パラサイト・インクマシン   作:アンラッキー・OZ

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粛正の街は、インクに濡れて

 Nine little Soldier boys(小さな兵隊さんが9人) sat up very late(夜ふかししたら)

 

 One overslept himself(1人が寝ぼうして) and then there were eight(のこりは8人)

 

 

 

 Chapter 89

 

 

 

「それじゃ、ブリーフィング始めるよー」

 

 突然場を仕切ったような私の発言に若干の難色を表情で表現しないで! そりゃ離陸途中のクインジェットに飛び乗りして結構冷や汗掻いたけどさ!

 大急ぎで基地に戻ったら大空飛んでるクインジェット、流石の私も焦るわ。ピーター宅から向かうときに人選はスティーブと連絡して決めたから全員乗ってるけど、これ単純にスティーブの指示が良すぎて早すぎるが故の弊害だよこれ。

 

「クインジェットの飛び乗りならキミだって慣れたものだろう?」

 

「そんなのに慣れなくていいよ! っていうか慣れるものじゃないわ!」

 

 いやまて、私のクインジェット飛び乗りは1回……あっソコヴィアでウルトロン(改)潰すとき飛んだわ。でもあれ飛び乗りっていうより()()()()であって…え? 私にもっかいクインジェット壊してほしいの? ウウーン?

 ま、私の飛び乗り事情は置いといて。

 

「今回の作戦は元S.H.I.E.L.D.の対テロ作戦部隊(S.T.R.I.K.E.チーム)メンバー…とみせかけて実はHYDRAの構成員だったブロック・ラムロウを含むメンバーの確保・捕縛及び被害拡散の防止」

 

 ラムロウについて知らない人挙手ーと呼びかけると、ワンダだけが挙手。今回クインジェットに乗り込んでいるメンバーの大半、スティーブは勿論ナターシャさん、サムさんらS.H.I.E.L.D.崩壊の騒動に関与していたメンバーは面識もあれば接触もあったからね。ワンダはこの中で一番の期待の新人だ。だからそんなにブーたれないでよ、時期的に知らないのも無理ないんだから、ね。

 

「はい、質問ある人随時受付」

 

「質問。なんでヴィジョンは連れてこなかったの?」

 

「いい質問してくれました!」

 

 ナターシャさんに質問受付の活躍の場を与えてもらった感ハンパないけど、それは別に指摘しなくてもいいよね! ワンダは何となくこの人選把握してそうだけど私たちの能力に関する話題だから他のメンバーはあまりピンと来てないだろうし!

 

「現状、HYDRAは壊滅状態にあるけど残党の規模は分かっていません。そして私たちアベンジャーズの弱点は多方面からの攻撃です」

 

 以前トリスケリオンをHYDRAに乗っ取られた時でさえ、当時暗殺されかけたフューリー長官はHYDRAにバレないように秘密裏に身を隠して十分な治療を行えるセーフハウスを用意していた。

 敗北を学んでいなかったS.H.I.E.L.D.でさえそれだけの人員と設備を用意できていた。それなら、()()()()()()()()()()()()()H()Y()D()R()A()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ことアナグマ戦術と違法実験に関しては群を抜いてるHYDRAだからこそ、水面下でアベンジャーズの戦力を削げるくらいの準備を進めていたって何らおかしい話じゃあない。ソコヴィアの一件がいい例。

 

「もし仮にラゴスで目撃されたラムロウの情報がブラフであった場合強襲される可能性が高いのは、まだ一般公開されていない新アベンジャーズ基地。HYDRAに対抗している唯一の組織だからね。だから、基地防衛をヴィジョン、トニー、ローズ中佐に任せてる」

 

 アナグマ戦法であれば一対多数でマウントが取れるのはトニーが手繰る兵器による圧倒的物量だ。万が一のため新アベンジャーズ基地に出入りしているメンバーは作戦期間中は併設された地下シェルターへ避難、備蓄はそれなりにあるはずだから最悪2週間は食事も入浴もできる(ちなみにトニーの趣味でなぜかディスコもバーもある)。

 

