パラサイト・インクマシン   作:アンラッキー・OZ

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ゲヰトウヱヰ

「はい、それこそ、わたしのいう、生きているってことです。そして、わたしにある最高の推測的観測からすれば、わたしはそれが非常にうらやましいんです……」

ジークフリート/ゲイトウェイ

 

 

 

 Chapter 80

 

 

 

「キミは、見た目にそぐわぬ聡明な子だな、レイニー」

 

 ん? とハイテク飛行機の窓下の景色から視線を移すと、正装に身を包んだオージ様が頬杖を突きながらそう話しかけてきた。

 

「キミのプロフィールは部下に調べてもらった。今年で14歳だそうじゃないか。普通に生きていればまだキミはハイスクールに通っていてもいい歳だ。なのに、既に最終学歴が大学卒業ときてる。妹に負けず劣らずの才覚だよ」

 

「私だって、好き好んでこんな風になったわけじゃないわ。ただ、()()()()()()()()()

 

「選択しなかった?」

 

「ええ、ベンディに問われたわ。契約する代わりに助けると。でも、私は怖かった。死んだ人間が生き返るなんて禁忌、幼い私にはそれを選択することも、拒否することもできなかった。だから、悪魔は暴走して好き勝手にさせられた。その結果がこれよ」

 

 身体の半分を黒く、インクの、本来の姿に戻して見せる。

 これでも、まだ半分。本当は真っ黒で無機質なインクの液体こそが私なわけだから。人間と同じように見せている私の姿が擬態そのものだもの。

 

「いまでさえ生者と死者の憎悪を喰らってるけど、悪魔の乗り物(皮袋)として生まれ変わった時点で、多くの人間の魂が混ざってしまった」

 

 結果として、(レイン)の人格は千々に千切れて崩壊し、数多の魂と一緒に歪な形(ベンディ)の人格となって再構成された。

 もう、在って亡いような存在。私が、本当に私なのかもわからない。

 

「それに…環境、というのもあるかも。分不相応の力を持ってしまって、ただの子どもで在り続けることを、環境が、時代が赦さなかった。結局子どもは周りに流されるだけ。だから、年齢以上に無理やり賢くなって、力を付けて、いまの私はここにいる」

 

「……そうか」

 

「…あ、いま「そんな体験をする子どもが生まれないようないい世界にしなければ」とか思ったでしょ」

 

「おいおい、キミは心の内の声も読めるのか? すごいな」

 

「どうも。ま…それでこそ次期王様としての当然の思考回路よね。どうしたって治める人の治世によって下々の民の人生は左右されがちだもの」

 

「私が王位に就いたら、是非ともキミを相談役として我が国に迎え入れたいね。歓迎しよう」

 

「「御冗談を」」

 

 あら、おこわいお姉さま(親衛隊長)と台詞被っちゃった。私は勿論ジョークとして受け取ってるけど、お姉さまは違う見たいね? おぉ怖い、そこらの獰猛な獣でも黙らせちゃえそうだわ。

 こう、キッ! と。威嚇と敵意剥き出しでガァ~って感じで。こわぁ~い(棒読み)

 

「そういえば、父にもう一つ頼みごとをしていたみたいだが…十分な成果は得られたのか?」

 

「……ええ、そうね」

 

 嗚呼、その話題は。

 その話題は、できれば誰とも話したくないんだけど。

 

 

 

「おはようコールソン、少しいいかね」

 

「あ…あー…国王、おはようございます。すみません、ずっと身体弄りマワされてちょっと疲れが」

 

「いやいいんだ……これが、例の調査資料だ」

 

「ロシア語ですね。『実験成果報告書』? たった一晩でこんなに」

 

「……ああ、すべての報告書を調べられたわけではないが、これで十分だろう…キミの母君、エニシ・アマツは30年前にクロウが密入国した際に便乗した者の一人だった」

 

「…あんのクソババアめ。そのときヴィブラニウム盗ったな」

 

「実は、その後も警戒を緩めず彼女の監視と情報収集は怠らなんだ。14年前、病院で暗殺されるまではな」

 

「? でも結局生きてるから継続的に監視していたんですよね?」

 

