パラサイト・インクマシン 作:アンラッキー・OZ
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Chapter 103
なんでだ、なんでいつも
「……レイニーは、どうした。アイツ犬面のインク野郎を尋問してた筈だが」
「…いないわ。現場に残されてたのは大量のインクと
「どっちでもいい」
ほんっっっとうにどっちでもいい。というか、この状況のおいてさしたる重要項目でもないだろ分かりきったことをわざわざボクに言わせるなよ。
爆破テロの主犯格バーンズ軍曹とスティーブ、あとサムの3人が逃亡し行方不明。オマケにスティーブたちはバーンズ軍曹の逃走幇助ということで捜査が進んでる。当然だ、
ま、実際そうなんだろうけどさ! 状況を理解してないから! ああいう行動が取れるんだろうな! オーストリアには死刑制度も残ってる、このままじゃ極刑は免れない。幼馴染は助けたい…まぁ、その程度の動機だろ。クソッ。
「で、連中の足取りは掴めてるのか?」
オマケにロス長官もお怒りだ。せっかくのソコヴィア協定が水の泡になっちゃあそりゃあ怒るよな、うん。
「
「いいやキミには任せられん」
「……何故?」
「一見冷淡のように見えてキミは情に篤い男だ、いまだアベンジャーズのメンバーとしてロジャースを追っている以上は私情が挟む。こんな状況でも客観的になりきれないのは、キミの数少ない人間味の一つだとも言えるがね。
今回の一件は明らかな国際法違反に該当する。もし発見時・発見後もバーンズの逃走に加担しているというのであれば、派遣した特殊部隊への射殺命令も出さねばならんからな」
ああ、くそ。どんどん事態は悪化してる。アイツは理解してるのか? この状況が長引けば長引くほど大事に、そして自分の命は愚か、アベンジャーズという組織そのものを脅かすハメになるんだぞ!
「…ん? オイ、さっきまでそこにいた金髪の美女さんはどうした。子宝に恵まれてそうなオッパイで、いい安産スタイルの」
「本人いないからって流石にそれはないわ…シャロンのことね? 何処行ったのかしら」
あの女、さっきバーンズ軍曹と戦闘してたハズだが、そこまで怪我してなかったよな…ん? 待てよ、スティーブとは仲良さそうな雰囲気だったよな。まさか。
「武器庫は」
片眉を釣り上げたナターシャが大急ぎで部屋から出ていく。少し経ってヒールの甲高い音と一緒に帰ってくれば、乱れた前髪掻き上げて。
ホラ、最悪のパターン一直線だ。
「やられた、押収したモノ全部持ってかれてる。ご丁寧にインクの足跡まで残して」
ウッソだろ。
となると、レイニーはバーンズ軍曹に連れ去られたんじゃなくて、押収したスティーブの武器を盗んで姿を眩ませたってのか?
オイオイちょっと待て、ちょっと待てそれはシャレにならないぞ。そもそもどうやって武器庫の場所を…ああ、例のいい尻のレディに教わったのか。そうだな、ウルトロンとのゴタゴタでヴィブラニウム製の武器も収納できるようになったアイツなら、大掛かりなケースなんてモノ見られることなく自由に持ち運びできる。
「……
「クソ、なんでだ! あいつは協定賛成派だったはずだろ!」
「分からないわよ。でも、彼女なりに何か考えがあってだと思うけど」
考え? ふん、悪魔に乗っ取られた女の思考回路なんてわかるものか。クソ、資産目当てに寄ってくる女どもの考えとか、セックスの気持ちいいところとかならすぐにわかるのに、
誰だ、こんなクソみたいな状況に電話かけてくる馬鹿は。
ナターシャを睨んでも美女の顔が少し歪むだけ。ナターシャにも覚えのない連絡らしい。GSG-9からの通信か? とりあえず繋げるか。
「なんだ、こちらは忙しいスティーブの目撃情報でもないなら持ち場に戻りたまえ」