 それに、こと索敵において役割が被る私とヴィジョンは別々に動く方が効果的だったりする。

 

 仮に、既に新アベンジャーズ基地にHYDRAの構成員が潜入していたとして、シェルターへの避難に紛れ込もうとした輩を見つけ出すことが可能なのはマインド・ストーンによる『人の心』を聞くことができる私とヴィジョンだけだからね。

 今回の場合、シェルターの門番には必ずヴィジョンがついてるし、ネットワークに接続して常時全カメラをチェックしてるから生温い用意での潜入は極めて難しい状況にある、と思う(テレポーターのような超能力者がいた場合の対処は難しいけど)。

 流石にネットワークの接続は私ができないから、今回は遊撃が私で拠点防衛はヴィジョンに一任して貰っている。勿論、私とトニーで力を合わせればネットワークにインクを侵食させて監視システムを乗っ取ることはできなくも無いけど、その場合インクに浸された基地やネットワークに及ぼす影響が未知数だし、なによりその訓練はまだしてなかったので却下。

 

「少なくとも私とヴィジョンが同じサイドになることは今後もあまりない。何故なら現在のアベンジャーズにおいて分断された場合、速やかに情報交換ができるのが私たちだから」

 

 情報の()()()伝達が、戦争においてどれほど影響を与えてるかは…まぁ歴史の教科書でも読んで頂戴! 現段階でも電信技術は発達してるし、いくらニューヨークとラゴスとの間が約5,240マイル(約8433km)あったとしても、トニーが用意した衛星通信によってほぼほぼロスタイムなしで通信できる。勿論傍受されることもない。

 

 けど、だからといってそれを過信しすぎるのはよろしくない。

 

「例の〝念話〟ってやつか? テレパシーみたいな」

 

「そ」

 

 もしHYDRAが私たちの知り得ない未知の技術によって通信の傍受ないし阻害する技術を手にしていた場合、一気に不利になるのは私たちだ。だから、万が一が起きてもいいように連絡役の私とヴィジョンを両サイドに振り分けることで、互いの情報を交換してスムーズに作戦を遂行する。もしかしたらトニーの指示なしにはやっちゃいけないこと(トンデモ兵器の投入とか?)とかもあるかもしれないからね。え? 立ってたアイアンマンの銅像ぶっこわし案件? それは聞かなくてもいいでしょ、なんてったって最優先は市民への被害拡散の防止なんだから。キャプテン・アメリカの銅像? そもそもラゴスにそんなの立ってたりするのかな。

 

「なるほど、それで私は()()()なのね」

 

「お察しの通り、ワンダは〝送信〟は難しいけど〝受信〟はできる。ラゴスで2部隊に分かれることがあったら、私とワンダは別行動をとっても連絡できるよ」

 

「そいつは有難い。期待のニューアベンジャーズの力、見せてやろうぜ」

 

「望むところよ」

 

 ワンダとサムさんがハイタッチ。チームワーク演習で新規加入したワンダ、サムさん、ローズ中佐の仲は初期よりもよくなってる。この前は一緒にお茶して談笑してたのを見かけた。メンバーの仲が深まるのはいいことだなぁ。

 

「2つ目は、今回発見されたラムロウとの照合不可(マッチングエラー)

 

「72%? 言うほど高くないな」

 

 ぺろりと卓上の書類を見せるとサムさんが難しい顔をして腕を組んだ。この情報には私もスティーブも苦い顔をするしかなかった。

 

「そう。ラムロウはトリスケリオンの崩壊に巻き込まれたって話だけど、ワシントンの病院でエニシ・アマツが執刀を担当してた。もしこの情報が本当だったのであれば、どんなにぐちゃぐちゃにつぶれた顔であっても何もなかったかのように元に戻せる、それくらいの腕前を持っているはず。なのにこの数値」

 

 わざと跡を残したのか、それが本人の希望なのか、それとも本当に別人を仕立て上げたのか。仮に3番目が真実だった場合、これからラムロウ本人を見つけることはひっじょーに難しい。これらの情報が意味することは、KGBに属していたナターシャさんも理解してるはず。

