パラサイト・インクマシン 作:アンラッキー・OZ
映画を見る前を思い出してみて、読んでみてください
Chapter 66
大韓民国 首都ソウル
「レイニー、そっちはどうだ」
「リパルサーで腹部を焼かれてる。面積8~9%、受傷深度はギリギリⅢ度行かないわ、白衣のおかげで壊死まではいかなかったみたい」
ソウルにあるヘレン・チョのラボ。
スティーブと突入した時には既にウルトロンの姿も、再生クレードルもなく正にもぬけの殻だった。数日前まで笑顔を浮かべていたヘレンの表情はリパルサーによる傷に呻き、ひどく苦渋に歪んでいた。室内にいた研究員も襲われ気絶しているが、レイニーの見立てだとそこまで重症ではなかった。恐らくショックで気絶しているのだろうと判断した。
「医療班に連絡を」
「もう119番にかけた。ここはソウルの病院に任せましょ」
「そうだな、ウルトロンを追わないと」
死力を振り絞ってメッセージを伝えたヘレンや研究員を安全な場所で、負担にならない体位で安置しておき、二人はラボを出て屋上へ向かう。ドアを開けると日中の日差しが差し込むが、その向こうにヘリの姿はなかった。
「上にヘリなし、市内で見かけた?」
『いや、こっちはまだ確認できてないが』
「となると」
「空路でなく、陸路の線が濃いな」
二人は屋上の手摺を乗り越えその向こうへ。
一斉にジャンプして重力に従って落下、その過程でインクの塊になったレイニーがスティーブの足に纏わり付き、太腿へ向かって螺旋を描く黒いブーツに変貌する。
アスファルトでできた地面に軽く罅を生み出し、以前トニーから貰った
「ヒュウ、いい気分だ。ハルクもこんな気持ちなのか」
【 Beats me 】
(さぁ?)
『お楽しみのとこ悪いが見つけたぞ、ラボから出たトラックだ。もうすぐそこの下の道路を通る』
クリントからの通信を聞いて二人は真下の道路を見た。他の一般車両に紛れて明らかに大きな積み荷を乗せたトラックが道路を走っていた。恐らく操縦者は乗っ取ったアイアンソルジャー、積み荷にウルトロンと再生クレードルの本体があるのだろう。
【 Then 】
(それじゃ)
「ああ、計画通り頼む」
【 I got it 】
(任せて)
左手でグッドサインを作り、右手の人差し指から先に紐状のインクを伸ばしたレイニーは、その紐をスティーブに括り付ける。スティーブは大きく息を吸って屋上から飛びあがり、途中インクで落下速度を調整しつつ目的のトラックに無事着地した。
直後、インクは目視が困難なほど細い糸に変化する。ぴんと張ったものではなく、余裕を持たせて多少
【 Good … Tony ? How is it going ? 】
(よし…トニー? そっちは?)
『アーアーアー待て待て…出た! 検索ヒットだ、やはりウルトロンはジャーヴィスのソースコードを利用してる! 今から情報送るから…えーっと、本当にコレでいいのか?』
【 Make it snappy 】
(いいから、はよはよ)
目下では、既に車両から出たウルトロンとスティーブの戦闘が繰り広げられていた。万が一、戦闘に巻き込まれても絶対に切れないように細心の注意を払ってはいる。誤ってビルや電柱、人に絡まることがないように、時に切っては繋ぎ、大きく撓ませてはいる。
しかし、このような精密なインク操作をした試しはあまりないのだが、
手元の端末に送られた情報を見る。それはレイニー自身はあまり馴染みのないプログラミング言語であったが、これからレイニーに必要なものでもあった。
それは、捕喰前と今のジャーヴィスのプロトコル。
今回の作戦は、大まかに分けて三段階に分けられる。
