パラサイト・インクマシン   作:アンラッキー・OZ

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少女は■の夢を見ない

  Eight little Soldier boys(小さな兵隊さんが8人) traveling Devon(デヴォンを旅したら)

 

  One said he'd stay there(1人がそこに住むって言って) and then there were seven(のこりは7人)

 

 

 

 Chapter 95

 

 

 

命はなく。体はなく。心さえもない。

 色彩はなく。明暗はなく。境界さえもない。

 しかし其処にはすべてが在って、底にはすべてが無い。

 何()たりとも到達することの叶わぬ果てに、彼女は在った。

 

(ここは)

 

 視覚という機能が消えた己に映る光景は、地平線で(そら)(だいち)に区切られた世界。

 おおよそ生気と呼べるものが枯渇──否、生者の存在さえも赦さぬ空間。

 恐ろしい、とさえ思う完成されてしまった世界の果てに、己以外のなにかがあった。

 

(なに、あれ)

 

 白き天より垂らされた、一本の柱。

 否、柱と呼ぶには頼りない。紐、或いは糸と呼ぶに相応しい、頼りないもの。それに必死に手を伸ばそうと藻掻く、無数の亡者の群れだった。

 亡者が亡者を踏みつけ、押し退け、時には踏み潰され、やがて崩れる。

 誰もが救いの糸を望んで手を伸ばし、しかしその努力は人柱の崩壊と共に水泡に帰す。それでも亡者は浅ましく、何度も何度も立ち上がり糸に手を伸ばす。己が掴み取るという未来、その可能性を信じて疑わず。誰かを踏みにじり、また誰かの足を引っ張り。

 

 自分こそがこの世界(主人公)()抜け出せる(相応しい)のだと、証明するために。

 

(ちがう)

 

 少女だけは違った。

 己の中で、その可能性だけは否定した。その在り方だけは否定した。

 

(この世界を抜け出す方法は、そうじゃない)

 

 誰もが天から差し伸べられた糸に手を伸ばす。醜悪とさえ感じるその光景から目を逸らすように背を向け、少女は正反対の方向へ進む。

 聴覚のない世界で囀る亡者の怨嗟が聞こえなくなった頃、少女は歩みを止めて、境界線を覗き込む。

 そこには、ぶよぶよと揺れる白い発光体が映り込み、やがて(インク)の水面に(レイニー・コールソン)の姿が現れる。

 手を伸ばせば、鏡像の己も手を伸ばす。そしてどぷりと音を立てて手が飲まれ、腕を喰われ、肩が、頭が、体の全てが黒に呑まれていく。

 

 其処()にはすべてが在って、()にはすべてがない。だから底へ征こうという発想が沸かない。救いの手さえも天から降ってくると信じていれば考えつく、当然の帰結だった。

 

(馬鹿げてる)

 

 機会(天の救い)さえ降ってきたのならば、それを(可能性)で掴み取ってこそだという理屈は理解できる。

 ただし現実はそうではなく、この空間においてはそれが際立っている。

 

 悪魔(ベンディ)腸の中(ハラワタ)を抜け出す方法などない。

 呪われたら最後。魂の一欠片が塵と化すその日まで、未来永劫囚われ続ける。

 

(だから、それが逆)

 

 故に、(レイニー)は堕ちる。

 誰もが望まぬ地獄の底へ。落ちて、墜ちて、堕ち続ける。

 自ら悪魔の腸の中へ潜り、沈み、己が魂を自らの意思で穢していく。

 もう二度と生まれ変われないくらいに、昏く。

 地獄の窯に炙られるように、黒染む。

 無垢()という色が嘘であったかのように、己が魂を醜悪なエゴ()で染め上げる。

 やがて沈む速度が星の光ほどになったところで、()の世界が晴れ始める。対比だ。

 無垢()の魂には世界()より白く成れない。だが穢れた(黒い)魂は己が裁量次第でどこまでも黒く貶められる。そして穢れたことで、()の世界は裏返る。悪魔の哄笑が、響いた。

 

Welcome home

 (オ カ エ リ)