 

「影武者である可能性が高い、ってことね」

 

「うん、もしラゴスに出没したラムロウらしき人が影武者で、実は密かにニューヨーク近郊、もしくはまた別の場所で身を潜めていたと考えると」

 

 HYDRAという組織は、稀に見る強かで狡猾な秘密結社(謎)だ。

 そろそろ負け癖ついて組織から抜けて亡命する人とか増えてもいいと思うんだけど、多分それを許さず人心を狂わせて手駒にするエニシと、行方不明になっても尚組織の象徴で在り続けるレッドスカル(統領)のカリスマ性によるものなのだろうなぁ…人生っていうのは、思いがけない人との出会いですべてが決まってしまうものだったりするから、彼に出会った瞬間そのカリスマに魅了された人たちってのはもうHYDRAから逃れられないんだろうね。

 

 ……そもそも、最近はHYDRAという組織に対して()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という疑問があったりするけど。研究内容といい活動といい、支配とはまた別の思惑があるような気がしてきてるけど…うーん、私の思い過ごしかな? そのあたりはパパに任せよう。

 

「なるほどな、戦力集中による早期解決は危険ってことか」

 

 それもあるけど、互いのチームアップによって単純に役割が重なっているところが増えてきているのもある。個人の対処能力には偏りがあるけど、今日までの訓練のおかげで、組み合わせればおおよその事態には対処できるまでのチームになりつつある。いいことだぁ。

 災難(テロ)を雨と例えるなら、人は一般市民、傘が私たち(アベンジャーズ)。人々が雨でぬれて被害を被らないようにするのが私たち(アベンジャーズ)…ううーん、上手い比喩が見つからない!

 

 『スチュワーデスがファースト・クラスの客に酒とキャビアをサービスするように』とか!

 『試験終了チャイム直前まで問題を解いている受験生のような必死こいた気分』とか!

 そういう比喩表現が欲しいんだよ私は!

 

 私自身の語彙力のなさを恨むしかないな…今度映画だけじゃなくて小説とかも読んでみよ。この前ナターシャさんに勧められた…なんだっけ…「All happy families(幸福な家庭) are() alike(すべて) ; each(互いに似通ったものであり) unhappy family(不幸な家庭) is() unhappy(どこもその不幸の) in its own way(趣が異なっているものである)」で始まる小説。タイトル思い出せない…後で作戦終わったら聞いてみよっと。

 

「それに、私たちはこのメンバーでも十分連携が取れるように今日まで特訓してきた。今回の作戦はこのメンバーでも問題なく遂行できるって、私は信じてるよ。ハイキャプテン、バトンタッチ」

 

「受け取ったよ。レイニーの言った通り、僕もそれを信じる者の一人だ。このメンバーであれば完遂できると、僕は信じている。皆が互いを信頼し、任務に就けばできないことはない。自分のやれることをやる、ベストをつくすことだ。それが成功に繋がる。

 現地入りしたら各員配置につき、情報収集しつつラムロウの動向を掴もう。奴が何を狙っているのか…確保が望ましいが、周囲への被害を防ぐことが第一だ。情報交換は密に、無線で適時連絡するように」

 

「「「了解」」」

 

 青々と広がる北大西洋を抜ければ、西サハラ、モーニタリアが乗るアフリカの大地が見える。南へ大きく迂回していけば、ギニヤ湾が望めるナイジェリアの大都市ラゴスまですぐだ。

 

「さて、こっちがラムロウ本人かどうか…」

 

「本人だったら、ワシントンでの因縁に決着がつくね」

 

「ああ、そうなるのが一番だ」

 

 なんだかんだ言って、私とスティーブは同時期にS.H.I.E.L.D.のS.T.R.I.K.E.チームに所属していた。だからなのかそのせいなのか、2年前の事件に関しては思い入れが深かったりする。

 いまや…じゃないな、既に敵対している元S.T.R.I.K.E.チームのメンバーとはその頃何度か組手したけど、当時は単純に体格差が逆に私に有利だった。そもそも体の大きさを自由に変化できる私には、戦闘経験の少なさを抜きにしても有利ではあった。