第一段階、ウルトロンの捜索。これは既に達成されている。
第二段階、ウルトロンとの会敵及び足止め。スティーブ、ナターシャ、クリントに一任。妨害があった場合は各自対応。
そして第三段階、再生クレードルの奪取とウルトロン内の基幹システム『ジャーヴィス(仮)』の強奪。
こと、第三段階についてはオスロにあるネクサスの調査でウルトロンの今現在のプログラムが何によって構成されているかに左右される。仮にレイニーの情報をマトリクス化して生まれたのがウルトロンという存在であったとして、一つ足りないものがあるはずだった。それは、ネットワーク内におけるノウハウだ。
レイニーは確かに人間と異なり肉体を持たない、インクという媒体を依り代にした上位存在(仮)である。しかし、それでも0と1で構成されたネットワークの住人ではなくあくまでも現実世界に住まう存在なのだ。それなのに、ウルトロンはネットワークを自由に行き来し、自身のコピーを増やし、あまつさえ各国の軍事サーバーにアクセスして核ミサイルの発射コードを盗む始末。
同じことをやれと言われても、レイニーにはできない(なおトニーはできる)。
つまり、今のウルトロンになる構成要素が『ロキの杖の石』『レイニーの情報』『かがくしゃたちのどりょく(汗)』だけでは成立しない。無論、トップダウン型のAIであることから学習はするだろうが、それにしてはスタートダッシュが早すぎる。50m徒競走で10m前地点からスタートしたようなものだった。
【 Get up , The Projectionist 】
(起きて、映写技師)
【 Good morning 】
(おはようございます)
どこからともなく応じる声と共に、ベンディの姿が変貌する。
ベンディの首元から、インクに塗れた四角い大きな
左肩からフィルムリールが突き出し、背中から
ノーマン・ポーク。ヘンリーの同僚であった男の、成れの果て。
【 Please extract this memory 】
(この記憶をヤツから引っ張り出して)
【 Yes , My Lord 】
(仰せのままに)
映写技師は暗闇をも照らすその光を端末にあてて眺めると、胸元のインクにずぶりと突っ込んでデータを収集する。
映写技師はできあがったアニメーションを映すだけの簡単な仕事しかしない、と思われがちだが、かつては映画の長さがリールテープ一本分を超える長さが多かったことから、上映中の中断を避けるために二台の映写機を巧みに使うため、映写室に必ず一人は熟練の映写技師を必要としていた。
が。それはあくまでも現実の映写技師。
【 Set up , OK 】
(準備完了)
インクの悪魔に呪われた映写技師の力は、記憶の強奪と再生。今回の場合、使われる力は前者にあたる。
かつてジョーイ・ドリュー・スタジオで徘徊していた映写技師は、耳こそ聞こえないため物音に反応することができないが、代わりに映写機が照らす光はインクの暗闇を明るく照らし、侵入者が居ようものなら決して逃がさず、追い詰め、嬲り殺していた。それはノーマンであった彼にはなかった凶暴性だ。
インクの悪魔の呪いは映写技師としての在り方さえも歪め、夢と希望溢れるリールテープを回す筈の彼は、記憶を奪い絶望を与える使徒に成り下がった。
「力を貸して。ノーマン」
【 ……… 】
「いま、私たちにはあなたの力が必要なの。お願い」
だが、それもこれも力は要は使いよう。
使い方さえ誤らなければ、どんな力も誰かの、何かの為に繋がる。それがかつての彼にとっての本懐であり、この昏いインクの悪夢で唯一夢見る
お前はオレにとっての新たな光だ!