「…いや、エニシ・アマツは本当に死亡している。死亡届も記録に残っていた、死体の歯型も治療痕が一致していた」

 

「……それじゃ、歯茎全部刈り取って偽の死骸に移植させたってことですか? あ、いやどうだろう…この前ぶん殴ったとき入れ歯って感じしなかったかも…」

 

「我々としては、何者かがエニシ・アマツの名を騙ってると踏んでいる。14年前の暗殺以後、監視対象から外していたのだが、ここ数年その名が以前より広まっている…この報告書が、カギかもしれん」

 

「……『代替計画(план суррогат)』…え?」

 

「聡明なキミなら、真実に辿り着くのも容易だろう…だが、覚悟したまえ。必ずしもその真実が──」

 

 

 

 そこから先は、ちょっと覚えてない。

 ちゃんと、最低限失礼ないように対応はした気がする。ただそのあと出された朝食はメニューも味も覚えてない。侍女にすっごい心配されたけど、シュリさんに付き合わされて疲れたって言ったら察してくれた。いや察してほしくない内容だけど。

 資料はインクの身体に収納してるからいつでも読める。オージ様に断りを入れてから、誰にも見られない角度で渡された資料を取り出して開く。何故か端っこにある、黒く滲んだ林檎マークの判子が目に付いた。

 

 コクオー様から貰った書類は、現役時代(HYDRA最盛期)に母が主導で行われたある実験の報告書だった。所々歯抜けされていて、その研究成果のすべてを確認することはできなかったけど、数段階にチャート化された研究がトントン拍子で進んでるところからすると、その段階全てが成功していたってことになる。

 実験段階は主に四段階に分けられてた。

 

 第一段階『脳の解析』

 第二段階『思考回路の人工制御』

 第三段階『無作為抽出された被検体による代替実験』

 最終段階『代替存在の確立』

 

 第一段階は、脳の解析そのまんま。

 人間の人格形成や思考がどのような営みで行われているのか、そしてどんなプロセスで自我形成と自己の連続性を保っているかを()()()()()で調べる、というもの。

 外科的って点でもう「うわぁ」って反応したいもの。だって、研究当初は現在みたいに最先端技術で脳の開頭とかできる時代ではなかったし、HYDRAのびっくりマシーンでも被検体の命を保証するものではないことは明らか。つまり死ぬ。

 ただ、どういうわけか初期の被検体となった人は死亡が記録されてるけど、途中からその表記が消えてた。考えたくないけど、母が被検体となった人間を()()()()()()()()()()()()()()()()と考えると、そら恐ろしいことこの上ない。

 被検体の名前がロシア系よりもドイツ系が比較的多かったのは、殺してもいい素材を確保できたのがドイツだったんだろうね…名前のリストだけでも600は下らない。死刑囚か、法に当てはまらない無国籍の人間とか。ありそう。

 

 第二段階は、外部からの人間の行動の指向性を調整するといったもの。

 実験では、音や光のリズムなんかで人間の感覚野から働きかけて思考を誘導し、平たく言えば体のいい操り人形にするというものだった。第一段階の脳の解析によって、HYDRAは人間の脳のメカニズムの解析に成功、どんな刺激を施せばどんな反応を起こせるのかを科学的に解明して、その実地試験として思考制御に踏み切った、と考えるべきか。

 

 例えば、私が以前ピアースに見せられた洗脳DVD。その研究の末にできたものを現代ベースに調整したものだと考えられる。

 他にも……以前、ワシントンで交戦したバッキーさんなんかもそうかも。資料によると、薬物投与で思考能力を奪ってから、特定のキーワードを何度も刷り込む(インプリンティング)することで忠実な兵士に仕立て上げるというものがあった。

 

 感覚野からの刺激による洗脳は極めて原始的なものだし、何より時間もコストも掛かるけど、その分強力なもので、研究終了後も別のグループが独自に研究を引き継ぐ、って報告で締めくくられてた。一般人やS.H.I.E.L.D.の構成員の何人かも、これで寝返られた可能性は高いね。

 

「……」

 

「どうした? 酔ったか?」

 

「…いや、なんでも。ちょっと目が疲れたかも」

 

