パラサイト・インクマシン   作:アンラッキー・OZ

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A.D.2015 What's Their Significance ? in SV
天の光はすべて石


 

 

 Chapter 44

 

 

 

 ニューヨーク市内。

 チタウリの軍勢によるニューヨーク壊滅から三年が経過し、ビル群も三年前より遥かに高水準な技術で建築されたものばかりになっている。トニー・スタークが派遣したダメージ・コントロール局の働きもあるが、何よりも復興に尽力したニューヨーク市民及び世界中のボランティアによる力が大きいだろう。でなければ未曾有の侵略からたった三年でここまで目まぐるしい発展は実現しなかった。

 

 復興を色濃く残すニューヨークのある一角。これまた新設されたビルの前では、あるプロジェクト発足のセレモニーが行われていた。

 簡素、と呼ぶには些か派手な壇上の上には、数ヶ月前までたくわえていた髭を綺麗に剃り上げて、公人向けの立派な黒スーツを羽織りバッチリ決めるは代表取締役:クエンティン・ベック氏。

 ステージの前を席巻する記者たちの数は、数年前に拉致されたスタークを報道した際の人数といい勝負だった。ベックは緊張でバクバクの鼓動をひた隠し、目の前の報道陣へ向けてにこやかな笑顔を振りまいていた。

 

「──さて、何か質問などはありますか?」

 

 ベックの促しに、我先にと挙手する記者多数。こんな体験滅多にないぞと内心苦笑しながら、一人の女性記者を指す。

 

「ニューヨーク・タイムズです。SNSに上げられた動画を拝見しました。今まで複数のアニメ会社がベンディを題材にした映像作品を手掛けていますが、貴方の会社があの映像を作ったという証拠はありますか?」

 

「逆に問います、あのアニメーションがどこかほかのアニメ会社が作ったという証拠は? もしくは、いずれかの会社の過去の映像作品との類似点がありますか?」

 

「……そこまでは」

 

「もし、あの映像に続きがあるとしたらどうでしょう。続きを、家でもいいし映画館の巨大スクリーンで、観たいと思いませんか? 我が社であればそれができます、なぜならば例の動画は私ともう一人、ある一人の少女が作ったのですから」

 

「一人の少女、ですか?」

 

「ご紹介しましょう。我が社の社長、ユカリ・アマツ氏です」

 

 ベックは何回も鏡の前で練習した通り、他の人から見ても優雅と取れる動きでステージの裾に右手を向ける。

 報道陣から見て左手。報道陣も注目して見るが、そこから誰かが出てくることはない。これは明らかにおかしい、ベックの背中に冷や汗が垂れる。

 

「……若社長?」

 

(クエンティンさん、こっちこっちー!)

 

 ベックの向ける手とは逆のステージの裾で、レイニーがぴょんぴょん跳ねていた。

 間違えた、訳ではない。当初の打ち合わせではステージ左手で待機している筈だったが、当日入ったスタッフの誘導が逆だったのだ。たとえリハーサルを重ねた上での舞台だったとしても、本番でこのようなミスはままある。

 

 ───だが、そのミスをモノにするかはステージ上のキャストにかかっている。

 

 ベックは記者が注目する左、つまり己の右手でパチン、と指を鳴らす。この合図は、事前にスタッフと取り決めていた『一瞬照明を落とす』合図。即興のアドリブではあるが、照明係のスタッフはそれを聞き漏らすことなく合図と理解して照明を落とし、そしてまたスイッチを入れる。

 一見機材の不具合で光が消えたステージ。不具合から回復し、報道陣がステージ上を見れば、そこにはベックではなく黒のスーツをめかしこんだ見知らぬ一人の少女が壇上に上がっていた。

 何のことはない。合図を理解したのはレイニーも同じ、照明が落ちる直前に足をインクに溶かしてステージ床を這い、ベックの足と接続して位置関係を置換したのだ。

 結わえたポニーテールを揺らし、ステージ上に立ったレイニーは、()()()()()小さな一呼吸を入れて、

 

