パラサイト・インクマシン 作:アンラッキー・OZ
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造物主は、われわれに目を、二本の腕を、そして頭脳を与え給うた。その目と、手と、頭脳とでわれわれのやることに、〈パラドックス〉などあり得ないのだ。造物主は、その法則を施行するのに、お節介な人間など存在しないのだ。法則は、自らそれ自体を施行する。この世には奇跡などないのだし、〈時代錯誤〉ということは、語義学的には、なんの意味も持っていないのだ。
Chapter 78
「……理由を聞いてもいいかね?」
ティ・チャカ国王は、やや声を潜めるように言った。目の前の少女の言動と表情があまりにも乖離してたからだ。
いかにも「承ります」と言いそうな笑顔での拒否──だが、ティ・チャカ国王は知っていた。笑顔とは、ある種の威嚇行為の一種であることを。しかし、ティ・チャカ国王が思うよりも非協力的な姿勢ではないように見えた。
「ん? そうですね…その前に」
カップの淵に口づけて傾けていたレイニーは一息つくと、テーブルに突いていた片手の人指し指でトントンと2回ほど叩いた。すると、レイニーの背部分のゴスロリ服の一部分がインクに還元され、千切れた頭部がクレーンのようなもので吊り下げられた片目のモンスタ───フィッシャーに変貌する。
小柄ながら忌避感を感じる化け物はわちゃわちゃと騒ぎ立てながら、レイニーの背後の空間に突貫。すると「きゃあ!?」と何もないはずの空間から悲鳴が響き、ティ・チャラ王子は聞き覚えある声に耳を疑った。
フィッシャーは空間に抱き付くという芸当を披露しつつ、壊れた機械のように暴れていると、やがて悲鳴は笑い声に変わり潜入者の姿が現れた。
「シュリ?」
「あは、あはははは! ちょ、ちょっと、くるし、くすぐったいってっ…! っははははははっは!! ひぃーっ…!」
「彼女の席も、必要かと」
小さく肩を揺らして笑うレイニーは余裕だった。
ティ・チャカ国王は目をつむって嘆息し、侍女を呼びつけて追加の椅子を用意。
ティ・チャラ王子は抱腹絶倒する自身の妹をフィッシャーから救い出し、息絶え絶えで呼吸困難なシュリを横抱きして連れて行き新たに用意された椅子に座らせる。その際に背中部分が露出して黒いゴスロリ服が映える、レイニーの健康的な白い背中が目に入って思わず生唾を飲み込んだ。
レイニーはいまだ暴れるフィッシャーをインクに還元し元に戻すと、くすぐりの影響から脱した様子のシュリを見てから、話を再開させる。
「もういいかしら。ええと…シュリ、さん?」
「ええいいわよ。まったく…自慢の発明品で隠れながら接近してたのにバレるなんて。どんな手品使ったの?」
「殺意も敵意もなかったけど、この二人同様〝黒猫〟が見えたものですから」
「なるほど。だが、何故彼女の同席を希望したのだね? 盗み聞きする案件ではないことはわかるが」
「えーっと…シュリさんって、多分何か凄い地位に就いてたりしますよね? 先の発明品といい、国王様の直系といい、そう思っただけですが」
「私はこのワカンダで技術開発チームのリーダーに就いてるわ。ワカンダ・デザイン・グループっていうの。兄のスーツやいろいろなものを開発・発明したりしてる。それにヴィブラニウムの加工技術も腕に自信があるわ」
「なるほど。では…〝サブマリン
レイニーの発言にシュリは息を飲んだ。
その単語に聞き覚えがないティ・チャラ王子はともかく、諸外国との国交に一日の長があるティ・チャカ国王はレイニーの言わんとしていることを理解した。
──サブマリン特許とは、特許の有効期間が
水面下で潜水艦の如く潜航し、成立と同時に急浮上して権利を主張しライセンス料を請求することから名付けられており、米国では先発明主義を採用していただけでなく、特許の概念が幅広く、特許侵害を強く訴えられた。
レメルソン特許がいい例だろう。画像処理に関する技術から、映像・音声同時処理技術、バーコード処理技術など約450の技術特許を取得、1950年代に出願されてから40年近くまで出願補正を繰り返し、約50年間特許権を独占していた。