 

 ただいまと声無き声で象り、悪魔(ベンディ)の手を取る。

 カラフルな(現実)世界へ引き上げられる寸前、(レイニー)はふと、糸に群がる亡者のことを思い出した。

 

()()()()()()()()()

 

 背ける前に見た亡者。

 彼ら/彼女らは皆、(レイニー・コールソン)だった。

 

 

 

 

 

「…んわァ」

 

「わっ」

 

「おや、目覚められましたねお母様。おはようございます」

 

「え──……あ、あぁ…おはよぅぷ」

 

「義姉さん!」

 

「ぉ、お──ワンダ。ごめんよちょっ相変わらず胸やわらか、でっか…ちょっと待っていつもよりデカくない?」

 

「いいえ? 変わられたのはお母様かと」

 

「へ? ……え、ん? あれ? 声? っというかサイズ。手ちっちゃ」

 

「私がインクマシンを修理して再起動したときには、既にお母様の身体は()()姿で固定されていました。一般的な子どもの背丈と比較しますと、推定年齢6歳といったところでしょうか」

 

「あ…あはは、小さいおねーさんになっちゃった」

 

「笑い事じゃないわよ」

 

「(あ、怒ってる)ごめんねワンダ、私の判断ミスだね」

 

「そんなことない、そんなことないから…よかった…本当によかったッ…!」

 

【…ヴィジョン、スティーブ達への連絡はもう少し後にしてもらってもいい?】

 

【かしこまりました】

 

 

 

 

 

 Chapter 96

 

 

 

 どうやら、ラゴスでの一件から約1週間ほど経過してたらしい。

 ラゴスでの大爆発後、半ば暴走しそうになったワンダをスティーブが取り押さえて防止、サムさんとナターシャさんが破損したインクマシンとインク片を回収して保存。

 クインジェット飛ばして本部へ到着、連絡を受けてたヴィジョンとトニー、科学班、医療班総出で迎えに来て治療という名の修理。ヴィブラニウム加工技術を持つヴィジョンを船頭に修復に当たって3日掛けて再起動、2日掛けて()()私の姿に戻り、起床ということらしい。

 ヴィジョンとワンダからインクマシンの破損による記憶や人格の変化の有無をチェックされたけど、私は私だし特にこれといった問題は見当たらなかった。感極まったワンダにまた抱き付かれたけど。

 

「……ワーンーダー?」

 

「何? 小さな義姉さん」

 

「…もういいや」

 

 以前よりも更にスケールダウンした私、ベッドの上のワンダに大絶賛拘束中。胡坐かいた上に人形みたいにだっこされてます。後頭部にとてつもなくやわこいクッションが、低反発で、沈む…そして感じる敗北感。未来永劫、この柔らかさを手にする日は来ないのか…ごめん泣きそう。

 試しにテレビを点けると、ニュースではラゴスでの爆破テロが報道されてた。爆破が主目的のテロじゃなかったんだけど、まぁいっか。爆破はアベンジャーズが未然に防いだことで称賛されてたけど、どの番組にも評論家気取りのコメンテーターはいるようで、如何なる法的拘束がないアベンジャーズの活動を危険視、多少過激な人はいつその兵力が反旗を翻して国を喰い殺すか分からないと即時アベンジャーズの解散を訴えたりしてた。

 特にベンディなどという人外の悪魔を野放しにしていることに関して言及してて、悪魔の手が我々人間に及ぶ前に即刻処刑しろなどと宣った。過激だなぁ。

 

「勝手なこと言っちゃってるねぇ…ねぇワンダ?」

 

「降りて義姉さんそいつ(kill)しにいけない」

 

「それはいけないもうちょっとビブラートに包んで! こう…コロコロ(rolling)しに行ってくるとか!」

 

「なるほど、オブラート(oblaat)ビブラート(vibrato)を掛けた言葉遊びですね。両方語源は異なりますが、流石お母様」

 

「いまのコンディションでできる渾身のボケを詳らかに解説された…」

 

