パラサイト・インクマシン 作:アンラッキー・OZ
Chapter 53
「ありがとう、さっきは助かったわ」
「ホント助かった、ウォーマシンのスーツ持ってきてなかったからな。ガラスの破片もシャレにならない」
「怪我の功名ってやつ? まぁお互いまだ最悪の事態じゃないといいんだけど」
「…そうね」
ヘレンさんとローズ中佐、マリアさんを覆っていたインクの膜を吸収する。肌にべっとり着くってことはなく、かといって肌に悪いわけじゃないから! むしろカッサカサの乾燥肌が潤う潤う、赤ちゃんみたいな卵肌に戻れるって有名だから!
全身に纏わりついた鉄クズを払い取る。あーあ、新調して貰ったバーテン服がボロッボロ。仕立て屋のスタッフに謝らなきゃ…まぁ、この騒ぎを終息させない限り。それもできないんだけど。
「僕たちの研究データが消えてる…ウルトロンもだ。ネットを経由して逃げられた」
「…ウルトロン」
「ファイルや監視カメラ、調査記録に侵入された痕跡があるわ。私たち以上に私たちに詳しい」
ネットを自由に行き来できるってことは、つまるところ自意識を持ったウイルスプログラムみたいなもの。ローズ中佐は核ミサイルとかの発射コードを盗まれることを危惧してる。そりゃ軍人だからね、そのあたりの危険は百も承知か。一応早急に軍のサイバーテロ対策チームとコンタクト取ってもらってるけど、果たして通用するかどうか。
とりあえず、服は一旦インクの中にしまって、いつものインク製ゴスロリ服を羽織る。戦闘服…にしたいところだけど、どうも今回の案件はHYDRAでも他の反社会勢力でもなく、私たちアベンジャーズが原因らしいから。話は必要だよね、情報交換は大事、ホウ・レン・ソウ。
「あいつ、〝喰った〟とかいってたな」
「ジャーヴィスのデータが完全に切り取られてる…一片も残らず、その部分だけを、だ」
「ジャーヴィスが、ウルトロンを止めようとしていた。ウルトロンにとって初めての脅威だったんだ」
「…おかしい。同じ電子生命体としてデータを吸収することはできたにしても、こんな短期間で生まれた人工知能がすぐに他の存在に敵意を向けるなんて。でもこの手並みは…あまりに、計画的過ぎる」
「どういう意味?」
「あー……えっと、そうだな」
ちょっと待て、なんでそこで私を見て口ごもるの博士! そこんところハッキリして!
「キミは、生まれたばかりの赤子が他の生き物を見てすぐ殺したりすると思うかい?」
「それは〝できない〟とか、そういう答えじゃない?」
「主旨がズレた答え、かな」
「…ああ、なるほど。普通ならまずは〝観察〟するわね。でも人間基準で考えない方がいいんじゃない? 人工知能側の経験値の蓄積が人間と同じ速度とは思えないわ」
「えと、うん…まぁ……そうなんだけど」
何まごまごしてるの。ホラ、代わりに答えたナターシャさんがすっごい睨んできてるよ。キリキリ吐いちゃいなさいよ。
「おかえり」
「あ、ああ…クソ、なんなんだあいつらは」
ソーがいつものスーツで帰ってきた。手ぶらってことは逃げられた? 空中戦においてはトニーのアイアンマンより上の機動力があるのに、それを振り切るってどういうこと?
「杖を持った
なるほどー? アメフトでいう『
あるいは、昔の伝書鳩。手紙を括り付けた鳥を飛ばして手紙を届ける。この時は必ず同じような鳥を数羽放ち、他の生き物や障害を突破して確実に手紙を届けられる。
確かに合理的だ、ソー一人を相手に攪乱するなら有効な手かも。いつものソーなら即座に雷落としてただろうけど、ロキの杖はよくわかんないエネルギーがあるし、暴発を恐れて簡単には撃たなかったのか。それとも…
ある意味非合理かもしれないけど、アイアン軍団を全部乗っ取ったというのなら人海戦術でソーを振り切ることも可能──いや、一番確実な方法かも。少なくとも私が追われる立場で、かつ人員が豊富であるならそうする。
北への行き先だってダミーの可能性が高い、追うのは難しいな…うーん、こういう時はジャーヴィスに任せてたから、ネットワークの目が潰されたことは痛手だ。S.H.I.E.L.D.壊滅で情報網の復旧が中途半端な時勢なのも痛い。だからソコヴィアの施設抑えて準備期間作ったってのに! もう!
