パラサイト・インクマシン 作:アンラッキー・OZ
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Chapter 98
「そう、亡くなったの…」
『……あぁ、安らかな顔だったよ。最後まで苦しむこともなく』
ロス長官に持ち掛けられたソコヴィア協定の署名に関してアベンジャーズ全メンバーで相談してた際に、私の端末にある連絡が入った。ペギーさんが、危篤状態とのことだった。認知症に関しては改善傾向があって手先の運動機能も戻りつつあったけど、加齢もあって前から脈拍は弱まってたし、更年期障害は随所に出てた。
その一報を折に署名について一時相談を中止、いきなり持ち掛けられてもすぐ結論が出るものでもないから話は一旦持ち帰るということで解散。スティーブはバイクですぐ病院まで飛んだ。
できれば私も一緒についていきたかったけど、いきなり見た目が幼児退行してしまっては逆にびっくりさせて心臓に悪影響だろうということで付き添いは控えた。
「……何か、言ってた?」
『……「自分の信じる道を進んで」と…』
ペギーさんの今際の言葉を、スティーブは
『…葬式は、3日後に執り行う予定だ。レイニーも来るか?』
「ウィーンの国際会議の日だよね、ってことは」
『ああ、僕は署名はしない』
やっぱり。
元々スティーブはソコヴィア協定には乗り気じゃなかった。現行のアベンジャーズの組織体制に近い形を実現できるように手を加えさせて貰ったけど、それでも初動がいままでより遅れてしまうのは事実。その遅延がどれだけの人間を傷付け、命を落としてしまうかもわからない。犠牲はつきものだと理解していても、その犠牲を抑制するのが私たちの責務でもある。
ただし、
「それじゃあ、スティーブはアベンジャーズじゃなくなっちゃうよ?」
『……わかってる。僕にも少し、時間が欲しい』
「…うん、わかった」
『なぁ、レイニー』
「何?」
『僕たちは…その……家族、だよな?』
「当たり前でしょ。トニーもソーも博士も、クリントさんもナターシャさんもサムさんもローズ中佐も、ワンダもヴィジョンも基地のみんなも、みんな私たちの家族。でしょ?」
『…あぁ、そうだな』
また連絡する、と告げられて電話は切れた。
アメリカでは、葬式は故人の自宅では行わないし、ご遺体の近くで一晩中ずっと過ごすってこともない。今回の場合は多分教会で執り行うだろうから……あとでシャロンさん辺りに聞いて献花を贈ろう、ツルの折り紙を添えて。多分ご遺体は実家のロンドンへ送って埋葬するはずだから…きっと英国だろうなぁ。
葬儀に参列…できればいいけど、如何せんインクマシン破損の後遺症かどうも身体を上手く動かしにくい。スティーブは急いでたしナターシャさんたちは署名に関して悩んでたから気付かれなかったけど、目敏いワンダとヴィジョンにはバレてた。だから解散直後ワンダに捕まって自室待機を強いられた。解せぬ。
「スティーブ?」
「ああ、うん。亡くなったって…」
「そう……私も葬儀に行こうかしら」
「署名するんじゃないの?」
「顔見せして、すぐウィーンの会場に向かうわ」
「そっか」
現状、署名に賛同しているのはトニー、ローズ中佐、ナターシャさん、私の4名。反対なのはスティーブ、サムさん、ワンダの3名。保留がヴィジョン、返答待ちがソーと博士とクリントさんの3名。
ヴィジョンが保留なのは、署名することがイコール私の生命危機に関わる案件だと理解してしまったから。必ずしもヴィジョンが導き出した推測から考えられる次善策が、ヴィジョン個人にとっての幸福に繋がるわけじゃないから。
自分の判断が大衆の安全の保障と生みの親たる私の未来を、天秤にかけてしまったから。
英国で有名な哲学者フィリッパ・フットが提起したトロリー問題は、正にこういうことを指してるんだろうなぁ。迫りくる暴走トロッコ、目の前のスイッチを切り替えなければ5人の作業員が亡くなるけど、切り替えれば別の作業員1人が亡くなる。1人を犠牲にして5人の命を救うか、それとも何もせず5人を見殺しにするか。
