽きた俺を助けてくれたのが、このボリスとかいうヤツだった。

 

 注目を集められるよりも先に、さっさと車に乗り込んでやる。クソ、組織から追われてる身だから目立つのは御免だってのに。しかもコイツ、ご機嫌そうに鼻歌歌いながらアクセルを踏みやがった。

 

「どこへ行くんだ?」

 

 俺がそう聞くと、ボリスは話すことなく(そもそも口数少ない)何かがたくさん詰まった紙袋を渡す。銃でも入ってるのか。

 

 紙袋を覗き込むと、色々な形の食糧らしきものが入ってた。これは…菓子か?

 

「これは…知ってる。プレッツェル、だったか」

 

 丸いチューブ状の小麦粉を繋げて焼かれたそれは、口に含むと僅かに塩味が広がった。岩塩か。悪くない味付けだ。

 

 ぱちんとボリスが指を鳴らすと、ボリスは運転しながら車に搭載されていたカーナビを操作してある目的地を入力した。

 

 

   次の目的地 》》》 România(ルーマニア)

 

 

「……菓子で、決めたのか?」

 

 俺の言葉に、ボリスはふふんと鼻を鳴らすだけだった。

 ……一々所作が気に障るが、旅の道連れには丁度いいか。

 

 

 

 

 Mission.2

 『監視の目を増やそう』

 

 

 

 達成(Complete)

 

 

 

 

 

 Chapter 41

 

 

 

「ささ! 入って入って! 別に気にしなくてもいいわよ、昔よく上がって来たでしょ!」

 

 家の鍵を開けたメイさんが輝かんばかりのキラッキラな笑顔で手招きしてくる。これは断れる空気じゃないぞ? おかしいな、荷物持ちだけでさよならバイバイかと思ったんだけど。甘かったか。

 

「……お、おじゃまします」

 

 ───その昔、鬼という化物がいたそうな。鬼は人よりも何倍も力強く、角が生えた頭、剥き出しの牙と見た目はそれはそれは恐ろしいものじゃった。鬼はどの生き物よりも残忍で、一度合えば足の先から髪の毛の一本まで喰われてしまうという。

 しかし! 鬼にも弱点の一つや二つはあった。勧められた酒は断らず、炒り豆に弱く、そしてなによりも家に招かれなければ家に入ることはできず、鰊を戸口に吊るされれば逃げるしかなかったのである!

 

「………」

 

 はて、私は誰に何の説明をしてるんだろうか。

 ああそうか、これは現実逃避だ。ベンディの生家(アニメスタジオ)の調査と実家帰省でホームシックが解消されて入れ替わりで謎が増えたと思ったら、厄介ごとのキラーパスが飛んできて顔面キャッチしてしまったんだ。

 

 つまりこれは当然の生体反射。仕方ないね。

 メイさんにバレないように小さく息を吐き、玄関のドアを閉める。

 

「……」

 

 ()()

 でも、敢えて言うまい。メイさんも私をハメた訳ではないだろうに。ドッキリのつもりはないんだろうけど、サプライズを事前に知ってしまった身としては知らんぷりの演技力が問われる…くそう、こんなところで役者魂を見せねばならんのか!

 

「でも驚いたわ〜だってすごい事故だったもの。トラックは突っ込んでスタジオは壊れて、それに貴女が巻き込まれて…ご遺体も、見つからなかったくらい酷かったし…」

 

「いやー私も驚いちゃいましたよ。いつの間にか病院に移送されてたみたいですけど、目が醒めたのはここ最近でして」

 

「あらそうなの…しばらく昏睡状態だったのね」

 

 と、いうでっち上げのカバーストーリーを即興で組み立てる。あまり詳しかったり細かい設定を話すのはNGだ、()()()()とバレてしまう。

 ほんのり、ぼかして。真実にいくつかラップをかけて覆い隠して。限りなくホントに近いウソをつく。

 

「もう家の方には寄ったのかしら?」

 

「ええ、思ったよりも綺麗で驚きました。父が来てたんでしょうか」

 

「いいえ? 実はピーターが毎週掃除しに行ってるのよ」

 

 え? どういうこと?

