パラサイト・インクマシン 作:アンラッキー・OZ
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Chapter 100
「驚いたよ、いきなり電話してくるもんだから端末落としちゃったじゃないか! ホラ見てくれよこの液晶のヒビ! 最近のJKだってこんなボロボロ端末持ち歩かないよ。っていうかキミ、ちっちゃくなった? 前からだと思うけど」
「最後の一言のせいで謝る気が失せるわ、ハッピー」
「………?」
「その、「ハ? 何を言ってるんだ?」的な顔ヤメテ。急な頼みを聞いてくれたことには感謝してるから」
「どうも。少なくともボスよりはデリカシーのある男だと自負してるよ。それで、基地から抜け出せたのはいいとして行き先はどこにするんだい? いまはヨーロッパ方面へ進路を取ってるが」
「……聞かないの? 脱走したことと、これから私がすること」
「私は基本的に誰かを妄信することはないが、それでもキミのやりたいことが悪いことだとは思わない。それだけさ。あんまりアレコレ
まぁ──ボスに仇を返すことになったとしても、お灸を据えたと思えば気楽なもんだよ。キミの悪戯程度で折れるなら、トニー・スタークは社長になんかなってなかったし、アイアンマンにもなってないだろうさ」
「……ははっ、トニーは人望厚いなぁ。うん、それじゃウィーンに……ま、まって、まって」
「ん? お、おいおいどうした」
「これ、誰かの視覚? うっわノイズひっど、Mr.ブラウンのブラウン管テレビよりポンコツ! 何この顔、バッキー? マッズそうな食事…誰の視覚だこれ…窓に…窓に…」
「お、おぉ~い大丈夫か? 待て待てパイロットはオート設定だよな!? な!? 飛行機酔いとかじゃないよな!?」
「背の低い二つの塔…上にあるの十字架? にしては横棒が二本多い…教会っぽい…」
「そこ、ブカレストだな」
「え?」
「クレツレスク教会だ。これでもかってくらいザ! ルーマニア正教! って感じだったぞ。嫁さんとの
「ブカレスト…ルーマニア? そこにはサーチャーを派遣してなんか…あれ、まって、
「バッキーってのは…あれだろ、ヤバい奴。今朝ニュースで見たぞ、ウィーンのテロの主犯格」
「えっそうなの、撮影してたから知らなかった」
「撮影?」
「あっそうだコレコレ。あとでトニーに渡しといて。私が返してって言いに来なかったらでいいんだけど」
「おお、お安い御用だ…コレ借りてたやつだろ? ボスの寄贈品じゃないか」
「だいーぶ昔にね。いっぱい勉強させてもらった」
「それで、進路はどうする?」
「ブカレストにお願い」
「………そこは「あなたと共に行けるところまで」とかさぁ」
「それなら「お客さんどちらまで?」って聞いてよ。ビシッと決まらないなぁ」
Chapter 101
唐突だが、日記を書いてみることにした。
何を書けばいいかわからない。
今日は晴れ、いい天気だ。これでいいか。
2日目
日記を書き始めて、2日目だ。昨日の内容は相棒のお気に召さなかったらしい。昔は日記を書いていた気もするが、どうも思い出せない。
誰かと書いていた、気がする。
天気は曇り、少し冷える。
3日目
日記を書けと言った相棒の名は、ボリスというらしい。ニューヨークから一緒に逃亡した犬だ。
なんでも俺の見張りを頼まれたんだとか。誰に頼まれたのかを聞いてみたが、その質問にだけは答えない。
ただ、上手い食事は振舞ってくれるからありがたい。
天気は曇り、風が強い。
Q月a日
どうやらここの欄には日付を書くらしい。
まだここに来て一か月程度だが、存外住み心地はいい。同じアパートの人から挨拶されたが、何を察したのか色々と家具や食器を貸して貰えた。いい人たちだ。
ところで、相棒のボリスはどこからどう見ても狼面なのだが普通に人と話している。ああいう被り物だと認識されてるのだろうか。
天気は雨、少し雨漏りしてた。
W月s日
ボリスのポーカーが異様に上手い。
イカサマらしいイカサマはしてなさそうだが、勝負を張るとき、降りるときの見極めが上手い。どうも、俺は顔に出やすいタイプらしい。本当にそうか?