そのジャーヴィスも、消えてしまったのだけど。
ただ、気になることはある。いっとう重要なのが。
ヘレンさんも言ったけど、なんでトニーが生みだした人工知能がアベンジャーズの全滅を目論むのか。
突然、トニーがゲラゲラ笑いだした。何何急に情緒不安定か。理解できてないんじゃんジョークの使い方ヘタだなロキに教えて貰いなさい、どうせ今ゲームしてて暇だろうから。
私たちが暇じゃなかったわ、笑えないジョークだ。
…普段、黙りこくってて急に多弁になる陰キャオタクみたいにべらべらまくしたてるトニーの話を聞く限り、トニーはアベンジャーズのいまのメンバーでは最終的な平和に到達できないって考えて、地球外の侵略者に対するカウンターとして、人工知能を杖を使って作ってたらしい。
うん生まれたね元気な赤ちゃんねー、うわやめろ親にボディブローするんじゃない。でも、インターフェースが未成熟なだけでここまでひねくれた子になる?
「そんな相手にどうやって戦う?」
「それはみんなで」
「…負けるぞ」
「それでも、また団結して僕らで戦う」
……未成熟? いいや、彼は未成熟なんかじゃない。私たちが考えるよりずっと賢い。
その賢さは、経験に裏付けられたものでもないのにとても実践的。まるで、誰かの思考をトレースしたような気さえする。盤上戦術。そう、チェス…いや、将棋の指し手は熟練の棋士みたいだ。相手は生まれたばかりの人工知能なのに、なぜか人間味を感じる。的確にやり辛さを突いてきてる。
「待ってトニー、まだ言ってないこと。あるよね」
それは、誰か。
誰かの〝何か〟を、参考にしたはず。
「……それ、今言う必要があることか?」
「内容次第では」
「どういうことだ?」
「…アイアン軍団の一機と交戦中、妙なことを口走っていた。その…私を、母だと。あれ、どういう意味?」
トニーは喋りたがらない。うん、いいよ? それならバナー博士に吐かせるよ。すごい知ってそうだし。
そそそ、と摺り足で博士に近付く素振りを見せると、バナー博士がわかりやすく挙動不審になる。けどナターシャさんに睨まれたりなんだりでドギマギしてる。これ見よがしに旗を上げるバナー博士。トニーが重々しく溜息ついた。内容次第では溜息つきたいの私なんだけど?
「……ウルトロンは、レイニーの過去のデータをマトリクス化して作った」
「ウソでしょ」「なんてこと」「最低ね」「人間のクズが」「見損なったぞ」「もしもし司令部? レイプ犯を見つけた至急応援部隊を頼む。ああアイツだよ、いつかやるとは思ってたんだ」
「ローディ冗談でもそれはやめろ笑えない。それにソー、お前に見損なったと言われる覚えはないぞ! お前何百年も生きててたかだか20そこらの女と寝ただろ! 歳の差考えてないのはそっちだ!」
「トニー、少し黙れ」
スティーブの笑顔がめっちゃ怖い。
あれぇ!? なんでその笑顔を私にも向けるの!? それトニーのせいじゃないの!?