 ぽかんとしてるとメイさんに笑われた。いかんいかん、実家に戻ったせいか気が緩んで顔に感情が現れやすくなってる。

 …いや、別に仕事場でも敵地でもないんだから、多少はハメを外してもいいかもしれない。そもそも表情筋硬くなって鉄面皮なロリがいたらそれはそれで不気味だ。あとで鏡見ながら表情筋鍛えよ。

 

「実は、あの事故があった後で貴女のお父さん、フィルさんの転勤が決まってね。その時に家の鍵をピーターに渡したのよ。それ以来、週末に掃除するのが習慣になってるの。毎週欠かさずね」

 

「…そういうこと。どおりで少し綺麗になってた訳です、P.P.…ピーターにありがとうって伝えてください」

 

「いいのよ」

 

 ずず、と紅茶を飲む。ミントティーは鼻にツンと来るし、某青い歯磨き粉みたいなアイスクリームの刺激を思い起こすからあまり好きではないんだけど…苦い…なんか、色々と苦い。

 

「あの、私が事故で行方不明になった後…ピーターは…?」

 

「それはもう、すごい落ち込んだわよ。ピーターも軽傷だったけど、それよりも貴女に身を呈して助けられたってことがショックで…数ヶ月は塞ぎ込んでたわ。でも、貴女のお母さんが来てね」

 

 

 は? あの()()()()()が???

 

 

 ……いかん、心の声が喉元まで出て! レニーは悪い子! レニーは悪い子!(自罰)

 

「レニーちゃん、古い映画とかすごい好きだったでしょう? それで、エニシさんがピーターにレニーちゃんの持ってた映画のDVDをいくつかお見舞いにプレゼントしたのよ。ぼーっとしてたピーターに映画を流して…でも、ずっと観てたら…男泣きっていうのかしら。声もあげずに涙流してね…その時、ようやく泣けたのよ」

 

「…『ゴースト/ニューヨークの幻』でも観せてたんですか」

 

「どうだったかしら。確か男の人が後ろからろくろ回すのを手伝ってるシーンがあったけど」

 

 ドンピシャだよ! あれ!? 私の嗜好ってあのババア譲り!? しにたい。

 

 それ、子どもに観せても絶対意味わかんないでしょ…未成年には結構ギリギリなシーンあったでしょ…せめて『マンハッタン・ラプソディ』とか『シザーハンズ』とかさぁ…いや待て待て待て。なぜそう恋愛映画を勧めようとしているんだ? いや、化物という点では私はエドワードか。

 

「それから、ピーターってばレニーちゃんみたいに色々な映画を観るようになったのよ。そのうちどんどんのめり込んでてね。少しずつ元気になったわ。学校は…出席日数が大変だったけど、ギリギリだったけど」

 

 メイさんが指差した先はテレビ下のラック。

 席を外して見に行くと、生前(というのもおかしいが)私が集めていた古いDVDがいくつか並んでいた。お、SW(スター・ウォーズ)も。実家に無かったから勝手に処分されたと思ったらここにあったのね。

 

「家のものを荒らさない限りは何してもいいですよ。ただ、変な蜘蛛が巣張ってたので、大きくならない内に逃した方がいい、と…伝えておいてください」

 

「伝えておくわ」

 

 マグカップを傾けて楽しそうに笑うメイさん。昔からウソは吐けない人だからこれは()()()()()()()

 

「でも、わざわざ私が伝えなくても、レニーちゃんが伝えればいいんじゃない? そうだー! いいこと考えた! レニーちゃん今日泊まってきなさいよ!」

 

 我が意を得たり! とばかりに手を鳴らすメイさん。やめて、やめて差し上げて。私はいいけどピーターが何ていうか分かったものじゃない。

 え? 事故って死んだと思った幼馴染が生きてた? ウェーイやったぁー! レッツパーリー! 復活祭しようぜお前イエスサマな! ってなる訳ないでしょ。顔合わせたら絶対気まずい。

 

 

 いや、まぁ、私も、覚悟はできてないんですけど。

 

 

「いいえ、私は…引き取り先の親族が門限五月蝿い人なので」

 

「あらそうなの。もう少しで帰ってくると思うんだけど…」

 

 とても残念そうな声音。ウゥ、別に嫌がらせをしてるわけでもないのに罪悪感に駆られる…! 最近身の回りの人がみんな腹に一物抱えたブラックな人ばかりだから、一般ピーポーの100%の善意が身に染みる…いいことの筈なのに複雑な心境だ。