 ……第三段階に関しての資料は、コクオー様から貰った資料よりも家で見つかった資料の方がより詳細だった。尤も、その段階ではどういう意味合いの資料かわからなかったけど。

 

 家で見つかった資料は『被検体の活動記録』だった。

 無作為に選ばれた一般家庭の人間を別の、HYDRAが用意した人間と入れ替えて監視するというもの。それを読んだときは、てっきりドッキリ番組でよくある「実は別人でしたーキャッキャッ」とか、HYDRAにしてはお茶目な企画かと思ってたけど、今回の資料と合わせると別の意味合いに変わってくる。

 研究初期は『失敗(ошибка)』の赤字がずっと続いてたけど、段々『成功(успех)』の黒字が続いていて、インクの身体が震えた。

 

 この実験のネックなのは、()()()()という点。

 一般家庭ということは、当然夫と妻がいて、もしかしたら子どもだっていたかもしれない。当然働いていれば職場に顔見知りはいるし、普段話す人もいる。

 もし、目の前の人間が実は別の人間だとして、顔は勿論、声や口調、仕草、態度がまったく一緒だったとしたら、気付くことができるだろうか。

 

 集団がいつも通り接してれば、気付けない。

 勘がいい人は、気に掛けるかもしれない。

 家族ならば、気付くかもしれないけど、気のせいと見過ごすかも。

 

 この実験の恐ろしいところは、本人ではない誰かといつも通り接してしまう人々よりも、被検体となった本人が、本人だと思い込んで生活してしまってるってところ。

 多分、第二段階で思考の調整に成功してしまってるから、被検体の記憶を一度消去して成り替わる別人格の記憶の移植する段階に着手して、その実験段階なんだと思う。

 整形手術だって難しい時代のはずだけど、資料の中には骨格や顔の整形だけでなく()()もあった。予想通りはやめてよ、と思ったら次のページにグロ写真あって思わず吐き気が…する、気がする。代替に選ばれた対象の顔を文字通り()()()移植した手術後写真が、ちゃんと資料に残ってた。

 

 そして、第四段階。

 ……コクオー様から貰った資料にあった研究成果には、ニュージャージーで出会ったゾラのことも書かれてた。

 

〝1972 被検体アーニム・ゾラ 実験成功〟

 

 ゾラは、自らの思考プログラムを約6万メートルの磁気テープコンピュータに移植することで、後のHYDRAの頭脳としての役割を果たし、あの厄介なインサイト計画まで立案・実行した。

 もうその時点で、エニシ・アマツは人間の脳の解析・別媒体への移植に成功してた。ただ、最終成果の資料はなかった。ゾラが言っていたアーカイブの研究データにそれがあるのか、それとも、()()()()()()()()()()()

 

 これまでの資料と関係者の証言。エニシ・アマツの研究テーマ『代替』と『半恒久的な人類の継続』。ここから考えられる仮説は二つ。

 

 一つ、エニシ・アマツ本人は死亡したけど、別の人物にエニシ・アマツとしての人格と思考を脳に移植させ代替存在として引き継がせた。

 これは、かなり信憑性が高いと思う。私が出会ったエニシ・アマツはミイラみたいな包帯だらけだったから、明らかに全身の整形手術か皮膚移植でもしてエニシ・アマツに仕立てた可能性が高い。ただ、コクオー様から貰った資料じゃ、14年前のエニシ・アマツの死亡原因は脳天への銃撃で、即死だったらしいから、都合よく無事な脳片が残ってたかと考えると微妙。ただ、無機物に思考プログラムを移植することには成功してたから、無機物から脳への移植手段が確立していたとしたら、実現している可能性は高い。

 まぁただ、仮にこの仮説が正しかったとして、〝被験者〟がエニシ・アマツを名乗る者であるなら、この実験の〝観測者〟は誰なのか──ということになるけど、それはひとまず置いておこう。

 

 あと、もう一つは──

 

「着いたぞレイニー。ニューヨーク州北部、旧スターク・インダストリーズ倉庫…の、上空だ」

 

「新しいアベンジャーズ基地。ここまでありがとうございます」

 

「いや、こちらこそ有意義な時間を過ごせた。しかしいいのか? 現段階では我々の存在を隠すため敷地内に下りず、高高度で滞空状態を保っているが…かなりの高さだ」

 