鏡で見ても、自分の顔は仏頂面しか映さなかった。
今度は、チェスでも誘ってみるか。
天気は快晴、洗濯物を干すにはいい日だ。
E月d日
今日は祭日だった。聖霊降臨祭、というらしい。
外はいつも以上に騒がしい。賑やかで、行ってみたい気もするが、逃亡してる身としては外出は極力控えることにした。
祭日は、カメラも多いだろう。
代わりにボリスがちょっと豪華な晩飯を振舞ってくれた。ママリーガと、サルマーレというもので、同じアパートの叔母さんの料理教室で習ったものだそうだ。ルーマニア女性として一人前認定されたらしい。
そういえばボリス、お前メスなのか?
U月j日
もうここにきてだいぶ経つ。
最近は足元が冷えるからとボリスが用意してくれた湯たんぽが気持ちいい。
あとどれだけこの平和なひとときが過ごせるかわからない。俺も追われてる身、平穏が永遠に続くだなんて思ってはいない。いざというときの備えも怠らない。
だが、願わくば。
少しでも、この平穏が続いてほしいと思うのは、間違いだろうか。
自分の過去から目を背けて生きることは、間違いだろうか。
Don't write negative , Let's live life fully !
(辛気臭イコト書クナヨ、楽シク生キヨウゼ!)
「……」
「……」
ボリスに急かされて家に帰ったら、背中に盾背負った見覚えある男が不法侵入していて、人の日記を覗かれている件について。
考えてもみてくれ、『大戦の生ける伝説』だの『星条旗のアベンジャー』だの『自由の番人』だの祭り上げられている英雄が、自分の日記をじろじろと眺められてたら。
言葉に詰まる以前にこう、クるものがあるだろう?
【 …… 】
ヤバイ、ボリスが無言の重圧をかけてる。
コイツ、あまり喋らない割に怒りっぽいからすぐ手を出しちまうんだよな…この前ひったくりに財布抜き取られた時にはすぐ犯人捕まえて押し倒して馬乗りになって顔面殴り潰してたっけか。
流石に、
「……オイ」
「あっ」
「…キャプテン・アメリカは、人の日記を勝手に見るのが趣味なのか?」
「イヤ、違うんだ、そうじゃなくて」
「わかってる。スティーブ・ロジャース…なんだろ」
マスク越しにもわかる驚愕の顔に、どこか懐かしさを覚えてしまったのは事実。
断片的にではあるが、俺は
同時に思う。コイツが戦闘服を着てここに来てるってことは、
……ここの暮らしも、悪くはなかったんだがな。
「ウィーンの件は俺じゃない。証人は
「…ボリス?」
「…どうやら知ってるようだな。お前んとこのヤツが送り込んできたのか?」
「レイニーが…? イヤ、そんな話は聞いてない。でも、言わない理由がわからない」
「違うのか」
「…彼女に聞くしかない。でもその前に、ドイツの特殊部隊から逃げないと。キミを始末する気だ、生け捕りするつもりはないだろう」
「逃げる? 戦う、の間違いだろ」
『連中屋上に登ったぞ』
スティーブの通信機から男の声。聞き覚えある…あのとき、ワシントンで戦った翼の男か。
連中、俺を襲撃するのはいいがお隣さんに迷惑かけるのだけはやめてくれよ。結構よくしてもらってたんだ、近所迷惑は控えてくれ。
キャプテン・アメリカの手から日記帳を奪うと、ボリスに渡してやった。これだけが、俺がここにいたって証明できるものだからな。
記憶がまた消えてしまっても、きっと読めば思い出せるだろうさ。そこまで、物覚え悪くはないと自負してる。
「これはお前が持っててくれ。いいか、ここにいたことは誰にも話すなよ。これは命令だ」
【 Obey 】
(命令ハ守ル)
不安だ、ものすごく不安だ。
ここまですんなり頷くコイツの姿を見てると、どうしようもなく不安に駆られる。同居してた期間は2年程度だが、それだけあれば人とナリはある程度理解できるというもの…
コイツは、違うと思ったことは絶対に首を縦に振らない。
自分のポリシーを曲げることは絶対ないし、俺の指図なんて悉く無視してきた。世話役どころかお節介もいいところだ。