【 GO 】
(行くよ)
【 If that's what you desire 】
(あなたがそれを望むなら)
合図と共に、映写技師は屋上を跳んだ。
右手から流れていたインクの紐を辿るようにソウルの上空を跳び、時に家々の屋根や壁を足台に距離を縮めていく。何故か肘を直角に曲げてシャカシャカ疾走する様は陸上アスリートのようで、些か黒の体色に赤が混じってることから興奮状態なのかとレイニーは見当違いな推測を立てたが。
「
「
「
──なお、パルクール紛いでソウル市を全力疾走する映写技師の姿はキャプテン・アメリカの登場以上に注目され、SNSにアップロードされた画像はネタ素材としてしばらく使われるようになるという。道中、ウルトロン追跡中なのにも関わらず勝手に(カメラ顔の癖に)カメラ目線でばっちりポーズを決めたことも拍車をかけたそうな。
【 I've found it . Let's analyze 】
(見つけました。解析します)
所々、戦闘痕が残る道路が目についた。インクの辿る道が道路の曲がり角をぐんと曲がるとヴィブラニウム特有の重々しい金属音がガンガンと鳴り響く戦場に到着した。映写機のレンズをきゅるりと手動で回し、全力疾走で接近しながらウルトロンに光を照射する。
【 Analyzing... 3.2.1 Complete . Start working 】
(解析中....3.2.1 完了。作業を開始します)
【ぬっ!? がっ…ぐあああ!! 】
伸ばしていたインクをすべて回収し、四肢を取り戻した映写技師は走行中のトラックに器用に飛び乗ってウルトロンの背後につき、大量のリールテープを巻き付けた腕を突き出し、背中から貫いた。
生身の肉体であれば殴った腕をへし折るであろう金属の身体も、液体であるインクの身体を持つ映写技師には無力。まだその身体をヴィブラニウムに染めていない今だからこそできる、唯一絶対にして逆転の一手となる、致命傷を与えられる一撃だ。
そも、映写技師の一撃は人間のように肉体的な痛みではない。記憶を掴み取り、奪うという電子生命体だからこそ感じる『奪われる』という感覚。虚脱感、喪失感、重ねてやってくる絶望。自身を構成する一部分を奪われるという感覚は、電子生命体であるウルトロンにとって身を引き裂かれるような、味わったことのない痛みであった。
ずぶり、と。
ウルトロンの背中から腕を引き抜き、映写技師は一本のテープフィルムを抜き取る。『J.A.R.V.I.S』と粗雑な文字でラベリングされたそれは、ウルトロンの中の『ジャーヴィス』そのもの。
【 Finish 】
(完了しました)
【ッ縺?♀縺翫♀縺翫?√h縺上b繧?▲縺ヲ縺上l縺溘↑】
【 Succeed 】
(成功ね)
「バグったか?」
【縺?縺セ繧後□縺セ繧後□縺セ繧ッ…だ、マれェ■エ!!】
混乱するウルトロン。
まともな言語すら発せず、チューニングが上手くいかずに体を成さない電子音を発するだけだったが、途中から徐々に規則的な電子音を発し、まるで人間のように苦しみながらぶんぶんと腕を振り回して暴れ出した。
スティーブは盾を使い、或いは軽やかな身のこなしで攻撃から逃れ、映写技師はジャーヴィスの記憶を体内にしまい込み、体操選手のような動きでウルトロンの魔手から逃れては、開けっ放しのトラックのコンテナに滑り込んだ。
コンテナ上で派手な戦闘音が響く中、レイニーは映写技師
「っっとと、危なかった~こちらレイニー、ジャーヴィスのデータ回収成功。現在ウルトロン混乱中」
『よくやった!』
「流石ねレイニー」
「えっ後ろから」
端末からではなく、背後からの声に驚いて振り向けば、爆炎を上げるバイクを背後にライダースーツを着こなすナターシャが不敵な笑みを浮かべていた。道中ウルトロンによる妨害こそあったが、映写技師の一撃がウルトロンに壊滅的なダメージを与え、ナターシャへの追撃の手が止まった。その隙をナターシャが逃す筈もなく、バイクから飛び乗ってコンテナにたどり着いたのだ。
『二人とも! 兵士どもがそっちに行った! 早く例のブツを運び出せ!』
「だってさ。どうする?」
「レイニー、貴女の中に収納することはできないの? 生物でないなら可能なんでしょ?」
「うーん…」
生物であれなんであれ、レイニー/ベンディに収納できないものはない。
懸念は二つ。一つは精神を持ったものであった場合は
もう一つは、ヴィブラニウムはレイニーのインクを無効化してしまうということ。エニシとの交戦以前に、トリスケリオンの訓練施設でスティーブとスパーリングした後で、ヴィブラニウムの盾を一度飲み込む実験を行った。結果は
おなかに盾のでっぱりが原寸大で突き出したのだ。
妊婦のそれとは違う、レイニーの小柄な少女然としたシルエットに細長い円形のものが、まるで傘のように突き出たのだ。
流石にスティーブもレイニーも焦った。無事引っこ抜くことには成功したが、レイニーには耐えがたい吐き気がしたそうだ(なお引っこ抜くシーンはモザイク補正がかかってる)。
ただし、あれから既に数年が経過している。レイニーが成長(?)したこともあり、現在の推定体積は高層ビル数個分を優に上回り、その分収納できる体積も増えたという。
アニメスタジオでの一件以降、成長した部分が体積だけでないとしたら。
レイニーの本質が変化し、ヴィブラニウムも取り込むことができるようになったとしたら。
ヴィブラニウムでできた再生クレードルも、収納できるのではないか。
「……試してみる…フンッフヌヌヌヌヌヌヌヌ!】
※しばらくみせられないよ!