「それは、数年前に改正されたと聞いたが」
「はい。いまだ米国では別枠の軍事特許が働いていますし、改正案が施行される以前のものが残ってます…決して少なくない問題を抱えつつありますが、昔よりサブマリン特許を利用しにくい環境下にあります」
米国は既に特許の非公開制度の活用に伴う経済力の強化を終えたと判断し、特許公開制度に方向転換している。サブマリン特許は貿易摩擦の厳しい時代だからこそできたものであり、現在は国と国が手を結んでいく時代である以上、他国との軋轢を避けるには必要な措置であった。
「もしかして、私たちがそれを利用しようとしてることを危惧してるっていうの?」
「いいえ──」
「ならば」
「私が言いたいのは、少なくとも
レイニーは空中にインクの水滴を生み出し、それをふよふよと浮かせて見せた。知的好奇心が強いシュリは、真剣な話の最中だというのに思わず夢中で観察し始める。
「今日初めて貴国の驚異的な技術を目の当たりにしてきましたが、ハッキリ言ってワカンダの技術は文明の
本来のサブマリン特許の弊害は長期間の特許独占ですが、私としてはもう一つ、〝技術間の過程の喪失〟を問題視しています」
レイニーはもう一つのインクの水滴を生み出し、少し遠く離れた場所に浮かせて見せた。
「あちらのインクが現在の世界中の技術、こちらがワカンダの技術だとします。もし現在ワカンダの技術を開帳してしまったら──」
「…我が国の技術が独立し、過去の技術との繋がりが絶たれてしまい、その間の技術が喪失してしまう、ということか」
目頭を覆いながら告げるティ・チャカ国王の言葉に、レイニーは頷きで肯定した。
「それぞれの時代にはその技術に応じた
私が考えるに、これが
「…ちょっと待って、別に技術の飛躍は悪いことばかりじゃないわよ。そりゃ確かに…どっかの技術者も、
〝
とか言ってたみたいだけど、そんなの後から周りの研究者が解析して解明して広めればいいじゃない。階段を一段や二段飛ばししたぐらい悪くないんじゃないの?」
「シュリ…お前、科学者なのに一番重要な点が抜けてないか?」
「いや…ワカンダが長年国交を閉じた状況下だったからこその弊害だ。我々にも落ち度はある。それに、私でさえもたった今気付かされたくらいだ」
鎖国状況下というのは、他国からの技術・文化の輸入が制限されると同時に
特に、ワカンダではヴィブラニウムという宇宙由来の希少鉱石が隕石によって齎されたことで生まれたアドバンテージが拍車をかけた。それにより外界とは隔絶した技術格差が生まれ、
「──アーサー・
地球の歴史を24時間に換算した時、私たち人類の誕生は1分前という話もあります…更に数秒で、地球の環境はおろか生態系も変化してて、人類の道具も衣食住も、生活の全てが激変しました。そう、〝激変〟です、変化どころではありません。これが人類特有の特性かは私も測りかねますが…とても、自然な間隔と考えられません。我が身を取り巻く技術が産み出した産物でさえも、間隔だけでなくその順序まで見誤るのは、極めて危険なのではないでしょうか」
遠くに浮かせていたインク同士を合体させると、合体させられたインクは綺麗な球体から棘々しいものに変化し、まるで生き物のように苦しむような挙動を見せていた。これが、もし依頼を承った先に予測される未来の世界だと、レイニーは目に見える形で示した。
圧倒的と言わしめる技術の流出は、いままで木々の成長のように変化してきた歴史を、風習を、道徳を、倫理観を、価値観を歪めるに足る劇物だ。
「…〝必要は発明の母〟と言うな。ならば、世界はその〝必要〟があってこそ技術を手にするべきだと、そう言いたいのだな?」
「はい──例えば、もし猿が銃を手にして〝引き金を引いたらその先にいる同士が死ぬ〟というその程度の見解しか得られず、それ以降の理解をやめて完結してしまったら? はたしてその文明は
それは文明の発達どころか飛躍ですらない。