 

「またいつでも来ていいのよ。ここは貴女の家でもあるのだから」

 

「ええ、今度はそうですね…休日にでも。事前に電話してから来ますよ」

 

 リアルに後ろ髪を引かれるとはこのことか、カップを置いてソファから離れるとメイさんの口角がどんどん下がっていく…ここは心を鬼にするのだ! そう…私はいま、鬼になっている! ぐるるるる…! 心頭滅却すれば顔までイノキ…! イノキってなんだ。

 

「あら嬉しい、それじゃその時は腕によりをかけて料理しておくわ。貴女の好きなクルミとデーツ入りのパンも焼いておくわね」

 

「お、おかまいなく…あ、そうだ」

 

 そうそう、忘れるところだった。

 

「公開順は『希望』『逆襲』『帰還』『ファントムメナス』『シス』『復讐』だけど、後半三本を先に観ると違った面白味があるよ、と」

 

「……?」

 

 こてん、と首を傾げて苦笑いなメイさん。どういう意味? って言いたいんでしょうけど、大丈夫。貴女に言った訳じゃないから。

 

 

 私が来たのに、顔を出さないチキンハートな彼に言っただけだから。

 

 

 それじゃまた、と手を振り、パーカー家から出る。

 閉じられた、古びた扉を眺めてみるけど、特に変わった箇所もない。昔と変わらない、自然で平和な家。

 

 

 ここがありふれた日常で、私たちが守るべきものでもある。

 

 

 すべてが終わったら。

 

 すべてが終わったら、またこの家を訪れよう。その時は、ニューヨーク土産を沢山買ってきて。それに、

 

「……『映画』か…」

 

 アパートのエレベーターから降りて、空を仰ぐ。新月の夜は真っ暗で、インクと色の深さは同じくらいだ。

 うん、映画か…それはいいかもしれない。

 思い立ったがなんとやら。内ポケットから取り出した携帯端末に登録されている番号をタップ。

 

「あ、もしもしトニーさん? あれぇ、なんでハッピーさんに繋がってるの。え? コート預かってた? あぁ、もう夜だからペッパーさんとお楽しみだったり? まぁいいか、ちょっとお願い…じゃなかった、依頼があるってトニーさんに伝えて貰える? 部屋から出たときでもいいから」

 

 ジョーイ・ドリュー氏は亡くなった。

 ヘンリー・スタイン氏も、恐らくは。

 アニメスタジオも消え、私の中には生み出されただけのキャラクターがいる。

 いま亡き人々への手向け、そしてベンディの憎しみを少しでも減らせるのなら。

 やってみる価値は、ある。

 

「トニーさん? 早いね、お楽しみは…え? 早く要件を言え? わざわざ中断してまでごめんなさい。ちょっと至急、スターク・インダストリーズの映像部門の人を何人か見繕って欲しくて…ペッパーさん! そっかそもそもペッパーさんが社長だよね! あれ、トニーさん要らなくない? あ、ごめんなさいウソだから! トニーさん必要! すっごく助けてほしいなぁ私! これトニーさんにしかできないことだから! 多分!」

 

 

 

 

 

 Chapter 42

 

 

 

「……どういう意味かしら」

 

「……え? あー…そういうこと?」

 

「っわ! びっくりした…! ピーター! 貴方いつの間に帰ってきてたの!? え、もしかして」

 

「えと、僕、キッチン裏に、ずっと、あ、戸締りはちゃんとしてたよ、ホラ」

 

「そうじゃなくて! ピーター、レニーちゃんが来てたのよ!? なんでコソコソ隠れて、挨拶もしないの!」

 

「いやいやいや! 顔合わせられないよ! 叔母さんも叔母さんだよ、「数ヶ月塞ぎ込んでた」とか「泣いた」とかデマ言って! 三日寝込んでただけじゃんか!!」

 

「そんなことないわよ。実際レニーちゃんのお母さんがDVD持ってくるまでも〜ゲッソリって顔だったじゃない。それにレニーちゃんは頑張って家に来たっていうのに、貴方が顔出さないなんて…きっと残念だったと思うわよ。命をかけて助けたピーターの顔を見たら、きっと喜んでたでしょうに…」