「心配無用です。いつもS.H.I.E.L.D.のミッションではこれくらい日常茶飯事だったので」

 

「そ、そうか…苦労してるんだな」

 

 すっごい気遣われた。

 

「今度は、プライベートな話もしたいですね」

 

「それは良い、ワカンダはいつでもキミを歓迎するよ。連絡先はシュリから聞いてるだろう、一報あれば迎えを寄越そう」

 

「えっ本当ですかありが」

「話長いさっさと降りろ」

「あ゙」

 

 とん、と柄尻で胸元を突かれて──あ~空が青くて綺麗ですね、もう死んでもいいわ…じゃない。落ちた、落っこちた、落とされた! あっハイテク飛行機見えない! ガチステルスだ!

 くそぅ、あの近衛隊長煽られ耐性なさすぎでしょ! いや、私が揶揄うのも悪いけどさぁ! あ、もしかして、トニーのせいでジョークの基準が一般からズレてる…? やばい、毒されてる。治さなきゃ。

 標高は5千より下だから、ソコヴィアの時よりはマシだけどどうしよう…このままだと、全身叩きつけられてお身体がハレツしてしまう! S.H.I.E.L.D.のミッションで高所落下する時は、サイフォン効果の応用で先行してインク垂らしてから身体を移動させてたけど、今回はガチ紐なしバンジーだからなぁ…どうしたものか。

 

【お母様?】

 

 え? ヴィジョン? 直接脳内に…!?

 

【はい、あなたの息子ヴィジョンです。真上でお母様の反応をキャッチしたのですが、ソコヴィアから戻られたのですか?】

 

 脳内(?)から声が聞こえてきた。幻聴? じゃない…マインド・ストーンの影響かな。大体石のせいにすれば不可思議現象も解決だ。

 

【えーッと、これで聞こえる?】

 

【はい、感度良好です。お迎えにあがりましょうか?】

 

【あー…そうね、現在進行形で真っ逆さまだから、着地任せた】

 

【お任せください】

 

 新アベンジャーズ基地の屋根が見えたところで、見覚えのある赤い息子が飛んできた。

 ああうん、息子、息子…息子かぁ、息子に着地、いや違うそこじゃない、息子、なんだなぁ。

 真っ逆さまに落下する私の真下に陣取り肩からキャッチ。そう、まるでキャッチャーミットに収まるボールの如く、すっぽりと。

 

「お迎えご苦労さま」

 

「礼には及びません。そういえばお母様、空を踏めるようになったのですからその力で着地できたのでは?」

 

「アレ未だにどうやったか覚えてないのよね…」

 

 ウルトロン(改)を破壊した際に、ベンディが空を踏んだことは覚えてる。多分、吸収したピエトロの力を使ったんだろうけど、生憎まだピエトロの力というものを自由に発揮できるほど練度が足りない。こればっかりは鍛錬しかない。

 私、手に入れた力を練習もなしにすぐに使えるほどすごぉい化け物でもないので! いや、世の中にはそれが平然とできる人の方が多いからね、そこは私自身の才能の無さかな。

 

 ()、か。

 

「お母様?」

 

「…ううん、何でもない」

 

 ヴィジョンがゆっくりと地面に降り立つと同時に私もヴィジョンから降りると、私の帰還を察知したワンダちゃんを筆頭に玄関口からメンバーが走ってきた。

 

レイニー(義姉さん)! 帰ってきたのね!」

 

「戻ってきたか。定期連絡が23時間途絶えたから、あと1時間連絡がなければ迎えに行ってたぞ」

 

「おいおい、新生アベンジャーズの初任務が仲間のお迎えか? そういうのは地元の警察にでも任せとけよ」

 

「いいんじゃないか? ソコヴィアの復興手伝うのも悪くないだろ」

 

「レイニー、後始末はどうだった?」

 

「すまないね、キミ一人残して…いや、キミにも心を整理する時間が欲しいって話だったね。少しは、落ち着いたかな?」

 

 ワンダ、スティーブ、ローズ中佐、サムさん、ナターシャさん、博士。

 トニーとソーは…この場には、いないみたい。まぁ二人とも忙しい身だし、私が帰ってくるまで待てなかったのかな。クリントさんは結構重傷だったから、まだ療養中だろうね。

 