 音の高さを調整して伸ばしてどうするんDA! って自分ツッコミしたかったのに…流石我が息子、ボケ潰しならぬツッコミ潰しとはデキる子だ。

 

 確かに、現在アベンジャーズはどの組織にも属していない、国家や政府から完全に独立した言わば自警団。国際法的にも正規の軍隊からちょっと…いや、()()()逸脱した兵器を所持してるし、軍や警察ができないような非合法的な活動もできる。何より活動そのものが国境を越えてしまってるし。

 先日、できることが増えたって私は話したけど、それは自分たち以外から見れば十二分に脅威と言えるだろう。もし悪用されてしまえば国家転覆なんて夢物語ではなくなってしまう。故に、コメンテーターも過激でこそあるけど私たちを縛る法的拘束──つまり、『枷』が欲しいんだ。

 

 だから、私はロス将軍から持ち掛けられた()()()()を受け入れた。

 

「レイニー、ワンダ、ヴィジョン。ちょっと来てもらってもいいか」

 

「義姉さんいける?」

 

「大丈夫だよ。っんしょっと」

 

 スティーブに呼ばれてベッドから降りる。

 ……インクマシンの破損の影響か、はたまた別の要因か、私の身体は小さくなってしまった。具体的には、ベッドの高さが肘関節くらいに。

 私が目覚めてワンダが泣き止んでからみんながお見舞いに来た時には、そりゃあ驚かれたし怒られた。

 

 「なんで小さくなってんだ」とか。

 「なんであんな無茶したんだ」とか。

 

 それに対して「いや寧ろラムロウのタイマンに乗って周り見れなくなったキャップに非がある気がするし、被害者いなかったんなら儲けものでしょ。小さくなっちゃった原因は不明」と返すと、身体中にシップ貼ってたスティーブがガチでしょんぼりして、サムさんに慰められてた。国の英雄がしょんぼりする姿なんか誰も見たくないって。イヤHYDRAの連中は見たがるだろうけどそれはどうでもいい。どうでもいいから! だから追い打ち掛けるように悪口言わないでよトニー! スティーブのメンタルをタコ殴りすな!

 小さくなったことに関してはインクマシンの不調ってことで、多分時間が経てば治るでしょと答えた。ベンディに話しかけて見てるけど、曖昧な返答と冗談交じりの雑談しか返ってこないから…まぁ、問題ないでしょ!

 多分だけど、インクマシンの損傷に伴って精製できるインクの総量が大幅にダウンしちゃったんだと思う。前よりも〝私〟を構成するインク量が減ってるっていうか、()()()()。依然ベンディとして動くことはできるかもしれないけど、戦力もダダ下がりっぽい。

 

「おっ、もう歩いて大丈夫なのかチビ助」

 

「その足削って私の身長分縮めてやったっていいんだぞ」

 

「冗談冗談、そう怒るなよ」

 

 サムさんにぐしゃぐしゃと髪を混ぜられる。もう扱いが子どもだよ…いや待て、こうなる前から私は子どもだったじゃんか。身長だけでこんなに扱い変わるもの? ちょっと子どもっぽくなった気はするけど、精神は身体年齢に引っ張られてない気がするから…多分、周りの人がそう見えてるんだろうね。ねっ!

 

「あれ、私の椅子は」

 

「義姉さんはここよ」

 

「アッハイ」

 

 スティーブ、ナターシャさん、サムさん、ワンダ、ローズ中佐、ヴィジョン、これからトニーとロス長官が来るとして、椅子が1個足りなかった。すると満面の笑みのワンダが自分の膝の上指してきて「そうくるかぁ…」と呆れ笑い。いや、確かに今の身長じゃ椅子なんか全然届かないし足がつかないどころか頭もギリギリテーブルから出られるかどうかってレベルだけどさ!

 当然、私には逃げるという選択肢もなくリーチの差で負けてるワンダに捕まって膝の上に着席。

 

「元気そうでよかったわ」

 

「心配したぞホントに。まァ、杞憂のようでよかった」

 

「お陰様でねっ」

 

 そりゃ、ワンダに抱えられたまま着席なんかしたら微笑ましくもなるよね! ナターシャさんとローズ中佐の視線が生温か過ぎてぐへぇってなる!