 でも、その中でもラムロウはS.T.R.I.K.E.チーム随一の実力を持っていた。筋力、腕力、膂力などは超人血清のアドバンテージがあるスティーブに負けるところが多いけど、純粋な戦闘技術では迫るものがあった。実際戦闘技術はMCMAP(海兵隊式マーシャルアーツプログラム)に通ずるところがあったし近接戦闘におけるナイフの扱いもヤバかった、訓練中に何度か細切れにされたのは忘れてないぞ。別にそのことでは恨んでないけど、勝った時の「ヘヘッ」って感じの嘲笑には何度かカッチーンと来たけどね!

 問題は、S.H.I.E.L.D.崩壊から今日に至るまで、ラムロウがどんな特訓をしてきたのか。もしくはどんな施術を受けてきたのか。それが一番ネックな点。

 相手側にあのマッドサイエンティストのエニシが加担してるとなると、最早何でもアリな気がして怖いところではある。多分、エニシそのものが好奇心で開けてはいけないパンドラの匣ってイメージが強いからだ。

 

 だから、その好奇心で自分から匣の蓋を開けようとするエニシ、ほんっっっと余計な事しないで(懇願)。

 マジリームーでノーサンキューなので!

 

 

 

 

 

 Chapter 90

 

 

 

 敗北ばかりの人生だった。

 勝利はあった。ジャンケンに勝ったとか、腕相撲で買ったとか、賭け事で勝ったとか、小さな勝利はあった。その勝利は腹の底で埃のように積もって、しかし決して肥大化することなく。むしろその勝利は心を空虚にしていく病原菌ですら、あったのかもしれない。

 

 心を満たす勝利は、終ぞ得られることはなかった。

 別に有名人にならなくてもいい。テレビに出なくてもいい。悪のカリスマとして躍り出なくてもいい。誰かの人生を変えるような大物になんかならなくてもいい。

 

 ただ、勝ちたい。

 

 HYDRAという組織に属して、男は漸くその空虚を満たせるかもしれない目標たちを見つけることができた。そして、虎視眈々とその機会を狙う中で、勝てば必ず自分の人生に〝意味〟を見出すことができるだろうという確信が芽生えた。

 体を鍛えた。技術を磨いた。部下を揃えた。武器も用意した。

 万全な準備、最早覆りようもない状況になって尚──彼らは、それを意図も簡単に引っ繰り返した。三機のヘリキャリアは互いを潰し合い、トリスケリオンは崩壊し、勝利の凱歌は破壊の騒音と全身を貫く痛みに終わった。まるでフルコースの料理を目の前にしてテーブルを引っ繰り返されたような、そんな気分だった。

 

 初めて、悔しいと思った。

 

 自分にそんな大層な力がないことは分かってる。所謂、身の丈は理解しているつもりだった。しかし、男にはその身の丈に合った小さな勝利だけで満足できるほどの器ではなかった。

 

 たった一度の敗北は、今までの小さな勝利を無に帰すに相応しい経験だった。

 

だったら、同じ土俵に立てばいいじゃない

 

 女神(あくま)の囁きが、点滴に繋がれた男の鼓膜を擽った。

 

勝ちたいんでしょう? 勝利したいんでしょう? あの男(キャプテン・アメリカ)に敗北の土を味合わせて、俺の勝ちだと、勝ったんだと、そう叫びたいんでしょう? わかるわぁ、その気持ちよぉくわかる。

 だから、勝利へのチケットをプレゼントしてあげる

 

 医師から診断された怪我は、全身の粉砕骨折に肺の機能2/3の喪失、脊椎へのダメージによる下半身不随。

 それが、たった1日で完治した。

 

 これが神の思し召しか、とは思わなかった。

 流石に男も疑った。

 人生が。

 人生が、こうも簡単に思うがままに進むものではないはずだと。現実がそうであったとしても、男は別の思惑を疑った。

 

 でもそんなことどうでもよかった。

 