だから、きっとロクでもないことをしでかさないことを切に願う。流石に足を引っ張られるのはゴメンだが、それ以上にこれ以上迷惑を掛けられるのも勘弁してくれよ。
「戦う必要はないんだ、バッキー」
「結局は戦いになる。逃げるために、生きるために」
人間の生存ってのは、常に戦いの連鎖だと思う。戦い、奪い、勝ち上がり、生き残る。『勝つ』と『生きる』はイコールで、『負ける』と『死ぬ』もイコール。
俺は、まだ
「あのとき、何故僕を川から助けた?」
わからない…いや、違う。本当は、どうなんだろうか。
俺は多くの人を裏切ってきた。それは自分も含まれる。
自分を裏切り、知らないふりをして、覚えていないフリをして、ただただ命令だと言い聞かせて、遂行してきた。それが正しいことだと他人から植え付けられて、それが間違いだと分かっていても、俺は命令に従った。
もし自分に嘘をつかない、ありのままに答えるならば。
「身体が、勝手に動いた。覚えてたんだ」
『来たぞ! 逃げろ!』
パリン、と小気味良い音と共に窓ガラスが割れ、催涙弾と閃光弾が転がり込む。催涙弾は拳で弾き、閃光弾は蹴り飛ばした。でもそれじゃ防げない。
「くッ」
そこはスティーブの盾で処理してもらう。だが連中の目的は
「ボリス!」
ヤツはアニマトロニクスの腕をベッドに叩きつけて、反動で跳ね上げて窓を塞ぐ。裏に仕込んでいた鉄板が即席の防弾カーテンに早変わりだ。言ったろ、
「荷物!」
【 Here you are 】
(ハイドーゾ)
金、水、非常食、あと偽の身分証明。
逃走は終わりの見えない悪夢だ。追手が何人来るか、いつ来るか、どこまで来るかわからない。そんな連中相手にずっと逃げ続ける以上、必然的に持久戦になる。つまり先が見えない。従って供給が途絶えるまでが生命線になる。
今後の逃走生活を左右するバッグを、隣の建物の屋上へ投げ飛ばす。あそこなら常人には無理でも俺なら飛んでいける。そういう、ギリギリの場所なら追手をより確実に振り切れる。
「精々捕まるなよ」
【 Hasta La Vista Baby 】
(地獄デ会オウゼ、ベイベー)
あらかじめ決めてた逃走経路へ滑り込もうとして──視界の端で、ボリスのインクが銃声と共に飛び散るのが見えた。部屋に無数の穴が開いて、風通しがよくなった。
ああ、くそ。
やっぱ今日は、厄日だったか。
Chapter 102
ウィンター・ソルジャー:バッキー・バーンズの逃走は、ドイツの対テロ鎮圧特殊部隊、スティーブ・ロジャーズとサム・ウィルソン、鉤爪を持つ謎の黒スーツの男を交えた三つ巴の相克となった。
人数では現地警察の協力を得た対テロ鎮圧特殊部隊が、連携ではスティーブらが、単騎戦力では黒スーツの男がそれぞれ優位性を持っている。しかし、
「ッ雨…?」
パトカーから逃走途中、追う者全員が微かな異変を感じ取っていた。周囲の環境の、微細な変化である。まるで、
同時に、スティーブとサム、そして黒スーツの男はこの異変に憶えがあった。
「上…違う、下だッ」
トンネルの中に雨は降らない。頬を伝う液体は雨ではなくインクであり、降ってると思っていたインクは上からではなく下から降っているのだ。
まるであべこべだ、万物の自然法則を無視したような現象。その現象を引き起こせる人物は、1人しかいない。
【 Don't move everyone 】
(全員止まれ)
地から浮かび上がるインクは雫から水滴に、水滴から一筋の液体に、やがて秒を重ねるごとに太さを増し、人間1人分の太さに膨れ上がる。
人間1人、掴めるまでに。
「うッ」
「これはッ」
「クソッ」
「聞いてないぞこんなのッ」
インクの腕は4人の身体を捕え、掴み、離さない。液体である以上藻掻いたところで水を掻くような感触が帰ってくるだけで、逃れることなどできはしない。
【 Don't move , or I'll eat ! HeHeHeHeHeHeHe ! 】
(動イタラ喰ッチマウゾ! へへへへへへへッ!)