 

「オイオイここは授業参観か何かか? ちっこい子どもがいるじゃあないか」

 

「はっ倒されたい?」

 

「ふむ? できるものならされてみたいがね…冗談だ。私にそんな趣味はない」

 

 軽口と共に入室してきたのはトニーとロス長官。

 これで全員揃って、会議が始まった。

 

「──さて、キミたちよく集まってくれた。早速今日の本題に入ろう」

 

 内容は、()()()()『ソコヴィア協定』に関する説明だった。

 ニューヨーク、ワシントンD.C.、ソコヴィア、ラゴス。この4か所で私たちはアベンジャーズとして活動し、宇宙人を、HYDRAを、暴走したAIを倒し、世界に襲い掛かるであろう破滅の未来を食い止めてきた。でもその一方で、救えなかった命も少なくない。加えて、戦力が増強されたアベンジャーズという組織そのものを危険視している。

 

 私にも、救えなかった命を自覚していなかった。

 ソコヴィアで(ピエトロ)を亡くしたことで、それを自覚させられた。

 

 確かに私たちは未曽有の大災害を防ぎ世界を守り続けてきたかもしれない。でも、すべての命を救えたわけじゃない。

 できることは多くなった。やれることも増えた。でも、すべての人間を救うにはあまりにも手が小さくて、救い上げた人々は零れ落ちた。

 私たちはそのことを自覚し、それを世界へ伝わる形で示さなければならない。

 

 ──罪なき者を犠牲にしての勝利は、勝利ではない

 

 ワカンダ国民が軽傷を負ったとの報道に対しての返答は、コクオー直々にメディアに顔を出して答えていた。幸い死傷者は出なかったけど、自国の国民が被害に遭ってはコメントせざるを得なかったみたい。

 

「私は、国務長官という大役に就いて初の大仕事を大統領直々に頼まれた。それが、現在進行形でメディアがこぞって叩いてるキミたちに対する対応策としての、『ソコヴィア協定』の締結だ。既に世界の117ヵ国が同意している。今後アベンジャーズは民間組織ではなく、国連委員会の監視下に置かれ、委員会が許可した時のみ出動が許可されることとなる。つまり国際法に…ギリギリ適用内に入れる」

 

 『ソコヴィア協定』に対しやや反対の意を示すスティーブは、アベンジャーズの責務は世界の平和を守ることにあると説いた。組織の許可なしに動けなくては、今まで以上に後手に回るのは明白だからね。

 それに対しロス長官は、メンバーの内であるソーとブルース(ハルク)の消息を絶ってしまった管理責任を言及した。()()()()()()()2人を兵器扱いしてその危険性と重要性を誇示して、『ソコヴィア協定』の署名こそが世界各国への解答に繋がると説いた。まぁ協定をアベンジャーズメンバー自らが署名すれば、そりゃ各国の首脳も不承不承に納得するでしょ。拘束のほうが大きいんだし、考え方によっては加盟国がある程度の裁量でアベンジャーズという千の軍人にも勝る超人集団を自由に動かせるんだから。

 

「もし、私たちの解答が長官の意に反するものだったら?」

 

「そのときはアベンジャーズを去ってもらう」

 

 有無を言わせない威圧、流石は元将軍。

 

「だが、今回の署名はあくまでも個人の自由であってアベンジャーズの自由ではない。どのみち協定の締結は既に既定路線だからな。ここで去る者を後ろから撃ったりはせんよ。無論、去ってから問題を起こした連中に関しては容赦せんがね」

 

「この場にいないソーと博士に関してはどうするんですかー? 彼ら賛成の意今すぐ示せませんけど」

 

「……ハァ。この協定の署名について、アベンジャーズメンバーには()()()()()()()()がある。逆を言えば、賛成か反対かその意を示すまでは署名を先延ばしできるわけだ、その間のバッシングに関しては私の知るところではないがね。だから、3日後に行われるウィーンでの国連会議で正式調印される日が一番ベストなタイミングだ。アベンジャーズの今後を左右する署名をたった3日で決断せよ、などとは…口が裂けても言えんからな」