『あら、お困りこまりんぬだったりしちゃう? 手を貸してあげましょうか』
「……誰だ」
『Ciao~♪
ナターシャと顔を見合わせた。ああわかってるよ、既にF.R.I.D.A.Y.に逆探知させてるが発信源は特定できてない。アメリカ、カナダ、イタリア、イギリス、ニホン、韓国…複数で反応がある。つまり、今のボクたちではヤツの居場所の特定は困難だということだ。
仮にこの声の主がエニシでなかったとしても、ヤツの名を騙るということはヤツと何かしら繋がりを持っているということだ。
『あらあら
「お前の口車に乗ってやりたいのはヤマヤマだがボクたちもキミなんぞを相手にするほどの余裕はないんだ。悪いが遊び相手は他に譲ろうか。それに電話越しにしか相手にできない引きこもりはお断りだ」
「そう? じゃあ直接出向けばいいのね?」
──真後ろに肉声。同じ声。同一人物? 背後に熱源は
多分歴代最速の速度で展開したリパルサーを構えると同時、ナターシャも隠し持ってたホルスターから取り出した拳銃を侵入者に突き付ける。
「Ciao♪」
その侵入者は、パレードの仮装にも出るか疑わしい、頭の先から足元まで包帯が巻かれたミイラ女だった。何故女か分かるかって? いい
その包帯越しにもわかるニヤケ面、吹き飛ばしてやろうか。
半世紀以上同じ姿で生き続ける極東の魔女。
HYDRA創始者に名を連ねる、レイニーの実母。
コイツが、エニシ・アマツ。
「おお~っとナターシャ銃を抜くスピードは流石ね、トニーもその腕時計が変形するなんてビックリ! でも後ろに人いるなら撃たない方が身のためね。何故って? 理由はカンタン♪」
ヤツは、テーブルに置かれていたであろうペンを掴むと、そのままその切っ先を脳天に
「ホラね♪」
イヤ、違う。突き刺さってなんかいない
包帯から血飛沫なんか出ていない。何よりペンはヤツ脳天に留まることなく真下を突き抜け、床に落ちた。
ホログラムか? それにしては映像を投影する子機の類が見当たらない。何より
ヤツはここにいる。さっきからF.R.I.D.A.Y.に観測させてるが、赤外線でも、電磁波でも、サーモグラフィーでも、あらゆる観測方法で試してもなにもないと出てる。実体が、ない? だったらボクたちの視覚情報でしか見えていないってのか、どういう理屈だ。
「タイヘンねぇ、アベンジャーズへの世間のバッシングを緩和するために折角ソコヴィア協定を締結させたってのに、国連サミットの爆破テロにキャプテン・アメリカの暴走。踏んだり蹴ったりで骨折り損のくたびれ儲け…儲けすらないから悉くマイナスしかないわね。あーあカワイソ、思わず同情心で涙チョチョ切れよンフフフフフ」
「誰のせいだと思って…!」
「キャプテン・アメリカが暴走しているのは、親友のバッキー・バーンズが原因で…それは彼がHYDRAの洗脳を受けたせいだから…そもそもHYDRAがワタシの洗脳技術の基礎理論を発展させたせい…ハッ!
全部ワタシのせいだ! ハハハハハッ! トニー・スターク、全部ワタシのせいだ! フフッ」
「遺言は、それだけで十分かね」
そろそろロス長官の堪忍袋が木っ端微塵に粉砕される頃合いだぞ。彼が拳銃をこんな至近距離で突き付ける光景なんて終ぞ見たことはなかった。
例え当たらないと分かっててもコイツには銃構えたくなるよな、分かるよ。この世で唯一許されていい無駄な行為。
エニシ・アマツに怒りと八つ当たりの矛先を向けることに、何一つ無駄なことなんてないだろ。
「まぁまぁ、その代わりと言っちゃあ何だけど、キャプテン・アメリカとベンディ、その他諸々の連中の捕縛に手を貸してあげてもいいわよ? 今回の件に関してはワタシでも心を痛めてるから。親として恥ずかしいワ、監督責任問題として責められても文句は言えないわね」
どの口が言うんだどの口が!