「…なるほど、だからキミは先の依頼を受けることを断ったのだね。これからの人類の為に、危険を考慮して」
「……はい。技術の一人歩きほど恐ろしいものはありません。だからこそ私たちがその動向をいち早く察知……平たく言えば、ヘッドハンティングですね。トニーのように埋もれた知的財産を発掘するのが上手な人もいますが、彼は…その、技術の扱い方と伸ばし方に偏りがあると言いますか…」
トニーの過去の振る舞いを思い出したレイニーは思わず額を抑えた。
〝頭痛〟という痛みはないはずだが、レイニーという魂が抱いた、トニーに対する精神的ストレスの表現が、こうして態度として表れたのだ。勿論、これでも
すぐさま、王族の目の前という現実に立ち戻ったレイニーは軽く咳払いして、頭を下げた。
「…大変、失礼な振る舞いであったと反省しております。どうか、寛大な処置を」
「いいや、この際無礼講で構わん。オコエがいたら叱り飛ばしていたがな。こっちも娘を隠れて待機させていたのだ。お相子だよ」
からからと笑うティ・チャカ国王の言葉に、シュリは思わず赤面した。それは自ら勝手に行った
(──すごいな。彼女はよく時勢を、世界を広く見ている。少なくとも我々よりは)
一方で、ティ・チャラ王子はレイニーの指摘に舌を巻く思いだった。ワカンダは確かに長年鎖国状況下にあったが、それでも他国の動向に無関心というわけではなかった。寧ろワカンダは継続的に秘密工作員を他国に送り込み、それぞれ動向を探り、監視してきた。他国との折衝を考えて、絶えず情報収集をしていた。
ただ、理解が不足していた。先にレイニーが言ったように、その情報から考えられる予測に対する理解が止まっていたのだ。
レイニーは地球の未来予測に見立てたインクを回収すると、再びテーブルのカップを手に取り口に付ける。もう中身は熱を失っていた。それを確認して漸く自分が
「…前置きを忘れましたが、これはあくまでも私の勝手な推測です。誇大妄想、とまではいきませんが、それでも危険な状態であると考えられます」
「どういうことだね?」
「国王陛下が──もしくはワカンダの先代、先々代国王が、こうなることを予期していたからこそ、今の今までワカンダの技術流出は
「ウルトロン。いや、正確にはそれに片棒を担がされた彼、だな」
ユリシーズ・クロウ。
奇しくも、彼の存在によりヴィブラニウムの有用性が大体的に世界に周知され、ウルトロンが引き起こした『ソコヴィア事件』を目の当たりにした各国はヴィブラニウムを手に入れようと早くも画策し始めている。
国の情報機関も馬鹿ではない。いずれはヴィブラニウムの出所であるワカンダに辿り着き、そして珠玉の技術を奪おうと躍起になる未来も、想像に難くない。
「〝必要は発明の母〟──国王陛下は、先にそうおっしゃいましたね」
「──? うむ、そうだな」
「……正直、私は現状どうすればいいかわかりません…ですが、いま世界は混沌の渦中にあります。ニューヨークのチタウリ然り、アスガルド、それにクリー人たる存在、まだ私たちが認知していない宇宙人も。今や地球は地球人だけの文明だけでなく、地球外の生命体と文化交流の段階にあります」
「その流れに、便乗する形ということかね?」
「率直に申しますと、そうなります。幸いにも地球外文明との交流は
「陰謀や欲望ではなく、人類が純粋に私たちの力を求めると言うのか」
「その通りですティ・チャラ王子。ですが、ここから先は貴国が選択すべき事案かと。地球外文明との介入を前に、ワカンダの技術を開帳すべきか。それとも地球外の文明を受け入れて落ち着いた頃、ワカンダの技術を開帳するか。
なので──その技術を軽率に扱うべきではありません。私の依頼に対する報酬には余りあるものです、畏れ多くて引き受けられませんよ」
たかが人探しですし、と付け加え、レイニーは悪戯っぽく舌を出して片眼を瞑り、小娘らしく笑った。
「ですが……そうですね、『アベンジャーズ』としてではなく、『レイニー・コールソン』としての依頼であれば、ご依頼承ります」