 勝てるならば。

 あの生きる英雄スティーブ・ロジャース(キャプテン・アメリカ)に勝てるならば、何でもよかった。正しく光の道を歩き征く英雄に牙を突き立てられるならば、それだけで己の人生に意味はあったのだと、満足できるだろうから。

 

 男の妄執は肉体限界を凌駕し、超人血清による死よりも辛い激痛にも耐え、1日も欠かすことなくひたすら体を鍛え上げた。その中で何人か稽古相手を殺してしまってはいたが、その程度では男の中で勝利と呼べるものですらなかった。

 

 男は一度だけ、その胸中をメンバーに話したことがあった。

 例えその行いがHYDRAへの利益とは関係ないものであったとしても、あのスカした野郎の首を獲ると、ついでにインクの薄汚い売女も消してやると。

 いつか目の前で血の海に沈む英雄の姿を晒してやる。その情熱はメンバーも思わず涙に来るものがあったのか、作戦開始前には激励さえも貰った。

 もう、そのメンバーと連絡することはない。死んだかもしれないし気絶してるかもしれないし逃亡してるかもしれないが、そんな些事は、キャプテン・アメリカを斃してしまえばどうでもよくなる。

 そしてついに、対面の時は来た。

 

 逃げ惑う人々。目障りな砂煙。その奥の人影に、威風堂々と歩む英雄(キャプテン・アメリカ)

 

「よぅ」

 

「……ラムロウ本人だな」

 

「わかるのか」

 

「わかるさ」

 

 男には、爆弾が爆発する直前のような、空気を焼き焦がす緊張が心地よかった。

 熱気と殺気が肌を焼き焦がし闘争心を高ぶらせる。骸骨(クロスボーン)がモチーフのマスクを剥がし、自身の敗北の証たる顔の火傷を晒す。スティーブの息を飲む声がした。

 

「その火傷…」

 

「そうだ、()()()治療しなかったんだ。この怪我を無くせるとあの女は吐いたが、何もそこまでするつもりはないと突っぱねてやった。毎日朝起きて顔洗うときに顔見りゃ、敗北の記憶をイヤでも思い出せるからな」

 

 手にしたマスクを片手の握力で潰す。

 見た目でその硬度を推し量ることはできないが、少なくとも至近弾を防ぐ程度の硬度は持ち合わせていたであろう頑丈なマスクは、ラムロウの手で粉々に砕け散った。

 その様を見てまさかと疑い、同時に悟る。ラムロウも己のような超人血清か、それに準ずる何かを投与されたものだと。

 

「凄いものだろう? これで同じ土俵に立った。もう作戦が成功しようが失敗しようがどのみち俺はここで終わり。だがなキャプテン、俺は俺の手で斃れるお前を見なきゃ、死んでも死にきれないんだよ」

 

 はじめは唯の仇敵でしかなかった。

 しかし英雄然とした振る舞いはやがて憧れへと変わり。

 やがて褒め称えられる英雄を凌駕したいという妄執になった。

 

 ラムロウの覚悟を受け取ったスティーブは、自慢の盾を地面に突き刺し、マスクを外し、ファイティングポーズを構えて正眼に向き合う。それが、スティーブの見せる相手への最大の敬意の表れでもあった。

 察していたのだ。理由や動機はどうであれ、ラムロウはスティーブ・ロジャースという男を何としても打倒するために、今日という日まで生きてきたことを。その決意と覚悟と執念への敬意でもあった。

 

「嬉しいぜ」

 

 ラムロウもそんな英雄の姿に思わず満足感が生まれてしまうが、彼の最終目標はキャプテン・アメリカの打倒である。組織の損失だの世間体だのそういう雑音は一切抜きにして純粋に勝つ。ただそれだけである。

 

 いつしか喧噪は消えていった。

 二人の間に生まれた独特の空気が周囲に伝播し、その死闘を見守ろうとする市民たちが各々口を噤んだのだ。

 

 ざり、と靴が砂を噛む音さえも響く。

 

「キミに一つ、言いたいセリフがある」

 

「奇遇だな、俺もだ」

 