「皆さん初めまして、ユカリ・アマツです」

 

 本プロジェクトにおける、公用の名前を口にした。

 

 コールソンの名は、有名すぎる。

 かつてS.H.I.E.L.D.の敏腕エージェントとして名を馳せたフィル・コールソン、三年前の殉職は知る人ぞ知る存在であり、加えて殉職とみせかけた生還という極秘情報を知ってるスパイも何人かいる。

 

 だから、レイニー・コールソンの名を公用で使うわけにはいかなかった。

 だが、ユカリ・アマツの名はどうだろうか。

 アマツの名はHYDRAとその関係者のみ知る、いわば裏世界のトップシークレット。その血族が立ち上げるプロジェクトであれば、当然打倒アベンジャーズの下積みとなる組織だろうと勘違いする可能性が高い。比較的深読みしすぎる前向きなHYDRAメンバーは、当プロジェクトなどHYDRAの集金組織の一つだと思い込み、傍観するだろうと考えた。

 以前レイニーがピアースによる洗脳処置を受けた事実は既にHYDRA内に拡散しているが、それが効かなかったという情報までは流れていない。これを利用しない手はなかった。エニシ・アマツが基礎設計し、HYDRAが改良に改良を加えた洗脳プログラムが機能しないなど思い至る筈もなく、たとえアベンジャーズとして暴れていてもアベンジャーズにHYDRAのスパイとして潜り込んでいると判断するだろう。

 傍観ならばよし、勝手に近づいてきたらとっ捕まえて尋問するもよし、いわばネズミ捕りだ。

 

 そのような思惑があるとは露知らず、記者たちはボイスレコーダーを向け、その名を端末に打ち込んで本社へ送信する。

 

「こうして大勢の記者に囲まれて話すなんてことは初めてなので、何分緊張してます。

 此度は、ベンディ・アニメーション・プロジェクト発足の記念すべき日に来て頂けてとても嬉しいです。長年叶えたかった夢を叶える──この国の言葉に倣うなら、所謂アメリカン・ドリームと言うのでしょうか。それを叶えるチャンスを掴み取れてとても嬉しく思います。

 クラウドファンディングでは沢山のお金と、多くのスタッフが集まり、今年から我が社は本格始動します。今後のベンディ・アニメーション・プロジェクトに注目してください」

 

 ここまで、一息。

 見た目からして白色人種よりも黄色人種の血が濃いように見えるが、淀みも訛りもない流暢な英語だった。ところどころ拙い敬語なのは、年若いご愛嬌とも受け取れた。

 ステージの裾で控えていたベックは、どこぞの社長(クソ上司)みたいに台本無視した演説でなかったことにホッと胸を撫で下ろした。

 

「質問ある方は、いらっしゃいますか?」

 

「デイリー・プラネットの者です。失礼を承知で聞きたいのですが、あの映像はベック氏と…アマツ氏の両名による合作だと仰るのですか?」

 

「その通りです」

 

「オルタネイティヴの記者です。何故貴女のような子どもが社長なのですか?」

 

「私がたくさんお金持ってたからです。…これ答えになってます?」

 

 報道陣から苦笑い。

 壇上のレイニーは(もちろん演技で)はにかんだように頬を引攣らせながら、やや大げさに身振り手振りでジェスチャーするように続ける。

 

「えーっと、ホラ、アレですよ。有名なアニメーションを手がける社長が子どもだったら誰もが注目するじゃないですか。広告塔的なものと思って頂ければ。そうすればみんなこぞって『企業のトップが子ども!? 経営は大丈夫か』とか『お飾りの子ども社長、資金源は売春? 幼女愛好家と関わりが』とか何かと書いてくれるじゃないですか、別に資金はそんなやばいやつじゃないですけど。経営に関しては代表取締役を彼に任せてるので大丈夫ですよ」

 

(いや、逆なんだけどな)

 