 

「いや、それは…そうだけど…そうじゃなくて…」

 

「それに…『逆襲』とか〜、『ファントム…』なんちゃらって、何かのシリーズのことでしょ? それを貴方に向けて言ったってことは、多分最初からバレてたわよ」

 

「……え、嘘。マジで?」

 

「大マジ。女の勘って鋭いのよ」

 

「…う、うあああああああああああ……」

 

「次会ったときはちゃんと挨拶するのよ」

 

「どんな顔して会えばいいんだよ! もう!」

 

 

 

 

 Chapter 43

 

 

 

 翌日。

 レイニーは竣工間近のアベンジャーズ・タワーの一室にいた。竣工間近といっても、あとは搬入した機材の接続や動作確認、電気系統や水道のチェックなどが残っているだけで、会議室など空き部屋のいくつかは事実上使用可能な状態だった。

 地上数十M(メートル)の高さから見下ろすニューヨークの町並みはレイニーの予想を遥かに上回る速度で復興を遂げており、既に多くの人々が行き交っている。そんな眺めを、リクライニング機能つきの回転椅子に座りながらぐるぐる回っていると、ノックもなしにトニーが入ってきた。

 

「やぁ──レイニー。元気かい? ワシントンじゃハデにやったみたいだねぇ、大丈夫? イライラとかない? カルシウム足りてるかい?」

 

「大丈夫だよトニーさん、ちゃんと毎日三食バランスよくご飯食べてるから」

 

「そうかいそうかい、いや〜またキミの中のくろ〜い悪魔さんが怒り心頭でハルクみたいに暴れ出しちゃうかと思ってねぇ」

「ちょっとトニー」

「わかった、わかったからそう抓らないでペッパー、ちょっとしたゴアイサツさゴアイサツ。親交の証だよ。さて」

 

 こっちきて、早く来い、いいから! と若干取り込み中の様子のトニー。合図をしてもいつまで経っても出てこないことに業を煮やしたトニーは、自分を忘れたようにレイニーに抱きつくペッパーを見てわなわなと頬を震わせつつ、廊下から一人の男を引っ張り出した。離してすぐハンカチで手を拭く姿は流石のレイニーもドン引きだったが。

 トニーに伴われてやってきたのは、口周りの髭がなんとも立派な一人の青年だった。目の周りが少し黒いのは彫りが深いだけではなく、恐らく睡眠時間が少ないせいだろう。

 

「ああ、まだ研究中なのになんでこんなガキに…いや、何でもありません。クエンティン・ベックと言います、よろしく」

 

「レイニー・コールソンです。よろしくお願いします、社長代理」

 

「……は? 社長代理?」

 

「よかったなティンティン」

「ベックです、クエンティン・ベック!」

「ベンくん、我が社の平社員から一躍昇進して社長代理だおめでとう。それじゃあな」

 

「え? あの」「トニーさんありがとう〜」

 

 レイニーに抱きつくペッパーを奪い取ると、トニーはレイニーに犬みたいな威嚇の唸り声をあげて牽制しつつ、スタコラサッサと会議室から退室して行った。

 

 会議室に残ったのはレイニーとベックの二人。

 未だ状況を飲み込めないベックに対し、レイニーは隣の椅子を指して着席を促した。ベックはどうすればいいか分からず、とりあえず座ってレイニーと向き合う。

 

「…ええと、若社長?」

 

「レイニーでいいですよ。実際年齢は私の方が下ですから。肩書きは抜きで、年功序列で。でも一応私の指示は聞いてもらいまっす」

 

「あ、あぁ…わかった。それで、何をしようというんだい?」

 

「ええ、実はあなたの腕を見込んで一大プロジェクトを始めようと思います。その名も『ベンディ・アニメーション・プロジェクト』」

 

「ベンディ? ベンディってあの、アベンジャーズの?」

 

「うん」「ニューヨークで」「戦って」「ワシントンで」「大暴れした」「史上最悪のデビルヒーロー!」「ハイ最後ちょっとダメー」

 

 ブブーっと腕で大きなバッテン。

 デビルヒーローの名前はベックにも知れ渡っていたが、レイニーはお気に召さないようだった。

 

「でも若社ちょ…レイニーさん。わかってます? 世の中には著作権というものが」

 