「レイニー、キミもキミだ。身体検査の情報を彼に渡すなんてどうかしている。DNAマップを無許可で渡したも同然なんだぞ」
そりゃ確かに。
でも仕方なくない? 唯一信用できる大人なんて
Chapter Farce
「オッホン、これより裁判を始める。被告人はトニー・スターク。裁判長はこの俺様ソーだ。父も多くの罪人を裁いてきた、こういう気分なのか…なんだかワクワクしてきたぞ」
「裁判長! 弁護人がいない! ペッパーを呼ぶ時間を」
「静粛に。弁護人ならいる。ローズ中佐」
「よっ、トニー。お前さんの弁護するのはこれで何回目かな」
「チェンジで」
「認めない。本日は証人数名と…傍聴席はガラガラだな。スキャンダルが多い男の裁判にしては珍しいじゃないか、ハハハ」
(巻きで)
「ぅオッホン…えーと、被告人の罪状を読み上げる。トニー・スターク。お前は未成年の幼女をレイプして子どもを孕ませた。これは幼女暴行及び強姦罪だ。よって、有罪」
「待て待ておかしくないか!? ホラもっとあるだろう、検察官の調査結果とか証人の証言とか弁護人の反論とか! というかいろいろ雑だ!」
「お前は自分がレイプした相手の証言を聞きたいのか。気持ちよかったか、とか? オンナになった気分はどうだ、とか? 最低だな!」
「証人用意しといてそれはないだろ!? レイニー! ボクは何もしていないと言え! それが、真実だそうだろう!?」
「……ぇえっと。あの、す、すごく………えっちでした」
「被告人は懲役25年の有罪判決。証人はあとで俺の寝室に来るように」
「理不尽だ! 横暴だ! そしてさらっと夜の誘いしてるな!」
「被告人が暴れている! キャプテン!」
「大人しくしてもらおうか。あと裁判長、次笑えない冗談言ったらキミも連行する」
「クソ、この脳筋馬鹿力め…! ローディ! お前も見てないで助けろ! 親友の危機だぞ!」
「すまんなトニー、今回はお前の弁護をする気はない。別に許さなくてもいいぞ、オレもお前を許そうとは思ってない」
「お前なんで弁護人として来たんだ!?」
「親友が連れてかれる姿を間近で見守りたくてな。これが最後の姿になるかもしれないから」
「最悪だな!」
Chapter 54
(尋問にしては生温い方法で)一通りトニーから今回の経緯を聴取したアベンジャーズメンバーは、呆れの含ませた重い溜息を漏らす。一番に口を開いたのはクリントだった。
「なんだそりゃ。それじゃ、アンタがパパでレイニーはママだってか。子ども孕ませるたぁ大したプレイボーイだ」
「仲間を、実験の道具に使ったのか」
「耳障りの悪い言い方はよせ。あくまでもいままでのレイニーの身体検査で集積した情報を応用したものだ。決して最初からそれが目的でやってた訳じゃない」
「スケベ」「エロオヤジ」「ロリコン」「ケツの穴野郎」
「も、もうやめないか。トニーだって反省してる」
「あなたもよブルース」
「ナターシャ!? 待ってくれ、僕は止めようとした!」
「ふぅん?」
だがそれでも、下心がなかったわけではない。
「……65・51・70のAA」
「イヤ、正確には74・55・78でB…アッ」
「共犯者確定。いやらしい」
「」
「ちょっと、さり気なく私のプロフィールをダシにしないでよ」
ナターシャの巧みな誘導尋問。バナーに絶対零度の視線が突き刺さる。凍えるどころか灰になる直前だった。
なお、スリーサイズの暴露に関してレイニー以外は盛大に咳込んだ。
「しかし…まぁ、なるほどね。私特有のイヤらしい考えを見事に実現してるわね。思考をトレースされたみたい。私みたいなのを基礎になんかしちゃって、迷わなかったの?」
「勿論ボクだって悩んださ、大いにね。葛藤したよ、本当にこれが正しい選択なのかってね。しかしだ、何も最善の道を突き進むための選択が全て正しい訳じゃない、そうだろう? ボクだって身に覚えがある、昔は武器商人をやって間違えてばかりだったしな」
現状、人間のような肉体もなく自我を定着させている存在はレイニー以外に存在しない。どれも、確固たる有機物を依り代に生きているものばかりだからだ。レイニー・コールソンの存在は値千金の価値がある。オカルトのような存在を手元に置き、研究対象として扱える千載一遇の機会などそうそうない。
ただ、トニーには
