パラサイト・インクマシン 作:アンラッキー・OZ
Chapter 47
ニューヨークに新設されたスターク・タワー改めアベンジャーズ・タワーへ到着したクインジェットから、担架に担がれたクリントが運ばれる。タワーのドックで待機していた医療スタッフがクリントの容態をチェックする中、レイニーは発見時とバイタル、処置内容を医療スタッフの一人に伝えて引き継ぎを済ませる。
どう見ても子どもにしか見えないレイニーがペラペラと救急搬送の際のABCDチェックや創部処置を話されれば面喰らうだろうが、救急の際に応急処置の情報は重要、医療スタッフは真剣に聞き取って主任担当のヘレン・チョに伝えた。
真剣な表情から一転、少し頬を緩めたヘレンは遠くにいるレイニーにOKサインを出し、レイニーは右手の指先を口元に寄せてそのまま真下に下ろし、
次いで、クインジェットから降りたレイニーはスティーブとマリアの後を追う。
ソコヴィアにあったHYDRAの研究所のリーダーであるバロン・フォン・ストラッカーはNATOに引き渡され、話題は丁度強化人間の話に移った。マリアが持つタブレットを覗き見ると、自分より少し年上の、抗議デモに参加している年若い男女の映像が映し出されていた。
「例の二人?」
「ええ。ワンダとピエトロ・マキシモフ。双子です。10歳の時アパートが砲撃を受けて両親は死亡。ソコヴィアは戦火の絶えない国でした。自然に囲まれた東欧の小国ですが、大国への通り道になってる」
大国に囲まれた小国は、紛争の中心になりやすい。
小国ということは少なくとも自国の民がいるわけではないし、加えて敵国でもない。いつ敵国に叛旗を翻すとも知れぬ国である以上、どの国にとっても弾圧の対象であり、同時に戦火の中心となりうる。そこには政治、軍事、宗教、様々な思惑が絡み、長い歴史を経て続いている以上、早期解決は難しい。利益や建前などはあるが、それぞれの国の主義主張があり、妥協を赦すに許せない状況が続くのが現在でも繰り広げられている紛争の殆どだ。
無論、そこに小国の思惑が含まれることはなく、かといって大国は工作員の疑いのある小国の難民をそう易々と受け入れはしない。故にソコヴィアの民は救いを求め、やがて神に縋る。
ならば、双子は神に絶望して力を求め、HYDRAの人体実験に希望を見出したのだろうか。
「ピエトロは強化された代謝機能と体温維持能力。ワンダは神経伝達信号への介入、テレキネシス、心理操作」
「ワォ、超能力のオンパレード。つまり?」
「素早い男と魔女よ。貴女も十分超人だから安心して。キャリアも上だから」
「まだ捕まってない…っていうか、この二人を捕まえるのは骨折れそう。おっと私には折れる骨がなかったわ」
「新手のインクジョーク?」
「笑えないぞ」
レイニーのジョークは中々不評だった。
マリアの情報では、ワンダとピエトロの二人は自らストラッカーに人体実験を志願したらしい。
国民を蔑ろにするソコヴィア政府に反対する国民の助けとなるために、彼らは力を求めた。単に強くなりたくて力を求めるならばそれは悪人と相違ないが、この二人は
ただし、レイニーはニュージャージーの軍事施設の地下で、ゾラから紛争の大半のコントロールはHYDRAが操っていたと聞いていた。ソコヴィアの紛争もHYDRAが関与している可能性が高い。となれば、HYDRAは紛争を利用して自然に人体実験の志願者という哀れな子羊を作り上げたと言える。やはり諸悪の根源はHYDRAにある。
マリアは彼らを
「Si vis pacem, para bellum、か」
「汝平和を欲さば、戦への備えをせよ。古代ローマの格言ね」
戦争とは誰もが必ずしも同じ時期であるとは限らない。今の平和が彼らにとっては戦争中なのだ。
違いがあるとすれば、力を求めた相手だろうか。
エイブラハム・アースキン博士は強い愛国心を虚弱な肉体に宿すスティーブを被験者に選び、スティーブは博士の理念を受け継いで戦った。
HYDRAは彼らの心を利用し、超能力を得られるという甘い蜜で彼らを誘い出して人体実験の材料にした。
彼らは、力を求める相手を間違えた。
エレベーターの扉の向こうに消えるスティーブの顔は一周回ってスッキリしたようだったが、レイニーには彼らへの同族意識により少し思い悩んでいるように見えた。
スティーブは国を守る為に。
トニーは世界平和の為に。
ソーは侵略者から人々を守る為に。
皆、誰かを助ける為にその力を振るう。いつも眉間に皺を寄せて、この行いが本当に正しいのかと悩みながら、或いはその行いが叶えたい未来に繋がると信じて。
ならば、レイニー・コールソンは誰の為に力を振るっているのか? 決まっている。
そんな彼らの力になる為だ。
「そういえば
「ボス…ボス? どっち?」
「アイアンマンの方よ。ラボにいるわ」
「りょーかい」
Chapter 48
好きでもない男に肩組まれる気分ってあまり好きじゃない。そう思うのは僕だけかな?