「ドリュー氏のスタジオの経営権は買収してありますよ。他にも全部込み込みで2億ドルくらいかかりましたけど。お陰であと7千万くらいしか私が動かせるお金はないです」

 

「…え」

 

「著作権なら、一応2年前に著作権局に申請してあるので大丈夫ですよ。『ベンディ』『ボリス』『アリス』その他諸々、ベンディ関連は全て。最近クソウザい著作権おじさんが世の中に蔓延ってますからね。英語、日本語、フランス語、ドイツ語、イタリア語、全部の言語で申請しましたからいちゃもん付けられたり横領されることはないでしょう」

 

「え」

 

「あと、私がベンディなので、ある程度というよりほとんどの利権関連は問題ないかと」

 

「」

 

 時が止まった。ベック限定ではあるが。

 レイニーがトントンとテーブルを小突くとベックは我に返った。

 

「はっ! っアー…いかんいかん、悪い夢でも見てるのか。オールで研究してたせいで睡眠時間が足りないみたいだ」

 

This is real life , not a dream

 (夢ジャナイヨ)

 

「ヒッ」

 

 今度は息を呑んだ。

 それもそうだ、目の前の何処にでもいそうな少女が突然巷で有名なインクの悪魔(ベンディ)になれば、誰だって身が竦む。ガタガタッと椅子から転げ落ちたが、どこぞの強盗よろしく漏らさなかっただけマシだろう。

 ベンディのインクを剥がし、元の姿に戻ったレイニーは倒れたベックを引き上げて椅子に座らせる。心臓がバクバク早鳴りして過呼吸のようだったので、正味30秒ほど落ち着かせた。

 

「……ええと、レイニーさん? ベンディさん、と呼べばよろしいので?」

 

「できればレイニーの方で」

 

「…ではレイニーさん。権利云々は問題ないとして、我々二人でどうやってアニメを作るおつもりで?」

 

「それなら一つ案がある」

 

 レイニーは持参していたファイルケースから数枚の原稿を取り出す。

 これは、ジョーイ・ドリュー宅に訪問した際に入手(正確には吸収)したベンディのアニメーションの原稿である。パーカー宅から帰宅後、レイニーの身体の中の整理がようやく済んだベンディに大至急頼んだのが、この原稿の復元・再生・抽出だった。

 一目で見ても相当の年季が入った原稿を見て、ベックは驚きを露わにした。

 

「こ、これは…」

 

「ジョーイ・ドリュー氏が遺したベンディの原稿です。これを元に…うーん、2分程度のミニアニメを作ります。そしてそれをSNSに無料配信します」

 

「この原稿を2分に!? いやいやいやとんでもない! そんな短縮できるわけがない! いや、でも、うーん…これを、SNSに? 無料!?」

 

「はい。それで、支援金集めとスタッフ募集の両方を行います。最近流行ってますよね、クラウドファンディング」

 

「ええ、まぁ──流行ってるっちゃあ流行ってますが…正直アニメーションを作るなら雀の涙くらいしか…」

 

「クラウドファンディングをバカにしないほうがいいですよ、最近は作品のためなら100万くらいポンと出す人もいますから。

 この作品は…そして『ベンディ』は、世の中に自身の作品が出ることを望んでいます。でも、私たちには資金が足りないし、そのためのスタッフもいない。彼は、狂ってしまった社長とスタッフによってゴミ箱に棄てられてしまった」

 

 ───作品とは、そのどれもがおしなべて世に出回る訳ではない。中には日の目を浴びることなく創造主の記憶の中に埋没して消え失せることだってある、くしゃくしゃに丸められてゴミ箱に棄てられることだってある。

 

 作品を生み出すことに〝愛〟や〝憎しみ〟はない。ただ、作品が誰かの〝夢〟や〝希望〟になることを願って、一筆一筆を込めたことに違いはない。

 創造主は、その作品を否定してはいけない。

 

 

 だが、創造主(ヘンリー)はその禁忌を犯した。

 そして被造物(ベンディ)が堕ちた。

 

 

「だから、今度は純粋にベンディが好きな人たちで、作品を作りたいんです」

 

 

 悪魔として終わることがベンディにとっての幸福なのかについて、レイニーは考えていた。

 別に悪魔としてではなく、それこそ誰かの〝夢〟や〝希望〟の為に、一人でも多くの人に〝笑顔〟を与える為に存在したのであれば、それは創造主にとっても被造物にとっても幸運なのではないだろうか。

 

 創造主はもういない。被造物の時は止まったまま。

 

 ならば、止まった時計の針を動かせるのは誰?