 でも、それでも。

 私には、帰りを待ってくれる人たちがいる。

 それだけで、私は幸せだ。

 

「「「おかえり、レイニー」」」

 

 ああ、そうだ。

 ワカンダで貰った資料から考えられる仮説、もう一つ。

 

「うん、ただいま。みんな」

 

 ──()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 Chapter 81

 

 

 

「それじゃ、レイニーはこの部屋だ。隣はワンダ、反対側はヴィジョンの部屋になってる」

 

「タワーに持ち込んでた衣類と私物はある程度運んであるわよ」

 

「ありがとー」

 

 スティーブとナターシャに案内されたレイニーは与えられた私室に入る。仮倉庫であったのがウソのように思えるほどの豪華な、それこそ一級ホテルの一室のような間取り。明らかにレイニーの持ち込みではない、全室に当たり前のように飾られている調度品、芸術品の類。

 昨日今日と煌びやかなものに囲まれていたレイニーだからこそ、まだ()()()と言えるが、それでも豪邸に勝るとも劣らぬ部屋だった。ベッドの隣にはナターシャが言っていた荷物が梱包して積まれていた。

 

「ふぅ」

 

 ぽふり、とベッドに座る。低反発の感触は心地よく、疲れた身体ならぬ〝心〟を微睡みに誘う魔力があった。

 約1週間ほど、何の補給も無しに、それこそ飲まず食わずでウルトロンが強奪し組み上げ、そしてソーが破壊したヴィブラニウムのパーツを拾い、生きている被災者を探し、遺族の憎悪を啜ってきた。おまけにワカンダへの招待と王族との対談、極めつけはエニシ・アマツに関する資料。

 

「………」

 

 レイニーは、おもむろに後頭部をなぞる。

 インクで再現された髪はインクとは思えないほどサラサラした質感があり、その奥を掻き分けると頭部に触れられる。

 ぐにと、強く押し込むと人肌の弾力はインクに呑まれてしまい、それ以上の感触は残らない。

 痛みはない。切れ込みが無ければ、切開した痕跡さえも無い。だがそれはインクの身体だからだ。

 

 ──先の、レイニーの推測は、あながち的外れというわけではない。突拍子ない訳でもなければ、後先考えない作家がとって付け加えたようなご都合主義の後付け設定、というわけでもない。

 

 そもそも3歳という年齢で6ヶ国語をマスターできること自体おかしい。アベンジャーズメンバーだからこそ()()()()()()()()11歳で宇宙から来た侵略者と戦う子どもなど普通はいない。

 ベンディという悪魔に肉体を奪われ魂を陵辱され、至高の(ソーサラー・)魔術師(スプリーム)の称号を冠するエンシェント・ワンに師事されたとはいえ、並大抵の子どもにできることではない。ワシントンでの一件まで〝正義〟の意味を知らなかったレイニーが、〝根性〟という精神論だけで今まで研鑽を積み重ねて強くなった、というのも説得力としては薄い。何らかの〝外的要因〟が、ないはずがないのだ。

 …一重に、レイニー本人に備えられた生物由来の生存本能、と解釈できない訳ではないが。

 

【ワンダー? いまひまー?】

 

 レイニーは試しにヴィジョンと同様の方法で、体内のマインド・ストーンのエネルギーを意識して心に語り掛けると、少しして部屋のドアがノックされた。レイニーがどうぞ、と言うと、部屋に入ってきたのはワンダだった。

 

「義姉さん? いま呼んだ?」

 

「呼んだよ。これ便利ね」

 

「驚いちゃったわ。こんなことできるなんて」

 

「…うん? ヴィジョンとはやってないの?」

 

「できないわよ」

 

 つまり、今のところ意識の交信──便宜上〝念話〟と名付けるが──の『送受信』ができるのはレイニーとヴィジョンだけらしい。

 レイニーはワンダを手招きしてベッドの隣に座らせると、自身の頭を指す。

 

「ね、ワンダ。私の頭の中見てくれる?」

 

「う…あのインクの呪いはもうヤなんだけど」

 