 実際、経営のほとんどはレイニーの手腕に依るところが大きかったりする。

 だが、今度は額面通りの言葉を受け取った報道陣が頬を引攣らせた。何人かは端末を打ち込む手が止まった。まさかここまでエスプリ(皮肉)の効いたコメントができるなんて思いもしなかったからだ。

 

「…デイリー・ビューグルです。スタッフの何名かに取材をしたのですが、貴社にはあの有名なベンディが居ると大変興奮しておりました。ベンディがいるのは本当ですか?」

 

「本当です」

 

「その証拠は? 証拠があるならば、是非見せてもらいたい」

 

We are Bendy

 (私たちが/ベンディダヨ)

 

 壇上の少女が瞬く間に流動的なインクを纏う。その光景に戦慄しながら、目の前の少女がニューヨークを震撼させたインクの悪魔ベンディになる姿を、報道陣は慄きながらもしっかりと目に焼き付けた。中には椅子から転がり落ちたり、隣の記者を巻き込んで倒れそうになってもいた。

 しかしそこは記者魂、質問した本人は〝本物〟から滲み出るプレッシャーを身に受けて滝のように流れる汗を拭いつつ、屹然とベンディに向き合う。

 

「……すみません、取り乱しました。今のは…その、立体映像による特殊演出ですよね…?」

 

 壇上のベンディは、言っている意味がわからないと言うように首を90°傾げ、三日月の形に歪めた口を裂いて悍ましい笑みをたたえる。そして、長く伸びた両手が震える記者の両肩を掴んで固定し、長く長ーく伸びた舌で記者の汗を舐め取った。

 

「ひっ…ひあああ」

 

「しょっぱいわね…お触り厳禁だったらごめんなさい? でもこうでもしないと、あなた現実と映像の区別が付かなそうなタイプに見えたので」

 

 記者の反応からして、目の前の少女がベンディであることは決定的だった。それを理解した記者たちは色めき立った。かの有名なベンディの正体に関する憶測はこの三年間新聞社、雑誌、あらゆるメディアで議論されていたからだ。ハルク並みの大男、宇宙人、軍が生み出した生物兵器などなど、様々な憶測が飛び交っていたが、結局そのいずれもが真実ではなかった。

 この時、報道陣は皆一様にしてあるフレーズを思い起こした。〝現実は小説より奇なり〟と。これ見出しのタイトルにしようと。

 

「ヴァニティ・フェアの者です! では、貴女がニューヨークで宇宙人たちを撃退し、ワシントンの街でひと暴れしたアベンジャーズのデビルヒーロー、ベンディで間違いないんですね!?」

 

「その通り…ですけどあの、デビルヒーローは勘弁してください…あまりその名前は好きではなくって。ベンディが私であるという情報は今日、この場所で、初めて公開されました……号外、書くなら今ですよ?」

 

「デイリー・ニューズです。僭越ながら、いま貴女がアベンジャーズの一員であるという証拠はありまs『プルルルル』

 

 唐突に、レイニーの胸元のスーツから着信音が響いた。音は極めて標準設定、一般的な着信音だった。

 

「あっすみませんちょっと」

 

(なんでマナーモードにしてないんだ!?)

 

(いや、〝私用のは〟してたハズなんだけど)

 

(私用?)

 

 思わず舞台袖から慌てて出てきたベックが訝しむように顔を歪めた。

 私用でない端末とは?