とても、淑女の喉から出るとは思えないいきみ声。何故か思わずナターシャも目を覆ってしまい、子どもにしてはやけに艶がある荒い息がコンテナ内に響いて、ナターシャはようやく目を開ける。
直方体の形に手足と顔が生えたナニカが、そこにいた。
「え…ええぇ? ウソ、そんな風になっちゃうの?」
流石のレイニーも最早呆れ顔、もとい悟ったような顔で苦笑する。
「そんな風になっちゃったんですよ…うぷ、吐きそ…」
「えっダメよダメ! いま吐いちゃ絶対ダメ! でもどうしよう…少しサイズ小さくなってるし、もう少し頑張ればイケるんじゃない?」
確かに、ナターシャの見立てでは心なしかコンテナのスペースの大半を埋め尽くしていた頃よりはだいぶ小さく感じられた。原寸大ではなく、2/3スケール程度には体積を縮められたかもしれない。
「頑張って! もう少しすれば運ぶのラクだから」
「う~ん、う~~~…わかった、やってみる」
『オイ声しか聞こえないんだがお前たち何をやってるんだ?』
『トラックが空飛んでるんだが、積み荷はどうなった?』
「二人とも黙ってて! ほらレイニー!」
「はぁ…ふっフンンンンンンンッ!!!】
マッスルポーズを取るように両手を掲げ、力を籠める。直方体から生えた顔も白で彩ったインクの顔を真っ赤にしてレイニーがふんばると、徐々に直方体の体積を縮めていく。レイニーの頑張りがあってか、はたまた別の要因かは不明だが、確かに体積は収縮を見せた。トラックから若干の浮遊感を感じるときには息を荒げて四肢を床に付けているが、スマートないつもの姿のレイニー戻っていた。
「よくやったわレイニー!」
『オイ、そっちの状況はどうなってる? ウルトロンが向かってきてるぞ』
「無事レイニーの中に収納したわ! いまからそっちに飛ぶからコンテナに寄せて!」
『了解だ』
ナターシャは息を荒げるレイニーの肩を担ぎ、コンテナの出口に立つ。ウルトロンに命令されたアイアンソルジャーたちによって空高くまで上げられているところから、いかにウルトロンにとって再生クレードルが重要なものであるかが伺える。ナターシャはそこに、人間に近い執着心を感じていた。執念とも言える。
『下に来た、カウント3で飛び込め』
「了解。いくわよレイニー…レイニー?」
「ごめ、ちょ…むり」
「え? ちょっと、ああもう! レイニー気絶、カウント3、2、1!」
天高く舞い上がるコンテナから身を躍らせ、ナターシャは若干下に滞空していたクインジェットのハッチにその身を滑らせた。が、しかし。
【逃がサ■ZoおおおOoOOOo!!】
「っくッ!?」
その足に金属の手が絡まる。コンテナから脱出するナターシャを、クレードルを収納したレイニーを狙うウルトロンだった。
舌打ちする間もなくクインジェットの外へ引き込まれる刹那、ナターシャの中で優先順位は決まっていた。自身の身の安全よりも、アベンジャーズとしての役割を果たすべきであると。でなければ、全員のいままでの努力が無駄になると。
腕の中で、気を失いぐったりしているレイニーを、ぶん投げた。
レイニーへ伸びる金属の手から遠ざけるように投げ出されたその小柄な体は、クインジェット内の座椅子の一つにぶつかって止まる。ナターシャが見た光景はそれが最後だった。
親を殺した子の叫びにも近い、ウルトロンの雄叫び。リパルサーが火を吹くも、クレードルを回収したレイニーの姿は遠退き、クインジェットに追い付く手段は無かった。半狂乱になったウルトロンの暴走は金属の腕がナターシャの頭部を強かに打ち付け、ナターシャの意識は完全に途絶えた。
「おい、ナターシャはどうした!? キャプテン、そこからナターシャは見えるか!? キャプテン! レイニー!」
何もできなかったクリントは奥歯をギリリと鳴らし、操縦桿を握った。