「そうじゃなくて。うーん、なんて言えばいいのかな…()()()()()()みたいな、そんな感じはない?」

 

「え?」

 

 ワンダは、一人ソコヴィアに残った後で誰かに何かされたのかと心配し、恐る恐る頭部に触れる。マインド・ストーンの力で得た超能力の一つ、心理操作でインクの悪夢を掻き分け、レイニーの精神とも呼ばれる中枢にアクセスする。しかし、ワンダには最後にレイニーと会ったときと何ら変わりはなかったように感じた。

 強いて言うならば、ピエトロの魂をずっと感じている点だけが違いだった。

 

「……わからない。私はピエトロの魂と、義姉さんを感じるだけよ」

 

 レイニー・コールソン=エニシ・アマツである。それを証明する手段は、現状存在しない。

 何故ならば〝今〟のレイニーはベンディという悪魔によって精神を破壊され、再構成された〝昔〟のレイニーとは別物であるからだ。

 そしてワンダやヴィジョンは〝今〟のレイニーしか知らない以上、それをエニシ・アマツの思考回路か、もしくは人格であると判断することができない。

 

 トニーは以前、過去の自分と現在の自分が同一人物であるとどう証明するか問うた。客観的な視点、主観的な視点、或いは自己と他者を隔てる境界線を形成する経験とも論じられたが、結局のところその議論に確実な答えはなかった。

 

 それと同じく、今のレイニー・コールソンがエニシ・アマツでないという証明はできない。

 

「ね、ワンダ」

 

「なに?」

 

「聞いてほしいことがあるの」

 

 ──レイニーは、全てを話した。

 映画が好きなこと。友人を守って死んだこと。ベンディと出会いインクの悪魔になったこと。自分の母親、父親のこと。アベンジャーズメンバーになった経緯。ニューヨークで、ワシントンで、そしてソコヴィアで。

 そして、ワカンダのことはある程度ぼやかして、母の生前の研究資料の内容も。

 今に至るまでの〝自己〟を。

 

「それでね、もしかしたら生まれたての私、生身の頃ね。その時に…脳を弄り回されたかもしれないんだ。母は死んでしまったし、赤ん坊だった私が覚えてるわけでもないから真偽は不明なんだけど、ね。その可能性はある。だから、頼みがあるの」

 

「…やめて」

 

「もし私がエニシ・アマツで、あなたたちアベンジャーズに牙を剥く脅威になるようだったら」

 

「……やめてよ」

 

「あなたの手で、殺してほしい」

 

「やめてッ」

 

 ワンダは、いつもの表情でいつもの口調で話しかけるレイニーを突き飛ばした。ベッド上に横たわる形になったレイニーは、体を起こすよりも先にワンダに抱き付かれてしまい、そのまま横たわった。

 肩を掴む手は震えていて、端正な顔立ちのワンダの瞳にうっすらと水の膜が張っていることは、至近距離でなくてもレイニーには見えていた。

 

「何でよッ何でそうなるのよ! 貴女には、義姉さんにはっ、ピエトロの魂があるのよ!? ずっと私を見守ってくれるって、らしくもないお節介でッ貴女に喰われることを望んだんでしょ!? だったら、その約束を忘れないでよ! ピエトロとの約束を、破らないでよ…!」

 

「……うん、ごめん」

 

「……本当に、そう思ってる?」

 

「…うん、思ってるよ。ごめんね、変なお願いしちゃって」

 

「ほんとうよ、もう…」

 

「ただ、ワンダなら私を()()()殺せると思って」

 

「義姉さんッ!!」

 

「冗談だってば。もう言わないよ」

 

「約束して。二度とそんなこと言わないで。義姉さんは義姉さんよ。私が、それを保証するから」

 

「うん」

 

「…たとえ、貴女が世界の敵になったとしても、私は貴女から離れないわ。だって、貴女の妹だもの」

 

「…うん」

 

 レイニーは自分より大きい妹の後頭部をぽんぽんと撫でてあやし、ワンダは自分より小さな姉の胸元に顔を埋めて声を押し殺して啜り泣く。レイニーはぼんやりと天井を眺めながら、誰なら私を殺せるだろうかと考え続けた。

 

 〝私〟とは何処から来たのだろうと、考え続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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