言葉にこう言い表し難いのは、理系の僕は文系に劣るってことなんだろうか。ハルクだったら何て…言葉より先に拳が飛んでくるだろうな、確実に。彼は体育会系だ。パンチで肋骨粉砕、そのあと倒れた相手に追撃のかかと落としとヒップドロップだ。うわぁこれはもう相手コナゴナだね、想像したくもない。
「…で? わざわざ僕だけ連れ出して何の用?」
因みに肩組んでる相手はトニーだ。アベンジャーズのメンバーではあるけど、好きって訳じゃない。彼は同じ研究者であるけど、理解者という訳ではないと思うから。心理的距離は置いてる筈なのに無遠慮に近付いて来るのは、彼の悪い癖だと思う。
「実は例のロキの杖なんだが、ストラッカーがどう使ってたか知りたがってただろう? 改造人間を造るための実験となんらかの関係があるって言ってたじゃないか。杖の核である宝石について中身を分析してみた」
本当か。流石ジャーヴィス…いや、ジャーヴィスの生みの親はトニーなのだからそこは正直にトニーを褒めるところだな、うん。
端末から空間ディスプレイに投影されたのはジャーヴィスのプロトコル。
ジャーヴィスはトップダウン型のAIとして地球上最新にして最先端、ただの言語インターフェースがどんな経験を積ませればアイアン軍団を指揮することができるんだろうな。最近はトニーよりも人の心がわかるんじゃないかってぐらい気遣いしてくれる。アベンジャーズに帰属する連中は年齢性別種族問わず、
「ジャーヴィスのライバルはこいつだ」
…美しい。
語彙力が低い僕には、そう形容するしかなかった。
トニーが映し出したのは、金色に輝くジャーヴィスとは異なる、青く輝くもう一つの光。美しさはジャーヴィスのような均衡のとれたプロトコルとはかけ離れた不完全なものであるのに、その
蜂が作るハニカム構造のような整然とした巣も美しいが、この光はまたそれとは違った趣で僕の美意識を刺激する。
「どう思う?」
「これは頭脳だ。だがこれは人間のものではない。人間の神経発火、ニューロンの活動に近い…うん? いや、これって…」
「ストラッカーのラボに、高度なロボット工学の資料があった。データはいくつか消されてたが、ヤツが何を作ろうとしてたかは大体予想がつく」
人工知能の研究だ。トニーも首肯した。
確かに人間の脳に深くアクセスすることで擬似的な知能、つまり人工知能を生み出すことは可能だろう。その実験の過程として、ソコヴィアにいた彼らのような超人が生まれることだって有り得る。人間の脳はまだ使われていない、解明されてない部分の方が多い。
有名なのは、『人間の脳10%神話』だ。この説が有名になったのはアインシュタインだけど、それより昔のカーネギーの本じゃ「平均的な人間はその知的潜在能力の10%しか発揮していない」と…あれ、ヘルマンスの方が先だったっけ?
「これは使える。ウルトロンを作り出すチャンスだ」
「…ウルトロンなんて夢物語だろ」
ウルトロン計画。人工知能による恒久的な平和維持システム。
発案者がトニーと知った時はまた科学の果てに生まれた誇大妄想の類だと悟った。人間の脳にメスを入れて、それでもわからないのに人工的に脳を生み出すなんて段階を数段飛ばしてるからだ。
それはあまりにも、現実的じゃない。
そう、思った。けど、
「昨日まではな、もう違う。もしこの石の力を使いこなし、アイアン軍団に応用できれば」
「それは、有り得ない〝
「科学はその〝
確かに、アベンジャーズ含め僕らの活動の最終目標は安全な世界への到達だ。その為の危険因子として、ハルクになる僕を抑える為の
「猶予はソーが杖をアスガルドに返すまで、つまりこの杖がある3日間だけだ。3日間だけ手伝ってくれ」
「つまりチームに内緒まで人工知能を作ろうと?」
「そうだ、なんでだろうって? 言うまでもないだろ倫理がどうとか討論する暇もないからだ。なぁに、アシモフ先生の教えを守れば大丈夫さ。人に危害を加えない、人の命令を守る、自分を守る、世界を守る。おっとこれじゃ4原則だな?