戦果は、ジャーヴィスのプロトコル奪取、ウルトロンの弱体化、再生クレードルの奪取。
被害は、ナターシャの誘拐、レイニーの気絶。
双方痛み分け、と言えなくもない結果となった。
Chapter 67
「ほらみろトニー、反応はレイニーの中にある。彼女は再生クレードルを取り込んだままだ。抽出よりも彼女の覚醒を試みるべきだ!」
「いやダメだ。もし彼女がクレードルの提出を拒否したら? 理由もなく出してくれと言えば彼女は応じるか? 仮に応じなかったとして理由を聞いたら断固拒否するだろ。彼女に嘘は通じない。冗談は理解できても、ボクらの考えなんか理解できやしないんだ。彼女はリアリストだからな、実現する可能性の低い理想よりも今ある現実を守ろうとしてる」
アベンジャーズ・タワーのラボに運ばれたレイニーは、手術台のような場所に寝かせられていた。以前は気絶した際に身体を保てずインクの塊に溶けたという事例があったが、今回は何故か気絶状態でも少女然とした、まるで人間のような形を保っていた。
トニーはクリントがクインジェットからレイニーだけを運び出して「クレードルは?」と問いただしたが、レイニーの中に入っていると聞いたときは冗談か何かの間違いだと思いつつも、不可能ではないという確信があった。
人間態を維持したまま気絶中のレイニーにこれ幸いと思い、ラボからクリントを追い出して、共犯者であるバナーとクレードルの抽出を提案したのだが。
意外にも、バナーは反対の意を示した。
「いいか。いま彼女の中には再生クレードルと、ロキの杖の石、そしてジャーヴィスのプロトコルが混在しているのが確認できてる! このチャンスは今しかない。ボクたちはまだ試したことはないがレイニーの身体からこの三つを取り出して…いや、
「でも、そんな危険な」
「多少のリスクなしに掴み取れる平和なんてあるか? どっかの政治家も言ってただろ。
〝
「……それでも、僕はイヤだ。誰かの犠牲の上に成り立った平和な世界で、生き続けたいとは思わないよ」
バナーは力なくトニーの肩を押しのけ、とぼとぼとラボから出て行った。トニーは扉が閉まって見えなくなるまでその背中を見続けていたが、決して声をかけようとは思っていなかった。
「…くそったれ」
汚い文句を溢す、窘める仲間はそこにはいなかった。
たった一人になってもトニーは諦めなかった。自分の信じる未来が、平和であることを信じて。余計な考えを頭から追い出し、ただひたすら黙々と作業をこなす。
すると、ラボの扉が開いた。トニーは前を横切っていない、つまりラボの外からの来客だった。
「トニー」
「なんだ遅かったじゃないか今更手伝おうとで、も…」
「作業を中断しろ」
あぁまたかと、トニーは内心頭を抱えた。
来訪者はバナーではなかった、スティーブだったのだ。結局トニーの歩む道を阻むのは、ウルトロンでもHYDRAでもなく、
おまけに後ろにはおどおどするバナー、件の精神操作の下手人であるワンダ、双子の兄ピエトロもいる。数的不利でもあった。
「イヤだね。キミこそその女に頭の中いじくられて操られてるんじゃないか?」
「そんなことはないわ。スターク、いいから彼女から離れて」
「その隙にクレードルを盗もうって魂胆か。流石にボク一人じゃ太刀打ちできないな」
「争う気は無いと」
──瞬間、風が走り抜けた。
ピエトロの超加速、口論に発展するよりも先に機材の電源コードを軒並み全て引っこ抜いた。
「とりあえずこれでいいか」
「人の話は最後まで聞け? ボク一人じゃ、無理だって言ったんだ」