 

 自分しかいない。

 ベンディと一体化し、その憎しみや苦しみを身を以て味わった自分だからこそ、その〝願い〟に気付き、〝夢〟を叶えられる。レイニーはそう考えた。

 

「だから、お願いします」

 

 だが、レイニーには自分一人でその〝夢〟を実現することは困難だと考えた。だから、アベンジャーズのメンバーであり、友人であるトニーに協力者の斡旋を頼んだのだ。

 レイニーの言葉を聞き、そしてその瞳に宿る強い意志を垣間見たベックは、腕を組み深く唸りつつ、声を絞り出した。

 

「…いいでしょう」

 

「やったッホントですか! いや、私が社長だからなんかリアクション変だ…」

 

「ホントそうですよ。社長ってのはもっとふてぶてしくて、図々しくて、いつも偉ぶってて、人を顎で使うようなクソみたいなヤツです」

 

「…わぁ、トニーさんだぁ」

 

「そういう点でも、私はまだ貴女を社長とは認めていません。ですから……まぁ、代理と言われたからには、社長としてのノウハウを教え…違うな、支え…じゃない。助けて…そう、手助けして差し上げましょう!」

 

「おお、一気にボルテージアゲアゲ」「いいですね!」「ハイ」

 

「まったく…おふざけもいいですけど、決めるところはきっちりしてもらいたい! ですが…純粋に貴女の作品への熱意は認めますよ」

 

「あはは、ありがとうございます。作品っていうか、私ですからね」

 

「違いますよ」

 

「?」

 

 レイニーは首を傾げ目を丸くした。そういうところは年相応だな、とベックは内心笑った。

 

「貴女がベンディであることと、貴女へのベンディへの思い入れは違います。貴女がベンディであること抜きにしても、『ベンディ』という作品を深く大事に、大切にしている。これでも私はスターク社の映像部門の研究者。それくらい分かりますよ」

 

「…ちょっと照れる」

 

「あと『映画バカ』って点でバカにしてます」

 

「ひどい!」

 

「だってそうじゃないですか! 原稿はあるにしたって金もないスタッフもない、そのくせ夢は大きいし本気で叶えようとしてる! バカじゃなくてなんだっていうんですかこのバカ社長! 将来偉人名鑑には『21世紀のエド・ウッド』って付きますよ!」

 

「失敬な! …いや、見方によっては名誉なのかな?」

 

「あんた変態か!?」

 

「う、うるへぇ! んこご、手なっが! くそ、リーチで負けた…!」

 

「ハッ。まぁ担ぐなら頭が軽い方がやりやすいですからね」

 

「あ! 悪口言ったァ!」

 

「無駄口叩いてないで、ちゃんとした企画立てますよ。一大プロジェクトなんですから」

 

 

 

 

 ───数ヶ月後、少女と青年によって手掛けられた一つのアニメーションがSNSにアップロードされた。

 『愛らしい小悪魔(Little Devil Darlin)』と名付けられた、僅か2分20秒の動画は一日で24万再生を記録し、あらゆるメディアを経て世界中に拡散された。これは〝アベンジャーズの一員〟としてのベンディではなく、〝カートゥーンアニメのキャラクター〟としてのベンディが、世界的注目を集めたことと同義でもあった。アニメーションは瞬く間に衆目の目に留まり、クラウドファンディングで集まった金額は予想額の3倍を大幅に上回った。ベンディ・アニメーション・プロジェクトに参加したいというスタッフは後を絶たず、その多くはニューヨークで助けられた人たちだったという。

 

 アップロードから半年を経て、プロジェクトは第一目標である映画化へ向けて本格始動を開始する。

 ソコヴィアにてロキの杖が発見される、二ヶ月前のことだった。

 

 

 

 

 Mission.3

 『ベンディをアニメ化させよう』

 

 

 

 達成(Complete)…?

 

 

 進行中(Ongoing)

 

 

 

 

 

 









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