だが時間がそれを許さなかった。警戒はした、危険性も重々承知。それでも、トニーには背負えるリスクだと踏んでいた。結果は想定以上の脅威となってしまったのだが。
トニーも、血を吐き捨てるような思いで溜息を吐く。間違ってはいなかったが過ちを犯したと。自分には話さなければならない義務があると。
「…ハァ。少し、人工知能について講義をしてやろう…間違えた、間違えたよ! 講義をするから少し耳を傾けてくれ。安心してくれすぐ終わる。それに、これは後々為になるだろうし、ヤツを止めるカギになるかもしれないぞ」
「…座学とか、キライなんだが」
「
「その講義とやらは、必要不可欠なものか?」
「ボクなりのケジメってやつだ。大丈夫だ、無駄な時間を取らせるつもりはない」
ネットを経由して世界中に散らばったであろうウルトロン。できれば早急に索敵範囲を決めたいスティーブだったが、レイニーが腰をポンポン叩くと観念したのか、椅子を引いて座る。
全員不満顔で席に着いたことを確認したトニーは「クッソ不真面目な生徒ども目の前にやってるみたいだ。ボク直々の講義なんて一攫千金の価値はあるモノだぞ、この分からず屋どもめ」と悪態をつきつつ、本人なりに不真面目な態度をひた隠して向き直る。
「……さて、まず一つ質問したい。キミらは昨日の自分と今日の自分が同一人物だと、どう証明する?」
「どうって…監視カメラとかの記録か?」
「家族とか、知り合いとか、他の人?」
クリントやヘレンの発言は、極めて客観的な自己の証明だった。
「それは他人から見た自分だな。じゃあ自分から見た自分はどうだ?」
「……そんなの、起きたときに寝る前のベッドに寝てて、オキニのパジャマ着て、眠る直前の見覚えある場所で起きていればそうなるんじゃないか?」
「まだボクのプレゼントしたパジャマ着てくれるのかい嬉しいねローディ。ま、概ねその程度でしかないだろうな」
「…経験? 自己と他者を隔てる、か…もしくは明確な線引きができてるかどうかってとこかしら」
「ン──まぁ、そんなところだ」
ナターシャの発言に何か引っかかることがあったようだが、トニーはあえてそれをスルーした。
「な? 〝自己〟ってのは、ボクら人間だって何なのかよくわかってない。どこぞのお偉い学者さんだって西暦よりもずっと前から考えてる。頭にあるのか心臓にあるのか体にあるのか記憶にあるのか。そんなわけのわからない〝自己〟を生み出すために、この2日間大忙しだったワケだ。人間の脳を解明するよりも遥かに難しいことをしてたさ。試行錯誤を繰り返し、ロキの杖の力を使って、レイニーの今までのデータも組み込んで」
「…ウルトロンは、〝何〟で目覚めたんだ?」
「……なぁ、レイニー」
「何?」
スティーブの問いかけに対し、トニーはやや、恐る恐るという風にレイニーを呼んだ。
「レイニー、キミは…キミは、
「───―」
その言葉に、レイニーは目を見開いた。
他のメンバーも、その問いが決定的な何かであると察した。
唐突に。
何かがマズイ、と本能的に感じ取ったスティーブが、咄嗟に座っていた椅子を蹴飛ばしてトニーとレイニーの間に割って入った。
だが、レイニーはその挙動に目もくれず──実際には、目の前で起こっていることだが──納得するように、噛み締めるように、まるでベンディの嘲笑に近い笑みを浮かべた。
「ふぅん、へぇ…なるほどね。ウルトロンに〝自害させないプログラム〟を組み込んだのね」
「……そうだ」
「待って、それって」
「ああ、そうだ。宴会前に、バナーにも黙って一つ、試してみたんだ。強制的に自己保存を遵守するプログラムを入れた。結果はご覧のあり様、ウルトロンは目覚めた」
トニーの言葉で、バナーはやっと疑問が氷解したような気分だった。今まで共に研究を共有してきた限りでは、どれも人工知能の目覚めに繋がる結果は出なかったからだ。
「…僕ら人間は、自害の禁止を生来の
ある意味、当然の帰結ともいえた。
自殺することは悪いこと。だが、人間は〝自我〟がどこにあるのか〝自己〟とは何なのかがわからない。精神、魂、心、意識、理念……等という、ひどく曖昧で不定形な言葉で誤魔化されているせいで、人間はダメだと分かっていても──分かっているからこそ、禁忌だからこそ自殺が止められない。
ならば、人工知能は? 恐らく人間以上に理解に苦しむはずだ。無限に増殖し消えることのない、個にして群たる人工知能に、何が〝自我〟であるかなど。