 このとき──偶然か、はたまた運命の悪戯ともいうべきか。2人の頭の中ではある映画の戦闘シーンが脳裏を過った。まだS.H.I.E.L.D.崩壊が始まる前の仮初の平和の中で、ある少女がS.T.R.I.K.E.チームに勧めて観せた映画だった。

 

「来い、銃なんか捨ててかかってこい」

 

「野郎、ぶっ殺してやる」

 

 地面が爆ぜ、硬く握りしめた互いの拳が頬に突き刺さった。

 

 

 

 

 

 Chapter 91

 

 

 

「まさか、生物兵器が狙いだったとはね」

 

 気絶しているHYDRA構成員を尻に敷き、レイニーは黒インクに包まれた試験管をじろじろと眺めては溜息をついた。

 ちなみにこの黒インク、レイニーが放ったものではない。()()()()が扱ったものだった。

 レイニーは事前にメンバー全員に、〝特濃インク(小)〟を配布していた。アントマンとの交流があったレイニーは秘密裏にピム夫妻とインクの謎にまつわる研究に着手しており、その研究課程の中で生まれた副産物が、件のインクバリアである。本来トミーガンに変化させたレイニーの手から発射されるものだが、量子力学に詳しいピム夫妻や二代目アントマンのスコット、二代目ワスプのホープ、元ゴーストガールことエイヴァと後見人のビルも巻き込んで開発を進め、レイニー以外でもインクバリアを扱える小型装置の開発に成功したのだ。

 ピム博士曰く、ピム粒子の応用で小さいものを大きくする現象をインクに当てはめた結果、レイニーの意思とは関係なくインクバリアを発動することができた、らしい。ここまでは理解できたのだが、詳細な原理に関してはレイニーだけでなくスコットも頭から煙が吹くほど難解な理論であったため、とりあえずできるようになった、とだけ。

 

 握り潰せば数秒だけだがインクバリアによる即席の防護壁として機能でき、人や物に命中させればあらゆる衝撃を緩和、或いは捕縛する機能もある。ただ、現状量産体制は取れていないため人数分しか貰えなかったが、初の実戦投入では功を奏したらしい。

 

『流石、俺のレッドウィングに搭載しておいて正解だったぜ』

 

「いやホント、間に合わなかったから大助かり」

 

「私の分はさっき使ったから…ソレすごいわね、密室内の手榴弾見たときは流石に死を覚悟したってのに」

 

 髪についた土埃を払うナターシャは、戦車内での交戦時に身を守るために使用したらしい。しかも相手はあのラムロウ、敵と組み合ってる隙を狙って手榴弾を投下、戦車の出入り口たるキューポラを塞ぐオマケつき。流石のナターシャも本気の殺意と死期を悟り、焦って使ってしまったらしい。

 だがそのお陰で組み合っていた敵は爆散して見るも無残な姿になってしまったが、ナターシャに怪我はなく脱出不可能な現場も悠々と乗り越えることができた。

 

『レイニー、病院内のガスは排出完了。市場に向かうわ』

 

「了解、避難誘導しつつこちらに来て。何があってもいいように合流しましょう」

 

『了解』

 

『……で、アレどうするよ』

 

「…アレ、ねぇ」

 

「正直、私としてはすぐに狙撃してラムロウを仕留めるべきだと判断するけど?」

 

 サムの無線連絡に対して冷ややかな意見を述べるナターシャ。

 同様に男心というものが理解できない現実主義(リアリスト)のレイニーも、どこか冷めた目で広場の中央に視線を移した。

 

 パァン! と大気を弾く音。

 それに紛れて木霊する男同士の呻き声、怒声、咆哮。

 人体の耐久性の限界を試すかの如く突き出される拳、蹴り、頭突き。

 

 決して相手が倒れるまで屈することはないという、声を掛けることさえも躊躇われる男同士の激戦が、そこにはあった。

 

「映画じゃ割と見る泥仕合だけど…現実でのオトコゴコロはわからないなぁ…ナターシャさん、生物兵器お願い。ちゃんと専用の保管ケースに入れておいて」

 