 

 うん、()()()()ちゃんと各国首脳を言いくるめてくれたみたいでよかった。協定草案に首突っ込んでて正解だったよ、博士逃亡の責任取りではあったけどね。

 

 スティーブやトニーにも負けず劣らず苦々しい顔をしたロス長官が部屋から出てくと、ぎょろりと全員の視線がワンダのおっぱい──ではなくその下の、私に集中砲火された。あっ。

 

「レイニー」

 

「はひ」

 

「嘘偽りなく答えてくれ。誤魔化しもナシだ。ソコヴィア協定について、何らかの形で関わったな?」

 

「……ノーコメ「義姉さん???」草案の製作に口出してましたハイごめんなさい」

 

「やっぱりな」

 

 うぇえ、スティーブにゃ隠し事できないわ。

 

 

 

 

 

 Chapter 97

 

 

 

 数分後、ワンダにガッチリと拘束されて洗いざらい吐かれたレイニーが口からタマシイのような何かを漏らして白目剥いてる姿があった。元KGBのナターシャの手腕の前に、秘密を隠し通せる人間はそうそういない。悪魔である以前にもともと人間でもあるレイニーにも効果覿面だった。

 

「これってアレか? ボクたちを政府に売ったって解釈でいいのか?」

 

「……イヤ違う、協定の内容読んでみろ。ある程度のアベンジャーズの自由意志が尊重されている。僕たちの為に、手を回してくれたんだ」

 

 トニーが冗談っぽい軽口を叩くが、ロス長官が持ってきた『ソコヴィア協定』の全文が書かれた本を読んだスティーブはそれを否定した。

 

 例えば、先ほどロス長官は『国連委員会の許可のもと出動が可能である』と話していたが、協定には『次の監査までの間に一度だけ、アベンジャーズの総意の元で緊急出動する権利がある。ただし、出動後は直ちに監査を受け、国連委員会の議員の半数以上が可決しない限り再出動することはできない』とある。

 つまり、委員会の許可なしに出動した場合であっても監査が問題なければアベンジャーズとしての活動が可能であり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という抜け道も存在する。

 

 これを理解したスティーブらは、舌を巻いた。

 レイニーは、ソコヴィア協定による法的拘束を受けた上でも今までのように活動することができるよう、下準備をしていたのだ。無論この草案を国連委員会で可決させるにも骨が折れたことだろう、ロス長官だけでは難しかったはずだ。

 逆に捉えれば、この草案を可決させたのは世界各国のアベンジャーズに対する感謝であり、譲歩であったとも言える。メディアは元より、ロス長官の言う通り世界各国はアベンジャーズという超人集団そのものを危険視している。しかし、それでもアベンジャーズという組織が為したことへの感謝はある、救われた国がある、助けられた民がいる。だからこそ、レイニーの草案は国連委員会で通ったのだ。

 それでも、

 

「それでも、国や政府が俺たちを犯罪者みたいに四六時中監視することには変わりないだろ。犯罪を犯してもいないのに監視されるなんてゴメンだね」

 

「117ヵ国…この数わかるか? 世界の国の半分以上だぞ。いくらHYDRAみたいな連中がいるからって根回しできる国にも限界ってもんがあるだろう」

 

 レイニーが付け足した特例があるとはいえ、自身が半永久的に監視下に置かれることには変わりない。監査の結果危険と判断された場合は犯罪者同様に収監されることになっている上に、再監査までは時間がかかる。自分自身の命運を世界という巨大な組織に握られることへの抵抗は誰にでもある。

 トニーは目を瞑り、スティーブとナターシャは協定を読み進め、サムとローズが口論する中、ヴィジョンが口を開く。

 

「……私の分析結果では、8年前にスターク氏が『I am(私が) Iron Man(アイアンマンだ)』と宣言して以来、超人たちの数は急激に増加しました。そしてその間に人類滅亡に届きうる危機も同程度の割合で増加している。そこに因果関係があるとは断言できませんが、軽視していい問題ではないかと。