どの作業員も面識なければスイッチを切り替える選択肢を取るだろうけど、犠牲になる1人が友人だったら、或いは年若き子どもだったらどうか。道徳的視点、義務論、功利などあらゆる観点から考えて、どう選ぶことが正しいのか。
本人にとって、何が正しいのか。
そういう障害を取っ払ってすべてを救えるのは一握りの英雄だけ。みんなそうなれるように切磋琢磨し、力を付けてても、そういう過酷な選択を強いられることはある。ヴィジョンには、
ただ、悩んで、選択して、
選ぶ前も選んだ後も、本当にその選択が正しかったのか、何度も何度も思い出して、何度も何度も苦しんで、それでも前に進んでもらわないといけない。自分の選択したことをずべて正しいことだと決めつけるのは、そりゃただの
人を救う歓喜の声と同じ数、いや多分それ以上の救えなかった絶望の声を延々と思い返すのは、常人でも確かに苦痛だと思う。人間ってイヤなことからは目を背けたいし痛い思いを味わうのがイヤだから。でも、
ワンダも、ヴィジョンも。もう
誰かに頼ったり、疲れたときに背中を預けられる家族がもういるんだって、気付いてくれると嬉しいなぁ。
「貴女はどうするの?」
「こんな
「わかったわ、たしかに…その身長のスーツは買ってないものね。売ってるかも怪しいけど」
まぁ米国じゃ喪服着るのは遺族と葬儀屋だけだし。スーツ用意できればいいし。いざとなったらインクで服作ればいいけど流石に葬儀にインク製の服着てくのは躊躇われるなぁ。
うんうん悩んでると、ナターシャさんが悪戯っぽく笑ってきた。
「それじゃ、ウィーンでの署名も無理そうね」
「あー……まぁ、ワンダ辺りはそれが目的かもしんないね」
ワンダとヴィジョンによる私への外出禁止令は、ソコヴィア協定への署名をさせないという意思の表れ、なんだと思う。草案製作者が反対するわけにもいかないし、ロス長官との約束を反故するわけにもいかないから私が署名することは決定事項なんだけど、署名する日はある程度であれば伸ばせる。
2人にはソコヴィア協定への署名が刑務所入獄への1ステップにでも見えてるんだろうか。
またあとでね、と手を振って、ナターシャさんは自室から出てった。さてと、会社に連絡入れないと…アレ? また
「はい、もしもし」
『おお、レイニーか。壮健そうでなによりだ』
「爆破に巻き込まれましたけどね」
『だが、こうして電話に出られる程度には回復しているのだろう?』
バレタカー。
確かに、目覚めて早々の頃は身体を維持することに意識を割き過ぎてロクに身体を動かせなかったのは事実。だから余計ワンダにはお人形さんか何かに見えちゃったんだろうなぁ。
『ハハハ…冗談だ。キミの声が聞けて安心した。実は国連委員会から呼び出しを受けてな。キミの耳にはもう入っているだろうが、ソコヴィア協定締結の加盟国の代表として、3日後のウィーンでの会議に参加することになったのだ』
「そうなんですね……オージ様も行くんですか?」
『あ、ああ…そうだな、
間に合えば???
「え、どうしたんですか。まさかクロウの捕獲時に事故でも?」
『ああいや、それに関しては滞りなく済ませたから問題はない。ただ…キルモンガー、キミが見つけてくれた弟の忘れ形見ウンジャダカと……ここ数日、〝決闘〟を続けていてな』
「……は?」
……コクオー様曰く、ワカンダの国には国王になるにあたり複数の部族を交えた〝決闘〟というのが行われるらしく。
なんだ、決闘って。怪物の絵が描かれた石板立てて「
「…エリックの発見は8日ほど前ですよね? 捕まえたのはつい最近、ですよね?」
『イヤ、発見の報を受けてすぐ
「流石はワカンダクオリティ……で、その神聖な儀? が始まったのは?」
『……クロウの捕縛と公開処刑の準備には3日ほど掛かった。その後で、儀式を始めた』
つまり、単純計算で5日間はその〝決闘〟とやらを続けてるってことになる。はぇー……ワカンダ国王ってそんなにスタミナ要る座なのか。いらんわ! なれって言われたって断固拒否するわ!