「そ、そうか! いや、それはよかった…この話の流れでは全否定されて終わるところだったから、ヒヤヒヤした…」
「兄さん?」
「ハッ」
レイニーの言葉に緊張が途切れたのか弛緩するティ・チャラ王子。妹のシュリに指摘されて思わず我に返った。ティ・チャカは大柄な体を揺らして笑った。
「そうとなれば、個人的な報酬が必要だな。さてどうしたものか…」
「それでしたら……いえ、あの、
先ほどの威風堂々とした様子とはうって変わり、本当に見た目通りの少女然とした振る舞いで、レイニーはおずおずと挙手した。
Chapter 79a
「まさか、
「何をするつもりだ? 監視付きで構わないと父には言っていたが」
「いえ、少々ニューヨークで
「敬語。いらないから」
「レイニー、今の我々にそう畏まらなくてもいい」
「……それじゃあ、遠慮なく。別に、私は
「え、うわ、なにこれ…あっ、もしかしてヴィブラニウム!? 凄い量! というか、今までどこに収納してたの!?」
「……これは驚いた。これで、一体何を」
「詳細は後で話すわ。そのために、貴方たちの力も必要だし。まぁ、だから代わりに…」
「そうそう! まだ帰るまで時間あるんでしょ? 私の研究室でいろいろ調べさせてねその身体!」
「うーん…まぁ、あまり有益な情報は得られないと思うけど…トニーみたいに悪用しないなら」
「しないしない大丈夫! それに〝外〟の科学より発達してるからより正確に解析できるわ! 最初のインクの化け物とかどうやって出したの!? 複数魂を持ってるって霊魂的なもの? それとも魂を物質化しているの? もしそうなら物質化のプロセスを解明できるかも…? それにこの大量のヴィブラニウムを収納したってどういう原理!? インクに物質を圧縮する性質でもあるのかしら? それならインクは既存の法則と異なる…ううん、文字通り塗り替える性質を帯びてるってことになるわね。そのインクの状態で貴女自身はどうやって成長してるの? どれくらい再現されてるかしら? 色は? 感触は?」
「ヒェ」
「おっと逃がさないわよ。心配しないで、痛い思いは……多分! 無いと思う! 個人的な契約なんだからね、約束事よ約束。なんてったって今日しかないんだから。隅から隅まで余すことなく検査させて貰うわよ!」
「…オージ様、助けて! シュリがすごいコワい目で見てるんだけど!」
「すまないが…その状態のシュリは俺にも止められん。諦めてくれ」
「」
Chapter 79b
「ハロー、どうしたのお兄さん? 随分顔色悪そうじゃない」
「……誰だアンタ」
「呼ばれて飛び出てベートーベン! エニシ・アマツただいま参上! HYDRAの幹部って言った方がわかりやすいかしらぁ?」
「……で? 何の用だ」
「つれないわね~せっかくいい話用意してきたっていうのに。もうワタシ涙ちょちょ切れで泣いちゃうわ~」
「…要件を言え」
「超人血清欲しくない?」
「要らん」
「ええっ!? 復讐したいんでしょうアベンジャーズに。あの『ヒョロガリ』スティーブ・ロジャースが『ムキムキマッチョ』キャプテン・アメリカになったっていう、時代遅れだけど超人パゥワーが得られるスーパーアイテムなのに~、一流のバスケットプレイヤーだって『いいからドーピングだッ!』な時代なのに~」
「要らないと言ってる」
「あっ……そう。じゃ~これどうしようかな~療養中のカレにでもあげちゃうか~」
「……もう用はないな? いい加減失せろ」
「まぁまぁ、袖擦り合うもダイナミック無礼千万手打ちでごわすッ! って言うでしょ~? ワタシの話を聞くだけでも多少、アナタの復讐の手助けになるんじゃないかな~」
「消えろ」
「『トニー・スタークの両親の死』『スティーブ・ロジャースの親友』この二つに接点がある…としたら?」
「……何? 」
「そうね、他には……『S.H.I.E.L.D.の極秘文書の解読方法』『元HYDRA幹部の潜伏場所』あとは……
『ベンディの秘密』とか? あーこれダメね、億積まないとあげられないわ」
「ドルか?」
「