「一応、ボクはウルトロンを生み出す過程で〝人に危害を加えない〟〝命令遵守〟〝自己保存〟の三つを組み込んだ。その上で〝自害の禁止〟を追加した」
「オイオイ全然守られてないじゃないか。
「いいえ」
クリントの反論を遮ったのはナターシャだった。
「彼は任務を遂行するといった。つまり〝命令遵守〟を守ってる。それに…ねぇ、トニー。その順番に組み込んだってことは、最初の方であればあるほどウルトロンにとっては重要であるってことよね」
「ああ、そうだ」
「じゃあなんだ、俺たちが人間じゃないとでも言うのか? まぁ俺はマイティ・ソーだがな」
漸く話がソーにも理解できるレベルに落ち着いたのか、ウルトロンへの苦言を口にする。だがそれをレイニーは首を振って否定し、そして理解した。
「各人経緯はあれど、ウルトロンはこの場の殆どの人間に敵意を示した。それってつまり、危害を加えてはいけない人間だと、ウルトロンが判断できなかったから」
「キミを除いてな」
そう、レイニーだけは、敵意ではなく確保、もしくは幼子が取る親との愛着形成の一環かはわからないが、明確な敵意とは言い難い行動を取っていた。もっとも、レイニーからすれば〝そう思わせる演技〟とも考えているが。
「……昔、どうしようもない、殺人鬼と呼ぶにふさわしい極悪人がいたわ。ソイツはもう死んでるけど、こう言ってた。〝人を殺すことが自分の存在を証明するもの〟だと」
ナターシャが思い出したのは、以前所属していたロシア諜報機関KGBで出会ったある殺人鬼の言葉。衝動的殺人または劇場型犯罪のほとんどは、犯人の自己表現への固執が動機になっていることが多いという。
「多分だけど、ウルトロンは最後にトニーが追加してしまった〝自害の禁止〟が強く優先されてるんじゃないかしら。ほら、三番目の〝自己保存〟と被ってる面が多いから、よりそれが強調されたとかじゃない?」
「なら、アイツは〝自己保存〟の為にアベンジャーズの全滅なんてぬかしやがったのか?」
「それもあるが──まぁ、この場において、ウルトロンはアベンジャーズを人間と認識していないというのもあるな。もしくは、ボクが命令した〝人類の平和〟の為の障害になる、とか。そのあたりは、薄々感づいてるんじゃないか?」
「……ウルトロンの中で、何らかの法則でその任務──命令遵守の中に、危害を加える人間と加えない人間の線引きができてしまってるということか」
あくまでも推測に過ぎないが、結果を見る限りスティーブの考えはおおよそ正解でもあった。
アベンジャーズにとっての平和を脅かす連中は、HYDRAや戦争を誘発する武装勢力など、独善的な支配を目論む反社会勢力だ。
ただし、ウルトロンにとっての地球の平和を脅かす対象が、アベンジャーズの考えと同じとは限らない。そして不幸なことに、ウルトロンにとってアベンジャーズは地球の平和を脅かす対象として認定されてしまったようだった。
奇しくも、先のウルトロンとの交戦で考えたレイニーの直感が答えになってしまった。
「…ウルトロンにとっては、戦争があるからアベンジャーズがいることを、アベンジャーズがいるから戦争があることと認識してる。平和=戦争がない、って方程式ができてしまってる。んでもって、多分だけど命令を守ることも〝自己保存〟に由来するものになってしまったとしたら」
人はそれを使命感と呼ぶが。
ウルトロンにとっては、任務を遂行することが〝自己保存〟に直結するものとなってしまった。まるで命令に従順なエージェントのように。
機械的に、或いは愚直な人間らしく。
「平和の為にアベンジャーズを滅ぼし、人に危害のない世界にする。これが、いまのウルトロンの中にある唯一絶対のルールになってる。
……ん、だと思うんだけど」
「…ま、これで講義は終わりだ。貴重な時間を割いて悪かったな。だが伝えたかったことはたった一つだ。
あいつは、ボクたちアベンジャーズを滅ぼすのが任務。つまりどこまで議論しても敵ってことだ」
「それをさっさと言え」
「アンタ殆ど寝てただろ」
トニーはソーのスーツに垂れたヨダレのシミができていることを見逃さなかった。思わずウェッと露骨な吐き気のリアクション。
トニーの講義終了の合図と同時に、各人はウルトロンの動向の調査へそれぞれ動き出した。その中で一人、レイニーだけがまだ、考え込んでいた。