 それは即ち───マナーモードにしてはいけない、大事な連絡が入る公用の端末。

 

「ハイ、あ、スティーブ。ハイ、ちょっと取り込み中で…え? 今?」

 

 端末の通信が切れ、レイニーは目の前で唖然とするベックと顔を合わせて、思わず苦笑い。その反応が危惧していたことであると悟ると、ベックはやや大袈裟に天を仰いだ。

 質問中だった記者も、今しがた聞こえた単語に戦々恐々しつつ質問を続ける。

 

「今の電話のお相手は誰ですか? その、スティーブと仰ってましたが…」

 

「ごめんなさい、キャプテンに呼ばれて」

 

『おいベンディ早く乗れ! 悪魔のミサは解散だぞ!』

 

 マイク越しの大音量の文句は天から聞こえた。報道陣が一斉に空を見上げると、そこには赤と金のアーマースーツを着込む、かの有名なヒーロー:アイアンマン。

 そしてその傍らには、三年前のチタウリによる襲撃の際に颯爽とニューヨークに飛んできた、正義の象徴キャプテン・アメリカが乗るクインジェットが、ステルスモードを解いてホバリングしていた。

 

『すまない、世界の危機なんだ。彼女を借りるけどいいかい?』

 

 記者たちは皆一様にどうぞどうぞ、と反射的に首肯した。

 

『ベンディ、そこから跳んでくれ僕がキャッチする。キミならできるだろう?』

 

「言ってくれちゃって。そんなこと言うならタラップくらい降ろしてくれてもいいのに」

 

 レイニーは苦言を漏らしながら、ポニーテールに結わえた髪留めを外してベックに渡す。黒のスーツもヒールも全てベンディのインクによって生み出された衣装だが、オニキスの宝石が鎮められた髪留めだけは新社長就任の際にベックから貰ったプレゼントだった。

 これから戦地に行くのに失くすのは勿体ないと、意を汲んだベックは苦笑しながら髪留めを受け取る。

 

「社長代理! あとはよろしく!」

 

「行ってこい若社長」

 

「それじゃみんな、ちょっと世界救ってくる!」

 

 レイニーは向けられた1カメ、2カメ、3カメにそれぞれ別々のポーズをバッチリ決める。シャッターチャンスを逃さなかったカメラマンたち、実に有能である。

 動くたびに髪留めから解放された長い黒髪が風に流れて弛み、やがて華奢な少女の姿はインクに塗り潰れて凶悪なベンディに変わる。インクで局所肥大した両脚から繰り出された強烈なジャンプ、会場のステージにヒビを刻み跳躍すると一足にホバリングするクインジェットに乗り込んで、その姿は消えた。

 

 あんぐりと口を開けて目の前の出来事を、ただ見てるだけの報道陣。

 いち早く正気に戻った記者は、いま目の前で起きたことを記事にすべく本社と連絡を取り始めた。特大スクープだと。次第に我を取り戻した記者たちも、すぐに号外を刷るべく携帯端末片手に、まるで文字通り蜘蛛の子を散らすように会場を飛び出す。

 

 報道陣が消えてスタッフとベックだけになった会場。

 ベックは、ステルスモードになって空から消えるまで、レイニーが乗り込んだクインジェットを眺めていた。

 

「世界救ってくるって…言ってみたい台詞ナンバーワンだよ。ったく、お転婆なトップだこと」

 

 ベックは髪留めに鎮められたオニキスの宝石を手中で転がしてからスーツのポケットにしまうと、これから忙しくなるぞと意気込み、用意された車に乗り込んだ。

 

 

 

 

 

 Chapter 45

 

 

 

 人生初の記者会見がアベンジャーズ緊急出動でおじゃんになった。解せぬ。私は今おこだぞおこ。ベンディはムカ着火状態だと思うぞ多分。何故ならインクから伝わる怒気が天元突破してるからだ。手当たり次第湧き出る兵士を殴り飛ばしては貪り食っては溶かしてる。100%八つ当たりだ。

 

 まぁ、ジョーイ・ドリュー氏の生家に行った時よりは全然マシだ。創造主に対する憎しみとは方向性が違う。

 世界すらも飲み込もうとする憎しみと、邪魔した組織を飲み込もうとする憎しみでは深さも違う。ただまぁ、組織をインクに丸呑みにしてしまったら証拠も証言も残らないから、控え目にしてほしいところ。

 

 ところで、このソコヴィアって外気がかなり冷たいから私視点では身体動かしにくい筈なんだけど?