「……ま、まぁそちらも元気そうで何よりです。便りが無いのがよい便りとは言いますが、予想以上にエネルギッシュで安心してます」
『正直、息子と弟の忘れ形見が殴り合う光景は観てて心に来るものがあったのだが、こうも決着がつかないと色々とな……あぁ違う、そういう件で連絡しているわけではない』
ですよね。
ですよね! 流石に「決闘が続きすぎて我しんどい。慰めて」レベルの世間話で電話されちゃあ、お相手がコクオー様でも私が困るわ!
『実はウィーンでの国際会議で、キミへの賛辞の意味合いも含めた授賞式も組み込もうと考えている』
「え、なんでですか?」
というか、何の賞?
『ラゴスに我が同胞もいたことは既にニュースになっているだろう。爆破テロを未然に防いだ功労者として、そしてソコヴィアでの惨事に心を痛め追悼していた者の一人としてだ。私がソコヴィアへ訪問した最初の国王であることは世界が知ることだ、しかし私よりもずっと前にソコヴィアにいた者がいたことは、我々以外知らない。
誰よりも、心を痛めていることも』
「………」
ここで、考えた。
コクオー様が
なんでそこまで気に入ってるのかは分からないけど、ワカンダにとって
でも、
「でしたら、私ウィーンへは行けない身のでまたの機会ということで」
『ふむ? そうなのかね…イヤ、身を挺にしてテロの被害を最小限にしたのだ、五体満足というわけでもなかったのだな…本当に、感謝している』
「コクオー様ー? 謝辞は受け取りますがそう軽々しくお礼言うとオコエさんとかに怒られますよ! あの人チョー怖いから!」
『ははは、確かに王たるものは軽率に頭を下げるものではないがな。だが、感謝しているのは本当だ。それにウィーンでの会議後は私は国王の座を降りる。〝決闘〟の勝者が、新たなワカンダの国王だ』
「…そう、なんですね。そうなるとコクオー様から誉を受け取る最後の一人になれなかったことは惜しいですけど…」
うん、でも
「もし賞を贈って下さるのでしたら、私個人ではなくアベンジャーズ全員にその賞を贈って下さい。でなければ、私にはその誉を受け取ることはできません」
『……キミは、アベンジャーズを本当に大切にしているのだな』
「自慢の、大切な家族ですから」
血の繋がりはない。思想は違うし人種も年齢も何もかもがバラバラ。
それでも、アベンジャーズは私にとっては家族で、家で、拠り所なのは変えようがない現実。
それでいいと思ってるし、だからこそ家族の一人が受け取る誉よりはみんなで受け取った方が、みんな嬉しい。
『…キミの高潔な精神は、国を慕う我が国民の愛国心に勝るとも劣らぬものだ。キミのような子がいて、アベンジャーズは幸せだな、羨ましく思う。しかし、だからこそ…』
「嫉妬ですかコクオー様ー? まぁそういうことですので、申し訳ありませんが受賞は辞退させていただきます」
多分、コクオー様は薄々気付いてる。気付いてしまってる。
ソコヴィア協定の締結が、必ずしも万人の幸福に結びつくものではないことを。
それでも、コクオー様は王様だから。ワカンダを代表する王様だから。王としての判断を下し、選定しなきゃいけない。民を守るために。国を、そして世界を守るために。
『……ふむ、ならば今度我が国に来たときには、よい茶を振舞うとしようか。前の茶会よりもいいものを用意しよう。約束だ』
「あ…あははは、いやぁここで「盛大な宴を開くとしよう!」って言われたら遠回しにお断りしてたんですけど、お茶会なら普通に楽しそうだしいいなと思えてしまう私がいるのがニクいです。コクオー様とのお話には興味ありますし」
『ははは、キミとの話は私も楽しみにしている。国王でなくなったただの老いぼれの茶会に、付き合ってくれるかね?』
「喜んで、国王陛下」
Chapter 99
1日目は、まず会社への連絡と業務の進捗状況の確認がレイニーの仕事だった。
仮初とは言え会社にとっては重要なポストである社長の安否報告は社員が望む一報であった。ただ、本当に問題ないかを執拗に確認する社員に押されてテレビ電話に切り替えたときには社員全員があんぐりと口を開けた。
「え」
「えぇ…これは予想外。おみそれしましたわ」
「社長が…」
「社長が、ロリ社長に!?」