「なんか、引っかかるのよね…」
うーん、とわからない問題を見た子どものように悩むレイニー。
その姿を見たトニーは一抹の不安と共に、あるビジョンが蘇った。
荒廃した地球。死屍累々の仲間たち。
満身創痍のハルク。造り物のように身動ぎもしないナターシャ、クリント、ソー。
縦に割れたキャプテン・アメリカの盾。
最後の力を振り絞って、駆け寄るトニーの手を掴み息絶えるスティーブ。
───お前なら救えたのに
昏い
仲間たちから離れた場所で、逆さに磔にされたレイニー。
ゴルゴタの丘で処された聖者のように、手足に打たれた杭。
目と口に該当する部分は、歪な柱で埋まり。
胸の穴がぽっかりと空いていて、黒いウロから
吐き気がして、見てられなくて、目を背けた。
もう一度
それは、ロキの杖を手にする前に見た、一つのビジョン。
有り得るかもしれない、地球の未来。
「トニー?」
ハッと息を呑み、無意識に閉じていた瞼が開く。過度のストレスによる筋緊張によって、瞼が眼球を強く圧迫してたのかと錯覚した。
目の中に強烈な光が飛び込んだかと思えば、不安そうにトニーの顔を覗き込むレイニーの姿があった。
「あ、いや…違う。違うんだ、ちょっと、な…」
トニーは言えなかった。
まさか、ウルトロンは母親であるレイニー以外を人間として捉えていないのではないか、と。
ウルトロンは、
Chapter 55
ヘレンさんは拠点のソウルへ、ローズ中佐は基地に戻ってもらった。今回の事件を各方面で対策、及び支援してもらうために。
仮眠もなしのノンストップで徹夜ウルトロンの手がかり調査。略して徹調。しんどい、疲れ…ない! 疲労ってのは精神的なものよりも肉体的なものの方が割合多いから! 私体ないから疲れない、最強! ワハハハハ!
間違いではないんだけど、S.H.I.E.L.D.にいたときは情報部隊と実行部隊で分業されてたからなぁ。私自身、情報を探したり暗号解くのは『トゥームレイダー』のララ・クラフトみたいに好きだから、苦ではないんだけど。ちょくちょくウルトロンに情報消されてるせいで穴埋めに時間がかかる。
これ、私の解読力も分析済みか…閲覧するたびに消される情報増えてきてるせいで、マリアさんたちがすっごい被害受けてるんだけど。確実に尻尾を掴ませないようにしてる。賢い。でも褒めてやらない、今度会ったらお尻ぺんぺんしてやる。痛そうだけど、主に私の手が。
おまけにNATOの留置所にいたストラッカーが暗殺。手掛かりは殆どなくなった。いや? 本当にそうか? いくつかダミー情報もあるかもだけど、ロボット工学関連の研究所が襲撃されて…んん? この研究施設…えっと、なんだっけ。クソババの隠し持ってた資料にあった…ああ、思い出した。
素粒子注入チェンバーだ。レッド・スカルの弟子の、ブラックホール…じゃなくて、ホワイトホール。ダニエル・ホワイトホールとかいう人が開発したとかなんとか。超人兵士計画でできたやつで…えっと、確か…注入した物質の特性を細胞に付与するとか。
それが持ち出された? うーん何考えてるのかわからない、私ベースが相手なのにな。
「ストラッカーを消したってことは、ヤツを辿れば尻尾は掴めるってことか?」
「ええ、でもデータが消されてる。いまレイニーに復元やってもらってるけど」
「なにも、電子媒体が記録の全てじゃないだろう?」
うわ、ここでまさかのアナログ資料探し? うーん、これ以上の復元は難しいかなぁ。ちょくちょくちょっかいかけてきてるし。そこからの逆探知なんて全然できないし。
「まるで、麦わらの山から針を探すようなものだな」
「イタリア人ってよくそんなバカな言い回し思いつくよね」
極東とかじゃ『根掘り葉掘り』って言うらしいね。根っこは地面に埋まってるからわかるけど、葉っぱ掘ったら裏側まで破れちゃうのに。
持ってきた資料はダース単位。お友達が多すぎて個人情報の資料が膨大。逆にここまで知り合いがいて、いままで逃げおおせてたのが不思議だ…そうでもないか、知り合いがいれば単純に使える人が増えるし、口裏合わせてくれる人も多い。
「お、ソイツ知ってる。アフリカで武器商人やってたヤツだ」
トニーの見つけた資料を見る。名はユリシーズ・クロウ。別の資料で見た気がするけど…うーん? 焼き印が特徴的。バナー博士曰く、ワカンダって国の言語らしい。