 最近のボールペンは最新鋭で、マイナス10℃でも筆記可能。でも、それはあくまでもインクを閉じ込めるリフィルがあるから。インク原液剥き出しの私は冷えやすい、筈なんだけど?

 

『動き難いならダイエットしたらどうだ?』

 

I was told to get fat ! Terrible !

 (遠回しに太ってるって言われた! ヒドイ!)

 

「お喋りは後にしろ! 突っ込むぞ!」

 

 第三形態で全力疾走、開けた口でアイアンマンより遥かにポンコツなロボットを喰い散らかし、でかくなった足で戦車を潰して、広げた手で銃構える兵士どもを飲み込む。

 自然の摂理を超えた原動力、怒りって怖いな…そりゃ私も怒ってるけど、目の前に自分よりキレてる人がいるとかえって冷静になれるよ。私の周り激情家多くない? 私の感情の閾値が高いだけか。

 

「レイニー! ハルクにお願い!」

 

All right

 (よしきた)

 

 アベンジャーズのパワーファイターにして最強メンバー、ハルク。今日も一段と元気だぁ、私の同様に強制連行された感じだからかな?

 

Excuse me

 (背中失礼)

 

「■■■■■!?」

 

 インクの身体を溶かし、ハルクの緑色の肌と接着する。否、纏わせる。

 

 

インクベンディ】【ハルクパワー

 

ベストマッチ!

 

剛腕のインクデビル! ハルクベンディ! Yeah!

 

 

 勝利の法則は…はて? 私は何を言おうとしたんだ?

 ぶぉん、とインクを纏った拳が大気を()()()。雪舞う森に黒い斬撃がシュパッ!と走って木々と遠くの戦車が真っ二つになってる。

 

「オイオイ、拳振ったら斬撃が飛んだぞ…」

 

 クリントさんが驚くのもわかる。私も驚いてるから。

 ひええ、これがセルフウォーターカッター! 人間の拳圧で再現できるとかヤバすぎでしょ!

 ハルクー? ベンディー? ちょっと控えめに、

 

「■■■■■!!!」

 

AAAAAAAAAAAAAAAAAA !!!

 (アアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!)

 

 うん、無理だ。

 ハルクは元より、キレてるベンディは殺意マシマシで敵兵を嬲りに行ってる。

 ハルクの背中から伸びたインクの触手がトッキントッキンの鉄球に、斧に、鉈に、様々な武器に変身していく。それをハルクの腕力で伸ばして飛ばして、軽い広範囲殲滅兵器になってるんだけど。

 

「ここは任せたぞ」

 

「巻き込まれるのはゴメンなんでな」

 

「レイニー、彼のことよろしく」

 

 キャップたちに見捨てられた! かなしみ。とは言っても近過ぎたら即死級の攻撃飛んでくるし、しばらくは雑兵処理に専念するとしますか。

 

 ───結局、ハルクベンディによる蹂躙は、ストラッカーの捕獲とロキの杖奪還の報が来るまで続いた。無尽蔵のスタミナってやばいね。

 

 

 

 

 

 Chapter 46

 

 

 

 ソコヴィアのラボは壊滅、捕縛したストラッカーは後から来たNATOに引き渡された。ロキの杖も確保し、研究データも破損はあれど奪うことができたので戦果としては問題なし。

 ベンディとの融合を解いたハルク──バナー博士は用意された子守唄で鎮静化を促され、問題は作戦中に被弾したクリントの治療だった。

 

「患部は?」

 

「一応洗い流して、ラップで保護したわ。出血量はそこまで多くない」

 

「…なんだ、レイニーが診てくれんのか」

 

「ドクターの資格なら一昨年とったよ。専門家には遠く及ばないけどね。せいぜい軍医レベル?」

 

 患部を見たところ、銃弾で吹き飛ばされたというよりブラスター砲か高エネルギー銃によって焼き切られていた。出血が少ないのは焼かれた部分が焼灼止血法のように、蛋白質の凝固作用が働き止血したのだろう。その代わり傷口から伝わる激痛は筆舌に尽くしがたい。歯をくいしばるクリントの姿で、痛みに声を上げないように気を遣ってるのがわかる。とにかく今は絶対安静が大切だった。