「わかったわ。で、どうするの? あの脳筋(バカ)2人」

 

 既に2人の服はぼろぼろで、上半身が露出してる状態だ。

 体のいたるところが青い痣で埋め尽くされ、スティーブの端正な顔もラムロウの火傷だらけの顔も殴打痕で内出血が酷い。

 互いに肉体の限界を超えた戦い。それでも、負けないというたった一つの意思が震える膝を叩き、肘を引き、拳を放つ。

 

 特に目新しい能力でもない派手さもない超能力バトルでもない。力こそ常人を遥かに凌駕したものではあるが、やってることは意地と意地のぶつかり合い、拳で語るケンカだった。

 

「……ひとまず、そこらでノびてる連中は縛り上げておこう。自害しないように奥歯の青酸カリとかもチェック。猿轡あったはずだからそれ噛ませといて、」

 

 そのとき。

 レイニーの視界に、不気味な白いナニカが映った。

 風に靡いてきえたそれは確かに、医療用の白い包帯が風と戯れて遊んでいるように見えて。

 

「───」

 

 ハッと、視線を広場の中央に移す。

 徐々にその激戦故に市民が距離を取り始め、遠巻きでもその光景が見えるようになってきた。小さなどよめきと共に、ついにぼろぼろのラムロウが膝をつき。

 

 そしてレイニーは()()。周囲一帯が大爆発で吹き飛ぶ、少し先の未来を。

 

「っごめん! ちょっと」

 

「レイニー!?」

 

 華奢でこそあるが、レイニーの走る速さはそれなりに早い。遠巻きに見る市民の間を潜り抜け、時には頭上を飛び越え、駆け抜ける。

 

【ワンダ! ラムロウがやばい、見つけ次第すぐ上空に飛ばして!】

 

 念話でワンダに火急の件を伝え、レイニーは全身のインクを赤く滾らせる。

 己の中のクイックシルバーの力を意識して励起。最近使っててわかるようになったのだが、恐らくクイックシルバーの力を行使する際には体内のリアリティ・ストーンが関与してるらしい。だから赤くなるのだと。

 原理は不明。理由も不明。そもそもリアリティ・ストーンの力もわからない。わからない力を行使することが危険であることは、師たるエンシェント・ワンが何度も釘を刺して言ったことだった。

 

 しかし、目の前の大勢の命を救う為に使う力を、間違いだと思いたくないのがレイニーの本音である。

 

 故に、一秒が何倍にも膨れ上がった世界の中でレイニーは疾走を開始した。慄くスティーブの脇をすり抜け、自身の心臓の鼓動を己の手で止めて体内の爆弾の起爆を目論むラムロウの首根っこを掴む。

 

 このとき。

 一秒にも満たないたった一瞬だけだが、レイニーとラムロウの体感時間が()()した。

 

 首を掴まれたラムロウはその一瞬だけレイニーの存在を認知し、そして破顔し口を開いた。

 

「俺と一緒に死んでくれるか?」

 

Get out of here !

(お前一人で勝手に死ね!)

 

 自身の中で最上級の罵倒を履き捨て、レイニーは起爆するであろうラムロウの爆弾をラムロウ本人ごとインクの中に吸収した。ようとした。

 

 

 

 

 

 Chapter 92

 

 

 

「物語とは──歴史とは──本来あるべき流れがある」

 

「………」

 

「犠牲なき勝利。美しいな、素晴らしい。完膚なきまでの完全勝利だ。ワタシが出しゃばって邪魔をすることもなく、この結末は如何に介入しようとも変えられるものではない」

 

「………」

 

「だがなぁ? 物語を陵辱せん行為、このワタシが許そうとも()()()その蛮行を赦すかな?」

 

 

 

 

 

 Chapter 93

 

 

 

 このとき、レイニーは無意識のうちに吸収の力を緩めていた。何らかの、自身では抗えぬ大いなる意思によって、その力は抑制された。

 

 たった一瞬、同期してしまったラムロウの懇願を読み取ったせいか。

 はたまた、かつての同僚に手をかけることへの躊躇か。

 それは、レイニー本人でさえも分からない。

 

 だがその一瞬は分岐点ではなく、しかし決定打であることは確かだった。

 

(ちィ──!)