空から、悪魔が降り立った。
背中から二対四本の翼のようなものを羽ばたかせて降り立つは、ニューヨークで大暴れ、ソコヴィアでウルトロン共を蹂躙した
その姿はまるでウィリアム・A・ブグローが描いた絵画のように禍々しく。
ジュゼッペ・タルティーニが作曲し奏でた音楽のように恐ろしく。
ノートルダム大聖堂に彫られた石像の如く醜悪な。
まさに、聖書から飛び出してきたような悪魔そのものだった。駆け付けた警察や特殊部隊の面々も、目的であるバッキーよりも彼らを捕えた悪魔に銃口が向く。当然だ。
同族の人間よりも、未知の異種族の脅威の方が何倍も恐ろしい。
銃で致命傷を負わせられる人間ならまだいい。だが、銃が効くかもわからない未知の存在を目の前にして動揺せずにいられる人間が何人いるか。
ベンディはそんな恐れ慄く人間の恐怖の視線と表情を眺めて悦に浸るように高笑った。恐怖、憎悪、悲嘆、諦観──人間の生み出すマイナスの感情は、悪魔にとって格好のエネルギー源であるからだ。
しかし、その哄笑は他ならぬ
「ぷはっ…で、なんでみんないるワケ。時期外れの同窓会? あと
レイニーの動向からバッキーの逃走幇助の疑いが消えたと判断した『ウォーマシン』のスーツを装着しているローズは、着地して警察・特殊部隊に合図を送り拳銃を下ろし、拘束具の用意を指揮した。
『それよりなんでキミが居るんだ、外出できる身体じゃないだろう』
「え? それは…」
ローズに問われたレイニーは首を捻りつつ、その視線を黒スーツの男に移した。そして、気まずそうに目線を地面に落とす。
「……コクオー様が、亡くなったから…いてもたってもいられなくて」
「…そう、だったのか」
インクの腕から解放された黒スーツの男は、レイニーの告解を聞き観念したようにマスクを外した。立派にたくわえた黒髭。褐色肌。そして
黒スーツの男は、ティ・チャラ王子だった。
「……その心遣いに、感謝を」
「…あれ? オージ様? ゴクドーみたいな…ヤクザっぽくなったけど、猫にでも引っ掻かれた?」
「ああ、少々やんちゃなじゃじゃ馬だがな」
原因であるにもかかわらず事情を理解できてないレイニーは首を傾げたが、やがて
(ウワ、想像以上にヤバい儀式だったかも。コワ)
現在進行形で恐怖の対象になりつつあるレイニーでさえも恐れる儀式。ワカンダの伝統は悪魔も慄く恐ろしさである。
連行されるバッキー、サム、そしてスティーブの顔を一瞥して、深い溜め息をついた。
「…ひとまず、アナタどのボリスなのよ。ウォーリー? グラント? レイシー? ショーン?」
【クゥーン】
「泣きそうな犬みたいな鳴き声で誤魔化すな! そもそもアンタ犬じゃなくて狼でしょうに! ……ああ、もういいわ。どうせこのあとみんな仲良くお縄について事情聴取されるんだし。いままで無断外出してどんだけ好き放題勝手気ままに過ごしてたか、全部まるっと吐いて貰うから。貰うから!」
───と、息巻いていたレイニーだったのだが。
ベルリンの対テロ共同対策本部、東棟地下5階にてバッキーが収容された部屋の隣室。同様の透明なケージ内にて拘束されたボリスの尋問に加わったところ、予想外の事態が発生した。
「……え? 命令されて動いた? 誰に。は? レイニー・コールソンって、私じゃない。そんな命令した憶えないわよ。ちょっと、ちゃんと目を見て言いなさいよ嘘なんてすぐわかるんだから…ア?
……って、なんでこのタイミングで停電になるの──っ! 神の悪戯か悪魔の罠か? って私が悪魔だったわ。アーッもうアッタマきた! 根堀り葉掘りどころか地球の裏側まで貫通するつもりで情報吐いて貰うから! 覚悟しなさい、The Projectionist !」
(映写技師!)
【 Did you need m , Gohaa 】
(何かご入用でしょ、ゴハッ)
「え、映写技師──!? え、バッキー!?」
「排除する」
(アッこれダメなヤツだ)
暗闇の中で銀腕が煌めき、レイニーの首がインクの飛沫を上げて胴体から転げ落ちた。
──対テロ対策共同本部にて失踪者が6名。
重要参考人バッキー・バーンズ。
スティーブ・ロジャース。
サム・ウィルソン。
狼人ボリス。
精神科医セオ・ブルサード。
そして、レイニー・コールソン。
ボリスが収容されていたケージの直近で壊れかけの映写機、そして大量の夥しいインクが飛散していたことから、バッキー・バーンズに襲撃され連れ去られたと思われ、捜査が続行されることとなる。