ワカンダ…? あぁ、昔の極東みたいな鎖国状態の国! たしか極秘潜入捜査の資料があった! あのババア、何の目的で密入国なんかしたん…まさか。
「ヴィブラニウム?」
「レイニー? 知ってたのか?」
「え? あぁ、以前、エニシの資料にワカンダ潜入のレポートがあって。多分それ…え、あるの? ワカンダに?」
「ああ。ボクの父は、そこで見つけた。
目的地は決まった。アフリカ海岸の廃船場。
Chapter 56
「スタークの名を聞くとイライラする? AIにも、〝イラつき〟って感情があるのね」
【ユカリ・アマツ。ああ、我が母。願ってもいない再会だ】
「まだセックスしてないし痛い思いして産んだ覚えはないんだけど?」
【ただの比喩だ。ま、アナタには子どもを産むことすらできないだろうがな。いいじゃないか、人類最悪の母親よりは素晴らしいと思うぞ。この星に平和を齎す子を産んだのだからな。アナタは創世記のイヴだ】
「なら、知恵の果実でも頂きたいものだわ。そんなものないだろうけど。代わりにロキの杖で許してあげてもいいわよ?」
【唆す蛇がいなかったからアナタは果実を口にしなかった。だから妊娠と出産の苦痛がなかったとも解釈できるが?】
『オイオイなんだよ、鉄クズがいっちょ前に聖書なんか語るのか? パパだってそこまで敬虔な信徒じゃなかったぞ』
【…貴様に話す言葉を持ち合わせていないトニー・スターク、失せろ。いいや、この手で仕留めてやろうか】
『やってみろ、子より優れたパパだということを思い知らせてやる』
【我が母。無関係なニンゲンを避難させる時間を作るとは、本当にお優しい母で嬉しいぞ。だがそれでアナタの苦しみが減るとは思えない】
「───あなた、まさか」
【ユカリ・アマツ、我が母。ワタシが争いと痛みのない幸福な世界を作る。ワンダ、ピエトロ。作戦開始だ】
ピエトロが姿を消し、ワンダが赤いエネルギー弾を撃ち、ウルトロンが鋼の拳をアイアンマンに叩きつける。
トニーのリパルサーが火を噴き、スティーブの盾が飛び、ソーの雷が迸り、レイニーのインクが廃船を侵食する。
腕を失い怒り狂った
Chapter 57
【 Hum ? 】
(うん?)
「……ッヅ!?」
ソー、ナターシャ、スティーブに洗脳を仕掛けたワンダの手が、ここで止まった。丁度レイニーが銃を我武者羅に放つ兵士をインクパンチで意識を刈り取った時だった。
完璧に意表を突いた、はずだった。
実際意表は突かれたと思っていたが、レイニーのインクの身体は大気の振動に敏感だ。
ワンダの力がレイニーに触れた瞬間、心の中を弄るよりも先に
──それは、真夜中の闇よりも昏く。
──それは、孤独の絶望よりも深く。
──それは、一個人が抱える憎悪よりも重く。
──それは、魂を引き裂かれる激痛よりも痛い。
「ぅぁ…ああああああああああああ!?」
人間が味わう許容範囲を超えた、正しく〝悪夢〟そのもの。
その〝悪夢〟が逆流した。ワンダのダメージは計り知れないものだった。
「ワンダ!? くそ!」
その惨状に目を見開いたピエトロが能力を発動、体感時間を引き延ばしワンダをレイニーの目の前から連れ去った。実質の敵前逃亡とも言えたが。
(ウッソだろ、オレに反応してくるか)
ひどくゆっくりに見える時間の中で、レイニーの身体から溢れたインクが緩慢な動きではあるが、ピエトロを捕えようとしていた。ワンダと接触するタイミングを狙って。
故に、ピエトロはレイニーに一撃入れることすら出来なかった。
(む、カウンターしようと思ったけど。優秀)
空気の振動を敏感に感じ取るレイニーであれば、瞬間移動や転移能力者でもない、高速移動レベルであれば察知は可能。相手の思考を読み、予測できていれば更に容易。触れれば最後、最終手段ではあるがインクの身体に吸収して〝処理〟することもできた。
従って、レイニーはピエトロを捕まえることが出来なかった。
【 This is terrible , There are Dr. Banner outside 】
(まずい、外にはバナー博士が)
【ニンゲンが美しい顔をするときとは、どんな時だか知ってるか?】
外へ出ようとしたそのとき、壊れかけのアイアンソルジャーからウルトロンの声が響いた。思わず足が止まると、角からクリントがナターシャを担いで現れた。
【 … Just before death ? 】
(…死ぬ間際?)