 

「はいはい、なんちゃってドクターのお通りだよ〜死の叫びだの泣き言だの、フォローになってないフォローは意味ないよ〜雷神サマ」

 

「辛辣なこと言うなよ。レイニー、お前もすごかったぞ! いや、やったのはベンディだからお前は何もしてないな、うむ」

 

「セルフに喧嘩売ってる???」

 

 ソーの親切心は誰に対しても仇のようだった。残念なことに、王は人の心がわからないようだ。ベンディは悪魔だしハルクは化け物だが、レイニーとバナーは人間である。

 子守唄による鎮静を継続しつつ、レイニーはバナーの胸元に聴診器を当てて心音を、手首に触れて脈拍を、体温計を脇に詰めて体温を測り、記録を取っていく。

 

「バイタルはいつも通りだね。あれ? ちょっと脈拍いつもより早い? なんかドキドキしてる」

 

「えっそっ、そうかな。少し、暴れ疲れたのかも」

 

「ハルクが?」

 

「僕が、ね」

 

 ドギマギしているバナーの視線の先を追うと、レイニーの視界にクリントの容態を確認するナターシャの姿。

 

(ははーんなるほど、そういうことか)

 

 アボミネーションによる変身の代償かと思ったが、どうやら違うようだ。それを理解したのはレイニーと、チーム全員に気を配るスティーブだった。

 軍医の真似事を終えたレイニーは応急処置グッズをクインジェットに戻すと、保管した杖の前でロジャース、トニー、ソーの男衆三人が宴会を企てていた。

 

 ───戦勝、と言う意味でも、宴はよい潤滑剤となる。王としての血筋を持つソーにはそれがわかっていた。

 目的を達成したと周囲に知らしめ、その充足感を味わい、余韻に浸る。労いとガス抜きの意味も込めて、宴会は良い機会でもあった。かつてS.H.I.E.L.D.の長官フューリーが情報統制していた所為で、組織の中での繋がりが間接的になりつつあった。宴会で顔合わせすることで、今までどんな人が協力者だったのか、そして新たな人の繋がりも生まれてくる。

 

 男三人の密会が終わったタイミングを見計らい、レイニーはハンドサインでスティーブを手招く。

 

「ネットに流出したS.H.I.E.L.D.の極秘文書解読したよ。ニューヨークの大戦の後、ピアースがシットウェルとラムロウにロキの杖の移送を指示してた」

 

「…本当に厄介なことしてくれたな」

 

 レイニーはワシントンでS.H.I.E.L.D.崩壊に関与していた。その際にS.H.I.E.L.D.の極秘文書はネットワークに流出したが、中にはレイニーも知り得ない情報もあった。

 

「……極秘文書を?」

 

「うん?」

 

「解読したのか?」

 

「うん」

 

 ただし、ネットに流出した情報は貴重であればあるほど情報は暗号化されている。プロテクトも掛かっているし、複数のバラバラの情報を組み合わせなければ意味を成さないものもあった。

 一般人にはまず解けない。軍人や秘密工作員であれば、時間をかければ。

 レイニー・コールソンには、()()()()()()()()()

 

「クソババ…母さんの暗号よりは簡単だったし。ハード面でもソフト面でも」

 

「…エニシ・アマツか…その後足取りは掴めてるのか?」

 

「それがも〜全然。ただ、ワシントンの病院に運ばれたラムロウの手術をしたのが母さんだった。母さん医師免許も持ってたから。その後二人とも行方不明。何しでかすかわかったもんじゃないけど、少なくとも1年くらいは派手に動くことはないと思う」

 

「根拠は?」

 