 我々がより強大な力を得れば、それに引き寄せられた敵が力を求めてやってくる。敵が来れば抗うのは当然、抗いは争いとなり、それはより強大な悲劇となって我々やその周囲に広がるでしょう。

 ……結論としては、国連の管理下に置かれることに賛成です」

 

「ほらな」

 

 ローズは賛同者が増えたことを寿ぐが、それでも顔色は優れない。そもそもこの話題そのものが今のアベンジャーズにとって接触禁忌(タブー)に近いディープな内容だからだ。

 故に、今まで黙っていたレイニーがぴ、と挙手して注目を集める。タマシイの抜けた顔とは一転、姿こそ幼くなっても変わらない鋭利な刃を連想させる眼差しは、視線が向けられてるヴィジョンの背筋を震わせた。 

 

「……ヴィジョン、貴方の考察は一つの説としては正しいと思う。でも私たちは()()()を考えなければならない」

 

「というと?」 

 

「チェス盤をひっくり返してみて。私たちが生まれたのではなく、なぜ世界が私たちを生んだのか。

 Why(ホワイ) done it(ダニット) ? なぜ私たちが生まれ、そしてヒーローになったのか」

 

「…我々が生まれたことと、ヒーローが生まれたことは別であると?」

 

「スティーブやトニー、サムさん、ローズ中佐、ナターシャさんみたいな生粋の英雄(ナチュラルボーンヒーロー)も、私やワンダ、ハルク、ヴィジョンみたいな後天的なヒーローも、悪人(ヴィラン)になる未来はきっとあった。力に溺れ、高慢にそれを振るい、力なき人々を虐げるような悪人(ヴィラン)に。そういう選択肢もあったし、私たちにとっての正義が大衆にとっては悪人(ヴィラン)として眼に映る未来もあったと思う。

 でもそうならなかったのは、一重にそれよりも邪悪な存在がいて、私たちは人として、自分の正しさを信じるために、抗ったからだと思う」

 

 レイニーはワンダの膝から離れて自分で立ち、己よりも遥かに背の高いメンバーに対して物怖じすることなくハッキリと口にする。

 

「地球や世界を一個体の生命と考えてみて。生物は生きていれば体内体外問わずいずれはエラーを起こす。それは転んで怪我だってするし、ウイルスを取り込めば病気に、遺伝異常が起こればおかしくもなる。でも生物には自己保存のための免疫ってものがあるでしょう?」

 

「…なるほど。つまり悪人(ヴィラン)達がウイルスで、我々が免疫抗体であると。興味深い見解ですね」

 

「或いは全能抗体(マクロファージ)…まぁ呼び方はなんでもいいか。でも、私たちがバラバラな意志を持つ免疫抗体である以上、私たちもエラーを起こすことはある。それが、ロス長官がいう〝ならず者〟としての見方なんだと思うよ」

 

 ワンダの膝から飛び降りたレイニーがぐるりとメンバーの顔を見渡しながら告げる。

 レイニーの話は、あくまでも一説に過ぎない。だがヴィジョンの考察が統計的なデータ分析から得られた情報であったが故に、更にその分析結果を加えた上で、メンバーの各人に思い当たる節のある過去が投影できる出来事があるからこそその説得力が増長された。

 

 しかし。だからこそ。

 

「ハッ、なるほどな」

 

 トニーは一笑に伏して見せた。レイニーの考え方の根源を理解したから。

 

「そりゃそうだもんな。何てったって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だってんだから、考えることもボクたちの常識を遥かに上回ってる」

 

「? 何を勘違いしてるのか知らないけど、別にこの境遇が私だけのものだとは思ってないわよ?」

 

「何だって?」

 