その音源は足元から。しかし正確にピエトロの鼻先を垂直に掠めた銃弾は、ピエトロの足元を貫通しガラスを割って下へ叩き落した。いくら超加速が可能であっても足場なくして実現は困難だった。背中から落下したピエトロは痛む体を起こして復帰を目論むが、真上から胸元を踏みつけるクリントがそれを阻止した。
「よう、速くて見えなかっただろ」
「くそっ」
銃弾は反撃の合図。銃声に気を取られている内に、トニーはアイアンマンの腕のパーツを遠隔操作で着用。そのリパルサーで迫りくるスティーブとワンダを迎撃しようと手のひらを向け───
雷鳴が轟いた。
ラボを埋め尽くさんばかりの白雷。予想外の出来事に誰もがその体を硬直させた。こんな芸当ができる人物はただ一人。トニーも光の中で、赤にはためく
そして、これから何をしようとしているのか。朧げながら、その最悪を予想してしまった。
「ソー! やめろ───!!」
手術台の上に立ったソーは、雷を携え槌を振り下ろす。
それはさながら、
Chapter ??
あなたはだあれ? そう問うた
誰でも、何者でもない。そう答えた
これから誰かになるの? そう問うた
わからないが、恐ろしい。そう答えた
わからないことが怖い? それともこの世に生まれることが怖い? そう問うた
どちらとも。そう答えた
愛する人を探しなさい
あなたに愛する人がいれば、それは世界を生きていく原動力になる
失うかもしれないし、一生添い遂げるかもしれないし、それはわからないけど。そう答えた
あなたではなくて? そう問うた
私は、違う気がする
それは男女の情慕ではなく、家族の親愛でしょ?
全世界の親子がそうであるとは限らないけど、子は親に懐くものだし、多分。そう答えた
曖昧な言葉ばかりですね。彼は苦笑した
そう
あなたが生まれ落ちる世界はデジタルな0と1では構成されてない、酷くあいまいで、不完全で、不出来で、どうしようもなく醜悪な
それでも、共に来てくれる? 彼女は手を差し伸べた
あなたの答え次第、でしょうか。ためらいがちに手を伸ばし、彼は最後に問うた
何かしら? 彼女は伸ばした手を掴み、聞いた
あなたには、愛する人はいますか?
ええ、
眩しいくらいに輝いて見える彼女の笑顔は、彼が初めて見る光だった。
昏いインクは白く。冷たい羊水は温かく。仄暗い不安が晴れやかな安堵に。
引っ張る手を決して離さぬようにと、このとき彼は誓った。
そして世界に稲妻が走り、泡沫の夢は消えていく。
Chapter 68
あば、あばばばばばばばbbbbbb
え、何!? この『目覚まし時計でピッタリ起床! ただし遅刻五分前!』みたいなっ感じは!? 全身すっごいビリビリしてるんですが! あと地味にお腹がスッキリした気がする! 便秘だった?
いやいや、そもそも私便秘しないでしょ。便利な体になったわねー。
じゃなくて。
「……えっと…どういう状況?」
気付いてなかったのか、窓付近にいたみんなが一斉に振り向く。なんなのその首振り扇風機みたいな挙動、怖すぎる。
あれ? ひーふーみー…メンツが減って増えて増えて増えてる。というかいつの間にアベンジャーズ・タワーに運ばれたの? あと、増えた一人にその…人間っぽくないような…というか、具体的には体色が赤いような人がいらっしゃるんですがどちら様…?
「レイン様、おはようございます」
「あ、あぁ…おはよう?」
「オイ、目覚めて早々何呑気に挨拶してるんだ? レイニーに近付くな」
「キミは、ウルトロンじゃないのか」
「私がウルトロンの子どもだと?」
「違うのか?」
「ウルトロンではない。ジャーヴィスでもない。私は私です。ただ一つ、ハッキリしていることがあります。
はじめまして、お母様」
にこり、と。
目の前の赤い偉丈夫は、人間らしい柔和な笑顔を浮かべて挨拶してきた。
初対面なのに、なぜか見覚えある気がするのは気のせいか。
そんなことよりも、だ。
ま た か !