 

 完全にインクと化す前に、爆発が止まらないことを確信したレイニーの決断は早かった。

 事前に上方に吹き飛ばすよう、ワンダと念話を交信していたレイニーはその浮力に更なる加算、両足をバネのように形態変化させて跳躍、起爆寸前にはラゴスの街を一望できる高さまで上昇。

 

(あっ)

 

 当然、今のレイニーにそんな景色を見る余裕はない。

 ただ、遥か下で驚愕に顔を歪めるスティーブ、ワンダ、ナターシャたちの顔だけが、やたらハッキリと見えて。

 

 

 心臓を爆ぜたような爆音と衝撃が、レイニーの全てを粉々に砕いた。

 

 

 消えゆく意識の中で、バキリと悪魔の悲鳴のような悲痛な金属音が木霊して。

 レイニーの意識は、完全に掻き消えた。

 

 

 

 ───同刻、ラゴス上空で巨大な閃光と爆音、それを覆うような黒い液体が爆ぜ、爆熱で熱された液体を被った市民の何人かには火傷の被害があった。

 しかし、爆発こそ大規模ではあれど衝撃による窓ガラスの破砕で負った怪我などの軽傷があっただけで、市民への犠牲は最小限の形で抑制することが叶い、アベンジャーズとしての目的は完遂された。報道でも爆発騒ぎはあれど、アベンジャーズの手によって未曽有の爆破テロは防がれたと彼らの働きを讃えていた。

 

 たった一つ。

 

 レイニー・コールソンの核たるインクマシンの破損という、大いなる損失を除いて。

 

 

 

 

 

 Chapter 94

 

 

 

「こういうとき、お前たちは〝きたねぇ花火〟とか言うんだったっけ? ワタシあのセリフ嫌いなのよねー定型文っていうか、アンタらそれしか言うことないの? って気分になるのよ。寧ろそれを狙ってるんだとしたら愚かの極みとしか言えないんだけどサ。なぁ? どう思うよ異次元からきた旅人さん……ん?

 あぁースマン。悪かった、あっちゃぁ失敗したなぁ。久々過ぎて()()を間違えてしまったよ。もう少し刺激は弱めに設定するべきだったなぁ、惜しいことをした。見飽きはしたが、貴重な検体をまた一つ無駄にしてしまった。残念残念」

 

「……、…」

 

「ま、どうせまた流れてくるデショ。ここは()()()()世界だからな。また目新しい情報を持っててくれると、ワタシとしては非常に嬉しい。たった一つ、ワタシの願いを叶えられる有益な情報があるならば、いくら流れ込んできたって構いやしないさ。この世界を陵辱(レイプ)しない限りはなぁ」

 

「……」

 

「うーん、また流れ込んでくるなら派遣させた■を探して殺さにゃならんけど…ま、問題ないな。この世界の■は必ず殺せるイージーエネミーだし。■さえ殺してしまえば如何に強大な力を持ってようが木偶当然。身の丈に合わない外装(アタッチメント)を剥いでしまえば大体は卑屈で下劣で取るに足らない矮小な魂、それでも使()()()()無数にある。どんな塵でも一粒さえ無駄にしないワタシが要ることを感謝して、安心していらっしゃーい、かもんかもーん。丁重なO・MO・TE・NA・SHIをしてあげよう、和の心は大事だからね慎みは忘れてないぞぅ」

 

「…、、」

 

「嗚呼、次の旅人はどんな情報をその魂に刻んでるのかな。無味乾燥な学生生活? 虐げられた幼少期? ブラックな会社で馬車馬の如く働く社畜? 今世に絶望し自ら死を選んだなんとも哀れな悲劇の主役(ヒロイン)? ドンと来い超常現象! 地獄から抜け出て浮かれたような連中の顔を歪めて絶望させるのは、今のワタシにとっての唯一の娯楽なんだ」

 

 

 

 

 






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