「アベンジャーズの良心がスティーブなら私はその対極なんだけど、私でなくても貴女の言葉は一つとして信じられないわ」
「でも、この後アナタたちが思いつく限りの助っ人を雇ったとしても、作戦の成功確率は低いのではなくて? 相手はキャプテン・アメリカにベンディ、あとプラスα。ここは素直にワタシの申し出を快く受け入れるべきだと思うけど? 向こうの増援は未知数であるわけダシ」
それに、と続けて、
「ロクに会ってもいないのに信じられないだなんて酷いワ。ワタシだって人並みの情動はあるわよ」
その言葉こそ心から言ってる言葉じゃないことぐらい、ボクにだって理解できる。
「キャプテン・アメリカはバッキー・バーンズの逃走も含めて追跡不可能な
「…何故かね」
「何故かって? それ本気で言ってる? 流石にキャプテン・アメリカも脳筋馬鹿じゃないわよ、ここから一番近い空港なんてアナタの権限で可能な限り動かせる対テロ対策チームのメンバーと地元警察が検問張ってるってわかるでしょうに。
それにこの二つの空港に今現在個人で動かせるステルス機は配備されてないわ。となると…残るここ近郊の空港は
ということで、現地集合でいいわね? 協力の見返りとしてダーイジな娘の身柄を引き渡してもらいましょうか」
「それはできない相談だ。彼女は捕縛後押収品の盗難とロジャースに加担した責任問題を追及せねばならん」
「……ふーん? ま、そういうことならその後でいいわ。じゃ、そういうことで。バァイ」
うぉ! まぶしっ!
ぱち、と指パッチンみたいな音と同時に放出された閃光がボクの瞼を焼きそうで、思わず手で庇った。なんだ、目くらましか!?
光に慣れるより先に光の放出が止まると、包帯まみれの女の姿は消えてやがった。クソ、まんまと逃げられた…しかもフライデーからも何の反応はナシ、か。
……光の中に、見覚えのある光が見えた気がしたが、気のせいか…?
「……ハァ。くそ、逃がしたか。スターク、36時間以内にバーンズ、ロジャーズ、ウィルソン、そしてコールソン全員を捕まえろ」
「…了解、感謝しますよ長官」
「心にもないこと言うな。ただし36時間きっかりだ、これを過ぎれば直ちに特殊部隊を派遣し我々が彼らを
まったく酷なこと言ってくれちゃって。
時間も人員も足りない。ハルクでもいてくれれば百人力なんだがなぁ…そもそもバナーがこっちにつくとは考えられないな…いやどうだろう、そこはナターシャとの新婚ラヴラヴパワーでついてくれないか。
まぁ、無理か。こんな状況じゃキレのあるジョークの一つも言えんな。
助っ人、助っ人なぁ…心当たり…ない訳じゃないんだが。
ただの兵士じゃ駄目だな、スティーブのような超人にも対抗できる身体能力、戦闘能力、経験…アッそもそもボクにそういう友人はいなかったな。没。
金でそういう連中を雇うことは? できない訳じゃあない。だが金で動く連中は金で裏切る。没。
じゃあ名誉は? 錯乱した
じゃあ、他に何で動く連中なら助っ人足り得るのか?