「幼児退行? 若返りの薬? 契約の対価? 赤ちゃんプレイ?」
「うわロリだ…でもそれがいい」
「お黙りロリコン共」
「お前、あの社長がだぞ!? あの社長が絵に描いた様なロリ化を現実にしたんだぞ!? ホラ言っただろう! 信じていれば、〝諦めなければ夢は必ず叶う〟って、信じているんだって!」
「万歳、万歳、おおぉぉォッ、万歳ァィ!」
「ダメだわこいつら、これだからアホ共は手に負えない…」
「しょーがねーだろ赤ちゃんなんだから」
「いまは社長が赤ちゃんレベルになっちまったけどな」
「というかこういうことが日常茶飯事に起こるのかアベンジャーズって…今からでも遅くないかな?」
「動機が酷い」
予想以上にショックは大きかったが、その後下される鬼のような指示はいつもの社長と変わりない様子だったということでホッとしたらしい(訓練済)。
1週間以上社長不在であっても、ベンディ・アニメーション・プロジェクトに目立った問題はなかった。それも普段からひたむきに働いている社員と、彼らを取りまとめる
2日目は、新アベンジャーズ基地にて科学技術スタッフとヴィジョンを交えたインクマシンの修理及び微調整で潰れた。幼児化してしまい戦力の衰えたレイニーを元に戻すことは現状アベンジャーズ内における急務でもあったからだ。
最も、レイニーを含む全員が
とはいえ
「これは…特定のパターンがある。ぐにゃぐにゃと線を引いてるだけのように見えるが、この部分だけは何らかの法則に準えて溝が作られてる」
「待て、この溝…線のように見えてるが、もしかして文字なんじゃないか?」
「どの国のどの時代にも当てはまらない記号だ。だが…これは、時間が経過するごとに伸びている? 何かを、記録してるのか?」
まさにブラックボックスともいえる
線、あるいは文字のようにも見えるそれが何を意味するかは調査班にも最後まで分からずじまいであったが、恐らく
「地球は記憶する。石は記憶する。聞き方さえわかれば、石は多くのことを教えてくれるだろう…私が以前調査したインディアンの人々が教えてくれた言葉だ。古代の石は現代で言うCDのようなものだ。花崗岩に圧力を掛ければ電気を帯び、その性質を応用すれば記憶を閉じ込めることもできる…もしかすると、その基盤は
幸いにも、今回の爆破でその基盤へのダメージは軽微で済んでいた。特に目立った外傷もなく、レイニーの記憶や認識の齟齬も見られず、あくまでも複数ある説の一つとして記録されることとなる。
ひとまず科学技術班による修復と考えられる修復は終わった。なお、丸1日を本人そっちのけで検査と研究に費やされたレイニーの目は若干死にかけてた。身体から心臓を引き抜かれて様々な角度からしげしげと眺められたり電気刺激を与えられたりすれば、誰だって生きた心地も失せるもの。最もレイニーは既に
そして、3日目。
連絡先を交換していたマーガレット・〝ペギー〟・カーターの姪シャロン・カーターから聞いた葬儀場には既に花束と折り紙を届けてある。現在は心臓のインクマシンの調子を確かめつつ自身の内にいるインクの住人とコミュニケーションを取り、、世界中に散らばっているサーチャーと情報交換しつつ、
「え」
中継カメラが、爆風に攫われて通信が途切れるまでは。
「………The Projectionist 」
(………映写技師)
【 Did you need me ? 】
(何かご入用でしょうか?)
部分インク化という謎の特殊技能を身に付けたレイニーは、声帯だけ一部インク化して映写技師に呼び掛ける。レイニーの声に応じて声帯のインクから血の如く噴き出たインクから、四角い
「頼みがある」
【 We will gladly undertake that 】
(私たちは喜んでその頼みを引き受けましょう)
──この日、バーガー買い出しを頼まれていたハッピーがプライベートジェットで基地にやってきたのだが。
いつものトニーの気紛れと考えて疑わず、紙袋一杯のバーガーを置いていき、再びジェットに乗り込んですごすごと去っていったハッピーの行方に興味を持つ者は誰一人としていなかった。
そして数時間後、部屋の監視を請け負っていたヴィジョンがレイニーの不在を知ることになる。