ボクには見える。世界を守るアーマーが」
「それは随分と恐ろしく、冷たい世界だ」
世界を守るのに感動もロマンも必要ないかもしれないけど、血の通わない機械の兵士が世界を守るなんて。
でも、トニーは珍しく顔を苦渋に歪めた。
「もっと、ひどいのを見てきた。この無防備な青き星には、ウルトロンが必要なんだよ。
〝我らが平和を齎す〟。そのための研究だ、最高だろ?」
…平和という言葉ほど、甘美なものはない。
それは彼も含めて僕ら科学者にとっては追い求めてやまない到達点だからだ。科学者は皆、平和の為に日々研究に明け暮れている。中には生涯をかけて研究する人もいれば、一生では解明できず時代に研究を残す人もいる。
トニーの言葉には惹かれる。研究しがいがあると思う。でも、同様に
僕やトニーの力を疑っている訳じゃない。僕らが生まれるよりも前の先人たちでさえなし得なかった平和の実現が、たった3日間で実現できるのかという疑問だ。
もし仮にそれが実現するとしたら、この3日間はどの科学者が体験したよりも濃密な、それこそ地獄の3日間になる。脳が死んでしまいそう。
成功云々よりも僕自身のことが心配…そう考えたとき、トニーがニヤリと笑ってみせた。
「勿論ボクたちだけじゃない、一人助っ人がいる。協力者は多いに越したことないだろう?」
「…まさかチョ博士を?」
「いや?」「なーにトニーさん?」
「え!?」
ラボの自動ドアから入ってきたのはレイニーだった。
いや本当に「え!?」だよ! 心の準備も無しに入ってくると二重に心臓に悪い! ハルクが口から出てきそうだった! …いや口から出てくるのは心臓か、ハルクは出てこないな。というか出てこないでくれ。
でもレイニーが協力者? 彼女は確かに頭がいいかもしれないけど、そりゃ常識人の範囲だろ。年齢は無視するとして。それに専門は持たない、貪欲なほど幅広く知識を吸収してるけど。
「おおーきてくれたか。ちょっとキミの体をチェックしようと思っててな、いい機会だろう? おっとイヤらしい目的じゃないぞ?」
「うん?」
「ほら、前と比べて体がどう変わったかを知ってるのはボクたちだけだからな。データにはない。ボクとバナーと、ジャーヴィスだけだ。そうだろう?」
「…そういえば、そうだったわね。じゃ、お願い」
思案顔で頷いたレイニーは胸元を叩くと服が溶けて…うわっ!? な、なんでハダカに!? あっ、さっきの服全部インク製だったのか!
「Oh…Yes…」
「ん? どしたの?」
「いや、裸になる必要あったか?」
「え? だって前はそうしてたじゃない」
「いやそうだが…もっと…慎みってものをな? ほら、バナーも目を覆っちゃったじゃないか」
「レイニー、これ羽織ってくれ」
「ん、どうも紳士さん」
片手で目を覆いながら羽織ってたワイシャツを差し出す。サイズは全然合わないかもしれないが直視せずに研究するよりはマシだ! 全くレイニーの情操教育はどうなってるんだ!? そりゃあ身体検査するには裸体に近い方が正確なデータ取れるけど!
すると唐突に肩をポンと叩かれた。レイニーには見えない角度で、トニーの顔がものっすごい悪どい顔してる。
「驚いた、裸ワイシャツなんていい趣味してるじゃないか…ウッ」
ごめん、思わず手が滑った。腹筋それなりに硬いな。
「ハルクになって殴ってもいいんだぞ」
「冗談だよ冗談……いい拳だったよ」
本当にハルクになって殴ってやろうか。
Chapter 49
「…よし終わった。お疲れ様。あとで結果報告するから」
「はーい。ばいばい」
ワイシャツをバナーに返却してラボからオサラバ…ああっ、もう少し成長したその胸を見ておきたかった…残念。
レイニーに成長って概念があったことにも驚きだがな。今年で14歳だったか? 最近の子どもは発育がいいんだな…インクの身体でも胸揉めば大きくなるか? 今度夜のお遊びに誘ってみようか…ペッパーにバレないように。
なぁに、インクの悪魔なんてオトしたことはないが、同じ女性なら子どもでもイケるだろ。それに悪魔は人間じゃないからノーカウントだ、よし完ペキな
熟した果実は頬をほころばせるほど甘美なもの。しかしだ、たまには思い出したように未成熟な青い果実を口に含みたくなることもあるだろう?