……自分の中に、ぶれない正しさを持ってるヤツだ。レイニーのような、な。
SNSサイトで見かけた蜘蛛コスチュームの少年。彼を誘ってみるか。
Chapter 104
「IDを見せろ」
「えーっと…コレでいいかしら?」
「……シャロン・カーターさん。アメリカから。パスポートは…コレだな。よし…ちょっと待て、後ろの
「ああすいません、親戚の子で今日この子の両親が仕事で見れなくて。今日は私がスクールの迎えに来たんです。ホラ、怖い犯罪者が脱走したとかなんとかで下校時間が早まったんですよ…もう捕まったんですか?」
「ヘイおっさん早く通らせろよアンタだって×××に□□□ぶっ刺すとき焦らされたら気分わるいでしょ? わかる? いま僕そういう気分なの。ほーらぁ~この先の信号赤になると結構長いからアンタらの足止めなきゃ一直線で帰れたのに赤になった~アーアーもうめちゃくちゃだよ」
「このクソガッ」
「オイ落ち着け、いま探してるのは黒髪の女の子だろ。金パの小僧なんか相手にすんな」
「…クソッ、さっさと通れ」
「口が悪い子ですみません…ホラ謝りなさい」
「ウチの叔母さんのオッパイ思い出してオナったりすんなよヤリチンポリス、へへへ。ところでおっさんパイズリ派? フェラチオ派? 隣のイケメンおにーさんはケツでヌくの好きそうな顔してるよね。当たってる?」
「「このクソガキが!!」」
「…もう連中見えてないわ、マスク外していいわよ」
「っぷは! いやー初めて男の子になってみたけど上手くいくものね。チンポ出せよって言われてもいいようにちゃんと再現したけど、正直ホント邪魔。タマタマと象さんがあっちこっちにズレて気持ち悪い。よく男ってこんな臓器ぶら下げられるよね」
「……すごいわねその身体、声も仕草も何もかも別人だったわ。違う子乗せちゃったのかと自分を疑ったわよ、下っ足らずな口調も子どもそのものだったし。下ネタトークはちょっとキツかったけど」
「割と最近の子はおマセちゃん多いからこーいう下ネタ割と言ったりするよ、大人ぶりたいから。子どもの情操教育は年齢に合わせようね」
「貴女、いい女優になれるわ」
「女優かー…なりたかったな。小さい頃の夢だったの。映画が好きでね、よく友達と一緒に観てた」
「へぇーいい趣味じゃない。
それにしても助かったわ、保管室の鍵はロス長官レベルの権限じゃないと開けられないセキュリティになってたから。首大丈夫?」
「うっへぇ、まだ感触残ってる…バッキー容赦なさすぎない? 『
「私もこっぴどくやられたわ…「あ、死んだ」って思ったのは今回が初めてよ。二度と体験したくないけど。ところでさっきから誰にメール打ってるの?」
「んー? ナイショ」
「まぁいいけど。
「それニホンのアニメネタだよ。ちっちゃくなった名探偵」
「へぇ、それは知らなかったわ。まさに今の貴女みたいじゃない」
「すきでこんなチビになってるわけじゃないやい! うーんこのポテンシャルじゃ戦闘もロクにできない…少なくともサーチャー1人、いやせめて2人くらい吸収できればいいんだけど…最近妙にインクの還元率悪いっていうか、やっぱインクマシンちゃんと直ってないのかな」
「ボールペン持ってきたけど、いる?」
「いるいるー! って子ども扱いか。第一そんなちょびっとじゃ…でもムダにはできないし貰っとく。ありがと」
「どういたしまして。それ、ペギー叔母さんから譲ってもらったペンなの。年季入ってるでしょ」
「そーゆー扱いに困るブツ気軽に渡さないでよ! 返す! 返品! クーリングオフ! 受け取り拒否! 着払い払ってやんないから出荷所に返して!」
「別にいいわよ、私もどう使おうか困ってたところだったから。前々から祖母の面倒を見てくれたお礼として受け取って。
そういえば、なんで貴女はペギー叔母さんの相手になってくれてたの?」
「え? いや別に。スティーブがちょくちょく顔出してる人いたから。会って話してみたらめちゃくちゃいい人だった」
「そうだったのね……レイニー、一つ聞いてもいい?」
「ん?」
「貴女って、スティーブのことが好きなの?」
Chapter 105
対テロ対策共同対策本部の屋上でバッキーが乗るヘリを止めた僕はバッキーと一緒に川に落下した。いつぞやのワシントンの時の再現みたいだ、と思った。ただあの頃と少し違うのは、気を失っていたのが僕ではなくバッキーだったことだ。