「『張りつめた弓はいつか緩む』…クリントさんじゃないよ、別の話だから。ね? …仮に、私たちがいつ来るかわからない襲撃に備え続けたとして、その警戒態勢が最も緩む時期がいつかを考えるとしたら、1年が妥当だと私は考える」

 

「…同感だな。S.H.I.E.L.D.は崩壊してしまったが、ワシントンでの一件で我々アベンジャーズだけでなく、NATO、CIA、国連、安全保障委員会、テロ対策チームも彼女の存在を認知し、改めてその危険性を理解しただろう。裏をかいて早々にまた騒動を起こすほど、彼女も無謀ではない」

 

「しばらくは潜る。それこそ、探すのが徒労に終わるほど、ね」

 

「また、何かあったら連絡くれ。力になる」

 

「………」

 

「レイニー?」

 

「…ううん、なんでもない。そうだね、一声かけるよ」

 

 若干言い淀んだレイニーの顔の陰りを、ロジャースは見逃さなかった。だがそれを聞くより先に、レイニーの肩をぐいと引っ張る輩が遮った。

 ソーだった。レイニーもなんで引っ張られたのか分からず目をぱちくりさせた。

 

「そういえばお前、弟に何かつけてただろう。頭に輪っか…なんだ、天の遣いがよくつけるアレがあったぞ」

 

「ん?ん──…あ! アリス! 彼女元気?」

 

「あ、あぁ…いや…この前、弟と共にある場所へ行ったのだがな…そこで死んだ弟の亡骸からずっと離れなかったんだ…」

 

「ふーん…ん? 亡くなったの?」

 

「そう言った。誉れ高き死に様だった」

 

「それは…お悔やみ申し上げます? アレ?」

 

「どうした、まさか父親の仇としてはどうでもいいとか思ってるんじゃないだろうな」

 

「いや、そうじゃなくて…うーん? 亡くなったの? なんか、派手に宴会してるみたいだけど…」

 

「何? どういうことだ?」

 

 疑問の声を上げるソーを余所に、レイニーは片手で右顔面を覆って右目を隠し、その目から映し出される光景を垣間見た。

 まるで今度催される宴会のような様だった。

 

「いや、いまアリスの視界と接続してるんだけど…うわ、なんかすごいがぶがぶお酒飲んでる。コサックダンスとか腹芸福笑いやってる…あれ、ツイスターゲーム? アスガルドの宴会って意外と庶民的なの? でっかい水晶玉でカーレースみたいなのやってるんだけど。ソフト普通にこっちのゲームじゃない。あ、こっちは大乱闘やってる」

 

「何ィ!? オイどういうことだ見せろ見せろ! この目で見てるのか!?」

 

「のわ───―!? お、ちょと、いきなり目ん玉引っこ抜かないでよ! びっくりするから!」

 

「何やってんだお前ら」

 

 ジャーヴィスに操縦権を委譲したトニーがレイニーの目玉に手を突っ込もうとするソーを引き剥がす。さしものソーの馬鹿力を抑えるのは難しかったが、部分着装したアイアンマンの腕がソーの力に抵抗できた。

 

 ソーの拘束から外れたレイニーはポロリと取れたインクの目玉を嵌め込むと、その瞳にロキの杖の光が届いた。

 青く眩く輝きは、かつて父を貫いた血で染められたもの。だがレイニーの直感が、それが()()と告げていた。

 

(…青色……? 違う、この石の色は…もっと…黄色?)

 

 吸い寄せられるように杖に近付くレイニー。だが、それを引き留める者がいた。歩くレイニーの前に、杖を遮るように立ったのはトニーだった。

 

「え、何。どうしたの」

 

「…いや? なんでも。その杖は人の心をおかしくする杖だ、キミは〜…人間じゃないにせよ、あまり近寄り過ぎると変な影響出ちゃうぞ?」

 

「心配してくれるの? ありがと。別に、ちょっと気になっただけよ。なんかこの石……」

 

「………」

 

「…何話そうとしてたんだっけ」

 

「おいボケたかインク頭」

 

 

 

 

 


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