味見して、栄養分を与えていい土壌にしたっていいし、たまには
「…さて、バナーくん。ここでだが、ストラッカーら科学者には無くて、ボクたちにはあるアドバンテージができた。それは何かな?」
「いたいけな幼女の全裸を隅から隅まで調べ尽くしたことかい」
「違う! そういう誤解を招く言い方はよせ! ボクだって別に好きでやったわけじゃない!」
顔を手で覆ったバナーがぴ、とボクの股間部分を指す。おっとチャックは…ちゃんと閉まってるな。ちょっとムスコがテントを天井高に張ってるけど。
いや、ホラ。ここで勃たなかったら男に生まれてないだろ?
「子どもって、成長するもんだな?」
「もうイヤだ僕この研究抜ける」
「待て待て待て! 本当に待て! 真剣に本題に入るぞ! ジャーヴィス! 分析結果出せ!」
【はい、こちらですね】
ディスプレイに複数投影させたのは、今日検査して明らかになったレイニーのすべて。
相変わらず科学的観点ならトンでもない数値が示されているが、特にヤバイのはレイニーの中だ。
推定体積3000万㎥オーバー。軽く高層ビルレベルの体積が目の前を歩いているってことになる。よく床が沈まないな?
「相変わらず、中身までサッパリだな」
「ああ。だが明らかに中は拡張している、現在進行形で。まるで、一つの小宇宙を内包してるみたいだ」
「…ま、この広い宇宙とやらは常に拡大してるらしいからな。なんだっけ? 時間が進むこと=宇宙の膨張なんだっけ?」
逆を言えば時間が戻る=宇宙の収縮。時間が戻るってアレか、まるで『ベンジャミン・バトン』の世界だな。老いて生まれ若返って死ぬ。そんな世界があるなら見てみたいね…冗談。
でも宇宙が膨張してるのは納得だな、こんなに宇宙人が来るなんてそれこそ宇宙が広がってなきゃ信じられるか。
「それにインクマシンに…これは、ヒビか? 模様に近いな」
「ああ、以前よりも増えている。できればもっと分析して修理できればしてやりたいが、今はもっと優先すべきことがある。ここからはもう我々の、タイムアタックだ」
ジャーヴィスに他のデータ表示を取っ払って貰い、メインのデータを出してもらう。
二つのデータは共に球体状の黒い光。片方は動きが緩やかで綺麗な球体、もう一つは動きが活発でありながら所々楕円になったりトゲが生えたり引っ込んだりしてる。
「これが3年前にスキャンしたレイニーの、恐らく頭脳領域にあたる部分の活動電位だ。そしてこっちがさっきスキャンした結果」
「3年前よりも…より活発になってる? しかも3年前のこれは…」
「そうだ。解析した杖のプロトコルとそっくりじゃないか?」
「…キミの言いたいことがわかったぞ。レイニーのパターンを応用するつもりだな?」
人間の脳をどれだけ参考にしたって実現しないのは明白だ。
それなら、人間とは異なりながら人間に近い営みを送ってるレイニーを参考にすればいい。脳の組織がないのに自意識を持ち、そして何よりも
この研究は、生理学的脳の再現よりもプロトコルの回路による人工知能の開発によって自意識を生み出すしかない。
「正確には基礎設計にするつもりだ。レイニーは人間のような脳もないのに人間のように、インクの体を動かし、話し、考え、行動している。ある意味人工知能のプロトタイプ…いや、この場合は偶然発生した知能とでも言うべきか? 彼女は人間の手とは異なる方法で自我を確立させている。このデータを基礎にして展開、発展させればウルトロンの実現は難しくないはずだ」
「……」
そこで黙り込むなよバナー! ボクだって不安になる!
わかってるさ、この言葉に何一つとしての説得力がないことぐらいは! 仮にレイニーの頭脳領域のプロトコルの進化をモデルにしたところで自意識が目覚めるなんて保証はどこにもないからな!
だがこれは二度と訪れないチャンスだ! モノにしなければこの先、ボクらより後に生まれる子どもたちが苦しむことになるんだぞ!
「レイニーのパターンを見れば、どういう刺激をすれば進化するかが見て取れる。もうこれだけでスタートとゴールまでの道のりは明確化したんだ。あとはそれをこの石の力に当てはめればいい!
安心しろ、この研究は絶対上手くいく。これが、ボクらの最期の頑張りで踏ん張りどころだ」
「……わかったよ」
…やっとわかってくれたか。相変わらず強情なヤツだ。説得だけで今日1日分の体力を使った気がする。ペッパー、コーヒーを…いないんだった。ハッピー、ハンバーガー買ってきて…クソ、ペッパーがいない=ハッピーもいない!
タワーにパシリの一人でも連れてくるんだった!