「贄、人柱、人身御供…古来よりアニミズム文化を持つ地域では、人間を捧げて荒ぶる(カミ)を鎮める儀式はあった。時にそれは天気であったり、飢饉であったり、災害であったりした。ああ、最近は()()()()なんていうのもあったかしら? それは除外するとして、昔は今と違って人間の数に対して安定した食料の生産体制が取れていなかったから、どうしても自然界に頼るしかなかった。だから人を供物として捧げて手の届かない超常の存在へ己が意思を伝えた。(カミ)さま、どうか生贄を捧げますから荒ぶる御心を静めてください、と。

 現代は科学の発達とともに安定した生産が可能になって、需要と供給のバランスが取れつつある。まぁ、その代わりに金銭の取引という枷も生まれてしまったけど、それはどうしようもないわね。

 とにかく、昔と形こそ違ってしまったとはいえ現代でも人を供物に捧げて世の平定を継続させる慣習は残っているのよ。別にいまアベンジャーズとして活動している私がそのバイパスを担ってるといっても、きっと世界中には私以外の誰かがまた私のような〝贄〟になって奮闘してるわよ。()()()()()()()()()()()()()()()()。1人の人間を犠牲にして大勢を救う…ま、それなら安い取引よね」

 

「それは、違う」

 

 レイニーの言った言葉は、どれもが一考に値するものであることは明白。

 しかしそれでも、最後の一言。レイニーが自分の考えではなく感想として述べた一言だけは、スティーブの琴線に触れるものだった。

 

「命の価値に高いも安いもない。皆、平等だ」

 

「…そうだったわ。失言」

 

 そこは己が失言の非を認め、レイニーは素直に謝罪した。

 スティーブの境遇を、考えをよく知るレイニーだからこそ、今の失言がスティーブの譲れないものであると理解したのだ。

 一触即発すら有り得たスティーブの剣幕に身構えたメンバーも、レイニーの謝罪で弛緩した空気によってその緊張を解く。レイニーを一笑したトニーも、以前犠牲になってしまった少年の母親の慟哭を思い返し、目頭を押さえて呻いた。

 レイニーは、協定の草案に加担した私が言うのも何だけど、と前置きを入れ、

 

「私は、賛成だよ。権限があるかどうかはわからないけど、署名しろと言うならする。委員会からの監査を受けて、然るべき処罰も受ける」

 

「…どうして?」

 

「どうしてって? それは反省してるからだよ、子どもだってわかる。悪いことをしたり失敗したら、謝って、反省して、次に活かさないといけない。その反省には罰だって含まれる。しかも今回の場合は委員会に目に見える形でその態度を示さないといけない。

 幸い、HYDRAの残党狩りも済んで水面下の活動も小康状態のようだし、タイミングとしては悪くないと思うよ。ロス長官も本当はソコヴィアの一件後すぐに持ちかけたかったけど、ラムロウの件が片付くまで抑えててくれたみたいだし」

 

「監査で、最悪なパターンとしてあなたが消されることだってあるのよ。そんなの私が許さない」

 

 現状、この場にいないハルクやソーを除けば、委員会の言う監査とやらに引っかかる可能性が最も高いのはレイニーだ。監査結果によっては犯罪者同然の扱い──つまり、収容施設に収監されることを示していた。義姉(レイニー)を慕う義妹(ワンダ)が、それを赦す筈がない。

 しかし、それを理解した上で、レイニーは小さく笑った。

 

 それは〝諦め〟の笑顔だった。

 

「……ありがとう。そう言ってくれると嬉しい。でも実際問題、世間や上層部がベンディの扱いを図りかねているということは、それほどの脅威でもあるわけだから」

 

「やめてよ。それなら私も一緒」

 

「貴女は一個体のヒーローだから安全よ。私は…いわばハルク同様、私とは別人格の存在(悪魔)がいて、しかも人類に対して憎しみがある。今までの活躍や働きがそのまま脅威として見られるのは、複雑だけどね」

 

 その言葉を聞いて、メンバーは無意識に理解してしまった。

 

 ソコヴィア協定への署名は、()()()()()()ある程度の拘束こそあれどアベンジャーズとしての活動は継続できる。

 

 しかしレイニーにその保証がない。

 

 

 

 

 

 

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