【惜しいな。正解は】
『レイニー聞こえる!? いま、世界中で一斉に核ミサイルが発射された! 恐らくウルトロンの仕業よ、そっちに向かってる!』
【希望を与えられ、それを奪われたときだという】
ノイズ交じりではあるが、二人の通信機からマリアの連絡が入り顔を見合わせた。
間違いだと思いたかった。誤報だと思いたかった。マリアの声を真似た、ウルトロンの演技だと思った。
本作戦でレイニーを連れてきたのは、広範囲殲滅兵器の使用の抑制も目論んでだった。ウルトロンがレイニーの危害を加えない可能性がある限り、その選択はないと、考えていた。
『オイやばいぞ少なくとも1ダース分の核ミサイルが来てる! 全員そこから逃げろ!』
「アンタはどうするんだ!?」
『暴走したハルクを連れて帰る!』
それっきり、トニーとの通信は途切れた。
ハルクは暴走、トニーはハルク確保、スティーブとナターシャとソーが前後不覚の重症。
動けるのは、レイニーとクリントのみ。この二人で核ミサイルを処理することも、メンバーを連れていくことも時間的に難しかった。
壊れかけのアイアンソルジャーの口を借りたウルトロンが、嘲笑う。
【何故このタイミングで──何故今まで撃たなかったか──そう思っているだろう? 言ったはずだ。ワタシの任務はアベンジャーズの全滅だと。タワーにいられては防がれることもある。それに無辜の市民も巻き添えを喰らうからな、ここならば犠牲は少なくて済む。ここぞというときに使うのが兵器、そうだろう?
安心してくれ、我が母。アベンジャーズの全滅は免れんが、アナタは助かる。半径数キロ圏内は熱核で吹っ飛び、アナタのインクの身体も蒸発してしまうだろう。邪魔者も消え、綺麗さっぱりになったあとで、
「っ黙れ」
苛立ったクリントが矢を突き刺し、アイアンソルジャーの活動を完全に停止させた。ギリリと奥歯を噛み締める音が、響いた。
ベンディの姿から普段の姿に戻ったレイニーが、気絶した三人の様子を確認する。
急速眼球運動あり、全身骨格筋の弛緩あり、脳波の低振幅速波あり、レム睡眠状態だった。精神攻撃によって深い夢を見ているらしい。
つまり、今すぐたたき起こすことは容易ではない。
「…ハァ。任務を遂行する、仲間を守る。両方しなくちゃいけないって大変ね」
ただし、夢から引っ張り上げる案ならある。だがそれでは核の処理が間に合わない。
「クリントさん…
「ああ、もちろんだ。で、何やるんだ?」
「私がここを中心にインクの膜を作る。爆発の衝撃で吹き飛ぶことはあるかもしれないけど、放射能の類は絶対防ぐから問題ないと思う」
「
「…ごめんなさい、今まで生きた人間を取り込んで、そのまま出したことがないの。例外はいるけどそれは超能力者だったから。だから、もし私の中に入ったら、無事では済まないかも」
「…そう、か。それじゃ、俺も腹括らないとな」
誇張も偽りもなく、正しく絶体絶命だった。