水分を吸った服を着てると、身体が重く感じる。それが自分の分と、気絶して体の力が抜けたもう1人の分も含めればかなりの重さだ。訓練兵時代に着衣水泳の訓練をやっててよかった…まぁ、そのときは全然泳げずに溺れかけたけどな。
空の監視から逃れるように岸にあがった僕たちを待ってたのは、アニマトロニクスの左腕を持つ狼人ボリスだった。
彼は(彼女、ではないと思う)気絶したバッキーを担ぐとちょいちょいと指先である廃工場を指し示し、そこへ連れてってくれた。どうやら味方のようだ。そもそも彼はいままでずっとバッキーの傍にいたんだから、敵というのも考えにくいな。バッキーは監視、とも言っていたが。
「ありがとう…キミは、レイニーの命令でバッキーを監視してたのか? ずっと?」
ボリスは、ちらりと肩越しに僕と目を合わせて小さく頷いてくれた。そうか、レイニーの指示で…だが、尋問の様子ではレイニー本人には覚えがないようだけど、それはどういうことだ。
「いつから?」
そう問うと指を2本立ててくれた。2年……つまり、ワシントンでのS.H.I.E.L.D.崩壊後から、ということになるのか。
「スティーブ!」
「サム、来てくれたか。あの精神科医は?」
「ダメだ、避難者の人ごみに紛れて見失っちまった。行き先も潜伏場所もわからない、情報が足らない」
廃工場に着くと、僕より先にボリスに案内されていたサムと合流できた。彼は目を覚ましたバッキーの暴走を危惧してありあわせの拘束具の用意をしていたようだ。
正直、バッキーに拘束具を付けるのは心苦しかったが、HYDRAの洗脳の影響が残った状態で覚醒してしまった場合被害を受けるのは僕たちだ。心を押し殺してバッキーを拘束したが、目覚めた彼の意識は僕がよく知るバッキーだった。そして、恐ろしいことを伝えてきた。
「ウィンター・ソルジャーは他にもいる。シベリア最北端にあるHYDRAの軍事施設。そこに5人、冷凍保存されているが蘇生は可能だ」
30ヵ国語以上を使いこなす最強のスパイ。精神科医になりすました謎の男は、バッキーに彼らが保管されている基地の場所を聞き出していた。帝国の崩壊、彼らを世に解き放ってしまえばその言葉は現実のものとなってしまう。
時間がない。だが、応援も人手も足りない。
「奴を止めないと、なんとかトニーに真実を伝えれば」
「今更信じてくれると思うか? 説得の時間を有効利用したほうがまだ現実的だ。仮に説得できたとしてもソコヴィア協定のせいで組織として動くことはできない。やるなら俺たちだけで」
「だがこの人数でやっても成功率は低い。とにかく人手が足りない」
「オレにアテがある。1人な」
バッキーを解放し、廃工場に放置されてた古い車に僕、サム、バッキー、そしてボリスを乗せて走る。少し小さい車だったからサイズがギリギリだ。
サムはその助っ人に、僕はクリントとレイニーの2人と連絡を取り、端末が受信した座標でまずレイニーと合流した。ヘリの監視が効きにくく、人目につきにくい高架下。そこに黒のセダンが佇んでいた。待ち伏せ、違うな。先客か。
「シャロン、ありがとう」
「どうも。私1人じゃ難しかったわ」
シャロンに続いてレイニーが助手席から降りると──以前より小さくなったその体躯で猛ダッシュして僕の脇を抜けて、
「喰らえ我が怒りの怪鳥蹴りィ!!」
【 Yeow !】
(ギャー!)
後ろにいたボリスに盛大な飛び蹴りをかましてきた。
胸元のインクが派手に飛び散る勢いで、凄まじく。
ロクに受け身も取れなかったボリスはぐるぐると目を回して転がり、そのまま飛び乗ったレイニーに胴体を足でがっちりと掴まれて固定されて止まった(まるでクレーンゲームのアームみたいだ、と思ったのは内緒だ)。
「ゴルゥァ勝手に逃げ出してんじゃないわよこの狼ッコロ! アンタ私がバッキーに襲われて首チョンパされたってのにシレッと逃げるとかおふざけにも程があるでしょうが! ご主人さまのこと忘れるな──!!」
「アイツの首切ったってマジか」
「……覚えてない」
馬乗り状態で首根っこを掴んで後頭部をバウンドさせるのは、流石にやり過ぎじゃないか…? ボリスの後頭部部分が徐々にインクに戻りだしたのを見かねてレイニーを宥めると、未だ怒ったままのレイニーは地面に這いつくばるボリスにキックして漸く離れた。
「ふんっ…で、一応持ってきたよ押収された装備。はいどうぞ」
「ああ、ありがとう」
レイニーの腹から僕の盾とスーツ、サムのバックパックが飛び出し状態確認。うん。問題ないな。
するとレイニーはバッキーとボリスを交互に見て、深くため息をついた。どうしたんだ?