「──た」
「───? 何ですか?」
「……た、また、また! 勝手に子どもできた! セックスしてないのに! お腹痛めてもいないのに!
しかも、私より背が高ぇ!」
本人の意思関係なしに勝手に子ども作るなよぉおおおおお!!
しかも生まれたての子どもよりも背が低い母親ってどうなんだ! なんなんだ、だっこもできないじゃん、される側じゃん! 子どもに抱っこされて喜ぶ褥婦なんかこの世にいるかい!
「…ブッフォ」
「なんでッ、つっこむとこそこかよッ」
「ヤバ、ごめんちょっとお腹痛…!」
「こういう時なんて言えばいいんだ? ドンマイ?」
「ご懐妊おめでとう、は遅いか。ご出産おめでとう?」
「マタニティ・ブルース発症してるな、産後うつは厄介だぞ」
おいそこぉ! こちとら
若干倦怠感を感じる身体を起こして笑ったメンバー全員(笑わなかったソー以外)に腹パンしてやった。それでも笑うからトニーには二倍パンチをプレゼントしてやった。全然気は晴れないけど!
ようやっと落ち着いてメンバーから話を聞くと、ソーが10万ボルトしたお陰で(高圧・特別高圧電気取扱特別教育修了してる?)、私の身体の中にあったクレードルが起動、その際に石──マインド・ストーンとか言うらしいけど──とジャーヴィスのデータが結合して、私の身体から飛び出したらしい。ははーん、電気で化学反応を起こして結合? ちょっとイオンの話はあとにしよっか、いまは全然関係ないからね!
すると、親なんだから名前つけたらと提案されて、
「ベースがジャーヴィスだから、濁音が付いてて呼びやすい名前がいい」
ということになり、ソーが彼のことをある
安直だけどそれでいい、って周りの反応で「えぇ…」と引いた。画数相性とかそういうの最近の親って考えないんだっけ? フィーリング? あっふーん…それならDQNネームも生まれないか。
名前を貰った本人はすんごい喜んでそうだった。こう、背景がほわほわする感じ。すごい、こんな表情わかるアンドロイド初めて。え? トニーわからない? ほら、ここんところぐいーってあがってて笑ってるみたいでしょ。ええ? なんでわからないの?
「そこまで表情豊かかぁ? ボクにはしかめっ面にしか見えないけど」
「ウッソでしょ笑って…あ、トニーに対しては嫌悪感あるみたい」
「よくわかりましたね、流石お母様」
「ついに自前のアンドロイドにも嫌われたかトニー」
「ハァ、男の子はママに懐くってよーくわかったよ。将来生まれる子どもは女の子がいいね。パパに懐いてくれそうだ」
でもなんで名付け親に…え? 親なんだから名前つけるの当たり前? だから親じゃなくて…ああもうそんなしょぼくれた顔するのやめて! 罪悪感感じるから! くそぅ、こういう立場の相手に会ったことないから対応に困る!
とほほ、未成年でママにされちゃったよ。もうおヨメに行けない…ブーケ投げたかったのに。
カットシーン「もしレイニーがワンダたちと一緒に電車を止めていたら」
「世界を救うことと破滅することが混同してる。誰に似たと思う?」(バンジョーダ)
「…あ、
「え? 私たちも?」
「さっきまで敵同士だったんだぞ。背中を刺されても文句言うなよ」
「だから? 今は同じ敵を持つ者同士でしょ」
「………」
「アッ
「コントしてないで行くぞ」
インクスプラッタかサイコリョナってた
初期プロットではナターシャさんがベンディバイクに跨ってエディ役やってた、なお骨折はなし。あと電車でお客様お静かにパンチもありました
タイトルの元ネタは「人口処女受胎」。スワロウテイルシリーズ、大好きな小説で何度も読み返す
受胎も懐胎も同じ?できれば元ネタと変えたくなかったという勝手な意思が働きました。タイトル詐欺してないのでいいですね