「あ、いやちょっと…うん…ハァ、説得できればいいけど」
「説得?」
「どーにもトム…あ、ボリスのことね、ボリスでいっか。ボリスのヤツ、バッキーの言いつけを守ってるみたいでぜーんぜん口割らないの」
「言いつけって、何を」
「日記を手放さない。つまり、ボリスとバッキーが共に過ごした時間を誰にも話さないって。証人になってくれれば、こんな面倒なことにならずにバッキーの無実が証明できたかもしれないのに」
「だが、彼はキミから生まれた者なんだろう? 命令を無視しているということか。イヤそもそもキミは彼に命令したわけじゃないのか?」
「それがどーも、私の命令を受けたことはホントらしいんだけど私自身そんな命令出した記憶ないのよね…基本的にインクの住人は私以外の命令は聞けないハズなのに…むむーん……こうなると、一度同化して記憶共有するしかないわね」
「同化?」
「アリスやボリス、サーチャー、ブッチャー・ギャングたちも元は私の
なるほど、レイニーが懸念しているのはそこか。
彼女は、自らが生み出したインクの住人たちの人権を尊重している。だからこそ彼らの身を大事に考えているし、彼らもその気遣いと配慮があるからこそレイニーに協力している。きっと、レイニー以外だったら彼らは誰にも従わず、それこそ好き勝手やって迷惑をかけてただろう。そうならないのは、レイニーの人柄があってこそ為せる業なんだろうな。
「えーっと、首チョンパバッキーさん初めまして」
「…首切った相手に馬鹿正直に挨拶されるなんて初めてだ」
「そりゃそうでしょうね首切られたら死ぬし! 元気にコンニチハ! アツゥイ! なんて挨拶できないし! じゃなくて、現状ボリスの主になってるバッキーさん。これからボリスの記憶を読み取るためにボリスを吸収しちゃいますけどいいですか? 吸収したらいままでの
「仕組みはよくわからないが、変な命令下した俺にも責任あるからな。わかった。
……ボリス。じゃあな、お前と過ごした時間、存外悪くなかったよ」
車から出たバッキーはボリスと握手して別れを告げた。
するとボリスは【クゥーン】と小さく鳴き、その声を最後にレイニーに吸収されて跡形もなく消えた。こうしてみると、本当にすごいな。非科学的存在を目の当たりにしてるって実感が沸くよ。
「ん~~~…おぉ、だいぶ身体も戻った」
一瞬どろりとインクの組成が崩壊し、すぐさまレイニーの形に際復元されると以前の姿に近い年齢のレイニーが現れた。な、なるほど…ボリスのインクを取り込んだから、姿が戻ってきたってこと、なのか?
少し成長した姿のレイニーは自分の身体をじろじろと見つつ、胸元から一本のフィルムリールを取り出す。ラベルには『Boris and Bucky』と書かれていた。
「…………ふ、む。なる、ほど? そういう、
「レイニー?」
「ン、あ、これ。ボリスの視点で見たバッキーとの生活記録。ちゃんと日時も表示されるはずだから、ちゃんとした証拠品にはなる筈」
「そうか、ありがとう」
何やら眉間に皺寄せてうんうんと唸るレイニーだったが、僕らも時間がない。シャロンに別れを告げてレイニーを乗せると、僕らは次の集合場所へ向かった。
ベルリンからシベリアへは最速でも半日かかる。あの精神科医も一般の交通網を利用しているとしたら、スタートダッシュが遅い僕らでは彼の野望を止めることはできない。
だが、逆転の一手は、まだある。
僕らアベンジャーズが保有するクインジェット。あれであれば一般旅客機の速度を大幅に上回り、ギリギリでシベリアの基地へ到着できるかもしれない。
クインジェットは、連絡を取ったクリントが空港で用意してくれるらしい、ありがたい。
行き先はザクセン州ライプツィヒ・ハレ空港。
頼む。間に合ってくれ。
頼む。来ないでくれ、トニー。
Chapter 106
「ねぇ、スティーブ」
「なんだ?」
空港に到着したレイニーたちはクリント、アベンジャーズ本部から連れてきたワンダ、そして『アントマン』ことスコット・ラングと合流した。
ワンダにいたっては、「すこし大きくなった義姉さん!」と出会うなり強烈なハグで迎え、スコットに関しては「エエーッ、キミたち姉妹だったの!? ウッソ全然似てなァ~い……ごめん、ちょっとデリカシーなかったかな、うん。血が繋がってない姉妹の形もあるよね、うん」と、主に2人の胸元を見比べながら何度もしきりに頷いていた(なおその直後に額に怒りのマークを浮かび上がらせたワンダの強烈なデコピンを受けてスコットは悶絶した)。
到着後情報交換を交えた軽いブリーフィングを行い、各々戦闘準備に取り掛かったところでレイニーが躊躇いがちに、スティーブに声を掛けた。丁度、盾のベルトに手を掛けたときだった。レイニーはいつものインク製の黒スーツに身を包み、インク吸収によって少し伸びていた髪は短めに調節されていた。
「……スティーブはなんでバッキーを守ろうとしてるの?」
「……それは、彼は、濡れ衣を着せられたからだ。謂れのない罪で罰せられるべきじゃない」
「それは、テロのことよね? じゃあ、バッキーが昔トニーの両親を暗殺してた件については?」
がちゃん。
盾を腕に留める金具が、小さな不協和音を奏でた。動揺で、手元が狂ってしまった。予想だにしない話だったからだ。
「……その反応、本当に今まで知らなかったってことね」
狼狽えるスティーブの様子を見て、レイニーは確信した。スティーブはトニーにスターク夫妻暗殺の件について話していないことを。
いやむしろ、スティーブ本人も今まで知らなかったと。
「その話は、本当なのか? イヤ、いつから…」
「……ソコヴィア事件の、少し前」
「また、何かあったら連絡くれ。力になる」
「………」
「レイニー?」
「…ううん、なんでもない。そうだね、一声かけるよ」
「……そうか。キミはあのとき、既に」
「…うん、S.H.I.E.L.D.の機密とHYDRAの報告書を解読したのはソコヴィアの一件の少し前だったからね。だから、言おうか迷ってた。絶対と言い切れる情報でもないし、あくまでも偶然と言ってしまえばそれで終わり」
S.H.I.E.L.D.創設者兼幹部の一人であるハワード・スタークの死を、S.H.I.E.L.D.が見逃す筈がなかった。当然S.H.I.E.L.D.のエージェントによる当時の現場検証や情報収集は記録に残っている。
レイニーは直接的にハワード・スターク夫妻の犯人を知ったわけではなかった。だがある程度推測は建てられた。
かつてワシントンの一件でナターシャによってネットワーク上に流出したS.H.I.E.L.D.の機密、自宅にてエニシ・アマツが遺したとされるHYDRAの任務報告と研究成果の一部。この二つの
当時の古い記録では事故死として報告されていたが、事故と判断されたタイヤのパンクが車体の側面方向からの衝撃で発生したこと、それに対して車の衝突はボンネットもひしゃげるほどの正面衝突であったことが、レイニーには引っかかっていた。
ハワード・スターク氏の死亡原因は車の衝突に伴う頭蓋骨陥没による即死であったという報告であったのに対し、妻のマリア・スターク氏の死因が頸部圧迫による窒息死であったことも謎だった。
車の正面衝突であれば、運動エネルギーの作用で助手席に座る人間の頭部とフロントガラスが衝突し頸椎圧迫骨折による即死は考えられる。だが、頸部圧迫は車の事故では普通は発生しない。壊れたシートベルトが首に絡むことはなくはないが、マリア・スターク氏の首元に残っていた圧迫痕は布のようなものではなかった。
ただし、これらの記述は添付された証拠写真とは裏腹に明確に明記されていなかった案件である。すべて、レイニーの私見に基づいた推論に過ぎなかった。つまり、額面通りの報告書として読まなかったということである。それはなぜか。
簡単なことだ、表向きでは解体された筈のHYDRAの構成員が、既にS.H.I.E.L.D.に潜入して報告書をでっちあげている可能性が高いからである。
1945年に
故に機密のいくつかは文面通りの真実とは限らない、限りなくグレーに近いものも含まれていた。
「だが、キミはその推測を裏付ける情報があったのだろう?」
「……スターク夫妻の死、血清を失ったという報告と血清を得たという報告の時期が合致してた」
そしてS.H.I.E.L.D.側の血清喪失の報告とHYDRA側の
血清がただの医療用のものであれば見過ごすこともできただろうが、S.H.I.E.L.D.側はこの損失があまりにも痛手であり大体的な報告はできず、HYDRA側は血清強奪から超人兵士の訓練記録が残されており、関連性があると邪推せずにはいられなかった。
「
「……もういい、ありがとう」
スティーブは、話を遮るように手を振った。
そう、この情報だけであればまだ疑うだけで済んだ。
だが、先にバッキーが伝えたシベリアに眠る他のウィンター・ソルジャーの存在が、裏付けを決定的にしてしまった。加えて、バッキーは
「そこまで確証があったのに、なんで今まで話さないでいたんだ? イヤ違うな…今まで、ずっと黙っててくれたのか…」
「……正直、伝えようかずっと迷ってた。でも、トニーにとってトラウマであることは明白だし、スティーブはてっきり知ってて、そのこともトニーに話した上で一緒に活動してると思ったから」
「……そうか。ここで話してくれて、ありがとう」
「待って」
スティーブは労りの念を込めてレイニーの肩を叩くが、俯いたまま肩を落としていたレイニーはその手を掴む。
がっしりと。やや強めに、力を込めて。
「スティーブが知らなかったなら、トニーにあなたを責める資格はない。だって知らなかった、
「オイお2人さんそろそろ時間、っぽいけど……」
と、そこで、アントマンのスーツに身を包んだスコットの声がかかった。頭部を覆うヘルメットがパカッと、軽快な音と共に解除され
やべ、なんかやっちゃいました俺? と言いたげな表情で。
「あ、ごめん…お取込み中だった?」
「…イヤ、大丈夫だ。時間教えてくれてありがとう」
「いやいやイーんだよ、ヤベ、今キャプテン・アメリカ相手にタメ口しちゃってる? じゃなかった、いいんですよ! あの鳥の人に言われたこと伝えに来ただけなんで! それじゃ!」
顔を信号機のよう赤くしたり青くさせたスコットはやや上機嫌に去っていくと、いそいそと来た道を戻りスーツのシステムチェックに励んでいた。彼の背中をポカンとした表情で見てた2人は、大きく溜息を吐いて脱力した。
「うん、うん…わかった。ありがとう」
「……まぁ、今はそれでいいわ」
「あれ、さっき何か言いかけてなかった?」
「あ──えーっと、何だったかしら。スコットの百面相が強烈過ぎて、言いたい言葉フッ飛んじゃった。ま、後で思い出せるでしょ」
事実に基づく話であれば記憶を元に
故にレイニーもスティーブと別れ戦闘準備を整えている最中、「何言おうとしたんだっけ?」としきりに首を傾げていた。
Chapter 106
「トニー、待ってくれ」
『…その古臭いフィルムはなんだ? ベンディが作ったモノだろ』
空港で立ちはだかる
「これは、ボリスが命を賭して抽出したバッキーとの生活…いや、監視記録だ。この記録内容によってはバッキーの無実が証明できるが」
『…待て、それは本当か?』
『流されるなローディ。ベンディが勝手に創り出したでっち上げの記録ということもある、証拠としての効力は薄い筈だ』
「でも、もしそれが本当だとしたら真犯人は別にいることになる…」
「…まだ、一考の余地はある。だがバーンズを引き渡してからだ、すべてはそれからだ」
「え? え? どういうことなの?」
突然提示された証拠品の存在にトニーたちの間で動揺が広がる。それは本来人間として正しい反応であり、場合によってはこの場で荒事になるまでもなく、アベンジャーズという絆が引き裂かれることもなく、限りなく最良に近い未来を掴み取れる筈であった。
故に、
『そんな口車にダマされちゃダメだゾ☆』
スティーブの手にあったフィリムリールが粉々に砕け散り。
続いて、
『はーい、よーいスタート~
さぁさぁ、
トニーたちの無線機に、
崩壊は止まらない。